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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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対照的な様子 ― 東部谷の県道を走って

宮野原橋を渡り、国道117号線から県道に入り、雪坪、志久見、柳在家、切欠、長瀬、笹原、当部、北野と進みました。この時はまだ薄暮状態で、道路状態がよく見えました。
私はこのコースを3月12日地震当日の朝に一度走っています。また、3月19日、さらにもう1回(3月下旬)にも走っています。

宮野原から雪坪に至る間、切欠のあたりでは道路にかなり大きな亀裂や段差があったのを記憶しています。また、とくに長瀬を越えて当部に至る間に志久見川側の路肩が大きく崩れている箇所がありました。
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高橋甚治さん、村に戻る


今日はうれしいニュースがいろいろありました。そのいくつかの報告は明日に譲りたいのですが、1つは今夜のうちに報告します。
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新たな歩みへ、きっかけが必要

今日、懇意にしていただいているご夫妻をお訪ねし話していて、一つ、大事なことに気づきました。
このご夫妻の家は被害があまり大きくなく、避難指示解除の直後から自宅に戻って暮らしておられます。
そのご主人が、「今度の土曜日は招待で温泉に行ってくるよ」と仰います。近隣の温泉が行っている被災者招待のサービスをうけてのことです。話をきくと、「次の一歩へ、転換点をつくる」という趣旨のようです。

また、奥さんを指して、「いつもはものすごく活動的なのに、最近は家にいることが多くて調子が狂う」とも仰るのです。奥さんご自身に尋ねると、「なんかボーとしちゃって」と言われます。よくよく聞くと、それなりに動いておられるのですが、ご自身に認識としてもやはり動きが鈍いというのです。
さらに、「2階で寝ることができない」と言われ、地震時の記憶がトラウマとして残っているのだと言われます。
この恐怖感は時間が解決するのを待つしかないのかもしれませんが、動きが鈍いという点は、なんらかの“刺激”で新たな歩みへのきっかけをつくらなければならないのでは、と思いました。
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4月14日レポート 後記

  • -
  • 2011.04.15 Friday
0時半になってしまいました。
メールを下さる方などから、レポートについて「冷静で客観的」とお褒めいただくことがあるのですが、私自身の認識としてはさほどには思っていません。いや、むしろ、内面世界の揺れのようなものが知らず知らずのうちに随分と出ているのでがないかと思っています。それはそれでいいと思うのですが。

16日には、「住まいの修復・建て起こし説明相談会」というものを開催します。午前10時森宮野原駅交流館です。村内の人への連絡ルートをお持ちの方、是非、村の人にお知らせください。
(了)

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

4月13日レポート はじめに

  • -
  • 2011.04.13 Wednesday
 今日からレポートのタイトルを変えることにしました。
 タイトルは変わっても、もちろん、栄村の状況を報告することには変わりはありません。しかし、これからのレポートはおそらく、私自身の試行錯誤の過程を記録するようなものとなり、あまり格好良くないものになるのではないかと思います。人生61歳にして、こんな難題に遭遇するとは夢にも思っていませんでしたが、私の波乱万丈の人生の終盤段階にふさわしいのかもしれません。

 どれだけの長い時間がかかるのか、想像もつきませんが、じっくりと取り組んでいきたいと思います。

 ―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

仮設住宅をめぐる問題にどう取り組むか

 いろんな問題がありますが、やはり住む家を失った人たち(私自身もその一人ですが)の“仮の住まい”をどうするかは最重要問題です。
 いまのところ、行政から出ていることは以下の4点です。

イ. 仮設住宅を40戸建てる。入居開始予定は6月1日(ただし遅れる場合がある)
ロ. 罹災証明のための住宅被害度の判定が出て(4月18日)以降、
  仮設住宅入居申込書を配布する
ハ. 不足する場合、仮設住宅の追加建設を要望する
ニ. 仮住まいに困る人には飯山市の県営住宅などへの仮入居を世話する
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さかえトマトジュース1本200円 ―― 復興支援の1つの形

 さかえトマトジュースは美味しいことで、かなり有名です。トマトが苦手な子どもでも、このジュースにかぎっては「美味しい」と言って、ゴクゴク飲みます。
 このトマトジュースが復興支援の方法として活かされています。
 
 4月10日、震災前は栄村ネットワークが2週に1回のペースで出店していた東京・青山のファーマーズ・マーケット(国連大学前)に栄村ブースが久々に登場しました。

 村から出かけて出店したのではなく、青倉米購入者の方が復興支援のために、義援金込で1本200円のさかえトマトジュース購入を呼びかけるキャンペーンを実施して下さったのです。

 ファーマーズ・マーケット事務局もご支援くださり、この日の出店料は無料。復興支援キャンペーンは、東大駒場地区保育所のOB父母の木村さん、山口さん親子、青木さん親子がやって下さいました。

 この日は、木村さんが被災状況を知るために村にお出で下さった折に持ち帰られた2ケース(60本)しかなかっため、すぐに売り切れたそうです。通常1本100円が義援金込みで200円。売上金は青倉公民館再建基金に振り込んでくださいました。


山口さん親子

<「トマトジュースで支援を」の輪>
 今日、木村さんから電話が入り、「ケースで買いたいという人がいるが、トマトジュースはありますか」という問い合わせが入りました。このトマトジュース、年間限定3千ケースの生産で、昨年の初夏の頃にも「争奪戦」になったも (瑛之君は栄村で農作業も手伝う小学3年生)の。木村さんの心配もわかります。

 早速、販売元の振興公社の担当者に問い合わせたところ、「じつは地震の時に倉庫内で荷崩れが起こり、ケースが傷んだものや、ジュースの缶に少しへこみができたものが1千ケースある」とのこと。

 平時ならば缶にへこみができたものは返品ですが、地震被害によるもの。味には変わりがありませんので、問題ありません。いわば「わかり品」ですが、これを義援金込みでお買い求めいただくことで、木村さんとの話はまとまりました。1千ケースをこういう形で販売していきたいと考えています。

 こういうことも、復興支援の重要なあり方の1つだと思います。
 このように考えれば、「私にもなにかできることはないか」とお考えの人びとに提案できる支援の方法がどんどん生まれてくると思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

むら人の力強さ

 昨日のことですが、昼前に青倉を歩いていると、久しく見なくなった光景を目にすることができました。


 上の写真をご覧ください。大工仕事の“墨付け”です。

 作業班のわけしょ(若衆)の一人のお父さんで、元大工さん。全壊し、取り壊した倉庫を自前で建てるとのこと。
 むらの随所で、自力で建物の修復に取り組む人の姿が見られます。
 これも復興を導くむらの力です。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

被害の記録 4/13


 箕作集落にある曹洞宗のお寺、常慶院の鐘楼です。

 10日に出会った方丈さま(住職のこと)のお話によると、地震直後には雪に隠れて、わからなかったとのこと。ジャッキで持ち上げて、仮支えを入れてある状態です。


 時間がなかったので、詳しい見学はできませんでしたが、大きな梁にひびが入っているのは驚きでした。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事

栄村点描

 今回の被災状況をお伝えする中で、「貝廻坂(かいまわりざか)が通行止めになっていて、野田沢集落、大久保集落へは東部地区経由でないと行けない」ということを書いたことがあると思います。

 「貝廻坂」という名称は、道が巻貝のようにくねくねと曲がっていることから付いた名前だと聞いていますが、震災以前、その姿を写真等でお見せしようとして、なかなかうまくいきませんでした。

 ところが、上記の常慶院鐘楼を見たとき、向かい側の景色をみて、「ああ、あれが貝廻坂のある所なんだ」と気づきました。その時に撮った写真を紹介します。


手前に見えるのが月岡集落。この山をくねくねと上っていくのが貝廻坂。上りきったところを少し進むと左手に野田沢集落が現われます。大久保集落はそこからさらに奥へ進みます。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事