プロフィール

profile
栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

カテゴリー

categories

サイト内検索

Search

カレンダー

calender
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>

最近の記事

selected entries

最近のトラックバック

recent trackback

月別アーカイブ

archives

栄村関連リンク

links

携帯用QRコード

mobile
qrcode

ブックマーク & RSS

Bookmark&RSS

深々と降り積もっています


午後10時18分撮影。
車庫のシャッターを開け、国道117号線の様子を撮りました。
約1時間20分前の様子は次の写真。

 


午後8時59分の撮影。

今日はほぼ一日中降っていましたが、夜になって、「いよいよ本番が来たか」という感じ。
次の写真は1枚目の写真を撮るために外へ出た時の様子。

 

8時59分の写真を撮るために出た時の私の足跡はとっくに消えている。夜になって湿雪から乾雪に変わってきた感じがする。

 

10時18分の写真を撮るために外に出た時の私の足跡。
車庫の前は夕刻5時にしっかりと除雪しておいたのですが…。

 

まあ、栄村としては普通の降雪と言う方が正しいのでしょうが、昨冬、そして今冬もつい数日前までは小雪だったので、なにか凄い雪のように思えるから、「人間って弱いものだなあ」と思います。

 

明日の朝は除雪から始まります。


県道脇にイノシシ!!

 10日午後3時20分頃、東部地区の県道を北野方向に進み、間もなく笹原集落という所で、進行方向左手の雪上に異様な物体が目に飛び込んできた。
 一瞬、「?」となったが、車のスピードを落としてみると、なんとイノシシ!
 こんな所で遭遇するなんて想像もしなかった。

 


 最初に目撃した時はカメラを構える余裕などなかった。
 通り過ぎ、配達予定の1軒に行ったうえで、車をターンさせて現場に戻ると、位置を少し変えて、まだいた。
 上の写真はその時に撮影したもので、運転台横の窓ガラス越しに撮っているので、あまり鮮明ではない。また、あまり顔をはっきり見ることはできないが、最初に見た時、意外としっかり顔を見た。「猪豚」の顔で、生粋のイノシシの顔ではないと思った。

 最初に目撃した地点、足跡からすると、北野川から上がってきた可能性がある。
 私が車をターンさせて戻った時、長岡ナンバーの軽トラが長瀬方面からやって来て、やはり「イノシシ」に気づき、停車。様子を見ているようで、イノシシが県道を横断し始めると、車で跳ね飛ばそうとしたが、イノシシはスルッと車をかわし、反対側の田んぼの雪上に逃げ、その後、山の方にゆっくりと移動していった。

 

 

 

ここが最初に目撃した地点。

 

イノシシの足跡。


 昨秋は青倉集落の山の田んぼでイノシシのひどい被害があった。森の開田でもあったようだ。また、飯山市の栄村に隣接する地区では、近年、イノシシ被害がひどいと聞いた。
 私が栄村に移ってきた頃、「雪国にはイノシシは生息しない」と聞いたものであったが、近年、イノシシが増えている。どうも始まりは、外部の者がイノブタをこの地域に放ったのではないかという話も聞く。
 いずれにしろ、クマ対策とともに、有害獣対策の抜本的な強化が必要である。
 なお、すぐ近くのお宅の人と役場にはイノシシを目撃した旨、お伝えしておいた。

 

 

 昨10日のイノシシ出没地点を今日11日、撮影した(午前10時58分、雪は止んでいる)。

 

 

 「北野川から上がってきた可能性がある」と書いたが、その後、見たイノシシの様子を思い返すと、いくら雪上を歩いてきたとはいえ、体毛がずぶ濡れという感じだった。やはり川を渡ってきたのではないだろうか。そこで、断崖絶壁の下を流れるこの地点の北野川の様子を1枚、撮ってみた。

 


 綺麗な雪景色だ。
 対岸は栄村地籍であるが、山を越えた向こう側は津南町の前子集落。「集落」とはいっても、一昨年に訪ねた時は住人は1名のみ。冬の間は津南の町中の町営住宅で暮らすのだと聞いた。

 


栄村の四季を楽しむ

 

 雪が降る日も、夏の太陽がギラギラと照りつける日も、村の中をくまなく歩き廻ると、いろんなものが目に飛び込んできます。「あそこでは、こんなものが見られるはずだ」と思い、山の中を分け入っていくこともあります。
 この1年でもっとも感動したものの1つはイワカガミの花の群生。上の写真がそれです。
野々海池近辺のいたるところにイワカガミの小群生地が見られます。雪消えの頃、訪れる人は少なく、誰にも気づかれることなく、花を咲かせ、そして散っていくのでしょう。でも、この花の葉っぱは積雪期でも開き続けています。岩地のようなところに咲くので“イワカガミ”なのですが、きっと強い花なのでしょうね。

 

 

 

 春はやはりミズバショウをたっぷりと見たいですね。
 透明度が高い雪融け水がミズバショウの命。よーく見ると、水中に縦横無尽に広がる根も見えます。

 

 

 ミズバショウは、月岡の山と野々海が見どころですね。ただ、野々海では容易に見られるところでは群生が減っています。ここは深坂峠の少し手前の左手を下ったところ。ここ2年は頻繁に通っています。これは2015年6月18日。雪が少なかった2016年は5月上旬が見ごろでした。

 

 

 

 春と秋、野々海池です。ブナの芽吹きと雪のコントラストがこれだけ鮮やかに見られるのはやはり野々海池ならではのことでしょう。2015年5月28日撮影です。
 “鏡に映る紅葉”は4日間通い詰めてようやく撮れたもの。2016年10月22日早朝です。

 

 

 

 

 “夏”を何にしようか、ずいぶん悩みました。
 やはり“さかえトマトジュース”ですね! 2016年はあまり収穫現場を訪れることができなかったのですが、「収穫ももう終わり」という8月28日のお昼過ぎに菅沢で撮らせていただきました。

 

 

 いまではすっかり栄村の夏の恒例となった「ぐるっと栄村サイクリング」の一場面。秋山林道沿いの不動滝にて。奥に聳えるのは鳥甲山連峰。

 

 

 

 秋の景色として、こういうものも面白いのではないでしょうか。野々海池の水中に積もる黄葉と水の青色のコントラストが素晴らしいと思うのですが。11月2日の撮影です。

 

 

 

 

 鳥甲山連峰の白沢です。上は10月21日、下は12月19日。随分と印象が異なりますね。私はやはり冬の姿が大迫力で、好きですね。

 

 

 

 

 

 

 この1年間、四季折々の姿を撮り続けてきた切欠集落の姿です。

 

 

 

 雑魚川の三段の滝。この撮影は命懸けでした。10月21日です。


栄村復興への歩みNo.300

栄村の近未来図を描いてみる

 

 みなさま。
 新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 2017年冒頭、「栄村復興への歩み」は第300号を迎えるにいたりました。6年前の震災当日から発行した「栄村の状況」を引き継いで2011年4月13日に第1号を発行して以来、早や5年9か月の歳月が経ちましたが、発行当初にはこれが6年近くも続き、300号を迎えるなどということは想像もしませんでした。これも、みなさまにご愛読いただいているからこそのことと感謝しております。これからも、よろしくお付き合いお願い申し上げます。


 さて、今年の「3月12日」は満6年目。メディアなどの関心も薄らぎ、「栄村」が語られることも少なくなるかと思われます。「栄村の地震」が次にそれなりに大きく取り上げられるのは「10周年」の時になるのではないでしょうか。
 それまでの4〜5年間、「10周年」の日に「栄村はこんなふうに復興し、元気にやっています」と胸をはって誇れるような村づくりを進めていけるといいなあ、と思います。
 そんなわけで、300号で新年第1号の今回は、タイトルに掲げたように「栄村の近未来図」を私なりに思い描いてみたいと考えました。文章が多いですが、写真は別冊でお楽しみください。

 


(元旦にいただいた年賀状)


ある若者から聞いた1つの話
 年末のある日、私は栄村の観光に携わる一人の若者(以下、「Aさん」とします)を訪ねました。

 

   「リピーターが多いんです、モニターツアーのお客さんの。でも、

    宿泊施設に直接連絡されても対応できないんで…。だから、オ

    レ、頑張ろうと思うんです。」

 

 この2〜3年の間、振興公社の幹部らに何度問いかけてもいっこうに回答を得られなかったことへの答えが思わぬところで返ってきたのです。
 「モニターツアー」とは、あの「3億円事業」(「生涯現役事業」)の一環として、栄村を旅する企画をつくり、JTBなどを仲介役としてお客さまを募ったものです(旅行費は無料)。2014年始めあたりから数度にわたって開催されたと記憶しています。「モニターツアー」はそれ自体が目的(目標)ではなく、栄村の新しい観光プランと新しいお客さまを開拓することが狙いでした。
 私だけではありません。多くの人が、「生涯現役事業報告会」や「復興推進委員会」、さらには議会で、「モニターツアーの実施からどういう成果が生まれているのか?」と質問し続けてきました。それに対して、公社理事長(当時の副村長)や事務局長(現・役場商工観光課長)からは、「すぐに成果が出るものではない」という類の答弁しか返ってきませんでした。
しかし、じつは“成果”はささやかなものかもしれないが、確実に生まれていたのですね。そのことを教えてくれるのが上に紹介したAさんの言葉です。

 

● “リピーター1万人計画”をスタート!
 Aさんの心の中に熱い想いが宿っているのですから、栄村にリピーターをどんどん受け入れる動きがスタートしたんだと言ってもよいと思います。
 みなさん、Aさんの想いに是非ご賛同ください。次のような想いを持つ人が名乗り出てくれることが必要でしょう。
“賛同”の波が広がるのには、3つの要素があると思われます。
    イ) リピーターになってくれる可能性がある人を一人、

     知っている。私が声をかけてみましょう。
    ロ) リピーターを増やすには、「栄村に行ってみたいな」

     と思ってもらう旅企画が必要でしょう。私は旅企画を

     作ってみますよ。
    ハ) いい旅をしていただくには、やっぱりガイドが必要

     だよね。私、年に2〜3回程度だったら、ガイドします

     よ。車も用意してね。
 一人一人がこの3つのことをすべてやらなければならないわけではありません。どれか1つをやってみようというだけで充分。「この指、とまれ!」でどんどんAさんと行動を共にしましょう。もちろん私も参加します。
 こういう想いを共有する人が二人、三人と出てくれば、1つの運動になります。そう、“リピーター1万人計画”運動のスタートです。
 おカネの話をして恐縮ですが、リピーターお一人が宿泊代を含めて1万円を村で使って下されば、1万×1万=1億円です。いま、課題となっている振興公社の再建も、こういう“夢”の中で考えていくことが必要ですね。
 ところで、1万人という数字、雲をつかむような数字でしょうか? 私はそんなことはないのではないかと思います。1組で2〜30人というグループもおられますし、子どものキャンプや大学生の合宿であれば、参加者個々のメンバーは入れ替わったとしても、その団体・企画のリピートを実現すればよいのです。「リピーター1万人」というのは、現実に照らせば、ひょっとすると小さすぎる“夢”なのかもしれません。
 大事なことは、「リピーターの人が栄村に来てくれた」という情報が1ケ所に集中され、「只今、本年のリピーター〇人です」という情報が村全体でたえず共有されているようにすることです。

 

● 岸幸一さんの画期的な仕事を引き継ごう
 ところで、昨秋以来、「『復興への歩み』で紹介しなければ」とずっと思いながら、果たせずにいたことが一つあります。昨秋11月に栄村を去った地域おこし協力隊の岸幸一さんが昨年の9月から11月初旬にかけて苗場山と鳥甲山の登山客を対象に実施された「無料の送迎サービス」です。下写真が鳥甲山ムジナ平登山口に掲示された案内。

 


 岸さんの報告によれば、82組・156名の人が利用されたとのこと(「広報さかえ」12月号掲載の岸さんの手記より)。
秋山林道の屋敷登山口で一人の登山客と出会ったときのことが思い出されます。その人はちょうど鳥甲山から下りてこられたところ。「これからムジナ平まで歩かれるのですか?」とお尋ねすると、「ええ、そのつもりだったんですが、ほら、これ。無料送迎してくれるというんで、たった今、電話したところです。迎えに来て下さるそうです」と満面の笑みを浮かべながら答えてくださいました。
 屋敷〜ムジナ平間、林道を歩いたら優に1時間以上かかります。上に紹介した人の喜びの大きさは容易に想像できます。
また、苗場山の場合、このサービスによって、湯沢側から登った人の小赤沢への下山率が大きく伸び、秋山郷の温泉に浸かるなどの観光需要が増えます。

 

 

 先に掲載の写真を見ると、実施日は計45日。おそらく申込みが殺到する日と1件の申込も無い日とがあったことでしょう。忍耐とズクを要する仕事です。秋山郷の観光について知る人であれば、「こんなサービスがあるといいんだが…」と思いながら、これまで実現できてこなかった重要な仕事だということがすぐに理解できるでしょう。協力隊という立場にあったからこそ出来た仕事という側面もありますが、今年の秋、この事業を私たちが引き継ぐことができるかどうか、問われています。
 新協力隊員が担ってくれるのもいいですが、秋山在住の人が数名協力しあえば45日分の半分くらいは出来るのではないでしょうか。私だって、10月は3〜4日に1回くらいの割りで秋山に行きますから、数日分の協力参加は不可能ではありません。
 (この項の最後に一言。「岸さんという人はどうして途中で去ったの?」なんて、「責任追及」的なことを言う人がいますが、「わかっていないなあ」というのが私の感想です。岸さんの偉業に言及することもなく、「途中で去った」なんてことだけを追及する、そんな歪んだ感性が岸さんを追いやったと考えるべきではないかと、私は思っています。)

 

“攻め”の企画が溢れる栄村にはお客さまがどんどんやって来る!

● 直売所「かたくり」の好成績が教えてくれること
 この1年半、お客さまが基本的に右肩上がりで増えているところがありますね。
 そうです、栄村農産物直売所「かたくり」です。
 右肩上がりをもたらしている要因は何でしょうか。
 接客サービスの良さ*など、好評の理由はたくさんありますが、最大の要因は品物の種類・数が増えていることです。
    * 「ここの直売所は他所(よそ)と違うね。他所は『売っ

     てあげる』という感じがするけれど、ここは『ありが

     とうございます!』という感じ」というお客さまから

     の声が数多く届いています。

 

「あっ! わらびだ」と声をあげるお客さんも(1月2日撮影)

 

この季節はお餅が大人気。とくに2種類を味わえる「ミックス」が好評


 “買うもの”があまりなければお客さまが少ししか来ないのは当然です。お客さまの多くは、「ドライブの途中に立ち寄る。いいものがあれば買ってみよう」、「他所では手に入りにくいものがあれば買っていこう」ということで、店の中に入り、ぐるっと一(ひと)回りされます。品物の種類が多ければ、当然、お買い上げ点数と金額が上がります。
 店長さん、出荷運営組合が最も力を入れていることは、切れ目なく、いい品物が入ってくるように農家さんに働きかけることです*。
    *「津南の農家の出荷物が多い」と難癖をつける村幹部が

     いますが、わかっていないですね。出荷者の多くは暮ら

     しの面でも栄村と一体感をもつ地域の人たち。そして、

     生産規模が大きい津南の農家さんが出荷してくれること

     で、栄村のかあちゃんたちが小規模生産で出荷するもの

     も売れるチャンスが創り出されているのです。

 

● 観光企画をふんだんにつくる
 振興公社は大赤字で苦戦していますが、その公社の過去3年間の「営業報告」を見ると、プラスの要因も発見することができます。総体としては入込客数が減っていても、「お客さまが増えた」という月がわずかながらあるのです。
 その客数増加の原因を見ると、ほぼ必ず、そこには“企画”があるのです。ただ、残念なことは、その“企画”のほとんどが栄村側で企画したものではなく、他所で企画されたものだということです。
 「“企画”のないところにお客さまはやって来ない」と言い切っても間違いではありません。
 飯山市に「森の家」というのがありますね。信越トレイルの拠点にもなっているところです。ご存知の方も多いかと思いますが、「森の家」は1年365日毎日、必ず何かの〈遊び企画〉を用意しています。冬であれば、「森の家」近くのブナ林にスノーシューを履いて出かけるというような遊びを企画しています。地元の人では考えつきもしなかったような企画ですが、TVでも紹介されるようになり、人気うなぎ登りのようです。

 

● 「鶏が先か、卵が先か」のジレンマをどう乗り越える?
 ここで、一つのジレンマにぶつかります。
 「人手がないから、いくら企画を考えても、実行できないよ」という意見。「いや、いや、企画がないからお客が来ない。お客が来ないから、観光が人手を確保できる産業にならないんだよ」という意見。
 「鶏(にわとり)が先か、卵が先か」という有名なジレンマと同じ問題です。
 このジレンマに対して、「こうすれば問題は解決できる」というものはありません。
 まず一人から始め、とにかく企画を打ち出す、その企画の実施に必要な人手をなんとか確保する。その小さな成功を踏み台として、また次の一歩に踏み出す。もちろん、「お客さまを一人も確保できなかった」というケースも出てくるでしょう。でも、そこでへこたれはしない。
 そういう地道なことの繰り返しが道を拓いていくのだと思います。

 

● 驚いたSOUPの冬企画
 SOUP(スープ)(信州アウトドアプロジェクト、事務所は「トマトの国」のそば)の新年メッセージを見て、驚きました。
 冬の企画が山盛りなのです。並べてみましょう。
    ♬冬のやんどもキャンプ?
     スキーキャンプ 2月10日〜12日 定員15名
     雪あそびキャンプ 3月21日〜23日 定員15名
   〈冬のイベント〉
     どうろく神 1月14日〜15日 定員10名
     冬の手前味噌づくり×雪のフットパス

     2月4日〜5日 定員8名
     雪あそび楽宿 2月8日〜10日 定員15名
     雪塊〜Yukidama〜 2月17日〜19日 定員8名
     雪板〜Yuki Ita〜

 企画内容の詳しい紹介は省きますが、数年前のSOUPの冬企画は、上の〈冬のイベント〉の△鉢イ世韻世辰燭茲Δ傍憶しています。また、「やんども」の2つの新企画の背景には昨夏、スキー場をキャンプ地として実施された「やんどもキャンプ」の成功があると思われます。
 こういう言い方をすると失礼になるかと思いますが、SOUPはそんなに経営体力が大きくはなく、人手も多くはない事業体だと思います。
 まさに「鶏が先か、卵が先か」のジレンマを抱えながら、積極姿勢を最大の武器として、こういう成長を実現されているのではないでしょうか。

 

貝立山への雪山トレッキング

 

芽は出てきている。相互に手をつないで、複合作用を起こし、夢を広げていこう!
 こうして見てくると、やる気満々の若者、登山客のニーズ(求め)に応じる企画の成功、人気スポットになりつつある直売所、企画力が溢れ、着実に発展する若者の事業体というように、〈芽〉は確実に出てきています。
 これらが相互に手をつないでいけば、そこに複合作用が生じ、1の力が2にも3にもなっていくでしょう。
 世の中にはいろんなヒット商品(モノだけでなく、音楽やアニメなども含めて)がありますが、そこではモノやスターの存在が不可欠であると同時に、なによりも優れたプロデューサーが決定的な役割を果たしています。栄村にいま必要なのはこのプロデューサーなのではないでしょうか。そして、それを担う人材は若者の中にいると思うのです。私のような歳が高くなった者の役割は、そういう若者が気持ちよく活躍できる環境を整えていくことなのだと思います。
 栄村が「震災10周年」を迎える4年後、村の様相は大きく変わっているでしょう。いまの若者が村の中心にドーンと位置し、そして、高齢者、壮年者も若者と一体となって楽しい栄村を実現している。
 今年2017年をそういう栄村のスタートの年にしたいなあ、と思います。

 

<後記>
 今年の正月はゆっくりさせていただきました。
 今号は記念すべき第300号(「栄村の状況」からの通算では334号)ですので、別冊として写真アルバム「栄村の四季を楽しむ」と編集しました。ネットのブログでは紹介したものの、「復興への歩み」では未紹介の写真を15点選びました。お楽しみいただければ幸いです。
 お気に入りのものがありましたら、壁掛け用写真の頒布などもさせていただきます。


2017年新春2日、晴れ上がった栄村

 

「トマトの国」の展望台から。11:49撮影。

 

横倉集落。11:56。飯山線の線路も白い。

 

月岡小滝線からの眺め。12:01。

 

手前、月岡集落大巻の田んぼの姿が美しい。12:01。

 

ソリ遊び。12:03。

 

貝廻坂から。12:07。

 

野田沢集落から関田山脈を望む。12:14。

 

貝廻坂の大曲がりのカーブから。12:18。

 

貝廻坂を下る途中、戦国の世の山城・仙当城の址がある山。その先
も険峻な山々が連なる。12:22。

 

大巻で千曲川が大きく湾曲する。12:28。

 

西南の陽をうけて光り輝く千曲川の水面。百合居橋上から。12:31。

 

同じく百合居橋上から上流方向を眺める。清水河原スノーシェッドの赤色がきれい。12:32。

 

横倉駅にて。12:36。ここで別の日の写真を1枚加えたい。

 

昨秋11月1日、試運転のSL。今度は是非とも雪の中を走らせたい。

 

帰省した人を見送る。

 

四季折々の景色を撮り続けた切欠集落。13:15。

 

原向に上る坂の途中にて。見えている集落は加用と百の木(共に津南町)。13:18。

 

左は苗場山。右の真っ白な山は奥志賀の山並みか。

 

原向の田原。正面に毛無山。野沢温泉スキー場のゲレンデが見える。13:23。

 

時は大きく進んで、17:05。中条から、宵の明星と三日月。

 

最後に再び、「トマトの国」の展望台から。17:18。

 

 


配達日誌12月14日〜30日

14日(水) 朝から午後2時頃までずっと原稿書き。「議員活動報告」第9号。前日までに「前書き」的部分を書いてあったが、振興公社問題、切明温泉「源泉地買収」問題などの本題をいっきに書き上げた。
 今回の原稿には一つの苦心があった。全員協議会の非公開部分の扱いである。「非公開」とは言っても、法的に「守秘義務」が発生する「秘密会」ではない。だから、非公開会議の内容をそのまま書いても何の問題もないのだが、じつは「復興への歩み」11月9日付号外をめぐって、11月下旬にひと悶着あった。
 「松尾議員がネットにあげたものをめぐって『打ち合わせ』をしたい」という奇妙な「要請」を受けて、11月28日、私は議会事務局に赴いた。「号外」をめぐっては、この「要請」とほぼ時を同じくして、私の知人に村長から電話がきたとのことであった。そういうわけで、どういう事態が待っているのか、ある程度の予測をしていたが、事務局に行くと、議長だけでなく、副議長、議会運営委員会委員長もいて、事態は「予測」通りに進んだ。「松尾議員が言う通り、『秘密会』ではないが、あのように書くのは議員として問題がある」という趣旨のことが言われた。また、「同じようなことを繰り返すと、…」という話の中で、「懲罰」という言葉も飛び出てきた。また、「松尾議員はジャーナリストとしての立場が先に出て、議員としての意識が弱い」という趣旨の話も出た。
 私には到底受け入れられないもので、話は平行線のまま終わった形だった。そして、私が「振興公社の問題は重要なので、いろいろ調査・分析している。それも書くなということか」と問うと、「公社に断ってから」という返答。さらに、私が「それは新聞記者などが言うところの『裏どり』をしろという意味か」と問うと、「『裏どり』ではない。それはジャーナリストの発想法。そうではなく、記事について公社の了解を得てくださいということ」という返答。もう呆れかえって、何も言う気がしなかった。
 さらに、「会談」は終わったのかと思いきや、「松尾議員の一般質問通告の第3項目の3つ目は『11月8日の懇談会での森川村長の発言』云々と書いているので、その質問は取り消してください」という「注文」が飛び出してきた。私は、「振興公社の問題を質問から外すわけにはいかない」と主張し、その場で立ったまま、該当項目を「振興公社の現状について村長はどう捉えているか」という抽象的な表現に書き換え、12月定例会一般質問で振興公社問題を取り上げることができるようにした。
 今回の「議員活動報告」を書く上で、この一般質問が決定的な意味をもった。非公開の全協で出た公社赤字埋めのための村資金の投入額は「活動報告」に書かなかったが、森川村長は私の一般質問への答弁の中で、「3月まで営業を続けることができない」、すなわち経営破綻という核心問題を喋ったのである。
 「政治の寝技」のようなことは私にはできないが、正攻法で事の核心を衝いていくことはできる。村民のみなさんに報告しなければならないこと、伝えるべきことは、なんとか書けたのではないかと思う。
 ほとんど休憩もとらずに、6時間くらいぶっ通しでの執筆だったので、肉体的には疲れたが、心地よい疲れであった。
 夜は、訪ねた先で手作りのコロッケをご馳走になり、最高!

 

野田沢集落から望む関田山脈の山並みの美しさ(この頁に写真が1枚もないのも寂しいので13日の写真を1枚)

 

15日(木) 今日は雪が激しく降っていたのが、つぎには青空が出て太陽が燦々と降り注ぐ、かと思いきや、また雪が降る、という変な天気。そんな中、西部・中央、東部などで約60軒の配達。
 配達をしながら色んな写真を撮ったが、是非、紹介したいものが1枚。

 


 大久保集落で撮ったもの。
 玄関先のかなり広い場所の雪がきれいに片づけられている。一目見ただけでわかるが、ロータリーなどを使ったものではなく、スノーダンプ一丁でなされた仕事。見事という他ない。
 私の栄村暮らしも10度目の冬を迎えたが、最近はこういう光景を見ることが減ってきた。私にはこのような見事な仕事をする技も体力もないが、村の人でも若い人にはもうできないことなのではないだろうか。
 手前味噌になるが、この写真は “栄村の冬”を切りとった傑作ではないだろうか。

 

16日(金) 夜間は、早朝除雪を必要とするような降雪・積雪はなかったが、朝になってガンガン降り出した。
 しかし、今日は絶対に配達をしなければならない。
 午前、留守家だが、息子さん・娘さんが一定間隔で来られ、「復興への歩み」を熱心に読んで下さっているお家を訪ねた。11日の積雪以降は来られていないようで、玄関のポストへ、膝までスッポリ雪に入るところを進んだ。こういうのはまったく苦にならない。
 午後、いったん晴れたが、3時すぎから再び雪。2時すぎに家に戻り、4時に再び配達に出たところ、激しい降雪の中での午前の配達では感じなかった大気の冷たさ。配達は手袋ができないので、手が痛かった。温泉である人にそのことを話すと、「いっきに気温が下がったもの」という返答。昼間でも0℃だったから、4時以降は零下になったということだろうか。
 11日の大雪あたりからだろうか、足先がものすごく冷たくなる。昨年まではなかったこと。末梢の細い血管のめぐりが加齢で悪くなったのだろうか。昨冬、何十年ぶりかで足指の霜焼けになったが、その時、ある人から「お風呂の中で足の指先をマッサージするといい」と教えられた。今日、温泉で実践すると、たしかに足の指先が生き返った気がしてきた。
 今日の1枚は下のものにする。午前9時49分、白鳥集落での撮影。集落内道路にはまだ除雪車が入っていない状況の中で、狭い道に入っていく。

 

 

17日(土) 朝、森や東部で配達をした後、オープンセレモニーが行われるスキー場へ。
 今冬のオープンが17日と知った時は、誰しもが「雪のないオープンになるな」と思ったが、11日の大雪などが幸いして、「全面滑走可能」ではないが、ほとんどのコースで滑走できる状態でオープンを迎えることができた。
 私はいい絵を撮りたいと思っていたが、議員への案内状が来ていて、「公務」の一種の感じで、式典中は基本的に「隊列」の中に並ばざるをえなかった。式典中もかなり激しい降り。
 セレモニーは型通りに進んだ。挨拶は、村長、県議宮本氏、村議会議長、当間高原リゾートの代表者、信州プロレスのグレート無茶さん。あとの二人はこの日ならではの顔ぶれだが…。この後は、鏡割り、甘酒での乾杯。甘酒とイノシシ汁の振る舞い。振る舞いと並行して、デモンストレーション滑降が行われたが、さほどスポットライトが当てられたという感じではなかった。
 一言でいって、演出が下手だと思う。もう少し工夫できないか。「オープンセレモニー」という公式行事なので、型の踏襲が優先されるのだろうが、村の各種行事ではいつも「金太郎飴」のような顔ぶれでの挨拶が続く。たとえば、華やかなスキーウェアに身を包んだ子どもたちを主役にするとか、デモ滑降で滑り降りてきたスキーヤーがオープンセレモニーゲートにかけられたくす玉を割るとか、“絵になる”ことをいくらでも工夫することができる。“営業”はこのあたりから始まるのではないだろうか。
 セレモニーの後、場所を移して、知人と少し懇談。
 午後から天候は雨やみぞれに変わった。
 午後の配達はわずかだったが、森集落のいわゆる「谷」というところに行った。その時に撮った1枚が下のもの。この先を進むと、11月19日、SLをバッチリ撮影した地点がある。だが、ご覧のとおり、もうかなりの積雪。除雪されないところなので、SL撮影地点にはもう春まで行けない。あの写真は好評で、壁に掛けるための写真用プリントをして、お届けすることもしている。

 

 

18日(日) 朝早くから平滝、白鳥などで配達するとともに、快晴なので、各所できれいな雪景色を撮影。さらに、スキー場を訪れ、スキー客の様子を撮影。子どもたちの姿が目立ち、そこに焦点を当てての撮影が多くなった。
 午後は急きょ設定した「12月議会報告と懇談の会」。本当に急きょの設定で、せいぜい30人くらいにしか声をかけられなかったが、18名も集まって下さって、有意義な集まりになった。私が「議員活動報告」に書いたことをめぐって色々と質問が出されると同時に、「議会では〇〇のようなことには疑問や意見は出ないのですか?」という声が相次いだ。率直に言うと、私自身もわずか7ヶ月余の議員生活の中で慣れてしまったりして、問いかけすることを忘れてしまっているような、しかし、大事な事柄である。議会をめぐって、もっともっとみなさんと議論する機会を増やし、議員活動のあり方を常に刷新していかなければ、と強く思った。
 夕刻、もう一度、スキー場へ。午前中にスキースクールで練習を始めた4歳の子がどこまで上達したかを知りたかったが、時間が遅くて、スクールの関係者ももう帰っておられて、その点は取材できず。
 スキー場での子どもたちの様子を撮影し、ブログ記事を編集していて思ったが、スキーでの集客そのものについての宣伝の工夫が必要なのだと思う。一昨年だったか、「非圧雪」のコースを開設した時はTVで取り上げられ、評判になった。子ども用のスキースクールは「さかえ倶楽部スキー場」だけに限られたものではないが、提供されるサービスの質の高さは他に比べて誇れるものだと思う。当間リゾートからお客さまがかなり来る理由の1つも、これだと聞いた覚えがあるが…。「商品売り出しの工夫」が大事なのだ。今冬はくりかえしスキー場を訪れ、宣伝の素材を集めたいと思う。

 

 

 上の写真は、スクールで練習する4歳の男の子と、少し大きな女の子。平らなところで、おそるおそるスキーを履いて歩き始めたが、数分で結構歩ける(滑る)ことができるようになった。男の子は「先生」にウェアを直してもらっている。こういう場面、いい絵だと思う。

 

19日(月) 今日は予定通り、秋山へ。森を9時すぎに出発し、途中で何枚かの写真を撮りながら小赤沢に入ったのが10時半すぎだっただろう。
 配達は小赤沢、屋敷、上の原、和山で計60軒。天池で「遊んだり」、何回か人と話し込んだので、秋山の全戸を廻りきることはできなかったが…。
 405を津南に下りたのはもう暗くなり始めるころだった。帰りの途中からか、かなりしんどくなってきた。天池での「遊び」でかなりの汗をかいた後、タオルで背中などを拭いたが、少し風邪気味か。鳥甲山連峰の南の方の様子を「まさにカミソリの刃」と紹介するブログ記事を編集・アップして、今日は終わり。

 

20日(火) 明後日22日は青倉米の年末発送日。この10月から再び、青倉米の産直の責任を負うことになったが、それと合わせて、クロネコとの契約の変更を行なった。
 これまでの契約は2007年か08年かに結んだもので、いまでは超格安。運賃が少し上がる形で契約を更新した。少しは先方の事情も考慮に入れないと、持続不可能になってしまう。というわけで、契約更新はそれでいいのだが、「送り状」の発行システムも変更になった。
 その発行システムを今日試してみたのだが、まったくうまくいかない。サービスセンターに問い合わせの電話をしながら、なんとか発行に至ったのは昼すぎの2時半ころだっただろうか。午前中から始め、なんだかんだで5〜6時間、試行錯誤を繰り返した。
 そんな次第で、今日は配達に廻れず。

 

21日(水) 今週に入って気温が高く、朝の路面凍結のおそれが基本的にないので、午前7時前に配達をスタート。8時半すぎまでに54軒。

 

日の出と朝焼け(7時47分、横倉から)


 その後、「復興への歩み」の次号、300号記念号の一部となる写真アルバム「栄村の四季を楽しむ」の編集。急いだのは、通常、青倉米の発送に添付する「お米のふるさと便り」の替わりとして使用するため。
 午後遅くになんとかひとまずの完成にこぎつけ、午後4時少し前に
 再び配達へ。月岡などで53軒廻り、今日は久々に三桁の107軒。これはよかったのだが、配達が終わると同時に、どっと疲れが出て来て、異常な疲労感。

 

22日(木) 朝起きると、体がだるいまま。こんなことは滅多にない。おそらく熱がある。といっても、私は平熱が35℃台なので、体温計で計っても6℃少々だろう。
 とにもかくにもお米の発送を終えなくてはならないので、午後4時すぎまで踏ん張った。
 ヤマトに荷を引き渡してすぐに診療所に走ったが、「都合で本日は4時で終了しました」という掲示。やむなく、津南駅近くの古藤医院へ走り、薬をもらった。医院までの往復の運転時は少しふらつき感があった。10時頃に就寝。


23日(金) 風邪で完全にダウン。
 ただ、朝方と夕刻に窓からスキー場の様子を撮影し、ブログに「雪よ、戻って来て!」をアップ。

 

24日(土) 依然、調子が悪い。私は風邪薬がすぐに胃に響く。月に1回、睡眠安定剤と同時に処方してもらっている胃薬も22日から切れているので、土曜日もやっている古藤医院に再び走り、とりあえず4日分だけ処方してもらった。
 今日はこの医院行きで出かけた以外は引き続き静養。

 

25日(日) かなり具合はよくなり、午前中、平滝、泉平で配達。その後、スキー場の様子を見に行った。
 昨夜、雪が降ったが、積雪はわずか。それでもスキー場を楽しんでくれている人たちに感謝!! 午後、ブログ記事「もっと降ってほしかったけれど…」をアップ。

 

ソリ滑りを何度も、何度も楽しむ子


 昨日、「〇〇さんが11月18日に救急搬送され、入院しているが、明日、見舞いに行く。『復興への歩み』などを持っていってあげたいのだけれど」という連絡をある人からもらい、今朝、その人のところに届けた。その際、12月に入ってからのブログ記事も元原稿を印刷して届けることにした。印刷しながら見ると、「ほー、ほぼこの1ヶ月の天候と集落の様子の変化がわかるな」と自分で感心してしまった。

 

26日(月) 朝からあまり体調は良くなかったが、年末を目前にして、のんびりもしていられないので、午前中、野田沢、程久保、原向で配達廻り。
 程久保で景色が一変して驚いた。野田沢までと雪の量が違う。土が見えているところが少ない。さらに大久保から先は県道に除雪の跡が見られた。24日夜〜25日朝の降雪をうけて、25日朝に道路除雪が行われたのだろう。
 昼は、天地の克己さんが餅つきをすると言っておられたので、様子を撮影に。昨日搗いたお餅を昼食にいただいた。3つくらいペロッと食べたが、「やはり杵で搗いたお餅は違うなあ」というのが感想。

 

杵を振り下ろした後にグッと押す時の腰の入り具

合が違うなあというのが感想

 

 午後は極野、中野などを廻って、今日は90軒。その後、診療所行き。診察の順が回ってくるまでに予想外に時間がかかり、薬をもらうのを待っていると、予定していた宅急便の発送が間に合わなくなるので、いったん発送へ。そしてまた診療所へ。そんな次第でもう外は暗い時間に。
 夜は、仕事をしないように、テレビや読書で過ごした。

 

27日(火) 体調はすっきりし、午前中、飯山市の法務局へ。ある調べ事。種々の謄本を入手するのに計3,600円要した。さらに、その謄本から分かったことをさらに解明するために北信地方事務所へ。
 驚くようなことが判明した。さらに追跡調査が必要だが、これぞまさしく「政務活動」。「政務活動しました」と偽って、不正をやっている議員さん、自治体議員が何をなすべきか。よく考えてもらいたい。
 大いに成果があった調査だが、昼食を飯山で摂って、家に帰り着いたのは午後3時を回っていた。そのために昼の薬を飲むのが遅くなったせいでもないだろうが、夕刻、急にしんどくなってきた。無理して夕食を食べている最中にダウン。急速に体温が上がり、計っていないが38℃を軽く超えた感じ(平熱が低い私にとって38℃は普通の人にとっての40℃くらいの感じ)。こんな発熱は10年来なかったこと。

 

28日(水) 朝、起きると、熱は下がっていたが、頭がガンガン痛い。頓服薬をのんで、再度寝入る。
 正午前に目覚め、頭痛もいちおう収まった。
 天気がいいので、昼食を兼ねてスキー場へ。窓から見たスキー場が27日夜からの降雪で真っ白だったので、様子を見てきた。ブログ記事「滑走可能コースが増えた!」をアップ。
 その後は静養に努めた。29日、30日の2日間で、なんとか年内発行物の配達を完了させたいため。

 

29日(木) 朝は厳寒。しかし、心配した体調不良はなし。秋山の配達に行くことにした。津南で405号線に入ったのが午前9時ちょうど。路面凍結を避けるにはもう少し遅い時間がいいが、帰りの時間を考えて、この時間にした。今日は最奥部の切明まで。小赤沢から切明まではほとんどアイスバーン状態。

 


 川原から湧き出る温泉からはもうもうと湯気が立っていた。関係者に聞くところでは、積雪が始まって以降もそれなりの装備を用意して「川原の温泉」を訪ねる人たちがいるそうだ。切明温泉を訪ねる人たちにとっては、やはり雄川閣が拠点施設。冬期間、宿泊営業はしないまでも、閉鎖ではなく、村の観光の案内・休憩施設としての営業が不可欠。「コスト削減」だけを至上命題化し、お客さまが何を求めているかを考えることがなければ、観光は衰退するしかない。
 ある場所で、1枚の写真を撮るために路側に車を停めていると、集落の人がわざわざ車を停めて、声をかけてきてくださった。「多くの人は松尾さんの考えと同じだと思うよ。村長がどうこう言ってきても頑張って。来年の村議選も出てくれなきゃだめだよ」と。感激するとともに、責任の大きさに身が引き締まる思いがした。
 午後2時頃に小赤沢で配達を終えて、帰路についたが、かなり疲労感はあり、帰宅後は「バタンキュー」かと思っていたが、意外と元気で、ブログ「厳寒、アイスバーン、でも、最高の景色」をアップできた。

 

これは「のよさの里」の室内からの撮影

 

30日(金) 昨夜の就寝は遅かったが、目覚めは早く、6時に起きてしまった。「もう少し眠っておいたほうがいいかな」とも思ったが、目覚めてしまったものはもはやどうしようもない。
 大雪警報が昨夜出たが、けっこう降った。スキー場等のことを考えると万々歳である。

 


 上写真は7時半頃に車庫の前の雪を片づけた時に撮ったもの。昨日までは雪がなかったところなので、これが一晩の積雪量ということになる。目安になるものとして雪長靴を置いてみた。
 配達を早く済まさなければならないので、このまま出かけてもよかったが、東部の奥の方に行く予定で、集落内道路の除雪が遅れている可能性もあるので、ひとまず編集作業を行い、10時半頃に出かけた。
 北野、当部、長瀬、切欠、柳在家を配り終えて、昼すぎ。昼食を兼ねて2時頃にスキー場へ。
 かなりの賑わい。他県ナンバーがこれまで見た以上に多い。年末年始の稼ぎ時だから、これくらい来てもらわなければならないが、やはり賑わう様子は見ていても楽しい。今日も小さな子どもたちの姿がどんどん目に飛び込んでくる。父娘だろうか。微笑ましいシーンだ。

 


 午前の配達が終わった頃から、「かなりきついな」と感じていたが、やはり今日はこれ以上無理。3時頃に家に戻って休んだ。
これで大晦日も配達ということになったが、あと一息。今年の日誌はここまでとし、くる年をさらなる充実の年としたい。

 


松尾まことの議員活動報告第9号(12月14日付)

「放送で傍聴を呼びかけておきながら、行ってみたら非公開。ふざけるな」
村民のみなさんの怒りはもっともです。

 

 12月6日〜9日の4日間、村議会12月定例会が開催されました。いずれの日もそうですが、とくに2日目の7日は傍聴席が埋まるほどに多くの村民のみなさんが傍聴に来てくださいました。
 ところが、6日は公開(=傍聴可能)だった「全員協議会(村長提出)」が、7日の昼休み終了目前に突然、「非公開」(=村民に傍聴させない)に切り換わったのです。「理由」は「村長の要請による」という理不尽なもの。
 午後の一般質問(本会議)が終わり、議長が「全員協議会は非公開です。傍聴者、報道はお帰り下さい」と言うや、信濃毎日新聞と妻有新聞の記者が村長に激しく詰め寄りました。しかし、全協は非公開のまま。
 妻有新聞が12月10日号でこの事態を厳しく批判しています。また、「議員に「『口止め』はあり得ない」と議員の姿勢を問うています。もっともな問いかけだと思います。
 私は、有権者たる村民の代表を務める議員の一人として、村民のみなさん、栄村の復興をご支援下さっているみなさんの“知る権利”を守るため、この『報告』において可能なかぎり、事態の真相をお知らせする議員の責務を果たしたいと思います。


重要案件が続出し、厳しい議論になった12月議会
 12月議会は、実際の会期は4日間で定例会としては短い方でしたが、提案・採決された議案等は17件と多く、かつ、内容が重要なものでした。また、それに加え、8日の全協(非公開)では栄村振興公社の経営の問題をめぐって、非常にシビアな(=厳しい)議論が2時間余続きました。
 村長提出の議案でとくに厳しい議論になったのは、「保健師看護師等奨学資金貸付条例」案(以下、「看護師等奨学金条例」と略す)、一般会計補正予算第6号の「切明温泉源泉の鉱泉地買収」の2件です。
 「看護師等奨学金条例」案は、6日の本会議で、「奨学金の支給には賛成だが、条文に問題箇所が多い」として疑問や批判が続出。その結果、理事者側は8日午前の本会議冒頭、議案の撤回を表明。9日午後の本会議に新たな条例案を提出して、ようやく可決されました。この〈提案→撤回→提案やり直し〉という事態は近年ではかなり珍しい事態だと思います。何が問題になったのかは11頁で説明します。
 もう1つの「切明温泉源泉の鉱泉地買収」はまさに7日の非公開の「全協(村長提出)」で当初説明が行われた案件です。9日の採決では賛成6:反対5のギリギリの可決でした。これについては、8〜10頁で説明します。
 また、議案第103号「栄村過疎地域自立促進計画の変更」は、私のみが質疑しましたが、森川氏の選挙公約にある「秋山のバス路線問題」に関わるものであり、かなり重要かつ大きな案件でした。これについては11〜12頁で説明します。

 


振興公社の現在の状況について
 いま、村民が不安を感じていて、とても関心の高い問題です。
 私は、7日の一般質問でこの問題を取り上げ、森川村長の現状認識を問い質しました。

 

■「このままで営業できないだろうという数字が出ている」(森川村長)
 正確と公正を期すため、私の一般質問に対する森川村長の答弁を詳しく紹介します。
    「振興公社の過去5年なり10年間の経営状況を分析して、どう

    すれば事業的に施設をもっていけるか、それも実施したい。そ

    れを実施する前に、今、資金的に公社の方がちょっと収入が落

    ち込んでしまった。これから来年の3月いっぱいまで、このまま

    で公社が営業できないだろうという数字が出てきております。

    ならば今は、平成29年度の事業に向けて、また営業をしてもら

    わなければ……栄村の中心に座っている振興公社の観光行政が

    乱れたのでは、私が観光を進めるという目的から、また一歩後

    退してしまいます。……今回、何とか手当をしなければという

    ことでは充分考えており、……振興公社がこの村の施設を管理

    してもらうということで必要な経費は出すべきだろう……その

    方向で考えております。」
 ここで言われていることは、民間企業の普通の議論では、「経営破綻」と呼ばれる事態です。
 森川氏は「これから来年の3月いっぱいまで」と言っていますが、4月になれば状況が好転するというわけではありません。とりあえず「3月までの必要な資金」が必要だから、「3月いっぱいまで」と言っているだけのことで、4月以降も「必要な経費は出す」という事態、すなわち振興公社の赤字補てんのために村(一般会計)からのお金の投入が続きます。

 

■「指定管理料」とは
 非公開とされた全協の協議事項の(4)は、「一般財団法人 栄村振興公社 指定管理料の増額について」とされていました(このことは妻有新聞もすでに報道)。つまり、森川氏が「必要な経費」と言うお金を「指定管理料の増額」という名目で出そうということです。
 そこで、「指定管理」、「指定管理料」について説明します。

 

 「指定管理は」とは、村の公の財産の管理を民間企業等に委ねることをいいます。栄村が振興公社に管理を委ねているのは「トマトの国」、「北野天満温泉」、「のよさの里」、「森宮野原駅交流館」の4施設を指します(「雄川閣」は村と公社が結んだ指定管理の基本協定では対象になっていません)。2003(平成18)年の地方自治法改正で導入された制度です。
 村は、2013(平成25)年4月、一般財団法人栄村振興公社を指定管理者とし、村と公社は指定管理に関する「基本協定」を結びました。
    *村は長年、栄村振興公社に施設の管理を委託してきましたが、

     2005年4月以前の振興公社はいわゆる公益財団であったので、

     「民間への委託」ではなく、したがって「指定管理」の扱いで

     はありませんでした。
 「基本協定」では、施設の管理運営に要する経費をどのように賄うかについて取り決めます。一般的には、3つのケースがあります。
   (ア) 指定管理委託を受けた民間事業者が、施設の利用料等の収入で

     賄う
      *振興公社の場合でいえば、宿泊代等で得る収入
      *大都市や観光が盛んな地域では委託を受けた民間事業は相

       当に儲かります。行政側は、役所で直接管理した場合の人

       件費等を削ることができるので、指定管理に出すのです。
   (イ) 行政側が、必要経費を指定管理料として支払う
   (ウ) 利用料等の収入と指定管理料の併用で賄う
 振興公社の場合、2013(平成25)年4月、指定管理料ゼロ、ずなわち利用料収入等で施設の管理運営をするということでスタートしました。ただし、施設は村の財産ですから、施設の大規模修繕等は村の支出で行うことが取り決められていて、実際、村は毎年、そういう支出をしています。

 

■2015(平成27)年度から1千60万円の指定管理料 ―― その意味は?
 私は今年4月末に議員になってから、振興公社の現状について調査する中で、昨年度(2015年度・平成27年度)から振興公社に対して指定管理料が支払われていることを知りました。金額は1,060万円です。
 9月定例会で審議された「平成27年度決算説明書」には、
     「栄村振興公社指定管理委託料 10,600,000」
と記載されているのみだったので、私は「指定管理委託料の算出根拠は?」と質問しました。答弁は商工観光課長(平成27年度当時は振興公社事務局長だった人)が行い、
   「これは『指定管理委託料』という名目にしてありますが、実際は、

    共通入浴券での入浴が公社にとって大きな赤字になるので、それを

    埋めるために、この金額を『指定管理委託料』という名目で入れて

    います」
という答弁でした。
 言いかえれば、振興公社で赤字が出る要因は共通入浴券にあり、その赤字を補てんしさえすれば、あとは施設利用料収入等で経営していけるという認識を村は示したのです。今年9月の議会でのことです。そして、本年度(平成28年度)も村の当初予算で「栄村振興公社指定管理委託料 1,060万円」が計上されています。

 

■「もう払えるお金がない」という状況
 さて、「これから来年の3月いっぱいまで、このままで公社が営業できないだろう」という森川村長の答弁に戻ります。
 具体的には職員の給料支払いなどが困難になるのだと思われます。
 私はこの事態を予見していました。今年6月29日付の「栄村復興への歩み」No.287を「振興公社特集」にし、公社の平成27年度決算書を分析した結果を提示しました。
 公社の手持ち現金及び預金は約2,780万円、それに対して1年間で人件費に3千万円以上を要すると見られることから、「運転資金は充分ではない」と結論づけました。11月か12月に事実上の破綻危機を迎えると予測したのですが、実際は破綻危機は2ヶ月ほど先延ばしになったようです。夏に村から本年度の指定管理委託料1,060万円が入ったからです。

 

振興公社をどうすべきか
 年が明けると、1月12日に臨時議会が予定されています。振興公社に破綻危機のりきりのためのお金を投入する補正予算案が、おそらくこの臨時議会に提出されてくると予想されます。
 私は12月議会の中でもその旨を表明しましたが、「ただただ当面の危機をのりきるためにカネを投入する」というのには反対です。そういうことをいったん始めると際限がなくなります。3月議会に出る来年度予算にも「指定管理委託料」という名の公社への資金投入がかなり大きな金額で入ってくることになるでしょう。
 いま、必要なことは、公社の経営破綻危機の原因にきちんとメスを入れ、根本的な再建策の基本を明らかにし、その再建策に見合う形で村からの支援策を決めることです。

 

■「生涯現役事業」、いわゆる3億円事業で公社はおかしくなった
 振興公社の経営状況はここ数年で急速におかしくなりました。その時期は、「生涯現役事業」、いわゆる3億円事業が行われた時期と符合しています。
 年間1億円ものお金が入ってくる。振興公社にはかつてなかった巨大資金の流入が振興公社経営陣の財務感覚を麻痺させ、「3億円」資金が入らなくなるや(昨年9月で終了)、埋められない大赤字が累積していく状況になったと見るのが妥当でしょう。
 したがって、まず、当時の経営陣(理事長は当時の副村長、事務局長は役場職員)の責任が問われます。単なる道義的な責任の追及ではありません。法に照らして、責任を明確にすることが必要です。「過去のことをごちゃごちゃ掘り返しても何も進まない」と言う人もおられるようですが、そうではありません。東京都の豊洲市場問題をご覧ください。退職者も含めて、懲戒処分が行われています。
 経営責任が不問にされたり、曖昧にされたりする組織が健全経営に戻れるなんてことはありえません。

 

■再建のプロの導入が必要
 議論を前へ進めます。
まず、振興公社に指定管理委託している村の宿泊施設4つを、現在の栄村の観光力(誘客能力等)で黒字にできるのか。これは、振興公社について云々する以前に、村自身が明確にしなければならないことです。
 つぎに、宿泊施設4つをいまと同じ形態で運営することが妥当なのかどうかも検討しなければなりません。それぞれの施設を独立経営にする方がよいという考えもありえます。偶然的要因も絡んでいるようですが、「トマトの国」は昨年度黒字でした。通過客、日帰り客を主たる営業対象として運営する方が売上収入が飛躍的に伸びると予測されるケースもあります。雄川閣です。かなりの人が「あそこは手放さないと公社全体を赤字にする」と評する施設もあります。
 再建策の骨格は半年以内くらいに明確にする必要があります。
 一般の民間企業の場合、「経営再建をまかせられる」と金融機関等が認める再建のプロの投入を前提として、破綻処理・経営再建のための資金融資が行われます。
 私は、ただちに再建のプロを投入する必要があると考えます。その人材は公募で求めるのが妥当であり、栄村に利害関係を有さない人でなければなりません。

 

■村からの資金投入は「再建支援」「融資」を明確にすることが必要
 いま、金融機関は振興公社への緊急融資には応じてくれないでしょう。
 村が緊急融資することが必要になります。雇用を守ることも、これで可能になります。
    *当面の雇用は守られますが、職員は、再建プロセスにおい

     て、再建に寄与できるかどうかが問われることになるでし

     ょう。
 しかし、これは“融資”であって、経営危機を隠す「指定管理委託料の増額」という名目であってはなりません。「出捐金(しゅつえんきん)」という提案をする方もおられますが、来年度予算でも引き続き資金投入が必要になることを考えると、「出捐金」を何度も出すというのはおかしな話になります。
    *出捐金とは――「当事者の一方が、その意思に基づいて自

     の財産を減少させることにより、他人の財産を増加させる

     ことをいう。例えば、財団法人設立のため一定の財産を提

     供することは出捐に当たる。」(「公益法人関連用語集」

     より)
 “融資”ですから、返済を求めます。再建のプロの投入、再建計画を前提として融資し、再建が軌道にのった後に返済してもらいます。

 

■村民の温泉入浴はどうなるのか?
 いま、村民のみなさんが最も心配しておられることは、「私たちは温泉に入れなくなるのか?」ということです。
 このような不安を引き起こしている直接の要因は、
    1. 今年春、村が「来年春から温泉共通入浴券を値上げする」

     と発表し、それからもう半年以上を経過しているにもかか

     わらず、来春以降の料金等をまったく発表していないこと
    2. 「トマトの国」で「温泉営業は12月1日から午後2時開始」

     という変更が突然告知され、また、食堂営業が廃止されたこ

     と
にあります。これに加えて、公社理事長人事に疑念を抱く人がかなり多いこと、公社を辞める職員が相次いでいることを心配する人が多いこともあります。
 私は、村民の温泉入浴について、つぎのように考えます。
    1. 村民の温泉入浴(温泉共通入浴券)の問題は、公社の経営

     危機とは関係なく解決することが可能であり、村はただちに

     来春以降の料金を決定し、公表すべきだ。
    2. 「村民誰もが毎日、温泉に入れる」というのは素晴らしい

     ことであり、栄村が村外にむかって誇るべきことです。この

     環境の維持を村の施策として明確に打ち出すべきです。
    3. 村民には応分の負担を求める。生産年齢の人は年間3万円程

     度(ただし、納入の分割は認める)、高齢者割引は現行金額を

     守る。温泉維持に要する経費と共通入浴券収入の差額は住民福

     祉施策の経費として村が補てんする。
    4. 温泉施設管理者(具体的には振興公社)には、上記3の財政

     措置に基づいて、必要経費を支払う。これは指定管理委託料や

     再建支援融資とはまったく別個のものである。(財政上の扱い

     としては施設修繕費と同じ形である)
 以上のことは、現在の栄村の財政面の状況からも可能な施策であり、ただちに施策の決定を望むものです。

 以上、かなり難解な話もありますが、わからない点があれば、ご質問下さい。私は、元気な栄村を実現するために頑張りたいと思います。

 


「切明温泉源泉地の買収」とは何ぞや
 2頁で言及した「切明温泉源泉地の買収」について、村民のみなさんに報告すべきだと考えることを以下に記します。

 

■審議手続きをめぐる大きな問題
 まず、7日午後の全協(村長提出)で、村長から「買収」案の説明がありました。「買収」ですから、当然、相手さんがいるわけで、そのお名前が外に出ては困るという趣旨でしょうか、「個人名が出ては困るので」ということで非公開の全協となりました。
 2時間ほど議論が続きましたが、事の真相についてまったく合点がいきませんでした。
 村長は9日、「追加議案」として、「源泉地買収 400万円」を盛り込んだ補正予算案を追加議案として提出してきました。これには2つの問題があります。
 第1には、人事院勧告に基づく職員給与の改訂に係る予算補正とこの買収予算を1つの補正予算案として出してきたことです。人事院勧告に基づく給与改訂には誰もが賛成しなければならないことを利用して、源泉地買収を押し通そうとするものだという批判を免れることはできません。
 第2は、「全協に資料等を出した」ことを理由に、議会本会議には関係資料等をいっさい提出しなかったことです。これは、全員協議会は「本会議や委員会と同様の実質審議となることがないよう、節度をもって運用すべきである」(『議員必携』181頁)という議会運営の大原則に反するものです。

 

■買収する土地の場所が確定できない?!
 森川氏が「買収したい」とする「源泉地」なるものは約49屬里發里任垢、森川氏によれば、山ノ内町地籍で番地は特定されているものの、具体的にどの場所なのか、地図上で確定することはできないし、現地に行っても「ここです」と特定できない、というのです。「理由」は、「山ノ内町には公図もなければ、国土調査も行われていないから」というのです。
 こんな無茶苦茶な話があるでしょうか。
 次の写真をご覧ください。

 


 切明の吊り橋(東電発電所に通じている)の上から、いわゆる「川原から湧き出る温泉」の方向を撮影したものです。真ん中の川は魚野川(うおのがわ)(中津川)。写真の上方向が川の上流になります。川は上流から下流を見た時の右側を「右岸」、左側を「左岸」と呼びますので、写真の右手が左岸、左手が右岸ということになります。
 右岸に雄川閣があり、雄川閣のすぐそばに雄川閣で使用している温泉の源泉があります(なお、「雪あかり」、リバーサイドハウスにはここから分湯されています)。
 森川氏によれば、川の左岸(雄川閣の対岸)、吊り橋を渡って左に折れ、「川原から湧き出る温泉」に向かう道の途中に「買収したい源泉地」があるそうです。
 たしかに、このあたりに温泉湧出の可能性がある場所があり、昭和51年にある人が掘削しようとして問題を起こしたことがわかる公文書が存在します。
 しかし、今日に至るまで、雄川閣−切明温泉では、この場所から温泉を引いているという事実はありません。
 「買収したい」土地はどこにあるのか? 正確なことはいまだに不明です。

 

■「村が協定に反して、平成27年、勝手に温泉掘削をした」?!
 そんな不確定な「源泉地」なるものを森川氏はなぜ買収したいと言うのか? 森川氏の説明のポイントは以下のとおりです。
    1. 村は平成27年度に雄川閣の駐車場で新しい温泉の掘削を

     行なった。
    2. 今年5月、上記の「源泉地」の所有者(以下、「A氏」と

     する)と偶然出会い、「私は村の指導に従って開発しない

     ようにしているのに、村はなんの断りもせずに温泉を掘る

     のですね」という趣旨のことを言われた。
    3. 私は秋山郷の観光を発展させるために切明でいろんなこと

     をやりたいと考えている。その際に誰かからとやかく言わ

     れることがないよう、この「源泉地」を村で買収してスッ

     キリさせたい。
    4. A氏の身に何かあれば、相続手続きなどで問題が複雑にな

     るので、一刻も早く買収をしたい。
    5. 第三者を通じて話し合いをして、400万円という金額が浮

     上しているので、とにかく一刻も早く買収したい。

 栄村は、平成27年度、違法な掘削行為をしたのでしょうか。
 温泉の掘削には、温泉法という法律に基づいて、県知事の許可を得ることが必要です。栄村はきちんと県に申請書を提出し、県は「環境審議会温泉部会」で審議のうえ、許可を出しています。その審議の中では、
    「ご覧の図は、申請地から半径3km以内に位置している源泉を

     示した図です。源泉のほとんどを村が所有していますので、

     土地の権利関係は問題ありません。民間が所有している和山

     温泉が北側へ直線で2.13kmのところにありますが、ここに

     ついては同意が得られています。」
と報告されています。
 栄村は必要な法的手続きをきちんとおこない、県の許可の下で掘削をしたのです。

 もう1つ、A氏がある会社(以下、「B社」とする)の代表取締役を務めていた平成2年、B社を代表するA氏と栄村長・高橋彦芳氏の間で「協定書」が締結されています。この「協定書」も公文書として保管されています。そこでは「開発行為の自粛」に関する条項と、B社が切明温泉について分湯権を有し、「分湯は栄村温泉条例に基づく」と記された条項があります。
 また、昭和63年に切明温泉で行われた温泉関連の作業の結果を調査に来た県の保健所職員の報告書がやはり公文書として存在していますが、そこには「源泉所有者は栄村。温泉利用権者は栄村とB社」と記されています。

 以上のことから、切明温泉をめぐって問題になりうるのは温泉利用権(分湯権)であり、その問題はきちんと処理されていると、私は考えます。
 なお、村が土地を買収するという以上、少なくとも、その土地の登記書謄本、また、固定資産税に関わる書類が議会に示されるべきだと考えますが、そのような書類はいっさい提出されていません。
 私は、この問題の解明のため、さらに努力したいと考えています。

 


「保健師看護師等奨学資金貸付条例」について
 これは、栄村役場及び診療所で働く保健師、看護師(准看護師を含む)を確保するため、栄村住民の子などが保健師・看護師等を養成する学校に進学した場合、月額10万円を上限とする奨学金を貸与し、卒業後ただちに栄村役場及び診療所に勤務し8年間勤めた場合は返済を免除するという趣旨のものです。
 私はいい施策・条例案だと思いますが、村が提出した当初案には問題点が大きく言って2点ありました。
 第1は、「資格要件」の第3項に「品行方正、学力優秀、志操確実かつ心身が健全な者であること」という規定があることです。きわめて主観的・恣意的な選抜を誘発しかねない条項で、議員からこの条項を削除を求める意見が多数出ました。
 第2は、返済免除の条件をめぐる問題です。「貸付を受けた本人は条件通りに栄村に勤務する意思があるのに、村で募集がなかったら、どうするのか?」という問題です。
 村側は「向こう10年間は採用枠がある」と答弁。そこで、議員が「じゃあ、10年間の時限条例にすべきだ」と言うと、村側は「10年後、返済が続いている人に返済を求める根拠条例がなくなると困る」と答弁。議員はさらに、「そうならば、貸付期間を10年間に限定する条項を入れればよい」と提案。

 村が議会にいったん提出した議案について、議会側には修正権がありますが、提出者側には修正権がありません。修正する場合は、いったん議案を撤回し、新たな議案を提出することが必要になります。
 村は原案では可決されないと判断したのでしょう。8日、本条例案を撤回し、9日、新たな条例案を提出しました。「資格要件」の第3項を削除し、また、「この条例に基づく貸付決定は平成39年度までとする」という条項を新たに入れたものです。
 議会は、9日午後の本会議で、全会一致で可決しました。

 

 

秋山のバスについて
 12月定例会には、「栄村過疎地域自立促進計画の変更について」という議案が提出されました。
 私が注目したのは、「交通通信体系の整備」に関わる施策の中に、「路線バス営業所建設」と「路線バス購入」が追加されたこと。
 「路線バス営業所建設」は、森川氏が選挙公約で掲げていた「和山に営業所、早朝の秋山発便の確保」に関わるものと考え、「路線バス購入」は津南〜和山間を走る南越後交通の路線バスを栄村が購入し、提供するのかと思い、質問しました。
 森川村長の答弁の骨子は以下のとおりです。
   1. 従前は早朝に和山を出発する便に使うバス車両は屋外に駐車、

    運転手は民宿等に宿泊でOKだったが、法改正により、「営業

    所に駐車・宿泊」が必要になったので、営業所を村で建設する。
   2. 「路線バス購入」は津南〜和山間の路線バス用ではなく、秋

    山郷の中を巡る観光用のシャトルバスに使用するもので、マイ

    クロバスである。
   3. 南越後交通は、「乗車定員29人以下」では津南〜和山間の路線

    に対する新潟県の補助金を得ることができないので、村が購入し

    たいと考えている車両には関心を示していない。
 「過疎地域自立促進計画」は、村が過疎債(借金だが、後に国が返済金の7割を負担する)を発行する前提として必要なものです。
 私は、村の施策の選択肢の幅を広げるために、同計画の変更案に賛成の挙手をしました。
 しかし、そのことと、実際にバス購入を進めるかどうかは別の問題だと考えます。
 森川村長が言う「秋山郷巡回のシャトルバス」、たしかにあれば便利でしょうが、実際に購入し運用する場合、シャトルバスの利用客をどの程度見込むか(見込めるか)、購入及び運用にどれくらいの経費がかかり、どの程度の収入が見込めるのか、その見通し・計画が明確にされなければなりません。
 バス車両という「ハード」を手に入れるのは簡単ですが、その運用という「ソフト」面がしっかりしなければ、村財政の圧迫要因を作り出すだけという懸念があります。振興公社に指定管理委託している温泉宿泊施設、一般会計からの繰り入れで辛うじて維持されているスキー場――そういう問題をふまえて、今後、慎重に検討する必要があります。

 


<お断り>
「松尾まことの議員活動報告」第8号(12月1日付)は、編集が遅れ、まだ編集途中です。12月議会での活動報告が急がれると考え、第9号の発行を先にしました。第8号は追って発行の予定です。ご理解のほど、お願い申し上げます。


厳寒、アイスバーン、でも、最高の景色

 

 「年内の発行物は年内に届けなければ…」という思いで、今日は秋山郷に向かった。残っている配達は29軒だが、うち2軒は切明。秋山郷のいちばん奥である。
 そういうわけで、午前9時ちょうどに津南町で国道405に入った。「いよいよ秋山郷に入っていく」という位置の反里(そり)口(くち)での道路脇気温表示は−5℃。今朝はとても寒かったので、路面凍結を避けるには午前10時すぎが妥当だと思ったが、帰り時刻のことも考え、早めに出かけた。
 見玉から清水河原、さらに大赤沢にかけては、意外と路面はきれいでスムーズに行けたが、小赤沢から先はほとんどアイスバーン状態。緊張の連続の運転だったが、こういう寒い日ならばこそ見られる最高の景色でもあった。
 上の写真は午後1時すぎに屋敷集落内で撮影したもの。午後になって緩み始めた状況のものだが。10時頃から3時間くらいほとんどアイスバーン状態の中を走っていたが、その様子を撮影する余裕はなかった。
 帰路は路面の凍結も緩み、小赤沢から津南まで50分で下りることができた。

 

 

 では、今日の写真をご覧ください。

 

 

 清水河原第二スノーシェッドを越えた地点にて。
 右手の山は高野山(こうのやま)。その頂上から導水管が中津川発電所に下る。

 この撮影地点の足もとはつぎのような感じ。

 

 

 

 

 9時46分に清水河原〜結東(けっとう)間で撮ったものだと思う。おそらく運転台からの撮影。
 この直前、下りの路線バスと遭遇。お互いに気づかずに出あい、私がバックすることに。無事に離合した
が、この狭い道、下手にバックすれば、中津川に転落してしまう。

 

 

 

 結東を越え、「蜂蜜屋」から少し下ったところ。多くの人が苗場山を撮るポイント。十日町からの人も撮影していた。

 

 

 

 10時15分、小赤沢集落手前の地点。
 電線も入るので、平素はこういう写真はあまり撮れないが、私が走っているコースの素晴らしさが伝わるかと思って撮ったもの。アイスバーンが始まりつつある。

 

 

 

 国道405と屋敷集落への村道との分岐点近くで。
 鳥甲山連峰の全容が入る。この地点は長い間国道拡幅工事が行われていたので、これまで撮影ができなかった。

 

 


 今日、配達と関係なく撮影のためにだけ立ち寄った唯一の地点。
 あえて窓枠が入った写真を選んだ。これが「のよさの里」本家の広間からの眺めである。

 

 

 

 切明の「川原から湧き出る温泉」。こんな資源があるのに雄川閣が冬期休業なのは残念だ。

 

 

 吊り橋がきれいになっていた。11月だったか、修理工事が行われていた。傷みが激しかった橋の踏み板も新しくなっているようだ。

 

 

 

 12月19日に「まさにカミソリの刃」と紹介したところ。切明〜和山間で撮影すると、「刃」の厚みがよく見えた。
 ここを歩くことはやはり私には無理。

 

 

 

 「不動滝」。冬期は近づけないので、中津川対岸(国道405の和山〜上の原間)から撮影。全体像はつぎのもの。

 

 

 

 

 最後は、国道405の前倉〜結東間にて。
 眼前がパーッと開いた感じ。この先にまだ清水河原〜見玉間の峡谷部分が残るが、「山の中から抜け出た」という感がする。午後2時33分の撮影。

 


滑走可能コースが増えた!

 

 栄村では、昨27日夜から待望の降雪。
 私事で恐縮だが、27日朝には風邪も治って快調だったはずの私は夕刻から高熱が出て、今日の昼頃までダウン。
辛うじて、昼時にスキー場の様子を見に出かけた。
 まだ法面の土が顔をのぞかせているところも少しはあったが、かなり真っ白になった。
 雪は午後も時折舞ったが、本格的な降雪は午前の途中で終わり。予報では明日の午前中は晴れ、午後後半から降雪。気温はぐっと下がるので、晴れの時間帯も積雪がそんなに減ることはないと思われる。

 

 

 

 ゲレンデには子どもの姿が目立った。
 駐車場には首都圏ナンバーの車が結構多く、いちばん遠いものは浜松ナンバーだった。

 

 

 ゲレンデで雪だるまをつくる子。だるまがかなり大きくなり、小さな体では転がすのが大変そうだったが、楽しそうだった。


もっと降ってほしかったけれど・・・

厳しい条件の中でも滑走する人たち。
今日25日12時半頃にスキー場で撮影したものです。

 

 23日夜から24日午前にかけて、ようやく降雪があったものの、あまり大した量ではなかった。下が24日午前8時頃の様子。

 

 

 

センターハウスに掲示されたコース状況。

 

いつもなら、「綺麗だなあ」と言うところだが、少雪の今は青空が恨めしい。

 

 

坊やとおかあさんの雪だるまづくり

下は、その坊やのソリ滑り

 

 

 

 

 

滑って、転んで、ソリを取りに行き、再びソリ滑りに挑戦へ。

 

 

 22日はお米の発送、その夜から風邪でダウンしていた私は今日25日朝、久々の配達へ。

 

平滝集落の北の端から千曲川百合居橋方向を望む。10:33。

 

平滝、白鳥での配達時は久々に普通靴で廻ったが、泉平に入る時、「雪の上をあるくことになるだろう」と考え、雪長靴に履き替えた。昨日朝の雪がまだ残っている。12:13。やはり標高が少し高いからか。

 

泉平集落。

 

青倉集落。12:31。
今年圃場整備された田んぼはまだ雪に覆われている。青倉はやはり雪が多いということか。

 

 

 

 最後に、この間の積雪量の減り具合を私が住むところの裏側の様子で示しておく。

 

18日夕。

 

25日昼。