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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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追っかけ:頼さんのトマトづくり

仮植ポットへの植えかえ(4月24、25日)
 
 仮植ポットへの植え替えが終わり、2つのハウスにズラッと並ぶ苗(26日朝撮影)



日中は仮植ポットにかけられたビニールシートがまくられ、はずされている。
地面に埋められた電熱はもはや使われていない。

 仮植ポットへの植え替えは24、25日の2日間にわたって行われました。頼之さん一家だけでは手が足りず、親戚や野田沢集落の人たちが手伝いに来られた。私は24日に撮影に出向いたが、朝8時に作業が始められ、終えられたのは午後5時半すぎ。凄い作業です。
 
 では、作業の様子・手順などを紹介します。

作業用に地下足袋に履き替える長男の一哉さん。

仮植ポットへの植え替え作業の段取り

長女の麻子さんが仮植用ポットの土に水をやる。かなりたっぷりの量。尋ねると、「これくらい水をやらないと穴あけがうまくできない」とのこと。


仮植用ポット。5×5で25ポットで1つになっている。それぞれの区画に穴が開いているが、その穴を開ける作業が次の写真。


穴あけの道具を見せてもらった。市販ではない。デルモンテの人が作ってくれたそうだ。
 
 


苗箱から仮植用ポットへの植え替え。写真は奥さんの春美さん。

 「苗箱の底をちょっと押して苗を取り出し、仮植用ポットの穴へ」と説明されたが、瞬時の技。私には苗を引っ張り出すようにしか見えなかった。「底をちょっと押して」というところをゆっくり再現してもらいたいとは思ったが、作業を邪魔するわけにはいかないので断念した。


 作業は8時すぎ、家族4人だけで始まった。
  
 
 8時40分すぎ、野沢温泉村の親戚の人などのお手伝いが来られて、賑やかな作業姿に。
 
阿部県知事の来訪

9時36分、阿部守一県知事が視察に訪れた。



 
 頼之さんから説明を受けながら、移植作業やビニールハウスに並ぶ仮植ポットを見学。
 知事はいろんな質問をされていたようだ。漏れ聞こえてきたところでは、「完熟したトマトを1個、1個、丁寧にとっていく」という収穫方法、その大変さを理解し、知事が関心をもつ障害者の雇用問題と結びつけて、「障害者の人たちを採用してはどうでしょうか。彼らの集中力はすごく高いですから、その作業にむいているのではないかと思います」という想像力豊かな提案もされていた。
 そして、頼之さんから差し出されたトマトジュースをグッと一気に飲み干しておられました。


野田沢のかあちゃんたちも応援
 夕刻、再びハウスを訪れると、野田沢集落(頼之さんが暮らす集落)のかあちゃんたちが手伝っておられて、朝訪れた時とはまた違う賑やかさだった。


 すでに夕刻5時半をまわっているが、まだ終わらせようという感じではない。
 この段階で、苗箱のほぼ半分に当る量の仮植ポットへの植え替えが完了していた。次の写真がその様子。

通路に黄色のホースが見えるが、裏手の小川から汲み上げてタンクに溜めた水を仮植ポットに撒くためのもの。

仮植ポットに植わった苗の様子はこんな感じ。

4月18、19日頃と比べて、茎が太くなっている。
24日朝、匂いを嗅いでみたが、たしかにトマトの匂いがする。

定植までの段階
 頼之さんに24日、苗の出来具合を尋ねた。「まあまあですかね。ちょっと伸びすぎかな」。
 これからはどう進むのか?
 苗がさらに大きくなってくるので、連休明けの頃、仮植ポットの間隔を広げる。この段階になると、仮植ポットにかけられているビニールシートは外され、ハウスそれ自体の覆いだけにする。
 栄村、とくに標高が高い野田沢などでは24日朝も霜がおりた。25、26日は朝から気温がかなり高かったが。年によっては、まだ霜がくる場合もある。そのときはハウスに石油ストーブを持ちこむそうだ。
 夏野菜のトマトはとにかく寒さに弱い。一瞬の気も抜けない日々が続く。
 菅沢の畑への定植は5月中旬頃になる。

アスパラの作業も始まる
 トマトのハウスのすぐ横に2反ほどの畑地がある。頼之さんのアスパラ畑の一部。残りは菅沢にある。
 その2反ほどの畑から24日、雪が消えた。
 
 去年の秋に土寄せがされていて、畝のように見えるが、これを厚み7cmほどくずし、肥料を入れる作業を間もなく始めるそうだ。
 菅沢の畑の雪消えはまだ。でも、24〜26日の陽気でだいぶ進んだだろう。
 頼之家の農業はいよいよフル稼働に入っていく。

栄村と頼之さん家のトマト栽培の歴史
 頼之さんのお父さんがトマト栽培を始められたのは50年前。頼之さんの代になったのが27年前。
 以前に「鉄骨だけで700万円」と紹介したハウスが建てられたのは10年前だそうだ。
 栄村で加工用トマト栽培が最盛期だった頃は最大100人が取り組んでいたという。水内と西部はデルモンテの種、東部はカゴメの種でやっていたそうだ。
 大久保の高齢者から聞いたところでは、「春になると、ビニールシートをかぶせて苗を育てたんだが、時に雪が降ると、夜中でも飛び起きてシートの上の雪を落とした」と言う。大変な作業だったのだ。いまの頼之さんのハウスとは様相が異なる。
 それにしても、たった1軒、加工用トマト栽培を守り続け、「さかえむらトマトジュース」を震災復興への象徴の1つにできるほどに成長させている頼之さん一家のトマト栽培はすごい。
 さらに「追っかけ」を続けていく。

阿部知事と話す頼之さん

追っかけ:頼さんのトマトづくり

4月18、19日
 18日は寒い一日だった。午前10時すぎ、貝廻坂を上がっていくと野田沢の手前あたりから霧がたちこめた。
 「今日は気温が低いので、ハウスのシャッターは閉められているだろう」と思いながらハウスに着くと、案の定、シャッターは閉まっていた。しかし、よく見ると、ハウスの裏側の方に奥さんの姿が見えた。裏手にまわると、頼之さんもおられて、ハウスにくっつける形でなにやら木を立てておられる。尋ねると、「ここに水タンクを置くので、屋根をつけるんです」とのこと。




上写真の手前に地面が見えるが、その下(写真に見える田んぼの縁(へり))を流れる川からポンプで水を汲み上げ、仮植した苗に撒く水を確保するのだ。
写真の奥の右手、田んぼのむこうに野田沢のブナ林(長者林)が見える。

 「気温が低かったので、(ビニール)シートつい先ほどまくったところです」とのこと。



 いろんな雑談をしたが、「ああ、この桜(の開花)はまだまだですね」と私が言うと、「それはサクランボの木です」とのこと。

 「人間の口に入る前にヒヨドリに食べられてしまんだけど」とも。
 サクランボというのも驚いたが、もう1本の木を指して、「それはナシの木です」と言われるのにもっと驚いた。「カラスにやられる。木の上にかけてあるのはカラスよけなんですが」とのこと。



 18日は苗の撮影をしなかったので、19日もハウスを訪れてみた。9時すぎのことだ。
 前日やっておられたハウス裏手の屋根かけは完了していた。

  
 この日も気温が低く、シャッターは閉めてあったが、シートはまくられていた。
 温度計はハウス内22.1℃、苗床17.1℃を示している。


 しかし、苗の様子を見て驚いた。苗の様子が16日に見たものとすっかり変わり、葉と葉が重なるくらいに大きくなっているのだ。

 
 苗をクローズアップすると、次の写真のような具合だ。


 帰り際、ハウス横手の様子を撮影した。残雪わずかとなっている。ハウスと右手の車庫の間に仮植のポットを並べるパイプ仕立てのビニールハウスが間もなくおかれるはずだ。


 つぎは21日午前、配達の途中で立ち寄ってみる予定。
 (了)

追っかけ:頼さんのトマトづくり4月16日

4月16日
 だいたい2日に1回くらいの頻度でハウスを訪れている。14日に奥さんに家の前で出会ったとき、「朝、水やりに行って…」と聞いたので、「これは、一度、朝の水やりの様子を拝見しなくては…」と思い、今朝、7時半すぎに家を出て、妹背木のハウスに向った。着くと、まだシャッターは閉まっている。すぐ近くの樋口和久さんの牛舎に立ち寄り、息子の大(ひろし)さんに少し話を聞いたり、牛の写真を撮ったりした後、野田沢の頼さん宅を訪ねる。
 「まあ、上がってきてください」と言われ、お茶をいただきながら少しお話する。「さあ、私は行きます」と頼之さんから声がかかり、ハウスへ。


 8時46分、到着すると、軽トラの荷台を上げる。つぎの写真のように家から運んできた水をハウス内のタンクに移すのだ。仮植の段階になると、ハウスの周りの雪が消えるので、用水から水を汲み上げるが、いまはまだ雪の下なので、このように水を運んでくるとのこと。



 つぎに、苗箱を覆ってあるビニールシートをまくっていく。

 この時のハウス内の気温は、「最低28.5度、最高32.0℃」と表示されている。32℃がハウス内の温度、28.5℃は苗床面の温度だそうである。


苗の成長は順調




 ブログで公表した4月7日のものと比べると、大きく成長していることが歴然とするが、2日に一度くらいの割で見ている私には「一昨日とそんなに変わっていないかな」と思う面もある。そこで、頼之さんに、「仮植するときは、どれくらいまで伸びているのですか?」と尋ねると、

と指で示してくださった。
 このぶんからすると、まだまだのようですね。仮植は「23日か24日頃かな」とのこと。あと1週間強だ。
 これからは、芽を伸ばすだけでなく、強くすることが大事だという。そのためもあって、夕方、ハウスを閉めるのは5時頃だという。はじめの頃は4時頃だったそうだが、「少しずつ寒さに慣れさせる」のだそうだ。


 水やりはこのようにジョウロでやるので、頻繁にタンクに水をとりに行き来する。8時55分頃に始めて、9時25分頃まで。約30分間の作業だ。じょうろでの水やりだけで30分間、トマトへの愛情あればこそだと感じる。

 先に示したハウス内および苗床の温度の関連だが、

上写真の真ん中にあるのが電熱器のセンサー
下写真の中央に写っているのは苗床面気温のセンサー。


引き継がれる材木の価値
 作業がひと段落したところで、ハウスの隣にある車庫を紹介してくださった。

 この建物だが、「地震で県道沿いにあった車庫が潰れ、古材を使って自分で建てた」とのこと。農家の人はすごい。こういうものを自力で建ててしまう。
 ところで、古材というのは、「正寿君の家の地震で壊れた作業場の材を使った」のだという。「正寿君」とは、2012年1月、仮設住宅での雪下ろし作業中に転落事故で亡くなった野田沢の故宮川正寿さんのこと。つぎの写真に見える梁などが正寿家からもらったものだそうだ。


トマト農家の大変さ
 今回紹介した作業を毎朝やるだけでも大変だと思うが、それだけではない。苗つくりのこの時期、「家をあけられない」のである。天候が急変し、気温が下がったりすると、ハウスを閉めにすぐに駆けつけなければならない。だから、「家をあけられない」のである。
 栄村はこの1週間ほど、連日、霜注意報が出ていて、朝は霜がおりている。昼間も気温が下がるときがある。実際、10日(木)、朝方はいい天気だったが、昼前から雨が降り出し、気温がぐっと下がった。その日の午後、ハウスの前を通ると、シャッターがおろされていた。
 
 また、14日に奥さんにお会いした時、「最近はトマトの苗づくり以外にどんな作業をしておられますか」とお尋ねすると、「薪割りと肥料運び」とのご返事。
 薪割りはつぎの冬の準備だ。
 他方、「肥料運び」とは、農協に発注してある肥料などを農協へ取りに行って自家倉庫まで運んでくること。配達を頼むと1袋(いったい)50円かかる。頼之さんによると、全部で800袋だというので、配達を頼むと配達料だけで4万円ということになる。
 地震の年は貝廻坂が全面通行止めになっていたので、月岡から東部経由で運ばなければならず、大変だったそうだ。

5月になるとアスパラが始まる
 頼之さんはアスパラ農家でもある。5月になると、そのアスパラが出てくる。アスパラの収穫とトマトの定植(仮植の段階を経て、畑に植えること)とが時期的に重なる。超多忙な時期である。
 もちろん、コメも作っておられる。故正寿さんの田も引き継いだので1町歩以上あるが、こちらは集落営農で田植えをやってくれるのでたすかっているという。

ところで、あの苗からどれくらいのトマトが採れるのか
 改めて、ハウスの様子をご覧ください。

 並んでいる苗箱は196箱。1箱280粒×196箱で5万4,800粒だが、これを定植する畑の面積がなんと約2町5反(2.5ha)。かつて栄村の多くの農家が加工用トマト栽培に取り組んだ時代があったが、その頃の1軒あたりの作付面積は1反程度。頼之さんのトマトづくりの規模の大きさがわかる。

 今日はここまで。
 つぎの「追っかけ」レポートは仮植の頃になる予定。

………………………………………………………………………………………………
発芽〜苗の成長の軌跡

 今日のブログのはじめのほうで今日16日の苗の様子を示しましたが、発芽〜苗の成長の軌跡を写真で示しおきます。

4月2日。種まき


4月7日。発芽から3日目


4月9日。


4月11日。


4月14日。


(了)

追っかけ:頼さんのトマトづくり

 美味で人気の“さかえむらトマトジュース”、その元となるトマトをつくっているのは野田沢集落の宮川頼之さんご一家。
 3月中旬に頼之さんにお会いしたとき、「今年は種まきから収穫までを追いかけたいのですが」と取材をお願いしました。
 すると、4月2日朝10時すぎ、私の携帯が鳴りました。「今日、種をまきます」。頼之さんからです。早速、妹背(いもと)木(ぎ)にあるハウスへ軽トラを走らせました。

ハウスに到着(10:58)


苗箱に種をまき、土をかぶせる前の様子


苗箱は30cm×60cmで280粒入る


ハウス内は32℃。


苗箱に入れた土の上でツメのあるローラーを回転させ、種を入れる穴をつくる


種をまく道具。この道具で、苗箱にあけた穴に合うように種が並ぶ


種まきの道具を苗箱に重ね、写真に見えるレバーを押すと、種が苗箱の穴に落ちる。この後、土をかぶせる。


種をまき終わった苗箱を写真右に見えるように並べていく。その下には、写真左に見えるように籾殻が敷かれている。そして、さらにその下には電熱器が入っている。
 2日前から電熱を入れ、土を温めておいたそうだ。
 籾殻が敷き詰められているのは、つぎのような理由による。苗箱を直接土の上におくと、根が地中に伸びてしまう。すると、生育の次の段階、仮植ポットに移すとき、根を切ってしまうことになる。籾殻を入れることでそれを防ぐ。さらに、籾殻は水を通してしまうので、種は苗箱内に水分を求めて、根を横に張り出すので、根がしっかり育つ。こういうわけだ。
 
 種はいずれもデルモンテ社のものだが、早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)の3種。この3種を用いることで、収穫期をずらし、8月から9月初めにかけての約1ヶ月間、順々に収穫できるようにする。


 午後4時半頃、再びハウスを訪れると、ちょうど作業を終えられたところだった。写真のように苗箱に二重のビニールをかける。全部で196箱。280粒×196箱で5万4,800粒がまかれた。ご夫婦お二人で丸一日での作業だ。頼之さん家は通常、娘さん、ご長男が一緒に農作業されるが、今日は、娘さんは冬の仕事・スキー場レストランの片づけ、ご長男は除雪の仕事に出ておられて、ご夫婦お二人だけでの作業だった。
 この後もハウス内の土を電熱で温め続ける。農事用電力という制度があって、4月の1ヶ月間だけ契約。電気代は約2万円だそうだ。また、ハウスはしっかりした鉄骨でつくられていて、豪雪にも耐える。700万円を要したという。
 
 4日目くらいに芽が出てくるそうだ。そして、4月20日頃に、苗箱から仮植用のポットに移す。その段階ではハウスだけでは並べきれないので、ハウスの横にパイプハウスを建てるそうだ。この仮植を経て、最後に菅沢の畑に本植するに至る。
 
 これから随時、トマト栽培の様子を追っかけレポートしていきます。