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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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道路問題の見通しを知りたい


 ボランティア希望者からの今日の問い合わせの中に、「国道117号線は通じているのか」というものがありました。いま現に大型車の通行は禁止されていますから、このような問い合わせがあっても不思議ではありません。

 他方、私は毎日、国道117号線の栄大橋を何回も通過しますが、以前に報告したとおり、道路と橋の接合部分にズレが生じており、同所では最徐行が求められています。しかし、現在のところ、この橋が本当に大丈夫なのか、一定の修復工事で直せるものなのか(−その場合は、修復工事の時期等)、それとも架け替えが必要なのか等について、管理当局から情報は出されていないように思います。

 ところで、仮に117号線が栄大橋部分で使用不能になるとしたら、迂回路は青倉集落を通る旧国道しかありません。しかし、その道は中条川に架かる中条橋が震災で通行不能になっています。青倉の日常の暮らしのためにも早急な復旧が望まれますが、117号線の迂回路の確保も面からも、中条橋の復旧は不可欠であり、急がれます。今日、橋脚部分を初めて見、撮影しましたが、写真のような状況で、本格的な工事が必要です。

 これ以外にも、県道に貝廻坂の復旧など、道路をめぐる問題はたくさんあります。
 それらについて、復旧計画の村民への提示が求められる時期になってきていると思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

4月8日レポートの後記

  • -
  • 2011.04.09 Saturday
 今日は8日。あっという間に地震から1ヶ月が迫ってきました。地震からまだ日が浅い頃には1ヶ月先といえば随分と先のことで、4月も後半を迎える頃は先の見通しも相当程度あきらかになってきているのだろうと思っていたのですが、どうも、そうではないようです。

 5月には自分はどんな暮らしになっているのだろうか。そんなこともチラッと頭の片隅に思い浮かんだりします。長期戦ということをグッと自分に引きつけて、色んな面での態勢を整えていかなければならないなと思っています。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

4月7日栄村の状況レポート はじめに

  • -
  • 2011.04.08 Friday
今日は久々に午後11時頃のスタート。みなさんから「無理をするな」と言っていただいていますので、お言葉に甘えて、今日は農業被害に関する調査行動の報告に限ってレポートします。

このレポートを書いている最中に、かなり大きな揺れを感じました。仕事場にはTVがないので、ネットで確かめると震源宮城沖で震度6強とのこと。揺れは、栄村での地震以降に感じてきた揺れとは異なり、3月11日の地震で感じた横に大波のような感じでゆっくり揺れるものでした。

地震から間もなく1ヶ月。まだこんなに大きな余震が起きるものなのでしょうか。
これでは宮城は「さあ、復興へ」とも言っていられないですね。
もう一度、身を引き締めねばなりません。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

標高1,000mの野々海池からの水路

 栄村は昭和31(1956)年に旧水(みの)内(ち)村と旧堺村が合併して誕生した村です。旧水内村は現在の森、青倉、横倉(ここまでが大字(おおあざ)北信(ほくしん))、平滝、白鳥(この2つは大字豊栄(とよさかえ))の5つの集落ですが、このいずれも田んぼの水の大半を野々海池というため池(実際はため池というよりも湖という感じですが)から引かれる水路に依存しています。

 たとえば青倉の西山田、城ヶ館(じょうごだて)というところの棚田は標高400〜550mくらいの位置にあり、野々海池〜トンネル〜自然河川〜水路を通ってくる水で米作りをしています。水路は人工ですが、山の斜面を下ってくるもので、大半が土水路(U字溝などが入っていない土掘りの水路)です。途中、貝立山という山の裏〜縁を通ってくるので「貝立水路」と呼んでいます。

 この貝立水路がどうなっているかが、地震の発生以来、大きな心配事の1つでした。

スノーモービルで現場調査へ
 そこで今日、雪がまだ固い朝の時間帯にスキー場からスノーモービルに乗って現場調査に行ってきました。とはいっても、私自身はスノーモービルを運転することはできませんので、森集落の月岡淳さん(村に来たことがある人なら、「ヤマザキ・ショップ」の若主人といえばお分かりになるでしょう)、白鳥の月岡健治さんにご協力いただき、また、青倉受託作業班の広瀬明彦さんに同行していただきました。
 まず、下の2枚の写真(写真1、2)をご覧ください


 上の写真1で左上から右下にかけて雪に覆われた山の斜面が見えますが、これが貝立山の斜面です。この斜面の真ん中あたりに山の裏へぬける道があり、そこに水路が通っています。


 そして、この写真2に写っているところは、貝立山に沿って流れてきた水路が貝立山を離れ、青倉の城ヶ館、西山田にむかって山の斜面を下り始める地点です。ここは過去に崖崩れがあったり、道がぬけたりしたことがある地点で、このあたりで崩落、水路の大きな損傷が起きていないかが心配の第1でした。

 この地点は写真を見る限りでは、大きな損傷はないようで、ホッとひと安心しました。ついで、山を下り、城ヶ館、西山田に向かいました。
 
「何だ! これは」―― 4人が同時に驚きの声
 まず、写真3をご覧ください。


写真3

 西山田・城ヶ館から上ってきた農道とスキー場内を走る村道とが交わるところ(通称「三叉路」)から、城ヶ館方向へ下り始めてすぐの地点の農道の様子です。雪が大きく盛り上がっていたり、急にへこんでいたりして、スノーモービルで進むのが危険になり、下りたところで撮影しました。

 「これは道が崩れているのではないか」と話し、まず道路の端を見ました。写真4と5です。進行方向(道を下る)の右側(=横(よこ)倉沢(くらさわ)側)です。

  
写真4


写真5

 写真4で人がスコップで掘っていますが、その結果が写真5で、農道のコンクリ舗装が割れ、段差ができています。
 つぎに、ここから盛り上がっている雪の上に上がったのが写真6で、写真の左下に見える地面が写真4の地点です。高さ50cmくらいの段差があります。


写真6

 この写真6の人が立っている地点で雪を掘ったところ、すぐに写真7のようにコンクリ舗装が見えました。


写真7

 つまり、この地点の農道は道中央が50cmちかく隆起し、グチャグチャになっていると思われるのです。
 つづいて、ここから100mほど先に進み、写真8の地点に行きました。


写真8

 ここは、ほぼ直線状の農道が城ヶ館の田んぼゾーンの手前でカーブする地点の少し手前です。
立っているのは広瀬明彦さんで、私を「ここを見て」と呼んでいます。そして、「そこを見て」と言われて撮ったのが写真9です。



写真9

 舗装面の下の地盤が完全にぬけています。
 
 この後、さらに城ヶ館の田んぼゾーンまで進みましたが、やはり農道の端の部分から地割れが見え、まあ、田んぼの上の雪にかなりの段差が生じていました。
 西山田にも入りたかったのですが、スノーモービルで下りる進路が確保できず、上から眺めるのみになりました。写真10はその様子です。


写真10

 これは西山田全体からすればごく一部を写したものに過ぎませんが、1本松が見えるあたり、ここが平素、私が田んぼをやっているところです。

今年の耕作は不可能か
 城ヶ館より上の農道の様子は見た通りです。ここには農道に沿って貝立水路が走っています。農道があの様子ですから、水路も完全に壊れているものと考えざるをえません。
 となると、西山田の棚田の大部分は水を得ることができません。

 現在の雪消えの状況から考えると、このあたりの雪消えは早くて4月下旬でしょう。田植えをぎりぎり6月中旬まで延ばすとしても、わずか1ヶ月強でこの農道および水路を復旧するのは困難と考えざるをえません。
 残念ですが、今年の耕作は不可能と判断せねばならないでしょう。

 でも、田んぼを放棄するわけにはいきません。どんなに大変で、1年かかろうとも2年かかろうとも農道・水路を復旧させ、西山田・城ヶ館に青々とした田、そして秋の黄金色の稔りを再び実現するために復興の決意を固めたいと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

素晴らしい眺めを見てください

 里に下りてみると、そこかしこに地震で傷んだ家々、道路がありますが、山から眺めた景色は素晴らしいものです。まさに「にほんの里」です。その復興へ、この素晴らしい眺めをみなさんと共に楽しめる日を迎えられるようにしたいと思います。


スキー場頂上からの眺め
写真中央の下の集落が青倉、写真右が小滝集落

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

4月7日レポートの後記

  • -
  • 2011.04.08 Friday

 スノーモービルはまったくの初体験。いきなりゲレンデを登りはじめ、その迫力にびっくり。続いて、スキー場内を走る、カーブだらけの村道コースを登る。迫力を通り越して怖かったです。震災によって色んなことを初体験しています。
 最後に同行して下さった3人を紹介しておきます。写真左から広瀬明彦さん、月岡淳さん、月岡健治さんです。どうもありがとうございました。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

4月6日栄村の状況レポート はじめに

  • -
  • 2011.04.07 Thursday
  今夜は久々に午後9時をまわってからのスタートとなりました。夜7時から仮設住宅についての村の説明会があったためです。

 説明会は森、青倉の2集落の仮設希望者にしか告知されていなかったのですが、40名を超える村民が集まり、会場の村民研修室はぎっしり超満員でした。詳しいことは、頭を少し整理しないと書けないので、今夜は触れません。ただ、傍聴されていた中越震災復興に関わられた人に、「むらの人はおとなしいでしょう?」と感想をお尋ねしたところ、「いえ、みなさん、よく発言されましたよ」とのことでした。さらに、説明会が終わった後に色んな人たちに感想を聞くと、「あんな説明では納得できない」という声ばかりが聞こえてきました。

 そのこともふまえて、今日は、復興プロセスをどう進めていくかについて、私の考えを少し書いてみたいと思っています。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

村の実家や親戚に情報を送ってくださっているみなさまへ

 最近、「娘がブログを見て、私(=村に住んでいる人)のところに村の情報を知らせてくれるんだ」という話を、地震直後に増して、よく聞くようになりました。

 たしかに村では、村内の状況等についての情報が非常に不足しています。ですから、私のレポート=ブログ情報が重要な情報源になっていることは確かなようです。私は当初、村外の人びとに村の状況をお伝えし、少しでも多くの方からの支援をお願いしたいという趣旨でレポートを始めたのですが、〈村外⇒村内〉というルートでの村民への情報提供という役割も意識していきたいと思います。

 もとより、私は新聞記者ではありませんので、一日中、取材に駆け回っているわけではありません。また、隈なく全地域を廻って情報を収集しているわけでもありません。ですから、必要な情報のごく一部を提供できるにすぎないと思いますが、これからもよろしくお願いします。そして、これからは、「こういうふうに復興を進めたらいいのでは」という提案もしていきたいと考えていますので、そのあたりもお伝えいただければ、と思います。よろしくお願いします。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

菅総理から村長に電話

 今夜の説明会の席上、今日の午後4時、菅直人総理から村長に電話が入ったという報告がありました。話の内容はわかりませんが、総理から栄村に電話があったのは重要なことだと思います。

 私は数日前、「東日本大震災に栄村は含められていない」ということをめぐって、「どなたか菅総理にメールを直接届けられる人はいませんか」という問いを投げかけましたが、レポートを読んでくださっている方の努力で菅総理の村への電話となったようで、ご努力いただいた方々に感謝申し上げます。今後も栄村の情報が届くことを願ってやみません。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

この集落を守りたい

 まず、写真をご覧ください。

 これは昨年5月1日、小滝集落ですじ蒔き(栄村では稲の種を「すじ」と言います)のとき、苗床を整備する作業の途中で、集落のみなさんがひと休憩しているときの様子です。6名が写っていますが、全員が70歳代です。かなり体が不自由になっている方もおられますが、それでも元気に農作業に励んでおられます。

 この6人のうち4人の方は今回の震災で住む家を失われました。みなさん、それでもこのむらで暮らし続けたいと思っておられます。
 小滝集落の様子を少し見てみましょう。
 

 上は小滝のお宮(十二社)の春の様子(2010年5月1日)、そして下は今年の1月16日、道陸神でのみかん撒きの様子です。雪深い中で集落の全員が集まり、賑やかに楽しみました。このとき、わずか2カ月後に大地震に襲われるなんて、誰が想像したでしょう。


 私はこの小滝が大好きです。暮らしている人たちみんなが素敵だし、また、集落の佇まい、景観がまさに「にほんの里」と呼ぶにふさわしいものです。
 この小滝に素晴らしい古民家があります。


この古民家の中に入ると、3月26日に紹介した二重梁が見られます。


 そして、このお家の斜め前にはもう1軒、今度の地震でもビクともしなかった家があります。地震後に亡くなった樋口良男さんのお宅です。


 上は4月5日撮影、そして下は平成18年豪雪のときの雪下ろし作業の様子(中沢益夫さん撮影)です。


 いまはまだ雪が1mも残っているので見えませんが、先の古民家とこの良男さんのお宅の周りには小さな田んぼ、畑、そして水路があり、なんともいえない素敵な集落の姿を見せます。

 私はこういう素敵な集落を守りたいと思っています。
 それには、これらの古民家をいろんな人たちの力を集めなければなりません。
 そして、いっさいの前提として、先の写真で紹介した小滝の70歳代の人たちが小滝で暮らし続けられるようにする小規模集合住宅を確保できるよう、頑張りたいと思っています。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事