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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村点描


 第83号(9月30日)で紹介した泉平の広い田んぼでの稲刈り風景。使用されているコンバインも大きく、小さな田んぼの稲刈りとはまた違う、独特のよさを感じました(9月29日撮影)。



 志久見街道を歩くと、志久見入口から20〜30分で奈免沢(なめさわ)川と出会います。奈免沢川の清流です。


 志久見街道の絶景ポイントで出会った真っ赤な木の実。あまりにも鮮やかです。何の実なのか、おわかりの方はお教えください。

10月30日は紅葉の古道を歩くむらたびです。是非、ご参加ください。



栄村の朝

 栄村復興への歩みNo.83 (通算第117号)

今日はまず、28日朝に撮影した栄村の朝を紹介します。

●スキー場にて

 この日は朝から好天。スキー場内の村道から朝陽の様子を撮影しました(am6:35)。


 村道のそばのナナカマドの木に赤い実がかなりたくさん見られるようになっています。




泉平の朝  

 泉平の朝を、朝露がついている青々とした1つのピーマンに代表させてみました。
 
 泉平に着いたのは7時20分頃でしたが、一面に広がる田んぼのいちばん奥までまっすぐに進みました。すると、1台の軽トラが止められ、ピーマンの収穫作業に勤しんでおられるご夫婦に出会いました。ピーマンはとてもみずみずしく、生でかじってみたくなる感じです。

 お名前を伺いました。島田米造さんと睦子さんのお二人です。「今朝は寒いねぇ」と米蔵さん。屋号は「医者どん」。極野から泉平に移って来られた人が米造さんのルーツで、医分野の仕事をされていたようです。

 
 ここからは、この朝、泉平で撮影した何枚かを紹介します。


泉平の田の広大さが表現できていれば、と思うのですが。


 広大な田んぼの端、集落のお家の柿の木。田んぼから非常によく目立ちます。朝陽の輝きをうけて立つ姿がいいなあと思いました。


よく見ると、よく繁った葉の陰でもう黄色くなった柿の実のかたまりがいくつも見られます。
 
    
田の中を走る直線の農道。泉平の田の広大さが感じとれます。


もう1つは段々状の水路。水が朝陽に輝いています。こういうちょっとした“むらならではの光景”が、むらを訪れる人びとの心を和(なご)ませます。
 

畦端の消火栓を撮ってみました。上に突き出ている棒は、消火栓が雪に埋もれて分からなくなることがないように付けられているのでしょうか。泉平の雪の深さを思いました。


 泉平のお宮のところで。左はお宮に上るスロープ状の横道ですが、あまり人が通らないようで、道一面、苔が生えていて、その緑も鮮やかできれいです。


 上はお宮に上がる石段。なんとも風情のある、素敵な石段道です。
 
 ここまで28日朝に撮影した朝の景色を紹介してきましたが、その一つの意図は、
むらを訪れる人を、朝、1〜2時間、ご案内し、こういうところを巡っていただければ、数万円のお金をつかってでも栄村を訪れる価値があるのでは。
ということを示してみることでした。

 都市との交流、“むらたび”は栄村の震災復興、とくに集落の復興の鍵を握るものだと思うのです。

栄村点描― 稲の生命力

 この1枚は野田沢の宮川隆子(りゅうこ)さんからの情報によるもの。宮川さん宅の震災で壊れた作業場を解体したあとのコンクリートの割れ目に昨年の籾が落ち、秋になって穂を稔らせたのです。稲の凄い生命力を教えてくれます。撮影は山内拓也さんです。



●10月30日は志久見街道を歩く会です。是非、ご参加ください。



志久見街道に入って間もなく、街道をちょっとずれると目的地・小滝が見えます。


街道筋にはこんな大きな根の姿も見られます。


街道入口のブナは色づき始めています

栄村点描 ―当部

 この9月に90歳になられたという一人暮らしのおばちゃん。そのおばあちゃんが育てた“秋田こまち”の天日干しです。

 



栄村点描

●元気です!
  
     
桑原千恵さん(森集落)

   
千恵さんが育てている粟

         
藤木きよさん(極野集落)
 

島田マツさん(青倉集落)    

          
マツさんの草取り作業



●にほんの里の夕焼け(大久保集落)







●極野       

観音さま



お宮


小滝の歩み

 私はこの「復興への歩み」でしばしば小滝の復興プロジェクトチームの活動について紹介していますが、その素晴らしい活動の背景には永い年月にわたって小滝集落の人たちが培ってきた集落自治の伝統があるように思います。

 昨年夏から秋にかけて、私は小滝集落でT型集落点検という調査をやらせていただきました。村外に出ている子どもとその家族を含め、それぞれの世帯の家族構成をすべてお聞きするという調査です。この調査結果は今回の震災復興への取り組みにおいても大いに役立っています。

 その調査を進める中で、小滝のある人から『小滝部落昭和五拾年乃歩』という冊子の存在を教えていただきました。集落の長老3名の方が昭和57年(1982年)に毛筆で書かれたものです。お三人は当時75〜82歳でしたから、いま生きておられたらいずれも百歳を超えられている方々です。残念ながら、私はそのお三人のどなたともこの世でお会いすることはできませんでしたが、『小滝部落昭和五拾年乃歩』を読ませていただき、たいへん感動しました。
 今日はその内容の一部を紹介させていただきます。


雪とのたたかい
 今回の震災に際して、小滝から月岡に通じる道路が雪崩で塞がれ、小滝の人たちはヘリコプターで避難所の北信小学校(当時)に移動されましたが、小滝〜月岡間は昔から冬の難所だったようです。
 『五拾年乃歩』には、つぎのように記されています。
「小滝ハ月岡へ通ずる横手道路は冬季間は崩雪の危険甚だしく交通乃途絶する事?々なり大雪の時ハ上ノ山へ登り日隠へ廻って行った事も度々あった」
 横手道路というのは、現在、車が通っている小滝〜月岡間の道路ではなく、その横の山の上にある古道(「横手(よこて)上道(うわみち)」と呼んでいる)のことを指しています(一昨年秋に古道復活整備作業が行われたときの写真を紹介します)。


横手上道

 小滝の大先輩たちは、なんとか雪崩の危険を防ぐべく必死で考え、県の林務課と粘り強く交渉し、昭和25年から「危険ヶ所へ石垣の段を拾ヶ所設置工事」(危険な箇所10ヶ所に石垣の段を設置する)を6年間かけて実現したのです。費用は全額、林務課の負担。『昭和五拾年乃歩』には、                
「なかなか厳しい世想の中でしたので年毎に再々県の林務課迄陳情の決果漸くにして施行完成した」
と記されています。「県の林務課」というのは長野市の県庁あるいは現在の北信地方事務所にあたる県の出先機関のいずれを指すか、私にはわかりませんが、それにしても車などなかった昭和25年頃に小滝から県林務課にたびたび交渉に出向いた大先輩たちの努力には本当に頭が下がる思いです。 


 昭和30年にようやく車が小滝に入れる道路ができた
 いま、小滝に行くとき、大巻のところで県道から村道に折れて小滝公民館のところまでずっと舗装道路を進みます。横倉の仮設住宅から車ならば10分もかかりません。


現在の道路(奥に見えるのが公民館)

 しかし、この道路ができたのはようやく昭和30年に至ってからのことなのです。それまでは上に書いたように人が歩けるだけの道しかなかったのです。
 小滝の人たちは県の耕地課と交渉し、「農道改修」という名目で予算を獲得し、月岡〜小滝間の道路づくりを進めたのです。そして最後は県単独事業に組み込んでもらい、
「昭和三十年十一月全長一,五K米が完成是で初めて小滝部落迄自動車の乗り入れが出来る様になった」
のです。
 
 このように小滝の人たちは、現世代の2世代前から、集落の暮らしに必要なことは自分たちの手で切り拓くという自治の精神で取り組んできたのです。自分たちでやれることは自分たちでやる、そして行政の援け(予算)が必要なものは集落が団結して行政と粘り強く交渉して事業を実現する。これが自治の精神だと思います。

 私はこの精神が今回の震災復興でも受け継がれ、発揮されていると思います。
 今後、随時、小滝の「昭和50年の歩み」を紹介していきたいと思います。

栄村点描 ― 青倉

 減築
 このお家は元々の建物の3分の1ほどを切り離し・解体し、残りの3分の2を新たな家として修復されるものです。こういう方法を「増築」に対して「減築」と呼ぶそうで、災害にあった家の修復方法の1つだそうです。

 

元の場所での新築が始まった
 青倉の中村地区で、解体された跡地での新築工事が始まっていました。いまは基礎の工事が行われている段階です。
住居については、これまで解体ばかりが進んできましたが、ついに新築が始まり、復旧・復興が新しい局面を迎えつつあることが感じられます。

 

あんぼの家
 渡邉加奈子さんの「あんぼの家」で修復工事の足場組みが進んでいます。間もなく曳き屋さんが入り、家の傾きなどを直す作業が始まるそうです。

 
 
電動車で仮設から集落へ
 写っているのは桜沢名代子さん。毎日、横倉の仮設住宅から青倉を経て今泉の畑・作業場まで電動車で通っておられます。
 今日12日は津南の病院に行かれるとのことでしたが、横倉と青倉の間には国道117号線の青倉トンネルがあり、電動車での通いは大変です。

栄村点描

スキー場を上がっていくと、もうすっかり秋です。すすきがしっかり色づいています。


31日朝、スキー場に
 

 スキー場眺望点から(31日朝7時過ぎ)


朝の空(上と同じ場所にて)
 

古道・志久見街道を描いたマンガをご紹介します。


 2010年度農水省交付金事業「山村college」で京都精華大学出身の漫画家・キノシタヒロシさんが描かれたものです。

※クリックで拡大します。