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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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春は楽しい!

 

前号で紹介したミズバショウ群生地の7日朝の様子。
 

 

ショウジョウバカマ(猩々袴)。毎年見てきましたが、葉っぱが赤いことに初めて気づきました。冬の間、凍結防止のためにアントシアンという色素が形成されるからだそうです。下写真の滝(野々海貝立水路)のそばで水飛沫(しぶき)をうけながら咲いています。

 

 


国道117号線飯山中央橋付近にて

 


春の花が一斉に咲き出すのを楽しめると同時に、行くところに行くと残雪を楽しめるのも栄村ならではのこと。スキー場中腹にて。


「白いカミソリの刃の稜線」――鳥甲山登山の話続編

 No.377(2月12日付)に「ロマンを求める人たち ――鳥甲山登山はどのようにして始まったか」を掲載しました。
 その中で鳥甲山に登る人たちの宿となった仁成館のことに言及しました。この間、相澤清子さんのご協力をいただいて、仁成館に残る史料を基に鳥甲山登山の歴史を追いかけています。その中で、驚くような展開があったので、紹介します。
 4月7日のことだったと思います。夕刻に秋山から帰って来て郵便ポストを覗くと、手紙が1通。1週間前に手紙をいただいた千葉県在住の方からの第2信。すぐに封を開けました。入っていたのが下の写真のものです。

 


 お手紙をくださったYoさんがご友人をあたって探し出してくださったもので、早稲田大学の「山の会」の会誌8号に掲載されたものだそうです。
 私は相澤清子さんに史料を見せていただき、「早大山の会」の人たちが1962(昭和37)年3月に積雪期の鳥甲山に登攀した時の日誌を復刻しました。ただし、そこにはお名前・住所等が記載されているため、安易には公表できません。ある日、その日誌記録を読み返していて、あることを思いました。「この人、1962年3月に『いよいよ卒業も直近。26日からは会社に勤めなければならない』と書いている。ということは当時22歳くらい。今年で80歳だ。なんとか連絡がとれるのではないか。」
 3月26日に、まず、早稲田大学の同窓会を調べました。でも、部外者が卒業生の消息を尋ねる手立ては見つからない。その次に、「早大山の会」でWeb検索をかけてみました。すると、OB会のサイトがあり、しかも事務局にメール連絡が可能。早速、事務局にメールをすると、なんと約1時間後に返信が来ました!「お尋ねの山の会OBの中には既に鬼籍に入られている方もいますが、今も元気に山に登られている方も居ます。そのうちの一人に本メールを転送しておきます。しばらく経ってもコンタクトが無い場合には、再度ご連絡下さい」という、とても親切なもの。そして、4月1日、メールに書かれた「そのうちの一人」であるYoさんから手紙が届きました。
 お手紙に携帯の番号が記されていたので、早速に電話しました。今年79歳とのことですが、とてもお元気な話声です。そし
て、私の方から日誌記録をお送りし、Yoさんから7頁掲載の会誌コピーが送られてきたという次第です。

 

 奇跡のような繋がりの誕生です。
 私はこういうやりとり・作業の中に、山岳観光をメインとする秋山観光の蘇りの1つの鍵があるように思います。地味な作業ですが、コツコツ進めていこうと思っています。

 

ムジナ平から鳥甲山山頂への稜線

3月18日撮影。今年は雪が少ない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄村復興への歩みNo.380
2020年4月9日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


松尾まことの議員活動報告No.42(4月5日付)

ウソをついてはいけない!

 

 私が「議員活動報告」No.39やNo.41に書いたことへの「反論」なのでしょうか、「栄村の財政は大丈夫です!!」というチラシが撒かれています。
 私は議会での森川村長との質疑に基づいて報告を書いています。森川さんは、「議員が言われる通り、財政的には厳しいものがかなりあります」と明確に言い切りました。ここで森川氏が言う「議員」とは私・松尾のことです。

 

 

 村が作成・公表している「平成30年度普通会計決算財政分析」(上写真)に基づいて、チラシのウソを明確にしましょう。

 

実質単年度収支は約4億4千万円の赤字
 チラシは、「3年連続黒字決算」、「平成30年度 実質収支:2億2,286万円の黒字 単年度収支:5,133万6千円の黒字」と書いています。これはそのとおりです。でも、これはまさに上掲の「決算財政分析」の3頁に掲載されている数字ですが、その後に何が書かれているか(下写真)を隠してはいけません。

 


 「実質単年度収支については、4億3,999万2千円の赤字となりました」
 「実質単年度収支」とは何でしょうか?
 単年度収支を見る場合、黒字要素と赤字要素を見極める必要があります。黒字要素は積立金等です。平成30年度の積立金は8,894万4千円でした。他方、赤字要素は積立金取崩です。平成30年度は5億8,027万2千円。その差引は4億3,999万2千円の赤字となります。
 要は新たな貯金よりも貯金取崩の方が大きいのです。


返済に使える基金残高15億4千万円
負債残高は約28億9千万円

 チラシは「将来への負担無し」、「負債額より基金等の額が上回るため、将来支払うべき負担金は無し!」と言います。
 ここまでくると、政治責任が発生するほどのウソになります。
 やはり村作成の「決算財政分析」を紹介します。

 


 平成30年度末の村債残高(負債)は28億9,448万3千円です。

 


 基金残高は平成30年度末22億7,911万3千円。この数字ですと、負債が基金残高を約6億円上回るということになります。
 しかし、本当はもっと深刻です。「基金残高」のうち、「特定目的基金」と「定額運用基金」は使途が指定されていて、負債の返済には使えません。負債返済に使えるのは「財政調整基金」と「減債基金」のみで、計15億3,838万5千円です。したがって、負債の方が約13億5千万円ほど多いことになります。


国の補助金は大事ですが、
ほぼ同額の村の負担金が発生します

 チラシは、「道路改修工事などは国や県の補助金で行っています」と書いています。
 これを読むと、「道路改修工事に村はお金を出さなくてもいいんだ」と思ってしまいますね。でも、それは大間違い!です。
 次の表は、「令和2年度栄村一般会計当初予算説明書」の68頁です。

 


 泉平への道路と野田沢集落内の道路の道路改良費の説明です。
 2件の合計で事業費1億4,664万3千円(上の表の最後の段)。
 注目していただきたいのは「歳入財源内訳」(表の右側)です。
   「国庫支出金」―― 7,865万円 (53.7%)
   「地方債」 ―― 6,440万円 (43.9%)
   「一般財源」 ―― 339万3千円 (2.3%)

 

 国からの補助金は事業費の53.7%、約半分だけです。事業費の残りの大部分は「地方債」。これは村の借金のことです。
 「やってますよ!」と恰好をつけて、じつは事業費の約半分を将来世代につけまわし。あまりにも無責任!です。

 

議員の仕事は行政をしっかりチェックすること
 おわかりいただけたことと思います。

 政治家(とくに政府責任者、村では首長)は、自身の業績を誇張し、とくに財政について「問題はない」と言う傾向があります。とくに、選挙を前にした政治家はその傾向が顕著です。

 

 政府責任者(村も自治体政府です)を日常的にチェックするのが議員の仕事です。(「政府」のチラシを配るのは議員の仕事ではありません!)
 この仕事、じつはかなり大変です。
 村の予算書や決算書は、それを職務とする人(いわばプロ)が年々もの経験を基礎に数カ月かけて作成します。議員は、それを議会開会の10日ほど前に受け取ります。村議員の場合、国会議員などと違って秘書もいませんし、政党の専門家スタッフもいません。一人でコツコツ読み込むしかありません。
 議員になって満4年。前の報告にも書きましたが、「4年目にして、初めて予算書をかなりしっかり読み込めるようになった」というのが正直なところです。

 

 森川さんは役場職員でしたし、村長職を4年務めてこられたのですから、私などよりもよほど村財政に精通しておられるはずです。「森川こういち後援会」名義で、「すぐにウソがバレてしまうようなことは書くな」と是非、スタッフさんにご注意・ご指導をお願いします。

 

(了)


松尾まことの議員活動報告No.41(3月31日付)

3月定例会での森川村長との質疑内容を全文紹介します

 

 村議会3月定例会の一般質問で、私は財政、農業、地方自治法の3点について、森川浩市村長と質疑応答をしました。その全内容を紹介します。
   なお、議事記録に基づいていますが、発言の語尾部分の表記

   は煩雑さを避けるために一部整理しています。たとえば、

   「〜してございます」を「〜しています」と簡略化しています。
   また、を付けた箇所で、解説を加えます。

 

村の財政状況について
松尾 村長への質問で通告しているのは財政、農業政策、地方自治法に関すること、3つですが、まず財政です。
 実務的な事柄で総務課長にお尋ねします。令和2年度の予算が原案通りに成立したと前提した場合に、財政調整基金の残高は幾らくらいになるか。それから、令和2年度の予算が執行された場合、栄村震災復興特別基金が令和2年度末に幾らくらい残る見通しなのか。
 令和3年度以降の公債費は令和2年度当初予算と同じ程度に収まる見通しなのかどうか。それよりもはるかに異なる額なのか、お聞かせください。

 

総務課長 財政調整基金の残高の見込みですが、令和元年度の最終補正の予算ベースで考えて、元年度には8億9,400万円くらいの残高になるのではないかと予想しています。
 令和2年度の予算案においては、取り崩し額が1億7,450万円見ています。ただ、元年度の決算による余剰金の積み立てを約5,000万円ほど見込みまして、令和2年度末の残高、予算ベースでございますが、約7億7,000万円程度になるのではないかと予測しています。
 栄村震災復興特別基金ですが、2年度予算において取り崩し額を約1億1,700万円余り見込んでいます。そうしますと2年度末の予算ベースの残高見込みについては、1,700万円程度になろうかという予想です。
 公債費の見通しですが、今後どのような借り入れを組んでいくかというところに掛かってくるわけですが、基本的には例年程度の見込みで行きたいと考えています。向う10年間は元利償還見込みは約3億円台で推移していくのではないかと見込んでいます。借入をどの程度見るかは、その年の事業の内容にも大きく左右されますので、これからどのように見込むかというのはかなり難しいことか考えています。
  ☜ 財政のデータをしっかり確認しました。

 

松尾 ここからは村長にお尋ねしたいのですが、私、先月21日に令和2年度の予算書をいただいた時に、率直に申し上げてある種の衝撃を受けました。1年前くらいかもしれませんが、「栄村の財政規模というのは、震災から8年、9年経って、通常の財政規模に戻して行かなければならない。それはだいたい30億円を少し超えるくらいか」という認識を村長お示しになっていた。ところが、令和2年度の予算書をいただいたら総額が29億円台だった、30億円を切ったことにある種の衝撃を受けました。
 そこから色々と考えたのですが、これを家計に例えますと非常によく分かると思うのです。例えば、月30万円の給与所得があるという場合に、その30万円を丸々そのご家庭で1か月間消費できるのかというと、そうではない。ローンがあれば、そのローンを返済しなければいけない。家計で必要なお金があれば、新たなローンが組めたら新たなローンを組む。それから、手元に預金があれば、その預金を一部取り崩す。そして自分の家で1か月間どれだけのお金を回せるかを考えるわけです。でも、よくよく考えると、ローンを返して、もう一方で新しいローンを組む。これは差し引きゼロみたいになってしまう。それから、預金の取り崩しというのは、その瞬間は消費に回せるお金が増えるからいいけども、結局先々心細くなってくる。
 そういう考え方を村の財政について当てはめて、財政調整基金からの取り崩し、地方債の発行によって確保されている財源、それから、逆に今まで借りた地方債を返済するために出さなければいけない公債費、こういうものがどれだけ令和2年度の予算の中にあるかという事を計算してみますと、約7億4,900万円になります。
 そうすると、村税とか、地方交付税交付金、国庫県支出金などの純収入額で実際に村が何らかの日常的な政策、事業を実施するのに使える金額というのは、22億1,000万円ちょっとという金額なのではないか。これが栄村の現在の本当の財政力なのではないかと私は思うのです。しかも、今、総務課長から紹介いただいた本年度においては財源として1億1,700万円確保できた復興基金が、来年度にはもう1,700万円しか残っていない。この復興基金がどういう予算に使われているのかというのを見ると、かなり村の基本的な施策の実施にこの基金が使われている。
 そういうことを見ると、令和3年度以降の村の財政運営というのは、相当厳しくなってくるのではないか。これは誰かれの責任というものではなくて、客観的な現実の問題として私はそういう認識を持たなければいけないのではないかと思うのですが、その点について村長はどのようにお考えかということが第1点です。
 2点目は、文書で通告したものを少しかみ砕いてお尋ねします。
 昨日の上倉議員への答弁で、村長自身が、「従来通りの事業実施がかなり厳しくなってくる」、「工夫が必要だ」、「例えば、今までだったら単年度でやっていたものを2〜3年かけてやる」等々認識を示していましたが、それは言いかえると、「村民の皆さんに対してこれまでと同じようにはいかないものが出て来ます」ということをお伝えしなければならないということなのではないかと私は受け止めました。そういう認識で間違いがないかどうか
 そういうことを村民の皆さんにお伝えしていかなければならないとなれば、皆さんのご納得をいただくには、その予算財政と不可分の関係にあります諸施策の決定プロセスが透明で村民の大多数が納得できるものになっていることが不可欠になってくると思います。
 そういう点から見ますと、現在の村政の運営は透明性とか、住民に対する説得性という点で不十分な状況にあるのではないか。
 村長は初日の施政方針で、こう言いました。「第6次栄村総合振興計画に基づいて主要事業を設定する」と。ところが、こういうふうに言われても、総合振興計画が過去3年間で、何がどこまで進んで、何が課題として残っているのか、その残っている課題を実現していくために令和2年度はこういう予算を編成したのですということが丁寧に示されないと、多くの方は、なかなか予算や施策の妥当性を判断できないのではないか。私はそういう認識を持つのですが、村長はどういうふうにお考えか、それをお尋ねしたいと思います。

 

森川村長 議員の言われる通り、財政的には厳しいものがかなりあります。震災後、復興財源で色んな事業ができました。ところが、それがもう令和3年度でゼロになってしまう、ここで財布のひもをしっかりと締め直さなければならない
   ☜ 村長自ら、財政の危機を認めました。
 そして、総合振興計画は10年の方針であるだけなので、3年の実施計画において、毎年ローリングしたり、また見直しをかけておりますので、そちらの方にかなり力を注がなければならないだろう。
 今回、職員においては、例年の査定のやり方、単年度事業とお金だけを見るのではなくて、3年間の実施計画をまず出していただきたい、その計画によって次の査定、第2回目に入るというような取り組みをさせていただきました。できるかぎり30億円前後まで下げさせなければならない。
 今後は、私は30億円前後で行かなければ村の一企業も潰れていってしまうのではないかと危惧しております。震災前の22〜23億円まで下げる、それを急激にやってしまいますと村の流れが変わってしまう。村の今の福祉政策から全て、まず冬期のスキー場、そして今のデマンドバス関係全て狂いが出ないようにしなければなりません。村民に負担をかけることは私にはできないということで、今回査定も厳しいのですが、職員にもその流れを分かっていただかなければならない。
  ☜ 今後の予算規模は30億前後か、それともそれを下回るか、

   重要な論点です。
 

 今回、財政調整基金においては、先ほど申した通り、8億9,000万円、なから9億円ほど。この2年間、29、30年度ですが、そこに積んであった約6億円、それを減債基金の方に振り分けをしました。ですから総体的に財政調整基金は15億円ほど残っていることになります。ただ、借金の返済のための減債基金についてはみておかなければならないだろうということで、ゼロ円の基金のところへ6億円を振り分けました。できる限り財政を絞るところに入らなければならない時代に入ってきたということで、職員と一緒になって今後の予算も見直しをするというところで取り組んでおります。
 村民に周知する、その前に、実施計画をしっかりとしたものにしておかなければ村民にも間違いが出てしまう。数字または事業名だけが村内を回ってしまう、また予算的な面で「今年はうちの事業をやるのではないか」と、そういうトラブルになってしまいます。そういうことの無いように処置したものを今後は村民と共に近年中には考えなければならないだろうという考えでおります。
 そして、同じような事業については一本化しなければならない。過疎債から辺地債の流れも*、もし取り組めれば取り組んでいかなければならない。少しでも有利な方向へもっていかなければならないだろうということで職員と共に考えを進めているところであります。以上です。
   *過疎債は従来、村が使っている地方債で、元利返済

    の7割が国の地方交付税で措置される。それに対して、

    辺地債は国が「辺地」と認める地域での事業をめぐ

    って発行できる地方債で、元利返済の8割が地方交付

    税で措置される。栄村の場合、「中央」、「北野」、

    「秋山」の3地域が「辺地」に該当する。


松尾 当村が置かれている財政的な状況の厳しさについては共通の認識が持てたのではないかと思います。これは、この議会の議場において村長と議員、あるいは傍聴者が共有しているというだけでは不十分で、村民の皆さんに、この厳しい現実というのはお伝えしていかなければならないと私は思います。
 今、村長が答えられたことについて、私は2点指摘をさせていただきたい。
これから実施計画をしっかり立てるということについては勿論異論はございませんが、総合振興計画はスタートしてから既に3年経っているという中で、やはり振り返りがもっとキチンと行われなければいけないのではないか。この3年間、その計画を何処まで前に進めるのかということで毎年予算を付けてやってきて、それがその予算を付けただけに値する成果を実現できているのか。それとも、予算を投じた割には効果が無かったのか。そこの検証をしないと、今後の実施計画についても本当のことは分からない。「実施計画を下手に村民に公表すると、事業名と数字だけが独り歩きして、誤解を生じかねない」、それは村政の最高責任者として担当しておられる方のご心配として分からなくはないですが、やはり日ごろから行ってきた事業についての評価、これがキチンと提示されていれば、今後の実施計画について「村に潤沢な資金があって実施計画に載った以上は必ずされる」、まだ役場の中で揉んでいる最中のものについて下手に公表すると、「全部が全部実現される」という誤解が村民の中に生じるという心配は、私は無くなってくると思います。
 村長の施政方針及び昨日の様々な方の一般質問への答弁の中で、ある種の施策について「思ったようにいかなかった」ということも率直に言っていた。で、あれば、その「上手くいかなかった」というのは何故なのか。ここについてもっとキチンと掘り下げて提起をしていただきたいということが一つです。それについて村長のお考えをお聞きしたいと。
   ☜ この点について、村長は結局、答えてくれませんでした。
 それから、財政調整基金についてですが、減債基金の6億円は公債費に充当されるものだと思いますが、仮に、この減債基金と財政調整基金を併せて、今、村長が言ったよう15億円から16億円くらいなるということを前提にして私は考えたのですが、ある首長経験者からこういうお話を聞かせていただきました。「自治体の財政を見る場合に、非常に分かり易い目安としては、基金の残高と公債残高、これを比べてみる。その場合の基金残高というのは、財調と減債基金を合わせて、これと公債残高というものを比較するのがいいのではないか。この比率が100を上回るとあまり健全な財政状況とは言えない。やはり100以下に収まっていてほしい」というお話を聞きました。
 平成30年度の決算で見ると、栄村の基金残高は財調と減債基金を合わせて10億3,856万円です。他方、公債残高は28億9,448万円。比率は188%になります。これと対照的なケースとして、長野県内の小川村の数字を紹介いただいたのですが、こちらは平成30年度の予算ベースですが、基金残高が29億8,400万円、公債残高が21億8,800万円で、比率は73.3%です。
 震災以降、6〜7年は通常とは違う財政状況だったことは十分承知していますが、栄村が震災から9年、10年を経て通常の財政ベースに戻していくという場合に、もう一つの手法として、この基金残高と公債残高の比率というのを一つの目安として頭に置くべきではないか。ちなみに小川村は人口が2,600人で、一般会計規模は当初予算で26億3,800万円です。私は一つの参考になると思うのですが、その辺のことも含めて今後財政の運営について考えていっていただけるかどうか。村長のお考えをお尋ねします。

 

森川村長 まず、最初の総合振興計画の検証、これは必要です。やはり、色んな事業をその中で実施計画等持っておりますので、その実施計画についても職員ではPDCAサイクルを使って評価をしなければならないだろう。できる限りそれを各担当部署で、各課の中で進めていただきたい。それをまた含めて総合振興計画の検証を進めなければ、またそれについては各委員の検証関係をやるのですが、数字的なものをしっかりと出したものについて、それで職員が1つ1つの事業についてPDCAサイクルの、その評価をしたものについてまた研究できるように考えていきたいと考えます。
   ☜ PDCA=計画・実行・評価・改善のこと。
    これを行うのは職員であるかのように村長は言って

    いるが、検証を行うべき責任者は村長自身です。森

    川氏はこのことの認識が致命的に弱い。
 財政調整基金と減債基金を足したものと公債残高、やはり資料関係については、職員にも色んなものを作れといって頼んでおります。また今言った関係の資料については、データにして、過去から始まって今後の推計もある程度のところで作ってありますので、それを含めて考えていけばしっかりとした議員の言われるものが出てくるのではないかという考えでおります。
   ☜ 職員に「資料を作れ」という問題ではありません。

    「基金と公債残高の比率」など村長自らすぐに計算

    できるもの。問われているのは、「188%」という

    栄村の危機的な比率に対する森川氏の認識です。

 

松尾 厳正に議論を進めたいと思いますので、今のやり取りを私は記録に残して、次の質問に参りたいと思います。

 

 以上が、一般質問での村の財政に関する質疑の全容です。

 

森川氏は、なぜ、自分のチラシで村の財政状況について一言も触れないのでしょうか?

 

 議会という公の場で、「議員の言われる通り、財政的には厳しいものがかなりあります」と明言した森川氏が、この1ヶ月半ほどの間に「栄村長 森川浩市」という署名を入れた村内のほぼ全世帯に配ったチラシでは村の財政状況に一言も触れていません。何故なのか? これが不思議でなりません。
 4年間、村長職を務めてきて、「村長就任後は、重責に身の引き締まる思いで、村民皆様の大きなご期待と信頼に応えられるよう、全力で取り組んでまいりました」(チラシ「森川こういちのお約束」より)とまで言っているのですから、自らの村政運営の結果として、村の財政状況がどうなっているのかを村民のみなさんに報告することが、真っ先にやるべきことだと思うのですが、森川さん、どうなのでしょうか。
 森川さんが議会の場で、「財政は心配ない。松尾議員の言っていることはデタラメだ」と言ったのだったら、話は別ですが、あなたは「(松尾)議員の言われる通り、財政的には厳しいものがかなりあります」とはっきり言っているではありませんか。
さらには、「財布のひもをしっかりと締め直さなければならない」とも言っているではありませんか。
 それでいて、「こんなことを実現しました」、「あれも実現しました」、そして、「次はこれをやります」、どうしてこんなことを無責任に言えるのでしょうか。

 

役場を明るい雰囲気に変え、ムダをはぶき、村民の叡智を結集すれば、25億円規模でも村はやっていけると、私は考えます

 森川さんは、「予算は30億円前後で」と言っています。でも、令和3年度には「栄村震災復興特別基金」がほとんど無くなる(R2年度は約1億7千万円)のですから、「30億円前後」の財源は確保できません。仮に公債発行で「財源を確保」とすれば、村の借金が増えるばかりです。
 森川さんは、30億前後にしないと、福祉、スキー場、デマンド交通などが「今まで通りには出来ない」と言っています。本当でしょうか? 福祉、とくにいわゆる「総合事業」(デーサービスなど)のあり方について、厚労省のガイドラインなどを研究してみました。その結果、もっと少ない経費で、より利用しやすい・村の活力を使えるサービスが可能となることがわかってきています。
 また、スキー場も、もっと効率的な経営・運営方法があります。
 デマンド交通については、さまざまな継ぎ足しによって複雑で費用がかさむものになっている現状を、一度、じっくり見直す必要があるでしょう。

 役場職員が変な気遣いをせずに済む役場となれば、そして、村民がもっと自由に参加できる行政に変われば、村の底力が湧き出てきて、財政の危機をのりこえていくことができると思います。
 まずは、役場の雰囲気から変えていくことが大事だと思います。

 

(農業、地方自治法に関する質疑は次号にて)


栄村復興への歩みNo.379(3月30日付)

 

 

  新しい生命が溢れ出てくる!

 


  27日に日中23℃という異常高温になったかと思いきや、28日夜から29日午前にかけてかなりの量の雪が降るなど、不安定な天候が続いていますが、自然界の新たな生命の営みは着実に進んでいます。カタクリとミズバショウは27日午前、右上のアズマイチゲは23日午前の撮影です。


 “新しい生命が溢れ出てくる!”をもう少し続けます。
 アズマイチゲは例年、この時期に青倉近辺で姿を見ますが、1頁の写真を撮影したのは秋山・屋敷の秋山小の近く。平年であればGW頃にようやく見られるものです。「まさか咲いてはいまい」と思いながらも、毎年咲く場所から雪が消えていたので、道路横の土手をずーっと見ていくと、2〜3輪が確認できて、とても驚きました。
 その後、屋敷集落の別のところに行くと、前回の配達時の18日にはまだ雪で覆われていたところ(あるお家にむかう石段)から雪がすっかり消え、フクジュソウが鮮やかな姿を見せていました。

 


 27日は、まず、平滝で梅の花とスイセンを見ることができました。

 

 


 スイセンの先に1本の木が見えますね。この木も梅です。近づいて見ると、2〜3輪が開花していました。開花がもう少し進めば、小鳥たちがやって来るでしょう。
 この2枚を撮影したのが午前9時45分から10時頃にかけてのこと。その後、カタクリを清水河原で見つけ、さらに「よし、ミズバショウが開花しているか、見に行こう!」と決断したのが10時20分頃。
 ミズバショウを見るには、すっかり雪が消えている里とは一変、まだまだ雪が多く残る山道を歩いて進まなければなりません(下写真)。

 

 

 例年と同じ地点から歩きましたが、今年は雪がやっこい(柔らかい)。時々、膝あたりまでズボッと足が雪にはまってしまい、難儀しましたが、1頁掲載の写真のとおり、開花している姿に無事出会えました。群生地の全体の様子は次の写真です。

 


 天候(気温)次第ですが、4月4〜5日頃にはかなり開花が進むのではないでしょうか。
 この群生地にむかう途中、やはり新たな生命の胎動を感じとられるもの2つに出会いました。地味なものですが…。

 


 カエルの卵です。名前がいま頭に浮かんでこないのですが、ちょっと変わったカエルのものです。

 

 

 大きな木の枝から雪上に落ちた実の入った鞘と、鞘から出た木の実。まさに新しい生命の始まりです。

 こういうものを追いかけていると、世俗の用件を済ませるのが遅れてしまいますが、やはり、この季節にはこういう時間をもちたいものです。


「見慣れているから、良さがわからないんだ」――これをどう打開していくか

 1月末の久しぶりに降雪があった時のことです。仕事で出かけた長野市から車で村に戻る途中、車窓から見えた雪景色がとても綺麗で、思わず口に出ました。「綺麗だなあ!」と。すると、隣の席の仕事仲間が一言、「わからないんだ。オラはこういう景色、見慣れているから」と。
 同じことが、3月下旬にもありました。屋敷から切明にぬける林道が開いたことを知っていたので、屋敷から白沢方面に向かいました。そして、不動滝でこれまでに見たことがないような素敵な景色に出会いました(下写真。撮り方が下手で、私が現場で感じたものを全面的にお伝え出来る写真にはなっていないのですが。)。この写真を撮っている時に、偶然、地元の人が通りかかり、立ち話になりました。「何を見ているの?」と尋ねられ、説明すると、やはり「見慣れているから、オラにはわからないんだなあ」と返されたのです。

 


 その後、私は不動滝の上方に見える鳥甲山連山の姿をクローズアップしたものを撮りました。それをご覧ください。

 

 

 不動滝ではこれまでに何枚もの写真を撮ってきましたが、こんな美しい眺めを見たのは初めてです。おそらく、今冬は雪が少なかったことから、こんな早い時期に不動滝を見られたこと、そして山の様子も例年とは異なっているからだろうと思います。

 

● 私も一時期は栄村の風景が「当たり前」のものになっていましたが、ある時、転機が訪れました。
 私が村で暮らすようになったのは、今からちょうど13年前の2007(H19)年4月のことです。当初は1年間の予定で来たのですが、村の人や景色に惚れ込んでしまい、そのまま住み続けることになりました。そして、震災があった2011(H23)年頃になると、村の風景は「当たり前のもの」になっていました。
 その私が、再び、村の景色などをフレッシュな目で見つめ、いろんな写真を撮るようになったのは、「栄村復興への歩み」を発行し続けるために、いろんなことを考えるようになったからです。「多くのご支援をいただいた全国のみなさんに栄村の魅力をお伝えし、栄村と全国のみなさんとの絆をより強いものにしなくては」と思ったとき、村の各地の景色を見る目が変わったのです。「見慣れた景色」が「当たり前のもの」から「凄い価値のあるもの」に変わったのです。これが私の転機です。

 

● 「栄村のいいところを見つけよう」という気持ちで村の景色を見つめてみてください!
 人口1800人弱の栄村。米作りをする人、野菜を育てるかあちゃんがたくさんいて、都会とは異なる暮らしを営む環境があります。しかし、他方で、お金なしでは暮らしていけない。小さな村が多様な商品・サービスを生み出して、外からお金を稼がなければ暮らしていけません。
 そういう稼ぎは、一部の会社や専業農家だけでできるものではありません。村のみんなが知恵や技を発揮して、“稼ぎ”に関わっていくことが必要です。
 その重要な一環として、《これは人を惹きつける景色》だというものを見つけることが自分自身の仕事・課題だという意識をもつと、村の見慣れた景色が別のものに見えるようになってくると思います。

 

屋敷の集落内道路からの眺め(3月23日)。素敵です!


 もちろん、簡単なことではないでしょう。そういう場合は、できるだけ、TVの良質な旅番組をご覧ください。都会で暮らすリポーターが「絶景だ」と紹介する景色がどういうものかを観察するのです。いま人気の『ポツンと一軒家』も大いに参考になると思います。ポツンと一軒家から見える景色が画面に流れると、番組MCの林修氏などが「すごい
景色だなあ!」と叫びます。景色だけではありません。番組スタッフが出会った田舎の人たちの親切さに感動します。この「田舎の人たちの親切さ」も村では「当たり前」のものです。でも、それが感動を呼ぶのです。
 是非、そういう目線で村を見つめ直してください。そして、「これ、いいんじゃないか」と思われたら、是非、私に教えてください。すみやかに現場に出かけて、教えていただいた景色や暮らしの様子をカメラで捉え、全国にむけて発信させていただきたいと思います。よろしくお願いします。


「夢を語れる学校づくり」――下高井農林高校の存続へのモデルを学ぼう!

● 「高校再編(一次分)」での決定をひとまず食い止めました
 前号でお伝えした下高井農林高校の存続をめぐる問題、3月24日の県教育委員会の定例会で何が打ち出されるかが注目されました。
 私は県庁8階の「教育委員会室」で開催された定例会を傍聴してきました。結論から先に言うと、「下高井農林の地域キャンパス化(分校化)」が「高校再編(一次分)」に盛り込まれることにギリギリのところでストップをかけることができました。

 

 

 これが県教委の「再編・整備計画(一次分)」の旧第1通学区(岳北地域)に関する記述内容です。「地域キャンパス化(分校化)」は「今後の高校配置」(=再編・統合)から外され、「今後の検討」に先送りされました。
 この「今後の検討」というのは、私たちが油断をしないかぎり、来年3月の県全体の高校再編計画決定時まで「猶予期間」が確保できたということです。

 

● 下高井農林高校をどんな学校にしていくのか
 そこで、これから私たちに問われるのは、《下高井農林高校をどんな学校にしていくのか》ということです。
 私たちは、いま現在の下高井農林高校で実現されていることの素晴らしさを学ぶことが必要だと思います。下写真は3月28日の信毎北信地域版の記事。「木鋪さん考案パン」は農林の素晴らしさの1つの事例であって、これがすべてではありません。国際部(部活の1つ)の生徒が英語会話力を駆使して、インバウンド観光客にインタビューし、北信地域の魅力を探るというような活動もあります。

 

 

●『奇跡の学校』を紹介します
 私は『奇跡の学校』(光村図書発行、現在品切れ、ネットで中古本入手可能)という本をネットで購入し、3月29日夜、2時間ほどでいっきに読みきりました。2006(H19)年から3年間、村立おといねっぷ美術工芸高校の校長を務められた石塚耕一さんが書かれたものです。生徒たちがどのような状況で高校に入学し、3年間の学びを通じてどのように成長していったか、じつにいきいきと描かれています。

 


 石塚さんが赴任時に示された「学校経営方針」のタイトルは「夢を語れる学校づくり」。そして、「すべての教職員が一人ひとりの生徒を大切にする」、「一人ひとりの生徒の可能性を見つけ、伸ばし、自信を与える」などの項目が掲げられています。本に書かれた事例を読むと、たとえば小学校・中学校で不登校だった生徒が高校の学びの中で自らの可能性を見つけ、自信をもって巣立っていく様子などが手にとるようにわかります。世界的レベルの家具デザイナーをめざす卒業生も誕生しています。
 私たちがめざすべき下高井農林高校像を探っていくうえで大いに参考になると思いました。
今後は、下高井農林の生徒さん、卒業生にみなさんにお会いして、農林の無限の可能性を探っていきたいと思います。

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栄村復興への歩みNo.379
2020年3月30日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


松尾まことの議員活動報告No.40(3月20日付)

議員として見てきた4年間の森川村政
  ―不透明、分断、クルクル変わる?

 

 私が補選で議員に当選したのは4年前の4月。森川氏が村長選で当選したのと同時でした。議会の場を通じて、森川氏の村政運営をずっと見続けてきました。「議員活動報告」として、これまで踏み込んでこなかったことを含めて、村民のみなさまに報告したいと思います。

 

◎ 疑問が多い人事(国派遣、副村長、農業)
 「予算と人事は村長の権限です」――これは森川村長の口ぐせのようになっている台詞(せりふ)です。
 予算編成権はたしかに村長にあります。ただし、予算を審議し、決定するのは議会の権限です。「予算は村長の権限」という森川さんの解釈は地方自治法を正確に理解されているとは考えにくいです。
 それはさておき、ここでの主テーマは《人事》です。
 役場職員の人事はたしかに村長の権限です。そのため、「疑問があるなあ」と思っても、議会の場でも、なかなか口に出しにくいというのが正直なところです。
 でも、やはり疑問があることは疑問としてしっかり質さなければならない。そう思って、先日の3月議会で私は質問しました。

 

●せっかく育てた〈ジオパーク専門職員〉を、後任者も育てないままに、国(国交省)に派遣してしまうのか?
 村の予算項目の中に「社会教育費」というのがあり、さらにその中に「苗場山麓ジオパーク」関係予算があります。令和2年度予算では739万7千円です。そのかなりの部分を占めるのが、「総会、CAP会議、定例会議の開催、全国大会、全国研修会への参加」に係る予算です。
 森川村政ではジオパーク担当部署を教育委員会とし、社会教育担当の1名の職員が3年間にわたって上記の会議、大会、研修会等に参加し、必要な知識等を蓄積してきました。かなりの経費がかかっています。「3年かけて、ようやくジオのことが一通り分かるようになった」というのが率直なところだろうと思います。ジオに精通する栄村役場初めての職員だと言ってもよいのではないでしょうか。
 ところが、その職員が4月から「職員研修で国に派遣」になるというので、「質問しづらいなあ」と思いつつも、思い切って3月議会で質問しました。質問の趣旨は、「多くの予算を費やして大会や研修会に参加して、やっとジオのことが一通りわかるようになったばかりなのに、なぜ、この職員を国交省派遣するのか。代わりのジオ担当職員を育てるのに、また多くの時間と経費を要するのではないか」ということです。
 森川氏は「職員を派遣して、国交省から喜ばれている」と言うばかりで、ジオ職員の養成にかかる時間と経費の問題、後継者がまだ確保されていないという問題については答弁がありませんでした。ちなみに派遣先の国交省の部署はジオと関係ない部署のようです。
 森川氏は、「国への職員派遣で国とのパイプが育つ」とも言っていますが、もともとは、「私(森川)には国との太いパイプがある」だったのではないでしょうか。「太いパイプ」はいつから「職員のパイプ」に変わったのでしょうか。

 

● 副村長について森川氏にはきちんと説明する責務があります
 「国への職員派遣・研修」という話でどうしても思い出されるのが森重副村長のことです。
 森重副村長は、森川氏から「職員研修」の責任者に任命され、「国への職員派遣」の必要性を強調した人でした。その森重氏、昨年12月に突然、退任されました。昨年12月の定例議会でも森重氏は「国への職員派遣」を強調されていました。ところが、その直後、議会最終日、本会議が終わった後に、「この12月一杯で退任」と発表されたのです。
 森重氏、2016(H28)年12月の着任時、長瀬団地に入居されました。しかし、2018(平成30)年2月、突然、飯山市木島に引っ越されました。「本人の健康上の問題と犬を飼える家の確保」が理由でした。今回の退任では、「家庭の都合」が「理由」として挙げられました。
 村のNo.2の進退に関わることにしてはあまりに素っ気ない「説明」です。森川氏は任命責任者として、もう少し丁寧な説明をすべきでしょう。森重氏が担当していた「職員研修の責任者」が誰に引き継がれているのかも明らかにされていません。
 3月議会に提出された令和元年度補正予算で、「特別職人件費」195万4千円の減額修正がありました。「副村長退任に伴う減額」とのことです。本年1〜3月の3ヶ月分が195.4万円というのですから、副村長の人件費は年間で781万6千円、森重氏の在任期間は3年間でしたから、計2,334万8千円ということになります。
 村民がひとつ、ずっと疑問に思ってきたことがあります。「副村長って、飯山に行っちゃったけれど、村民税を払っていないの?」ということです。これは私も議会で質問できずにきてしまいました。ただ、副村長と一対一で話した議員がいました。故阿部伸治さんです。「事情があって住民票は栄村に移さなかった。就任にあたって村長の了解を得てあります」とのお答えだったそうです。
 2,300万円を超える支払、そして村民税の非徴収。財政が苦しい栄村にとって、とても大きな問題です。森川氏には具体的で丁寧な説明をしてもらいたいと思います。

 

● 村民が頼りにしている職員が異動させられる
 役場職員(公務員)には人事異動がつきものです。職務の公正な遂行のためにも異動は必要なことだと思います。
 と同時に、「あの分野のことはあの人に尋ねれば、すぐに答えてもらえる」というように、村民が頼りにしている、特定の専門分野に強い職員がいることも事実です。この点は、その職員への配慮というよりも、村民に対する配慮という意味で、人事権者の村長は大いに気にかける必要があることです。
 しかし、村民が頼りにしている職員が突然、異動になり、その後、その分野では多くの村民が不自由を強く感じる事態が続いています。農業の分野です。栄村の基幹産業に関わる問題です。
 私は、元の職員を戻すべきだと主張しているわけではありません。基幹産業たる農業について、しっかりした行政の体制が必要なのに、森川氏はこの3年間、その手をまったくうっていないことが問題だと考えるのです。
 「人事権者は村長」です。だからこそ、村長たる者、村民の多くが心の底から納得できる人事を行う責務があります。森川さん、いろんな「お約束」をするよりも先に、これまでのことについて、村民が納得できる説明をきちんとしてください。

 

 

◎ クルクル変わる施策 ―― 代表例は観光、とくに秋山観光
 「森川こういちのお約束」というチラシが配られていますが、その中に「観光振興」の項があって、「秋山郷内の誘客宿泊者数2万人の実現に向け」という文言があるのを見て、正直なところ、びっくりしました。

 

● 「施政方針」では「日帰り観光推進」、チラシでは「秋山郷内宿泊2万人実現」――どちらが本当ですか?
 昨年の前半あたりまでは、森川氏、「秋山宿泊2万人へ」と言っていましたが、今回の3月議会での「施政方針」を含めて、議会ではまったく口にしなくなっていたからです。いや、「施政方針」では「飯山駅からの高原シャトル便や越後湯沢駅からの直通バス運行に取り組み、気軽な日帰りの栄村観光を推進します」と言っています。森川さん、「日帰り」では「宿泊者数2万人」は実現できませんよ。
 森川氏が新年度の「新規の大型事業」として挙げた観光施策は「野々海高原の誘客事業、雪の回廊事業」だけです(予算約160万円。ただし、小雪で中止の方向)。私は野々海の活用、とりわけ春の雪の活用を長年にわたって薦(すす)めてきましたので、「雪の回廊」は大いに結構ですが、行き当たりばったりではうまくいきません。秋山観光の強化はどうなったのでしょうか。

 

●いま、商工観光課はどこにあるか
 そもそも、森川氏は村長就任直後に「商工観光課の拠点を秋山支所(とねんぼ)に移す」としました。それがまともに機能したのはその年だけです。商工観光課の所在地はスキー場を経て、いまは「絆」(森宮野原駅前震災復興祈念館)です。森川氏は「代わりに秋山振興課をつくった」と言うかもしれませんが、だとすれば栄村の観光の中でいちばん大事な秋山観光は商工観光課の所管から外れたということです。実際、秋山の観光について議会で質問をすると、答弁は商工観光課長ではなく秋山振興課長です。

 

● 「のよさの里」をめぐるドタバタ
 3月議会では、秋山観光をめぐって、マイナスの意味で大きな動きがありました。「のよさの里」の指定管理者をヤドロクとする指定管理協定がいったん議会に提出されながら、取り下げられたのです。理由は、「ヤドロクさんから分家に車で直接乗りつけられるように渡り廊下の撤去を求められたが、そのようにすれば膨大な経費がかかるので、指定管理を村の方から取り下げた」というものです。
 指定管理者の決定にあたっては、事業計画書・収支計画書の提出はもとより、プレゼンテーションも行われています。当然、村は「どんな風に運営するのか」を細かく聴いたうえで決定したはずです。直接の責任は秋山振興課長なのかもしれませんが、秋山観光の振興は、森川さん、あなたの目玉だったではないですか。そもそも、今回の指定管理者決定、事業収入予定がわずか400万円に対して指定管理料は550万円という信じられない内容でした。
 4月からは再び村直営のようです。すると、また昨年のように、500万円、1千万円の補正予算投入ということになりかねません。
 とにかく基本施策がクルクル変わるのはもうご免です。

 


◎ 役場と村の暗い雰囲気を変えることが必要だと思います。《分断》は村政で最もやってはいけないこと。
 村民のみなさんからよく言われることがあります。「役場に活気がない」ということです。
 いや、頑張ってくれている役場職員、たくさんいます。
 しかし、なにか役場の空気がおかしいことは私も感じます。
 いちばんの問題は、〈職員が村長に率直にモノを言える、そして村長は職員の意見に耳を傾ける〉となっていないことだと思われます。

 

● 村長発言に不満を表すと処分の対象?!
 思い出します。もう1年以上前のことですが、村長が「特命課の嘱託職員は、ただ指示されたコピー取り等だけをやっている臨時職員とは違う」と議会で発言した時のことです。「この村長発言に怒っている臨時職員がおられます。村長、発言を撤回してください」と私が議会で申し出たとき、森川氏は何と、「その臨時職員は誰か、教えてください。内部情報漏洩で処分します」と言ったのです。
 信じられない発言です。臨時職員(4月からは会計年度任用職員)の人たちは本当によく仕事をされています。「正職員以上の働きだ」と評価する村民もたくさんおられます。「ただのコピー取り」視、一(ひと)時代も二(ふた)時代も昔の感覚ですね。


● 処分恫喝をかける一方で、その人のアイディアはとる
 昨秋の台風19号被害の直後のことです。
 議員仲間の中で「村内の被害状況をきちんと見て廻ろう」という話になり、私は他の議員2名と共に、秋山や天代・坪野、千曲川沿いなどを見て廻りました。
 私は災害現場のことをレポートしたことで森川村長から損害賠償を要求されるということが昨春にあったので、台風19号被害の写真発表にあたっては、村長室を訪れ、「こことここの被害状況写真を公表しますよ。なにか村にとって不都合はありますか」と森川氏に直接声をかけるようにしていました。
 秋山の被害状況を見た翌日に村長室を訪れました。私が「ミズノサワの先の土砂崩れ」と言った瞬間です。森川氏は「あそこに行ったのか。立入禁止だろう。議員倫理規程違反だ」と言ったのです。議会で7ヶ月以上にわたって私に対する議員倫理規程違反疑惑が問題とされていた時期です。議員倫理規程は議会内のもので、村長は関係ないものなのですが、こういうことを平気で言うのです。
 私が、「分かりました。ミズノサワの先の土砂崩れ現場の写真は使いません」と言って、その場を鎮めました。そのうえで、「でも、村長、ミズノサワは秋山の紅葉観光の一番の人気スポットです。あそこで写真を撮りたい人が多いのです。ミズノサワまでは車で行けますが、車が多くなると、車の引き返しが厄介なことになります。通行止めにしたうえで、雄川閣駐車場あたりから村がシャトルバスを出すようにするといいのでは」と提案しました。森川氏は「そんなに人気のスポットなの? 商工観光課長に検討させる」と答えました。
 その日の午後、商工観光課長に会う機会があり、「村長からこういう話があるかもしれない。積極的に考えてください」と話すと、課長は「村長から指示があって、シャトルバスを出すことになりました」と答えました。
 シャトルバスが実現したことは嬉しいことです。でも、森川氏は私とのやりとりは課長に話さなかったようです。
 私は自分の利益のために提案しているのではないですから、べつに森川氏が「松尾の提案だ」と紹介してくれなくても結構です。
 しかし、他人のアイディアはいただく一方で、私への処分恫喝はそのまま。そして、10月議会全員協議会では私の発言中に、傍聴席から「警察介入を!」と野次を飛ばしましたね。
 要は、「自分の言いなりになるのであれば面倒みてやる。言いなりにならないなら、アイディアはいただくが、恫喝は続ける」ということなのでしょう。
 こういう森川氏の施政が村の空気をなにか暗いものにしてしまうのだと思います。

 


◎ 本当に「村民第一」、「住民が主人公の村づくり」なのか?
 森川氏は、「森川こういちのお約束」で、「村民第一です」、「住民が主人公の村づくり」と繰り返し書いています。
 私はこれを見て、「本当か?」と思わざるをえません。
 というのも、私が実際に見た・聞いた森川氏の言葉・行動はその正反対だからです。

 

●「村民が誤解するといけないから、情報は公開しない」――これが森川氏の実際の態度
 この議員活動報告の前号(第39号)で報告したとおり、3月定例議会=予算議会の最大のテーマは《村の財政》でした。私は財政が厳しく、村民のみなさんに我慢していただかなければならないことが出てくるだけに、政策決定過程を透明化する必要があると主張しました。たとえば、新年度予算案を2月末に突然公表するのではなく、国や県と同じく、各課・各部署からの予算要求−査定のプロセスを公表することです。
 ところが、森川氏は「そういうものを公表すると村民に誤解が生じる危険がある」と言って公表を拒みます。2017年度に村が長野県中小企業経営診断協会に村内4観光宿泊施設とスキー場の経営診断を依頼し、その報告書が提出された時も、同様の扱いでした。一定の時間が経過した後に議会には内容を示しましたが、「村民が誤解するといけないから」という「理由」で、内容を村民に知らせることを禁じました。

 

● 「村民が誤解する」とは、一体、どういうこと?
 「村民が誤解するといけない」とは、「村民には情報を正しく読みとる力がない」というのと同じ意味ですね。
 森川さん、「住民が主人公の村づくり」と言うならば、「村民にむらづくりを一緒に考えてもらう」ことになりますよね。そして、「考えるには情報が必要」となりますね。ところが、「誤解するといけないから情報は出さない」。だったら、どうやって考えろって言うのですか?
 言っていることと、実際にやっていることが真逆ではないですか。言葉だけ格好いいことを言うのは止めてください。

 

● 「和をもって協力」と分断・個人攻撃は相容れません
 「和をもって協力」――これも「森川こういちのお約束」に書かれている言葉です。
 昨年秋、とても盛り上がったラグビーのワールドカップ。「ONE TEAM」が流行語になりましたが、ラグビーで大事なことがもう一つありますね。「試合が終わったらノーサイド」です。試合では激しくぶつかり合うが、試合が終わったら、敵・味方なく、共にたたかった相手をたたえ合う。そういう精神です。この精神があってこそ、村政において「和をもって協力」が成立します。
 でも、森川氏が4年前の村長選後初めての村議会で発した言葉は、阿部伸治さんへの「あなたは他候補選対の副本部長ですよね」という敵対感をむき出しにしたものでした。議場にいた誰もが驚きました。新聞もその驚きを書きました。
 今回の3月議会初日(3月3日)もまた同じことをやってしまいましたね。私の質問にキレてしまい、答弁を拒み、最後はとうとう「松尾議員は利益誘導している」と攻撃しました。一村の長たるものがキレるなんて、本当に恥ずかしいことです。首長たる者、あってはならないことです。


 私は村会議員選挙に立候補した時、「情報を徹底的に公開する」ことを唯一の公約にかかげました。ですから、議会でどういう議論があったのか、「議員活動報告」を書き、村民のみなさんにお届けしています。
 村議会では「議事録」というものが作成されています。議会での議論の様子をより詳しく知りたい方は誰でも、議事録を見ることができます。それは法律で保障された村民の権利です。公的なことは情報がオープン、これが「和」を保ち、「分断」を排し、村に明るさと活力をもたらす最大の源泉となります。
 村民みんなが明るく、和気あいあいと活発に議論して、素晴らしい栄村をつくっていきましょう! 近隣の市町村の人から「栄村は大変だね」なんて同情されるような状況から脱け出しましょう!

 


栄村復興への歩みNo.378(3月20日付)

 

 

地域の力で下高井農林の存続を!
 写真は下高井農林高校の生徒さんが考案された「野沢菜おやきパン」です。とても美味しい! 3月2日に野沢温泉村道の駅で購入し、写真を撮りました(パンについて詳しくは3頁)。
 栄村議会は3月定例会で、「下高井農林高校の地域キャンパス(分校)化ではなく現在のまま存続を求める意見書」を可決しました。木島平村議会では13日、野沢温泉村議会では19日に同様の意見書が可決されました。他方、飯山市議会では残念ながら意見の一致をみることができませんでしたが、5名の市議が下高井農林高存続の立場を明確にされました。

 

● 状況は緊迫しています
 県教育委員会は3月24日に定例会議を予定していて、そこで「第2期高校再編第一次分」を具体的な高校名を入れて決定しようとしているようです。栄村議会の意見書はまさにその「第一次分」に下高井農林高校を含めないよう求めるものです。
 下高井農林高校の存続の可否は栄村を含む岳北地域の存亡にかかわる大問題です。高校・教育の問題であると同時に、地域の問題そのものだとうけとめて、考え・行動する必要があります。

 

● 「中学生人口が減れば高校をなくす」――そんなことでは少子高齢化対策はできない
 県教委が進める「高校第2期再編」は、
   ・ 岳北地域の中学校卒業生は、平成30年の265名に対し、

    15年後には167名(H30年の約63%)に減る。飯山、農

    林2高校のクラス数は7から4に減る
ことを前提として、
   ・ 生徒数が120人以下、もしくは160人以下で中学卒業生

    の半数以上が当該高校に入学してくる中学校がない状態が

    2年連続した場合は、飯山・農林の統合か、地域キャンパ

    ス化(分校化)する
としています。
 じつに馬鹿げた、過疎地域を蔑(ないがし)ろにした考えです。
 高校を減らしたら、地域が守られるどころか、中学生がいる家庭はこの地域から脱出しようとするでしょう。高校再編は究極の岳北地区潰し策だと言わざるをえません。

 

●人口800人の村が村立高校を43年間運営し、全国から注目されています(北海道)
 長野県の高校再編策、岳北地区の首長さんたちが認める下高井農林分校化路線とまったく逆をいく地方自治体があります。
 北海道でいちばん小さな村、音威子府村です。「おといねっぷむら」と読みます。人口わずか800名。北海道北部に位置する村です。

 


 ここに道立ではなく村立の高校があります。音威子府美術工芸高校です。生徒たちが造る(創る)作品は優れていて、全国から注目されています。私はNHKの番組「ぐっさんの国道トラック旅 札幌〜稚内」で山口智充さんと女優の田中美佐子さんが同校を大型トラックで訪れる様子を見て、この高校の存在を知りました。
 「廃校」がささやかれた昭和53年に赴任した狩野剛校長は音威子府村を隅から隅まで視察し、村の宝物である「豊富な木材」と「村人の心の熱さ」に着目、《全国どこにもない高校づくり》に人生をかけることにしました。それから43年、音威子府美術工芸高校は全国から注目が集まる高校になっています。生徒は道内各地はもとより、全国から集まり、約120名です。生徒たちはチセネシリ寮という全生徒が入寮できる寮で暮らしています。
 音威子府村は、村民の2割近くが高校生という、とても夢ある村になっています。

 

● 生徒たちが次々と実績をあげている下高井農林高を地域の希望の星に!
 下高井農林高校の生徒たちは、地域に密着したユニークな活動に色々と取り組んでいます。信毎で紹介された飯山の伝統工芸「小沼箒」の技の継承はその一つですね。栄村の森集落が4年前から取り組んでいるソバ栽培の収穫祭でソバ打ちの先生役を務めているのは栄村在住の農林校生です。
 そんな生徒たちの取り組みの中で誕生したのが1頁に写真紹介した「野沢菜おやきパン」です。
これは、毎年、静岡県の伊豆の国市で開催される「全国高校生パンコンテスト」の第14回大会(本年1月18、19日)で同高の木鋪杏莉さんが「特別賞」(日清製粉賞)を獲得したものです。全国から435名がエントリー、第1次書類審査を突破した24名が伊豆の国市に集い、パンづくりの技を競いました。
 「野沢菜おやきパン」はまずパン生地がとても美味しい。一流のパンです。そこに適量の野沢菜がサンドされています。野沢菜が目立ちすぎることもなく、パン生地と絶妙のバランスです。是非、一度お試しください。きっと大きな満足をしていただけることと確信します。(お問い合わせは下の電話番号へ)

 


 農林高校生は地域の希望です。下高井農林高校を岳北地域の宝としていくことこそ、栄村をはじめとしてこの地域が持続可能な山村として活性化していくキーポイントとなると思います。みんなの力で下高井農林高を守り、育てましょう。

 

 


早春の景色

 

平滝にて(12日)。
雪が消えているだけでなく、田が乾いていることに驚き!

 

 

泉平ではコブシの芽が大きく膨らんでいます(11日)

 

 

マンサクはすでに開花(15日、月岡〜小滝間)

 


平滝野々海線のケンノキ(標高800m強)からの眺め。
中央に妙高山、その右に火打山が見えます。

 

 


オオイヌフグリが一面にひろがっています(12日、中条)。

 


青倉集落の十王堂と鳥甲山(12日)。これまであまり気づかなかった眺めです。

 

 早い春の訪れに戸惑いを感じますが、例年の春には見られない面白い景色が発見できそうです。「いいなあ!」と思われた眺めがありましたら、是非、ご一報ください。