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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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様々な工事に現状について

 標高の高い山の一部の沢などを除いて、雪がほとんど消え、村内の各所で種々の土木工事が始まっています。また、4月に新年度がスタートし、国の予算の配分がくるかどうかが心配されていた事業への予算配分の結果もあきらかになりました。
 そこで、みなさんの関心が高い工事などについて現状をレポートします。

 

極野〜五宝木線

 

 

 上写真は極野〜五宝木線のちょうど中間あたりの地点の道路脇法面。
 6年前の震災で法面工事が必要となり、2ヶ年計画で2014年度に着工されたものの、2年目の予算がつかず、15年度、16年度と2年間にわたって工事が中断していました。
 今年度、国の予算がつき、施工業者もすでに決まりました。県林務課所管の工事です。

 

新土合(どあい)橋
 北野と天代・坪野を結ぶ、北野川に架かる新しい橋です。
 国の社会資本整備総合交付金を使っての村の事業です。地元では2016年度中の完成を希望していましたが、予算不足で未完成の

状態です。

 

 


写真右側に見えるのが完成した新土合橋。写真左側のブロック状のものをさら

に積み上げ、北野と結ぶ道路をつくる

 

 工事が必要なのは、すでに完成した橋と北野とを結ぶ道路部分の築造、橋を渡って天代側に入ったとこ
ろから北野天満温泉に入る道路を新たに取り付けること、の2つです。
 結論からいえば、本年度は村が要望した予算額の4分の1の予算しか交付されませんでした。その結果、本年度は橋と北野とを結ぶ道路部分の築造のみとなります。
 北野天満温泉への道路の取付費用は2018年予算で獲得せねばなりません。
  (注) 社会資本整備総合交付金では、事業の承認と各年度の予算付け

    は別に扱われます。新土合橋は、事業計画は承認されていますが、

    各年度の予算付けは年度ごとに国が決めます。

 

箕作飯山線
 昨年度、箕作と平滝を結ぶ大橋が架かりましたが、今年度の工事もすでに始まっています。
 現在進んでいる工事は、(1)箕作平滝大橋の舗装までの仕上げ、(2)小箕作(こみつくり)川に架かる小箕作橋と箕作平滝大橋間の道路築造、(3)小箕作橋の架橋、の3つです。
 (1)については、橋の地覆(じふく)と高欄(こうらん)(一般に欄干(らんかん)と呼んでいるもの)の設置、塗装、床板(しょうばん)の防水、舗装と進みます。舗装は7月頃の予定。(2)も工事が始まっています。(3)は昨年度、橋台(きょうだい)が築造されましたが、今年度、橋が架けられます。現在は別の場所で橋を作っていて、7月頃に現場に持ち込まれ、橋が架けられます。

 

写真左手前は小箕作橋の橋台、前方に大橋が見える。この間の道路を新た

に築造する。


 平滝と明石の間の橋のための橋脚を川の真ん中にたてる工事が必要ですが、これについてはまだ入札公告等の話が聞こえてきていま せん。

 今号でのレポートは以上の3件とします。


「トマトの国」の新しい料理と愛湯会のご紹介

 

 これは、5月15日に開催された「トマトの国」愛湯会で出された5皿のお料理のうちの一皿(8人分)を撮影したものです。
 真ん中に緑の葉がついた枝ものが飾り付けとして置かれています。おわかりの方もおられるかと思いますが、アケビです。「トマトの国」のごく近くで板前さんが採ってこられました。
 この日の愛湯会は16名の参加。「トマトの国」に新しい板前さんが着任されたことをうけて、顔合わせをし、そのお料理を味わうために開催されました。
 写真のお料理をはじめとして、きれいな盛り付けの料理が並べられ、参加者のみなさんは感嘆の声をあげられました。お味もとてもおいしいです。
 板前さんのお名前は旗野(はたの)昭(あきら)さん。山梨県甲府市のご出身で、京都や高野山で修業されてきた人です。「里山が好きで、そういうところで働きたいと思っていたので、今回、こちらにお世話になりました」という自己紹介でした。
 この新しい板前さんのことは村内で評判が広がりつつあるようです。
 こういう腕のよい板前さんが確保できたことは嬉しいことです。
 と同時に、板前さんの腕のよさだけで、「トマトの国」の経営がうまくいくわけではないことも認識せねばなりません。
 振興公社の経営をどのような方針で進めていくのか。まだ十分に明らかになっているとは言えません。全村的な議論を積み重ねていく必要があります。
 また、共通入浴券問題も未解決のままです。

 

愛湯会の取り組み−地元住民の力で支えることの重要性
 愛湯会は、日頃、「トマトの国」の温泉を定期的に利用している地元住民の集まりです。共通入浴券の問題で声をあげることもしています。
 今回5月15日の集まりでは、会の初代会長・月岡英男さんから会の発足の経緯が紹介されました。「トマトの国のそばにはカタクリがたくさん咲く。これを長瀬のカタクリ街道に負けない群生地にするために、整備の草刈り作業を呼びかけたのが愛湯会の始まり」というお話です。
 「トマトの国」の前の広場の土手には、愛湯会のメンバー島田昭男さんの手でオキナグサがたくさん育てられてもいます(下写真、ちょっと満開期を過ぎてからの撮影ですが)。

 


 今回の集まりでは、7月半ばに草刈り作業を再開し、今年3回目の愛湯会をやろう、ということになりました。
こういう地元住民の力で、「トマトの国」−振興公社を盛り上げていきたいな、と思います。


クマ対策はこんなふうに進めよう!

 次頁に1枚の地図を掲載しました。
 4月27日〜5月16日の間にクマが目撃された地点を地図に落とし込んだものです。

 

 

 A点は、4月27日夕、トマトの国の対岸に大きなクマが現れた(本紙No.305で既報)地点です。B点は、5月初め、青倉の人がクマの巣と思われるものを見、その直後に「ウー」というクマが発したと思われるうなり声を聞いたところです。
 C点は、5月3日と5日に木に登っているクマなど複数のクマが目撃された地点(本紙No.306既報)。そして、D点は5月16日午後10時頃にクマが目撃された地点(横倉教員住宅前)です。
 A点とB点は、A点で目撃されたクマが崖を登っていきましたが、その崖の上がB点という関係にあります。
 他方、C点とD点とは離れているように見えますが、同じ山の標高が高い所と麓(ふもと)という関係にあり、直線距離では約2kmしか離れていません。しかも、C点とD点の間のゾーンでは昨秋、クマ1頭が罠にかかり(放獣)、また例年、クマがクリの木に登った形跡が確認されている場所もあります。C点のクマとD点のクマが共通している可能性を排除できません。

 

目撃地点を地図に落とすことの大事さ
 このように目撃地点を地図上に落とし込む作業が、クマ対策の基礎的作業として重要です。この作業を重ねていくことによって、クマの生態と動態がよくわかるようになり、罠の設置や電気柵の設置設計がより有効なものとなります。
 「自分の家の周りの柿の木には毎年、クマが出る。いちいち役場に通報しない」という人もおられることと思います。そういう場合、目撃情報の告知放送は必要がないこともありえますが、栄村域内のクマの生態・動態の解明・分析、そして対策にとって、その情報は重要な意味を持ちますので、是非、役場に通報していただきたいと思います。

 

クマ問題を〈役場が即座に最大級の対応をとるべき危機管理課題〉として明確にすることが必要
 ところで、5月16日夜の横倉教員住宅前でのクマ出没については、出没地点が栄小のすぐそば、子どもたちの通学路に面しているにもかかわらず、役場から小学校への連絡が翌17日の午後3時半頃、子どもたちの下校が終わってからだったという問題が生じています。
 詳しい経緯は略しますが(ブログ「栄村復興への歩み」5月21日記事で詳述)、クマの目撃通報についての扱いが緊張感の薄いものになっていることが問題であると私は考えます。
 クマの目撃通報があった場合、それをクマ目撃地点一覧地図に即座に落とし込み、過去の履歴を重ね合わせて検討する、近くに小学校及び通学路など保護すべき対象があれば即座に最大限の対応措置をとることが必要です。
 現在の村(役場)の対応措置はあきらかに不十分であり、緊張に欠けていると言わざるを得ません。
 中見出しに表記したとおり、〈役場が即座に最大級の対応をとるべき危機管理課題〉として明確にし、態勢を抜本的に求めます。

 


<追記>
 飯山市照岡での山腹崩壊、大変な事態です。21日、現場を見てきました。ブログ「栄村復興への歩み」のレポートを是非、ご覧ください。


クマの目撃地点の相互関係について

 

 地図に4つの赤丸を書き込みました。
 A点は、4月27日夕刻に「トマトの国」対岸の崖面にクマが現れた場所です。
 C点は、5月3日と5日の夕にブナの木に登っているクマなどが目撃された地点です。
 D点は、5月16日夜10時頃、クマが出没した地点(横倉の教員住宅前)です。このクマは子クマと聞いています。
 B点は、青倉の島田助一(じょいち)さんの奥さん・みなみさんがゼンマイ採りに行って、ススキの枯れ枝の先に何かの穴を見た直後、クマのうなり声を耳にしという地点です。5月初めのことです。
 このB点、じつは、A点から崖を登りつめた地点に他ならないのです。
 あの日、クマはまさにこの崖を登って、猟友会の人の捕獲銃から逃げ切りました。
 みなみさんがスキー場のある地点でクマの巣に出くわしたという話は、4月27日のクマ騒ぎのしばらく後に複数の人から聞いていました。しかし、私は地図でB点として示した地点とは異なるところだと理解していました。
 ところが、今日20日午後、助一さんと出会い、詳しい話をお聞きして、B点だとわかったのです。
 B点は、スキー場内のブナ林を抜けて、大きなカーブ(写真イ)を曲がって30mほど進んだところ(写真ロ、ハ)から右斜め上に上がって行った先にあります。何枚かの写真を示します。

 


写真イ

 

写真ロ

 


写真ハ

 

写真ニ


 写真ハの右側に見える道はスキー場内の村道、左側に見えるのは今は使われていない軽トラが通れる程度の作業道。この作業道を上がると、写真ニの地点。これはスキー場のゲレンデです。
 そして、ゲレンデを横切った先に写真ホで示す場所があります。これは問題のB地点があるゾーンです。

 

写真ホ

 

●島田助一さんの話をお聞きして
 今日、助一さんからお聞きしたところでは、みなみさんがB点でクマの巣に出くわした直後に、助一さんは猟友会の人に連絡をされたそうですが、すでに有害捕獲の期間(4月30日まで)を過ぎていたため、出動してもらうことはできませんでした。そこで、つぎに、役場に行き、話をされたそうです。その結果、役場は青倉に「注意 クマ出没」という看板を設置しました。が、助一さん曰く、「あんな小さな看板だけだぜ」と。
 私もその看板を見ましたが、助一さんと同様に思います。
 私は、助一さんから「危ないから行かない方がいい」と言われながらも、写真イ〜ホを撮るところまでしました。大きな音を出しながら、遠くが見通せる範囲内での行動です。
 これは、抜本的な対策をとる必要があると判断して行った、ひとまずの最小限の行動です。

 

●5月16日夜の横倉でのクマ出没について
 ところで、5月16日夜の横倉でのクマの出没について私が知ったのは17日夜のことです。知人からのメールで知りました。
 クマが出た横倉教員住宅前というのは栄小学校のすぐ近くで、月岡の子どもたちの通学路と接するところです。ところが、小学校に連絡があったのは17日午後の下校の後で、父母に一斉連絡があったのも下校後であったことから、父母の間で「教育委員会の対応が遅すぎる」と問題視されている――これが私が知人からもらったメールに記されていたことでした。
 私は、「教育委員会の問題というよりも、役場の有害獣担当の問題なのではないか。役場の関係部署に尋ねてみる」と返事しました。
 18日、まず、教育委員会の学校教育係を訪れ、事の次第について尋ねました。学校教育係の回答は、「担当部署から連絡を受けて、小学校にすぐに連絡をした。ちょうど職員会議の最中で、学校はすぐに父母に一斉連絡した」というものでした。
 そこで、続いて、有害獣対策担当部署である産業建設課を訪ねました。そこで判明したことは次のとおりです。
   イ) 16日夜10時頃、役場に目撃通報があった。
   ロ) 当直は2名。仮にA職員とB職員とする。電話にはB職員が

    出た。時間が夜遅くだったので、告知放送はしないことにし

    た。当宿直簿に「横倉でクマ目撃」という記録をした。
   ハ) 役場の有害獣対策の直接の担当者であるC職員は、17日出

    勤後、この記録を確認した。ただし、「横倉で目撃」という

    だけの記録であったので、小学校との関係性には思いが及ば

    なかった。
   ニ) B職員は、18日、午後3時頃まで役場を離れる仕事をしてい

    た。C職員は、B職員が役場に戻ってから目撃場所が横倉教員

    住宅前であることがわかり、小学校の通学路と密接な関係が

    あるとして、教育委員会事務局に連絡した。

 

 私が、ここに経緯を詳しく書いたのは、関係職員の責任を追及しようという意図からではありません。
 いちばんの核心問題は、クマをはじめとする有害獣の問題が村役場にとって危機管理上、即座の最大級の対応をすべき問題となっていない、ということです。
 即座の最大級の対応をすべき問題として位置づけされているならば、当宿直簿に「横倉」としか書かれなかったということにはなっていないでしょう。
 あるいは、B職員が役場外での仕事だったから、C職員が17日午後3時すぎまで具体的な現場を知らなかったということも起こりえないでしょう。携帯電話がほとんどのところに通じる時代ですから、B職員に連絡はとれるはずです。しかし、そういう連絡はとられなかった。これはC職員個人の問題ということではないと、私は判断しています。
 この関係でさらに踏み込んでいえば、昨秋、泉平でのクマによる人への襲撃事故があった際、現場にいた役場の担当職員2名は、いずれも有害獣対策担当1年目だったと聞いています。
 そういう重大事故を経験して、有害獣対策の重大性を身に染みて感じとっているはずの職員2名は今春の人事異動でいずれも他部署に異動し、C職員1名が担当となったのですが、彼は有害獣対策はまったくの未経験の若い職員です。
 私はこの人事に強い違和感を覚えます。人事権者は有害獣対策の経験と知識・知恵の蓄積ということの重要性をまったく理解していないのではないかと思うのです。

 

●クマ目撃地点を地図上に落とし、分析・考察することが本格的抜本的対策の第一歩なのではないか
 このレポートの冒頭に私は地図を掲載し、4つのクマ目撃地点を地図上に落としました。
 これによって、何かが見えてきますね。
 A点とB点の関係性は助一さんのお話もあり、明白です。
 私はC点とD点の関係性にも注目しています。この2地点、地図を見れば明らかなように1つの山(尾根)とその麓という関係性です。直線距離では約2km足らずです。1頭のクマの行動範囲内です。しかも、C点とD点の間に、昨秋、クマが罠にかかった地点、毎年クリの木にクマが登る地点があります。
 C点で5月3日と5日に私を含む数名が目撃したクマと、D点で16日夜に目撃されたクマが共通する可能性は十分にありうるのです。

 こういう検討作業をしていくことによって、危険ゾーンや要対策地点があきらかになっていくはずです。

 

●「近所の人も知っているから役場に通報しない」というのは正しくない
 ところで、クマのことが話題になると、「おれの家の柿の木にクマが来るんだ」という類の話がよく出てきます。その場合、「毎年のことだし、近所の人も知っているから、いちいち役場には通報しない」という話もくっついてきます。
 こういう話に覚えがあるという人は多いのではないでしょうか。
 しかし、この対応は正しくないと思います。
 べつに、役場に通報し、告知放送をしてもらって騒ぎにしろ、と言いたいわけではありません。
 「おれの家の柿の木にクマが来るのは毎年のこと」と言って済ますのではなく、一度、みんながクマ情報を役場に集約し、村のクマ被害の全体像をあきらかにする必要があるということを言いたいのです。

 

●いまが対策の最後のチャンスかもしれない
 先日、「報道ステーション」でクマ問題のミニ特集が放映されましたが、その中でクマの生態の研究者が、「これまでクマの一定頭数の維持(=クマの保護)が課題とされてきたが、近年、クマの頭数が維持すべき頭数の9倍近くになっている。いま、対策をしなければ、イノシシやシカのように増殖を抑えられない状況になってしまう」という警告をしていました。
 栄村でも、かなりの人が危機感を抱いておられるように、クマの頭数が保護が必要な水準をはるかに超えて増大していると思われます。
 いま、対策をしなければ、もはや制御不能な状態となり、人間が安全に暮らせるゾーンがなくなるという危険が迫っているのではないかと、私は危機感を抱いています。

 みなさんがお持ちのクマの動態に関する情報をすべて出していただいて、情報を整理し、分析・考察しなければならないと思います。
 私は議員としての使命も自覚し、議会で議論するとともに、役場と頻繁に話し合っていきたいと思います。
 ひとまず、みなさんの知っておられることを私に教えてください。一人でできることには限りがありますが、最大限の努力をしたいと思っています。
 どうかよろしくお願いします。


飯山市照岡の山腹崩壊について

  • -
  • 2017.05.21 Sunday

 5月19日早朝に発生したとされる飯山市照岡の井出川上流での山腹崩壊について、私は20日夕、知人から聞いて知りました。
 19日は村外に出ていましたが、20日早朝、千曲川が茶色く濁っているのを目撃し、「何だろう?」と思っていたところでした。
 中条川の土石流災害の被災当事者として、他人事とは思えないので、21日朝、現地に出向きました。
 信濃毎日新聞5月21日付の記事、飯山市がHPで公表している「飯山市の大字照岡字大どう地籍の山腹崩落に対する対応について」を前提としたうえで、私が現地で撮影した写真等を紹介します。

 

 

出川橋(通称「だんご橋」)の橋上から上流方向を撮影。7:43。

 

 

みゆきのラインの羽広(はびろ)大橋上から上流方向を撮影。8:20。

 

 

羽広大橋を栄村方向に渡って山の上に進んだ地点から撮影した山腹崩壊の頂部。8:26。

 

 

 上の写真を撮影した地点からさらに上に上ったが(広い畑ゾーンの道を進む)、山腹崩壊地点は見えないことがわかり、羽広大橋に戻り、「羽広山」集落の中を通り抜けて上部へ進んだ。
 途中で地元の人に「見える地点はないですか?」と尋ねたところ、「私も見に行こうと思っていたところ」というご返事で、その人の先導で、山腹崩壊地が見える地点へ。そこで見えたのは、次の写真のとおり。9:12。

 

 

 「ここからは、これ以上は見えない」とのこと。この人からお聞きしたことと、少し離れたところで話を聞いた人の話を総合して、ある畑の先にある林の中に入って、対岸を見たところ、山腹崩壊点をより明確に見ることができた。

 

 

写真イ

 

写真ロ

 

写真ハ

 

 写真イとロがつながっていることはお分かりいただけると思います。
 そして、写真ロとハのつながりも明確だと思います。

 

写真ニ

 

 写真ニは、写真イ〜ハと同じ林の中で撮ったものですが、撮影ポイントは少し異なります。
 写真ニでは、写真上部に崩壊土砂が見えると同時に、写真中央に濁っていない真っ白な水が見えます。
 羽広山集落で出会って最初の撮影地点にご案内下さった人のお話では、ここには冷川(ひやかわ)と温川(ぬくかわ)という2つの川があるそうです。その2つが合流して、井出川(千曲川に流れ込む出川の上流)になるようですが、山腹崩壊は冷川の上流で発生したものと思われます。だから、温川の方は清流のままなのです。
 また、案内下さった方は、「ここらは山崩れのようなことが起こりやすいところだ」とも言っておられました。
 撮影地点は、まだ残雪があるようなところ。撮影ポイントは、温川にむかって崖になっている際(きわ)。イワウチワやイワカガミが咲いていました。栄村でもそうですが、綺麗な花が咲いていたり、美しい景色が見られるところの多くは危険な場所、災害が起こりやすい場所です。

 

 ここで、Webニュースや信毎記事で「飯山市提供」として公開されている写真を示します。

 

 

 山腹崩壊の全体像がわかる写真です。私が写真イ〜ニを撮影した地点は、写真に赤マークを入れたあたりだと思われます。

 

 下流の桑名川地区の住民8世帯14名が、市の避難勧告に従って岡山地区活性化センターに避難されています。
 避難者にとって最も辛いことは、「先が見通せない」ことです。中条川の土石流での避難でも、避難者と行政の間の感覚のズレがくりかえし問題となりました。飯山市において、そのようなことがないように願っています。
 なお、信毎記事でお名前が出ていた桑名川区長の鷲尾静雄さんは、栄村の地震直後から「栄村復興への歩み」をお読み下さり、栄村をご支援下さってきた方です。鷲尾さんが区長をされていること、ここまでの写真を撮影して帰宅した後に朝刊を見て初めて知りました。明日は私は議会ですが、できるだけ早くお訪ねしたいと思っています。

 


野々海でミズバショウが出た!

 

 

 

 “野々海で最もきれいなミズバショウ群生地”、道が開いているかと思って、今朝20日午前8時前に行ってみた。道は残念ながら開いていなくて、沢の中を歩いて行ってみたら、出ている!!

 

 上の2枚目の写真が群生地の様子が見えた瞬間の撮影。
 他に2枚、示す。

 

 

 

 

深坂峠から大厳寺高原へ下る道の方向。右手は天水山。

 

 

野々海池

 

 

 

 野々海への道の通行止め解除は6月5日の予定。
 しかし、たくさんの県外車に出会った。
 野々海のことをよく知っていると思われる人もいれば、雪遊びが目的で、野々海池が池だとは知らない人も。安全確保の案内、自然保護パトロール(員)の必要性を痛感した。

 ミズバショウは5月9日に行った当初の予測通りに姿を見せたことになる。ただし、見頃は6月10日過ぎという見方が正しいと思う。


野々海のミズバショウの開花予測

 

 上の写真は野々海キャンプ場横から深坂峠に向かう道の5月17日午後2時半頃の様子。
 撮影地点の手前に下写真のブルが停まっていました。この後、道割りの作業が再開されるようです。
 この道の先に、野々海の最もきれいなミズバショウ群生地がありますね。

 


 私は5月9日、雪上を歩いて野々海に行った結果をふまえて、「配達日誌」の5月9日の項に、
    「ミズバショウの開花予想は、ずばり、早い箇所で5月20日すぎから

    ではないか。いちばん綺麗な群生地は5月25日頃から6月上旬が見ごろ

    になるのではないか。水のあるところは雪融けも早いので。」
と書きましたが、この予想は外れたようです。
 融雪は思っていたよりもゆっくり。ミズバショウの見頃は6月中下旬になるのではないかと思われます。
 野々海への道は開けられたものの、あまりに残雪が多く、いわゆる野々海三叉路の湿地や、野々海池、さらにキャンプ場横の大きな湿地(=東窓)など、下に水がある箇所でもまだまだ残雪が多いのです。本日先に公開した「道は開けられた。が、残雪はまだまだ多い」を前提として、この記事では、ミズバショウと縁が深い地点などの写真を紹介します。

 


まず、野々海三叉路の湿地の様子です。

 

 

 これは、野々海三叉路でいわば正面方向を撮ったものではなく、南方向を撮ったものです。
 この湿地でミズバショウが咲くのはこの写真の右部分の奥の方です。まだまだ雪があって、ミズバショウが近々に姿を見せる状況ではないですね。

 

 つぎは、近年、ミズバショウがめっきり減った東窓(キャンプ場の横手の大きな湿地)の様子です。

 

 

 この付近の残雪がどの程度の深さなのか。参考に、写真の左手に位置する野々海峠に通じる林道の様子を示します。

 


 手前の路面が見える部分は除雪車が除雪したものです。
 湿地の部分では残雪がもう少し少ない(薄い)だろうと思いますが。

 


 ここで、野々海池そのものの様子を見てみます。

 

 

 上の写真は余水吐付近の様子を写したものですが、水部分と雪部分の境界部分をクローズアップすると、

 

 

 水中の雪もけっこう厚いようですね。

 

 つぎに、比較的早く雪が融け、消える東窓に近い部分(池の幅が狭くなっているところ)の様子です。

 

 

 真ん中あたりの雪が薄くなっていることがわかります。

 


 ここで、対照資料として、里の雪が今冬よりも多かった14−15年冬の後の2015年5月28日撮影の写真を示しておきます。

 

 

 

 日付は「28日」ですので、今日よりも11日遅い日ですが、今年も月末近くでこれと同じくらいになるのかなと思います。

 

 その年に、近年では野々海の最もきれいなミズバショウ群生地で下の写真を撮ったのは6月15日のことでした。

 


 このことからすると、今年の見頃は6月10日すぎから20日すぎにかけての時期と予測できるのではないかと思います。


道は開けられた。が、残雪はまだまだ多い

野々海池の水番小屋

 

野々海池堤の様子

 

 

 17日(水)午後、平滝に配達に行った折りに、少し様子を見ておこうと思い、野々海への道を上がったところ、道が開けられていました。
 野々海池の堤入口まで開けられており、また、キャンプ場のところまで開いています。
 私が行った際には除雪担当者の姿は見えませんでしたが、帰路、第2分水点の様子を見ている時に軽トラが1台上がり、その後、タンクローリーと出会いましたので、キャンプ場〜深坂峠の間の道割りが行われていると思います。
 道が開けられていたこと、野々海池周辺も一斉に芽吹いていることが9日との大きな違いですが、残雪はまだまだ多いです。普請まであと半月ありますので、普請までにはほとんど消えると思いますが。

 


 普請関係者が気になる地点の様子を紹介します。

 まず、森・青倉への水路と横倉・平滝への水路が分かれる第2分水点です。

 

道路脇の雪の壁の上から撮影。

 

雪の壁から斜面を下り、分水点付近を撮影したもの。

 

付近のブナの木の根元の様子

 

 

円筒分水器の上の道路の様子

 

円筒分水器付近の様子

 

写真中央やや下あたりが円筒分水器のあるところでしょう。

 

 

青倉からの道と交わる三叉路の様子。
青倉からの道はブルが入った形跡がありました。

 

堤入り口の様子

 

上の写真の地点から歩いて少し進んだところで視界に入った景色。

 

 

 ひとまず、以上です。

 

 

 

 


トマトの国愛湯会5月15日

 

 

 5月15日夕6時から、トマトの国愛湯会。
 今回は、トマトの国の新たな板前さんのお披露目が主目的。写真は5皿のうちの3つを撮影したもの。

 

 

 今回の参加者は総勢16名。
 参加者のみなさんが会場に入ってテーブルの上の料理を見た時の第一声は、「わあー、凄い!」、「こんなごっつお、見たことがない!」、「綺麗!」というもの。
 「これは何だろう?」と言いながら、取り皿にいろんな料理をとり、味わいました。

 

 新しい板前さんのお名前は旗野昭さん。山梨県甲府市のご出身で、京都や高野山で修業されてきた人です。「里山が好きで、そういうところで働きたいと思っていたので、今回、こちらにお世話になりました」という自己紹介でした。
 私は、この板前さんのお料理をいただくのは、4月23日の森老人クラブ永寿会のお花見に続いて2回目。
 振興公社がいろんな問題を抱える中で、この板前さんに長くトマトの国で腕をふるっていただくことができるか、地元の努力にかかっていると思います。

 

 会の終わりに会長さん(横倉の渡辺隆幸さん)から、「7月の半ばすぎにトマトの国の周囲の草刈りをやって、その後にまた宴を持とう」という趣旨の提案がありました。
 また、その提案に賛同する立場から、初代会長の月岡英男さんから愛湯会の始まり・趣旨についてのお話がありました。「トマトの国の近くにはカタクリがたくさん咲く。それを手入れして、長瀬のカタクリ街道に負けないところにしようということで、草刈りを始めたのが愛湯会の始まり。その後、みんなの歳が高くなり、作業を続けられなくなった。また、原点に戻ろうという趣旨です」というお話です。
 初めて聞くお話でしたが、私は、栄村で暮らすようになって2年目だったか、一度、草刈りに参加したことがあります。今回、提案された7月の草刈りにはもちろん参加したいと思っています。

 

 月岡英男さんが話されていたカタクリが咲く場所は、トマトの国に入っていく道路の右手のところだと思うのですが、16日午後、その場所とは別に最近カタクリがたくさん咲くところを支配人の広瀬春美さんにお尋ねしました。
 カタクリの季節はもう過ぎていますが、葉はまだありました(カタクリは開花を終えてしばらくすると、葉も茎もすべて姿を消します)。そして、いまはヒトリシズカが群生していました。

 

 

 トマトの国の建物との位置関係はつぎの写真のとおり。

 

 

 

 

 もう一つ、素敵なお話があります。
 トマトの国の前の広場の右写真に見える土手のところに、この時期、オキナグサがたくさん咲きます。

 


 じつは、一度姿を消したため、愛湯会のメンバーである逆巻の島田秋男さんがオキナグサの種を別のところで採取し、ここで育ててこられたもの。昨日の席でご本人からお聞きしました。

 

開花のピークの時期を少し過ぎましたが…。

 


 こういう地元の人たちの思いが詰まり、素敵な環境があるトマトの国を大事に守り、発展させていきたいものです。

 


5月14日午後の雪上散歩

 キャプション的なものは、ここではいっさい書きません。ただ、今日5月14日午後、私が散歩したところ。30分くらい雪上を歩きました。

 ご覧ください。