プロフィール

profile
栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

カテゴリー

categories

サイト内検索

Search

カレンダー

calender
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>

最近の記事

selected entries

最近のトラックバック

recent trackback

月別アーカイブ

archives

栄村関連リンク

links

携帯用QRコード

mobile
qrcode

ブックマーク & RSS

Bookmark&RSS

中条川上流の大崩壊は「大したことじゃない」のか?――島田茂樹村長の議会答弁での発言を問う

 12月7日、久しぶりに村議会の傍聴に行ってきました。
 一般質問が行われた日で、最初に質問に立った相沢博文氏は「震災復興について」をテーマとし、その中で中条川の問題にも言及されました。
 相沢氏は中条川上流1号崩壊地の斜面に「拡大崩壊」の危険があるという専門家の見解を紹介し、それへの対処方針について問うとともに、「中条川の対策事業はなぜ、国の直轄にならないのか?」と問いました。


拡大崩壊の危険が指摘される中条川上流1号崩壊地斜面の現在の様子

 これに対して、島田茂樹村長は、「拡大崩壊」の危険性をめぐることについては直接の答弁はなし。富山県立山の江戸時代安政年間に発生した山体崩壊地の対策事業(大崩壊発生から150年以上を経た現在も砂防事業が続いている)を視察に行った話をし、そのうえで、中条川の対策事業が国の直轄になっていないことについて、
   「大したことではないので国は出て来ないで、県がやっているの
    だと思う」

という発言をされました。
 傍聴人は録音を禁止されていますので、発言を一言一句正確に記録することはできていませんが、発言内容は上記で間違いありません。
 この文言は、中条川上流の大崩壊について、「国が『大したことではない』と考えている」というだけでなく、島田茂樹村長自身がそういう認識に対して疑問すら抱いていないことを言い表していると思います。
 私は人の言葉尻を捉えるような真似はしたくありませんが、これは「言葉尻」という次元の話ではありません。非常に大事な話です。

 ところで、島田茂樹氏は栄村長として「中条川上流災害対策検討委員会」(平成23年3月〜平成24年3月)の委員を務められました。県はその検討委員会での検討成果を中心にして平成25年3月に報告書を制作し(本紙前号で紹介)、その中で中条川上流の大規模崩壊について「未曾有の規模の山地災害」、「稀有な災害」と位置づけています。けっして「大したことではない」のではありません。
 国の直轄事業となっていないのは災害規模・質の問題ではありません。現に中条川よりも流出土砂量がはるかに少なかった南木曽の土石流対策は災害発生直後から国土交通省の多治見砂防国道事務所の直轄になっています。行政システム上の問題なのです。
 島田茂樹村長には、中条川上流の崩壊地・崩壊斜面の現状と見通しについて首長として責任ある見解を示していただきたいと思います。

 

中条川土石流対策で村道を付け替え




 上の写真は「トマトの国」に向かう村道が白山神社の手前で大きくカーブする地点です(12月2日撮影)。
 道路の右側に新しくアスファルト舗装された部分が見え、道路幅が拡がっています。
 道路の拡幅ではありません。中条川の土石流対策で、この写真の道路左沿いに導流堤(側堤(そくてい))を建設するために村道を写真右手の方に付け替えるための工事です。道路の付け替えは完了し、現在は写真に見えるコーンは置かれていません。導流堤の建設は来年度の事業になると思われます。なお、この導流堤建設の予算は国交省所管の「防災・安全交付金」で、県北信建設事務所が事業主体になっています。
 導流堤はもう1ヶ所、旧森林組合事務所(一昨年の土石流で損壊)があった地点の近くで進められていますが、これについてはまた別の機会にレポートします。

<年末年始の発行・配達予定について>
 早いもので今年も残すところわずかになりました。
 年末年始、昨年は通常通り、12月21日号、1月10日号をそれぞれ発行し、元旦から配達をしましたが、今度の年末年始はそれだけの体力がありません。
 12月21日を目途に年末年始特別号を発行し、できるだけ年内に配達を終えられるように頑張るつもりです。
 よろしくお願いします。

栄村復興への歩みNo.271


中条川上流1号崩壊地の崩壊斜面を見上げる

なぜ、私たちには本当のことが知らされていないのか?
 
 中条川上流1号崩壊地の崩壊斜面、地元の住民はたびたび、「再び崩れる心配はないのか?」と県担当部署等に尋ねてきました。返答は、「一部に弱い地層はあるが、大きく崩壊することはない」。
 他方、この崩壊斜面、村内の色んな所から遠望できますが、多くの村民が「いまも崩れているんだろう。形が変わっているように見えるよ」と言われます。
 いったい、どちらの認識が正しいのでしょうか。
 11月29日に偶然のきっかけから、ようやく真実に辿り着くことができました。
 真相を以下、ご紹介します。


調査担当者の報告論文に「拡大崩壊の可能性が懸念される」と明記
 地震の翌年2012年度(平成24年度)に1号崩壊地の地質調査が行われました。その結果を、調査担当者の「応用地質蝓廚寮虱嫂一氏ら5名が2013年に長野県で開催された「技術フォーラム2013」で報告発表されています。その内容をインターネットで見つけました。その結論部分を引用紹介しましょう。
   「本崩壊地は、流れ盤構造と崩壊面の背後に推定される断層の
    組み合わせから、将来的な拡大崩壊の可能性が懸念される。」
     *崩壊地の背後に2本の断層が走っていることが、震災後、
      工事用仮設道路建設のために崖を切り崩した際に現認さ
      れ、写真撮影もされている(次の次の写真)。
     「流れ盤」というのは専門用語で、とりあえず、「斜面崩
     壊を引き起こしやすい地盤構造」と理解しておけばよいと思
     います。
 「応用地質蝓廚凌佑燭舛蓮∈祝紐慍颪力製犬砲睚鷙陲魎鵑擦討い董並緝修話咯綽一氏。この報告論文の共同著者には長野県北信地方事務所職員2名も入っている)、拡大崩壊防止のために、「排土による対策工を検討した」ことが明記されています。60万㎥に及ぶ量の切土をするというものです。
 60万㎥というのはすごい量です。地震の時に1号崩壊地で崩れた土砂量が107万㎥。60万㎥はその56%。いま見えている崩壊斜面をごっそり削り取ることになるでしょう。
 しかし、あまりにも難工事であることから実施を断念した旨も書かれています。その結果、「今後の方針としては、主として渓流及び埋塞部の安定を図ることとし、1,2号崩壊地については……移動量モニタリングを進めていく」となったとされています。つまり、中長期的な対応が必要な崩壊斜面は監視にとどめ、対策工事は短期的対応としての中条川上・中流での谷止工という名の砂防ダム等の建設工事や、1号崩壊地直下にある堆積崩壊土砂の安定化工事に限定されたのです。


池上氏の論文に掲載の図
「緩み発生領域」とされている部分が切土の対象。
池上他著「直下型地震により発生した深層崩壊の発生機構と対策工法」から転載

 種々のデータを総合すると、おそらく平成25年(2013年)2月17日に開催された「中条川上流災害対策検討委員会」の「第2回検討会(学識経験者のみ)」で「切土による対策工」の断念が決定されたものと思われますが、この「検討会」は議事要旨すら公表されていません。


千葉論文掲載の断層の写真
千葉伸一他著「平成23年長野県北部の地震による栄村中条川上流で生じた大規模崩壊の崩壊機構」より転載


県は地元住民になぜ、本当のことを知らせなかったのか?
 さらに検索を続ける中で、県林務部が「平成23年3月12日長野県北部の地震による栄村中条川上流の積雪期大規模土砂災害〜震災直後の対応から復旧まで〜」という長いタイトルの報告冊子を一昨年(2013年)3月に発行していることもわかりました。写真・図版を多数掲載した全60頁の本格的な報告書です。
 もう2年半も前の刊行です。
 でも、私はこれまでその存在をまったく知りませんでした。中条の住民など複数の人に尋ねましたが、みなさん、まったくご存知ありません。
 30日朝、県北信地方事務所林務課に問い合わせ電話をしました。「たしかに発行している」との返答。配布先を尋ねると、「各都道府県、県内市町村に各1冊。栄村にも届けた。印刷部数は少なく、必要な時はネット掲載のデータをプリントしてお渡ししている」とのこと。
 報告書の第1章冒頭には、次のように書かれています(強調は引用者)。
   「本土砂災害は、豪雪地の積雪期に発生した直下型地震によ
    る大規模土砂災害(深層崩壊)という稀有(けう)な災害事
    例であり、……
    大規模土砂災害と向き合うなかで得られた貴重な知見を今後
    に伝え、未来の防災や災害初期の対応の参考図書として、活
    用されることを目的としている。」
 中条川上流での大規模土砂災害の経験を全国での防災に役立てていただくことは大いに結構なことですが、だが、県は大事なことを忘れていると思います。
 地元の住民にこそ真っ先にこの報告書を届けることです。
  “未来の災害”は中条川1号崩壊地で起こる可能性が大なのです。ならば、真っ先に地元住民に知らせるべきでしょう。なお、県から報告書を少なくとも1冊を受け取っていながら、それを住民に知らせていない栄村役場の責任も大きいと思います。


住民は逃げられる。でも、水路は逃げられない!
 県の報告書は、拡大崩壊の可能性については言及しているものの、崩壊の危険がある斜面を切土する対策工を検討した経緯は伏せています。そのうえで、「中・長期的な対応として重要になるのが“避難”することである」と結論づけています。
 避難の重要性についてはまったく同感ですが、早期警戒と素早い避難は日頃から充分な情報が開示されていてこそ可能になります。ところが、その情報を地元住民に開示していないのです。これでは、どうやって危険を察知し、逃げろというのでしょうか。県報告書は地震の際、「行政による避難指示が発令され、結果として被害は発生しなかった」と書いていますが、まず地震と土石流の発生があり、住民は行政の避難指示の前に自ら逃げたのです。一昨年の台風18号時の土石流の時は、避難指示は現に土石流が発生し、土砂が中条川を流れ落ちた後のことです。
 さらに、もうひとつ重要なことがあります。森の開田の水路です。拡大崩壊の危険性がある斜面の直下にあります。人間は逃げることができますが、水路は動けません、逃げられません。森開田水路の安全を確保する恒久的対策をどうするのか。県と専門家は地元住民と真正面から向き合って真剣な話し合いをすべきだと思います。


1号崩壊地の全体像。写真左下の道路下に森開田の水路が埋設されている

中条川土石流対策をめぐって

 7月14日に「導流堤計画説明会」(建設事務所関係)、27日に「治山ダム工事説明会」(林務課関係)がそれぞれ開催されました。
 その内容を全面的に報告しようとすれば数頁を要しますので、いま起こっている2つの重大事態と中条川問題を考える基本的視点に限って記します。

森の開田水路の水が来なくなった
 7月26日に森農家組合の普請が行われ、かけ口を整備して水を流したところ、開田のいちばん上にある旧村営グランドの池に水が半分ほどしか溜まらないという事態が起こりました。
 どうやら、中条川上流1号崩壊地の地中を通っているパイプが損傷したようなのです。
 地元が村や県と協議し、8月4日・5日に緊急復旧工事が行われています。
 原因は、新工事用道路建設の関係で大きな岩・石等がパイプの入っている仮設道路上に落とされる衝撃ではないかと思料されています。
 損傷発生箇所は下写真のブルーシートが見えるあたりの仮設道路の地中です。


 
青倉大堰水路の土砂流入問題
 27日の説明会には青倉集落の人たちが参加し、中条川土石流及び工事の関係で大量の土砂が水路に流入し、各家の“たね”が土砂で埋まる問題の対策について要望を出されました。
 これまでのところ、「復旧工事は原状に復するもの」ということで、水路の損壊の復旧工事は国費を投入して行われましたが、上記の土砂対策は「水路の改良で復旧に当たらない」という「理屈」で何ら行われていません。この土砂対策こそ災害復旧そのものだと思います。この問題、徹底的に追跡していきたいと思います。
 
中条川はどんな姿になるのか?
 間もなく秋の台風シーズンがやって来ます。
 「土石流が中条の道路や田畑に流れ出ないように」という導流堤の建設が認められたことは大きな前進ですが、今秋に間に合うわけではなく、「また避難指示が出るのかなあ」という不安がよぎります。
 正直なところ、中条住民としては「年に1〜2回の避難はしかたないか」という、諦(あきら)めにも似た気持ちがあるとも言えます。
 
 それはさておき、最近、不安というか、懸念というか、たいへん気になることがあります。「5年後、10年後、中条川はどうなるのだろうか」ということです。
 
 1枚の写真をご覧ください。「トマトの国」の横手です。



 4年前の地震・土石流の後に「床固工」として設置されたものが、一昨年の台風18号時の土石流で無残に打ち砕かれた残骸がいまも放置されているのです。
 
 数日前、「トマト」の温泉である人がしみじみと言われました。
「今日は明るいうちに来て、外を見たが、無残だね」
 ここよりも上流で、まだこれから4〜5つの「谷止工」という治山ダムが建設される計画になっています。その関係で山が削られ、中条川周辺の様子がどんどん変わっています。
 「災害対策工事は完了した。そして、荒涼とした中条川が残った」ということになりかねません。
 これは単に景観の問題ではありません。新たな災害を誘発し、森の開田水路や青倉の大堰水路の存在をますます危うくする事態にもなりかねません。地元の人は言います。
「上流に土砂を溜め置くからダメなんだ。千曲川(信濃川)に流さなきゃ」
「ひたすら砂防(治山)ダムをつくる」という発想法からの大転換が求められているのだと思います。
 

中条川上流の現況レポート

 18日、「25日に中条川工事の説明会」という回覧が廻ってきた。いわゆるセルダム(減勢工、円柱状のもの3基)の少し上流に「No.3谷止工」という名の砂防ダムを建設する工事が始まるにあたっての地元説明会と思われる。
 そこで、日曜日で中条川関連の工事もすべて休止されている19日の午後、1号崩壊地とその作業道建設工事現場、▲肇泪箸旅顱欷裟工袖部の作業道建設工事現場、セルダムの背面、No.3谷止工建設予定地、それぞれの現況を見てきた。いずれも5月の雪融け直後以来久しぶりの現地取材である。

I. 1号崩壊地の現況
 状況が5月の時点とはあまりに大きく変わっていることに驚いた。

A) 1号崩壊地そのものの様子
イ. 元の工事用仮設道路の状況
 まず、1号崩壊地そのものに入って、水路かけ口−2号崩壊地にむかう工事用仮設道路(2013〜14年の冬の雪で損傷が激しく使用不可となったもの)の様子を示す。


写真1

 左端に見覚えのあるブルーシートが見えるので、森集落関係者には写真の場所がどこかはすぐにわかるだろう。
 写真中央下に見える赤のコーンより先には岩石片やコンクリ片、石・土砂が堆積していて、前へ進めない。堆積しているものは、写真右側の崖面の上方で開削されている新作業道工事現場(写真2)から落とされたものと思われる。この岩石片、コンクリ片、石、土砂の堆積している箇所に近づいた際の写真をもう1枚示す(写真3)。


写真2


写真3

 この堆積地点の手前まで大型ダンプが入れる程度の道幅が確保されているので、これらの岩石片等は随時、旧村営グラウンド横の土砂堆積場へ搬出されていると推察される。しかし、工事休止日の日曜日などに水路かけ口に緊急に向かわなければならない場合など、厄介なことになる。           
 
ロ. 元の工事用道路脇の崖面崩壊箇所の現況
 これも様相が一変している。写真を示す。


写真4

          写真5

 1号崩壊地から下りた後にセルダム袖部の作業道を終点まで上った時に撮影した写真でみると、下の写真6に赤色のマーカーで印を入れた箇所が写真4、5の地点だと思われる。


写真6
 
 写真4、5で示した地点ではあきらかに崖面の崩壊が進んでいる。これは単に自然災害現象として進んでいるだけでなく、新作業道建設工事、そのための大型ダンプ進入路の確保等の影響も加わっていると推察される。
              
B) 新しい作業道の建設状況
 まず、開田から進んで行ったときに見える姿を示そう(写真7)。


写真7

 青色のマーカーで印したところが1号崩壊地にむかう元の道、赤色のマーカーで印したところが新作業道である。
 赤線が途中で右に曲がった後、グッと上方にむかって切り進まれていることに着目しておいていただきたい。
 
 つぎに、新作業道を上っていった時に撮影したものを順次示していく。


写真8

          写真9


写真10(写真9の地点から下を見たもの)


写真11(写真9の青色重機の先の坂を上がって行った先)


写真12
(写真11の地点から左前方を見たもの)


写真13
(写真11の地点で右前方を見たもの)

ハ. 新作業道の建設現況を見て、不安に思ったこと
 この新作業道が、かけ口−2号崩壊地に向かう元の仮設道路とどこでつながるのかがよくわからない。
 昨年秋に工事が始まった頃は、写真1、3に見える1号崩壊地真ん中あたりで元の道路に合流するのだろうと思っていたが、現在の工事状況を見ると、どうもそうではないように思われる。
 このまま、崩壊面の中腹を開削し続けていくのかなとも思われる。
 このあたりのことを林務課から明確に具体的に示してもらう必要がある。
 というのも、新作業道が元の工事用仮設道路と合流する場所如何(いかん)では、森開田の水路の仮設パイプが埋設されている元の工事用仮設道路の大半が放棄されてしまい、将来、その部分の水路管理用道路が無くなってしまう危険性があるからである。
 
II. セルダム袖部作業道−No.3谷止工予定地の現況
 .で示した1号崩壊地の様子を見た後、いったん開田を下り、トマトの国まで行って、そこから徒歩でセルダム作業道を上り、最終地点=No.3谷止工予定地まで進んだ。
 以下、その様子を示していくが、その前に1号崩壊地から見えた様子を1枚示しておきたい(写真14)。


写真14

 写真左手に作業道が見える。また、セルダム3基のうち真ん中の1基は土砂に埋まり、その姿が見えなくなっている。

イ. 作業道の様子
 作業道はトマトの国のすぐ裏手から始まる。下の写真15に見える杉林の手前を右に入っていく。


写真15


写真16


写真17


写真18
(写真左手に昨年建設されたNo.2谷止工が見える)

    
写真19


写真20

 写真20地点付近で、セルダムが左すぐ前方、No.2谷止工が左すぐ後方に見える(写真21、22)。


写真21


写真22


写真23


写真24

 次の写真25が作業道の終点である。


写真25

 写真23に見えるように、山側崖面のコンクリ吹き付け工事用の機械がまだ置かれているので、工事はいましばらく行われるのかとも思われるが、作業道建設がほぼ完了したようだ。
 大変な工事を行なったものだと思うが、作業道脇の崖面は直立に近いもので(写真26、27参照)、相当に危険な状況にあると思う。


写真26


写真27
(写真27は写真26の上方をクローズアップしたもの)

 これからのNo.2谷止工の建設工事期間には台風期があるので、豪雨が降った場合が心配である。また、来冬前に工事完了とはならないだろうから、来冬の積雪・融雪時の状況も心配である。
                          
ロ. セルダム(減勢工)の背面、No.3谷止工予定地付近の様子
 まず、セルダムの背面の状況を2枚示す。


写真28


写真29

 セルダムの真ん中の1基の上を石などがほぼ覆っている状況である。両側の2基も、土砂をとめる余地は少なくなっている。土石流が発生した場合、土石流はセルダムの上を飛び越えて下るものと推察される。
 
 つぎに、No.2谷止工予定地付近の様子を示す。


写真30

 写真30は作業道終了地点から上流方向を見たものだが、1号崩壊地からの間近さがよく実感できる。
 写真30の左手の山で見えない部分が流路の傾斜が最も急な部分である。この写真の下半分に見える、傾斜が緩くなる部分に土石流がいっきに(瞬時に)落ちてくるわけである。
 
 この地点に入ったのは2011年3月12日以降、初めてのこと。
 トマトの国付近やそれよりも下流域とは異なり、土石流の跡がそのまま残っていると言っていいだろう。下の写真31も参照されたい。


写真31

 このあたりにNo.3谷止工が予定されていることになる。
  
ハ. No.3谷止工への疑問
 昨秋から開削が進み、今回、ほぼ完成をみた作業道。私自身を含め多くの人は、「セルダムの背後の堆積土砂を撤去するためのもの」と思っていたのではないだろうか。
 しかし、違うようである。「No.3谷止工を建設するための作業道」のようである。
 新しい谷止工を建設するよりも、セルダムの背面の堆積土砂を撤去・搬出し、河床を下げるほうが有効ではないかと思うのだが、どうなのだろうか。
 今年に入ってから、中条川の工事に関わっている現場責任者クラスの人から、「砂防というのは、土砂が溜まったら放棄し、新しいのを造るのが基本ですよ」という話を聞いたことがある。
 おそらく本当のことなのだろうと思う。
 しかし、それではカネの無駄遣いだと思うし、中条川は砂防ダムだらけになり、究極的には新しい砂防施設を造る余地がなくなり、土石流などは砂防施設の上をつぎつぎと越えて流下してくるということになりかねないと思うのだが、どうなのだろうか。
 
 なお、すでに建設が完了しているNo.2谷止工の背面の様子を示しておく。


写真32
 
 ここは現状では、土砂を受け止める余地は充分にあると言えるだろうが、土石流が1回流れれば、その余地は消えるだろう。
 このNo.2谷止工の下から牛ヶ窪への水を取水しているので、ここが土砂で埋まった場合、取水口の確保はどうなるのか。検討事項だと思う。
 

III. 中条川土石流対策全般について若干の意見
 以下、箇条書きで、若干の感想・意見を記しておきたい。

1. 14日に説明があった旧森林組合事務所跡〜白山神社付近の導流堤の建設によって、中条地区の道路・圃場(さらには住宅地域)への土石流の流出の心配はかなり軽減されるだろう。
 しかし、後述の「流出する可能性がある土砂の量は40万?」という計算の前提は1号崩壊地での崖面の新たな崩壊等を想定していないので、不安の全面解消には至らず、台風・豪雨時の住民避難は今後も必要になると考えておく必要があるだろう。

2. 2011年地震時の土石流、2013年の台風時の土石流に対する災害復旧工事等によって、中条川の様子はすっかり変わった。
 元々の中条川は、地震前に撮影された航空写真ではその姿が確認できないほどに深い峡谷で、しかも周りの木々に覆われていたものである。
 現在は、河床が上がり、周りの木々が流され、「かなり幅の広い川」になっている。
 そして、今回見た2つの作業道の建設でさらに様相を変えた。
 最近、「いったい、5年後、10年後、中条川の様子はどんな風になっているのだろうか?」と思うことがしばしばある。
 現在は復旧工事を進めることに追われていて、とても「5年後、10年後の姿」など考える余裕はないのだろうが、ただ砂防施設の建設計画を考えるだけでなく、最終的に中条川をどんな状態に落ち着けるのか、一度、じっくりとした検討をしてほしいと思う。
 それには、自然の回復力などについて詳しい人も含めて、現在の復旧工事にはあまり関与していない専門家を招じて、検討会をもつことが望ましいのではないかと思うが、どうだろうか。
 専門家等を招聘して検討会を開催するのに要する経費は100万円、1千万円レベルの予算で可能だと思われるので、県の責任で積極的に検討していただきたい。

3. 森開田の水路の本格工事は、今回見た1号崩壊地の作業道の行方を見ないと、安易な着手はできないのではないだろうか。県林務課と村役場の十分なすり合わせ、村役場と地元の十分な話し合いが必要である。

4. 「流出する可能性がある土砂の量は40万?」という想定は、大雨あるいは融雪による不安定堆積土砂の流出のみを考えたものであり、新たな地震(人家等にはあまり被害を及ぼさないものの、地盤をある程度揺するクラスのものを含む)による1号崩壊地の崖面等の新たな崩壊は想定されていない。
1号崩壊地の崖面等の安定性・不安定性について、専門家による最新の調査が望まれる。

5. なお、上記4.の点に比べれば小さな問題だが、セルダム袖部の作業道建設で出た土砂がトマトの国裏手に堆積されている(写真33)ことには疑問を感じる。大雨時に流出する危険があるのではないか。搬出が望ましいと思うのだが、その予定はあるのだろうか。


写真33

(了)

中条川土石流流出防止の導流堤の建設が具体化します

 6月29日夕刻、北信建設事務所から電話をいただきました。
   「先日、中条川の導流堤のことでお問い合わせの電話をい
    ただきましたが、計画が具体化し、7月14日に地元のみ
    なさんへの説明会を開催しますので、お知らせします」
という内容のものです。

導流堤構想の経緯
 この導流堤(側堤(そくてい))構想は、一昨年9月16日発生の土石流(台風18号時)が村道・田畑へ流れ出し、森林組合事務所全壊などの大きな被害を出したことをうけて、一昨年11月8日に現地(「トマトの国」前庭)で開催された説明会で地元住民から強い要望が出されたものです。


森林組合事務所を破壊し、村道に流れ出た土石流(ある程度撤去作業をした後
の様子。2013年9月17日朝撮影)

 そして、昨年8月27日の説明会で導流堤建設を検討している旨の報告が北信建設事務所からされ、さらに11月4日の説明会で北信建設事務所が考える具体的な建設案が示されました。この段階では、まだ県(県庁)に案を正式に申請したものではなく、予算確保に努力するということでした。
 住民からは建設事務所案よりもさらに側堤の嵩(かさ)を上げるように要望が出されました。

今回の建設案の概要
 私が29日の電話でお聞きしたところでは、
   ・住民要望を受け、導流堤の高さ(嵩)をさらに少し上げた
   ・白山神社下の導流堤は村道にかかり、村道の移設とそれに
    絡む用地買収が必要
   ・上記用地買収の件があるので、工事は2工区に分け、堤建設
    は旧森林組合事務所付近の工事が先行する
ということでした。
 14日の説明会でより詳しく説明をお聞きしたいと思いますが、29日の電話では最後に、「『建設計画はこれで決まり』というのでは困る。住民の意見・要望をよく聞き、それも反映するようにしてください」とお願いしました。
 地元のみなさま。14日の説明会にお集まりください。また、他地区の村民のみなさまも防災対策のきわめて重要な事例としてご注目ください。

 

中条川の現状

 山からも雪がどんどん消え、4年前の地震で山が崩壊した中条川の上流地点の状況、土石流対策で施工された砂防施設等の現況などがたいへん気になります。4月半ば頃から1号崩壊地の様子を遠くから何度か撮影し、写真を拡大してみると、ずいぶん崩壊が進んでいるようです(下写真は4月28日午後撮影)。



 私が中条川の状況に強い関心を抱くのは、第1に、三度(みたび)の土石流発生の危険はないかということです。第2は、森集落の開田の水路は大丈夫か、さらに中条川から水を取り込む青倉大堰への影響はどうかが心配だからです。

 そこで4月30日朝、思い切って現場に行ってきました。白山神社横砂防えん堤〜減勢工(セルダム)間と、1号崩壊地の2ヶ所です。
 「トマトの国」横付近から減勢工方向を眺めた様子を写したものが写真イです。また1号崩壊地は、森集落の開田内の道路を軽トラで上がり、旧村営グラウンドから先は雪の上を歩いて往復2時間弱かけて見てきました。写真ロは旧村営グラウンド手前から目的地方向を撮影したものです(7時36分)。


写真イ


写真ロ

森の開田水路かけ口に軽トラで行くことは困難
 間近に迫っている春作業との関係で重要なことから報告します。
 水路のかけ口へは1号崩壊地内の(旧)工事用仮設道路を通っていきますが、1号崩壊地に入るところで仮設道路が車の通行ができない状況になっています。写真ハをご覧ください。


写真ハ

 以前から小規模崩壊を繰り返していた道路右手(かけ口に向かう方向の右手)がさらに大きく崩れ、大小の石が道路上を覆い、また、関係者がご存じの道路上のクラックに沿って道の左側がさらに崩壊し、えぐられています。
 この地点の状況をよりリアルに分かるように写真ハの左手の斜面の状況を示します(写真ニ、ホ)。


写真ニ


写真ホ
 
 写真ニには斜面の上方が写っていますが、木が数本たっているあたりが昨秋新たに開けられた新仮設道路の先端部分です。
 そして、写真ニの下方を撮影したものが写真ホと考えて下さい。

 写真からわかると思いますが、たとえ道路上の大小の石を撤去しても、また上から石が落ちてくるのは必至という状況です。
 一方、1号崩壊地内に埋設されている開田仮水路は、生きているとみて間違いないと思います。

かけ口付近の状況
 下がかけ口付近の状況を示したものです(8時44分撮影)。



 1号崩壊地を抜けて、かけ口がある2号崩壊地に向かったのですが、雪が多いのと、崩壊地内の滞在予定時間(森に9時半頃に下りる)をオーバーしそうになったことから、この撮影地点で折り返しました。
 水路普請では昨年同様、かけ口付近を覆う土砂・石を除去する作業が必要になると思われます。軽トラで行くことが困難なので、作業はより大変なものになるのではないでしょうか。

牛ヶ窪等へ水を引くかけ口の状況
 「トマトの国」の横手をパイプで通り、牛ヶ窪の田に水を引くために、中条川から水を取り込むところの様子は下写真です。



 ここで取り込む水は、この地点のすぐ上にある谷止工(No.2)のえん堤に開けられた穴から出てきます(下写真)。



 そこで、この谷止工(No.2)のえん堤の様子を裏側(上流側)から見てみました。次の写真です。



 水は中央から右側ののみあり、かけ口に通じる穴があるところは土砂で埋まっているように思います。ちなみに、この谷止工(No.2)の様子を下流側から見ると(下写真)、水は左下の口(裏側から見た写真では右になる。上の写真で見えている口は下写真の真ん中上の口)からしか出ていません。



 このあたりのこと、役場などに尋ねることが必要なようです。

青倉大堰かけ口の状況
 中条川関係でもうひとつ重要なのが青倉の大堰です。
 4月半ば、一昨年の台風(土石流)災害の復旧工事が完了し、かけ口と水路は修復されました。ところが、それからあまり日をおかずにかけ口の手前に土砂が溜まってしまいました。30日朝の状況は下写真をとおりです。



 またもや土砂除去作業が必要になっています。これまでも青倉のみなさんが頑張ってこられましたが、かけ口手前に土砂が溜まらないようにする施設を造らないかぎり、イタチごっこになることは必至。
 「国の災害復旧は原状復旧しかできない」と言われますが、この状況を見て、「原状復旧だから仕方ない」とは言っておれません。村として方針をたててもらわないと困ります。あるいは、復興基金が元になっている「ふるさと復興支援金」を活用し、青倉集落が工事を立案・実施するという方法もありうるかもしれません。とにかく抜本的対策が必要です。
 
 以上の他、減勢工(セルダム)、「トマトの国」下(旧森林組合事務所そば)の砂防床固工のえん堤がほぼ土砂に埋まったままの状態が続いています。これらは新しい谷止工を造ったということなどから実質的に放棄するということなのでしょうか。

 紙幅がありませんので、今回の中条川に関する報告はここまでとしますが、目を離せない状況が続いていると思います。
(この報告の元となる取材・撮影においては危険な場所に立ち入っていますが、調査・取材の上で不可欠なものとして自己責任で行ったものであることをお断りしておきます。)
 

中条川鉄橋の根固め工事

 いま、国道117栄大橋が片側通行規制される時間帯があります。超大型のクレーン車でコンクリート製ブロックなどを橋下の中条川まで降ろす作業のためです(写真は13日撮影)。



 橋の下で行われている工事は、JR飯山線の中条川鉄橋の橋脚の根固め。「根固め」とは、橋脚が川底に入っている部分の周りを固め、土石流発生時や増水時に橋脚の根元部分が水流に洗われ、ぐらつくことがないようにするものです。
 中条川での工事の様子をご覧ください。



 中条川の流れの中に重機を入れての大変な工事です。今回の工事は、両岸の橋台の間に大型のブロックを敷設するというものです。中条川の水はこのブロックの上を流れていくようになり、その結果、上流から流れてくる石や土砂が堆積するようになります。そして流れの中にある橋脚の根元部分の洗掘(せんくつ)が防げるわけです。


大型ブロックが敷き詰められた様子(3月21日撮影)

JRの的確な判断と措置
 中条川鉄橋は、中条川土石流の影響を甚大に受けています。
 一昨年9月の土石流は中条川鉄橋も襲いました。JRではその直後に橋脚下部をコンクリートで補強する緊急工事を実施しましたが、その後も大水時に橋脚の根元部分が洗掘(せんくつ)され、緊急工事で補強されたコンクリートの下に空洞が生まれるという状況になりました。
そこでより抜本的な対策工事にのり出したわけです。


補強されたコンクリートの下が洗掘されている(14年7月撮影)

 洗掘が生じるのは、中条川土石流をめぐって「復興への歩み」でも何回か指摘してきたように、上流のいくつもの砂防えん堤によって土砂の流れが止められ、水だけが流れてくるためです。
 中条川下流を所管する県北信建設事務所は、土石流で損壊した既存施設の復旧を行うのみで、洗掘、河床低下、下流部の川両岸の崩れの発生等への対策をなんらやっていません。
 これに対して、JRは事態に危機感をもち、果断な判断と対策措置を行なっていると評価できます。県建設事務所でもこれに倣(なら)ってほしいと思います。
 
中条川鉄橋には大きな文化財的な価値があります
 ところで、中条川鉄橋の工事現場を訪れ、橋台と橋脚がすべて石積みで造られているのを見て、たいへん驚き、感動しました。



 大正14年の建造で、その当時の姿がそっくりそのまま残り、現役の鉄橋として生きているのです。さまざまな施設が鉄骨とコンクリートで造られている現代にあって非常に珍しい、貴重なものです。
 歴史的建造物として文化財的な価値を有すると思います。栄村の資源をまた一つ新たに発見できたといえます。


<後記>
 今号はなんとか8頁に収めましたが、掲載できなかったことが多々あります。
 4月は1日、11日、21日に通常発行する予定ですが、写真データ整理作業の都合で、配達が遅れることがあるかもしれません。あらかじめご了承ください。
 

中条川では



 上の写真は2月24日の昼前に撮ったもの。撮影地点は貝立橋上。1台のバックホーが除雪をしています。
 中条川から青倉集落の水を取り入れる大堰の復旧工事現場への道を広瀬建設の作業員の人が開けているところです。
 28日には「トマトの国」へ通じる村道の白山神社下道路脇から大堰の様子を撮影しました。



 大堰の工事は12月の大雪で中断されましたが、間もなく再開されるようです。広瀬建設のお話では、さらに旧森林組合事務所跡付近から資材運搬路を開けるとのことです。



中条川の現状

 降雪が本格化する直前の12月5日昼、中条川上流の1号崩壊地に行き、その様子を観察・撮影してきました。11月4日以来、約1ヶ月ぶりで、山には雪が積もり、定点監視員もすでに常駐をやめていました。いくつかの点を報告します。
 
 1つは、使用不能になった崩壊地内の工事用仮設道路に替わる新しい作業道建設の工事が「冬期に入った」ということですでに中断されていました。再開は雪消え後で、早くても来春5月中旬以降になると思われます。



 2つは、崩壊斜面下の堆積土砂が依然としてきわめて不安定な状況にあり、今冬の積雪圧力にはたして持ちこたえられるのか、非常に危ういということです。今年春の雪消え後、昨冬前には見られなかった崩壊が生じていたことを想起します。





 3つは、砂防施設に溜まっている土砂の撤去がまったく進んでいないことです。
 下写真は崩壊地と「トマトの国」の間に地震後設置された減勢工(セルダム)と呼ばれる砂防施設を1号崩壊地から撮影したものです。円筒形のセルダムが2つ見えますが、もともとは3つあり、真ん中のセルダムは昨年9月の土石流で埋まったままです。



 いま、「トマトの国」の裏手から山を開削して、このセルダムの裏側に通じる作業道が作られつつありますが、それは新たな砂防ダム(「谷止工」と呼ばれるもの)を建設するためのもの。セルダム裏の堆積土砂が十分に撤去される見通しは立っていません。
 北信地方建設事務所は「新しい谷止工が土石流発生時の土砂を受け止める」と説明していますが、それでは砂防ダムばかり増えて、川は砂防ダムだらけ、土砂がどんどん溜まる一方という状態になるのではないかと危惧します。
 
 1号崩壊地に出向いて観察・撮影することは危険で、あまり気持ちのいいものではありませんが、中条川を安全な状態にするためには「住民の目」が欠かせないと思いますので、来春以降も頑張るつもりです。