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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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「強い寒波」と言われるが、春は確実に近づいている

 

 今日2月10日は、西日本の日本海側を中心に強い寒波が襲来している。
 栄村も朝方から激しく雪が降ったが、午後は晴れないし曇り。当地はむしろ明日の方が降雪量が多くなるのかもしれないが、「10〜11日は荒れた天気」と覚悟していたので、なにか肩すかしをくらったような気分だ。
 ところで、先週末か今週初め頃の天気情報で、「積雪量は2月上・中旬に最高となるが、寒さのピークは1月下旬で、2月上・中旬はもう気温が上がり始めている」と話していた。そして、暦のうえでは2月4日が“立春”である。
 暮らしの実感としては、2月上・中旬は「積雪量が最高になる時期」という感の方が強いが、よく観察すると、春が確実に近づいていることがわかる。
 上の写真は2月8日午後撮影だが、雪の中に見える樹々の芽の赤さが非常に鮮やかになってきていると思って撮ったものだ。「春は確実に近づいている」と感じた。

 

 撮影地点は国道117号線栄大橋上。横倉駅16:46発の飯山線下り列車を撮影しようと待機している時に、鳥甲山方向を撮った。鳥甲山そのものは雲に隠れている。
 今年の場合は4月下旬頃になるであろう芽吹き、それを準備する樹々の新芽は、「春の新芽にも葉緑素があるが、紫外線に弱いため、赤の色素・アントシアニンが紫外線から葉緑素を守っているために、赤い」。
 そういうわけで樹々の先端は冬期を通じて赤いが、その赤色が濃く、鮮やかになっているように感じる。

 

 

 ここからは、2月8日と10日の写真を紹介する。

 まず、8日の窓からの風景(スキー場方向)の朝、昼、夕近くの変化の様子。

 

午前9時すぎ撮影。かなり激しく雪が降っていた。

 

午後2時すぎ撮影。雪は止んでいるが、曇り。

 

午後4時すぎ。すっかり晴れた。

 

 スキー場の上の方が西陽に輝いているのがとても印象的で、ズームアップしてみた。

 

 

 この日は、とくに午前中、風が非常に強かった。
 その風がスキー場Eコースに残した風紋がとてもきれいだ。(写真中央に見えるのが第二ペアリフト乗り場)

 

 

8日夕に撮影の、“雪の中の飯山線”を2枚。

 

 

 

 

 8日に極野集落で撮ったものをやはり2枚。

 

 

 極野集落は集落内の標高の高低差が大きいが、これは最も低いところから集落真ん中に上る途中に撮影。写真右側は雪の壁。

 

 

 極野の十二社の鳥居と階段上の本殿。

 


 ここからは今日10日撮影のもの。

 

午前8時58分。国道117号から白鳥集落に入って間もなく。吹雪いている。

 

午前9時11分。白鳥集落・高久山神社近くの集落内道路にて。
今日は朝方からの降雪だったので、早朝除雪はなし。この時間、まだ除雪車は入っていなくて、走りづらい箇所もあった。

 

午前11時21分、横倉集落にて。
青空が出ている。雪の季節、モノクロの世界の中で、屋根の赤い色が際立ち、美しい。

 

 このアルバムを編集しているうちに、雪が戻ってきた。最後に、午後4時29分のスキー場方向の眺めをどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


猛烈な吹雪の一日

 

今日7日は、いろんな人がFB等に投稿されているが、猛烈な吹雪。
車で走っていると、一瞬、何も見えなくなる。降っている雪で見えなくなるというのではなく、道の両側の高く積もった雪原の表面の雪が強風で吹き飛ばされてくるのだ。
上の写真は、原向集落の県道長瀬横倉(停)線から登(と)渡(ど)・堀切地区に入る手前のあたりで午後0時2分撮影。
この写真を見ても、どこが道路なのか、わからないと思う。
写真中央に見える赤・白のポールが道路除雪車に道路進行方向右側の道路際を示すもの。写真左端に見える建物は道路進行方向右手にある。だから、道路は左方向にカーブしているわけだ。

今日は当部、坪野、原向、天地と、いわば「奥地」の配達に廻っていたので、車の通行はほとんどない。前方が見えなくなり、スピードを落としても、国道のように追突される心配は少ない。
むしろ、大変なのは車から降りて、配達先の家にむかって歩いている時に、正面から突風が吹いてきて、吹雪がもろに顔面を襲ってくる時。逃れようもない。

今日は、“きれいな雪景色”ではなく、豪雪の地の大変さを少し紹介したい。

 

 

午前11時11分、坪野集落手前の村道に面する斜面の雪崩防止ネットの様子。
初めてご覧になる方は驚かれるだろうが、この地点の状況としては、まだまだ序の口。過去に見ている状況は
雪庇がネットからもっと巨大に張り出しているもの。

 

坪野集落入口手前の様子。
6年前の地震では雪崩が発生。道路を塞ぎ、坪野集落の人たちは雪崩れてきた雪の山の上を歩いて避難された。

 

坪野集落での撮影だが、ご覧になった方は、何を撮ろうとしたものなのか、よく分からないだろうと思う。
写真の奥に見えるポストは、人が住む家に設置されているものではなく、土蔵に設置されたもの。
写真右下に見える緑色のものは、私の軽トラの荷台に張ったシート。
雪の壁に足跡が見えるように、私は道路除雪でできた雪の壁をよじ登り、土蔵に向かい、ポスト前の高く積もった雪を自分の腕で叩き落して、ポストに「復興への歩み」などを入れた。
じつは、道路をはさんで土蔵の反対側に2階建ての作業所(宿泊も可能)がある。震災後、松本に移られた方が震災で壊れた家の跡に建てられたもの。春〜秋は松本から通って来られ、今でも田んぼをやっておられる。冬の間も何回か来られる。だから、ポストに近づくのが大変でも、必ず配達するようにしている。1月上旬に配達した新年号は持って帰られたようである。

 

同じく坪野集落での撮影。写真に見える建物は物置。その物置の持ち主が住む母屋は写真の左手にある。写真中央の積雪は、その母屋に通じる通路に積もったもの。
住人の方は、じつは、今冬、息子さんが住む都市部に行かれた。高齢で、足を痛めておられて、雪をかまうことができなくなったためである。
母屋の屋根は落下式のため、母屋の屋根には雪がなかったが、家と敷地の全体が雪に埋もれている。
これが、震災から満6年の栄村の一つの現実である。

 


冒頭に、今日は「当部、坪野、原向、天地を廻った」と記したが、率直に言って、冬の配達がいちばん大変な地域である。
他の地域(集落)では、積雪期であっても、車から降りて、10歩、20歩で玄関になるが、たとえば原向集落の野口地区では全6戸のうち、車から降りてすぐに玄関に着けるのは1戸のみ。あとの5戸はかなり歩かなければならない。次の写真に見えるお宅が道路から最も遠いもの。
今日は幸いにも、前日あたりに雪害救助員が入られたようで、とても広い幅で道が開けられていた。
歩くコツは、ロータリーのキャタピラが雪を硬く固めた部分を歩くこと。道の真ん中は雪が柔らかくて、ズボッと足がはまってしまう。

 

この写真は家に向かう時に撮ったもの。11時52分。ほんのひと時、「おっ! 止んだか」と思った瞬間。
だが、配達して車に戻る時は、猛烈な風が真正面から吹き、顔面に雪が襲いかかってきた。

 

これは午後0時4分、原向集落堀切地区のたった1軒のお宅に向かう途中に撮ったもの。
道路は左へカーブしていく。前方に見えるのは道路除雪で押し出された雪の山。

 

午後0時35分。天地集落にて。この先に2軒の家がある。
初めての人は案内する人がいなければ、この先に進むのは躊躇されるだろう。

 

天地集落のいちばん奥の家。高床式で、玄関に通じる階段の入口にはブルーシートがきっちりと張られている。
このままでは玄関に行けないが、左右どちらかにシートの紐を外せる箇所が1ケ所ある。それを見つけて、紐を外し、中に入る。このお宅で入口がブルーシートできっちりガードされているのは初めてだったので、一瞬、戸惑ったが、すぐに紐を外せる箇所がわかった。

 

 

今日は雪の大変さを示す写真ばかりを並べてきたが、最後に、雪景色の写真を1枚。

 


北野橋上からの撮影。午前11時5分。

 


この写真の真ん中に見える絶壁をズームアップしたものが次の1枚。岩にツララがたくさん下がっている。よく晴れた日に撮れば、“絶景”であろう。

 

 

(了)


配達日誌1月16日〜31日

16日(月) 今日も大雪が続く予報だったので、「配達はせず、室内作業」と決めていた。「雪が大変だ」と言っていたら、冬の配達はできなくなるが、14日に危険な体験をしたので慎重に。
 そういう予定にしていたこともあってか、昨夜は遅くまでPC作業をして、就寝は午前1時すぎ。そのため8時頃まで熟睡。まだ着替えしていない時に、大家さんがシャッターを開ける音がしたので、慌てて、外に出て挨拶。その後、着替えて、屋根の雪下ろしの様子を撮影。連写を繰り返したので、200枚は超えただろう。迫力のあるものを撮れた。
 昼、スキー場へ。リフト券が1日千円のラッキーマンデーということもあるだろうが、県外車が多い。レストランで5組くらいに声をかけた。みなさん、雪の深さに満足の様子。「帰りに温泉はいかが?」と言うと、「トマトの国」が温泉であることを知らない人もいた。
 午後4時すぎの「トマトの国」では、スキー客で、「これから東京方面に帰る」という人と一緒になった。帰る時、玄関におられた女性は「安曇野からです」というご返事。
 スキー場はもっと活かせると思う。

 

17日(火) 午前中、津南町へまとめ洗濯に出かけ、昼すぎ、津南では降っていなかったので、「これは大丈夫だな。配達に廻ろう」と思いながら村へ戻った。栄村では降っていたが、2時すぎ、泉平へ。がんがん降ってきた。下とはかなり様相が異なる。
そんな中、最後から3軒目と最後の1軒でびっくり。
 「最後から3軒目」は、集落内道路から少し離れたところに家があるが、道路からは1mくらいの雪の壁を上がって、しばらくその高さを歩いて、家に辿り着く。玄関は「穴ぐら」のようになっている。最後の1軒では玄関につながる道があるところは手がつけられない積雪で、「裏に廻って下さい」の看板がたてられていた。

 

18豪雪時に新聞に紹介された高橋甚治さん宅を思い出した

 

18日(水) 予報で「晴れ」となっていたので、「秋山の様子を見に行こう」と決めていた。アイスバーンも厄介だが(午前9時に役場横で−1℃)、昼間の気温が上がって、405号線沿いの崖面の雪が落ちてくるのも嫌なので、9時17分に津南から405に入った。
 今日は配達よりも14日以降の大雪の後の秋山の状況を見ることが主眼。
 まず、小赤沢で「とねんぼ」前に行った時に、地域おこし協力隊の坪内さんがブルドーザーでの除雪の研修をしていたので、その様子をしばらく撮影。その最中に「とねんぼ」の大屋根から雪が軋む音が…。安全な場所からカメラを構え、大量の落雪の様子を撮影することができた。屋根からの大量の落雪の瞬間を写真に撮りたいと長い間思い続けてきたが、こんな機会に出会うとは想像もしていなかった。連続写真をブログにアップしたが、いちばん大量に落ちた瞬間のものを1枚、示しておく。

 


 上の原では様々な出会いがあった。一番の出会いは、Walk Japanというツアー会社(本社は大分県)主催のスノーシュー・ツアーの外国人6名との出会い。何年ぶりだろうかというカタコトの英語で話しかけて、雪の上にどっかと腰を下ろして鳥甲山を眺めるイギリス人男性の写真を撮らせてもらった。私は英文を読んで翻訳することはできるが、英会話はからしきダメ。「ここに住んでいるのか?」と尋ねられ、「秋山ではなく、村の別のところ」ということを説明するのに苦労した。事前に「のよさの里」の人から、「車での旅ではなく、森から森宮交通の車で来た」と聞いていたので、「森宮野原駅をしっているだろう。あの近くに住んでいる」と説明。通じたようだった。このイギリス人の写真は「復興への歩み」に掲載する。
 今日、いちばん驚いたのは屋敷集落の状況。山に近い地区は地区内道路が雪で塞がれて、軽トラでも入れない状況だった。近くの家では雪害救助員が懸命に屋根の雪下ろしと、落とした雪の排雪をやっていたが、知り合いの救助員もヘトヘトの様子だった。
 午後4時すぎに下におりた。
 疲れたが、いい体験だった。配達は46軒。

 

19日(木) 昨日、「19日は栄小のアルペン教室」と聞いたので、午前9時前にスキー場へ。10時半近くまでずっと撮影。「プリンターのトナー(インク)を届けた」という連絡をヤマトから受けて、いったん印刷に戻り、11時20分頃、再びスキー場へ。レストランで特製の鶏唐揚げ付きカレーを食べる様子を撮って、11時45分にスキー場を後に。

スキースクール校長の保坂順一さんとご挨拶


 印刷の折りや昼食を終えて、午後3時頃、白鳥に配達に向かう途中、平滝の国道脇のごみステーションの所でイノシシが騒いでいるのを目撃。一昨日、白鳥で除雪中の女性にイノシシが突進してきたという話を知人から聞いていて、「遭遇したら車で跳ねてください」と言われていた。
 私は国道を走っていて、イノシシは集落内道路に少し入ったところにいたので、跳ねるというわけにはいかず、通過するしかなかった。路側に停車できる場所を見つけて、知人に連絡。私もターンして、目撃現場に向かう途中、「仕留めました」という電話連絡。現場に駆けつけ、イノシシが横たわる現場を撮影。近所からスノーダンプを借りて、現場及び、そこから運搬する車まで引っ張った後の雪上の血を消した。その後、解体現場も見学。
 その後に配達をしたが、白鳥の28軒の配達にとどまった。

 

20日(金) 朝、昨日のイノシシの解体作業の様子を見に行った後、月岡、箕作、横倉、平滝を廻り、No.300の配達をようやく完了した。本来は15日までに完了の予定だったが、14日からの大雪ですっかり予定が狂った。14日以降は「議員活動報告」第10号と一緒に配達している。
 夕刻、配達の最後のところで出会ったおかあさんに、「公社はどうなるの? 3月に法事の予定があって、トマトの国を使いたいと思っているんだけど、営業は続くの?」と尋ねられた。「潰すことはしない」と縷々(るる)説明。現在の公社のあり様ではカネをいくら投じても赤字が続く。24日も公社への資金投入をめぐって臨時議会だが、公社の再建策の提案もしっかりみなさんに伝えていかなければならないと痛感した。本来は公社理事会、そして資金投入を提案している村長がもっとしっかりした案を提出する責務を負っているのだが、何を考えているのか、さっぱり伝わって来ない。「いいとこ取り」で利用されるのもわかったうえで、より具体的に再建案を提案していくしかないだろう。
 久々に110軒の配達で、かなり疲れた。

 

平滝からの景色(20日午後撮影)

 

21日(土) 午前中は、24日の議会審議の準備として、振興公社の財務データの整理と検討。
 午後は、青倉米の発送準備で精米作業。知人に手伝いをお願いしたが、
 自身でも30埖泙魴觜襲燭鵑澄昨夏頃は1袋を扱っただけでも腰にこたえることがあったが、今日は大丈夫。昨秋9月半ばころだろうか、基本的に就寝前だが、自分なりのストレッチを中心とする体操をやっていて、いろんな場面でその効果を実感することができる。
 間もなく67歳の誕生日を迎える身で、いまさら体力が向上するとは思わないが、昼間のさまざまな活動で張った筋肉を緩めたり、体の歪みを矯正する効果はあるのではないだろうか。この就寝前の体操をするようになってから、長時間の運転・配達をしても、背中が張って痛むことがほとんどなくなった。年末に風邪できつかった時に、体操をさぼると、運転時に以前と同じような痛みを感じた。体操の効果を逆証明しているように思う。
 夜、これからもうひと仕事しようかと思っていた時に、突然の停電。停電がかなり続き、「もう寝るしかないか」と思って、布団に入ろうとした時に復旧(停電は8時20分〜50分)。もともと考えていた仕事はもう再開する気力が取り戻せなかったが、他の仕事を少しやり始めたら、どんどん時間が経過し、就寝は1時近くになってしまった。

 

22日(日) 震災以降のつながりだが、毎冬、除雪の手伝いに来て下さる神奈川県の内山さんが今冬も来村下さった。「どこをお手伝いいただこうか?」と色々考えたが、17日に衝撃を受け、その後、20日にも状況の改善が見られなかった泉平に行くことにした。
 最も深刻な状況だった2軒には21日に救助員が入ったようで、雪害救助員制度の対象外でロータリーのない高齢者宅を訪ねて、内山さんと一緒に家周りの排雪のお手伝いをさせていただいた。お昼をご馳走になったが、その折、奥さんから「部屋が明るくなった」と言っていただき、「よかったな」と思った。今日は昼すぎまで快晴で、村のみなさん、排雪作業に励まれたことと思う。
その後、内山さんが何度も訪れたことがある青倉のあるお宅でお茶のみ。
 午後、上郷のファミリーマートに行った際、ファミマの駐車場で移動用発電機車を稼働させている東北電力の人に声をかけ、後ほど、営業所から説明の電話をいただけるようにした。
 今日は配達なし。

 

23日(月) 昨夕から降り始めた雪、朝起きた時はそんなに積もっていなかったが、朝の道路除雪後にがんがん降ってきた。
 昼頃、スキー場へ。ラッキーマンデーということもあるが、県外車が多い。レストランで昼食を終えた頃、外国人女性が2人入ってきた。日本人ガイドがついておられたので、声をかけると、スウェーデンからのお客さま。「いい雪で素晴らしい」というご感想。ガイドは斑尾(まだらお)の人で、さかえ倶楽部スキー場を積極的にアピールして下さっている。
 午後は、「議員活動報告」の配達で東部方面へ。その帰路、原向の中村正文さん宅の積雪計を写真に撮りたいと思って、貝廻坂に下るのではなく、原向から長瀬に下るコースを選んだ。中村さん宅での撮影はうまくいったが(下写真)、原向のあの広い田んぼゾーンの中を走る県道が大変だった。ホワイトアウトには至らないが、前が見えにくい。慎重に運転し、なんとか長瀬まで下りた。

 


 夜は明日の議会で質すべき事項を整理して、その後、就寝したが、診療所に行くのを忘れ、睡眠安定剤が切れたので、ほとんど眠れず。

 

24日(火) 公社問題での臨時議会。今日も傍聴者が多かった。
 臨時議会のことは「議員活動報告」に書くので、ここでは書かないが、やはり傍聴者がいっぱいいるということの意義・効果は大きい。
 朝方はさほどの降雪ではなかったが、昼前に議会を終えて外に出ると、激しい降り。その後、基本的にずっと降り続く。ニュースは「大雪の峠を越した」と言っているが、そんな時ほど、栄村は降る。
 昨夜眠れていないにしては元気に過ごせたが、夕刻からはややきつかった。夜、写真アルバム「栄村の雪の状況1月23〜24日」をブログにアップ。

 

25日(水) 昨夜は早く寝たので、早朝に起床し、昨日の臨時議会に関する「議員活動報告」第11号を2頁版で編集。
 早速、昨日の議会に傍聴に来て下さった方々のお宅を中心に40軒廻った。
 11時半頃、極野を廻っている頃、青空が見えた。しかし、水内(みのち)方向はまだ空が暗い。
 その水内でも午後2時頃には晴れ。これで今回の大雪も終わりかと思ったら、また降り出し、夕刻まで続いた。わずか1時間ほどでかなり積もった。よくわからない天気だ。
 夜、ブログに「今日もげに降った」をアップしたが、そこに掲載した写真を1枚。

 


 天代集落で撮ったもの。こういう道を都会の人に運転しろと言っても無理だろう。しかし、ガイドが運転する車で廻るなら、これは「雪国観光」の最高のコースになるだろう。観光商品というのはそういう発想法で作っていくものではないかと思うのだが…。

 

26日(木) 髪の毛がうるさくなってきたので散髪へ。すっきりした。理髪店で話題になったこともあって、津南町加用から中子に上り、赤沢へ抜けた。いつもは主要道を走るだけだが、今日は赤沢の地区内道路に入った。積雪量が栄村よりも多いように感じた。あくまでも「見た目」でのことであり、初体験の場所なので、多いと感じただけのことかもしれないが。
 その後、津南町の上野集落も見に行った。帰りがカーブの下り坂なので、これまで冬は行ったことがなかったが、今日は晴天で道路状況もよさそうなので初めて行った。写真はあまりいいものが撮れなかったが、直に見た景色は絶景。
 午後1時半からは、「こんにちは、県議会です」という集まりに議員として出席。私にはきわめてセレモニー的なものに思えたが、県議会議長は豪雪の地が初体験だったようで、その意味では「冬の真っ只中に栄村で開催」は意義があったのかもしれない。

 

27日(金) 午前中、米発送作業。というのも、25日の発送で私のミスから2件の間違いがあったので、その修正の追加発送。議会対応でバタバタしていて、発送のための事務面での準備が不十分だった。今後ますます忙しくなると思われるので、この点、十分に心していかなければならない。
 午後は、傍聴に来てくださった人たちへの報告会の準備等で動き、配達は15軒にとどまった。

 

28日(土) 今日は午前11時頃に冬の特別列車「雪のおいこっと」が到着するので、それを出迎えられるよう、配達を朝早くに始め、森、青倉で87軒。その後、森宮野原駅で「復興への歩み」新年号に付けた写真集「栄村の四季を楽しむ」に「おいこっと」乗車のみなさんへのメッセージを入れてものをお配りした。到着と同時にたくさんの人がワッと降車されてきて、あっという間に60部を受け取っていただいた。
 ホームには観光協会の若手職員2名も一緒に。うち1名は休日だったのにボラ出動してくれたもの。正規ルートでは観光協会に「おいこっと」のことは伝わっていなかったようだ。他方、JR側は運行スタッフの他に状況をチェックする社員が乗車していて、私もSL運行に対する栄村住民の反応について尋ねられた。今年は7月から「デスティネーション信州」キャンペーンだが、どうやら今のところ、栄村は「カヤの外」の感じ。震災前に同キャンペーンがあった時と同様、県等から連絡がないのではなく、会議等に呼ばれても、そこで提起されたことに反応する力、いや、それ以前に、感性が不足(ないし欠落)しているのだと思われる。
 午後は、ある勉強会で飯山へ。帰りに、上りの「おいこっと」の姿を信濃平駅付近で撮影した。午前、「おいこっと」歓迎の「手を振る運動」が行われた場所である。夜はスキー客へのインタビュー。

 

29日(日) 今日は晴天。私が以前に勤務していた京都精華大学の卒業生が何人も(結婚した人は子ども連れで)昨日から栄村に来ていて、今日の昼は「スキー場で昼食を一緒に」という連絡があった。
 彼ら・彼女らが最初に栄村にやって来たのは10〜7年前。栄中の旧寄宿舎が「ゼミナール館」となっていて、私が管理人をさせていただき、学生たちを受け入れ、合宿していた。当時、「宿泊施設として認めると、本来の宿泊施設の客を減らす」と随分とクレームをつけられたものだった。私は、「学生にはカネがない。いま、こういう施設で村に滞在してもらい、栄村を好きになってもらえれば、いずれ彼らが就職し、稼ぎ、家族をつくった時、村を再訪し、カネを落としてくれるようになる」と言ったものだが、そのとおりになったわけである。
 栄村の観光等の発展のためにはこういう“先行投資”の考え方も大事だと思うのだが…。
 配達は計135軒。ずいぶん頑張ったものだ。体はやはり疲れたが。

 

30日(月) 気温が高く、朝から雨。雪だと配達に困らないが、雨は紙が濡れないようにするのが厄介。午前中は用談。
 午後、若干の配達に廻ったが、原向で午後3時半に雨が雪に変わった。しかし、「下(しも)」で雪に変わったのは午後5時半頃。昨日の気温上昇、今日の雨で、23日には180cmを示していた原向の中村さん宅の積雪計が今日は130cmになっていた。
 東北電力の送電塔に倒木が発生し、21日夜の停電につながった問題。件の送電塔の場所がどのあたりか、大久保で出会った東北電力の職員から聞いた話でおおよその見当がつき、津南町の反里(そり)、今井のあたりを探し回って、ようやく大井平集落の山で「発見」した。雪の山中での凄い復旧工事。東北電力、中部電力のHPを調べても、何も出ていない。「秘密主義」云々ではなく、ライフラインを守るための作業員のみなさんの大変な働き。われわれはこういうことをもっと知って然るべきだと思うのだが。

 

31日(火) 「復興への歩み」を1月中にもう1号出しておきたかったので、午前中に一気に編集。
 2時すぎから東部地区で配達に廻り、何人かの人と立ち話。いろいろと村議選(4月23日投開票)が話題になってきている。「実(じつ)のある議会」にしたいと思うのだが、「村会議員は名誉職」と思って立候補を追求する人がまだまだいるようだ。全国各地で「議員のなり手がいない」ことが大きな問題になっているが、議員給料が安くて若い人は議員では暮らしていけないという問題があ
ると同時に、町村議会(議員)とは何ぞや」をめぐる古い意識が根強く存在することも大きな原因の1つではないかと思う。

 

送電塔復旧工事現場(31日午後撮影)

倒木で損傷した送電塔の上部を取り替えている。

クレーンで吊られた鉄骨に作業員が乗っている!


配達日誌1月1日〜15日

 1日(日) 午前9時半からの森集落新年会に参加。乾杯の音頭をとる役をご指名いただいた。緊張したが、長くもなく短すぎることもない挨拶ができたのではないかと思う。
 元旦朝に集落の全世帯から人が集まり、新年会をするというのは、都市社会では想像もつかないことだろうと思う。
年末の風邪があり、今年は正月の「復興への歩み」配達はやめ、のんびり正月に。年末に買い物に行けなかったので、美味いものはない正月だが…。
 大晦日の夜はTVをつけてはいたものの0時近くまでずっとPCで編集作業等。その後、「今年もさだまさし」を2時半まで観たので、新年会から帰ってからはこたつでうつらうつら。

 

2日(月) 朝はゆっくりの起床。午前中、「復興への歩み」第300号の原稿書き。天気がよいので、11時半すぎに外へ。2〜3枚だけ写真を撮るつもりだったが、あまりに天気がよいので、いろんなポイントを廻り、気がついたら1時半。

 

宮野原秋山郷線の切欠集落の横を通り抜ける地点

正面に見える山にお城があったという。その真下が四季

折々の切欠集落(「復興への歩み」300号写真アルバム掲載)を

撮影した地点。

 

 ガソリンと灯油がなくなってきたが、いつも行くスタンドが大晦日からやっていないので、津南町の大阪屋まで。「ここまで来たら」ということで、今日から店を開けている「ママのおやつ」さんにお邪魔し、先日は食べ損ねたチョコレート味の「お一人 県道森
さま用デコレーション」をいただいた。 その時、私よりもややお若いかなと思われるご夫婦がご来店。ママが置いて下さっている私のブログ・プリント版を手にしてご夫婦が会話。ママがご紹介下さり、いろいろとお話した。上野(うわの)集落に家を買い、東京と往復する2地点居住をされている方。私の写真を見て、秋山郷の不動滝などに関心を示してくださり、「上野の家に寄ってください」というお誘いまでいただいた。
 ママのお話によれば、店の喫茶に入られたお客さんが私のブログ・プリント版を手にして、今日のご夫婦のような会話が弾むそうだ。有り難いこと。
 しかし、考えてみれば、栄村にはいま、こういう喫茶スペースがない。やはりそういうスペースがないと、村内外をつなぐ人の輪ができないと思う。どこかに作りたいなあ。
 夜は、昼の写真を整理し、「2017年新春2日、晴れ上がった栄村」を写真20枚で編集し、ブログにアップ。

 

3日(火) 午前中、No.300の編集を続けるも、あまりはかどらず。
 昼すぎ、PCデータを保存するハードディスクを購入するため、飯山へ。国道117の路面に雪はまったく無く、雪がない季節と変わらぬスピードで走れた。この時期に信じられないこと。村も雪が少ないが、飯山まで行くと、田んぼにほとんど雪がない。このままいくと、昨年に続く少雪になってしまいそう。
 帰宅後は、年末からボツボツとやっているが、部屋中に広がる紙の山の整理。「印刷物の取り置き」、「各種資料」、「捨てる」の3種類に分けていく。残りは3つの山になった。今週中くらいにはかなりスッキリするだろう。
 夕方近くになって、今日初めて窓からスキー場が見えた。午前中の雪、里では途中からみぞれ・雨に変わって、かえって積雪を減らしたように思うが、スキー場の上の方では少し積雪が回復した感じがした。

 

3日午後4時半頃の撮影

 

4日(水) 予報はみぞれや湿雪であったが、ほぼ一日雨。
 三が日を終え、今日から新年号の配達を始めたかったが、昨日の後半失速し、原稿書きが今日にずれ込んだ。午前中に300号の本体を完成。ただ、プリンターの調子が悪く、朝から保守作業を要請。昼前に来てくれたが、プリンター内部の部品の交換が必要で、発注をかけたが、届くのは金曜日とのこと。ある程度の整備をしてくれたので、ひとまずは騙(だま)し、騙しの印刷をするしかない。
 No.300と300号記念の写真アルバムをブログにアップ。

 

5日(木) 朝一番で印刷を開始しようとしたところ、エラーマークが出て作動せず。8時半すぎの始業時に業者に電話をし、エラー番号を伝えたら、「リセットが必要、すぐに行きます」との返事。ただし、先方の営業所は六日町。それでも、飛んできてくれて、すぐにリセットし、使用可に。とりあえずの部数を印刷し、昼前に配達出動。
 ガソリン給油後、青倉の米倉庫に向かおうとしたところ、雪が結構激しく降る中、栄大橋上に3人の人の姿。3人の様子を1枚撮った後、声をかけると、「今朝、東京から電車で来ました」とのこと。

 

栄大橋上を午後1時に撮影

 

 「それにしても、この時間帯(13時頃)、何を撮るのだろう?」と思ったのだが、その後、青倉の米倉庫でちょっと作業をして、倉庫隣の家に配達に向かう時、前方の積雪の下側から雪が吹きあがってくるのを目撃。これでようやく納得。飯山線に除雪車が走り、先ほどの3人はその写真を撮ろうとしていたのだ。私はこの後、横倉に行く予定だったので、急ぐと、横倉駅に入ってくるところに間に合った。
 今日は朝方からの降雪で、とくに昼前からはほぼずっと降り続いたので、午後は至るところで除雪車がフル稼働。路上で除雪が終わるのを待つことも多かった。
 東部を中心に廻り、66軒79部。写真アルバムの中の写真の壁掛け用頒布への申込もあった。

 

6日(金) 今朝はかなり冷え込み。路面の凍結が心配なので、やや遅めの9時頃に配達へ。その後、11時20分にプリンター業者から「部品を持って伺う」との連絡があり、いったん戻る。
 午後1時頃から、昼食を車中携帯食にして、再度配達へ。その後、電話が入り、スキー場で知人と用談。夕刻間際に3たび配達へ。72軒81部。
 今日午前10時から、12日に臨時議会にむけて議会運営委員会。私は議運ではないが、連絡をもらったところによると、村長は「振興公社に5千万円投入」の補正予算案を出してきたとのこと。12月議会全協(非公開)時の議会側の意見に耳を傾けない無茶苦茶な案だと思う。12日にむけていっきに緊迫感が増してきた。
 ところで、下写真は平滝の国道より上で配達中に撮った1枚。毛無山から大久保にむけて尾根が緩傾斜で下ってくる様子がよくわかる。冬だからこそ見えるもの。一昨年末に「栄村の大地を巡る」というアルバムを作成したことがあるが、こういう大地の様子の観察は楽しい。

 

 

7日(土) 数日前から天気予報を睨み、一日中晴れそうな今日7日に秋山の配達に出かけることを決めていた。ただし、前回12月29日の経験から、あまり早い時間帯に出かけると、秋山に入ってからずっとアイスバーンと付き合うことになるので、朝方は「下(しも)」で配達をして、午前10時半に津南から405に入った。
 今日は小赤沢〜切明の全地域を廻ったので、小赤沢で配達が完了したのが午後4時41分。配達の終盤からライトを点灯していたが、405を下り始めた時はもう薄暮(はくぼ)。津南町に下りた時はもうすでに真っ暗だった。
 冬の秋山は夜道を避けようと心がけている。本当に秋山を知るには、雪が激しく降るような日の秋山、あるいは冬の夜の秋山も知らなければいけないのだろうが、「復興への歩み」の配達を主な仕事とする私は“安全第一”で、やはり冬の秋山・405の夜道は避けたい。今日の場合は、この間の天候がよくて、積雪量が少なく、大きな雪崩の心配などがないことに助けられたと思う。
 秋山で配達に廻っていて、「いつも楽しみにしています」と声をかけて下さる人が多い。本当に励まされる。ポストに入れた音に気づいて、わざわざ外に出てきて下さったケースもあった。
 今日はいい写真もたくさん撮れた。(16日に「1月7日の朝から夕まで」をアップ。
 http://sakaemura-net.jugem.jp/?eid=2425)

 

8日(日) 今朝は冷え込みがきつかった。午前9時半、国道117の役場横気温表示で−1℃。
 今日の配達は68軒で、あまり軒数伸びず。
 下の写真は原向集落のある所で撮影したもの。雪の上に、赤土がぼろぼろと沢山落ちている。脆(もろ)い土質だとは思うが、春〜秋の季節にはこのように土が落ちる状況は見たことがないように思う。やはり雪の圧力の凄さというものを感じる。

 

 

9日(月) 今朝は冷え込みなし。平滝、白鳥などで47軒の配達の後、10時20分頃に村を出て、所用で飯山へ。
午後2時頃に村に戻り、主に東部地区の配達。
 2時頃にポツポツと小雨が降り始め、2時半頃から本降り。しかし、柳在家・切欠を過ぎると降っていない。その後、原向で配達中に少し降ってきたが…。ほんのちょっと場所が変わるだけで、随分と天候が変わる。

 

10日(火) 夜に数cmの積雪があったようだ。
 今日は久々にトコトン配達。126軒廻った。配達を終えた夕刻は充実感があったが、夕食を終えるとぐったりしてきた。が、なんとか踏ん張って、午後3時20分頃に笹原集落の県道でイノシシに出遭ったことをブログ記事化(http://sakaemura-net.jugem.jp/?eid=2416)。それをブログにアップして、FB、ツイッターで告知する作業を終えると、崩れるように就寝した。
 昨夜〜今朝の積雪はほとんどの地区の道路では早い時間に消えたが、午後4時頃、極野に行くと、道路はほぼ全面的に積雪が残ったまま。やはり少し標高が高く(500m超)、気温が低いこと、そして何よりも山に囲まれ、日照が少ないことのゆえかと思われる。
 なお、就寝前の午後10時45分頃、外の国道の様子を見ると、ほぼ真っ白になっていた。

 

11日(水) 朝方にそこそこの降雪・積雪。だが、天気予報で頻(しき)りに言われている「大寒波襲来」という感じはない。午前中、東部地区で73軒の配達。午前の予定分を終えて、下におりてきたところで知人に電話。スキー場で昼食を食べながら、話をすることに。正午すぎから2時半すぎまで話し込んだ。
 知人は若者で、「栄村でどんな仕事ができるか」(もちろん、暮らしが成り立つ稼ぎができる仕事)ということを主たるテーマとする話で、とても楽しい会話だった。私流に言えば、「むららしい暮らし」で今の時代に子育ても出来るような稼ぎができる仕事を創造していくということ。私がもう10〜20歳ほど若かったら、自身でチャレンジしたいのだが。
 10年前に私が栄村で暮らし始めた頃は、そういう話をすると、「馬鹿げた話」あるいは「空想的な話」という感じで受け止められていたように記憶しているが、最近では、移住者のみならず、生粋のむら生まれ・むら育ちの人からもそういうことを実現したいという意見を数多く聞くようになった。牛歩のごときゆっくりした歩みではあるが、村は確実にいい方向に変化してきているように思う。村政の面では逆方向のような感じもあるが、私はこの「いい方向」はある種、不可逆的に進むと確信している。その成熟した姿を自身の目では見ることはできないかもしれないが、それは構わない。自身はこの世にいないかもしれない20年後、30年後を考えて、歩んでいきたい。
 午後3時すぎ、スキー場ではいい感じの降雪。国道に下りてきた時は降雪なしだったが、間もなく雪が降り出した。いよいよ「大寒波襲来」の本番が来るのか。

 

11日午後2時46分、リフトに乗り込む人。滑降してくる姿を撮ろうと、3時

11分まで待ったが、降りて来ず。上の方でスノボを楽しんでいるのだろう。

 

12日(木) 今日は臨時議会。開会は10時だが、その前に傍聴席が満杯になったのには驚いた。おそらく、「平成の大合併拒否、自律の村」を決めた議会以来の出来事なのではないだろうか。(当時を知る人の話では、当時は現在の役場庁舎建設中で、議会は当時の村民会館3階で開催されていて、傍聴席のスペースが現在よりもはるかに広かったそうだ。)
 「振興公社に5千万円投入」という補正予算案は5:6で否決。村長提案を否決という事態は、私が栄村で暮らすようになって以降では初めてのことだと思う。
 私は昨春の補選で議員になった時から言っているように無所属、そして、森川村政に対しては「是々非々」の姿勢。振興公社問題が本格的にクローズアップされてきた11月以降、森川氏はおそらく私を「森川村政反対派」だと捉えているのではないかと思われるが、私のスタンスは変わっていない。間違っていることには「ノー」を明確にし、間違った政策が現実化しないように全力を尽くす。しかし、森川氏が村民の声に本当に耳を傾ける姿勢を示すならば、私はいくらでも協力する。
 そういう基本姿勢なのだが、議会が村長に対して「ノー」と言うべき時にはっきり「ノー」を突きつける力を持つことは、村が元気で明るい村になるために絶対に必要なこと。今日はその第一歩だが、これで十分に力をつけたとは到底言えない。早い話が、今日のような審議のプロセスで、補正予算案の修正動議を提出するような力が必要だと私は考えている。そこまで力をつけるには、まだまだ相当の時間がかかると思う。(「力をつける」と言うよりも、「議会・議員の仕事とは何か」についての考え方の変革と言う方が正しいかもしれない。)
 そこそこの降雪・積雪があったが、「寒波」というにはまだまだ程遠い。

 

13日(金) 昨日は本当に疲れた。朝はゆっくりめ。昨日、傍聴に来て下さった人たちも、「24日に再び臨時議会」ということはご存じないので、早速、「議員活動報告」を書き始めた。
 ただし、用談があって出かけたり、降雪が本格化し始めたので、村内の様子を撮影に出かけたりで、「議員活動報告」の作成は終了せず。

 

16時49分、貝廻坂を下る途中


 夜は、1時間以上の長電話を2件もしてしまったので、仕事はできず、11時すぎに就寝。最近、夜は印刷したものの折り作業をするのが精一杯で、それ以上のことができない。1年前の体力はないと感じる。この間、3本のアルバム集を編集したが、それをブログにアップすることができていない。毎日のようにブログをアップする体力が夜に残っていないのだ。「明日の朝にアップしよう」とも思うのだが、朝は朝で「早く配達に出ないと、後で苦しくなる」という思いが出て、アップできない。しばらくはこういう調子で無理をせずに様子を見て、徐々に今後のリズムを形成していきたいと思う。


14日(土) 積雪量は栄村としては騒ぐようなものではないが、今日の降り方は異常。
 それでも午前中は動けて、出来立ての「議員活動報告」を傍聴に来て下さった方のお宅などに配達。
 しかし、午後0時50分頃、野田沢から大久保に向かおうというところで、前がまったく見えなくなり、「遭難」という言葉が頭の中によぎった。それで引き返し。
 食料を買い込み、「籠城」。大袈裟に聞こえるだろうが、私が住んでいるところの車庫がカーブの坂に面しているので、積雪量が一定以上になると出入りできなくなるから。

 

15日(日) 昨夜0時過ぎか、雪が止んだことを確認して就寝した。
 今日は午前中が中条の道祖神、午後は森集落の道祖神で、開催できるか危(あや)うんだが、6時40分に起床すると、雪は降っていなくて、窓からスキー場がしっかり見えた。
 午前8時から中条の道祖神の準備作業。計6名で。続いて、10時半から道祖神祭り。青空も見えて、最高の道祖神となった。今年は身内に不幸があって出られないという家もなく、6軒が勢揃い。「ほいさま」から青倉に嫁いだきみ子さんも来てくれて、賑やか。中条の道祖神は本当に素晴らしい。あまり大勢来られても困るが、5〜10名くらいの人数限定で「小さな集落の道祖神祭り体験」というようなものを企画してみるのもいいかなと思う。みなさんの意見を聞いてみようかな。

 

中条の道祖神の炎


 午後の森の道祖神は途中から北風、降雪で厳しかったが、子どもが増えて、元気がいっぱいの道祖神だった。
 森の道祖神の撮影を終えると、すぐに「トマトの国」へ。
 昨日、運転で極度に緊張したことや、車庫前の重い雪の片づけを3回したが、温泉に入れなかったので、体全体がカチカチ。やっと温泉に入れ
て、ホッコリとした。帰宅後、中条の道祖神の写真などを整理・編集。ブログ記事を2件アップ。


秋山郷を巡った一日〜2月4日の配達日誌〜

 

 今日4日は午前8時すぎに森集落を出て、秋山郷へ。
 朝から快晴。さほど冷え込みがなかったので、早い時間帯でも道路の凍結の心配はさほどないと考えた。実際、アイスバーンもなく、途中少し寄り道をしたが、10時すぎに小赤沢に着いた。
 写真は小赤沢集落の山田忠雄さん宅脇から撮影したもの。午後0時26分。
 10時すぎに小赤沢に入っていながら、この写真の撮影が午後0時半近い時刻なのは、ある人と1時間近く立ち話をしたため。
 この地点には次のような坂を下っていく。

 

 

 

 

 和山〜切明間の村道切明線。午後1時32分。
 この1枚を選んだのは2年前に行われた法面工事の成果を示したいため。2015年2月にこの地点を通った時は法面から落ちる雪がもっとおっかなかったが、工事のおかげで状況が改善された。

 

和山集落のあるお宅へ。水が流され、道が確保されている。午後2時44分撮影。

 

 

中津川と鳥甲山。
和山集落の「仁成館」の近くで午後2時22分撮影。

 

 

 

 この間の雪で、鳥甲山連峰の白さが前回の秋山行(1月18日)までとは違い、ものすごい迫力だった。
 午前10時4分、北信生コンの構内にて撮影。
 撮影地点の全体像も示しておく。

 

 

 

 

 鳥甲山を初めてのアングルで撮った。
 「和山入口」で405号線から離れ、和山岐(し)線に入って間もなく、道路除雪の雪が押し出された場所からの撮影。つまり、雪がない時は立てない場所。午後1時24分。
 下は同じ場所から撮った赤瑤瞭の下の岩が見える箇所。

 

 

 

 

 秋山郷に向かう途中に「少し寄り道をした」と書いたが、立ち寄ったのは穴藤(けっとう)集落。
 吊り橋を渡っていくが、その吊り橋は2tまでの車が通れる。
 そういうわけで吊り橋を渡る途中、車内から1枚撮った。午前9時7分。
 渡り切った先の穴藤集落側から吊り橋の全体像を撮ったものも1枚。

 

 

 

 紹介したい写真はまだまだあるが、ひとまずここまで。

 


送電塔の復旧工事が完了しました

  • -
  • 2017.02.03 Friday

 

 東北電力の宮野原線第7送電塔が倒木で損傷した件ですが、昨2日の段階で送電塔の復旧工事が完了、第6送電塔〜第8送電塔間の送電線も張られました。
 写真は今日3日昼撮影の第7送電塔の様子。
 そして、今日3日、上郷のファミリマート駐車場では、移動発電機車からの送電ケーブルを撤去する作業が行われ、東北電力関係者が間もなく撤収します。
 大雪の中での大変な作業、本当に有難うございました。

 

 

ファミマ駐車場横での送電ケーブルの撤去作業。午前11時21分撮影。

 

午後3時47分撮影。送電ケーブルの姿はもうない。

 

取り外した送電ケーブルの片づけ作業。3時48分。

 

 

国道117から見た復旧後の姿と、復旧工事中の様子。

 

2日午後4時すぎ撮影。

 

1月31日午後の様子。

 

 

 大井平の現場に行き、復旧作業完了後の様子を見てきました。

 

 

 写真右手奥に見えるのが宮野原線第7送電塔。
 写真右手に大井平集落があり、国道117は写真左側の山の下です。
 昨日からの雪で復旧工事作業の形跡は消え、雪の山中の静かな佇まいです。


 私たちの暮らしがどういう作業で守られているか、認識を新たにした出来事でした。


色とりどりの耳団子が店頭に〜直売所かたくり〜

 

 

 今日3日、直売所かたくりに“耳団子”が並びました。
 「やしょうま」とも呼ばれますが、2月15日のお釈迦様の命日にお供えするもの。
 人気の商品で、直売所には問い合わせが入っているようです。
 店頭に並んだもの、色とりどりで、とてもきれいです。POPもご覧ください。

 

 


直売所では、人気の各種お餅も出ています。

 


「もちひかり」と「こがねもち」の食べ較べもいいかも。

 

 


「きび&くるみ」というのは珍しいですね。
焼いて、くるみ味噌をつけて食べると最高です。

 

 

行者にんにくとフキノトウも出ています。

 

 

 

 

 4日、5日の土日、栄村直売所かたくりに是非、お立ち寄りください。


2月は快晴で幕を開けたが、この後は節分嵐か

 

 写真は今日2月1日午前11時すぎの国道117号線森大橋。
 左手に見える千曲川の絶壁は紅葉の季節も美しいが、雪がのった時の姿もいい。絶壁をクローズアップした写真は次頁。

写真に見られるように今朝はぬけるような青空が広がる天気。
 しかし、午後になると曇り空になり、夕刻からは予報通りに雪。午後8時頃までは重たい湿雪だったが、予報ではこの後、乾雪に変わるという。明朝はかなりの積雪になっているだろう。栄村では、「節分の頃は嵐になる」と言われている。先週あたりの予報では「2月上旬は気温高め」と出ていたが、やはり3日の節分は「嵐」の中で迎えることになりそう。ただ3日の後半は雪も収まってくるのではないかと思う。

 

 森大橋横の千曲川の絶壁。
 上の方に雪崩防止柵が見えるが、その少し下に村道滝見線が通っている。もちろん冬期は閉鎖。

 

 

 あまり紹介することがない風景。
 津南町寺石集落での1枚。「津南町」と言っても、森集落から車で5分程度のところ。
 写真左手に見える山は森集落の開田があるところだ。11時19分撮影。

 

 

今日は排雪デー

 

 午前11時8分、ヤマザキショップ付近で撮影。
 この写真に2台のダンプカーが写っているが、いずれも雪を運ぶもの。
 国道の雪をロータリーで飛ばして出来る雪の山がそろそろ限界。今日は各所で排雪作業が行われていた。その多くは許可された地点で千曲川に捨てられる。

 

 ヤマザキショップ脇の田んぼに積み上げられた雪の山がだいぶ片づけられた。国道の除雪は県
管理なので、このロータリーは県のもの。

 

 こちらは役場敷地内での排雪作業。ドーザーもロータリーも栄村のもの。

 この時間帯(午前11時)、まだ気温は0℃。朝方の冷え込みがきつかったことがわかる。

 

 

朝と午後の景色の違い

 

 同じ場所を、朝7時50分頃と、気温が4℃くらいまで上がった午後2時頃の2回、撮ってみた。

 

 

 

 

 

 

 写真に見える谷は、中条川の2つの上流のうち、西側の西入沢川。谷の右側の山は地元で「中尾のつんね」と呼ばれるもの(「つんね」は「尾根」の意)、左手はスキー場だ。
 最高気温は4℃くらいだったが、陽射しは強く、軽トラの運転台は暑かった。朝方の最低気温は−5℃よりも低かったのではないか。気温差は10℃近く。陽射しの強さでかなり雪が消えたように思う。

 


送電塔復旧工事の様子続報

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  • 2017.01.31 Tuesday

 

 上の写真は31日午後、国道117号線津南町今井オアシスパーク付近から東北電力の送電塔復旧工事の様子を撮影したものです。
 倒木で損傷した送電塔の上部がすでに解体・撤去され、新しく用意されたものがクレーンで吊り上げられています。そこに作業員1名が乗っています。そして、それを元の鉄塔に受け入れる作業員が4名見えます。
 凄い作業です。雪の中の山の上での作業です。この時は雪が降っていました。

 

 送電塔の位置がわかる写真を1枚。

 


 津南町から栄村方向に進み、写真に見えるスノーシェッドの手前から復旧作業中の送電塔が見えます(赤丸でマーク)。

 

 送電塔の地図上の位置は赤丸のところです(昭文社発行『新潟県道路地図』から)。

 


栄村復興への歩みNo.301

「雪のおいこっと」がやって来ました!

 

 1月28日(土)、森宮野原駅に飯山線の観光列車「おいこっと」がやって来ました。
 「おいこっと」の冬期通常運行は長野〜戸狩野沢間ですが、今冬は1月28日に限って「雪のおいこっと」と命名され、戸狩野沢温泉〜十日町間も走りました。やっぱり、冬の飯山線のメインは豪雪を誇る栄村を走る区間ですよね!

 


 11時2分森宮野原駅着の「おいこっと」2両は満席。写真は、「おいこっと」車内サービス係が用意した「つっこ」を身につけて記念撮影をする乗客の人です。写真左下隅でカメラを構える人の手に握られているものにもご注目ください。「栄村の四季を楽しむ」の写真アルバムです。ホームに降車された乗客全員にお配りしました(60部)。

 


 10分後に発車する時、乗客のみなさん、手を振ってくださいました。
 雪のSLも走らせたいですね。