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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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野々海三叉路

 

 

 野々海のスポットとして、しばしば紹介する三叉路の小さな池(地塘)です。
いつもの写真とちょっと異なります。水面の高さから撮影しています。笹などが繁るところを笹や小枝につかまりながら下りました。かなり急な斜面です。
 飯水地域の小中学校の先生たちが昭和53年度から4年間にわたって実施された野々海一帯の自然調査をまとめた『野々海・貝立の自然』という本があります(飯水教育会、1982年刊)。かなり専門的で読み進めるのが大変ですが、貴重な文献です。
その本では、この小さな池、「古池」(ふるいけ)と呼ばれています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄村復興への歩みNo.394
2020年10月8日発行 編集・発行人 松尾真 定期購読料:年間2,400円
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞
 


秋、急速に深まる

 

 

 

3枚は、野々海池の堤の対岸からの撮影。9:42。
林道野々海温井線を野々海峠からキャンプ場方向に戻るとき、道路から林をぬけて池岸に下りた。池岸には一面、苔が生え、水中にまで続いている。

 

 

 

 

これは堤の端から撮ったもの。10:15。最初の4枚を撮った地点は、この写真に見える対岸のいちばん右辺り。

 

 

 

 

三叉路の池。8:38。これもいつもとは違う地点からの撮影。道路から笹をかき分け、水面際まで下りた。

 

 

つぎは、深坂峠。

 


8:49。指先が少しかじかむほどの寒さだった。

 

 

信越トレイルに入ったあたりの林の様子。

 

 

 

曇天だが、日本海はよく見えた。9:15。

 


野々海峠からの下り道、日本海を望む地点の斜面。
花をクローズアップすると、

 

 

 


野々海峠からの帰路。9:26。同じ箇所、一昨日の霧の中の様子は下。

 

 

 

 

 

東窓(野々海キャンプ場横)。9:55。

 

 

しばらく晴れマークの日がなさそう。朝一番で行っただけの収穫はあった。
当面は紅葉撮影に野々海へ、秋山へ、通う日々が続きそう。

 


「洪水吐」という言葉に衝撃を受ける

 

 9月の半ば頃に気づいたのですが、国道117号を飯山市方向に走り、白鳥集落をぬけて、東大滝橋に入ろうとすると、前方の景色がいつもと異なっています。
 西大滝ダムの上に巨大なクレーンが載っているのです。


 西大滝集落側から撮影したものもご覧ください。。手前に見える水門は信濃川発電所に水を送るための取水門です。

 

 

 


 「ゲートの工事をやっているんだな」と思い、9月30日夕刻近くに西大滝集落のダム入口に行ってみました。そこで工事告知の看板の文言を見て、絶句しました。

 


 これまで「ダムがあり、水門(ゲート)がある」という認識でいましたが、その水門のことを「洪水吐」と呼称しているのです。
これには本当に衝撃を受けました。
 東京電力は、基本的に「千曲川の水をすべて取る。洪水の時は取水すると具合悪いので下流に流す(吐き出す)」と考えているのです。
 「洪水の時は取水すると具合悪い」というのは、第1に、洪水時に取水すると水路トンネル(直径6.5m)に収まらない、第2に、洪水と共に流れてくるゴミの除去が出来なくなる、ということで、取水を止め、全量、下流に流すのです。

 

 西大滝ダムは1939(昭和14)年から運用されていますが、2011年(震災の年)に水利権の更新期を迎えました。その時、東電が設定した放流量は20?/s。信濃川中流域水環境改善検討協議会が求めた「20?/s以上」に反するものです。
東電は水利権更新申請時の文書で、こんなことを言っています。
  「当該申請に当たっては、発電維持量ガイドラインに基づき

   河川維持流量について調査し、概ね7?/s程度を維持流量と

   して放流することを検討しておりました。」
  「信濃川発電所での20?/sという水力エネルギーは発電力で

   約2万kWに相当し、通年これを放流すると2万軒余りのご

   家庭で使用される分に匹敵する年間にして約8,000万kWh

   のエネルギーが失われるという非常に大きな影響となります」

 

 最近、再生可能エネルギーの1つとして水力発電所が再評価されていますが、大規模水力発電所のためのダムは、地域の環境に多大な悪影響を与えるものです。他方、電力会社にとっては初期投資(ダム建設コスト)を回収し終えれば、タダの資源で大儲けができるものという意味を持ちます。
 ちなみに、東電が言う「発電維持流量ガイドラインに基づく河川維持流量」の7?/s程度というのは何を根拠しているのか。東電が提出した「発電維持量ガイドラインに基づく西大滝ダム下流の調査結果」によれば、「河川は国道117号線とほぼ並行して流れており、河川を横断する橋梁等からの調査地点の景観を損なわないよう、見かけの川幅に対する20%の水面積を確保する」ための維持流量が7.3?/sだと言うのです。要するに「見た目に川と見えればよい」ということです。

 

 2011年以前、栄村を流れる千曲川は渇水期、歩いて渡れるほどでした。
その当時に比べれば少しは流量が増えたとはいえ、きわめて少ない流量です。西大滝ダムに写真を撮りに行ったのと同じ9月30日の午前、月岡集落地先の千曲川に下りて撮った写真をご覧ください。川底が見える程度の水量です。

 


 千曲川をめぐっては、昨年の台風19号災害をふまえた治水対策が大きな課題ですが、治水対策にとっても西大滝ダムは厄介な存在です。その点はまた機会を改めて議論したいと思います。

 


霧の中を走る

 

野々海峠〜野々海キャンプ場の林道にて。13:39。

 

 

野々海池入口。13:45。

 

 

野々海三叉路。13:49。

 

 

霧に覆われる世界との境界。標高900mあたり。13:52。

 

 

 十日町での治療の帰路、新潟県道253号線から松之山・中立山、中原への道を辿ってみた。ちょっと1ヶ所で道を誤り、思ったとおりには走れなかったが、冬期に中立山、中原を訪れるためのコースがいちおう分かった。
 生憎の天候で、中原から菖蒲高原にむかう林道、菖蒲高原から野々海、約1時間、すべて霧の中。ほとんど何も見えなかったが、それはそれでよし。
 野々海の紅葉の進み具合は、思っていたよりも遅いのかなという感じ。朝晩の冷え込み、あまりない方が暮らし的には有難いが、紅葉のためには冷え込みが必要。
 それにしても、霧の世界と霧のない世界の境い目は非常にはっきりしている。「徐々に霧が晴れていく」というのではない。突如、世界が変わる。

 

 体調が思いのままにならない中で、新しいリズムをつくるために、1日1回、ブログをアップしようと試している。どれだけ続くかは「?」だが・・・。

 


栄村復興への歩みNo.392(9月2日付)

 

素敵な風景だと思いますが…

 砂浜、小石やちょっと大きな岩もある、そして爽やかな水色の流れ、さらにその先には黄金色になり始めた田んぼも見える。
 じつに素敵な風景です。
 村のみなさんもあまりご覧になったことがない景色でしょう。
 近くには下写真のものも見えます。

 


 素敵な景色なのですが、じつは、悩み多き場所でもあります。その“悩み”をめぐる思考を試みるのが今号のテーマです。

 

千曲川の洪水と水害、治水を考える
 いよいよ台風シーズンを迎えます。昨秋の台風19号災害の記憶も生々しい中、箕作・月岡周辺の千曲川の洪水と水害、そして治水について考えたいと思います。

 


 まず、google(グーグル)地図の航空写真を引用してみました。
 1頁に掲載した写真は上航空写真図のD地点から月岡集落方向を見たものです。また1頁下の写真は日隠橋の下をD地点から撮影したものです。柱状(ちゅうじょう)節理(せつり)を見ることができます。
 2011年3月12日の震災以来9年半、災害箇所を取材し続けてきて私が確信するに至ったことが一つあります。「美しいものと災害危険箇所は同じところにある」ということです。

 

◇ そもそも川とは何か、そして洪水と水害は同じことか
 千曲川という川をめぐる問題を考えるわけですが、そもそも川とは何でしょうか。

 

● 生活と密着した存在だった川
 一般的には、つぎのように言われます。
   「河川とは、地表面に落下した雨や雪などの天水が集まり、

    海や湖などに注ぐ流れの筋(水路)などと、その流水と

    を含めた総称である。」
 じつに分かりやすい定義であり、私たちの理解ともほぼ重なります。しかし、河川工学の第一人者であり、信濃川(千曲川)との関わりも深い大熊孝氏(新潟大学名誉教授、現在78歳)は、この定義は「水循環は意識されているが、そこに住む生物や人間の文化などには全くふれていない」として、つぎのような定義を提唱されています。
   「川とは、山と海を双方向に繋ぐ、地球における物質循環

    の重要な担い手であるとともに、人間にとって身近な自

    然で、恵みと災害という矛盾のなかに、ゆっくりと時間

    をかけて、人の“からだ”と“こころ”をつくり、地域文化

    を育んできた存在である」(この後に紹介する本の68頁。

    下線は引用者)
 どうでしょうか。
 最近では、千曲川を話題にするのはほとんどが水害をめぐる話です。でも、現在、50歳代後半の人たちにとって夏の水遊びとは、「学校のプール」ではなく、千曲川での泳ぎや魚とりであったはずです(そもそも「学校のプール」など無かった。青倉集落などでは「小学生は中条川、千曲川は中学生以上」という「ルール」があったと聞いています。)。さらに80歳代以上の人であれば、千曲川で鮭やウナギをとって夕食のおかずにしたという思い出があるはずです。まさに「人の“からだ”と“こころ”をつくり、地域文化を育んできた存在」です。

 

● 洪水と水害は違う
 昨秋の台風19号水害の記事を書く時、じつは考え込んだことがありました。「洪水」、「氾濫」、「水害」という3つの言葉をどう使い分ければよいのか、しっかりした判断基準が私の中になかったのです。
 川の定義をめぐって上で紹介した大熊孝さん、じつは20年ほど前に徳島県の吉野川で初めてお会いし、私が栄村に移り住んだ後、新潟のご自宅をお訪ねしたこと、そして2011年の震災の約1週間前には川についてのお話を伺うために栄村にお出でいただいたことがあります。近年は直接の交わりが途絶えていたのですが、6月に『洪水と水害をとらえなおす』(農文協刊)という本を出版されたことを新聞で知り、早速購入して、約280頁の本ですが、いっきに読みました。
 その本で、洪水と水害の違いが明確に説明されていますので、引用紹介します。
   「川から水が溢れ、家や田畑、道路などが浸水すること

    が一般に「水害」と呼ばれている。しかし、これは

    間の営みがあるから被害が出るのであり、いわば社会

    現象で「水害」と表現される。小出博は「河川には自

    然史と社会史がある。洪水は河川の自然史のひと駒で

    あり、水害は社会史のひと駒である。」と述べている。

    名言であると思う。川の流量が平常時より増えること

    は自然現象であり、これが「洪水」の第一義である。
     川の流量のもとは降雨であるが、これが大地に浸透

    すると、ゆっくり時間をかけて流出してくる成分と、

    浅い地下水や地表を流れて早く流出してくる成分とに

    分かれる。降雨量が多いと、この早く出てくる成分が

    卓越して、洪水と呼ばれるのである。」

    (同書85―86頁。下線は引用者)
 洪水自体は自然現象であり、ただちに災害を意味するわけではないのですね。
 しかし、箕作・月岡地区を見ればわかるとおり、千曲川の畔には私たち人間が暮らしています。どういう歴史があって、いまの箕作や月岡の集落が生まれたのか、興味が大いにあるところですが、残念ながら、今回はそこに立ち入っている余裕はありません。

 

◇治水の役割は何か
 千曲川をはじめとする大きな河川には「河川整備基本計画」というものがあります。それは言いかえれば治水計画だと言ってもよいでしょう。洪水をうまく処理し、水害が起こらないように河川を治めるための計画です。箕作・月岡の堤防嵩上げもこの「河川整備基本計画」に基づいています。
 河川整備基本計画では、まず、「基本高水(たかみず)」というものが設定されます。その河川の最大規模の洪水を意味していると理解していいでしょう。つぎに、上流部分でダムや遊水地を計画し、それによって洪水をどれくらい調節(低減)できるかが計算されます。この低減された洪水のピーク量が「計画高水流量(たかみずりゅうりょう)」と呼ばれます。そして、その低減された洪水を海まで無事に(=水害を起こさずに)流せるように堤防や護岸などが設計されます。
 水害が発生するのは、大雑把な整理ですが、イ)河川整備基本計画に基づく堤防などが未整備である場合、ロ)堤防等は整備計画通りに整備されていたが、降雨量がかつてないもので洪水量流量が「基本高水」や「計画高水流量」を超えた場合、さらにはハ)堤防等は整備されていて、洪水量も「基本高水」の範囲内であったが、土砂の堆積などで河床が上がったため、洪水が堤防を越水した場合や、堤防に問題があって決壊する場合、に大別できると思います。大熊孝さんは台風19号での穂保での越水・堤防決壊はハ)のケースであったと分析されています。
 治水のために上流に大きなダムを建設することの是非については、今回は議論しませんが、千曲川の現状は治水計画(河川整備計画)が描いた通りにはなっていないと言えると思います。

 

◇ 箕作・月岡の千曲川を見る
 いささか理屈っぽい話が長くなりました。目で確認できる話に戻りましょう。
 私は本紙No.390で「千曲川を空から見る」という記事を書き、箕作・月岡地区での堤防の基本設計に問題があるのではないかと提起しました。そこで問題として指摘した箇所を今回は平滝スノーシェッド付近(2頁航空写真のB点)から撮影しました。ご覧ください(写真イ)。

 

写真イ

 

 手前に百合居橋があり、その先で千曲川が左へ大きく曲がっているのが見えます。百合居橋の先に見える緑色の土地、ここを百合居橋上から撮影したものをつぎに示します(写真ロ)。流れの先には青色の家が見えます。保坂照夫さんのお宅です。その手前に大
きな木が1本見えます。

 

写真ロ

 

 ほぼ同じ場所から7月2日と8日に撮影したものを写真ハ、写真ニとして示します。

 

写真ハ

写真ニ


 写真ロ、ハ、ニを「大きな木」を目印として見比べてみてください。
 7月2日は栄村近辺の雨ではなく、上流部での雨で少し水位が上がっています。そして、7月8日は上流の犀川に流れ込む上高地での大雨が流れ下り、深夜に月岡・後川原の水田の一部が浸水した日です。写真ニの撮影は午後4時半すぎです。
 これに加えて、昨年10月13日の氾濫時の写真があれば、もっと分かりやすいのですが、その時は百合居橋は通行止めになっていて、撮影は不可能でした。
 今度は見る場所を変えて、さらに考えていきます。

 

写真ホ
 上の写真ホは、写真ロ〜ニに見える「大きな木」がある地点の田んぼから百合居橋方向を撮影したものです。千曲川が「大きな木」とこの田んぼにむかって真っすぐ進んでくる(流れてくる)ことがわかります。
 千曲川の洪水量が次第に増えてくると、写真ハ、ニに見られるように、「大きな木」の根元まで水位が上がり、さらに洪水量が増すと、川は左へ蛇行するのではなく、この田んぼへと流れ込むのです。昨秋10月13日未明に起こった事態です。その結果を示すのが下の写真へです。

 


写真へ

 

● 堤防位置変更の提案
 そこで、私は本紙No.390で箕作・月岡の堤防の堤防を今の県道と一体の直線型ではなく、写真ホの河岸を護るようにカーブさせることを提唱したのです。それを航空写真図に書き込んだものを示します。緑色で塗った箇所です。

 

 

 堤防をこの緑色の部分まで伸ばすのに要する経費はそんなに大きなものではありません。逆に、この箇所に堤防を造らないとすれば、それは河川管理者(県・国)が大洪水時に洪水量調節のために、緑ラインのところから洪水を河道を外れてCの田んぼゾーンに流し込もうとしている、言いかえればCゾーンを実際には遊水地として扱っていると言わざるをえません。
 台風19号災害をうけての「緊急治水プロジェクト」で国は千曲川でかなり多くの箇所での遊水地設定の計画を打ち出しています。田畑などが水に浸かるのですから、交渉が難儀になっているところもかなりあるようです。ところが、月岡のCゾーン(後川原)では何の話し合いもないまま、実質的に遊水地扱いしてきているのです。こんなことが許されてよいはずがありません。


● 後川原の田んぼをどう守るか
 私の提案では緑色の堤防は千曲川の湾曲部だけをカバーするので、Cゾーン(後川原)の田んぼの多くは千曲川の洪水の影響を受けることになります。それへの対策が必要です。

 


 上の写真は、後川原の田んぼの千曲川沿いの部分を下流側から撮ったもので、赤ラインは現在耕作されている田の畦を示しています。この赤ラインよりも川側に草が生えるゾーンがあります。これは千曲川の洪水のたびに徐々に削られ、田畑としては使用できなくなった月岡の人たちの民有地です。ここに河畔林のように一定の笹垣と樹木を植栽すれば、洪水時に田んぼに水は入ってもゴミや砂地が大量に入ることは防げるはずです。そのことは京都府の桂川沿いにある桂離宮の水害対策で効果が立証されています。また、今年7月8日の浸水直前の田んぼの状況からも有効性を主張できます。

 


 上写真は7月8日午後6時すぎのものですが、千曲川の洪水水位は田んぼの高さと変わらないところまで上がってきています。しかし、田んぼの畦の外側にある自生の笹などが洪水の浸入をこの段階では食い止めているのです。
 この種の対策は「1回やれば完了」というわけにはいかないでしょうが、粘り強くやれば効果が出てくると思います。さらに、これに河道掘削が加われば、効果はさらに高まるでしょう。
 以上は素人の提案にすぎません。が、こういう議論を積み重ねていくことが大事だと確信しています。
 今号は治水問題一色になりましたが、台風10号も迫る中、喫緊の課題としてご理解ください。


栄村復興への歩みNo.390(8月7日付)

  • -
  • 2020.10.05 Monday

 

 8月1日に梅雨明け宣言。
 鬱陶しい梅雨空から一転、暑い日々が続いていますね。
 そんな中、スキー場や深坂峠に上がると、チョウたちが活発な動きを見せています。

 上写真はミドリヒョウモンと思われるタテハチョウ科のチョウの吸密の様子。

 


 こちらは、アサギマダラ。
 多くは秋、南西諸島や台湾に渡ることが確認されています。
 いずれもスキー場の頂上で5日午後に撮影。この場所は2年前にはアサギマダラが圧倒的多数派でしたが、今年はヒョウモン系の中に数匹見られる程度。
 今年は、8月2日、深坂峠の近くでも姿を見ました。暑さもなんのその、元気に飛び回っています。

 


コロナとしっかり戦い、村の活路を拓こう

 新型コロナの感染が急速に拡大しています。7月を迎えた頃には、「いずれ、冬を前にして大きな第二波が来るだろう」とは思っていましたが、7〜8月にこんなふうにいっきに拡大するとは想像できませんでした。

 

● ウイルス感染の本質を理解し、形だけではない、本当にウイルスを寄せつけない対策を
 いま、どこのお店に行っても、少なくとも消毒液が1本は置かれています。そして、かなりの人が「シュッシュッ」とやっています。
 でも、形だけではウイルスを除去する(殺す)ことはできません。ポンプをしっかり押しきり、十分な消毒液をとること、そして、手の平や甲だけでなく、指先や手首まわりまでしっかり擦り込むことが大事です。

 

 

● 密になる、大声で話す、酔っぱらう ―― 絶対に避けなければならない
 コロナのウイルスは人から人にうつるものです。混雑していない場所であれば、空気中に漂っていることはありません。密にならないこと――感染を抑え込めるまでは、たとえば「友達や知人5人以上では集まらない」という自己ルールを設定しましょう。食事できるお店で見かけますが、若者であれ、高齢者であれ、食事しながら大きな声で話す――最悪です。「横並びで話をしないで食事」なんてことを言おうと思いません。しかし、他の席からもよく聞こえるような大きな声で話したら、それはアウトですね。
 「コロナ禍の中、お酒は飲まない」なんて言っても無理ですね。家で一人で飲む分にはとやかく言う筋合いではありませんが、人と一緒に飲む場合は、コロナを抑え込めるまでは、たとえば「生ビールは2杯まで」とか「30〜60分間だけ」と決めて、“密と大声”にならないようにすることが絶対に必要だと思います。

 

● 村だからこそ出来る《安全安心の旅》の開発・提供を
 「感染対策と経済社会活動の両立」と言われます。なかなか難しいことです。それをモデル的に実現出来るのは人混みがない栄村のような地域ではないかと私は思います。栄村の観光(業)は大規模ではないですが、栄村の経済社会にとって不可欠なものです。
秋の紅葉期、バスで団体客がやってくる――今秋はほとんどないでしょう。冬、常連の団体さんが例年通りにスキーに来てくれる――これも難しいでしょうね。
 逆に、個人や3〜4名の旅行を確実に誘致し、大自然の中で美味しい空気や雪遊びを思いっきり楽しんでいただく。これは栄村だからこそ出来ることです。

 


 都会から観光客がやって来るのを「怖い!」と思う村民の方は多いと思います。「日帰り温泉はいいけれど、土日は他県の人とあってしまうかもしれない」という声を聞きます。大事なことは《動線分け》です。1つの施設の中でも、歩く場所、温泉に入る時間――これらをしっかり区分することで感染を防止することができます。
 また、お客さんが求める旅の楽しみをしっかり聞き出して、宴会に重きをおくようなグループは誘致せず、自然の中でのリフレッシュを求める家族旅行や少人数グループの旅を誘致することが大事だと思います。著名なリゾートホテル経営者の星野さんは「最近は小さな宿が選ばれています」と話しています。コロナ禍を栄村の新しい活路を拓く機会に転じていく好機と捉えて、工夫とチャレンジを重ねていきたいなあと思います。


(写真は深坂峠付近から浦田方向を望むもの。チョウを求めるご夫婦と出会いましたが、《社会的距離》は十分でした。)


千曲川を「空から」見る

 

 栄村で暮らす私たちの多くは、毎日のように千曲川を目にしています。月岡や箕作の人はとくにそうでしょう。
 でも、「千曲川って、どんなふうに流れているの?」と尋ねられたら、どう答えますか?
 ちょっと戸惑ってしまうかもしれませんね。
 上の写真は、2日朝、平滝から野々海に向かった時に箕作・月岡が見える眺望点から撮ったものです。川の流れを格段に意識して撮ったのではないのですが、写真データをパソコンに取り込んで眺めたとき、「えっ!」と思ったのです。
 平素、百合居橋を横倉側から箕作の方へ渡って左折し、月岡方向に向かって走る時、大巻川と千曲川の合流点の手前で千曲川がこんなに大きく湾曲していることを意識していません。でも、写真で見ると、写真左下隅に見える箕作のお宮近くでの大きな湾曲、そして大巻川手前でのこの湾曲。千曲川はこのあたりで大きく蛇行しているのです。次頁にgoogleマップの航空写真から栄村域内での千曲川の流れを示します(いま問題にしている月岡の湾曲部を赤線で囲っています)。

 

 

● 洪水をいかにうまく流すかが治水の根本
 台風19号被害をふまえて、この地域の水害防止・治水を考える際、私たちは〈氾濫と氾濫による住宅地の浸水の防止〉という問題のたて方に何の疑問も持たないと思います。
 でも、それはちょっと違うのではないかというのが、今回の問題提起です。
 じつは川に洪水はつきものであり、それ自体は災害ではありません。大量の降水によって川の水位が上がり、その高水位の水が川を流れることが洪水ですから。そして、その洪水が河道の範囲を越えて河川沿いの地域に溢れ出すのが氾濫です。治水とは、氾濫をできるだけ抑え、氾濫しても人間の暮らしに被害を及ぼさないようにすることが課題です。そのために堤防を築いたりします。
 川・洪水・氾濫・治水ということで写真の一帯を考えると、下写真の緑の線を入れた箇所、ここにぶつかる洪水をいかにスムーズに下流にむけて流すかをこそ考えなければならないのではないでしょうか。

 


 ところが、写真で赤の線で示した県道ばかりが意識され、県道よりも写真右側の住宅があるゾーンだけが意識され、川をうまく流すということが忘れられているのではないでしょうか。
 河川は自然の状態で蛇行して流れるものです。そして、洪水の際は、その蛇行の湾曲部が川の流れのネックになります。
 私は、台風19号ですべてが濁流に呑み込まれ、大きな被害を受けた後川原の田んぼ一帯を堤防で囲うというのは無理だと思います。しかし、いま設計されている堤防を緑の線のところへ曲げて築くことが必要なのではないかと思います。いかがでしょうか。

 


深坂峠(林道野々海天水越線)はどうなる

 梅雨が明けた翌日の2日、朝から野々海に行きました。深坂峠に行くと、通行止めのバリケードが動かされた痕跡が見え、さらに工事現場に立てられる風向きを見るための吹き流しが見えました。そこで、松之山方向に少し下ると、工事の看板があり、さらに法面吹付工の現場がありました。

 

 


 十日町市が昨秋の段階で、「最後の工事の補正予算をつけた。工事は来春になる」と言っていた工事がついに始まったのです。非常に有難いことです。
 ここは林道野々海天水越(あまみずこし)線といいますが、本紙387号でお伝えしたように津南町の無印キャンプ場からの道と交わる三叉路交差点から野々海方向に少し進んだ地点で道路が台風19号災害で崩落しています(下写真)。法面吹付工の工事が完了すれば、その崩落地点までは通行できるようになる可能性はあるかと思い、工事箇所からさらに道を下りました。往復10匱紂2.5時間かかりました。

 

 

● いたるところに台風19号被害の爪痕
 驚きました。昨年も一度歩いていますが、林道はその時よりもずっとひどい状態になっています。随所に台風19号時に沢から水と土砂が流れ落ちたと思われる箇所があります(その一例は次の写真参照)。

 

 

 この写真の箇所はまだ被害が小さい方ですが、この箇所で三方岳〜天水山の稜線方向を見上げたのが下写真です。沢を土砂が下ったことが見て取れます。また、この写真からはこの箇所に大型土嚢が設置されていたこともわかりますが、それがもう古くなっていて、ほとんど効力がなくなっています。土嚢は袋に貼り付けられている製造票から2013年(H25年)のものと判明しました。

 


 被害箇所は多いですが、しかし、平素、栄村で村道や林道を見ている経験からいえば、大規模な予算付け・土木業者発注をしなくても、栄村役場直営班のような能力を持った部隊が活躍してくれれば通常通行が可能な状態を確保できるとも思いました。

 

● 最高の景観ゾーン
 今号の「コロナとしっかり戦い、村の活路を拓こう」の頁に掲載した写真を撮ったのはこの「調査」歩きの際です。いまの季節でもとても眺めの素晴らしいところですが、紅葉期になればもっと素敵な景色になります。
 「深坂峠から松之山への道は通れるの?」 この数年、多くの観光客の人たちから繰り返し尋ねられます。この林道が完成した頃は観光バスも来たといいます。私も、震災前年の秋(10年前)にバスツアーのガイドをしたことがあります。
 「松之山は平成大合併で見捨てられた」という声もあります。この林道の復活へ、栄村が松之山の人たちと力を合わせることが必要だと思います。
 この秋は、少なくとも徒歩では、このコースの紅葉狩りツアーをやってみたいと思います。まさにコロナ時代の絶好観光ポイントだと思います。


夏本番

  • -
  • 2020.10.05 Monday

 

 

 8月6日午後には、道の駅近くの国道117号線電光掲示板で35℃が表示されました。猛暑日です。
 まさに夏本番。コロナ禍で津南町のひまわり園は中止になりましたが、上のヒマワリは津南町で撮影。他方、涼し気な滝の様子はスキー場内での撮影です。

 

 

 6月後半〜7月の間、体調不良(ギックリ腰+めまい)やコロナ対策での奔走で、一部の地区では配達にほとんど廻れませんでした。ご不便とご心配をおかけしたこと、お詫び申し上げます。猛暑となりましたが、頑張って参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。