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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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イワカガミの群生など

 〈山つながり〉ではありますが、“議論”はちょっとひと休み。きれいな花をご覧ください。まず、イワカガミが群れ咲いている姿です。

 

 

 

 

 イワカガミのクローズアップです。

 

 


 こちらはイワウチワです。

 

 いずれもスキー場頂上の林の中で、イワカガミは5月29日、イワウチワは5月14日の撮影。

 

 

 

 3枚目はシャクナゲ。
 秋山・小赤沢の福原秀樹さん宅の庭です。5月23日午後撮影。


飯山市照岡の山腹崩壊・土石流をめぐって

  • -
  • 2017.06.04 Sunday

 前号でも少し触れましたが、5月19日、飯山市照岡で山腹崩壊・土石流が起こり、現在も桑名川地区4世帯に避難指示が出ています。
私は5月21日以降に3回、ブログでこれに関する記事を公表しています。詳しいことはそちらをご覧いただくことにして、ここでは、3点について記します。

 

山腹崩壊の現場(5月21日撮影)


 第1は、山腹崩壊発生から10日以上が経過していながら、下流の避難指示地区での土嚢の積み上げがわずか1段にとどまっていることです。信じがたい対応の遅さです。
県の主対応組織は北信建設事務所のようですが、同じ管内の中条川での山腹崩壊・土石流の経験・教訓が活かされていないと思います。
 第2は、飯山線が5月22日の土石流以降ずっと運休を続けていることです。
私は土石流が流れた出川に架かる飯山線の鉄橋の様子も見てきましたが、充分な警戒態勢をとれば、運行は可能だと見ています。栄村・中条川の時のような必死の対応がなされていないと言わざるをえません。

 

飯山線の鉄橋(5月27日撮影)


 第3は、地域の日頃の地域環境への関心の高さ、防災意識・体制の重要性です。
 今回の山腹崩壊の現場は飯山市照岡の生活ゾーンからは見えません。桑名川地区の区長さんなどが川の濁り、用水路の水の減少で異変を感じとられ、市に通報されたのが山腹崩壊発見のきっかけです。
 桑名川の現区長さんをはじめ、同地区の方々は平素から千曲川の洪水対策などに熱心に取り組まれています。私は3年前、千曲川の河川整備基本計画の公聴会でみなさんと初めてお会いしました。その時、「栄村からはもっとたくさんの人が来られると思っていたのに」と言われたことを覚えています。桑名川の人たちから学ぶべきことが多々あります。
 一日も早い避難指示解除が実現するよう、対策の強化を県などに訴え続けていきたいと思います。

 

土石流が流れ出し、千曲川に濁り始める地点(5月27日撮影)


半年〜1年かけて、本紙の有料化を実現していきたいと考えています

  • -
  • 2017.06.04 Sunday

 「栄村復興への歩み」は発行開始から7年目を迎えていますが、多くの方々にご愛読いただき、たいへん嬉しく思っています。私も少しずつ年齢が高くなり、当初に比べると無理がきかなくなってきていますが、「震災から満10年を迎えるまで発行し続ける」という決意はいまも変わりありません。
 ただ、取材・編集、印刷、配達のすべてを一人でやりきることが資金的に苦しくなっています。ここ数年は有志の方々からの協賛金(寄付金)で支えていただいています。心から感謝申し上げます。
 そのうえで、本紙の発行・配達には毎月15〜18万円の経費を要し、現在の協賛金制度だけではやっていけないというのが率直な実情です。
 そこで、誠に申し訳ないのですが、有料化に踏み切りたいと考えるに至りました。
 しかし、その一方で、「村民のみなさん全員にお届けしたい」という気持ちには変わりがありません。
 そこで考えたのが、以下のようなことです。
   * 1ヶ月200円の購読料をお願いしたい。

   * 協賛金にご協力いただける方には、これまで通り、協賛金

   (ご寄付)をお願いします。(上記の「購読料」のみでは必

    要経費を賄いきれないためです)
   * いきなり「購読料」と言われても困るという方もおられると

    思いますので、半年から1年の移行期間を設定し、その間に

    お一人お一人とお話させていただいて、「購読料」が可能か

    どうか、「購読料」をいただける場合の受取方法等を決めさ

    せていただく。
   * 次号から、集落ごとの配達予定日を可能なかぎり予告するよ

    うにして、みなさんのお宅への声かけをさせていただく。

 

 私は、栄村のような小さな村であるからこそ、村のメディア(新聞)が必要だと思っています。先にも書いたように私自身は「震災満10年目まで」という心づもりですが、出来得るならば、こういう“村の新聞”が村のあるかぎり有り続けるようになってほしいと願っています。その意味で、今回の「有料化」は、当面の経費の確保ということのみならず、〈一人一人の出費で村の新聞を確保していく〉という長く引き継がれていくべき事業の始まりとしての意味も有するのではないかと考えます。
 これから、みなさんのお宅をお訪ねして、ご意見を伺っていきますので、率直なご意見をお聞かせください。
 どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

(なお、念のために一言しますが、私が出しています「松尾まことの議員活動報告」は議員としての当然の仕事ですので、議員報酬で賄っていきます。「有料化」は「栄村復興への歩み」に限っての話です。)


飯山市照岡の山腹崩壊・土石流のその後の2

  • -
  • 2017.06.01 Thursday

 5月27日に現場を見て廻った結果を27日付でレポートしましたが、まだ書けていないことがあります。また、29日夕、飯山市へ用件で出かけた帰りに出川橋周辺の様子を見てきました。その時の様子も含めて追加レポートします。

 

5.29日夕の状況
 29日夕に行った際のいちばん大きな変化は、県道408号線に架かる出川橋(通称「だんご橋」)の通行止めが解消されていたことです。
 しかし、出川橋に近い4世帯に対する避難指示は継続されているとのことであり、また、出合橋のすぐ上手に鉄橋がある飯山線の運行も休止が続いていました。

 

写真29−9 通行止めが解除された出川橋


 なお、30日朝刊によれば、29日午後1時すぎに土石流が発生したそうです。信濃毎日新聞によれば、「泥水が流れ下ったが、下流域の桑名川地区には到達しなかった」とのこと。
 29日夕の出川橋付近の川の水は27日よりも濁りが強かったのですが、この29日午後の土石流の影響だと思われます。
 また、土石流の発生原因・場所について、やはり信毎で「崩落現場付近で作業していた業者の調査員が幅約10叩長さ約20叩厚さ0.5辰曚匹療攤修崩れ、沢に滑り落ちたのを見た」と報道されています。これが、山腹崩壊箇所そのものの崩壊なのか、その下部での小規模の土砂(19日の山の崩壊で崩壊場所下部に堆積した土砂)の崩れなのか、これは私にはわかりませんが、重要なポイントです。

 

6.設置土嚢の低さに驚きました
 27日に現地の人たちのお話をお聞きした後、出川橋、飯山線鉄橋、出川橋上流の居住地・田畑ゾーンを見て廻った時に強く疑問を感じた、違和感を覚えた点を記します。
 今回の山腹崩壊、土石流の後に出川左岸に設置された大型土嚢がわずか1段であり、高さ不足ではないかということです。
 県・市では大型土嚢の裏側にコンクリートブロックを積んで、厚みを増す方針だと聞いています。それも必要でしょうが、土嚢の積み上げを2〜3段に増やさないと高さ不足で、大きな土石流が来た場合、土石流は土嚢を越えて住居地・田畑に流れ込みます。コンクリブロックによる厚みの強化は土嚢を高くすることに対する支えとしてこそ意味があるのではないかと思います。
 写真を示します。

 

写真29−10 出川左岸、避難指示地区

 

 出川の水面の高さと、田畑や家屋の高さにあまり大きな開きがないことがわかります。大規模な土石流に備えるには大型土嚢を2段、3段と積み上げることが必要であることは明白ではないでしょうか。
 中条川の土石流の直後の土嚢設置がどんな状況であったかについての記録をすぐに引っ張り出すことはできないのですが、いまも対策工事が進行中の中条川で新たな大規模土石流が発生した場合に備えている大型土嚢は2〜3段積みです。技術的にはそういう措置が可能だということです。参考までに、中条川左岸、温泉宿泊施設「トマトの国」の裏手に設置されている大型土嚢の様子を紹介します。

 


写真170530−11

 

 土嚢の奥に中条川に設置された谷止工の1つが見えます。
 土嚢の手前に杉の木が見えますが、右手の杉は生きています。左手の杉は枯れていますが、これは土石流を被った結果です。また、土嚢を廻り込むような形で工事用仮設道路があります。この工事用仮設道路をつくる関係で杉林を伐採したこともあり、土石流がこの写真を撮影した地点〜「トマトの国」方向に流れることを止めるために、この3段積みの大型土嚢が設置されているわけです。
 中条川の山腹崩壊・土石流対策工事計画では、これより上流でさらに3ヶ所くらいで谷止工を設置した後、この箇所に恒久的な導流堤を建設する予定になっています。

 

 話を出川(−井出川)に戻します。
 私が設置された大型土嚢の低さ、厚みのなさに驚いたのは出川橋付近だけではありません。もう少し上流に進み、川のすぐそばに田畑があり、それを挟んでやや高いところに住宅がある所でも「?」と感じました。

 

写真27−12―1
(ここまで30日午前9時20分までに書きましたが、行方不明者探しに出かけました。この後の文章は31日夜に書いたものです。)

 

写真27−12−2

 

 写真の中央〜右側に見えるのは土石流で流されてきて溜まっている泥です。足を踏み入れると、ごぼっと足が入り、埋まります。

 

写真27−12−3

 

 溜まった泥の高さと、川の水面の高さの差は20〜30cmしかありません。

 

写真27−12−4

 

 溜まっている泥の脇の川の流れ。濁流が激しい勢いで流れています。どうやら護岸が壊れているようです。

 私が27日に衝撃を受けたのは、こんな状況なのに、川の近くには県や市の職員、緊急対策工事に従事する作業員の姿が一人も見えず、大型土嚢をさらに補強する類の作業がまったく行われていないことでした。27日は土曜日でしたが、こんな緊急事態に土曜も日曜もあるはずがありません。

 

7.飯山線の運転見合わせについて
 飯山線は、今回の山腹崩壊・土石流発生で、飯山市が避難指示を出して以降、運転を見合わせ、6月1日現在、戸狩野沢温泉〜森宮野原駅間が普通になっています。
 そこで、出川に架かる飯山線の橋梁の状況を見てきました。

 


写真27−13

 

 全体像です。写真左手が上流です。
 写真ほぼ中央に橋梁の橋台及びその延長線上のコンクリート壁が見えますが、そこに土石流の痕跡がはっきり見えます。壁の元々の色(黒っぽい色)の下に泥色の部分があります。これが土石流の最高水位を示しています。
 また、出川の水位と橋梁の高さの差は、県道に架かる出川橋に比べて随分と余裕があります。
 なお、中条川での山腹崩壊・土石流の際は、JRは県等の観測システムとは別に独自の観測システム(雨量計等)を設置し、列車運転の可否を独自に判断するシステムを設けていましたが、今回はそういうシステム・態勢は見当たりませんでした。
 JR関係者の話によれば、「橋梁がある地区に避難指示が出されているから運行できない」とのことですが、県・市に状況判断を委ね、JR独自の判断はしていないのだと思われます。因みに、中条川土石流では2011年春、中条地区への避難指示が継続されている間に飯山線は中条川橋梁を通過する列車の運行を再開していました。

 たしかに土石流はいつ発生するか分からず、また土石流の規模がこれまでに複数回発生したものの範囲に収まるという保証はないし、土石流の流下スピードが猛烈に速いことも事実です。
 しかし、川の水面と橋梁の高さの差、列車運行の頻度の少なさ等を考えれば、現場付近に土石流監視員を配置し、緊急に列車を橋梁手前で停止させる態勢を整えれば、列車の運行は十分に可能ではないかというのが私の意見です。
 JRは栄村での地震災害と中条川土石流をめぐっては、宮中ダム問題および津南町寺石地区の踏切人身事故の問題があって、地元対策の観点から運行の早期再開のために異例の緊急対策を実施しましたが、桑名川地区は宮中ダムや寺石地区とはかなり離れていることから、栄村での対応とは異なり、災害による運行休止を1ヶ月〜半年ないし1年間平然と続ける地方ローカル線対応をしているとしか思えません。
 「通学・通勤・通院には代行バスの運転で対応している」と言うでしょうが、飯山線にはもう1つ、重要な意味があります。〈飯山線を活用した観光〉です。現在は、SLの運行、「おいこっと」の定期運行で飯山線の観光客が増えてきている初期段階です。これがいわば無期限の運行休止となれば、飯山線の観光は運転が再開されてもすぐには回復せず、ゼロからの再スタートを求められる状況に追い込まれます。
 これは地元にとってじつに大きな打撃です。「信州ディスティネーション」キャンペーンの本番が迫っている状況の中で、こういう対応はどうなのでしょうか。

 

8.「砂防対策」の基本発想をめぐって
 私は、今回のこのレポートで「土嚢をもっと高くする」ことを求めました。これは、今後の井出川〜出川での恒久的な土石流対策において、側堤(導流堤)の構築を求めることにもつながる考えです。
 また、27日に現場を見た後のレポート1回目では、桑名川砂防ダムに溜まっている立木や土砂の早期撤去を求めました。
 その後の新聞報道(5月30日付信毎)を見ると、29日に阿部県知事が現地を視察し、地元から「桑名川砂防ダムに溜まった土砂の早期撤去を要望され」、知事は「具体的対応を検討し、早く対応できるよう指示した」とあります。
 ところが、5月31日付の信毎によれば、県は「桑名川砂防ダムよりもさらに下流域」に「新たな砂防ダムの設置を検討している」と伝えています。同時に、桑名川地区での土嚢やコンクリートブロックの設置について「高さ50臓幅1叩廚里發里髻6月上旬完成」をめざすとしています。
 また、これと関連して、県サイドの調査関係者筋から、県担当者の「下手に流木等を撤去すれば、上流に溜まっている土砂が一挙に流れ出て、大きな土石流になるので、容易には撤去できない」という考え方が漏れ聞こえてきています。

 ここには、中条川でも見られた、「砂防専門家」の考えと、地元住民の考えの大きなズレ・相違があると、私は考えます。
 「砂防専門家」の基本的考えというのは、「ダムで土砂を止める」の一言に尽きます。
 他方、地元住民の考えは、「土石流が住宅地や田畑に流入しないように、川の岸に側堤(導流堤)を造ってくれ」、また、「土石流が流れて河床が上がったところは土砂を撤去して河床を元の高さに下げてくれ」(+逆に、ダムよりも下流側で河床が下がった所は土砂を流して元の河床の高さを回復してくれ))ということです。
 私は、地元住民の考えの方が妥当であり、正しいと考えています。
 もちろん、砂防ダムをすべて否定するものではありません。中条川で2011年3月12日の地震時の山腹崩壊・土石流発生と2013年9月の第2次大規模土石流発生の間に実施された対策工事が2013年9月の土石流発生の際にどの程度効力を発揮したかを見ると、有効性(土石流による土砂の流下量の抑制と速度抑制)を発揮したのは、いわゆる減勢工(セルダム)だけだったと思われます。他の砂防ダム(及び谷止工)は、とくにより下流の2基において顕著ですが、土石流によってすぐに埋まり、第2波・第3波の土石流を跳ね上げ、流域の建造物・道路・田畑を土石流が襲う結果を引き起こしたと言わざるをえません。地元住民は「(最も下流にある)砂防ダムは悪さを引き起こすだけ。撤去してくれ」と繰り返し求めています。
 土石流対策、砂防対策の発想法そのもの・基本的考え方の根本的な転換が求められているのだと、私は考えています。
 中条川での今日までの経験をふまえて、一言加えれば、「専門家」と言われる人たちは、災害発生直後の調査の際や対策工事実施期間には現場を見ていますが、たとえば、工事が休止している春先の融雪期の山腹崩壊地現場の状況などは基本的に見ておられません。そのために豪雪地に対応した有効な対策処方を編み出すことができない等の欠点を脱し得ていないと、私は思っています。
 県の直接の担当者は、教員住宅の転用やトレーラーハウスの導入など、避難者の住居対策を懸命にやって下さっているようで、それは結構なのですが、「避難の長期化は避けられない」というのでは困るのです。直接には土嚢等の設置規模の問題になりますが、もっと住民の立場に立ち切った対策に目を向けてもらいたいと思う次第です。


 私は今回の桑名川地区の災害については常時現場にいる訳ではありませんので、状況の変化等、充分にフォローできているわけではありませんが、中条川での経験をふまえて「言うべきことは言う」という基本姿勢で、あえて以上のようなことを書いた次第です。

 

(5月29日〜31日に記)

(了)


松尾まことの議員活動報告(5月29日付)

   初議会はどのように行われたか

 

 4月23日の選挙で選ばれた第17期の議員が初めて出席する臨時議会が5月22日(月)に開催されました。
   注:4月23日の選挙で当選した議員の任期は本年5月21日からの

     4年間です。これまでの4年間の議員は第16期(栄村村議会

     が設置されて以降の通常選挙で選ばれた16回目の4年間とい

     うことです)。
 選挙後初めての議会というのは特別なものです。
 というのは、議長も決まっていなければ、各議員がどの席に座るかも決まっていない状態で初議会を迎えるからです。まず、議長や議席を決めないことには何の審議もできません。これらのことを決めることを「議会構成を決める」と言います。

 

■ まず議員懇談会
 22日はまず午前9時に議員が議場に集まり、議員懇談会を開催することから始まりました。
 集まった議員は、議席がきまっていないため、16期から引き続き議員を務める人が元の議席に仮に座る以外は各人、とりあえず空いている席につきました。
 懇談会の座長は慣例により、最年長議員が務めます。最年長年齢者が複数いる場合は、誕生日の早い人がそれに該当します。今回の場合は島田伯昭(のりあき)氏が該当者でした。
 懇談会では、議会事務局が作成したレジュメを基に、初議会本会議の進行についての確認が行われました。その中で、くじ引きで仮議席も決めました(くじを引く順番を決めるくじ→仮議席を決めるくじの2回のくじ引き)。30分強の懇談会でした。

 

■ 本会議冒頭の手続き――仮議席の指定と議長選挙
 午前10時から初の本会議。
 議長が決まるまでは仮議長が議事進行を司(つかさど)ります。仮議長はやはり最年長者ということで島田伯昭氏(これは会議規則によるもの)。
 最初の議事は「仮議席の指定」。議員は先ほどの懇談会でのくじの結果にしたがって着席していて、それを「仮議席とする」と宣します。
 続いて、村長挨拶があった後、「議長選出」。
 これは自由立候補制で、無記名投票(「無記名」とは、誰を選ぶかは当然書くわけですが、投票者の氏名を書かないという意味)で決めます。
 ところが、この議長選挙のプロセスが変わっているというか、面白いのです。
 本会議をいったん休憩し、議会全員協議会に切り替え、そこで立候補者が立候補の意思を挙手で示し、立候補者は「所信表明」の演説をするのです。いわば立合い演説会のようなものですね。
 今回の場合、福原和人氏1名の立候補で、福原氏が所信表明をされました。
 ここで、本会議が再開されます。
 そして無記名投票が実施されます。仮議長から議員3名が立会人に指名され、投票箱の点検及び開票作業の立会いを行ないます(斉藤康夫、松尾、桑原武幸の3議員でした)。
 開票の結果、福原和人氏が10票(満票)を得て、議長に選出されました。
 福原氏が議長受託の挨拶を行なった後、議長席につき、ようやく議会が本格始動しはじめました。

 

■ 議席の指定、副議長選出、各委員会委員長の決定等
 福原議長による議事進行は、まず「議席の指定」。本会議冒頭に仮議席としたものを正式の議席とするのです。
 次に、副議長の選出。
 これは基本的に議長選出と同じ段取りで進められます。
 実際はどのように展開したか。
 私自身はいささか驚いたのですが、島田伯昭氏が立候補し、ちょっと遅れ気味で立候補意思表示の挙手をした阿部伸治氏との一騎打ち選挙となりました。
 投票結果は、阿部伸治氏6票、島田伯昭氏4票で、阿部伸治氏が副議長に当選しました。
 この後、「議席の変更」手続きが行われます。というのは、議長は10番、副議長は9番議席とすることが慣例となっているからです。先の議席決定で9番と10番になっていた上倉敏夫氏と保坂良徳(よしのり)氏がくじ引きをして、4番と7番に移り、これで議席が最終確定しました。
 この後、議会運営委員会委員長の選出。自薦・他薦が求められ、自薦で名乗りを上げた相沢博文氏が議運委員長に決まりました。
 続いて、2つの常任委員会の正副委員長を決めます。
 本会議を休憩にして、議場内で2つの委員会に分かれて協議。
 総務文教委員会は保坂良徳氏が委員長、月岡利郎氏が副委員長。産業社会委員会は松尾が委員長、斉藤康夫氏が副委員長と決まりました。
 この結果、総務文教委員長の保坂氏、産業社会委員長の松尾、副委員長の斉藤氏が議事運営委員会の委員となりました。(総務文教副委員長の月岡氏が議運に入らないのは、すでに議運委員長に決まっている相沢氏が総務文教委員会所属であるためです)。
 この他、村等から委嘱される各種委員会・審議会等の委員の選任、北信広域連合議会議員等の選挙(議長の推薦指名への全議員の同意による)が行われました。

 

■ これらの議会構成の手続きをどう見るか
 これでようやく、議会構成がすべて決まったわけです。ここまでで午前11時半頃になりました。
 なんだか「手続き」が煩雑に感じられるかもしれませんが、議会が村民の負託に応え得る公明正大な運営をできるかどうかを大きく左右するものですから、きちんと規則等に則って、このように行うことが必要かつ重要であると思います。

 5月22日の臨時議会は、この議会構成の他に、村長提出の議案もありましたので、議会構成が終わった段階で昼休憩とし、午後1時半から村長提出議案の審議を行いました。本会議終了後、村長提出の議会全員協議会もありましたので、会議全体が終了したのは午後3時少し前でした。

 

   「初議会はどのように行われたか」――少し長くなりました

   が、かなり詳しく書きました。上に記したように、今後の議

   会運営のあり方を左右する重要な手続きであり、村民のみな

   さんによく理解しておいていただくことが大事だと思うから

   です。

 

 

☆ 福祉医療費給付金条例の一部改正について

 午後の本会議で村長提出の議案4件がありましたが、その中の1件、「栄村福祉医療費給付金条例の一部を改正する条例の制定」について、日々の暮らしにも直結しますので、説明します。
 お子さんをお持ちの方には馴染みが多い条例です。
 改正されたのは給付対象者を決めるうえで重要な定義に関わる条項です。
 1点目は、「乳幼児」の定義です。これまで「出生の日から満6歳に達する日以降の最初の4月1日までの間にある者をいう」とされていましたが、下線部が「3月31日」に改められました。この給付金は県の制度と密接に関連していますので、長野県の定義に合わせるようにしたものです。
 2点目は、「児童生徒」の定義です。
 まず、「小学校入学時から満18歳に達する日以降の最初の4月1日までの間にある者」の「4月1日」が「3月31日」に改められました。
 もう1点。「18歳以上20歳未満で高等学校その他村長が認める施設に在学若しくは在校中の者(高等学校を卒業した者を除く。)」が、「児童生徒」の定義に加えられました。
 これは病気等で高校進学が遅れた人が高校在学中に満18歳に達したために福祉医療給付金を受けられなくなることがないようにするためです。
 該当する人の数は多くないかもしれませんが、当事者にとっては重要な問題です。
 なお、「18歳を超えて高校等に在学」となる理由の解釈には幅があると思いましたので、その点、質問して、担当課長の答弁をいただきました。議事録に残りますので、今後、この条例の解釈をめぐって議論が生じた場合の判断基準となると思います。

 


☆ 浄化槽と農集の「経営戦略」について
 このテーマは、22日午後の本会議終了後、「議会全員協議会(村長提出)」で説明・協議が行われたものです。
 正式には、「栄村特定地域生活排水処理事業経営戦略」並びに「栄村農業集落排水事業経営戦略」といい、いずれも平成29年度〜38年度の10ヶ年計画です。
 これは議会の議決を要する「計画」の類ではありません。したがって、あくまでも「こういう経営戦略を策定しました」という理事者側(役場側)の報告にとどまります。ただし、議員はいろいろ質問・協議することができます。

 

■ 平成33年度(4年後)に3%の使用料値上げを予定
 それぞれA4判で18頁もある文書ですが、村民に関わる最重要事項は、浄化槽使用料、農集使用料ともに、平成33年度に3%の値上げが予定されていることです。
 提出された資料によれば、浄化槽使用料については、「平成29年度から平成32年度にむけて収支全体が悪化」という理由、農集については「平成33年度に施設改築や電気機械類の更新を計画」、「次の更新が見込まれる30年間でご利用者の皆様に均等に負担していただく」という理由が挙げられています。
 農集の平成33年度における施設改修等は処理場(宮野原橋近くにある)の改修で、それ自体は避けられない改修のようです。ただし、施設改修計画の中身、経費等についての精査が必要であり、平成33年度からの使用料3%値上げ計画が妥当なのかどうか、平成32年度を待たずに真剣に議論しなければならないと思います。
 他方、浄化槽使用料については、私が資料を読んだかぎりでは、「平成29年度から平成32年度にむけて収支全体が悪化」という理由付けに説得力はないように思います。これもよく検討・議論しなければなりません。

 

■ 水道や下水道の純「企業経営」化を求める国の圧力の強まり
 村の財政は、震災復旧・復興関係の交付金・補助金の基本的終了によって、財政規模が震災前に戻りつつあり、そこに村の人口減少等の要因も加わって、徐々に厳しいものになりつつあります。
 そのことをおさえたうえで、しかし、今回の浄化槽・農集使用料値上げの件は、村の財政事情に因(よ)るというよりは、国の圧力が大きな要因だと見なければなりません。

 

● 「経営戦略」策定は総務省の通知によるもの
 今回の「経営戦略」という文書、総務省の通知にしたがって策定されたのですが、コンピューターでのシミュレーションを必要とするなど、非常に専門的な文書です。栄村役場単独で策定できるものではありません。
 私が質問したところ、専門業者に委託したそうです。そして、その委託料には国の補助金が出るとのことです(私が議員になる前に審議された平成28年度当初予算に盛り込まれています)。
 国が補助金まで出して、この「経営戦略」の策定を求めるのには2つの理由があると見られます。
 第1の、そして最も大きな理由は、下水道事業(栄村では浄化槽と農集)について、税金を投入する運営から、基本的に下水道事業からの収益だけで運営する「企業経営」に変えていくことを国が追求していることです。(もう1つの理由は、こういう計画策定事業が国との関係が深いコンサル企業の儲けにつながるということです。)
 先般、国の経済財政諮問会議で安倍首相は、「地方財政の改革」を唱え、その重要な一環として「水道事業等の経営の見直し」を指示しました。水道事業等を純「企業経営」化し、税金の投入を減らし、それによって国から地方自治体への地方交付税交付金の交付額を減らそうという狙いです。
 栄村では、浄化槽・農集の会計に一般会計からの繰り入れを行なっており、また、浄化槽設備や農集設備の関係で地方債(借金)を発行しています。そして、村の一般会計の最重要の財源は地方交付税交付金であり、地方債の償還(借金返済)にも地方交付税交付金が大きな役割を有しています。
 水道や下水の事業で、国が求める「企業経営」化への努力が不十分とみなされれば、地方交付税交付金の算定で不利な状況に追い込まれる可能性があります。
 国は、森友問題や加計問題に見られるように不正かつ不適切な財政資金の投入を行なう一方で、福祉費の削減やこの水道・下水問題に見られるように、国民生活を苦しくする政策を強めています。
 ひょっとすると年内にも衆議院解散・総選挙があるかもしれませんが、私たちは水道・下水事業のような暮らしに密接な問題からも国政に対する関心を高め、的確な投票行動ができるようにしていかなければならないと思います。

 

● 村議会でもしっかり審議することが必要
 「国の圧力があるならば仕方ない」ということではありません。
 村の議会でしっかり審議し、村民の暮らしが守られるようにしなければなりません。
 これまで、こういう料金値上げは、値上げ直前に新年度予算案の中で出され、わずか2日間くらいの予算審議の中で決まってしまうというのが基本だったと思います。
 しかし、議会には常任委員会というものがあり、村長が招集する議会(本会議)が開かれていない期間でも委員会を開いて、調査や議論を行なうことができます。この委員会の活用がこれまでの議会ではほとんど見られませんでした。
今 回スタートした17期議会では委員会活動を飛躍的に強化したいと思います。福原議長もそういう考えを持っておられますし、私は産業社会常任委員会の委員長として委員会の開催を積極的に進めていく考えです。総務文教常任委員会委員長に就任された保坂良徳氏も同様のお考えです。
 浄化槽・農集について委員会での検討を行っていきたいと思います。

 


☆ 今後の議会予定
 村議会の開催には定例会と臨時会があります。定例会は、3月、6月、9月、12月の4回です。
したがって、間もなく6月定例会が開催されます。村長による招集の正式の告示はまだ出ていませんが、6月16日(金)〜6月22日(木)の予定になっています。ただし、17日(土)と18日(日)は休み、22日は予備日ですので、実際に議会が開かれるのは16日、19〜21日の4日間です。19日と20日の2日間が一般質問日になります。
 6月定例会に通常提出される主な議案は、4月の人事異動に伴う人件費の補正を主たる内容とする補正予算案です。今回の6月定例会で私が注目しているのは、4月1日に間に合わなかった温泉の共通入浴券の料金改定に必要な栄村温泉条例の改正案が提出されるかどうかです。現在の共通入浴券は9月末までの暫定的なものですので、10月1日からの共通入浴券を遅くとも9月中旬に発行するには、今度の6月定例会に温泉条例改正案を提出するのが当然であると考えるからです。
 なお、6月定例会の議事日程等を決める議事運営委員会は9日午前の開催です。ここで6月定例会に提出される議案もあきらかになり、各議員に配布されます。
 6月定例会の傍聴を検討されていて、議事日程を詳しく知りたいという方は10日以降、私にお問合せください。

 

 

☆ 各種委員会等の委員となる議員について
 議会には、村が設置する審議会や委員会等の委員を出すよう村から委嘱(いしょく)がされます。17期議会のスタートに伴い、その委員が決まりましたので、主な一覧を紹介します。
  * 総合振興計画審議会委員 ………… 保坂良徳、松尾眞
  * 農政審議会委員 ………… 松尾眞
  * 福祉審議会委員 ………… 松尾眞
  * 自然環境保護審議会委員 ………… 保坂良徳、松尾眞
  * 地域包括支援センター運営協議会委員 ………… 斉藤康夫
  * 社会福祉協議会理事 ………… 福原和人、斉藤康夫
  * 振興公社評議員 ………… 福原和人
  * 老人保健福祉計画・介護保険
   事業計画策定懇話会委員 ………… 斉藤康夫
  * 空き家対策協議会委員 ………… 保坂良徳

 

 

☆ 初当選議員研修会で安曇野に行ってきました
 5月19日、長野県町村議会議長会事務局主催で「町村議会初当選議員研修会」というものが安曇野市堀金(ほりがね)公民館で行われ、私が参加してきました。
 ここで言う「初当選議員」というのは、この1年間に初当選し、かつ研修会当日の5月19日に議員である者を指すそうです。したがって、昨年4月の補欠選挙で当選した私は該当しますが、先般の村議選で初当選した4人が議員となるのは5月21日からで、研修会の対象者外。
 研修の内容は、議員活動をすでに1年間やっていれば周知のことがほとんど。内容的に得るものはあまりありませんでした。
 参加議員は60名ほどでしたが、見たところ40〜50歳代が多いように感じました。

 

 

<「議員活動報告」の発行時期について>
 昨年5月に始めた「松尾まことの議員活動報告」ですが、当初は毎月1日を発行日としていました。しかし、昨年末あたりから議会開催日程との関係で不規則化しています。
 議会開催の後はできるだけ早く報告をお届けしたと思いますので、今後は、発行日を不定期とし、議会終了から1週間を目安に発行するようにしていきたいと考えています。定例会も臨時会もない月は月半ばを目安に発行します。
 よろしくお願いいたします。


5月26日の野々海

写真1

 

 24日か25日に野々海の管理人・月岡英男さんから「野々海はまだ雪が多い」とお聞きしたので、20日以降の変化を確認するため、26日朝、様子を見に行ってきました。
 時間がないので、ひたすら写真を貼り付け、必要に応じて簡単な説明をつけます。
 上の1枚(写真1)は、堤入口から入った直後に撮影した全体像。9:06.

 20日に比べて、池の上の雪の凸凹が多くなっているように思います。この凸凹の正体は次の写真(写真2)。

 

写真2

 

 野々海に着いたのは午前8時頃。三叉路の様子は写真3。21日と比べて、かなり雪が低くなっています。

 


写真3

 

 ただ、三叉路の湿地の中は雪がまだ多く、ミズバショウなどが顔を出すには少なくともあと1週間はかかるかなという感じです。

 


写真4

 

 キャンプ場〜深坂峠間の道開けはされていません。2枚提示します。

 


写真5

 

写真6
 深坂峠への道は自然融雪で少し道路が見えています(写真6)。


 深坂峠手前のミズバショウ群生地。この日もキャンプ場横の「東窓」の雪上(写真7)から沢を進んで様子を見てきました(写真8)。

 


写真7

 

写真8


 雪が消えてミズバショウが出ている範囲がやや広がったかなという感じですが、成長はあまり進んでいなくて、率直に言って、そんなにきれいな感じはしませんでした。(写真9)

 


写真9

 

 次に深坂峠の様子です(写真10)。

 

写真10

 

 天水山方向を見ると、山腹の雪は21日に比べて大きく減っていました(写真11)。

 


写真11

 

 深坂峠の法面には、「アカモノ」が群生し、かなりの数の花が見られるようになってきています(写真12)。

 

写真12

 

 キャンプ場から野々海峠につながる道も開いていません。
 キャンプ場から野々海峠への道を進んで最初の大きなカーブを曲がったところの右手にあるミズバショウの大きな群生地の様子も、雪上を進んで、見てきました。(道に慣れていない人が下手に進むと、沢を下ってしまい、すでに水が見えている野々海池の東窓近くの部分に行ってしまう危険が大です)

 

写真13

 

 この写真の樹木がないところ一帯にミズバショウが出ます。群生地の規模としては深坂峠手前のところよりも大きいと思います。ただし、この群生地で一斉に開花するというわけではなく、3つくらいのゾーンに分かれて開花するようです。ここのミズバショウは昨年見たところでは、やや小ぶりです。
 写真13では、ミズバショウは出ていないように見えますが、中に入ると、2ヶ所、窪地になっているところで、すでに顔を出していました。そのうちの1ケ所の様子を写真14で示します。

 

写真14

 

 次に、野々海池の「東窓」の近く、池の幅が狭まっている部分の様子です(写真15)。

 


写真15

 

 あと1週間すれば、ほぼすべて水になるのではないでしょうか。正面に見える「青空」については後ほど再び取り上げます。

 

 野々海池の様子に戻ります。

 

写真16

 

 水番小屋は入口をなんとか開けられる状態になりました。

 


写真17

 

 写真17は堤の様子を見るものですが、残雪は少し減りましたね。でも、まだ結構あります。この間の気温上昇の日数が限られていたこと(里では19〜23日)もありますが、雪がコチコチに硬いので、少々の気温上昇でも融雪に時間がかかるようです。堤への道の様子を示す次の写真18も参照していただきたいが、6月4日の普請、軽トラで水番小屋近くまで下りるのは難しいかもしれません。

 


写真18

 

 最後に、第2分水点(平滝・横倉と森・青倉とへの分水)、円筒分水器付近の様子を示します。

 

写真19

 

 第2分水点がほぼ全体の姿を見せています。雪消しの炭撒きの成果です。水路には雪融け水が流れていました(写真20)。

 


写真20

 

 普請の際、第2分水点から第1分水点にむかって山道を進みますが、その道の第2分水点付近の様子は次の写真21です。

 


写真21

 

 6月4日の普請では、ここから第1分水点に向かうこと自体は可能でしょうが、道に突き出た枝を伐るとか、草を刈るという通常の普請活動はできないのではと思います。


 円筒分水器は相変わらず雪の下のままです。次の写真22。

 

写真22

 

 ただし、円筒分水器から出た水を青倉方面の川に落とすU字溝は少し姿を見せました(写真23)。

 


写真23

 

 最後に、写真15で見えた「青空」について一言。
 野々海池でさらに「青空」の撮影を繰り返しました。

 


写真24

 

 「青空」の上は雲。境界線が直線的です。
 私はこの「青空」、じつは空ではなく、日本海が見えているのではないのかと思いました。
 晴れた日に野々海峠から真っ青な日本海が見えるのと同じ方角です。
 間もなく木の葉が繁れば、野々海池からこういう景色は望むことができなくなり、正体の解明は困難だろうと思いますが…。

 

(了)


飯山市照岡の山腹崩壊・土石流のその後

  • -
  • 2017.05.28 Sunday

 5月19日に発生した飯山市照岡の山腹崩壊、その後、22日午後に土石流が複数回発生しており、その状況が心配でした。そこで、今日27日午前、再び現場に行ってきました。
 今日は、まず藤沢から国道403号線を上がってみゆきのラインに出て、羽広大橋へ。その途中、報道関係者に電話して、「昨夜11時半頃に土石流が発生した」ことを聞いた。羽広大橋上流・下流の様子を撮影した後、21日と同様に山腹崩壊が見える地点へ。後に詳しく報告するように、山腹崩壊地点には基本的に変化がないことを確認。
 その後、桑名川地区に下り、避難所になっている岡山地区活性化センターを訪問。そこで桑名川区長の鷲尾静雄さんなどからお話を聞いた。さらに、出川橋、飯山線の橋梁、出川橋よりも上の土嚢設置箇所等を見てまわり、今日の現場行きを終えました。
 以下は、見て廻った順には関係なく、いくつかのポイントをめぐって報告します。

 

1. 山腹崩壊箇所には基本的に変化なし
 いちばん関心を抱いていたことは、〈22日の土石流がどこで発生したのか?〉です。
 これまでの報道、さらに今日確認した市や県の発表・説明では、この点への言及がありません。
 山腹崩壊箇所がさらに崩れているとすれば、事態は収束予想が難しい深刻な事態になります。
 21日と同様、羽広山集落の上の畑地帯を進み、温川(ぬるかわ)(前回のレポートで「ぬくがわ」と読みを書きましたが、正しくは「ぬるかわ」のようです)の沢の右岸上から山腹崩壊箇所を見ました。6日前に比べて木の葉の繁りが進んでいて、やや見えにくいところがありました、ほぼ21日と同様の観察ができました。今日27日の写真を示し、それを21日撮影の写真を対比させます。

 

 

写真27−1

 

写真27−2

 

 この2枚は山腹崩壊箇所のてっぺんのすぐ下の様子。これと同じ箇所を撮影した21日の写真を示します(21日の記事に掲載したもの)。

 

写真21−1

写真21−2

 

 ほぼ同じ地点からの撮影で、基本的に変化がないことを確認できます。

 

 続いて、山腹崩壊箇所のてっぺん部分です。
 これは木の葉の繁りで、21日と同じようには撮れませんでしたが、比較可能な範囲内だと思います。

 

写真27−3

 

 21日に撮影したものはつぎのもの。

 

写真21−3

 

 直接の比較は難しいと思いますが、基本的な変化がないことは確認できると思います。

 


写真27−4
 写真真ん中下に白い水が見え、温川の流れです。ほぼ同じ地点を21日に撮ったものが次の写真。

 

写真21−4

 

 若干の違いがあるようでもありますが、大きな崩れはないといえます。

 


2. 羽広大橋の上流方向・下流方向の様子
 次の写真27−5は今日27日の羽広大橋上流方向の様子。下に21日の同場所の写真21−5を示します。

 

写真21−5

 

写真27−5

 

 おそらくは22日の土石流によると思われますが、21日には見られた川の中の岩状のもの、土砂がながされていることが確認できます。また、左岸(写真では川の右側)の杉の木が何本か消えていることが確認できます。

 

 つぎに、下流方向を見ます。

 


写真27−6

 

写真21−6

 

 やはり川の中の一定量の土砂が流されたこと、また、21日の写真では川の中に見える杉と思われる木が複数消えているように思われます。

 

 以上のことから、土石流は羽広大橋よりも上流で発生していると考えられます。

 

 

3. 出川橋の上流方向・下流方向の様子
 つぎに、出川橋(県道に架かる橋、現在は通行止め)の上流方向・下流方向の様子を見ます。
 毎日見ている場所ではないので、今日27日に様子を見た時すぐには21日の様子との違いはわかりませんでした。
 写真データをPCに取り込み、プリントして21日の写真と比較してみて、その変化の大きさに驚きました。

 

 まず上流方向です。

 


写真27−7

 

 下の21日の写真に見られた大きな石などが流されてなくなっています。

 

写真21−7


 つぎに下流方向。

 


写真27−8

 

 微妙に撮影アングルが違いますので、断言的には言えませんが、下の21日の状況から、川幅が大きく変わり、両岸の樹木がかなり流されて消えていると思われます。

 

写真21−8

 


4. ひとまず確認したいこと
 ここまでに見てきたことから、
   イ) 22日の土石流は、山腹崩壊箇所からではなく、それよりも

    下、そして羽広大橋に至る間で発生したと思われる
   ロ) 22日の土石流では、羽広大橋付近よりも出合橋付近の方が

    土石流の威力、破壊力は大きかったのではないかと思われる
の2点が言えると思います。
 このロ)の点をもたらした大きな要因としては、羽広大橋と出合橋の間にある桑名川砂防ダムが22日の土石流で完全に埋まり、砂防ダムを越えて土石流が出合橋付近を襲ったことが考えられます。
 桑名川砂防ダムはスリット状のものですが、地元の人の話では、県・飯山市は22日の土石流発生前、「桑名川砂防ダムはまだ1mくらい余裕がある」と説明していたそうです。出合川左岸の土嚢の設置状況などを見ると、桑名川砂防ダムで土石流がかなり弱められると読んでいたように思われます。しかし、実際は砂防ダムが埋まり、土石流は砂防ダムを越えて下流域を襲ったわけです。

 今日は時間の限界もあるので、他の論点にはこれ以上言及しませんが、ここまでの検討から次のことを強調したいと思います。
    22日(+26日夜)の土石流がどこで発生しているかを早急に

    確認する必要がある。ドローン等を活用し、井出川を遡って調

    べれば、判明するはずです。
    19日の山腹崩壊でどれくらいの量の土砂が井出川・出川に流れ

    込んだかを解析すること。私は専門家ではないのでそういうこ

    とはできませんが、中条川の山腹崩壊・土石流をめぐるデータ

    からはそういう解析が可能だと思います。
    上記△硫鮴呂鵬辰─△海譴泙任療收侘で下流まで流れ出た土

    砂の量がどれくらいかを解析すること。これは護岸等に残る土

    石流の痕跡から土石流の高さを割り出し、また、川幅の広がり

    を計ることで、かなり正確な数値が割り出せると思います。
    このような解析を行うことで、今後起こりうる土石流の最大規模

    を割り出し、必要な対策を考えることが可能になると思います。
    素人考えですが、桑名川砂防ダムが埋まっている状態を打開す

    ることが対策の1つの鍵になるのではないか。「梅雨明けを待つ」

    という県の方針には私は納得がいきません。
     たしかに降雨量が増えた場合、新たな土石流が発生する可能性

    があり、対策工事関係者の安全を考慮しなければなりませんが、

    降雨量の測定や、上流に堆積している土砂の中に含まれている可

    能性がある雪が気温上昇で融ける可能性の判定などによって、安

    全を確保しながら対策工事を進めることは可能だと思います。

 

 

 避難指示で家に帰れない人は当面の仮住宅を提供されればよいというものではありません。自宅に戻れる日を一日も早く実現する、そのために最大限の対策を進めてほしいと思います。

 

(了)


配達日誌5月11日〜20日

11日(木) 昨夕の6時すぎに降り出した久々の本格的な雨。朝までにほぼ止んだ。私自身は今週、残雪が多くあるところにばかり行っていたので、「乾燥」ということをまったく意識していなかったが、残雪のないところは相当に乾燥していたのだと思う。
 一度目覚めたのは3時前だったか。さすがに早すぎると思ったし、眠気もあったので再度眠って、5時前に起床。
 朝から「復興への歩み」No.306の執筆と「配達日誌」5月1日〜10日の編集。午前中、30kgの精米と発送を挟む。
 午後は2時から私の知人と知人の引き合わせ。その後、思い立って極野〜五宝木間の道路に五宝木側から入って、残雪状況などの調査。3時半に逆巻交差点から日出山線に向かい、五宝木〜極野間の残雪・通行不能区間を歩いた。歩いたのは往復約45分間。

 

車では進めなくなった地点


 歩きながら、「ジャーナリストの仕事をしているのか? それとも議員の仕事をしているのか?」という問いがふいに頭の中に浮かんだ。答えは「両方を兼ねている」だと思う。現場を見ずしては何も言えない・書けないということは両者に
共通している。
 途中に通った鳥甲牧場が、3日前の8日に比べて、土が出ている部分が圧倒的に広がっていて驚いた。帰路は融雪で出る水蒸気のゆえだろう、霧がものすごく、道路の一歩前が見えない地点がかなりあって、運転に苦労した。
 帰宅後、やや風邪気味。五宝木〜極野間の山道を歩いて汗をかいたが、着替えを持っていなかったのが原因か。葛根湯がきれていたので、購入して、それをのんで就寝。

 

12日(金) 起床すると、風邪っ気は抜けていた。
 昨日の午後遅くに五宝木に行ったのは、極野〜五宝木間の道路状況について記事を書くため。しかし、その行動のために、「復興への歩み」No.306は昨日中に完成させることができず、今日の朝方も編集の続き。また、極野〜五宝木間の道路状況と対応策について役場の担当者宛にメモを作成。
 昼食後、スキー場へ。「頂上まで車で行けるのではないか」と思ってのこと。
 やはり行けた。頂上のカタクリはピークを過ぎた感じ。これから雪が消えるところにも咲くので、まだそこそこに楽しむことはできるが…。今日は、頂上の林にも入ってみた。雪が残るが、その先にイワウチワの群生。きれいだ。イワカガミは今日雪が残っていたところの雪下で出番を待っている。今後の天候にもよるが、17、18日くらいには本格的に姿を見せるのではないだろうか。

 

スキー場の頂上リフト降り場のカタクリ群生地の先に残雪の林がある


 スキー場頂上からさらに貝立山裏の水路かけ口までの道路状況も見たかったが、配達もせねばならないので、今日は断念。
 下に降りた後、森の23軒などに配達。

 

13日(土) 6時頃起床で、朝から配達。東部地区で87軒。
 車に載せた印刷物が足らなくなり、10時頃にいったん帰宅。「復興への歩み」No.306をブログにアップ。
 11時前、「おいこっと」お出迎えに森宮野原駅へ。GW直後の土日で、しかも雨模様。これまでに出会った「おいこっと」の中で最も乗客が少なかった。でも、車内でオカリナ演奏をした中野市のグループと素敵な出会い(下写真)。その後、「道の駅」でキノコ汁・ごはん&山菜天ぷら。計550円だが、一般の店だったら千円くらいするであろう内容とボリューム。

 


 帰宅後、「配達日誌」5月1日〜10日のブログへのアップと「復興への歩み」等の増刷。その途中で2種類のトナーが交換となったが、イエローのストックがなくなっていることに気づいていなかった。土日なので月曜まで発注がきかない。月曜日に配達する分を確保できない。
 午後1時半頃発で主に西部地区の配達。50軒。
 加工用トマトの畑の準備が進んでいる。妹木のトマトハウスで頼之さんご夫婦と少しお話。ご夫婦はズッキーニの種蒔き作業。とにかくよく働かれるご夫婦だ。
 朝から、筋肉の張りを感じ、「昨夜、久しぶりに本格的に体操したせいか」と思っていたが、午後の配達の途中で喉に痛み。どうやら11日夜の風邪っ気が残っていたようだ。

 


朝、滝沢総一郎さんのアスパラ畑を訪れた

 

妹木の頼之さんの畑。もうマルチがはられていた

 

14日(日) 今朝は朝6時から空き缶拾い。村で「6時」と言われれば、「5時半くらいかな」と思いつつも、「5時半では早すぎるだろう」と思って5時40分頃に出たら、案の定、半分ほど終わっていた。
 続いて、8時から普請。
 昨夜はゆっくりしたつもりだったが、5時の起床時、体のだるさが残っていた。普請終了時はかなり消耗。11時頃に、「あっさりして、食べやすいもの」と思って、冷やしうどんを食べたところ、かなり疲労感が薄らぎ、さらに「デザート」と称してシュークリームを食べたら、かなり元気回復。その結果、迷っていたスキー場頂上行きを強行。というのも12日のイワウチワ撮影があまりうまく出来ていなかったため。今日行ってよかった。12日と較べると、花の勢いがピークを越えた感じだったから。
 続いて、貝立山裏の道の開き具合を見に行った。貝立山登山口を過ぎたところで車は進めない状況。ちょっと迷ったが、歩いて進むことに。最高の気分だった。往復30分程度だったが、かなりリフレッシュ効果あり。

 

最高の気分!

 

 帰宅後、写真データの取り込み、1時間程度の睡眠など。かなりしつこい体のだるさだが、なんとかなりそうだと思う。
 なお、普請の休憩時に、ある人が「これ、シオデでしょう?」と言い、かなり急なところを登って採って来て、「はい、1回分」と言って、私に下さった。昼食の際、これを湯がいたものを冷やしうどんに入れてもらったが、絶品!

 

15日(月) 朝一番で、トナーの発注を間に入る業者さんに再確認。12日金曜日から印刷できなくなっているが、昨日14日に配達しなかったので、既印刷分がまだあり、水内地区を中心に午前中に54軒配達。
 午前中から時折、小雨が降っていたが、午後3時半頃、強い雨。雨音が激しくした。しかし、これもそんなに長くはなかった。
 夕方からはトマトの国の愛湯会。計16名参加。今回は、新しく着任した板前さんの紹介とその料理のお披露目が開催目的。新しい板前さんの料理、私は4月23日の花見に続いて2度目だが、ほとんどの人は初体験。「わあ、綺麗!」、「すごいごちそう」とひとしきり感動の言葉が全員の口から噴き出た。
 「そもそも愛湯会はなぜ始まったのか」という話も出て、7月半ばすぎにトマトの国の周辺の草刈りと今年3回目の愛湯会をやることになった。「地元の力でトマトの国を盛り立てる」――いい感じになってきている。

 

16日(火) 「発注したトナーが来るのは早くて10時頃だろう。それまで印刷も配達もできないから、秋山のいろんな様子を見に出かけよう」と考え、朝7時前の出発で、日出山線→鳥甲牧場→再び日出山線→秋山林道→奥志賀公園線との境のゲート(まだ冬期閉鎖中)まで→戻り、切明温泉へというコース。
 奥志賀公園線のゲート先にも少し歩いて入った。残雪はほとんどないが、ブナがまだ芽吹いていない。

 

芽吹きも未だという中で1本だけ花を咲かせるヤマザクラが印象的だった


 帰路、ヤマトのドライバーと出会い、極野〜五宝木間が通行できる状態になっていると聞き、帰りはそのコースをとった。
その前に、和山で、間伐作業をしている森林組合の若者が昼休み休憩しているのと出会い、「天然記念物が栄村で発見されたら、どんなことになりますか?」と謎かけされた。なんと、ヤマネという天然記念物を誤って捕獲したのだ。私も写真を撮らせてもらった。その後、脱走して、自然界に戻ったと電話で聞いたが。帰宅後、県の自然保護課に連絡(翌17日、「写真が欲しい」等の連絡が来た。環境省が関心を示しているそうだ)。
 帰宅後、大量の印刷。夕刻に人に会いに行ったこともあり、配達には至らず。

 

17日(水) 朝からせっせと配達。午前中は白鳥と青倉を中心に89軒・97部。
 お昼前に、「西山田の圃場整備を前に、ボヤ(小ぶりの雑木)を伐っている。その後、大きな木を倒す。ボヤがあるため見えなかった景色も見えるようになった。この景色も見納めだよ」と知人から電話をもらい、昼食前に撮影へ。

 

雑木がなくなり、たしかに田の姿がくっきり浮かび上がっている


 午後、平滝に配達に行き、25軒の配達を終えて、野々海に通じる道の集落内でいちばん奥まで進んだところで、「まだ道開けは再開されていないだろうが、9日に歩き始めた地点あたりの融雪の具合くらい見ておこうか」と軽い気持ちで上がって行ったら、なんと道が開いていて、結局野々海池まで。
 長靴とウインドブレーカーしか持っていず、けっこう寒かったので、あまり無理せずに帰ってきたが。
 途中、女性が運転する京都ナンバーの乗用車が下ってくるのを見かけて、驚いた。
 帰宅後、野々海普請(6月4日予定)の関係者に残雪の状況を知らせるために、急遽、写真レポートを制作。
 夜は、人と会うために外出。
 昨日くらいの段階ではっきりしたが、14日頃にピークがきた体のだるさ、背中の張り、軽い風邪もあったが、主因は疲れ。4月選挙戦の疲れ、あるいは5月上旬に騒ぎ過ぎた疲れがいま頃になって出てきているようだ。今週いっぱいくらいで抜けるかなと思う。

 

18日(木) 朝早くからひたすら配達。No.304(4・14付)未配達地域を解消するために、No.304〜206の3号セットを107軒配達。計算ミスのために、途中で部数が足らなくなり、追加印刷に戻り、再び東部のいちばん奥まで配達に行き直すなど、効率の悪い面もあったが、とにかく完了できた。
 午前中の早い時間、この間出会えなかった人と配達途中にちょこっと立ち話。まだ選挙結果が話題になる。
 夕方近くに、用件が2件あって、役場へ。うち1件は16日夜の横倉でのクマ出没に関わるもの。具体的なことは「復興への歩み」に書こうかと思うが、役場に対応の遅さに対する村民の不満・批判の通報をうけて、「なぜ、遅れたのか?」の解明。問題点は解明でき、私に通報してきた人にはすぐに回答。思うことは、クマ問題に役場が危機感と根本的対策方針、対応体制を未だに確立できていないということ。これは、4月に相次いだ秋山を中心とする震度3レベルの地震への対応をめぐっても感じられる。
 午前中は今日未明の雨を引きずったような天候で、気温もあまり上がらなかったが、午後、きれいに晴れ上がってきた。空の色は、この間晴れ上がった時に見られた、いわば「濃い青空」というものではなく、「淡い青色の空」。うっすらと雲がかかっているというのではなく、青色が淡い感じで、とても良いのだ。それと奥山の芽吹き直後の色とが合わさって、「素敵だなあ!」と思った。あまりうまく撮れていないが、極野の奥山方向を望遠で撮ったものを1枚。

 

19日(金) 午後1時から安曇野市堀金(ほりがね)公民館というところで、長野県町村議会議長会事務局主催の「初当選議員研修会」。ここで言う「初当選」はここ2年間に初当選した議員という意味。栄村の場合、先月23日の選挙で初当選した人は今日5月19日の段階ではまだ議員の任期がスタートしていないので、対象外。私を含む昨年4月補選での初当選者が対象。1名は再選がならなかったため、もう1名は所用で欠席ということで、私のみが出席。約3時間の講義2つ。得るものは少なかった。
 会場の堀金公民館は北アルプスの常念岳の麓。景色はいい。写真は撮らなかったが。
 私は、単独行で午前中、白馬村に立ち寄った。7日に撮れなかった白馬村被災地の現在の様子を撮影するのが目的。途中、道を間違って30分以上ロスしたこともあって、あまり廻れなかったが、いちばん被害がひどかった堀之内区に着いた時に最初に見た景色があまりに美しく、強烈な印象を焼きつけられた。「凄い景色!」と興奮している時はあまりいい写真が撮れないという経験則があるが、帰宅して写真データを見ると、やはり強烈に焼きついている印象を再現できていない。それでも、いちおう紹介しておきたい。
 思い返してみれば、白馬村で地震があったのは、紅葉も終わり、もう間もなく初雪という季節。その後に訪れたのも冬。春〜初夏に訪れたのは初めて。北アルプスを望む地域の春〜初夏の景色はすごい! 白馬村から大町までの青木湖、木崎湖あたりの景色もよかった。

 

 

 これに匹敵するものは、やはり上の原から望む鳥甲山連峰の景色だろう。私の感覚からすれば、「のよさの里」の屋内ではなく、「のよさの里」の前の庭、さらに天池(本来のもの)のほとりに洒落たテーブルとイスがあって、そこでコーヒーなどを口にしながら、絶景を眺めることができるという仕掛けが欲しいなあと思う。

 

20日(土) 昨日の安曇野行きで朝に満タンにしたガソリンがほぼ空っぽに。昨夜は給油できなかったので、朝7時のスタンド営業開始直後に給油(起床は早く、2時間弱の印刷等の作業後)。
 その足で野々海へ。その結果を記した「野々海でミズバショウが出た!」をブログにアップ。その後もスキー場頂上のイワカガミの開花状況の調査、5月初旬に住民がクマの穴と思われるものに出くわした場所の調査等で一日中走り回った。今日中に終えたいと思っていた配達は結局明日に延期。
 野々海の残雪状況、クマ問題で2本のブログ記事を書いたが、公表は明日以降にする。
 


栄村復興への歩みNo.307

 

 


 今号は2枚の風景写真から始めることにしました。
 1枚目はヒトリシズカという花です。「トマトの国」の前の丸山の辺りで16日午後の撮影です。2枚目は「鳥甲牧場」での幻想的な風景。11日夕に通りかかり、あまりの美しさに車を停めて撮影しました。雪融けの水蒸気で霧が立ち昇り、流れています。
栄村にはきれいな花、美しい風景がたくさんありますね。


天然記念物のヤマネ

  • -
  • 2017.05.26 Friday

 

 可愛いですね。
 天然記念物の二ホンヤマネとい う小さな動物のようです。
 5月16日、秋山郷で森林組合の若者が一時保護したものを撮影させていただきました。
 当初、「リスの赤ちゃん」と思って保護したそうです。その後、背中に特徴的な暗褐色の縦縞(たてじま)があることから「ヤマネではないか」という話になり、「天然記念物だと、どういう扱いになるのか?」と話しているところに私が通りかかり、撮影させていただいた次第です。

 公益財団法人キープ協会のヤマネに関するHP上の記述によれば、
    「体長約8cm・体重18gほどの大きさで、夜行性の哺

     乳類」
    「日本固有種で、国の天然記念物に指定」
    「リスやネズミと似ていますが、別の種類」、「日本に

     は数百万年前から棲んでいる生きた化石」
    「寒い地方では秋から春まで半年もの間、落ち葉や木の

     穴の中で眠る」
というものだそうです。
 発見状況は、間伐作業時に木の小枝などが重なった間にいたということですので、まさに冬眠から目覚めた直後だったのではないでしょうか。
 先に「一時保護」と記しましたが、天然記念物とわかっていれば、いっさいの捕獲行為は禁じられています。今回の場合、当初はリスだと思ったこと、また、写真撮影後しばらくしてヤマネが逃げ出して自然界に戻ったことから問題はないと考えられます。
 16日当日午後、私が県自然保護課に発見の報告をしました。後日、「写真資料などを提供してほしい」という要請があり、現在、そのように対応すべく準備しているところです。