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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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今秋の紅葉

 

 「そろそろ色づいてきた」、こんなせりふがSNS上などで散見されますが、「もう見ごろを過ぎたなあ」と思うところもあるし、「今年はあまり綺麗にならないんじゃないか」と思うところもあります。
 9月から紅葉の進み具合を追いかけてきた者として、「よかったな!」と思った紅葉の姿、「どうなるのかな」と心配なところの様子などを、ここらで少しまとめておきたいと思います。

 

 上の1枚は、奥志賀公園栄線から10月17日午後2時45分に撮ったものです。
 この日は、朝から「栄村復興への歩み」の配達で出かけ、秋山郷の紅葉の様子をひと通り見たうえで、秋山林道沿いのミズノサワなどに向かい、「ここまで来たならば、野沢温泉に下りるコースで帰り、10月1日、5日に『いいな!』と思った毛無山などから栄村にむかって下る尾根の紅葉の全開の様子を撮ろう」と考えました。
 秋山林道と奥志賀公園栄線の交点の手前あたりから、「もう紅葉は終わり、落葉が進んでいる」と分かったが、それはそれで一度見ておく価値があると考え、そのまま進んで撮ったのが、この1枚です。たしかに紅葉のピークは過ぎていますが、まだまだ紅黄葉がかなり残り、これはなかなかの紅葉風景の記録だと思います。

 

 

「今秋の紅葉」と言うにふさわしいと思う写真を3枚、まず、紹介します。

 

野々海池、17日午後4時18分。堤の上から。紅葉が夕陽に映えています。

 

同じく野々海池。対岸の樹々をクローズアップ。

 

野々海の三叉路。午後4時8分。低木はすでに落葉していますが、背景の林がいい感じで、やはり夕陽に映えています。

 

 ここで、10月11日撮影のものを1枚、入れておきます。17日夕に撮ったものとできるだけ同じところのものを探しました。ピッタリというものはありませんでしたが。

 

 

 11日は、「野々海が見ごろを迎えました」と紹介した日。たしかにまだ紅黄葉していないものもありますが。おそらくこの数日後に“ピーク“を迎えたのでしょうが、天候が悪い日が続き、それを目にすることは叶いませんでした。17日もじつは朝7時すぎに行きましたが、曇天でいいものは撮れませんでした。

 

 

 ここからは、「ザ紅葉」と言えるほどではないけれども、今秋の記録として残しておきたいものなどを17日撮影のものの中から紹介していきます。

 

鳥甲山。17日午前11時33分。曇り空。上の原〜和山間の国道405上から。白瑤瞭とそれに連なる峰。

 

鳥甲山頂上にむかってせりあがる黒木尾根と赤瑤瞭との間の沢のみに陽光がさしていた。残雪も見るような気がするが。11時27分。上の原集落の高台の民家の庭先から。

 

布岩の定番的なアングルのものを1枚。午前9時56分。
「見ごろまでまだ相当の日数を要する」というところですが、布岩の上の方の紅葉が続いているうちに、下が紅葉してくれるかどうか、かなり心配な状況。

 

布岩山の東側。「滝」のあたりで紅葉がとまっているのが心配。9時50分。

 

ミズノサワの上部。下の写真は頂上部に近いところのクローズアップ。やはり上と下の紅葉の進行具合のあまりの乖離が心配。午後1時13分。

 

 

大滝の入口付近にて。午後1時54分。
この1枚はかなり綺麗ですが、「すべての樹で紅葉が進んでいるわけではない。でも、落葉が盛ん」という状況。

 

奥志賀公園栄線が木島平村域をぬけて栄村域に入ったあたり。「落葉さかん」になってきています。午後2時24分。

 

これは「紅葉」の記録というよりも、奥志賀公園栄線から見える景色の不思議という感じで記録。写真中央に見える広大な平原。「何だろう?」と思ってズームアップすると、2本のサイロが見えました。鳥甲牧場です。

 

奥志賀公園栄線から太次郎山の頂上方向を見上げてみました。「もうすぐそこに冬が来ているよ」という景色ですね。

 

(了)

 


台風21号による栄村の被害状況について

県道507号線(秋山郷森宮野原(停)線)の長瀬〜笹原間の土砂崩落・倒木による通行不能区間。

 

写真1-a

 

写真1-b

 

 写真1-aは長瀬側から見た状況。写真1-bは笹原側から見た状況。

 

写真1-c 笹原側から通行不能区間の全体像を撮影。

 

 通行不能区間の距離はさほど長くない。倒木を処理し、土砂を撤去(し、さらに山側の側壁沿いに土嚢を積む)すれば、ひとまず通行の再開は可能だろう。
 ただ、問題は土砂崩れを起こした山の斜面には雪崩防止柵が設置されていたが、それが完全に破壊され、落ちていること(写真1-e、1-f参照)。本格的積雪期を約1ヶ月半後に控え、その対策をどうするかが課題だと思われる。

 

写真1-d。赤丸で囲んだところが土砂崩れの大元・崩落が発生して箇所。

 

写真1-e

 


写真1-f

 

 写真1-eの中央に見える緑色のものが雪崩防止柵。写真1-fに見えるコンクリートの塊り(長瀬側から接近すると、すぐに目に入る)は雪崩防止柵の土台ではないかと思われる。

 


坪野〜野口間の村道での土砂崩れ
 坪野集落の山の上の田んぼに向かう道路があります。野口(原向集落)に通じる村道です。
 山の上の田んぼに向かう農道と、野口に向かう村道の分岐点を過ぎて野口方向に向かったすぐの所で、土砂崩れが起こり、村道を完全に塞いでいます。

 

写真1-a  坪野側から見た様子。

 

写真2-b  野口側から見た様子。

 

写真2-c

 

写真2-d

 

 道路上の田んぼの縁から下が崩落している。2-cは野口側から、2-dは坪野側から撮影。

 

写真2-e  崩落個所の道路の下方の様子。

 

 道路そのものは崩壊していない。写真左側に見える「ふとん篭」は、崩落した斜
面の下部に設置されていたもの。

 この箇所は震災の折にやはり斜面が傷み、復旧工事が行われた。「ふとん篭」はその際に設置されたものと記憶している。また、写真2-eに見える道路の沢側の擁壁は震災の復旧工事でつくられたもの。

 ここから野口方面に進んだ先にある田んぼでは稲刈りがまだ終わっていない田んぼが7〜8枚あるが、早急な復旧は難しく、稲刈り作業は野口廻りでやっていただく以外ないと思われる。
 応急的な措置をしたうえで、村道としての本格的な復旧工事は来春の雪消えを待ってのことになると思われる。

 

 

その他の被害
 この他、中条川上流で、セルダム下の谷止工から森の用水を取水する箇所が土砂で完全に埋まり、取水が不可能になっている。かなり大量の土砂の撤去が必要。
 また、日出山線から秋山林道にぬける村道と、平滝から野々海に向かう村道で、小規模の土砂流出があったが、すでに土砂は撤去されている。これは本格的な復旧工事を要するレベルのものではない。
 さらに、中条川上流関連だが、1号崩壊地〜2号崩壊地間で、土石流対策工事の実施現場において、工事用仮設道路が流される事態が発生した。施工業者の手で復旧が行われている。26日昼段階では、復旧途上であった。

 

 

村(役場)情報発信不足は相変わらず
 私が台風21号による村内の被害状況を具体的に知ったのは24日の朝だった。
 24日は林活議連の研修というものが予定されていて、午前8時すぎに集合地点の役場前に行ったところ、議会事務局長から1枚のペーパーを手渡された時だ。「台風21号情報経過報告」と題されたもので、23日午後5時現在の情報が記されていた。裏面には産建課長名の「台風21号による道水路状況」と題するペーパーで23日午後4時40分現在の状況が記されていた。

 村民のみなさんに尋ねてみると、「『月岡でポンプでの排水のために通行止め』というのが告知放送で一度流れたな」、「『笹原〜長瀬間通行止め』というのが告知放送で一度流れたように思うが」という話があったが、これは朝6時半と夜9時半の定時放送ではないもの。村民の多くが、私が上に記した被害状況をほとんど知らない。
 役場のHPでは「被害状況」として、県道秋山郷森宮野原(停)線の通行止めと奥志賀公園栄線の通行止めが出ているが、ただ「通行止め」というのみで詳しいことは書かれていない。
 震災以来、くりかえし指摘してきた村の情報発信の不足はなにも改善されていない。

 

 私は今回、23日の台風接近時は基本的に室内でも事務作業に追われていたのと、災害が起こりうる危険な状況の中で一人で動くべきではないという判断で、村内を廻ることはしなかった。また、24日は上述したとおり、議員としての研修日程が入っていて、村を離れざるをえなかった。
 25日になってようやく村内を廻った次第である。午前中に県道秋山郷宮野原(停)線の災害現場にむかったがカメラのソフトの不具合が発生し、いったん現場から離れ、不具合問題の解決後、本レポートの2ヶ所の他、日出山線から秋山郷に向かい、秋山林道の屋敷〜切明間、そして国道405号線の状況を見て廻り、暗くなってから帰宅した。
 そういう次第で報告が遅くなったが、村民のみなさんに詳しい状況を知らせること、また、今後の災害対策に活かすために、以上の報告をまとめた。

 

(了)


栄村復興への歩みNo.318(10月16日付)

 「栄村復興への歩み」では、前々号でJR東の「四季の美 五つ星」にまつわる話題を取り上げ、また前号では「栄村は何を打ち出すか」について少し提案をしました。
 今号では、いま紅葉が真っ盛りの野々海池を事例として取り上げ、栄村の観光を盛んにするための具体的な方策について考えてみたいと思います。

 

野々海池の紅葉を撮影した写真を見ながら、観光に活かす策を考えました

 

 

 この写真(10月12日撮影)をご覧になって、どこから、どこを撮影したものか、お分かりの方、おられるでしょうか。次の地図をご覧ください。

 


 野々海池周辺の地図です。Aと記したところが1頁掲載写真の撮影地点、Bと記したところは写真の正面に見えている野々海池の堤です。
 地図に描いた青色の太い線は信越トレイルです。関田山脈の尾根を歩くコースですね。深坂峠や野々海峠で信越トレイルを歩く人たちとよく出会います。非常に人気があります。D点は信越トレイルの野々海峠出入口です。
 また、地図に茶色で描いた線(C)は野々海池と白鳥への水路の開渠部分を結ぶ道です。
 さて、次の写真をご覧ください。

 

 

 1頁掲載写真の撮影地点を水番小屋横から撮影しました。下の小さな写真に白色のマークを入れているところが撮影地点です。

 

 

 つぎの写真は堤の上から撮影したもの。1頁掲載写真の撮影地点は下の小さな写真に白色マークを入れたところです。

 

 


 地図のA地点には、じつは道がありません。近くを通る林道(野々海峠に通じるもの)から斜面になっている林の中を歩いて、池の直前まで下りました。
 このA地点のあたりを気軽に歩ける道をつくれたら、とても素晴らしい紅葉の散策路になると思いませんか。

 

● 野々海池の周りに散策路を
 じつは、信越トレイルクラブの方で野々海池の周りをグルっと歩ける遊歩道(昔はそういう道があったそうですが)を整備しようという話があると、数年前に聞いたことがあります。なかなか現実化していないようですが、せめて今回取り上げたA地点の周辺だけでも少し歩けるようにできれば、いいなあと思います。

 

 また、野々海池だけが紅葉の綺麗なところだというわけではありません。つぎの写真をご覧ください。

 


 これは地図にCと記した道です。ブナ林の中を通り抜けるコースで、とても気持ちがよいです。
 この道、初めての人はちょっと入り方が分かりにくいかもしれません。案内人がいる方が安心でしょう。でも、歩く時に案内人が直接につかなくても、野々海池に案内所があって、そこで説明を受けることができれば、行けると思います(ただし、一人ではなく、複数人で歩くのが望ましいですが)。

 

● 戸隠を超える人気スポットにだって出来る!
 春から秋までの全シーズンとまではいかないかもしれませんが、雪消え頃の芽吹きとミズバショウの開花の季節、そして紅葉シーズン、野々海池に案内所があり、さらに案内人もいたら、野々海は素晴らしい観光スポットになります。
 案内所も案内人もない現在でも、村のみなさんが驚くほどの数の人たちが野々海を訪れています。一度、データをとってみれば、面白い結果が出るでしょう。散策路の整備や案内所の設置ができれば、本当にすごい人気スポットになります。
 今年、吉永小百合さんが戸隠を訪れる映像がJR東のコマーシャルで流れ、戸隠は入場制限が行われるほどの訪問者で溢れかえりました。それを羨んでいるだけではダメです。野々海に案内所を設けるなどのことをすれば、JR東を動かして、吉永さんを野々海に連れてくることだって夢ではありません。
 JR東の「四季の美 五つ星」に秋山郷・布岩が選ばれたということをただ喜んでいるのではなく、私たちの努力で人気の観光スポット・観光商品を生み出していくこと、もっともっとJR東を動かすことが出来るし、そうすべきなのです。

 

● 村におカネが落ちる仕掛けづくり
 野々海をめぐって、役場の観光部署で「写真を撮りに来る人はカネを落とさない」と言っていると聞いたことがありますが、そんな根性では観光は盛んになりません。そもそも、野々海に写真を撮りに来た人たちが、どれくらいおカネを村に落としたか、落としていないのか、きちんと調査し、データを集めたことがあるのでしょうか。そういう調査結果を耳にしたことはありません。
 村におカネが落ちる場・機会には、どんなものがあるでしょうか。
まず、コンビニ(村で言えば、朝日屋さんのYショップ)での買い物、道の駅−直売所、それから食べ処ですね。箕作の樓蘭さんでは野々海のことを尋ねるお客さんが結構おられるようです。
 つぎに、宿泊です。
 野々海を訪れる人には写真を撮る人が多いように思われます。写真はいつ何時でも撮れるというものではありません。たとえば、真っ青な青空とのコントラストで紅葉を撮りたいという場合、やはり朝の早い時間帯がいい。しかも、お天気との関係で少なくとも2〜3日は通い続けないと、気に入ったものは撮れない。
 すると、「湯治客」のような感じで、安い価格で素泊まりができれば、2〜3日から長ければ1週間近くの連泊という可能性も出てきます。宿泊施設がそういう宿泊プランを練り、宣伝することが大事になってきます。

 

● 案内所、案内人をどうやって実現するか
 案内所は、なにか大袈裟に新たなハコモノを建てる必要などありません。テントでスタートするので充分だと思います。ただし、設置場所が重要です。平滝から上がって行って、野々海に着き、最初に出会う三叉路の湿地(いちばん早く紅葉するところでもある)、ここに案内所があることが大切です。私が野々海に行くと、この場所で、「池はどこから入れるのですか?」とか、「キャンプ場はどちらですか?」と尋ねられることがしばしばあります。
 有志で始めるのでもいいと思いますが、テント設備の貸し出しくらいは役場にお願いしたいものです。
 案内人は交替要員も含めて3〜4人確保できれば、スタートできます。1時間、2時間単位の案内(ガイド)を依頼される場合は有料でやります(1時間千円くらい)。
 でも、案内人を担う人たちがこれだけでは暮らしていけません。案内人個々人は、季節毎の様々な仕事を段取りし、月給制の給料を保障する会社に属します。そのために、有志でそういう会社を設立します。そして、たとえば、村が冬のスキー場の仕事をこの会社に少しまわしてくれると、こういう会社はうまくまわしていけます。また、野々海の観光シーズンには村か観光協会が人件費補助を出すことも望まれます(年間60万円程度で済みます)。
 案内人の育成は、「野々海を愛する会」(仮称)のような任意団体で、野々海のさまざまなことに詳しい人を講師にして学習会(座学と現地研修)をやれば、可能になるでしょう。

 以上のような話を単なる「夢物語」と馬鹿にしないことが大事です。まずは、有志で簡便な野々海の道標を作り、設置することから、こういう話を現実に移していきたいなあと思います。


鳥甲線の法面工事の進み具合

 

 鳥甲線(極野〜五宝木間)の法面工事の10月12日の様子です。
 上の写真は工事現場のすぐそばの紅葉の美しさを意識して撮ったもので、工事の全体像は下の写真をご覧ください。
 予算が付かず、2年間止まっていた工事。今年再開され、現在は法面枠(のりめんわく)工事が進んでいます。この法面枠がつくられている箇所の上に2ヶ所、柵を設置するそうです。

 


 施工業者の現場責任者の話では、予算不足ですべて仕上げられるかどうか、微妙な状況で、右の写真の法面枠よりも下の部分が未対策のままになる可能性もあるとのこと。
 北信地域振興局の林務課に尋ねたところ、「なんとか完成に持ち込めるように調整中」という回答でした。
 鳥甲線は五宝木の人たちの暮らしのために欠かせないものです。私も「復興への歩み」の配達で五宝木に行く時は極野から鳥甲線を進むのがいちばん便利で早いのですが、現在は日曜日を除いて通行止めで、苦労しています。
 また、鳥甲線は絶景コースを楽しめる栄村の隠れた観光スポットです。グルっと栄村100kmサイクリングでも最高のポイント。
鳥甲線工事の早期完成を切望するものです。


2つのそば刈り風景

 

 1枚目は、10月14日に森集落の開田で行われたそば刈りの様子。
 「一本松」近くの4枚の休耕田に森農業改善組合が今年、そばを蒔きました。8月6日のことです。震災直後、水路が傷んで米の作付ができなかった時に森の開田でそばが栽培されたことがありましたが、森集落の人たちが自らそば栽培に挑戦するのは初めて。種蒔き直後は、「育ってくれるか」心配でしたが、順調に育ち、この日の収穫になりました。総勢26名が手に手にカマを持って集合、2時間半で刈り終えました。
 11月上旬に森公民館で収穫祭を催し、そばの振る舞いをします。全村からお集まりください。

 

 

 もう1枚は9月26日に鳥甲牧場で撮影したものです。
 バックは紅葉初期の高倉山。写真左下、ソバ畑の向こう側にそば刈りのコンバインが小さく写っています(写真右手に飛んでいるのは赤トンボ)。
 この畑のソバは韃靼(だったん)そば。主にそば茶に使用されるもの。
 ここでの野菜栽培・収穫には、今年、国の産地パワーアップ事業の交付金が投入されています。栄村にとって雇用の場を確保する重要な取り組みです。

 

 


 野々海・東窓(キャンプ場横の大きな湿地)での一枚です。10月11日午前9時すぎの撮影。
 今年の紅葉撮影の中で、これまでのところ、いちばん高い評価をいただいているものです。
 今秋は天候が不順で、紅葉の進み具合がなかなか読めないと同時に、青空とのワンセットでの撮影も難しい状況が続いています。来年以降の観光のためにも、いい紅葉写真を撮りたいと思っているのですが、チャンスは1日あるか、2日あるかという状況です。

 


栄村復興への歩みNo.317(10月3日付)

栄村を訪れる人たちは何を求めているか
栄村が何を打ち出せば、人びとは栄村にやって来てくれるか

 

 栄村にとって、多くの人たちが栄村を訪れてくることは死活的に重要です。こんなことは私が今さら言わなくても、わかりきったことだとも言えます。でも、なぜ、そうなのか? 改めて整理・確認しておきたいと思います。
 1つは、栄村(の住民)が生きていくうえで、外貨の獲得が必要だということです。
 「外貨」という言葉を聞いて、「ドル」や「元」(中国の通貨)を意味していると錯覚して、声を荒げた人を最近、議会で見かけましたが、そうではないですね。村外の人(企業)からお金を受け取るという意味です。人が栄村に来て、飲食したり、宿泊したり、買い物をしたりしてお金を落としてくれる。あるいは、栄村の農産物などを産直で購入して下さるケースもこれにあたります。
 “外貨”が入ってくれば、村民の家計の増収につながり、さらに村税の増収につながります。
 2つは、栄村の人口を一定数以上に維持するには、かなりの移住者が必要だということです。
 とくに、これから結婚する、子育てをするという世代の人たちに栄村に移り住み、暮らしていただくことがどうしても必要です。
 次の写真は9月30日に開催された保育園の運動会の一コマです。

 


 ここには親御さんが6名写っていますが、純粋の村生まれ・村育ちの人はお一人のみ。5名は栄村生まれ・育ちの人と結婚されて栄村で暮らすようになられた人、仕事の関係で栄村に来られている人です。たしかに栄村生まれ・育ち同士のカップルのご結婚が最近も1組ありましたが、村外の女性が栄村育ち・暮らしの男性と結婚されるケースが増えています。

 

● 「平成28年生まれのお子さんを育てておられるご夫婦、是非、栄村へお越しください」
  ――こんな移住者募集も必要だし、いいんじゃないでしょうか

 保育園運動会会場での会話の一コマを紹介します。
   「あら、こんにちは。」
   「二人はたった二人の同級生になるのよね。しかも、男の子同士

    だわ。」
   「じゃあ、もっと同級生を増やせばいいじゃない。」
   「今さら無理よ。」
   「いや、そんなことないでしょう。いま、一歳児を育てているご

    夫婦の移住を実現すれば、同級生が増えますよ。」
   「そうか、そんな方法もあるか。」
 こういうピンポイントでの移住者確保はそう容易ではないでしょうが、まったく可能性がないというわけでもないと思います。

 


育真くん(1歳)


● 栄村を訪れる人は何を求めているか
 さて、1頁の見出しに戻ります。「栄村を訪れる人たちは何を求めているか」です。
 いま、いちばん多くの人が訪れてくれている場所は「道の駅」−「直売所」です。紅葉期の10月は、5月連休と8月お盆と並んで、お客さま数がグッと伸び、売上も増える時期です。訪れる人が求めるのは、「新鮮で品質が良くて、しかも安い野菜」です。一昨年度にゼロからスタートし、1年目の2015年度(実質期間は10ヶ月程度)に3千万円、2年目の昨年度は約4千万円の売上を実現しました。この事実はとてつもなく大きな意味をもっています。
 「安い」というのが気になるかもしれませんが、「ダンピング」(不当に安い価格で売ること)をしているわけではないです。これまでは自家消費しかしなかったもの、あるいは、収穫せず、放置していたものが商品になり、消費者から歓迎されているのです。いまの季節でいえば、ヤマグリやクルミはその典型ですね。
 観光という面では、どうでしょうか。
 「このあたりは、いいところですねえ!」。 これは9月9日、最初はミズノサワで、そして2度目は切明・雄川閣でお会いした人の言葉です。この人は、都会から長野市に移住され、この日は「高原シャトル便」で訪ねて来られました。9月9日はまだ紅葉からはほど遠く、「目玉観光商品」に当たるようなものはない時期でしたが、この言葉を出されたのです。迫る高い山並み、川底が透けて見える渓谷の清流、人を圧倒する勢いで迫ってくる巨大な沢、騒音がいっさい無い静寂さ…。こういうものが素敵なのでしょうね。私自身も配達活動で村のいろんなところを走っていて、「なんと贅沢な空間なのか!」と思うこと、度々です。そこは、言いかえれば、村の人たちが、「ここには何もないよ」と言われるようなところです。
 もちろん、「何もない」わけではありません。

 


 上の写真は9月9日、「高原シャトル便」の人とミズノサワで出会った時のものです。上記の人と、木島平村のガイドさんのお二人が写っていますが、お二人ともカメラを構えておられます。たしかに撮るだけの価値がある景観なのです。この場所の7月17日と10月1日の様子をご覧ください。夏になっても雪渓が残る様子と紅葉が始まっている姿です。

 

 

 

 栄村を訪れる人が何を求めているかの一端をご理解いただけるのではないかと思います。

 

● 問題は〈栄村が何を打ち出しているか〉です
 ところで、栄村関係の観光パンフレット等を開いてみて、たとえば前頁で紹介したミズノサワの素敵な景色を大きく紹介しているものがあるでしょうか。
 「無い」のです。
 率直に言うと、私が栄村を知るようになった10数年前から栄村のパンフレットに出てくる写真はほとんど変わっていません。10年ほど前に栄村が「にほんの里100選」というものに選ばれました。今でも時々思い出したように、「栄村は〈にほんの里〉に選ばれています」というセリフが村から出されることがありますが、〈にほんの里〉らしい写真の1枚でも発信しているかとなると、かなり心許(もと)ない状況が続いているように思います。最近、青倉集落が「ふるさと復興支援金」を活用して、『青倉百景』というリーフレット(下写真)を発刊したのが〈にほんの里〉らしい景色をまとまった内容で紹介している数少ない事例だと思います。
栄村には昨年度1億8千万円のふるさと納税が寄せられました。震災時には栄村単独に10億円を超える義援金が寄せられました。東北の被災地でも類例をみないすごい出来事です。栄村を応援して下さる人がたくさんおられるのです。
しかし、たとえば〈ふるさと納税〉、返礼に美味しい栄村のお米を贈るのはいいのですが、せっかくの機会、さらに栄村を売り込むべきでしょう。隣の津南町ではふるさと納税返礼品発送時に一緒に入れるパンフレット「雪国つなんだより」を制作しています。
以上は、栄村の宣伝、とくに観光の宣伝に限定した話です。

 


 以上のことに加えて、村外から訪れて下さる人たちにおカネを落としていただく機会、商品・場をつくり、売り出していくことが必要です。
 先に書いた〈直売所〉はそういう意味で自慢できるものです。前号で紹介した切明・雄川閣の予約昼弁当もそうです。さらに、10月の紅葉まっさかりの時期には雄川閣の前で、地域おこし協力隊のメンバーがカレー店のテントを出されると1日に聞きました。
 これらの事例に繋がる形で、どんどんやっていかなければならないことがあります。たとえば、1日夕、「トマトの国」で雄川閣の板前さんに出会いました。キノコを求めて来られたそうです。「キノコはよくわかるよ」という村の人がちょっと半日・一日、山に入ってキノコを採る。その一部は自分が食べるが、残りはたとえば雄川閣の弁当の食材として有償でお分けする。そんなことから、栄村を訪れる人たちに満足していただき、おカネを落としていただく〈プラスの連鎖〉が始まるのだと思います。

 

 今回はここまでとしますが、栄村を元気にする策をみんなで考え、そして実行していきましょう。


夢灯に行ってきました

 9月23日、秋山郷・上の原の天池で「夢灯(ゆめほ)」が催されました。
 今年で5回目。2年ぶりに行ってきました。

 


 上の写真は、私が鳥甲山連峰をよく撮影する場所です。「夢灯」の案内図では「第2天池」と紹介されています。
「夢灯」は、津南町結東集落の石垣田で催されている「けっとのほかげ」にヒントを得て開始されたものです(信毎10月2日記事参照)。
 その意味では、天池にたくさんの灯が浮かぶ様子を写した写真をたくさん紹介するのがいいのだと思いますが、私は三脚を持たずに歩くので、手振れが生じて、正直なところ、あまりいい写真は撮れていません。以下は、私が強い印象をもった場面の写真を、少し説明をつけながら、掲載します。

 

 


 今年の夢灯には、栄村の姉妹都市・横浜市栄区の「ぽかぽか劇団」の方々が来て下さり、「ぽかぽか劇団」と共に活動されている「和太鼓『昇龍』」のみなさんが素晴らしい太鼓演奏と舞いをご披露下さいました。上の2枚はその様子です。とても躍動感に満ち、切れ味鋭いもので、深い感銘を受けました。

 

 

 2017年度夢灯実行委員会委員長の杉森奈那子さん制作の会場案内図です。これも素敵です。

 


 

 女性が手に持つ筒を上下に動かすと、波の音のようなものが聞こえてきました。

 

 

 ぽかぽか劇団、昇龍のみなさんが天池まで胡弓などを奏でながら歩かれました。

 

杉森奈那子さん。

 

 

 村のあらゆるところから多くの人たちが来られました。

 

 

ふるまいで、おでん・うどんを用意してくれた「GO会」の若者たち。

 

 

 ボートに乗って点火するスタッフ。

 

 今年の夢灯では天池の奥の森の小径にウッドチップが敷き詰められました。歩いて、とてもいい心地がしました。

 

 

 

 夢灯、とても感動的でした。
 と同時に、「これから先が勝負だな」とも強く感じました。今回の夢灯を契機に天池周辺がとてもよく整備されたのですが、この状態を維持し、さらにブラッシュアップしていくのには大変な労力、持続力が求められます。微力ながら、そこに関わっていければ、と思っています。


 本号の最後に1枚の写真をご紹介します。
9月22日夕、国道117号線の大倉トンネルを出たところで偶然に撮影できたものです。

 


態度表明:衆院選で立憲民主党を支持し、投票を呼びかけます

  • -
  • 2017.10.19 Thursday

 私は無所属の立場で村議会議員を務めていて、平素は政党色があるような発言は控えている(実際、無党派です)。
 だが、今回の衆院選はちょっと別だ。
 立憲民主党を支持することを公表し、さまざまな人に立憲民主党への投票を呼びかけたい。
 その理由は以下のとおりです。

 

 いま、日本社会が重大な歴史的帰路にたっているという認識が基礎にあるが、そういう中で初めて“投票に値する”と心底から思う政党が現れたからだ。私は長野県の田舎で暮らしているので、枝野幸男代表の演説を直接に聴く機会がないが、公認発表の際の彼の記者会見と、10月14日の新宿での演説をネットの中継で聴く機会があった。印象的だったのは「立憲民主党は私ではない、あなたたちだ」という趣旨の発言。それは彼の中からごくごく自然に出てきた言葉だと思った。「政治家」による「政界再編」「新党立ち上げ」ではなく、市民が下から政党をつくっていく。そんな動きに彼自身が突き動かされているのだと感じた。
 枝野幸男の何から何まですべてを信用するとは言わない。それほどに彼を知っているわけではないから。ただ、福島第一原発事故の際、時の政権の中枢にいるのが彼でなければ、もっと酷い事態になっただろうという思いは当時から抱いていた。
 今回の総選挙で、マスコミの事前予測通りならば、安倍与党が過半数を超し、場合によっては改憲発議に必要な3分の2を超えることもあるかもしれない。
 しかし、事はそれほど単純ではなく、今回の総選挙で立憲民主党が“うねり”のような勢いを発揮するならば、議席数には還元できない情勢というものが生まれると思う。議席数が伸びることも望ましいが、それ以上に“うねり”が生み出す情勢が重要だと思う。

 

 だからこそ、“うねり”が総選挙だけに終わらないことを心から願う。
 選挙後の国会で、そして日常の政治活動において、立憲民主党が本当に「草の根」政治活動を貫くのかどうかだ。代表の演説や記者会見を公式ホームページやFacebook、twitterでどんどん知らせる。それだけではない。国会での質疑の内容や、国会での政党間交渉(国対など)の実相、党の政策議論・決定過程等々を同じくHP、SNSで公表することが必要だ。
 もちろん、問われるのは党の側だけでなく、私たち一人ひとりもまた問われる。
 だが、まずは党の側がこれまでの政党とは違うことを徹底的に明確にしていくこと、それを行動で示すことを求めたい。

 

 私は冒頭に書いたとおり、村の議員を1年半余前から務めているが、その中で、一つ、誇りうることがあると思っている。毎月、毎月(議会が開会される月かどうかに関わりなく)、「松尾まことの議員活動報告」というものを書き、村内全戸に配達していることだ。A4判8頁で、基本的に文字ばかり。「こんな文字ばかりのもの、誰か読んでくれるだろうか」と思いつつ、昨年5月から出しているが、これが好評。老いも若きも読んで下さっている。これまで村民に知らされることがなかった議会での議論の中身、議会や村政のしくみを包み隠すことなく、書いているのが好評の理由。だからこそ、補選で無投票で議員になってから今年4月の本選挙で選挙戦に勝ち抜くまでの1年間は、「こういうことをもう一度書いたら懲罰ですよ」という恫喝も受けた。選挙戦を勝ち抜いたいまは、そういう恫喝は姿を消し、かなり自由に書けている。
 国政政党や国会議員にもそういう活動をしてもらいたい。国会のあの不可解な駆け引きなどが政治を分かりにくくしている。本当に「まっとうな政治」が必要なのだ。
 立憲民主党の躍進を願う。

 

 みなさん、是非、立憲民主党に投票しましょう。
 


大勢でそば刈りを楽しみました!

 

 14日午前、森農業改善組合と森公民館の呼びかけで、そば刈りが行われました。
 総勢26名。2時間半あまりの作業。
 「たくさん集まってやると、楽しいな!」、みんなの感想です。
 場所は“一本松”(いまは何本もの松になっていますが)近くの田んぼ4枚にそばを蒔いたところ。
朝8時、お宮に集合で始まりました。
 11月には、森公民館主催で収穫祭を催し、「こんな美味いそばは食べたことがない」そばを味わう予定です。森の人はもちろん、村内外の多くの人に味わっていただきたいと思っています。
 ハイライト写真集をご覧ください。
 (TOP写真は10時23分撮影。いちばん上の段を刈っているところ。「一本松」が見えます。)

 

8:18。いよいよ作業開始。

 

高校2年生の若菜さんも参加。

 

8:36。下から2段目にも着手。

 

 

4段のそば畑。下から2段目と3段目で刈り取り中。9:03。
ここは全部で5段の田んぼでした。いちばん上の段には、これから麦を蒔く予定。

 

桑原千恵さん。

 

休憩時。9:50。

 

 

10:39、そば刈り完了。重信さんが思わず万歳!

 

 

刈り取ったそばは軽トラで中学校下の旧テニスコートに運び、天日干し。

 

 収穫祭の日が待ち遠しいですね。

 


霧が流れていくと・・・

 

 

 今日13日、午後3時21分の野々海・東窓での一枚です。
 午前中は雨だったが、午後になって雨はやみ、薄日がさしてきたので、午後2時20分すぎに平滝から野々海へ上がりました。でも、標高900mを超えたあたりから、10数メートル先はよく見えない霧。雨が降っているわけでないが、フロントガラスに水滴がうっすら付くような状況。三叉路の湿地もほとんど何も見えませんでした(後ろのページに写真を掲載)。
 三叉路から野々海池に行き、その後、キャンプ場横から野々海峠へ。数メートル先が見えない中、ライトを点けて野々海峠まで行き、途中、何枚かの写真を撮りながら、折り返し。すると、東窓から霧が流れ出していくのが目に入りました。急いでキャンプ場まで進み、車を降りて、木道へ。その途中に撮影したのが、次の写真です。

 

 

 

 


「東窓」で撮った後、三叉路でも霧が晴れていました。
霧の最中の写真とともにご覧ください。

 

キャンプ場から三叉路に到達する寸前のところからの眺め。午後3時25分。

 

手前の低木はもう落葉しています。

 

午後2時43分の三叉路。ほぼ何も見えません。

 

 

野々海池入り口。午後2時46分。

 

目の前にあるはずの野々海池。何も見えません。

 

余水吐から下る水路。

 

余水吐は全面的に水が落ちていました。

 

 

野々海峠への林道にて。

 

 

野々海池出口にて、天を仰ぐような感じで撮った1枚。

 

 

 こういう日に野々海に上るのも結構いいものです。

 

(了)