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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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住宅再建で貴重なアドバイスをいただきました

 今朝、ブログで「家の建て直し」に関する記事を読んだという方から、貴重なアドバイスのメールをいただきました。以下に紹介させていただきます。
 
「栄村ネットワーク(被災情報ブログ)」の家の建て直しの記事を拝見しましたので、ご連絡させていただきます。
私は、中越大震災の震源地だった新潟県の旧川口町(現長岡市)の田麦山という地域で、ボランティアの受け入れ窓口(田麦山ボランティア事務局)を運営していた伊坂という者です。

伝統的な日本建築の耐用年数は600年近くあり、その構造は免震になっています。たとえ45度くらいまで傾いたとしても、立て直すことができるのは記事で紹介されていた通りです。
それは、曳き家とよばれる方法で、一般的な農家であれば全壊と評価されたものでも数百万円程度で元に戻ります。この程度ならば、被災者への支援金や各種補助金で、お年寄りにも可能なものです。

中越大震災のとき、たいへん残念だったのは、被災した家屋の取り壊し費用を期限をきって町が全額負担すると早くに発表したため、十分直せる立派な家が次々と取り壊されたことです。二度と手に入れることのできないような見事な材が使われていた家もありました。
誰でも長年住んでいた家が大きく傾けば、もうダメだと思い判断を誤まることがあります。

栄村はこの後雪融けを迎えるわけですが、その時に改めて被災の状況を見て取り壊しを考える人が出てくると思います。傾いていても、折れた柱を取り替えるく らいで直ること、そして、家を新築すると新たな固定資産税がかかることなどを、ぜひ今回の被災者の方々にお伝えください。

そしてもう一つ。たとえ壊れた家であっても、室内に入るときは土足で入らないように。必ずスリッパか、危険ならば室内用のズックなどに履き替えて入るようにしないと、家に対する愛着が見る見るうちに薄れてくることは、いままでの経験から指摘する人が多い点です。」

 震災復興体験者の非常に貴重なアドバイスです。伊坂さんとは、この後、何回かメールのやりとりをさせていただきました。
 こういうアドバイスをどんどんお寄せいただけますよう、お願いいたします。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

小滝集落で住宅再建問題についてお話

  今朝7時過ぎ、小滝の樋口利行さん(ネットワーク理事長)から電話。「いま、どこにいる? いま、避難所の朝食前で、みんな集まっている。昨夜話したような住宅再建の考え方、展望を話してもらえないか」との依頼。さっそく北信小の避難所に駆けつけ、朝食の弁当を食べているみなさんにお話をしました。
 話の内容は、以前の二つの記事(「むら復興のビジョンを集落から積み上げていこう!」「全壊は必ずしも解体・建て直しが必要とは限らない」)に書いたことと重なるので繰り返しませんが、みなさん熱心にお聞きいただき、「いやあ、ちょっと気持ちが明るくなったよ」というお言葉をいただきました。
 
「まず仮設、その後で集合住宅などのことは考えればよい」という考えは、住民を不安のどん底に突き落とす間違った考え方
 前項の小滝集落での話の続きになりますが、住宅再建問題についてさらにもう少し。
 被害が一番ひどかったといってよい青倉集落のAさんが今日、役場の幹部を訪れて、「住宅再建の明確な展望を村として出してほしい」という趣旨の話をされたそうです。
 そのやりとりの中で、高齢者のための集合住宅を建設する方針の提示を求めたところ、その幹部から、「まず仮設住宅を建てる。仮設は2年間の期間があるから、仮設が立ってからゆっくり考えればいい」という発言が飛び出したというのです。

 これは驚きというか、何と言うべきか、言葉も見当たらないほどの、とんでもない発言です。感情も露わにいわせてもらえば、「おい、仮設に2年間、自分が住んでみろ」と言ってやりたくなります。
 冷静にいえば、「先の展望なき仮設は、人を不安に追いこむもの」ということをしっかり認識すべきだということです。「1年後には、元の集落で暮らせる集合住宅に入れるんだ」という展望が見えていてこそ、仮設は仮設としての意味をもつのです。そうでなければ、仮設は人をいわば「宙づり」状態のままにするものになってしまうのです。

 いま、いちばん必要なものは、家を失った人たちに住宅再建の展望を明確に提示することだということを重ねて強調したいと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

むら復興のビジョンを集落から積み上げていこう!

 避難指示解除から2日目。みなさん、自宅の整理等を急ピッチで進められています。水道が復旧していないこともあって、夜は避難所という方がまだ住民の過半を占めています。しかし、徐々に夜も自宅で寝る人が増えてくると、家を失った人は切なくなってきます。

 今日も、県による住宅に関する個別相談会が行われ、みなさん、期待をもって相談会に臨まれましたが、それによっては先行きの展望は開かれませんでした。それは、この相談会に問題があったからということではなく、〈この栄村をこれからどうしていくのか〉という村のメッセージが出ていないからです。ネットワークの理事会でも議論はその点に集中しました。

 結論からいえば、表題に掲げたとおり、それぞれの集落でむらの復興ビジョン(プラン)を考え、それを積み上げていって、栄村の復興像をつくること、そこにいま最も大事なポイントがあると考えます。

2つの集落の事例
 理事会では、被害が比較的軽微であった集落(A集落とします)の事例と、被害がかなり深刻な集落(B集落とします)の事例とが報告されました。

 A集落の場合、「赤」の紙を貼られ、実際、その家に住み続けることが無理な2世帯、いずれも高齢者世帯ですが、その意向を集落で聴いたところ、「この集落に住み続けたい」という希望が表明されました。
 A集落には空き家が何軒か、あります。早速、集落で空き家の持ち主と交渉、1軒はすでにその家への移転を終え、もう1軒も交渉を進めているとのことです。もちろん、これは一時的な仮移転先のことであって、これで問題が解決したわけではありません。

 B集落の場合は、事態が深刻です。「赤」が貼られ、住み続けることが困難な高齢者だけの世帯が4軒あります。当初、「○○に住む息子の所に行くしかないか」と考えられた人もいたようでしたが、本当のところはむらで暮らし続けたいという気持ちです。
 しかし、B集落は本当に小さな集落で、すぐに住める空き家もありません。事態は深刻です。

お年寄りが言う「むら」は集落のことを意味する
 ここで、都市部にお住まいの方には少し分かりづらいことを分かっていただく必要があります。
 お年寄りが「むらで暮らし続けたい」と言う場合の「むら」というのは、栄村一般を指しているのではなく、集落のことを意味しています。このことをご理解いただきたいのです。
 上のA集落の話の場合、比較的近くにC集落というところがあるのですが、そこに移ったのでは、そのお年寄りにとっては「むらで暮らし続ける」ことにはならないのです。

 私も何度も経験したことがあることですが、村の70歳以上の人たちが「むら」と言う場合、それは集落(村落社会学的にいえば、基本的には江戸時代に形成された自然村ということになります)を指しています。そして、栄村(役場、行政)を指す場合は「村(そん)」と表現されます。

“むら”は田んぼ、水路、そして人の絆と一体のもの
 なぜ、そうなのか? むらの暮らしは田んぼ(稲作)と一体のものです。米作りは産業ではなく、むらの暮らしそのものです。そして、田んぼは水路と一体のものです。各集落の水路は奥山や山の上から延々と引かれています。みんなが普請=共同作業で水路を維持しています。田んぼは一人や1世帯ではできないのです。そこに“むら”が誕生し、互いに力を合わせて暮らしてきたのです。ですから、人と人の絆が強く、10日間以上の避難所生活も混乱なく、じつに落ち着きのあるものとして維持されてきたのです。
 この“むら”を守ることなくして、栄村の復興はありえないのです。

“むら”復興の鍵は集落の集合住宅の建設にある
 70歳代、80歳代の高齢者が今から、住宅再建資金を何千万円も調達することはできません。
 集落に、家を失った高齢者が住める集合住宅をつくることが絶対に必要なのです。
 5世帯くらいの規模の集合住宅を、集落の規模にしたがって、1〜3棟つくるのです。しかも、それが公民館と併設される方が望ましいでしょう。さらに、高齢者の人たちが暮らす家なのですから、近代風建築ではなく、むららしい家であることが望ましいと思われます。そうすれば、「にほんの里100選」に選ばれた素晴らしい栄村の景観も守れます。
 集落単位の小規模集合住宅の建設、ここにむら復興の鍵があるのです。

集落から声をあげていく
 このむら復興ビジョンをどのようにして、村全体の総意とし、県などの支援・協力も得ていくか。
 「田直し」「道直し」の経験を生かすことです。

 「道直し」では、除雪を確保するにはどんな道路が必要かを集落‐常会で議論し、決めていきました。自分たちのための道をつくるために、自分の地所の一部を削ることを受け入れる、また、先祖代々の立木を伐ることに同意する。そうして、集落の意思(プラン)がまとまれば、手を挙げて、役場の協力を求め、役場は土地や立木の補償を行い、工事を進める。「道直し」を進めた高橋彦芳氏(前村長)は「役場が計画を立てて、それへの住民同意を求めるとうまくいかない。住民自治でやってもらうとうまくいく」と話されていました。

 集落で充分に話し合い、小規模集合住宅の建設プランを練っていけば、建設用地の確保も非常にスムーズに進むはずです。
 村(役場)は、集落で復興プランを作れば、役場はそれを尊重し、その実現に全力をあげるというメッセージを村民に一刻も早く伝えるべきでしょう。県も同様のメッセージを出してほしいと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

「全壊」は必ずしも解体・建て直しが必要とは限らない(21日の様子2)

 避難指示が解除され、みなさんの意識は「家をどうするか」に向いてきています。
 住宅相談も本格化し、国や県の生活再建支援をどの程度受けられるのかが大きな関心事項になってきます。

 生活再建支援を受けるには、「罹災証明」が必要で、そのための被害状況調査がこれから実施されます。調査は、地震直後に行われた「応急危険度判定」とは別のものです。「全壊」、「大規模半壊」、「半壊」、「一部損壊」等の判断が下されます。

 今日、先に記したように、震災復興の専門家の先生にお話しを聞く機会がありましたが、重要なことを2つ、教えていただきました。
 1つは、「全壊」と判断されても、その家は潰すしかないということではないということです。建物が一定以上傾いていると「全壊」と判断されます。しかし、「引っ張り」という技法を用いると、その傾きを直し、建物を居住可能なものに直すことができるとのことです。
 2つは、「全壊」や「大規模半壊」、「半壊」の判断は機械的に決まるものではないということです。

 「全壊」か「大規模半壊」か、あるいは「半壊」かで、支給される生活再建支援の金額が大きく変わってきます。
 判断が納得いかない場合は、納得いくまで説明を求め、生活再建支援を十分に求められるように努力することが大事なようです。
 この種の情報は、専門家等に教えていただきながら、随時、お伝えしていきます。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

住宅復興問題について

  いま、被災者のみなさんの頭の中を占めている最大の問題は家(住居)の問題です。
  私事ながら、私が管理人として住んでいるゼミナール館をボランティアの建築士さんに今日、診ていただきました。結論から言うと、「これは『黄』ではなく『赤』判定でもおかしくありませんね」ということでした。私も住む場所を失ったわけです。地震後、今日まで私自身は住宅相談にも行っていなくて、仮設住宅の希望調査にも何ら回答していません(単に忙しいというだけでなく、これまでの相談会が「赤」の人を対象とするものであったことにも因ります)。
  それはともかく、突然、家を失った者はどうすればいいのか。一時仮入居の県営住宅などを仮に確保できたおしても、それで気が休まるものではありません。

<19日夜のAさんとの会話から>
  19日夜、被災者のある人(Aさんとします)と話しました。Aさんによれば、とくに高齢者のみの世帯(一人住まい、あるいは高齢者夫婦)で「赤」の判定を受けた人(そして実際、修復不能と思われるケース)は、
「○○(県外)に行くしかない」
「もう(村を)出るしかない」
「なんとかして残りたい」
等々、具体的な意向を漏らしておられるとのことです。
  Aさんは、次のように言っておられます。
「一時帰宅」が実施される前は、避難所で「頑張るぞ!」と言っておればよかった。しかし、「一時帰宅」が始まり、毎日、壊れた自分の家を繰り返し見るようになると、カラ元気だけではやっていられない。

  また、現在の家に住み続けるつもりだが、かなり大幅な修理が必要だというケースの場合、資金をどうするかを心配され始めています。たとえばAさんご自身の場合、「応急危険度判定は『黄』で家の骨格はしっかりしているが、壁はほとんどが落ち、風呂場も全面的に壊れている。修理費用は1千万円近くかかるだろう。年齢が年齢なので銀行融資等は難しい」とのお話です。

<村で、集落で、暮らし続けられる集合住宅の建設を>
  高齢者のみの世帯で被害が大きいケースの場合、個人での住宅再建は基本的に困難です。
  この人たちが村から出ていかざるをえないような状態を放置することは許されないと思います。「この村で暮らし続けたい」という思いを大事にする必要があります。都市工業文明の破たんを突き出したのが今回の原発災害ではないでしょうか。

  阪神大震災の後、多くの集合住宅が建設されました。しかし、それは高層マンションで、高齢者を地域コミュニティから分断し、多くの人たちを「孤独死」に追いやりました。その愚をくりかえしてはならないと思います。
  小さな集落ならば、集合住宅を必要とする高齢者世帯はせいぜい3世帯ほど、大きな集落でも10〜15世帯までの範囲でしょう(後者の場合は3〜5世帯用のものを3ヶ所くらいに建てればよい)。
  私が知るかぎり、土地は確保できます。
  県や村が集落単位の集合住宅の必要性をしっかりと認識することが大事だと思います。

<景観配慮、安全・安心な集落公民館を兼ねる ―― 一石三鳥の画期的な方式>
  この集落単位の集合住宅は、栄村の“むららしい景観”の保全にも役立ちます。むらの集落独特の佇まいは国民的共有財産です。「にほんの里100選」に選ばれた栄村の景観の保全は震災復興の不可欠の要素です。
  また、工夫をすれば、今回の地震のような災害時に安心して避難できる安全な公民館、また、居住福祉の観点から高齢者が楽しく集える「共同の家」の要素を兼ね備えることも可能だと思います。

  高齢者世帯の復興、景観保全、むらの安全・安心施設、という一石三鳥です。
  「緊急時だから、そんなややこしいことをやっている余裕はない。村に1ヶ所、大きな集合住宅を作ればよい」という考えは、怠慢以外のなにものでもないと思います。住民の叡知、そして全国の支援者のご協力をいただければ、集落ごとの小規模集合住宅の建設の方がよほど迅速に事が運ぶと思われます。“むららしい小規模集合住宅デザイン・コンテスト”のようなものを実施すれば、有用で面白いアイディアがいっぱい集まるのではないでしょうか。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

仮設住宅建設へ全力を ―― 住民自治の蓄積を生かして

 「半日帰宅」も始まり、村民のみなさんは、大変ではあるが、復旧・復興にむけて力強く歩みだしている。復興にむけて、いま、切実に求められているのが仮設住宅の建設について具体的な方針を明確にすることだ。

 1つは、1ヶ所集中型ではなく、各集落に仮設住宅を建てることだ。むらの力の根源は集落(の絆)にある。
 2つ は、建設場所を早急に決め、整地作業などに一刻も早く着手することだ。被害状況から、かなりの数の仮設住宅が必要な集落がどこかは誰の目にもあきらか。役場だけで対処しようとせず、集落の意向を聴き、住民と一体で進めていけば、事をスムーズかつ迅速に進めることができると思われる。役場の中堅・若手職員は いろんな分野で凄い力を発揮している。集落‐住民とそういう役場職員が力を合わせれば、打開できない困難はないと言っても過言ではない。
 「道直し」や「田直し」の経験を思い起こすことが有益だと思う。住民がどんどん考え、議論し、役場はその意見を吸い上げて、事を進めていくことだ。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

県による住宅についての説明、意向調査、相談(17日の様子5)


森・青倉集落対象の説明会

  今日17日午前、県による住宅についての説明会がありました。
  「応急危険度判定」で「赤」と判定された世帯を対象とするものです。
  説明会は、「赤」「黄」の判定理由を、事例写真を示しながら説明するものでした。この後、個別の相談会が開かれています。

  説明会では質問も受け付けられましたので、一つ、質問しました。「一時帰宅で建物に入ってみると、余震の影響でどんどん様子が変わっている。実際に家の修復などをやろうとする場合、本当に修復可能なのかどうかをどう判断すればよいのか」と。回答は、「建築士などの専門家に診てもらうことが必要でしょう。今日、県の建築士の団体が会議をやっています」というものでした。
  建築士の方などがボランティアで協力・支援して下さるだろうという推察はつきますが、やはり公的な支援が必要だと思います。

  「応急判定」とは異なり、1〜2週間くらいかかってもいいので、県が責任をもって専門家の知見を生かしながら、個々の世帯の診断を行い、再建の方策について指導・アドバイスする仕組みが必要だと思うのです。
  実際、相談会の後、TVのインタビューに答えて、「『責任をもてない』と言われたが、直して住みたい」と言う高齢者がおられました。こういう思いを大事にしながら、住宅の再建に取り組む姿勢が大事だと思います。

  不幸中の幸いというべきか、激甚被害は長野県内で栄村だけ。しかも、深刻な状況の世帯数はどんなに多く見積もっても数百世帯程度ではないでしょうか。だとすれば、県が各世帯毎に診断・相談に応じ、親身の再建指導に当たることは十分に可能だと思うのですが…。


<個別相談の内容>
  個別の相談会は、県営住宅への仮入居を希望するか、仮設住宅への入居を希望するか、という2点の意向調査でした。
  県営住宅への仮入居は1年間限定。たしかに、仮設住宅入居までの一時的住まいの確保としては有効です。ただし、県営住宅があるのは近いところで飯山市、遠くは長野市なので、村から車で40分〜2時間の距離です。せいぜい利用できるのは飯山市、中野市が限度ではないかと思います。

*夜9時前のNHK県内ニュースで、「県営住宅への引っ越し(移転)」と表現していましたが、これは不適切だと思います。これでは、一時的なものではなく、「離村・移転」という感じに聞こえてしまいます。こういうニュアンスは、とても大事なことだと思います。メディア関係者はよく注意してほしいと思います。

  仮設住宅については、「入居まで1ヶ月」とのこと。急ピッチでやれば半月くらいでも可能なのではないでしょうか。人口の少ない村ですから、抽選方式などではなく、希望者全員入居を実現してもらいたいと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

明日は「半日帰宅」(17日の様子4)


夜8時、役場前に駐車中の車


仮設トイレの屋根にも積雪

 今日も雪が続き、平時のようなスムーズな除雪ができないため、「一時帰宅」はなし。明日は午後1時から「半日帰宅」になります(午前中は集落内道路の除雪)。時間は4時間。

  かなりじっくり落ち着いて、片付けに手をつけることができるのではないかと思います。
  また、19日(土)以降も「半日帰宅」が予定されていますが、19〜21日は三連休。親戚の人たちもたくさんやって来るようです。
  いよいよ、避難から復旧・復興へ、歩を進める段階に入っていきます。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

住宅再建について

 前を向いて、元気に語ろう!
  いま、誰もの胸を去来しているのは、「どうやって暮らしを再建するか」、「この歳になって、家を失い、どうしてよいか、まったく見当もつかない」という不安の思いです。
  昨夜、知人のAさん、Kさんと話しました。その時、Kさんが言いました。
 
「笑いながら、元気に話すようにしなければ。こういう時に笑って話していると、『お前、馬鹿か』って言われるけれど、笑顔が大事なんだぜ。」
 
  まったくそのとおりです。一時帰宅が許可になった段階で気が早いと思われるかもしれませんが、今後の村の再建について、少し考えたいと思います。


県は住宅再建に最大限の支援を

  今日の一時帰宅にとどまらず、数日のうちに、避難所からの全面帰宅が許可されることになるでしょう。その段階で、集落、世帯による状況の違いがいっきにクローズアップされてきます。

  昨日、西部地区のM集落を見てきましたが、視界に入る多くの家に「緑色」の貼り紙が見えました。危険度診断の結果、「余震が来ても大丈夫」と判断された家々です。こういう集落では、モノが散乱した家の内部を片付ければ、それなりに生活の再建を展望することができるでしょう。

  しかし、被害が深刻な森集落や青倉集落では、大半の家が「赤」または「黄」です。帰宅が許されても、〈住める家〉がありません。あるいは、〈住める状態にする〉ために相当なレベルの修理が必要です。いちばん気が重くなる問題です。
 
  当面、仮設住宅の手配が課題となりますが、それはあくまでも当座をどう凌(しの)ぐかであって、それと同時に、個々の世帯の住宅の再建の見通しを立てられるようにすることが必要です。

  そこで、住宅再建への公的支援の問題が浮かび上がってきます。
  阪神大震災からの復興のとき、「個人の住宅は私有財産だから、公的支援はできない」という趣旨で政府は住宅再建の公的支援を否定・拒否したと記憶しています。それに対して、地元の自治体はなんとか公的支援を可能にしたいと模索したとも記憶しています。

  私は家に入ることもできず、仮に家に入れたとしても、室内がメチャメチャになってしまっているので、手元になんの資料もない状態ですので、村外のみなさんにこの問題について、法整備の状況がどこまで進んでいるか(いないか)を調べて、情報を提供して下さるよう、お願いします。

  「不幸中の幸い」というか、長野県内で深刻な被害を受けたのは栄村のみで、栄村は人口2300人強の規模の小さな村ですから、長野県が全力を挙げてくれたら、かなりの公的な支援が可能になるのではないかと思います。

  私たち自身、県にむかって要望の声を上げていきたいと思いますが、村外のみなさん(長野県民かどうかを問わず)が、長野県に対して、住宅再建への公的支援の問題について要望や政策提言をやって下さると助かります。

  また、市民レベルの連帯として、今回の大地震の被災地になっていない地域で、NPOなどの手で住宅再建支援のセンターのようなものを立ち上げて下さり、アドバイスをしていただく、あるいは当座の被災地への義捐金にとどまらない復興費用の民間基金の立ち上げのようなことに取り組んでいただけると助かります。

※信毎によれば、県が16日、被災者生活再建支援法により、全半壊世帯に対して最大300万円を支給すると発表したようです。たいへん心強いニュースです。しかし、この額では足らないと思います。さらなる支援策について、みなさんの叡智を結集してくださいますよう、お願い申し上げます。


―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事(15日朝執筆分)

14日(月)いっぱい、建物診断

13日は、長野県の専門家による各家の診断が、森、横倉、泉田平、箕作(半分)で行われました。
 
「赤」(危険)、「黄」(要注意)、「緑」(調査済)のいずれかの紙が貼られていきます。

 診断士の話によれば、これは余震が続く状態での危険度の判定だそうです。「赤」と判定されたからといって、自動的に取り壊さざるをえないと決まったわけではありません。しかし、「赤」や「黄」と判定された方たちの気持ちは重いものです。

14日(月)は、箕作の残り、月岡、小滝、野田沢、大久保などの集落での診断が行われます。この診断の終了と、余震状況を見ながら、村役場が一時帰宅や避難所からの帰宅などについて判断するものと見られます。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事