プロフィール

profile
栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

カテゴリー

categories

サイト内検索

Search

カレンダー

calender
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

最近の記事

selected entries

最近のトラックバック

recent trackback

月別アーカイブ

archives

栄村関連リンク

links

携帯用QRコード

mobile
qrcode

ブックマーク & RSS

Bookmark&RSS

200tのクレーン車



 クレーン車のアームの根元近くに「220t吊」と書かれています。「220t吊」のクレーン車とは、いったいどんなものなのか。次の1枚をご覧あれ。



 16日(土)に平滝の橋建設現場に入りました。
 車軸は5本。巨大重機が好きな人には一見の価値があります。

 これだけでも驚きですが、明後日19日(火)には400t吊のクレーン車が入ります。
 すでに出来上がっている橋脚間に橋桁を架ける作業が始まるのです。
 向こう岸、箕作側に青色の土台が組み立てられつつあります。



 ここから橋桁を平滝側に送り出していくそうです。そうそう頻繁に見られるものではないようです。
 19日、私は朝から多忙ですが、この現場の様子も観察したいと思っています。
 

中条川導流堤工事と、百合居橋下の護岸工事

 3月下旬から中条川の白山神社付近での導流堤工事が本格的に始まりました。



 上写真は3月31日朝に撮影したもの。「トマトの国」に向かう村道の途中、カーブの地点です。
 白山神社手前の木が伐採され、村道からお宮が見えるように風景が変わりました。ボディーに「CAT」と書かれた施工業者フクザワコーポレーションの重機が見えますが、地面が見えている部分が掘られ、ここに導流堤が築かれます。
 この工事は、2013年9月の台風18号時の土石流が中条地区の田んぼに流れ込んだ事態をうけて、地元住民が要望したもの。要望当初は県の中条川土石流対策では予定されていないものでしたが、2014年秋になって県が地元の要望を受け入れたものです。

百合居橋下での護岸工事
 村内告知放送では県道の通行規制のことだけが伝えられ、工事の内容がよくわかりません。私はほぼ毎日にように工事の様子を撮影し、建設業界の方にお話をお聞きして、工事の内容がようやく理解できるようになりました。写真を3枚、ご覧ください。


工事の全体像(3月26日、対岸から撮影)


百合居橋の上から護岸を撮影(3月26日)

翌27日の同じ箇所の様子


 私は、右上写真に見える、頭に 丸いものが付いているものが何なのかわからず、「針のようなもの」と表現して、工事内容の解説を求めたのですが、こんな回答が返ってきました。

   「この工事は、既設の石積み護岸の上に、コンクリートで張(はり)コン
    クリートをおこなっているものと思われます。
    松尾さんが驚かれた針のようなものはセパといいます。セパを均等に
    配置し、そこから反力(はんりょく)を取ることで、コンクリートの形
    状を作る為の型枠がコンクリートを流し込んでも動かないようにする
    ものです。
     セパは通常2.5mm程度の太さがありますが、写真のアングルからす
    ると、たしかに針のように見えて、とても新鮮なご意見で笑ってしま
    いました。
     おそらくこのセパは、既設の石積みに削孔(さくこう)して、そこに
    差し込んでいます。そのため、確実に固定されているか確認できない
    ので、通常よりたくさん設置することで、型枠が動いてしまう力を分
    散させています。」

 たしかに石積みに穴をあけている(削孔)作業の様子も現認しました。
 また、工事が始まった頃、県北信建設事務所に問い合わせた時にお聞きした「張コンクリート」という用語の意味もよくわかりました。
 このあたりは、護岸に水の強い流れが当たり、護岸の補強が必要になるのですね。
 3月初め頃に「千曲川の監視員」のようなものの募集がネット上で行われていましたが、地元の住民が川や護岸の様子に目を配り、川を管理する県が的確な対策をとれるようにすることが大事なのだと思います。

 この2つの工事の他に、箕作〜平滝間の橋を架ける工事、平滝〜明石間の橋の橋台のうち、平滝側の工事、村道の土合橋(北野天満温泉手前の橋)の新しい橋への架け替えに伴う新しい道路の建設工事、中条川上流の2号崩壊地近くでの谷止工建設の準備作業(除雪)、国道405の小赤沢〜上の原間の拡幅工事(測量や木の伐採)などが始まっています。
種々の工事の様子、随時、お知らせしていきます。

橋や護岸の工事の様子



 3月17日に撮影した白鳥大橋の様子です(撮影は明石地区から)。
 建設から30年近く経った橋の長寿命化工事ですが、橋脚内の鉄筋の調査から、足場組みに進んでいます。3月一杯で足場を組み終え、4月に入ると補修工事が始まります。足場へは橋の上からおりるそうです。



 上写真は箕作〜明石間のバイパス道路建設の一環、明石(あかいし)での橋台建設作業の様子です。杭頭(くいとう)処理という作業です。
 ここには昨秋、地中に9本の杭が打ち込まれました。そして、2月下旬から除雪が行われ、地中の杭の頭部分が掘り出されました。生コンが打設されて杭ができていますが、杭の頭の部分には不純物が残るため、頭の1m強を取り除くそうです。それが杭頭処理です。

 下写真は千曲川百合居橋付近の護岸工事の様子。19日撮影です。



 工事はもうだいぶ進んだようです。工事が始められた当初の2月中旬、増水で大変でしたが、今年の少雪で3月はほとんど増水もなく、順調に進んでいるようです。



 

短信

 前号で紹介した百合居橋付近での護岸工事。川の流れで削られた護岸の修復の様子を撮ることができました。ご紹介します。3月8日の撮影です。



 写真中央に護岸の下部に新たにコンクリを補強した部分、地面にコンクリを入れたところが見えます。小規模で地味な作業ですが、大事なものですね。
 

白鳥大橋と百合居橋付近で行われている工事の紹介

 2月25日から白鳥大橋で片側通行規制が行われています。
 白鳥大橋の補修工事が行われているためです。今回の補修工事は震災等の災害復旧ではなく、いわゆる「インフラ(道路、橋など)の長寿命化工事」です。最近、メディアでもよく報道されていますが、高度経済成長時代以降に造られた道路や橋でコンクリートのひび割れなどの経年(けいねん)劣化(れっか)が生じてきています。そこで、新しい道路や橋を造るのではなく、現存の道路や橋を補修して、もっと長く使えるようにするための工事です。下写真は白鳥大橋の下で、特殊な装置を使って、橋脚のコンクリの中の鉄筋の状態を調べている様子です。



 他方、百合居橋近くの千曲川左岸では護岸の補修工事が行われています。作業用のバックホウは対岸から千曲川を渡って現場に入っています。また、工事資材は百合居橋近くの県道からクレーンで降ろされています。



 いずれも私たちの暮らしにとって大事な工事。ご注目ください。

<お知らせ>
次号発行は3月11日付となります。
 

工事の本当の完了

 No.274(1月10日付)で「年末に完成した土木工事」の1つとして、千曲川に架かる新しい橋の橋脚工事を紹介しました。
 その中で「工事用に川の中に盛った土・石の撤去作業は新年に入ってからも少し続くようです」と書いたのですが、1〜2月、その後を追跡し、その撤去作業が大変なものであることを知りました。



 上は1月29日に撮影したもの。橋脚建設のために川の中に設けられていた作業ヤードはすでに姿がなく、工事用道路の撤去作業が進められているところです。
 この日も雪が降っていましたが、その中で土砂を取り除き、ダンプで土砂仮置き場に運ぶ作業が黙々と続けられていました。
 この撤去作業が完了したのは2月4日。橋脚の完成から1ヶ月以上にわたって、じつに地味な、根気のいる作業が続けられたのです。

 さらに、もう1枚。下の写真ですが、2月10日の午前10時頃。橋脚建設現場事務所のためのコンテナハウスの撤去・回収作業。激しい雪の真っ只中です。



 作業しておられるのは群馬県前橋市の業者さん。午前2時半出発で来られたそうです。震災直後の青倉仮設公民館のことを思い出しました。
 これをもって1つの工事が本当に完了したわけです。新たな勉強でした。今度はなにかの工事をめぐって、準備過程から追いかけてみたいと思っています。

 

一つの工事の完了を見届ける



 今日2月5日の正午頃、泉平集落での配達を終えて坂を下ってきた時、坂の下に見える千曲川を撮影したもの。
 写真左手に橋脚が1基見え、対岸には雪を載せた橋台がある。写真上方に朱色の重機が見えるが、川そのものには重機も人影も存在しない。ほぼ同じ地点を6日前の1月30日に撮影したもの(下の写真)を見ると、対岸の川のそばで黄色と朱色の重機が作業をしている。よく見ると、右端にダンプカーも1台写っている。



 千曲川の中に立つ新しい橋脚が昨年末に完成し、年末から正月をはさんで昨4日までの1ヶ月強をかけて、橋脚建設のための作業ヤードと工事用仮設道路の撤去作業が行われてきたのである。
 
  
 私たちは毎日、道路や橋を当たり前のように走る。「そこにあって当然」という感覚で。
 その道路や橋がどんなに大変な作業によって出来たのかに思いを馳せる人はほとんどいないであろう。また、メディアも道路や橋の完成した姿や開通式は華々しく報道するが、工事のプロセスが報道されることはほとんどない。ましてや、橋の場合でいえば、橋脚そのものの工事などにはまだ目が向けられることが偶にあるかもしれないが、作業ヤードや工事用仮設道路の設置過程や撤去過程などまったく見向きもされないと言って間違いでないだろう。
 ご縁があって、私はいろいろと見せていただいてきたので、その感謝の気持ちも込めて、日頃はスポットの当たらない部分を少し紹介したい。
 



 2月4日午前、橋脚建設現場があった所へ下る坂道に塩川組の佐藤さんがロープを張る準備をされているところ。
 作業ヤードおよび工事用仮設道路の撤去作業がすべて終了した。この坂を下って行くと、写真に重機が見える地点で道は終わり。勢いよく下って行ってしまうと、千曲川に突っ込んでしまう。もう立入禁止になるのだ。
 
 上の写真を撮る7〜8分前、坂の上で出会った佐藤さんと、「いま、重機は動いています?」、「いえ」、「じゃあ、見に行っていいですか」、「どうぞ」というやりとりがあって、下って行った時に撮ったのが下の写真。後ろ姿の人はやはり塩川組の高橋さん。
 進入防止のためのかなり重いコンクリートブロックを設置されているところだった。


 
 写真左手には石積みの水路が見えるが、つい数日前まで、このような水路は見えなかった。この上に鉄板が敷かれ、その上に砂利や土が載せられ、ダンプや重機が通れる工事用道路があったのである。
 私は思い出した。もう9年ほど前だっただろう。栄村を調査で訪れた学生たちとフランセーズ悠さかえを見学した際、その周辺を散策し、ものすごい雑草や雑木の中に分け入って、この水路を見たことがあるのだ。
 写真左手に更地が見えるが、ここは工事用道路のために杉の木を伐り倒した所で、今春、雪が消えた後、塩川組さんが新しい杉の木を移植して原状回復の措置をされると聞いている。
 橋は今春5月頃、別の所で製作されている橋(鉄製)が運び込まれ、架けられる。かなり華々しい作業になると思われるが、その陰でそういう原状回復のための地味な作業がひっそりと行われるのである。
 
 私は許可をいただいて、前頁下写真の撮影地点よりも先に入らせていただいた。
 そして、私がこの数ヶ月の間、何度も立ち、橋脚建設の様子を撮影してきた地点で、この1枚を撮った。
 
  
 もう千曲川の流れと橋脚が見えるだけ。川原は普通のもので、初めて来た人はここに道路や作業ヤードがつい最近まであったことなど、思いも及ばないであろう。
 同じ4日、この地点に入る前に現場事務所近くから撮った1枚を示しておこう。
 
 
 千曲川が百合居橋のある地点にむかって間もなく南へ蛇行する地点で、最高の景色である。



2015年10月に遡る



 
 これは昨2015年10月5日に撮影したもの。
 対岸にほぼ完成した橋脚が1基あり(サンタキザワさんの施工)、千曲川の中にコンクリートの台状のものが見える。これは2015年末に完成することになるもう1基の橋脚の第1期工事で造られた橋脚の下の部分。昨年3月までに造られ、対岸側橋脚建設のためにいったん工事が中断しているもの。
 「10月に入ったら工事を再開する」と聞いていたので、10月5日に平滝集落での配達の途中に工事現場を訪れ、撮影したもの。
 手前に重機が2台見えるが、橋脚建設のための作業ヤード造りをしているのだろう。
 昨年の写真データを整理すると、10月5日の後にこの現場を訪ねたのはどうも10月13日らしい。その時の写真が次のもの。
 
 
 作業ヤードが半分くらい出来ている。
 この時期、川の水量はさほど多くはないが、川の中にどのようにしてヤードを造るのだろうか。じつに不思議である。今日、現場代理人の平澤里枝さんに質問をぶつけたところ、「対岸からやったんですよ」とのことで具体的に説明していただいたが、私にはまだその説明を再現する能力がない。当時撮影された写真を後日、見せて下さるとのことなので、再度の教えを受けたうえで、別レポートしたいと思う。
 
 10月13日の次の写真撮影は半月もの空白を挟んだ10月30日。私はもっと頻繁に訪れていたように思っていたが、意外と行っていない。昨日、昨年10月の写真データをザーッと見てみたが、月の半分くらいを秋山と野々海で過ごしている。秋の紅葉観光用の写真を蓄積するための撮影行で、それはそれで大事なことなのだが、橋脚建設現場の写真が少ないことに少々愕然とした。まあ、それはともかく10月30日のものを何枚か示そう。



 「作業ヤードが出来上がっている」なんてものではない。もう橋脚がどんどん高くなっている。

 許可をいただいて、作業ヤードの中に立ち入らせてもらった。



 平滝側の川岸から見たら橋脚の裏側の作業通路である。
 この作業通路は、現場代理人の平澤さんのある思いが込められているもの。
 その「思い」を知るために、2014年秋〜2015年3月の1期工事の時に、私が対岸(箕作側)から撮った写真を1枚、示そう。全体像とともに、ある部分に注目して見ていただくために写真のサイズを大きくした。
 
  
 写真右手に橋脚建設の足場のパイプが少し見える。
 注目していただきたいのは、「29」から「39」というナンバーが記された大型土嚢の上の雪の山にヘルメットを被った人が一人見えること。
 スコップで雪を掻き、川に落としている。ひとつ間違えば、冷たい川に転落しかねない危険がいっぱいの作業である。
 じつは雪の山の向こう側は千曲川の川底を掘って、橋脚建設作業をしているところ。何人もの人がそこにいる。そこに雪が落ちては危険なので、川側への雪落としをしているのだ。
 この橋脚建設をめぐっては、建設前の設計と現場の実際とではいろんな面でかなりの違いがあり、困難と苦労が多かったようである。そして、作業ヤードに余裕がなく、上写真のような危険な作業もせざるをえなかったようだ。
 それで、現場代理人は2015年10月からの2期工事に際して作業ヤードのスペースを充分に確保できるようにし、作業通路も前頁写真のように広いものとなったのである。今冬は雪が少なく、除雪作業の必要もほとんどなしに済んだようだが、工事現場の実際というのは非常にシビアなものであることがおわかりいただけるかと思う。
 
 10月30日のものをもう1枚示す。
 
 
  
 足場の中を見ると、下の方はすでに生コンが打ち込まれ、どうやら養生も済んだように見える。上の部分は鉄筋が組まれ、生コンの打ち込みを待っているようだ。完成の高さに近づいている。
 
 
 10月30日の次は11月6日。
 
  
 10月30日には見られなかったブルーシートが見える。
 10月30日以降に新たに生コンが打ち込まれ、養生中の箇所であろう。
 さらにその上があるようで、鉄筋を組む作業担当者らしき二人の姿が写っている。
 
  
 さらに11月15日。



 11月6日に見えたブルーシートはもう見られない。作業箇所はさらに上へ伸びているようだ。
 この写真で私が注目したもう1つのことは、対岸・箕作側の橋脚の手前にあった矢板がなくなっていること。このレポートには掲載していないものだが、6日撮影の写真にはまだ矢板が見える。6日から15日の間に撤去されたわけだ。対岸には重機と作業員の姿が見える。対岸側の橋脚の作業ヤードの最終的な撤去が進められているのだろうと思う。

 
 11月15日の次は12月7日に飛ぶ。
 

 
 白いシートがめぐらされているところよりもさらに高いところにパイプ状のものが見えるが、これが生コンを打ち込むものだ。
 いよいよ橋脚のいちばん上に生コンが入れられているのだろう。橋脚建設工事も終盤である。現場代理人は「年末までに終わる」と言っておられたことを記憶している。
 
2015年末から今年1月にかけて
 なぜか、この後、12月26日まで写真がない。26日のものを見ると、
 
  
 橋脚は完成し、足場も撤去されて、その全貌が見える。
 重機が2台見えるが、行われているのは作業ヤードの撤去作業だ。
 別の角度から撮影したものを見ると、その作業の大変さがよくわかる。
 
  
 作業ヤードになっていた大きな石や土砂を取り除き、川に戻すのだから、ひとつ間違えば重機が川に落ちるという際どい作業だ。
 年が明けて1月に入ると、もっと際どい作業の写真を撮っている。
 
 
  
 上は1月12日撮影のもの。
 橋脚をよく見ると、下の方が薄い茶色になっている。この部分は2014年秋〜2015年3月に造られた部分で、今回の2期工事では作業ヤードの土に埋まっていたのだろうと思う。
 
 
 下は1月20日撮影。



 もう作業ヤードはほぼ完全に姿を消している。
 写真右手にダンプが見えるが、坂をバックで下って来て、除去された土砂を受け取り、近くの土砂仮置き場へ運ぶ。
 
  
 そして、1月29日。



 重機は20日の写真でダンプが停まっていたところよりも上にある。重機より下にあった工事用道路はすでに姿を消しているのだ。
 この後は、このレポート掲載2枚目の1月30日撮影の写真となる。
 
 
 以上で、このレポートの写真は終わり。
 私は震災以降、さまざまな復旧工事、復興工事の現場を見てきたが、今日のレポートで示したものと比較すると、工事のいわば「スポットライトが当たる場面」しか見ていなくて、その前後のプロセスをあまり見てこなかったという気がする。
 作業ヤードを造る工事は「瀬追い工」と言うらしいが、それはまだ見たことがない。言葉で説明されても、想像力が働かない。記録写真を見せていただけるとのことなので、それを見れば、少しはその大変さがわかるかなと思う。
 私自身が撮影した記録が残っている今回の作業ヤード及び工事用道路の撤去作業は改めて振り返ってみて、本当に凄い作業だと思う。1ヶ月以上にわたって、連日、ひたすら重機を操作し、土砂を撤去する。私は時たま訪れた写真を撮るだけだが、作業している人にはものすごい根気が求められる。単調な作業の繰り返しに見えるが、ちょっとでも緊張感が緩めば、とんでもない事故になりかねない危険な作業である。
 
 
 
 3枚目、4枚目の写真で紹介した佐藤さん、まだ20歳だそうである。現場事務所でも出会ったことがあるが、とても20歳には見えない、しっかりした顔をされている。こういう若者によって、私たちの暮らしが支えられているのである。
 
 ところで、数日前、現場代理人の平澤さんから、「講演を頼まれているのですが、その講演で松尾さんの記事を紹介していいですか」と尋ねられた。「否」であろうはずがない。即座に応諾するとともに、講演の趣旨をお尋ねした。「この業界、若い人が2〜3年で辞めることが多いのです。地味な仕事で、世間に紹介されることも少ない。もっと光が当たるようにしたいのです。工事の様子を紹介してくれる松尾さんの新聞がとても嬉しかったので、それを紹介したいのです」。
 私の方こそ、とても嬉しい。
 復旧工事の様子などを撮影し、「栄村復興への歩み」で紹介することに対して、概して現場の人たちは快く了解して下さる。2011年の秋、初めて工事現場の人に撮影許可を求めた時、撮影の趣旨を説明すると、「それはいいことだね」と言って、現場の様子がよくわかる撮影ポイントを教えて下さった。東部地区を走る県道の当部集落付近の、北野川に面した崖面が崩壊した箇所の復旧工事であった。
 しかし、役所関係者からは、私が工事現場に近づくことを嫌われることがかなりある。露骨に嫌味を言われることもある。
 しかし、役所の中にも理解を示して下さる方はおられる。
 私は、震災復旧工事を見て廻る中で、土木工事というものに対する見方・考え方がガラッと変わった。20世紀末から21世紀初頭にかけて盛んだった「無駄な公共工事」論という視点でしか見ていなかったように思う。
 もちろん、現在でも「無駄な公共工事」は多々あるが、そのことと土木工事の重要性とは区別して議論しなければならない。土木工事は私たちの暮らしの土台をなすものである。日本史を古代に遡るとき、私たちがよく知る最も古い土木工事は登呂遺跡に見られるものなのではないだろうか。水田には水が欠かせない。水をひく水路をつくる土木工事がなければ稲作もなかったのである。
 2年ほど前に岩波新書で「村の歴史」について読んだが、中世から近世への変遷の過程で、水害の防止・水田の水利の確保のために、誰が土木工事を担うのかが大きな意味を有していたようだ。
 そういうことにも思いを馳せながら、土木工事というものに着目し、もっと踏み込んだ取材とレポートを進めていきたいと思っている。
 
 (了)
 

年末に完成した土木工事の紹介

 昨年も災害復旧や復興に係る土木工事がいろいろと行われましたが、年末に完成したものを紹介します。
 平滝では、平滝と箕作を結ぶ新橋の2つ目の橋脚が完成しました。工事用に川の中に盛った土・石の撤去作業は新年に入ってからも少し続くようですが、橋脚は完成です。5月には橋を架ける工事が行われるそうです。


完成した平滝の橋脚
逆光の写真ですが、工事の様子がわかるように、この写真を紹介します。

 中条川関連は大きく分けて3つ。1号崩壊地と「トマトの国」の間のNo.2谷止工の副堤、旧森林組合事務所そばで行われていた導流堤の嵩上げ(下写真)、下流での護岸工事2件。


中条川の導流堤(旧森林組合事務所そば)
        
 白鳥では、白鳥川と東川の2ヶ所での砂防工事が完成。
 このうち、あまり知られていない白鳥の砂防工事と、中条川下流での東京電力による工事の2つについて詳しく紹介します。

白鳥の砂防工事
 国道117号線を飯山方面から走ってくると、白鳥集落の滝沢商店を越えてすぐに左へ上る坂道があります。その先にはJR飯山線の鍛冶屋敷踏切がありますが、それを渡ってどんどん進んで行くと、突然、巨大なコンクリート構築物が姿を現わします(下写真)。



 工事施工業者が地元向けに発行した「工事だより」掲載の地図を転載して、位置を示します。


 
 上の写真の現場は地図で「H26砂防工事(堰堤右岸側)中野土建蝓廚函H27砂防工事(堰堤左岸側)蠎蘆商会」と記されているところです。
 川は上流から見て右側を右岸と呼ぶので、写真の左側が右岸ということになります。
 右岸側、左岸側、それぞれの様子を下の写真でご覧ください。





 もう1ヶ所、地図で「H26砂防工事螢侫ザワコーポレーション」と記されているところの様子は下のとおりです。



 ここは「東川」という川が流れていますが、平素の水の流れはほんのわずかなものです。白鳥川も平素はそんなに大きな流れではありません。
 しかし、これが大雨になると土砂災害を引き起こします。今回の工事は平成17(2005)年8月の豪雨による土石流の発生、護岸の損壊をうけて、翌年度から調査・事業化が図られていたものです。
 土砂災害を防止するために必要な工事なのですが、さらに、より根本的には山の保水(貯水)能力をどのように回復・維持していくのかという課題があるように思います。

東電の中条川護岸工事
 中条川で実施されている土石流災害の復旧工事等は県林務課、県北信建設事務所が行なっていますが、1ヶ所だけ東京電力が災害復旧の護岸工事を昨秋行ないました(下写真)。「なぜ、東電が?」 不思議です。



 じつは、この場所で東京電力は中条川の水を発電用に取水しているのです。そのため、この部分の護岸復旧工事を東電が行なったのです。
 話は1930年代および戦後初期に遡(さかのぼ)ります。
 1930年代に千曲川の西大滝ダムが造られましたが、西大滝ダムで取水された水は栄村村内に掘られた隧道を通って津南町三箇(さんが)の東電信濃川発電所に送られています。その隧道が青倉集落にも通っていて、ちょうど今回の工事現場のところで中条川の下の地中を通っているのです。そして、東京電力は「少しでも多くの水を得たい」ということで、青倉集落が中条川から取水している用水の余り水をこの地点まで引いてきて、隧道に取り込むようにしたのです。その時の名残(なご)りが右上の工事現場写真の右手に見える「水路」跡です。
 その水の量は限られていたため、いまから30年ほど前に東電はこの地点で中条川から直接取水して隧道に取り込むように変更しました。
 いまでは青倉集落在住者でもこのことを知る人は少なくなっているようです。
 災害に備えるためには、こうした村の歴史や川の水の利用のされ方をよく知っておくことが大事だと思います。

 

積雪期を前に、土木建設工事が次々完工へ

 11月も中旬を迎え、本格的な積雪期が間近に迫ってきている中、村内各所での土木建設工事が次々と完工しつつあります。私が視認しているものを挙げますと、
   * 貝廻坂の拡幅工事本年度分の完工(下写真)



   * 土合橋(村道天代坪野線)に替わる新しい橋の橋台2基
    の完工
   * 国道17号線バイパスの役割を果たす県道箕作明石線の箕作
    〜平滝間を結ぶ橋の橋脚(1基が完工、もう1基が年内完工
    へ急ピッチでの工事中)
   * 秋山の国道405号線小赤沢〜屋敷間の拡幅工事の一定区間の
    完工と残り区間での急ピッチな工事
   * 秋山・村道切明線の法面工事の終了
   * 秋山・村道切明線の拡幅工事が完工間近
などです。
 貝廻坂については、「通行止解除」の村内放送でご存じのことと思いますが、それ以外は現場近くの住民の方しかご存じないかもしれません。紙面の都合で写真がいささか小さくなりますが、上記の工事の様子を少なくとも1枚ずつ紹介します。

 下1枚目は土合橋に替わる新橋の橋台2基。2枚目は箕作〜平滝間の橋の橋脚。





 土合橋の新橋の写真は全体像を示す構図で撮っているため、橋台2基は写真右下にやや重なって見えます。左下にトラックの陰になっていますが、現在の橋(赤色)が少し見えます。
 箕作〜平滝間の橋の橋脚は箕作側のものが完成(現在は橋脚足元の埋め戻し・整備が行われています)、平滝側は予定の高さまで足場が組まれ、その中を見ると半分くらいの高さまで生コンの打ち込みが終わっているようです。(なお、ここに架かる橋の本体は現在、橋梁造り専門企業の手で造られつつあり、来年度に運び込まれ、設置されるものと思われます。)


写真イ


写真ロ


写真ハ


写真ニ


写真ホ

 写真イは小赤沢〜屋敷間の拡幅が完了した区間(法面関係の工事が少し残っているようですが)。写真ロは同じく小赤沢〜屋敷間の拡幅ですが、ガソリンスタンドを越えて屋敷集落への入り口に近い区間。この地点を屋敷集落から見たものが写真ハ。写真真ん中にブルーシートが見えます。凄いところでの工事です。
 写真ニは村道切欠線の法面工事。写真の地点より和山に近い地点から延々と工事が行われていましたが、14日には現場工事事務所も撤去されていたので、少なくとも本年度の工事は終了したものと思われます。写真右下の茶色の土のみが見える部分はなんらかの追加工事があるのかなとも思われます。この法面工事箇所は今年2月に通過した時、「雪崩が怖いな」と思ったところで、この工事が開始されたのを見て感激したものでした。
 写真ホは今年2月に「雪崩」で一時全面通行止めになった箇所。写真では従来の落石防止柵よりも強力な雪崩防止柵がつくられているのがわかります。この区間では道路の拡幅そのものも行われています(むしろ、拡幅工事の一環として防止柵建設が行われていると言う方が正確かもしれません)。
 
 これらの工事をふまえて、最近大きなニュースになっている杭打ちデータ偽造問題とも絡めて、土木建設工事について積極的な問題提起をしたいと考えていますが、今回は写真紹介で紙幅が尽きてしまいました。またの機会に書きたいと思います。

 

橋を造るって凄い作業ですね

 国道117号線のバイパスとして箕作〜明石(あかいし)間の道路をつくるべく、箕作と平滝で進められている橋の建設作業。本紙No.245(2月20日付)などで紹介してきましたが、10月に入って平滝側の橋脚建設作業が再開されました。
 その模様を写真で紹介します。


 
 上は10月5日撮影。
 川の増水で3月までに建設された平滝側橋脚の大半が水没しています。手前に2台の重機が見えますが、橋脚の周りに土を入れて、川の流れを変え、作業場を確保する作業のためのもの。
 川の水量が少し下がらないと、作業できないようです。
 対岸に見えるのは箕作側の橋脚で完成に近づいています。


 
 2枚目は10月13日撮影です。
 橋脚の周りに大きな石や土嚢を積み、土を入れて作業場を確保する作業が進んでいます。ちょうどダンプカーが土を運んできたところでした。
 
 そして、少し期間をおいて10月30日に現場を訪れたところ、橋脚そのものの建設作業が進んでいました。(箕作側の橋脚は完成し、足場も外されています。)



 写真では足場が5段見えて、その中で鉄筋が組まれていますが、この上にさらに高さ6m伸ばすそうです。年内に完成の予定で、鉄筋組み→生コン注入→養生→足場外しの順に進められていきます。
 当然、ある時期からは降雪・積雪の中での作業になります。
 昨冬は現場の除雪作業がたいへん危険な状態で行われていましたが、今回は除雪機械を入れられるように作業場が広めに確保されています(下写真)。


 
明石と結ぶ橋の橋台建設も始まりました
 バイパス建設には、この箕作・平滝間を結ぶ橋の他にもう一つ、平滝・明石間を結ぶ橋が必要です。
 その平滝・明石間の橋の平滝側の橋台の建設作業が始まりました。
 下写真の手前で草が刈られ、赤白のポールが打ち込まれています。ここが橋台が造られる場所ですね。



 写真の奥に見えるのは、千曲川を挟んで明石集落です。橋建設予定場所の手前まで新しい道路が延びてきています(下写真は10月13日撮影)。