プロフィール

profile
栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

カテゴリー

categories

サイト内検索

Search

カレンダー

calender
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

最近の記事

selected entries

最近のトラックバック

recent trackback

月別アーカイブ

archives

栄村関連リンク

links

携帯用QRコード

mobile
qrcode

ブックマーク & RSS

Bookmark&RSS

スキー場〜野々海の道が大きく改善されました

 

 

 

 3枚の写真はスキー場から野々海に通じる村道の様子です。
野々海池と水路の管理道路として位置づけられているものですが、利用はそれだけに限られません。村外から来られる人も含めて野々海の自然を愛する人たちの間では知る人ぞ知る道です。ここを走ると、ブナ林の間を抜け、清々しい気持ちになります。
 ところが、この道がここ数年、大変な状況になっていました。
 1枚目の写真の箇所など、今年7月1日の野々海祭りに向かった時、流れ下る雨水で道が深く抉(えぐ)られ、その深みに車輪がはまれば、軽トラでも腹がついて動けなくなるという状況になっていました。下2枚の写真は、スキー場頂上のリフト降り場に入る手前の地点の整備前の様子と整備後の様子の対比です。1つ目が整備前ですが、大きな石があり、道の真ん中には大きな穴とも言うべきへこみ。整備後は、2つ目に見られるとおり、真っ平らな道になり、まっすぐに走れるようになりました。とても有難いです。

 

● 活躍したのは直営班
 7月17日午後、野々海池の様子を見に行った帰り、平滝に下る道の途中で役場産業建設課に属す直営班の阿部徳太郎さん(小赤沢集落)に出会いました。
   「徳さん、いいところで会った。徳さんは最近、スキー場の中の

    村道、野々海に向かう道の状況、見ましたか?」
   「おお、見たよ。ひどいなあ。」
   「あれ、整備してもらえませんか。」
   「29日の週に入るよ。係長から話がきている。」
 役場の係長にも話を聞くと、青倉の区長さんから強い要望があり、直営班の手で整備することになったようです。
 その後、実際に7月29日の週から作業が始まりました。私は様々な事情でなかなか現場を見に行けなかったのですが、8月7日午後、野々海からスキー場へ下り、途中で作業中の直営班の人たちに出会いました。

 


 上写真は青倉の貝立水路のかけ口の近くで阿部徳太郎さんが整備作業中の様子です。徳太郎さんによると、「野々海に近いところは道路脇が国有林なのであまり周りをいじめることができないが、村有林のところに入ってからは木を伐ったりして道幅を大きく広げた」そうです。従来の2倍以上の幅が確保されているところもあります。
 下の写真はスキー場の中です。ここも大きな石があったり、水の流れで深く抉られたり、厄介なところでしたが、きれいに整備されています。

 


 写真中央に見えるのはタイヤドーザーで月岡淳さんがオペレーター。道を平たんに均(なら)しているところです。左手前にブルが見えますが、こちらは坪内大地さん(屋敷、地域おこし協力隊卒)がオペで、道に半分埋まっている大きな石を掘り起こしたりします。
 8月12日に野々海池の水位状況を見に行くとき、この道を上がりました。道を平坦に均す作業はもう完了しているようでした。道の脇には、道に入れる水止め板が随所に置かれていました。おそらくお盆後に設置作業が進められるのではないでしょうか。

 

● 直営班に注目を
 村民でも「直営班」という存在をあまりよく知らないという人がおられるかもしれません。
 村道の維持管理や冬の道路除雪で大活躍してくれています。私は村内を走っていて、その作業の様子をしばしば目にします。本当に凄い活躍です。たとえば、秋山林道。春の雪消え期、毎年のように雪に圧(お)されて法面が崩れ、道路を塞(ふさ)ぐ箇所があります。そういう箇所に直営班が出動してあっという間に土砂を撤去し、道を開けます。下写真はその一例で、切明温泉から林道方向に上がって行ったところで、今年3月18日撮影です。今冬も昨冬もこんな状況になりました。これを1日の作業で開けます。消雪の進み具合にしたがって作業は複数回繰り返されるようです。

 


 建設業者に発注すれば少なくとも数百万円はかかるであろう土木作業をわずかな経費でどんどんこなしていきます。しかも、腕・技量はじつにしっかりしたものです。
 この直営班が抱える問題がひとつあります。処遇問題です。何年にもわたって村民の暮らしを守る最重要の仕事を担ってくれているにもかかわらず、身分はずっと臨時職員。半年雇用の繰り返しで身分保証がなく、賃金や手当の面では正職員との間に大きな格差があります。
 直営班は、「小さくても輝く村」をめざした村政が生み出した栄村の誇るべき存在でありながら、その価値にふさわしい処遇を受けていないと言わざるをえません。これは是非とも改善しなければならないことです。今回の野々海〜スキー場間の道の整備が素晴らしいことであるだけに、直営班の処遇の改善を声を大にして訴えたいと思います。

 


小っちゃなお祭り

 お盆期間、多くの集落でお祭りがおこなわれましたね。
 森集落のお祭りは健森田神社のお祭り(今年は8月25日が宵宮祭り)がよく知られていますが、森集落中条地区ではもう一つのお祭りがあります。白山神社のお祭りです。
 毎年8月15日に例祭が執り行われます。

 


 中条地区は私を含めて6世帯。各世帯主6名と森の氏子総代さんが午後2時にお宮に集い、神主さんをお迎えします。上写真は例祭の始まりを告げる太鼓を神主さんが叩く場面。この太鼓の響きがとても素晴らしいです。
 間もなく神主さんの手で本殿の扉が開けられ、ご神体が垣間(かいま)見えます。

 


 白山神社は弘化4年(1847年)の善光寺地震で損壊し、安政2年(1856年)に再建されたことが社殿に掲げられた額から分かります。

 

 

 例祭の後、神主さんと一緒にお神酒をいただき、しばらく歓談しますが、このお祭りのある意味で最大の「ハイライト」はお宮の片づけをする16日午後にあります。午後3時にお宮に集合し、片付けを終えると、社殿で円座を組んで、お酒を酌み交わしながら、暗くなるまでおしゃべりをします。話題は日常の暮らしや農作業のことから、時には国政レベルにまで及ぶこともあります。互いに腹蔵なく思うことを口にし、盛り上がり、時が経つのを忘れたように歓談がずーっとが続きます。
 土石流災害への的確な対応(避難行動等)、小正月には道祖神祭りを行うなど、わずか6世帯の小さな集落でありながら大きな力を発揮する源は、このお祭りにあると思っています。

 


ジュース用トマトの収穫作業

  • -
  • 2018.08.28 Tuesday

 

 

 宮川農園の今年のトマトもぎの様子です。8月前半は赤く熟したものだけを茎からもぎます。赤く熟したものは茎の下の方に隠れているものが多いそうで、それをうまく引き出してとることが求められます。頼之さんが手本を見せて下さいましたが、ものすごい速さでした。
 撮影は8月8日ですが、この日は東京の渋谷教育学園ボランティア部のみなさんがお手伝い。猛烈な暑さの中、慣れない作業を一所懸命、やって下さっていました。

 

 

〈おことわり〉
 1か月近くの間を置いての発行となりました。7月下旬から猛暑の影響で体調が芳しくなく、7月20日すぎからお盆近くまで行動を自重していました。もう普通に動けるようになりましたが、それでも平素よりは抑え気味にしています。そのため、8月は今号のみの発行とさせていただきます。9月は4日から12日まで定例議会が入りますので、9月1日号、そして13日以降の1〜2回、計2〜3号の発行を予定しています。
 長く続けられるようにやっていきたいと思いますので、ご理解のほど、お願いいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄村復興への歩みNo.343
2018年8月17日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、
mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


ソバの花と鳥甲山

 

 26日、予想外に天気がよく、秋山の知人に電話して尋ねると、鳥甲山も晴れてきつつあるとのこと。
 相澤さんが育てているソバが開花し始めていると聞いていたので、大急ぎで上野原にむかった。

 

 鳥甲山の頂上は雲に隠れているものの、白沢はバッチリ見えて、期待したものに近い美しき眺めを写真に収めることができた。
この一帯、地元では「とっちゃ」と呼ぶ地籍だそうだ。数人に漢字を尋ねたが、不明。栃川の近くなので、「栃谷」と書くのではないかなどど勝手に推測してみたが、さて、どうか。

 

 

 

 


山では秋の気配を少ーし感じる

 

 今日8月12日、お昼前に野々海に行きました。目的は、水不足問題が深刻化している中で、水内(みのち)地区の田んぼに水を供給し続けている野々海池の水位状況を撮影記録すること。
 野々海池は平年と較べると水位が大きく下がっていますが、まだまだ大丈夫。
 そして、野々海では別の“収穫”もありました。
東窓(ひがしまど)(キャンプ場の横手に広い湿地)を訪れると、ナナカマドの葉が色づき、また、湿地の草は緑色が抜け始めていて、うっすらと草紅葉の始まりを感じ取りました。

 


 7日にもほんのわずかな時間、野々海を訪れ、濃い霧の中で半袖のシャツの腕に少しばかり肌寒さを感じました。その時と比較すると、今日は肌寒さを感じることはなかったのですが、結構歩き回ってもそんなに汗をかくことがありませんでした。
 野々海池は標高1,000m。やはり下界とは別世界ですね。

 


野々海の三叉路の池でも草の色づきを感じます。

 

 

 

 下界に下りてくると、数日ぶりに国道では31℃の気温表示。暑いです。ただ、昨夜は午後10時を過ぎると気温がぐっと下がり、窓をすべて閉めて就寝。7月末からそういう日が少なからずあります。関田山脈(標高1,000mの山々が連なる)の上では、季節の分岐点をこえているのだと思います。

 

 

野々海池の水位状況
 さて、野々海池の水位の状況です。
 7日に訪れた時は霧が広がり、斜樋の周辺しか見えませんでした。池全体の様子を見たのは7月22日が最後。
 軽トラを降りて、池への道を歩き始めてすぐに池の対岸の地面が大きく出ているのが目に入り、やはりいくらかの衝撃を受けました。その時の写真が次の写真です。

 

 

 

 あと3枚、紹介します。

 

 

 斜樋のところの様子です。斜樋を囲む鉄の網が錆びて赤茶色になっている部分が満水時あるいはそれに近い時は水に浸かっている部分。

 

 

 これは、斜樋と余水吐の間のコンクリート製の堤の部分。
 こういう姿を写真に撮った記憶は最近ではありません。

 

 

 こちらは斜樋の内部を撮ったもの。水路への水の取り込み栓が少し水に浸かっているのは14段目の栓です
野々海の水管理をされている月岡英男さんによると、「いったん17段目まで開けたが、10日〜11日の雨で水位が上がり、17段目は閉めなおした」とのこと。今日は14、15、16段目の栓が開放されて野々海水路に水が供給されているのだと思います。
なお、斜樋をめぐっては老朽化で網がボロボロ化し、水管理にも支障をきたしているという問題が今年生じています。この問題については機会を改めて詳しく紹介します。

 

 

<今日の記事の終わりに>
 ブログへの記事のアップは久々です。この前のアップが7月24日ですので、約20日ぶりということになります。こんなに長い間ブログ投稿なしというのは5年ぶりくらいのことです。
 事情を申しますと、あまりの暑さで体調の維持が非常に大変になり、動きを当面する最重要事のみに絞っていました。「これだけはやらねば」ということをめぐっては、この約20日間もかなり長距離の移動もしていたのですが、いつものように色んなところで写真を撮るという動きは極度に減っていました。意識的に減らしたというよりも、体がそのようには動かなかったというほうが正確なのではないかと思います。
 今日は、この何日かあまり暑くなかったこと、睡眠時間を長めにするなどの努力等でかなり動ける感じが回復してきて、午前8時頃から森農業改善組合のソバの種蒔きの撮影を始め、その後、スキー場から野々海にぬける道を通って野々海に行きました。この20日間ストップしていたカタクリ群生地での草刈り作業も再開できそうな感じがしています。
 今日以降も無理はしないように気をつけますが、徐々に活動量と内容を上げていきたいと思っています。

 

(了)


栄村復興への歩みNo.342

 

涼を求めて秋山郷へ
 「そうだ! 秋山郷に行って、涼しやかなところを廻ってみよう!」。
 20日朝、家で少し仕事をした後、そんな思いで秋山に向かいました。この一枚は午後3時すぎに撮ったもの。足を滑らせれば滝に落ちてしまうという場所だったので、ちょっと冷や汗をかきましたが、滝への往復はブナ林の中(下写真)をゆっくりと。時には「おっ!冷たいな」と感じる風も受けながら。
 上写真は雑魚川の三段の滝です。

 


 三段の滝での涼しげな写真撮りには続きがあります。
 色んな角度で撮りたいと思っていろんな地点を動いていると、滝の中にチラッと人の姿が見えたのです。次の写真です。

 


 渓流釣りの人ですね。
 「どこから下りたんだろう?」と思い、「この沢から入っていったんだろう」という地点を見つけましたが、それにしても滝の中の急な流れの中を通り抜けないと写真の地点には辿り着けないように思います。
 夏のアウトドア―スポーツあるいはレジャーにはいろんなものがあるんですね。
 「大滝(おおだる)」入口に駐車されていた車のナンバーから想像するに県内の人のようですが。

 

● 「秋山、いいわね!」
 酷暑が続く中の15日夜、村内のお店の前で知り合いの人にお会いしました。
   「松尾さん、今日、秋山に行ってきたわよ!」
   「へえ、どなたと?」
   「〇〇さん!」(ご主人のお名前)
   「秋山は『暑い』と言っても、暑さが下(しも)とは違う

    わね。空気が爽やかで、気持ちよかった!」
 14〜16日の三連休の中日、15日は切明の川原の温泉につながる吊り橋の上を行き交うたくさんの人の姿が見られました。

 


 この日は、村内の知り合いの方もお子さん二人を連れて、切明で川遊びをされたようです。フェイスブックに「初めて自分の子どもと川遊びをしました。滞在してみなければわからない良さがあることに改めて気づかされました。栄村の持つ資源の素晴らしさを改めて実感しました」、「本当に楽しかったぁ〜また秋山に行こうと思います」と書いておられます。
 川原の温泉で汗を流してさっぱりもできるし、子どもは川遊びができるし…。最高です!
 また、20人くらいのグループ、早朝4時半発で佐武流山に登山されたそうです。

 さらに、こんなところで鳥の鳴き声を楽しみながら、しばらく佇むというのもいいですよ。

 


 上野原(天池)と苗場山三合目を結ぶ林道の途中です。下草刈りがしっかりやられているので、林の中の見通しもよく、「バッタリ、クマと遭遇」という心配もあまりありません。暑さとは無縁な世界。ウグイスの谷渡りの鳴き声など最高です。
この林からちょっと上野原方面に下ったところでは写真のような涼しやかな水の流れとも出会えます。

 


 楽しいスポット、コース、いくらでも見つけられます!


野々海池の様子

 

 野々海池をよく知る人でも、あまりご覧になったことがない池の姿ではないでしょうか。
 今夏は野々海池の水がどんどん減り、22日朝、干上がった土の部分をつたって池の西端まで歩いて行ってきました。上の1枚は西端にかなり近い地点で東方向を撮影したもの。野々海池が東西に長い池であることがよくわかると思います。

 

 これが野々海池の西端です。滅多に見られるものではありません。
 昔は野々海池の周りをグルっと一周できる道があったそうですが、今は雑木がいっぱい生えて、とても歩けません。信越トレイル絡みで、その道を復活させようという話を数年前に聞いたことがありますが、その後、具体的な動きはないようです。
 野々海の豊かな自然を存分に味わえるようにするためにも、野々海池周回路づくりに挑戦してみたいなあと思うのですが…。
 下写真は池の西端近くで撮ったもので、ノリウツギだと思います。

 

 

● 斜樋の囲いが壊れています。今秋に修繕が必要

 

 

 上の写真は野々海池の斜樋(しゃひ)(野々海水路への水の取り込み口)の様子を写したものですが、斜樋を囲む網がなくなっています。下の写真は、水番の月岡英男さんがボロボロになって水中に落ちた網の屑が水路に入り込まないようにすくい上げているところ。

 

 

 水の取り入れが終わる9月上旬以降に全面修復をする必要があります。作業には水利組合員が出るとして、資材費などの面では村の支援が必要だと思います。


「小さな町や村でも安心して暮らしつづけられる地域づくり」――栄村こそがモデルを発信できるようにしたい!

 19日に告示された県知事選挙。その第一声が栄村(森宮野原駅前)で発せられました。
 この事実に大きな衝撃を受けたのは私だけではないと思います。多くの村民が駆けつけておられましたが、「ニュースで初めて知った」という人たちも一様に驚いておられます。

 


 私は7年前の震災直後から阿部守一知事とはいろいろお話をさせていただいてきていますが、その私も「栄村は知事としての歩みの原点」という言葉には改めて強い衝撃と感銘を受けました。
 この記事のタイトルに阿部さんの演説の一節を引用しましたが、「小さな町や村でも安心して暮らしつづけられる地域づくり」――これこそ地方自治が目指すべきものです。

 

● 「村の人たちから色々学ばせていただいた」
 「小さな町や村でも…」ということ、抽象論・一般論として言うのは簡単だと思います。でも、彼は19日の演説でこんな具体的なことを話しました。
   「地震の直後、栄村を訪れ、村の人たちから『村の暮らしは

    集落があってのもの』ということをお聞きし、復興公営住

    宅は希望者が暮らしてきた集落の中につくるようにさせて

    いただいた。」
 この経緯は私も鮮明に記憶しています。
 最近の西日本豪雨災害をめぐって「住み慣れた土地を離れざるをえなくなった」というニュースをしばしば耳にしますが、行政のトップが地域に暮らす人たちにどれだけ寄り添う視点を持てるかが災害復興において非常に重要なのだと強く感じます。

 

スキー場頂上から見る小滝集落と復興公営住宅

「集落に復興公営住宅を」という話のきっかけになったのは小滝の高齢者被災世帯に住

宅を保障する話でした。写真中央に見える白壁と落下式屋根の建物が復興公営住宅。

 

● 栄村が果たすべき責務
 そういう意味で、栄村は7年前の震災においてとても恵まれた環境にあったといえます。
 だからこそ、栄村が果たさなければならない責務というものがあると私は思っています。
 阿部さんは当時、「栄村の震災復興を中山間地域再生のモデルにしたい」と言っていました。上述の集落ごとの復興公営住宅もそういう思いがあればこそのものです。
 さて、あと3年で震災10周年となりますが、栄村は果たして「中山間地域再生のモデル」と誇り得るような村づくりをこの7年間、進めて来られたと誇りをもって言えるでしょうか?
残念ながら、そうは言えない現状だと言わざるをえません。
 「小さな町、村」の中のさらに小さな集落。暮らしが成り立たなくなりつつあるものも出てきています。交通アクセス、水路の維持管理、里山の荒廃と有害獣問題の深刻化、…。課題はいっぱいあります。いきなり格好いい解決策というのではなく、まずは課題をじっくり観察し、地域の人たちの声に耳を傾け、5年後、10年後をみすえた施策を考えなければならないと思います。

 

● 観光施設の経営問題に村民の英知を総結集しよう!
 いま、栄村で大きな問題になっている観光施設の管理運営−経営の問題。これは、単に観光(業)をめぐる問題というのではなく、「小さな村でも安心して暮らしつづけられる地域づくり」の試金石だと思います。
 4つの温泉宿泊施設をめぐって、「秋山の2つは観光客用、下の2つは住民福利用で、秋山の施設と下の施設は別経営にする方がよい」という考えがあるそうです。
 そういう2種への切り分け、本当に正しいのでしょうか。私はそうは思いません。〈住民福利〉と言うと、村の人たちの共通入浴券での入浴が多い「下の2つ」(トマトと北野)を想起する人が多いかもしれませんが、秋山の2施設だって、秋山で暮らす人たちにとっては重要な福利施設です。高齢の一人暮らしの人が増えている中で、雪に閉ざされる長い冬、温泉施設の車が秋山の集落を巡り、村の人たちが温泉に浸かり、お茶のみする機会と場を提供することも重要ではないでしょうか。また、秋山の集落を温泉施設の車が巡るというのは、集落間を往き来する路線バスがない秋山における新たな交通アクセスの開拓にもなりますし、いわゆる〈見守り活動〉の充実にもつながるでしょう。
 しかも、そういうことをやることの効果は住民福利だけにとどまるものではありません。冬の雄川閣やのよさの里を訪ねたら、村のばあちゃんやじいちゃんと一緒にお茶のみが楽しめる。これは《冬の秋山観光》の大きな売りになること、間違いないです。それがさらに進めば、 「小一時間程度だったらお茶のみに寄ってもらってもいいよ」という人も出てくるでしょう。そうすれば、冬の秋山郷を訪れる人たちが秋山の集落を巡り、豪雪地の冬の暮らしというものを垣間見ることができます。これまた、《冬の秋山観光》の大きな売りになります。

 

雪に埋もれる秋山の民家と屋根の雪下ろし

秋山郷の雪は都会人の想像を超えるもの。手間がかかる企画ではなく、

雪下ろしの様子を見る、お茶のみするという企画が人を呼びます。


 観光は観光、福祉は福祉、とバラバラに考えるのではなく、「小さな村でも安心して暮らしつづけられる地域づくり」という太い一本の線を貫いて考えることが大事でしょう。
 今回は秋山の2施設のことを主に考えましたが、同様のことは「下」の地域でも言えます。栄村の5年後、10年後を左右する問題として観光施設の経営問題を村民一人ひとりの英知を総結集して考えていきましょう。


……………………………………………………………………………………………
栄村復興への歩みNo.342 2018年7月22日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、mail;aokura@sakaemura.net


知事選の第一声が栄村・森宮野原駅前〜歴史的な出来事!〜

  • -
  • 2018.07.19 Thursday


 今日19日、長野県知事選挙が告示されましたが、阿部守一候補が第一声の場所として選んだのが、なんと栄村!
 平成18豪雪の時に当時の田中知事が訪れるまで、「冬は知事が北信に来ても栄村の手前でUターンしていく」と言われていた豪雪の地・栄村。その栄村で知事選の第一声の地に選ばれるなんで、栄村始まって以来の歴史的な出来事、大事件ですね。
 上の一枚は、「積雪7m85cm」の記念標柱のすぐそばでの第一声の様子です。

 

 第一声は午前10時半から。
 9時すぎには会場にやって来ていた選挙カーのスタッフは、候補と共に到着した腕章を身につけて選挙活動スタート。

 

 

 

 候補の到着は10時26分。乗用車から降りて駅前まで走って登場。

 

 

 

 

 

 

 

 阿部氏が第一声の地として栄村を選んだのは、「知事就任1年目に栄村の大震災があり、何度となく栄村を訪れ、村の人たちの声を聴き、それを県政の原点に据えてきた」ことからということでした。
演説の中で、「県庁を訪れる人の話を聞くだけでは不十分。小さな村や町の人の声に直接耳を傾けなければならない」と話しておられました。こういう思いこそ地方自治の原点だと思いますね。

 

 

 

 連日、「危険な暑さ」が続く中での選挙。照り返しがきつい助手席に乗り込んでの遊説は大変だと思います。

 

 現在のところ、立候補者は2名。

 

 

 

 選挙戦は酷暑の中で16日間続きます。候補者の健康第一を祈ります。

 


栄村復興への歩みNo.341(7月11日付)

 

 秋山林道、ミズノサワの残雪の雪洞の内部を撮ったものです。日時は7月9日正午前。
 雪洞の前に立つと、まるで天然クーラー。午後2時頃、秋山から下におりてくると、まるで蒸し風呂のような暑さでしたが、ミズノサワや秋山郷の林の中は涼しくて別世界でした。
 ミズノサワの残雪は平年よりも圧倒的に少なく、今年は7月中旬にも消えるかもしれません。下写真がミズノサワの全景で、奥に見えているのは鳥甲山のムジナ平登山口から白瑤瞭に向かう途中の尾根です。

 


 「ミズノサワに行ってきたよ」と私が言うと、「それ、何処?」と言われる村民も多いですね。この季節に雪が見られて、ひんやりした空気を満喫できるなんて、栄村が自慢できる最高のスポットの1つだと思います。秋は紅葉の絶景ポイントです。
 村民のみなさんも是非、お出かけください。