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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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温泉入浴券の問題と振興公社をめぐって

 9月5日から村議会9月定例会が始まります(13日まで)。
 議会の開催は村長が招集するもので、8月25日付で招集の告示が出されました。その際、同時に、「付議事件」というものの一覧が告示されます。つまり、9月定例会に村長が提出する議案案件の一覧です。これは、役場玄関横の掲示板に張り出されていますので、どなたでもご覧になれます。

 

温泉に関する議案が出ていない!
 ここで驚くべき事態になっています。7月から8月にかけて計3回にわたり、村長の要請で開催された議会全員協議会で協議された温泉入浴券問題の打開に必要な栄村温泉条例に関する議案が「付議事件」の中に入っていないのです。
 私は目を疑いました。
 でも、議案は現に出てきていません。
 9月定例会会期中に追加議案として提出することも可能ですが、あれほど時間をかけて議論してきた問題の議案を議会の開会に間に合わせられないとは、いったい、どうなっているのでしょう。

 

「公社が管理する温泉は公社が独自に年間券を発行する。価格は3万円」との案の根拠が完全に崩れました
 この間の全協での協議では、村長は、「公社が管理する温泉は村が発行する共通入浴券の対象から外す。公社管理の温泉の入浴券は公社が独自に発行する。価格は年3万円、高齢者は2万8千円」と提案してきました。
 8月21日の全員協議会ではNo.314でも速報したように、「年間入浴券単価の試算」というものが提示されました(商工観光課長の説明では振興公社が作成したものだそうです)。詳しく紹介します。


・「トマトの国と北野天満温泉の入浴に係る経費」
    光熱水費 15,182,764円
    消耗品ほか 1,946,661円
    清掃人件費 990,000円
       計 18,119,425円
    *上記の光熱水費は施設全体の額であり、

     入浴経費としては過剰計上です。(松尾

     注記)
・村指定管理料 12,358,000円 (トマトの国と北野天満温泉に係る指定管理料)
・差引額(振興公社負担額) 5,761,425円
・入浴者1人当たり振興公社負担額 110円
   これは、上記の「振興公社負担額」5,761,425円を入浴者数52,439人

   で割ったものだそうです。
・共通入浴券利用者への振興公社負担額 3,504,934円
   これは、上記の110円に共通入浴券で入浴する人の利用回数31,901を

   掛けたものだそうです。
・共通入浴券利用者一人当たりの振興公社負担額 24,172円
   これは、上記の3,504,934円を、「共通入浴券利用実人数」を145人

   として、その145で割って出てくる数字だそうです。
   そして、この24,172円に消費税と入湯税の4,351円を加えて、年間3

   万円という数字が出てくるそうです。

 

■収入はいっさい勘定に入れない?!
 上で紹介した計算、「経費」と「指定管理料」は出てきますが、「営業収入」がいっさい出てきません。「振興公社は温泉に入る人から一銭の入浴料も受け取っていないのか?」という疑問が出てきます。そんなことがあるわけがありません。
 「試算」の中には、「浴場利用数」というものが出ています。紹介しましょう。
     宿泊 5,166人
     1回券 12,380人
     回数券 2,992人
     共通券 31,901人
 「1回券」とは、1回につき500円を支払って入浴することです。ですから、
     500円×12,380人=6,190,000円(619万円)
の収入です。
 また、回数券は5千円で13回入浴できるというものです。回数券を買った人が13回入ったとして、「回数券 2,9992人」を13で割ると、少なくとも230枚の回数券が販売されていることになります。
     5,000円×230枚=115,000円
 さらに、「共通入浴券」での振興公社の収入は共通入浴券利用者145人と仮定して、1,084,785円だとする資料が8月9日の議会全員協議会に出されています。
 以上を合計すると、6,190,000円+115,000円+1,084,785円=7,389,785円です。ここまでの計算では宿泊者が支払う宿泊代金に含まれる入浴料は入れていません。ですから、少なくとも740万円以上の入浴に係る収入があるということになります。

 

■公社理事会が言う「赤字額」を超える収入があり、本当は黒字
 振興公社理事会が主張する「振興公社負担額(=赤字)」約576万円を超える740万円以上の収入があるのです。つまり、「温泉入浴に係る経費」は赤字どころか黒字なのです。
 それはそのはずです。振興公社への指定管理料1,850万円を決定した際、その算出根拠として温泉に係る経費を多め過ぎると思われるくらいに見積もったのですから。
 こうなると、「公社管理の温泉を村の共通入浴券の対象外とし、公社独自の3万円の年間入浴券を発行」し、約450万円の増収を見込むとしていた(8月9日の全協での説明)、その450万円はいったいどこに行くのか? という疑問すら湧いてきます。

 

村民が誰もが意見を言える環境で振興公社の運営・経営を議論する必要があります
振興公社が行ったという「3万円」の「試算」の説明を役場商工観光課長が行うというのも変な話です。振興公社理事長が議会全員協議会に参考人としての出席を自ら願い出て、自分自身の口で説明するのが当然です。
べつに会議が苦手だというわけでもないでしょう。公社の理事会は頻繁に開催され、役員報酬も出されているのですから。ちなみに、公社の「役員報酬」支払額は平成23年度26万4千円(平成26年度は20万8千円、平成25年度8万4千円)に対して、平成28年度(現理事長体制になった初年度)は229万2千円。約10倍化しています。巷(ちまた)の声は、「民間企業なら、経営が赤字なったら、真っ先に役員報酬返上でしょう」というものです。
振興公社が管理する村の施設は、なによりも住民の福祉増進のために設けられたものです。また、振興公社は、なによりも地域の振興をめざして設立されたものです。
振興公社の経営には今年、6,850万円もの村のおカネが入っています。理事長や理事会だけで運営・経営してよいものではありません。
村民誰もが自由にモノが言える環境をつくって、振興公社のこれからを議論していかなければならないと思います。


大雨警報にどう対処すればよいでしょうか

 栄村にはもう秋が到来したと言っていいですね。稔りの秋です。
 しかし、同時に、秋は台風などの自然災害が心配される季節でもあります。2013年9月の中条川土石流災害はまさに台風の大雨によるものでした。
 村の放送で夜遅くになってから、「長野地方気象台が栄村に大雨警報を発令しました。土砂災害や浸水に警戒してください」という大音声が流れることがしばしばあります。
 しかも、その大雨警報が出たのに、雨はほとんど降らないというケースがあります。かと言って、油断していると、10回に1回は本当に大雨ということがあります。
 どうしたら、いいのでしょうか。
 気象庁が「高解像度降雨ナウキャスト」という情報を随時出しています。どこで大雨が降っているか、今後1時間、雨が強まる地域はどこかが地図に示されています。インターネットで見られます(当然、スマホで見られます)。また、土砂災害警戒情報というものも見られます。下の画像は台風5号との関係で大雨警報や土砂災害警戒情報が栄村に出されていた時のものです。

 


 同じ栄村でも、千曲川流域ゾーンと群馬県境に近い地域とでは気象状況はまったく異なることが多いのです。
 みなさん、今後、是非これを活用してください。私は、ネットを使えない人にこういう情報を役場が放送で知らせるよう、役場に要請していきます。

 

 


8月26日の夕焼け(撮影地点:津南町)


「えっ!」、やっぱり今年の紅葉は早い

 

 今日8日午後5時の野々海池入口での一枚です。
 5日の朝に行った時と大きく様子が変わっていました。色づきがある程度は進んでいるだろうと思って行ったのですが、ここまで進んでいたのには驚きました。
 覚悟して行ったとはいえ、寒かったですね。上はウインドブレーカーを持っていったのでよかったですが、ズボンは夏物だったので、足もとが寒かった。おそらく野々海ではもう朝晩10℃をきっているのでしょう。
 この調子でいくと、野々海池の紅葉は10月中旬にピークを迎えるのではないでしょうか。この後、写真を紹介しますが、野々海三叉路(貝立山〜スキー場〜青倉に下る道との交点)の湿地や、キャンプ場横の湿地・東窓の草紅葉は9月下旬にかなりいい感じになるのではないかと思います。

 

 

三叉路湿地

 

 

東窓

 

 

 

 

 

 

 

 

堤付近ではウメバチソウが開花しています。

 


配達日誌8月21日〜31日

21日(月) 午前中は9時から議会全協。10時からの村長提出の全協での共通入浴券問題は平行線のまま。
 昼食後、とても暑かったが、1時半頃にスキー場に上り、草刈り。歯を新しいものに替えて切れ味が飛躍的によくなったこと、そして途中から頼もしい援軍が来てくれたことで、いっきに進んだ。あと1〜2回でカタクリが咲くゾーンを刈り終えられるだろう。
終了は4時半過ぎ。飛んでいるヤンマ類のトンボを撮影するのは難しいが、景色を連写で撮る中で写ってくれているといいなあと思って撮影したら、撮れた! こんな一枚。

 


22日(火) 今月はお米の発送の一部を23日にしなければならないので、それに間に合うように「お米のふるさと便り」を今日編集。その関係で、午前8時〜9時台、青倉の居平(いでら)の田んぼや森の開田などを撮影して廻った(下写真は青倉・居平)。穂がなかなか出なくて心配された森の開田の標高の高い部分もほぼ穂が出揃ったが、日照が少なく、登熟が心配。

 


 午後も編集を続け、4時すぎに出来上がって、引き続き、「復興への歩み」No.314の編集。これは途中まで。
 午後2時40分頃、大粒の雨。とにかく降雨が多い。

 

23日(水) 午前中はNo.314の編集続行。昼前に終えた。
 午後はお米の今日発送分の発送関係の作業。

 

24日(木) お米の25日発送分の発送伝票作り、袋詰めしたものの箱詰め、その前提としての箱の確保等々の作業でほぼ一日を終えた。腰に負担がかかる作業などを手伝ってもらっているが、23日に発送した分も含めて35人ほどの人たちに送るとなると、やはり3日間くらいは米発送中心の過ごし方になる。一度、きっちりと最新のコスト計算をしようと思うが、「ビジネス」にすることは不可能ではないと思う。現在、栄村のコメ生産は「ふるさと納税」によって支えられているところが大だと思うが、「ふるさと納税」制度がいつまでも安泰とは行かないだろう。栄村のお米は本当に美味しい。産直の大規模化を真剣に追求すべきだと思う。
 午後はほぼずっと青倉トンネル手前の車庫で作業していたが、空模様が面白かった。栄村の上空は真っ青に晴れているが、関田山脈の向こう側の上空には黒い雨雲。新潟県は予報通り、雨なのだろう。栄村は西日が強烈(下写真)。暑かった。

 


 夜は、「いつ以来だろう?」と思うほど久しぶりにファミレスへ。思いっきりファミレスらしいメニューを頼んでみた。以前ほど苦にはならなかった。「偶にはいい」ということか。

 

25日(金) 朝方、雨。当初は配達には厳しい降り具合だったのと、体がかなりだるかったので、配達には出ず、援軍を頼んで懸案の部屋の片づけに着手。今日は大量の廃棄すべき紙類の種別分けと搬出。2回に分けて津南の処理場へ。2回目の時、到着が午後0時20分頃だったが、「正午〜午後1時の間は昼休み」とのことで、昼食を食べながら待機。「昼休みで受付ストップ」には参った。
 体がけだるくて少し寝ることで解消するか、それとも草刈りをして体のキレを回復するか、少し迷ったが、後者を選択。この選択はどうやら正解だったよう。体のけだるさの原因は、昨夜、かなり冷房の効いた場所に2時間強いたことにあったようだ。
 草刈りは予想以上に進み、カタクリが咲くゾーンはひと通り刈れた。その先ももう少し刈るつもりだが、目途がたったのは嬉しい。
 午後3時頃にスキー場頂上に着いた時、さほど天気はよくないのに、鳥甲山の頂上がくっきり見えた。夏特有の入道雲のような雲が山にかかっていないからだろう。どうも秋の訪れのようだ。明日、配達で秋山に行こうと思う。

 

写真中央に見える緑色の部分が今日刈ったところ
この写真よりも左に最初に刈ったゾーンがある。

 

写真を撮るタイミングが一瞬遅く、あまり鮮明に見えないが、よく見る

と、鳥甲山の頂上が見えている。


26日(土) 昨夜は就寝が遅くなり、起床も遅くなった。まだ眠っていた7時前に電話が一本。8時前にももう一本。それで、午前中の用件が2つ誕生。
 配達が超遅れていた平滝の11軒の配達を9時前後にして、その後、用件2件。うち1件は人を訪ねて、いろんなご意見をお聴きした。非常に勉強になった。書物よりもなによりも、村の人たちのご意見を聴くのがいちばんの勉強になる。
 その後、日出山線経由で秋山郷の配達へ。
 秋山は完全に秋。空の雲の模様も秋だし、4時を過ぎると、半袖・窓全開で走ると相当に肌寒かった。5時過ぎに津南町に下りたが、今度は6時半頃、めったにないような素晴らしい夕焼け。これはすぐにブログにした。今日の写真は「復興への歩み」No.315でも扱いたい。
 夜は森集落のお宮の祭り。9時45分から獅子舞奉納なので、8時半すぎに出かけた。半袖では寒かった。午後10時頃、宮野原橋の温度表示は18℃。

 

介助を受けながらお宮に参拝するお年寄り

 

27日(日) 昨夜はお祭りで遅かったうえに、TVで「今夜もなまでさだまさし」があって、就寝は午前1時半すぎ。窓を閉めても、夏布団だけでは寒く、毛布を出した。お盆をすぎれば、夜は半袖では寒いのが栄村だが、今年の夏は天候不順だったので、こういう秋の始まりがごく自然に訪れたというよりも、なにか唐突な感じ。
 明日発送の東京の保育所に送る野菜の手配でいろいろ走り回った。その途上で、菅沢でトマト収穫作業中の宮川頼之さんを訪ねた。天候不順で、実のなり方が少なく、また病気にかかるものも少なからずあって、収穫量は平年よりも少ないようだ。
 午前中はかなり暑かったが、午後2時頃からは薄雲がかかったのか、暑さを感じなかった。夜はやはりかなり気温が下がる。

 

28日(月) 朝から野菜発送関係の作業。結局、なんだかんだで午後4時頃までかかった。
 ここ2〜3ヶ月、月のうち22日〜25日のあたりはお米、野菜の発送関係に多くの時間を割くことになり、「復興への歩み」の配達などにあまり時間がとれない。もう一方で議会関係の仕事もあり、「復興への歩み」のみにほぼ没頭できていた昨年4月までとはまったく状況が変わってきた。
 なにかの仕事を減らすという選択は少なくともありえない。打開策としては、それぞれの仕事をよく見直し、計画的に事を進めることで、合理化・効率化を図るということではないかと思う。
 夕刻は部屋にいて、ここ2日間よりも暑さを感じた。夜は寒くはなく、涼しくて過ごしやすいという感じ。

 

29日(火) Jアラートの大音声で目を覚まされた。そのまま起床し、今日は早い時間から主に東部地区で配達。
 ただし、午前中に議会運営委員会が入っていたので、9時すぎにいったん家に戻り、着替えをして役場へ。議運はいつもよりも時間がかかり、11時半頃まで。
 昼食後、再び東部地区へ。志久見、柳在家、切欠と廻ったが、切欠に入って間もなく、複数ある配達物のうちの一部が部数不足となり、印刷に戻った。印刷後、再び切欠へ。今日は東部に3回足を運んだことになる。計85部。
 朝8時前に中条で撮った下の写真は秋を感じさせる景色だったが、その後、とても蒸し暑くなり、少し歩くだけで、肌着がべったりと体にくっつく感じになった。朝9時の段階で肌着を一度着替えるほど。天気図を見ると、栄村が停滞戦線(秋雨前線)の南側になっている。このため、南からの湿った暖かい空気が大量に入り込んだわけだ。26日に秋山で感じた秋の到来から逆戻りした。

 

 

30日(水) 午前中は所用があって、北信地域振興局へ。地方事務所から地域振興局に変わってから初めての訪問。看板は変わっているが、それ以外は目立った変化はない。ただ、訪れた用件での説明を聞くと、ある種の権限が県庁から地域振興局に移譲されたようではある。
 午後は当初、配達を進めるつもりだったが、9月議会を前に色んな人たちの意見を聴いておきたいと考え、さまざまな人たちを訪ねて廻った。夜も人を訪ねたり、電話をしたりを続け、いつの間にか夜遅くになった。
 途中、森の開田の出穂の状況を確認しておきたくて開田に上ったところ、8月6日に種が蒔かれたソバがすでに花を咲かせていて驚いた。

 

 

31日(木) 宮川頼之さんのトマト畑に用事があったので、9時前に菅沢を訪れた。到着して間もなく、まゆさんが育真くんをおんぶして来られた(下写真)。先日、トマトの収穫作業に携わっている方が「育真も手伝っています」と投稿されていたので、その様子を撮りたいなあと思っていた。育真くんの収穫作業お手伝いの様子は「復興への歩み」で紹介したい。

 

 

 配達は横倉で45軒。引き続き、平滝・白鳥を廻りたかったが、ズッキーニなどの発送があり、その関係の諸作業をしているうちに午後4時に。
 「県道箕作飯山線改修期成同盟会」というものの総会がトマトの国であり、慌ててトマトの国へ。総会が終わり、懇親会に移る際、トマトの国からの景色が素晴らしく、1枚パチリ。懇親会会場の宴会場の窓からも刻々と変化する素敵な景色が楽しかった。トマトの国からの景色の素晴らしさをもっともっとアピールする必要がある。指定された席が素晴らしい景色を背にする位置になっていた同僚議員に振り向いてもらい、その素晴らしさを確認してもらった。それで、スキー場からの景色がジオパーク関係者から絶賛されていたという話をその同僚議員から聞いたのだが、その絶賛された景色というのはスキー場中腹からのものらしい。頂上からの景色はもっと凄くて、まさに絶景。栄村の有する財産は本当に凄いのだということをもっと発信せねばと改めて思った次第。

 


配達日誌8月11日〜20日

11日(金) 「山の日」で休日。私はつい数日前まで、11日が休日で、今週末が3連休なんて認識はまったくなかった。お盆とつながって、長いケースでは6日間の休みとか。
 夜の3時すぎ、頭痛で目が覚めた。喉も少し痛い。昨夕、草刈りでびっしょり汗をかいた後、しっかり汗をぬぐったうえでのことだが、しばらく上半身裸でいたのがいけなかったのか。起きて薬をのみ、7時すぎに目覚めて朝食を食べた後も、もう1回薬をのみ、休んで、午前10時前に再起床。
 この後、「今日は自宅作業」と決め、「議員活動報告」第17号と第18号をいっきに仕上げた。途中、ちょっとした発送作業と1時間くらいのおしゃべり。
 夜、かなり強い雨。

 

12日(土) 午前中、小雨がぱらつく中、「議員活動報告」を真っ先に届ける必要がある人たちに配達。
 午後は、配達の続きと草刈りの予定だったが、昼すぎから時折、強い雨。すぐに小止みになるが、また強い雨の繰り返し。配達も草刈りもできず。印刷や折り作業。

 

13日(日) 今日は久々の秋山での配達と決めていた。給油の後、鳥甲牧場の様子を見ておきたかったので、日出山線経由で行ったが、8時20分すぎの鳥甲牧場は半袖で車の窓を開けていると、風が冷たいくらいだった。
 屋敷→小赤沢→上の原→和山→切明の順で配達。当初の予定では、昼頃にすべてを終え、午後2時すぎにはスキー場の草刈りへ、と考えていたが、2つの要因で予定をかなり変更。
 屋敷の配達途中、二人の方から同じ訴えを聞いた。布岩山の近くから下って来る沢なのだが、平素はほとんど水が涸れている状況。ところが、大雨になると、一転、物凄い水量になり、倒木などが流れ込んで堰き止めたりすると、道路に水が溢れるなどの被害になる。10年来、要望を上げているが、無対応だとのこと。気になったので、切明から戻る途中、その沢と思われるところを撮影。さらに不明な点があったので、午前に話を聞いた人のうちの1名を訪ね、結局、現場に案内していただいた。これが午後2時半〜3時頃。今日のスキー場での草刈りは完全に断念したうえでの行動だった。

 

 

1枚目の写真のすぐそば。
道路の下をくぐる土管が土砂で埋まっている。
横に新しい土管が入れられていた。

 

 予定変更のもう1つの要因は、「明日14日、小赤沢で秋山の釣り大会をやるので、取材して」との依頼を受けたこと。スケジュール調整を少し考えたうえで、しばらくして、「明日、朝から小赤沢に来て、写真撮影取材と若干の配達をしよう」と決めた。
 秋山からの帰路には、8月7日の津南町議会との懇談会で視察した小水力発電所の水源となっている黒滝川の様子も撮影(見玉付近で国道405と交差する)。

 

14日(月) 今日も日出山線経由で小赤沢へ。小赤沢で少し配達の後、釣り大会の会場に着いたのが9時45分頃。
ここから正午頃までずっと釣り大会会場で撮影。
 予想通り、“秋山の孫たち”で一杯、賑やかな大会だった。「復興への歩み」No.314で詳細に取り上げたいと思う。
 会場で食べた「焼きそば」と「焼肉」がポークいっぱいで、満腹。改めての昼食は摂らず、405を下って、まっすぐスキー場頂上へ。到着は午後2時すぎ。
 ここから午後5時すぎまで3時間、びっちり草刈り。今日の重点の1つはススキ刈り。昨日、秋山でススキの穂が出ているのを目撃。「穂が出ないうちに切り倒そう」と考えた。もう1つ、今日刈ったあるゾーンは草はほとんどなく、高さ5cm程度の低木の類がびっしり。これを伐るたびに手にかなりの衝撃。
 「休みながら、体力を維持しつつの作業」と思っていたが、一人での休憩というのはあまり面白いものでもない。結局、途中2回の休憩は短く、ガンガン作業して、終了後はグッタリ。かつてない疲労。夜はテレビを見たりしながら、頻繁にストレッチ的なことをした。
 なお、スキー場の頂上では“紅葉”の始まりが見られた。

 

紅葉し始めているナナカマドの木

 

15日(火) 栄村の集落にはそれぞれお宮があるが、森集落の中条地区(現在6世帯)には独自のお宮、白山神社がある。今日は、その“白山さま”の1年に一度の祭礼の日。午前6時集合でお宮の掃除と祭礼の準備をする。そして、午後2時から神主さんが来て、祭礼が執り行われる。
 そんな次第で、今朝は午前5時起床。天候がすっきりしないことも一要因ではあるが、もう秋分まで1ヶ月余、日の出は遅くなってきていて、午前5時、空は明るくなっているものの、まだ夜は明けきっていない感じ。
 午前中は、発送するズッキーニや茶豆の仕入れ、発送事業、急に頼まれた用件など。
 午後2時から祭礼出席。今年の祭礼は例年とまったく違った。中条の木村文二さんの親戚が4名、祭礼に参加され、しかも、その中の1名は米国人。プロのカメラマンだそうで、事前に地区の世話役が神主さんに撮影許可をいただいたが、実際は撮影されず。後から木村さんにお聞きしたところでは、「これは神聖な場。撮影すべきではない」と思い、撮影を遠慮されたとのこと。
 神主さんは先代が一昨年にお亡くなりになり、昨年から先代の息子さんが引き継いで下さっているが、この方がじつに気さくな人。今回の米国人の参加を非常に喜ばれ、地区の関係者以外の人の参加を促進してもらっていいというお話。祭礼が終わった後、お神酒をいただくが、地区の者は神主さんが帰られた後もしばらく、お宮(本殿)でお酒をのみながら、歓談する。そこでも、“白山さま”を積極的に開放していく話が出た。
 私はカメラを持っていっていたが、「プロのカメラマン」が来られるということで、カメラは車の中に置いたままで、写真は撮らず。今後の“白山さま”の積極的開放のことを考えれば、写真を撮っておくべきだった。
 お神酒の後、中条のみなさんと本殿で懇談していたとき、「開田の上はまだ穂が出ない」という話が出たので、夕刻、森の開田へ。なるほど穂がまったく出ていない(下写真)。心配である。

 

 

16日(水) 小雨がぱらつくような天候だったが、森集落で67軒の配達。途中、かなり長い立ち話も。
お盆休みでコピー用紙を発注できないので、津南まで買い物に。その時、温泉に持って行く風呂用品入れのカゴも購入。共通入浴券をめぐって、「シャンプーなどの消耗品の経費がかなりかかる」と言われるので、今後はボディソープやシャンプーを持参することにした。以前から購入したいと思っていたが、どこで買えるものなのか? 先日、風呂仲間に尋ね、「百均で買えばいいよ」と教えてもらったもの。
 午後3時からは“白山さま”の祭礼の片づけ。片づけは30分ほどで終わるが、その後、本殿で飲むのが慣例。今年は午後6時すぎまで。終わるころには薄暮になっていた。
 その場は、途中から、共通入浴券、「トマトの国」が座談のテーマになり、一人ひとりが思いのたけを思いっきりぶつけあった。共通の思いは「トマトの国を守りたい」。「トマトの国」のお客を増やすアイディアもたくさん出た。日頃から、中条の人たちの思いは分かっているつもりだったが、私が受けとめている以上の思いの深さ、大きさを聞き、「トマトの国」を守り、発展させるようにしなければ、という使命感を新たにした。
 今日は写真撮影なし。

 

17日(木) お盆が終わり、世の中全体、再始動。お天気は昨日までのぐづついたものから一転、朝から快晴。その分、気温もぐんぐん上がり、午前中に30℃に達した。
 午前は主に青倉で46軒の配達。集落の中を赤トンボが群れ飛ぶ姿が今期初めて確認された。日中の気温は高いが、季節は秋へ移って来ているということだろう。
 天気がよいので、かあちゃんたちが一斉に畑に出ていた。下写真は青倉公民館裏手のせっつぇもん畑が集まるところ。

 


 午後は、中条川上流1号崩壊地での堆積土の掘削とダンプによる運搬の現場の撮影へ。
 運搬路はダンプ1台で道幅ぎりぎり。4台が1日20往復する。したがって、勝手に1号崩壊地に入ろうとすると、途中の道路でダンプと離合できず、えらいことになる。現場で作業にあたっている知人と連絡をとりあい、堆積土の搬出先である森開田上の旧村営グラウンドで1号崩壊地に向かうダンプと合流。その後ろについて1号崩壊地に向かった。
 現場の様子は「復興への歩み」No.314でレポートするが、真っ先に度肝をぬかれたのが、ダンプが走り出すや否や、もの凄い土埃が舞い上がること。あまりダンプに近づき過ぎると、土埃で道路が見えないほど。(下写真参照。この写真は22日に撮影)
 取材は45分間ほどだったが、かつてなく緊張した取材だった。

 


 夜は7時から、温泉共通入浴券問題で住民懇談会。15名が集まって下さり、いろんな意見をお聴きすることができた。貴重な勉強である。

 

18日(金) 朝9時前からだっただろうか、月岡で36軒の配達。その後、貝廻坂を上がり、野田沢集落の配達。その時、「10時半少し前から暗くなり、雷鳴」とメモしている。そして、宮川頼之さん宅前に着いて、「さあ、車を降りよう」と思った矢先に大粒の雨。一瞬にして車外に出ることができないほどの激しい雨。「これは無理」と判断して引き返し、貝廻坂を下り始めると、道路にはもう水が浮き、川のような状況になった。
 千曲川が見えるあたりまで下ってくると、関田山脈方面の空は明るい。月岡まで下ると、大した雨も降っていない。しかし、いろんな人に話を聞くと、「すごい雨だった」、「家の前の水路が溢れた」という話がどんどん出てくる。
そこで、PCで「気象庁の高解像度降雨ナウキャスト」を見てみた。

 


 これが、その画面。10時30分、栄村の水内地区などが真っ赤、津南町には紫色が見える。赤色が1時間当たり50mm以上80mm未満、紫色は80mm以上。この激しい雨が早いスピードで西から東へと移動したわけである。
 この間の豪雨災害で「1時間100mmの猛烈な雨」というニュースをよく聞くが、雨の激しさは体験しないと想像がつかない面がある。今回の激しい雨は豪雨災害というものの恐ろしさを理解するうえで貴重な経験になったともいえる。

 

19日(土) 午前中、野田沢から東部にかけて61軒で配達。
 その途中、菅沢で頼之さんのトマト畑に立ち寄った。私の姿を認めた頼之さんが駆け寄ってきて下さり、1枚の畑の周りをぐるっと廻りながら、クマ被害の凄まじさを説明して下さった。その1枚とは離れたところにある3枚も凄い被害で、頼之さんが説明して下さった内容を手がかりに、その3枚も見て廻った。

 

クマ被害が最もひどかったトマト畑。畑の向こう側に見える草むら(じつは水路がある)からクマが上がって来る。

 

上掲のトマト畑の左側を撮影。写真奥に見える林と左写真の畑とが草に覆われた水路でつながっている。畑に電気柵をめぐらすだけでなく、菅沢農場全体を守る対策も必要だと思う。


 午後は、14日以来久々にスキー場頂上の草刈り。

 

20日(日) 朝、1号崩壊地へ。17日に堆積土の掘削・運搬の状況を撮影に行ったが、堆積土がどの程度削り取られ、除去されたのかを、雪消え時の4月30日に撮った写真と比較しようとしたら、撮影ポイントがずれていて、うまくいかない。そこで、4月30日撮影写真を手に、同じポイントから写真を撮るために出かけたもの。日曜日で運搬作業が休みなので、ダンプとの離合の心配なく行けるというわけ。
 その後、午前中、箕作、大久保などで65軒を配達。
 午後、友人に頼んで、草刈り機の歯の交換。その後、その友人を誘って、スキー場頂上へ。彼には7月29日に草刈りを手伝ってもらっている。「ずいぶんと様子が変わりましたね」と言っていただいた。草刈りした場所の先にある林の中に案内。イワウチワ、イワカガミの群生地。ボヤが凄まじくて、枝をかき分け、かき分けの前進。この林をどのように手入れすればよいかも話し合った。
この時、カメラをぶら下げていなかったので写真を撮れていないが、常緑葉のイワカガミ、イワウチワの葉の群生状況はすごかった。次の機会に撮影したい。
 その後、スキー場頂上からよく見える青倉の圃場整備箇所、城ヶ館(じょうごだて)へ。この間の雨で工事をできない日があったので、この現場は日曜日の今日も作業中。

 

スキー場頂上から見た圃場整備中の城ヶ館

 

法面の犬走り
 ここは田んぼよりも農道の方が高いところにある。その法面に設けられた犬走り。
 青倉地区と県・村の協議では高い法面への犬走り設置で合意されていたが、いざ工事が始まり、青倉の人が現場を見に行くと、「犬走りなしの高い法面」が目の前にあった。村に指摘し、県が実施設計の段階で入れ忘れたミスを認め、工事をやり直したと聞いている。そのやり直し工事の結果、この犬走りができた。これがないと、50年、100年の単位で命懸けの草刈りを強いられることになる。


配達日誌8月1日〜10日

1日(火) 午前中、村道鳥甲線の法面工事の様子を見に行き、さらに東部で1軒訪ねてお話。
 その後、昼を食べながら知人と話をしたが、その頃から後頭部から肩にかけてつまり、しんどい。
 2〜3時間休憩すると、少し楽になり、夜にかけて「復興への歩み」No.313の編集。最後の1頁を残して、体力がもたず、今日の編集は終了。

 

2日(水) No.313の編集は、最後の頁に写真を2枚貼り付ける作業が残っていただけなので、朝一番で完成。午前中、出来上がりを森集落で17軒配達。
 午後2時半頃に草刈りのためにスキー場に上ったが、途中、衝撃的な出来事が…。

 


 先日見つけたクルマユリのうちの1本が見当たらない。車から降りて、「この辺りに1本あった」という所を見て廻ると、上写真のような穴が…。“盗掘”だ! 村外の人がやったとは限らない。ヤマユリやササユリ、クルマユリを山で採って、家に持ち帰り、庭で育てることはよく行われてきたことだから。しかし、こういうものは自生していてこそ美しいと思う。ササユリなどは自生ものが絶滅寸前になっている。これからは採取をしないようにしたいものだ。
 スキー場頂上での草刈りは午後4時40分頃まで。

 

3日(木) 朝方、東部地区51軒に配達。その後、9時半〜10時半は頼まれた仕事。
 その後、スキー場に上り、正午前から午後2時すぎまで草刈り。草刈りを終える頃、複数個所のヨツバヒヨドリにアサギマダラが群れているのを発見。10匹以上。こんなにたくさんを見るのは初めて。アサギマダラがよく吸蜜すると言われるヨツバヒヨドリを刈らずに残しておいてよかった! と思う。写真はブログに掲載したうえで、「復興への歩み」次号でも紹介しようと思う。
 スキー場から下りた後、再び、頼まれた用件をこなし、さらに月岡、小滝などで48軒の配達。


4日(金) 午後2時半役場前集合で、津南町議会と栄村議会の懇談会へ。会場は津南町役場。小水力発電の話を聴いた後、発電所の現場へ。その後、グリーンピア津南で懇親会。
 午前中は、まず7月臨時議会の議事録の署名に議会事務局へ。全文を読み、脱字・誤字の訂正を行ったうえで署名した。昼前後は打ち合わせ会合。
 そんな次第で、今日は配達も写真撮影もなし。

 

5日(土) 7時すぎの出発で、まず玄米1袋(30kg)分の精米と発送の準備。その後、平滝地区31軒40部の配達。途中、かなり高齢のおかあさんが草刈り機で畝刈りをされているのをパチリ。今日はこういう姿を何回か見た。ただただ感心する。頭が下がる。

 


 その後9時半から1時間弱、頼まれた用件をこなした後、スキー場頂上へ。11時頃から草刈り開始。暑い! 見上げると、ちょうど真上にギラギラ照りつける太陽。でも、時折、涼しい風が吹く。
 2時間弱の草刈りの後、貝立山裏から野々海へ。水番小屋の大規模改修を行っているというので行ったのだが、どうやら土曜日ということで作業の様子は見られず。
 野々海線の道路脇の草が刈られていた。役場の直営班がやってくれた仕事のようだ。
 2時から昼寝と印刷・折りの作業を経て、5時前に再び出かけ、白鳥集落で44軒の配達。途中、昨年完成した砂防ダムの関連工事の様子を見に上ったが、その規模の大きさに驚いた。災害の防止は必要だが、あまりに大規模な工事(したがって予算も膨大)。そもそもどういう調査と計画、審議を経て実施に移されたものなのか。一度、県建設事務所に問い合わせてみる必要を感じた。

 

6日(日) 森農業改善組合が開田の不耕作地でソバを栽培するということで、今日はその種まき。

 午前8時に現場へ。その現場を撮影する途中、1号崩壊地に久しぶりに行き、現在の様子を撮影。1号崩壊地下の堆積土砂をダンプで運び出す作業が7月から行われていて、ダンプの重量で道路下の地中に埋められている用水管が破損しないように道路に特殊な鉄板が敷かれている。タイヤの小さい軽トラではとても走りにくい。
 ソバの種蒔きの撮影を終えた後、青倉・西山田の圃場整備の進行状況を撮影記録に。図面で見た新圃場の姿がかなり明確に見えるところも出てきていた。一度、「復興への歩み」で途中報告をすべき段階になってきたように思う。
 今日は「ぐるっと栄村100kmサイクリング」の開催日。ここまでに書いたようなスケジュールのため、選手が秋山を走る姿は撮れないので、菅沢農場での姿を撮ることにした。選手の様子を間近で連写で撮ることができ、さらにその後、ゴールのスキー場に行って、菅沢で撮った選手と出会うことができた。次の1枚は、選手がカメラの間近にぐっと迫ってきて、ピントが合っていないが、迫力あると思う。

 

 

 午後3時からは森農家組合主催の「八幡さまの祭」での一杯飲みの会へ。森公民館で午後6時すぎまで。

 

7日(月) 議員の仕事で「森林・林業・林産業活性化促進議員連盟長野県連絡会議」の総会・研修会というものに9時45分発で出かけることになっていたので、7時50分発で北野、中野、極野の38軒の配達。
 「研修会」の方ではいくつか得る点があったが、「〇〇議員連盟」や「〇〇期成同盟会」という類のものとは何なのか、それらについてどう思うかについては、機会を改めて「議員活動報告」に書きたいと思う。
 台風5号が迫って来ていたので、予定されていた安曇野市の木造新庁舎の見学は中止して帰村を急ぎ、5時半すぎに戻った。

 

8日(火) 台風5号が長野県に最接近。午前9時からは強雨という予報だったが、外出してピンチになるというほどの雨ではなかったので、午前中は十日町へ治療に走った。
 昼すぎに村に戻り、午後2時頃には雨は止んで、国道の路面は乾いているような状態だったので、6日、7日と2日間連続でできていない草刈りにスキー場頂上へ。
 スキー場頂上に着いた時は霧雨、さらに草刈り開始後に少し本格的な雨になる時もあったが、せっかく上ったので、1時間ほど続けた。雨模様のせいか、ススキなどを刈り倒すたびに虫がわっと湧き出て、かなり刺された。

 


 午後4時半すぎ、スキー場から下りてきた時の青倉集落の様子


9日(水) 午前中は印刷や整理作業にあて、午後は議会全員協議会。全協については「議員活動報告」で書くが、森川村長は「公社施設の温泉は共通入浴券の対処から外す」ということに固執していて、議論は平行線。「このままでは9月議会を迎えられないので、全協をもう一回開いてほしい」と。
 「協議」をしても、自らの方針は変えないというのであれば、「協議」を繰り返しても何も変わらないと考えるのが普通だと思うが、議員側が根負けすることでも願っているのだろうか。だとすれば、“協議”というもののイロハについて分かっていないと言わざるをえないが。

 

10日(木) 朝、ある用件があって野々海へ。台風5号による8日の雨で水位が回復していた。
その後、午前中は泉平、箕作などで28軒の配達。泉平で畑からもぎたてのトマトをいただく。やはりもぎたては美味しい。配達の流れで昼食は樓蘭。
 午後2時半頃にスキー場頂上着で2時間強、草刈り。「かなり進んだなあ」という感じだが、今日は低木類の“かぶつ”伐りが多く、かなり腕に負担がかかった。草刈りの往き・帰りの道を見ると、ヤマユリの季節は峠を越したかなという感じ。代わりに、オミナエシが黄色い花をつけ始めた。異常気象・天候不順で気温などから季節の変化を読み取ることが難しいが、花々はいまのところ季節の移り変わりをまだまだ正確に教えてくれるようだ。

 


何処からなの?

 

 9月4日午後8時すぎのお月さまです。
 カメラ技術の稚拙さゆえに、お月さまがまん丸には見えず、下方に光が伸びているようになってしまいましたが、ひとまずの画像としては許されるだろうと思っています。

 

 

 こんな道を軽トラで進んで撮りました。

 

 

 

 1枚目の写真は主要撮影地点から離れる際に撮ったものなのですが、主要撮影地点の周りはこんなところ。

 

 

 明るいのは軽トラの照明。写真奥左側、草を刈った後が見えます。写真前面の板張りは何か?

 

 

 

 この写真で撮影場所はわかったと思います。
 手前に見えるのはさかえ倶楽部スキー場のリフト装置。
 スキー場の頂上に行ってきました。

 

 今回の満月は6日ですが、6日は天候が悪いと予想されているため、4日夜を選びました。

 

 

 写真の下方中央に見える明かりは森集落。下方右手のライトが点在しているのは国道117号線栄大橋です。肉眼では車の通行状況がはっきり見えました。

 

 中秋の名月の際などにキャンプ、バーベキューなどのお月見会をやれると楽しいなあと思っています。


初秋の秋山郷

 

 秋の空だ。
 26日午後4時29分、秋山郷、国道405号線上の原付近で撮影。
 ピントを空に合わせているので、山は暗く写っているが、鳥甲連峰。

 「今日は絶対に秋山に行く」と心に決めていた。午前中、いくつかの用事が入ったので午前11時すぎの出発にったが、日出山線、鳥甲牧場経由で秋山郷に向かった。
 じつは前日の午後3時頃、スキー場の頂上で鳥甲山がくっきりと見えた。夏の期間、昼頃から入道雲のような雲がかかり、鳥甲山は見えない。それが見えて思ったことが、「ああ、夏が終わったんだ。秋が来た。明日、秋山に行ってみよう」ということだった。
上の一枚を撮った午後4時半頃、秋山郷は窓を開けて走ると、半袖の腕が寒さを感じる気温だった。おそらく気温は20℃をすでにきっていたと思われる。
 「復興への歩み」の配達があくまでも主軸なので、あまり多くの写真は撮っていないが、26日秋山郷の写真を紹介してみたい。

 

 

鳥甲牧場の五宝木大根畑と高倉山。午前11時48分。五宝木大根はすでに20日から出荷されている。

 

同じく鳥甲牧場。
真ん中奥に見える山は野沢温泉村の毛無山に連なる山々。

 

 

布岩の近く、秋山林道に入る手前付近からの鳥甲連峰。白(しろくら)の頭(かしら)などが見える。12:16撮影。

 

天池からの鳥甲連峰。ススキがすっかり秋の様子。12:31。

 

池には色鮮やかな蓮がまだ元気に咲いている。

 

 

蓮とキイイトトンボ。いずれも天池にて。

 

天池でカメラを東方向に振ってみた。秋らしい雲だ。

 

 

白沢を捉えてみた。結構、雪が残っている。このまま秋が深まれば、紅葉と残雪のツーショットが見られるかもしれない。

 

 


午後4時50分。屋敷の中津川縁から苗場山上の雲を撮ってみた。完全に秋の空。


 この後、午後6時半すぎに津南町で滅多に見られないような夕陽を撮影。
 夜9時半頃からは地元の森集落、健森田神社の祭礼。
 そして、夜遅くなると、気温はどんどん下がり、窓を閉めた部屋の中でも、夏蒲団では寒さを感じるほどになった。いま、秋雨前線の北側に位置している栄村はもう秋になったのだろう。秋雨前線の位置次第では再び暑い日もあるかもしれないが。

 


晩夏の夕焼け

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  • 2017.08.26 Saturday

 

 撮影は今日26日午後6時36分。
 場所は津南町。地元の人ならば分かる説明をすると、清水フード店の近くです。
 夕焼けがきれいなのに気づき、「電線等の入らない場所を」と思って、車で少し移動。夕焼けのピークを一瞬逃したように思うが、この写真でもそうそうには撮れないものだと思います。
 信濃川が夕陽で赤く染まっていることにもご注目ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の1枚は、最初の一枚の2分後。


栄村復興への歩みNo.314

 

秋山郷は里帰りの子どもたちで賑やか
 お盆の14日午前、秋山郷・小赤沢で「釣り大会」が催されました。写真は「魚のつかみ取り」で魚にむかって突進する子どもたち。これは2回目のつかみ取りで、小学校高学年くらいの子どもたちが中心。1回目はもっと小さな子どもたちもたくさん挑戦していました。
 この催し、13日に配達で秋山を廻っている時に、「明日、釣り大会をやります。撮りに来られませんか」と声をかけていただき、出かけたもの。9時45分から11時58分まで2時間強の撮影でした。
 とにかく子どもの姿が多いのにビックリ。お盆の秋山郷に帰省する人たちが他の地区にも増して多いことは昨年、一昨年と目にしてきましたが、子どもたちの多さは初体験。本当に驚きました。子どもたちの年齢から推測するに、30歳代から40歳前後の人たちのお子さんと思われます。催しの主催者は青年団とGO会だそうですが、その世代の同級生の人たちが帰省し、秋山で頑張る若者たちと合流しているのですね。
 夜は盆踊り大会が催されましたが、そちらは残念ながら取材に行けず、「来年こそ」と思っています。 (2〜3頁に写真特集を掲載)

 

 

 

 

 

 

 

会場は元民宿「蛍(ほたる)の宿」です。元々、釣り堀がつくられていました。
 釣り、魚つかみ取り以外にも、焼きそば、焼肉、岩魚焼き、炭火でバームクーヘン焼き、マシュマロ焼きなど、さまざまなイベントが行われました。