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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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避難所をめぐって

 31日夜を避難所で過ごされた人は約280名だったそうです。
 徐々に減ってはいますが、しかし、多いといえば多いです。

 これには色んな要因があります。たとえば、村の中心部・森集落の場合は、農集耕という下水道システムの損傷の回復に時間がかかっていることが一番の原因です。家ではトイレが使えず、炊事もできないので、3食とも避難所、寝るのは避難所とならざるをえません。それ以外の集落では、やはり帰れる家がないという要因が一番大きいようです。

 何回か紹介した小滝集落の場合は、避難所生活は今日で「終わり」とされました。1世帯だけ残られましたが、この方は仮設住宅に入れるまで避難所生活を続けることを決意されています。他の人は自宅に戻られるか、「仮設住宅ができるまで村外で仮住まい」かです。

 その一方で、今日、別の集落の話を聞くことができました。このN集落の場合、「自宅の建物に不安があって戻れない」というケースと、「家は大丈夫だが、一人で夜を過ごすのは怖い」というケースがあるそうです。

 前者は仮設住宅の開設が一刻も早く求められるということに尽きます。
 後者は、震災ということで一気に表面化したのですが、高齢者の居住福祉に関わる問題でもあると思います。昨年、小滝集落で集落点検会を行った際に、「一人でいるのが寂しくなったとき、みんなと一緒に寝られる共同の家のようなものがつくれないか」というご意見が出ました。そこでは「寂しさ」と表現されたと記憶していますが、それは高齢ゆえの「不安感」ともいえるものではないかと思います。

 いま、「一人で夜を過ごすのは怖い」というのは、「地震がもう一度来たとき、大丈夫か」ということですが、それは単に建物がもつかどうかということではなく、「一人でいることの怖さ」、「一人で対処できるか」という不安です。

 高齢者福祉のあり方として、施設か在宅か、あるいは施設として従来型かグループホーム型かということがよく問題になりますが、それだけではない問題があるといえるでしょう。不安などに襲われたときに一時的に駆け込むことができる空間の確保ということです。
 震災は、じつは平時にも問われているそういう問題を待ったなしの形で突きつけるのだと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

フジTVの報道に早速の反響

 昨日のレポートで触れたとおり、今夕6時15分からフジTVで栄村の震災についての特集が放映されました。残念ながら、今回は首都圏限定だったようですが、取材関係者のお話では「長野エリアでも後日放映される」とのことでした。

 放映直後、東京の知人から「放送されたよ」という電話をもらったのですが、18時50分、18時59分とたてつづけにメールが入ってきました。1件目は「青倉公民館再建基金の件」、2件目は「公民館にニュースを見て」という件名のものです。さらに、19時55分に「4月1日のフジテレビ見ました」というメールが入ってきました。
 メールに記されていた内容を少し紹介させていただきます。

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スキーなどの様々な人のつながりで長野県の友人が多く、今テレビでは東北の被災地ばかり(こちらもとっても大変ですが…)の報道の中、長野市の友人がポロっと栄村もホントひどいんだよ…とこぼしたのを聞いて、色々ボランティアなどできないかと探していてここにたどり着きました。
 実生活で公民館のかかわりというのは薄いのですが、5〜6年前長野の友人宅へ泊めてもらったときに、そのお宅のおばちゃん、おじちゃんがよく行くのを見て身近なものなんだなぁとびっくりした思いがあります。(他の地区ですが…)
 色々な義援金がある中、あまりに被害が広域で大きすぎるため、実際募金はしてもいつどういう形で被災者の為に使われるのかが見えないのがちょっと疑問に思うところでした。それでも重要だと思うのですが。
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私は新潟県上越市の出身です。野沢温泉には子供の頃良く遊びに行きました。
栄村の存在はあまり存じませんでしたが、とても美しいところと知りました。
早く雪が溶けて復興が順調に始まることを祈っております。
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栄村さんも大変でしたね、先ほど公民館の義援金口座とメールアドレスを探せたので、メールです。
母の願いでして、今出来る限りの費用ですが、明日にでも振り込ませて頂くつもりにいます。皆さんの大事な公民館の建て直しに少しでもお役にたちたくて。
お金の使い道がハッキリ分かっているのはとてもいいです!
姉が新潟に嫁さんに行ってます。中越地震の時、県や市に義援金の使い道を見せてと、お願いしてもだめだったそうです。事情もありましょうが、明確な使い道ですと、単純な私はそれならと思います。
長野のりんごが大好きです。
どうぞ、お忙しくお疲れでしょうが、お身体大切になさって下さいね。お名前も、お顔も存じ上げませんが、人生の大先輩がたと笑いあえる日がきますよう願っています。
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 いずれもお心の温かさが伝わってくる素晴らしいメッセージです。
 これらのメッセージから、私は2つのことを読み込みました。

<“にほんの里の復興”というキャッチフレーズ>
 1つは、みなさん、「ふるさと」を思う心、華やかな都会ではない「僻地」の山村をおもう心をお持ちになっているということです。ここには、今回の東日本全域を襲った地震被害であきらかになった現代文明社会の行きづまりをのりこえていくとっかりがあるのではないかと思います。その意味で、栄村の復興は「にほんの里の復興」ということをキャッチフレーズにしていくべきだと思っています。

<義捐金をめぐって>
 2つは、義捐金についてです。
 先日も一度、言及したかと思いますが、義捐金の行方について疑問を持たれ、義捐金を拠出することについて躊躇されている方が思った以上に多いことにある種驚いています。

 義捐金の使途について考え抜くこと、使途を事後公開することの2点が重要だと思います。中越大震災の教訓としては、依然として「個人私有財産としての家屋の修復・再建に公的資金は投入しない」という国の復興支援策の限界を埋めるものとして義捐金が重要な役割を果たしたということがあります。しかし、そのことが栄村も含めて各自治体で理解されているかといえば、心許ない状況があります。

 よく言われることに、「義捐金を出す以外に自分になにかできないか」ということがあります。そのお気持ちは有り難いものです。そして、言われようとしていることもよくわかります。

 そのうえで、私は目的・使途を明確にした義捐金・基金の重要性を改めて強調させていただきたいと思います。ストレートに言えば、500〜1,000万円×50〜100件=2億5千万〜10億円の住宅復興基金があれば、少なくとも住宅をめぐる不安、とくに高齢者の不安は大きく取り除くことができます。お一人1万円として2万5千人から10万人です。お一人が月千円を10カ月拠出して下されば可能です。あくまでも数字上の計算ですが。

 もちろん、「何かを手伝いたい」というお気持ちは大事にしたいと思います。村の人たちへの支援と交流の機会を創るツアーとワンセットでの住宅復興基金へのご協力をいただくというようなことも構想してよいのかな、などとも思います。
 みなさんのご意見をお聞かせいただけると幸いです。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

「東日本大震災」とは?

 レポートにとりかかる前にYahoo!ニュースを見たところ、政府が今日の持ち回り閣議で今次震災の呼称を「東日本大震災」とすることを決めたとありました。名称変更の理由詳細はわかりません。栄村の震災をどれだけ意識し、理解してのことなのか、非常に気になるところです。

 そのニュースのつながりで警察庁緊急災害警備本部の広報資料「東北地方太平洋沖地震の被害状況と警察措置」という表を見ると、都道府県一覧の中に、なぜか四国の徳島と高知が入っているのに、長野県は入っていません。

 また、「避難状況」の一覧には長野県が入っていて、「68ヶ所・733人」とあるのですが、それに続いて「*福島県、茨城県からの避難者」とあります。何?! もちろん、福島・茨城からの避難者の方々も大事ですが。

 ついでに、もう1つ。4〜5日前だったでしょうか、農水省の「食と地域の交流促進交付金」というものの応募書類の関係で農水省関東農政局から「文書の補充が必要」という連絡が電話で入ったのですが、「栄村は震災で、書類など見つけられない」と答えると、「栄村で地震があったとは知らなかった」という応答が返ってきました。
 
 栄村の今回の地震が東北地方を襲った地震と関係があるのかないのか、いろいろと議論があるようですが、それはともかく、3月12日に栄村を震度6強の地震が襲い、大変な被害が出ているということを中央政府としてきちんと認識・認知しているのかどうか、はっきりさせてほしいというのは正直な思いです。

 ちなみに、現在の農水副大臣、お一人は栄村を選挙区に含む長野1区選出であり、もうお一人は隣の津南町を選挙区に含む新潟県選出の人です。
 
 このレポート、メディア関係の方々にもかなり配信していますが、どなたか、お調べねがえないでしょうか。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

<後記>

  • -
  • 2011.04.01 Friday
 今夜、ネットワークの理事の会合をもちました。全員が被災者です。
 それぞれの家の復興、そして集落の復興、みんな不安だらけです。でも、みんな、踏ん張ろうとしています。
 近くに貴重な復興体験をもつ中越地域があることは大きな支えです。

 また、阪神、中越、能登など、各地の震災復興に携わったことがある専門家の方々から様々なアドバイスを得られることも大きな強みです。

 人と人のつながりの大切さを身に沁みて感じる日々が続いています。
 これまでもお願いしてきましたが、このレポートを一人でも多くの方にご紹介いただき、人の環、情報の環を広げていただきますよう、改めてお願いいたします。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

明日1日、フジTV系で栄村震災の報道が流れます

 今日、東京からフジTVが取材で村入りしました。
 「結いのしょ」として支援活動に入られた方がフジTVにご縁があり、栄村の取材を強く働きかけられ、実現したものです。

 栄村のことが全国ニュースではまったくと言っていいほど、取り上げられていない中で画期的なことだと思います。
 放映は1日6時だと聞いています。是非、ご覧ください。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

GWに復興支援のさまざまな企画を

 例年、5月のGWには私が勤務する京都精華大学の学生がフィールドワークで村を訪れるなど、さまざまな交流活動をやってきました。また、昨年からは“むらたび”の企画を模索してきました。

 今年は、「震災でそれどころではない」と思ってしまいがちです。私自身、そのように思い、5月GWのフィールドワークは中止といったん決めました。しかし、ここ数日、考えが変わってきています。
 あまり危険なことはできませんが、例年、フィールドワークの一環として水路普請や古道整備をやってきたのですから、震災の今年はもっと力を入れて、普請の支援を強める形でやるべきではないかと思うのです。


春の道普請


水路普請

 ただし、例年、楽しみの1つのポイントだった農家での昼食やお茶のみの様相を変えることになるでしょう。農家の方々のお世話になるのではなく、訪れるものが支援者として自ら昼食をつくり、集落の人たちにふるまい、応援メッセージを届ける場として、農家の軒先や野外などで昼食やお茶のみを行う。そんな工夫が必要だと思うのです。

 また、フィールドワーク等での宿泊拠点となっていた栄村ゼミナール館が震災で使用不可能になっています。栄村周辺の方々には、支援に入る学生やボランティアの人たちに格安での宿泊施設の提供を是非、お願いしたいと願っています。

 「結いのしょ」に登録されている方々は、色んなアイディアを提案してください。むら側の実情に照らして、実現可能・不可能の判断をさせていただきますが、メールのやりとりの中で、色んな工夫が生まれてくるものと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事



“にほんの里”を復興させよう!


雪消えの頃の小滝集落を望む(09年撮影)

 私自身の復興についての考えの提起をします。栄村は「にほんの里100選」に選ばれています。栄村は本当に“にほんの里”そのものだと私は思っています。
 それは、端的には、栄村のあちこちに点在する集落の佇(たたず)まいに端的に現われています。が、里の景観はただ単なる景観にとどまるものではありません。そこで営まれている暮らしの内実がすばらしいものであるからこそ、素敵な景観も生まれ、維持されるのです。
 先日、震災後のむらを見て廻られた知人から今日送られてきたメールの一節を紹介します。

「皆さんが生きてゆく、暮らしてゆくために発揮するエネルギーには、驚かされました。
車庫を独力で解体する70ん歳。
家を片付けつつ早速お茶飲みする、日常性のたくましさ。
本当は帰れるけど、高齢者ばかり避難所に残せないから一緒に泊まるよ、という精神も、都会ではあり得ないですね。
避難所を皆さんが清潔に使っておられるのにも、感心しました。」

 これが“にほんの里”栄村というものです。
 この“にほんの里”を地震で傷ついた姿から復興させ、より素晴らしいむらとして再興させていくこと、これが復興の基本方向ではないかと考えます。その基本は、集落を守り、高齢者が若者と共に安心して暮らせる集落の復興を図ることです。

 具体的には、4つの柱を考えています。
1. 住宅復興のために、公的な支援制度の隙間、足らざるところを埋める、市民の知恵、技、そしてお金の支援を結集する
2. 田んぼと水路を修復し、山間地の農業を復興させるために、専門家の知恵とボランティア(結いのしょ)の力を結集する
3. 復興への取り組みを都市住民との共同作業とし、都市との交流、“むらたび”(むららしい暮らしを五感で体験する旅)を大いに発展させ、復興の力とする
4. 復興への取り組みを少しでも新しい雇用を村に創り出すものとする
 
 今後、この4つの柱を中心に、むらの人たちの声を集め、色んな創意工夫をして、活発な復興活動を展開していきたいと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

栄村復興支援機構「結い」、明日から新たな体制へ

 3月19日に正式スタートした栄村復興支援機構「結い」、今日31日で支援活動参加者数が述べ1,000人を超えました。
 「半日帰宅」に合わせた家の片付け作業の手伝いからスタートしましたが、多くの家で片付け作業もほぼ終わり、状況は緊急支援から復興支援へと大きく変わりつつあります。
 そこで、「結い」では30日夜の会議で、4月1日から復興段階の支援へと活動内容を転換、ステップアップすることを決め、それに伴って、体制も新たなものとして整えることを決めました。
 活動の軸が、個々の家の片付け支援から、復興の軸となる集落の支援に変わります。

 体制的には、緊急支援を担う日本青年会議所(JC)長野ブロック協議会、みゆき野青年会議所は復興イベントの支援等にまわり、県社協の組織としての応援も4月中旬までとなります。ここからは、地元のNPO(栄村ネットワーク、GO雪共和国)が軸となり、これと「結いのしょ」にご登録いただいた方たちが力を合わせて、復興支援を担っていくことになります。

 「結い」のそもそもの名称「復興支援機構」にふさわしい活動の段階に入っていくわけです。ここでは、中越大震災からの復興を今日に至るまで支え続けている中越防災安全推進機構が強力なアドバイザー、助っ人として味方についてくれています。
 また、「結い」の事務所も、役場から森宮野原駅交流館2F に移ります(今日までの事務所はじつは栄村議会の議場でした。いつまでの占有し続けるわけにはいきません)。

 以上に伴い、「結いのしょ」の支援活動内容も大きく変わっていきます。4月1日から12日までは過渡期として、従来の個別世帯の片付け支援を受け付けながら、各集落での復興にむけての動きを見つつ、集落支援の活動内容を模索していくことになります。

 一気にスパッと「こんな活動内容になります」と具体的に示すことはできませんが、次第に具体的な方向性、活動内容を提示していきますので、緊急支援の段階に増して、いっそうのご支援、ご協力をいただけますよう、お願いいたします。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

青倉公民館再建基金の記事に大きな反響

 
 朝8時16分、ネットワークの携帯電話が鳴りました。登録のない番号だったので、何だろうと思って出ると、「青倉公民館の記事を読みました。口座番号を教えてください」と。

 昨日、信濃毎日新聞の取材を受けていましたので、「えっ! そんなに早く反応があるの?!」と思いながら、口座番号をお伝えしました。その後も2本、3本と電話が入りました。記事には問合せ先としてネットワークの携帯番号が書かれていたからです。何人目かの方は、「これから募金活動をやって、集まったものを送る」とのことでした。
 本当に有り難いことです。

 私は、このことから、震災復興をめぐって2つのことを考えました。
 1つは、義捐金一般ではなく、使途・目的を明確にした基金の訴えの大事さということです。
 今日、お電話下さった方の中のお一人も言っておられましたが、「義捐金というのは何に使われるの?」という疑問、さらに不信の念をお持ちの方もおられます。正直にいえば、じつは私自身も「義捐金」というものがあまり好きではない人間なのです。当初、栄村ネットワークの義捐金受付をHPで発表した後、行政が義捐金口座を発表しましたが、ネットワーク独自の義捐金口座を堅持したのは、義捐金をお寄せ下さったご厚意を本当に必要かつ有益な目的に使えるようにしたいという思いがあったからです。

 そして、屋上屋を重ねかねないのに、ネットワークの義捐金口座に加え、青倉公民館再建基金の独自受付を設定したのもそれゆえです。

 今日のお電話でのお申し出では、いずれも公民館の集落にとっての重要性を熟知しておられる方からのものでした。
 都会にお住まいの方は、「公民館」と言われてもピンとこないかもしれません。しかし、長野県は今でも公民館活動が盛んな地域が多く、理解が得られやすいようです。

<集落にとっての公民館の大事さ>
 私は1年半にわたって1ヶ月に1回の頻度で村を訪ねた後、2007年4月に村に移り住みました。通っているだけではわからないむらの様子が色々とわかるようになってきましたが、最も驚いたことの1つが公民館で集落の寄合が開催される頻度の多さでした。区(集落)の評議員会、常会(集落の中の小組織単位)の集まり、中山間地域等直接支払制度の集落協定に関する会合、消防団の集まり、祭りに関する打ち合わせ会合、……挙げればキリがありません。だいたい、平日の夜7時や7時半からのものが多いようです。みなさん、昼間の農作業や勤めを終えた後に集まり、9時過ぎまでは真剣に議論をされます。勤め先からの帰宅は午後9時以降が当たり前という都会の暮らしでは想像もつかない世界です。

 こうした営みによって、集落が維持され、豊かな自然・景観を有する山村が生きたものとして日々再生産されているのです。しかも、その寄合の議論は、近代的な都市型社会の会議などに比べてはるかに民主的だという印象でした。
 震災からの復興にとって、全壊した青倉公民館の再建が重要だと考えた所以です。

<震災復興は集落復興が軸>
 2つ目は、今回の震災からの復興は集落を基軸にするものになるということです。
 「むら=集落」ということは以前に書きましたので、ここでは繰り返しません。
 震災復興で最重要の問題は住宅の復興ですが、それは「個人の私有財産としての住宅」を復興することではないのです。人びとの暮らしの基礎単位としての集落を成り立たせているものとしての家々を復興させるのです。それは高齢者という視点からみれば、高齢者が集落の支え合いによって安心して暮らせるということです。

 また、震災という非常事態の中で一見したところ、悠長な話と思われるかもしれませんが、「にほんの里100選」に選ばれた栄村の景観の素晴らしさは、じつは集落の暮らしの営みの中で維持されているものです。

 そして、この〈高齢者〉という視点と〈景観〉という視点は不可分のものとしてつながっています。まさに“むららしい”景観である、元々は茅葺きであった古い民家の多くは高齢者の住まいとして維持されているのであり、かつ、今回の震災で家の復興をめぐって最も大変な状況に立たされているのが高齢者の人たちなのです。

 今後、ネットワークに寄せられた義捐金の使途の1つの柱となり、また、今後ご協力・ご支援をお願いしたいことの中心となっていくのは、こうした集落の復興に関わる問題になっていくと考えています。

関連記事:→青倉公民館再建基金ご協力のお願い

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

千曲川の水量


東京電力の最大限取水によって、昨日、今日と、水量が極度に減っています。