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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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4月13日 レポートの後記

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  • 2011.04.13 Wednesday
 最近ときどき、メディア関係者から、「あのレポートはこれからも続けられるのですか?」と尋ねられます。まあ、私はまだまだ止める理由はないと思っていますので、「はい、当面続けます」と答えていますが、ひょっとするとかなりの長期レポートになるかもしれませんね。とすると、毎日ということは厳しくなってくるかもしれません。そのあたり、もう少し考えながら、やっていきたいと思っています。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

4月12日のレポート はじめに

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  • 2011.04.13 Wednesday
  あの地震からちょうど1ヶ月目を迎えましたが、なんとも騒々しい1日でした。朝7時26分に震度5弱の大揺れ。これで国道117号線がいったん通行止め。かなり傷んでいる栄大橋の点検のためで1時間ほどで通行止めは解除されました。つぎは、午後2時すぎだったでしょうか、中条川の土石流の警戒サイレンが鳴り、国道も通行止め。これもしばらくして解除。「安全が確認されたので解除」という放送が流れたようですが、どういう危険の発生でサイレンが鳴ったのか、私はまだ知り得ていません。そして、夕刻には震度4のかなりの揺れ。

 「地震から1ヶ月目」というのは、もう少し落ち着いた雰囲気の中で迎えることになるかと思っていたのですが、まったく逆でした。
 
 そういう中で、新たに発足した栄小学校(北信小学校と東部小学校の統合による)の入学式が行われました(栄中学校でも午後に入学式)。朝の地震の影響で1時間遅れでしたが、夕刻のTVで新1年生の表情を見ると、初々しくて、なかなかいいものです。私が知っている子どもたちの顔も並んでいました。この子どもたちが大きくなったとき、栄村はどんなむらになっているのでしょうか。これからの復興の歩みがそれを大きく決めていくことになるでしょう。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

〈集落の復興〉をキー概念として

 「地震からちょうど1ヶ月」ということで、今日は少しは気の利いた文章を書かなければならないのかもしれません。
 しかし、私にはそういうものは書けません。日に日に、〈復興〉というものの難しさを痛切に、そしてずっしりと感じるようになっています。

 なぜか。たとえば、行政の対応の拙さ等をあげつらい、批判するのは簡単です。もちろん、行政批判も必要で、私自身も必要に応じて口にします。しかし、行政を批判するだけで何かが進むというものでもない。

 どうやら、事の核心は、人びとの暮らしがどうしたら成り立つのか、それは政治‐行政の問題に解消することもできず、また、経済の問題にも解消できない、もっと全体性のあるもので、生々しいものだということにあるのではないかと思います。復興にむけての歩みというものは、なにか1つの運動方針を編み出せば、うまくいくというようなものではないのです。
 しかし、同時に、何か人びとの気持ちと動きが1つになるようなものも必要だとも思います。

 まだまだ試行錯誤の状況ですが、私は、〈集落の復興〉ということを栄村の復興のキー概念として設定し、それを導きの糸として、復興に一人の主体として参加していきたいと思っています。〈集落の復興〉をキー概念とするということは、〈むらとは何か〉ということと密接に関わるものです。これまでも少しは議論してきましたが、今後、この点を深めていきたいと思っています。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

いま改めて、青倉公民館再建へのご協力を訴えます

 <4月10日の青倉集落評議員会>
 4月10日、青倉集落の評議員会が開催されました。4月29日に集落の総会を開くことを決めるとともに、集落の復興委員会と公民館再建委員会を設けることが決められたと聞きました。また、仮設の公民館を建てる敷地の候補地について具体案が出され、地権者(不在地主)との交渉を進めることも決められたようです。
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4月13日レポートの後記

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  • 2011.04.13 Wednesday
  今日のように地震が相次ぐと落ち着いてもいられませんが、腰をじっくり据えて復興に本格的に取り組んでいかなければなりません。

 これからも新たに判明する被害状況も報告していきますが、復興にむけて何が課題となっているかをみなさまにお知らせしていくことがレポートの中心となっていくと思います。感想やご意見をお寄せいただくことが復興へのエネルギー、知恵となります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

4月11日レポート はじめに

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  • 2011.04.12 Tuesday
  今日はかなり強い余震が何回もありました。とくに午前10時17分にあったものは震源が中越で栄村は震度3でした。
 体感する余震がしばらくなかったのが、地震から1ヶ月目を目前にして、ここ数日続いているのはあまり気持ちのいいものではありません。地震をもたらすエネルギーはまだ蓄積されているのでしょうか。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

信じられない県の発表

  知人と夕食を食べている時に、その知人にtwitterで入ってきた情報は信じられないものでした。その後、仕事場に戻ってPCで検索をかけたところ、たしかに県の今日のプレスリリースで出ています。

 栄村の仮設住宅について、「6月1日入居開始予定」という発表です。しかも、それは40戸分のみで、到底、希望数には足らないものです。
 プレスリリースは、今日4月11日付けの専決予算(2億2492万6千円)が決まったことをうけたものです。

 予算の専決が今日だというのは納得するとしても、そこから1ヶ月と20日(計50日)もかからないと入居できないというのは、いったい、どういうことなのでしょうか。

 建設地は農村広場グランド35戸(横倉集落)と北野天満温泉駐車場5戸ですが、この建設地はかなり前から話がでていたものです。これから建設地を探すという話ではありません。雪が残っているとはいえ、いずれも整備されている土地で、除雪作業は数日で出来るはずです。また、一般的に仮設住宅の建設に要する日数は1週間程度といわれています。

 6月1日(しかも、「東日本大震災の影響で遅れる場合がある」という)とは、3月12日の避難開始からなんと82日目になります。「仮設ができるまで」と言って避難所で我慢している高齢者などに82日間も避難所暮らしを続けろというのでしょうか。
 はっきり言って、怒りを禁じ得ません。

 県には、仮設住宅建設の日程について、ただちに再考することを求めたいと思います。
 みなさん、一刻も早い仮設住宅建設を待っている栄村の被災者を応援してください。
(県のプレスリリースは長野県HPの「発表資料」から見ることができます。http://www.pref.nagano.jp/happyou/happyou.htm

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

雪消えが始まり、見えてきた被害の凄まじさ

 信州大学の木村和弘先生が今日再び、村に来られました。今回は地滑りの専門家、新潟大学災害・復興科学研究所長の丸井英明先生と一緒に来られました。

 中条川の土砂堆積現場を見ていただいた後、青倉集落のお宮の横を通り、スキー場に上がっていく道とその横の田んぼに案内しました。この地点は、木村先生が3月25日に視察されたとき、田んぼ上の雪のクラックや、雪面が波打っていることから、地盤が動いたのではないかと心配されていた場所です(3月25日付け、「田んぼの被害は相当に大きそう ―― 信州大学・木村和弘教授らが現地調査」参照)。


 下の写真(3月25日撮影)は上の地図に「田」と記した部分を(1)と(2)の地点の中間のやや(3)寄りの地点道路上から撮影したものです。

 
 この地点で、重要な事実が判明しました。

 第1は、(1)の地点の道路上の亀裂と(2)の地点の道路上の亀裂や側溝のマスの浮き上がりを結ぶ線上に田んぼの雪上のクラックがあり、このゾーン全体が下方にむけて動いたと考えられることです。

 第2は、3月25日には雪が多くて確認できなかったのですが、今日は田んぼの畦部分の雪が消えていて、雪に入っているクラックの線上に地盤のクラックがあることが確認されたことです。

 丸井先生は、これらの事実から、この一帯が地滑りしている可能性が大であると判断されました。そして、そのことを顕著に示すものとして、電線の状態が場所によって違うことを指摘されました。
 以上のことを写真で示します。

 
地図(1)地点の道路の亀裂


地図(2)地点の道路の亀裂

 
地図(2)地点道路脇のマスの浮き上がり


地図(1)地点と(2)地点を結ぶ線上の田の様子


雪のクラックの延長線上の地面にクラックがある


地図(2)地点の道路左側の電柱の電線の状態

左側の電線はピンと張っているのに対して、右側の電線はたわんでいる。これは地盤の下方への移動(=地滑り)によって電柱が写真右方へ引っ張られたため、左側の電線はピンと張り、右側は圧縮によって電柱間の距離が縮んだため電線がたわんだものと考えられる。

 続いて、地図(3)の地点で道路の片側が陥没している地点の調査が行われました。


3月25日撮影


今日(4月11日)撮影

 3月25日はブルーシートの上に雪があって、今日の写真と比較しづらいですが、目視した印象では地盤の沈下が進行していると思われます。

 また、この地点の道路の反対側は崖になっていますが、ここで3つのことが判明しました。第1は、以前は水が出ていなかったところから水がかなりの量、出ていること。第2は、この崖の崩落を防止するためのネットを固定している留め具が落ちている箇所があること。第3は、この崖に見られる石は円(えん)石(せき)(川などで水に洗われ、角がとれて丸くなった石)であり、固い岩盤ではないこと。

 以上のことから、この地点でもかなりの規模の崖崩れが発生する可能性があると考えられます。

  
水が出ているところ


留め具が落ちている
 

円石が多く、脆い崖面
 
 以上の調査結果をふまえ、木村先生と丸井先生の判断で、ただちに県に対策を求めるため、午後2時過ぎ、県北信建設事務所と北信地方事務所農地整備課を訪れ、申し入れを行いました。県側からは、ただちに監視と調査を実施する旨、約束してもらいました。

 これから雪消えの進行とともに、こうした被害状況があきらかになってくるでしょう。
 しかも、被害は固定したものではなく、いまも被害が拡大していると思われます。地滑り箇所に雪融け水が浸透すると、地盤が大きく動く危険があります。

 丸井先生のようなトップクラスの専門的知見を総結集して被害状況の全貌をつかみ、機動的な対処をしていくことが必要です。
 
横倉の被害
 青倉の上記の被害状況の調査の後、地方事務所に向かう前に、横倉の調査も行いました。被害状況の話ばかりで気が重くなりますが、事態を正確に把握する必要がありますので、報告します。場所は、国道117から横倉集落に向かう道に入ってすぐのところです。


擁壁が押し出されている


横倉と青倉を結ぶ旧国道(現村道)が崩落している


写真中央部が陥没しているとみられる

 本当に気が重くなる写真ばかりで恐縮ですが、これが現実です。これと真っ向から向き合って、復興にむけて頑張らなければなりません。

 その第一歩はまず被害状況を正確につかむこと。村でも18日を目途に現時点で可能なかぎりの調査を行うと言っています。「ここは被害で出ているのではないか」と思われる地点があれば、役場に連絡して調査してもらうことが必要です。また、ネットワークでも連絡をいただければ、色んな先生方にお願いして自主調査を可能なかぎりやっていきたいと考えています。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

4月11日レポートの後記

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  • 2011.04.11 Monday
 今日は本当に気が重くなるような報告ばかりになってしまいましたが、ここでへこたれるわけにはいきません。
 木村先生からは励ましの言葉をいただき、最大限の協力・支援を約束していただきました。

 また、後日レポートしますが、去る8日、建物被害状況調査をして下さった首都大学東京チームの方から、復興支援のかなり具体的な提案・プランを昨夜いただきました。
 さまざまな方々のご支援を得ながら、復興にむけてさらに頑張っていきたいと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール

むららしい復旧作業の姿

 午前中、青倉集落を廻りました。あちこちで、「むららしいな」と思う光景を見ました。


 上の写真は「中村」と呼ばれる地区(青倉集落の第2常会)でのものです。どこが“むららしい”のか。写真中央で煙草をくわえている人が後ろに写っている家の主なのですが、その周りの人たちの顔ぶれを見ると、義兄弟、家の近所の人等々が一堂に会して復旧活動に精を出し、また、その合間にこうしてお茶のみをしているのです。

 この人のつながり、助け合い、そしてお茶のみ。そこに、これからの復興の源となる力の存在を見ることができます。

 もう1つの光景は、Kさんの家を訪れた時のものです。ご両親の家とKさんの家が並んでいるのですが、両方とも住めない状態で、ご両親は長野にいるKさんの妹さんの家へ、Kさんの奥さんと3人のお子さんは奥さんの実家に避難されています。ところが、この日は日曜日とあって、ご両親、Kさん一家5人、妹さんご夫婦、お姉さん、お母さんの兄弟で極野集落に住む方、私が確認しただけでも11人もの家族・親戚が集まって家の片付けに精を出されているのです。

 10時ころに一度顔を出したのですが、お渡しする「お知らせ」があったので、もう一度、お昼すぎに立ち寄ると、みなさんが庭先に円座をくまれて、昼食の真っ最中(残念ながら、このときカメラを持っていませんでした)。お母さんが早速“ぜんまい”の煮物を「美味しいよ」と言って差し出されました。お母さんが昨春、山で採って保存されていたゼンマイです。お母さんの言によれば、「地震の後、保存していたものをなんとか取り出したものを煮た」とのこと。じつに貴重な、そして思いのこもった食べ物です。味付けも最高。さらに、極野で用意されたというお結びもいただきました。

 お母さんからは、一刻も早く落ち着ける仮設住宅を用意してほしいという切実な訴えも聞きました。
 
茅葺きの針、養蚕の道具……
 そのKさんの家でのこと。Kさんに、「これ、何だか、わかるかい?」とあるものを見せられました(下の写真)。


 先が尖っているので、川魚を突く道具のようなものかと思ったのですが、不正解。茅葺きの時に使う針だそうです。
 また、「2階が落ちてしまっているんだよ。中を見てくれ」と言われ、家の中を見たり、写真を撮ったりしていると、「ほら、あそこにあるのがお蚕さんの道具だよ」と教えられました。下の写真です。


 いずれのものも、「これは貴重な品。是非、とっておいて下さい」とお願いすると、Kさんは快く了解してくださいました。

 村の教育委員会でも歴史史料となる文書などを片付けの中で廃棄してしまわないよう、呼びかけています。古いお家は家自体が貴重なものであると同時に、その家の奥深くに仕舞われたものの中に貴重な民俗文化の資料となるものがたくさんあることを目の当たりにした今日でした。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール