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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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スキー場、今季初の雪化粧

 

 午前7時5分の撮影。
 窓辺に立ったら、思いもしなかった雪景色が目に飛び込んできて、びっくりしました。スキー場が白くなったのは今季初。

 

 「15日夕から雪の可能性」という天気予報でしたが、夕刻頃は秋山郷でも意外と気温が高く、雨が降るも、雪の気配はありませんでした。しかし、午後10時すぎだったでしょうか、暖房を入れている室内でも気温が急激に下がったのを体感しました。昨夜の天気予報では、「16日午後みぞれ、さらに湿雪」ということだったので、今夕には雪景色を目にするとは思っていたのですが、実際は半日早く目にすることになりました。
 私が写真を撮った直後からは霧が立ち込め、午前7時半現在では、白くなったスキー場の姿はほとんど視界に入りません。
 今朝のスキー場頂上方向のクローズアップと、昨朝の紅葉の名残りが鮮やかな姿を示しておきます。

 

 


今季初、雪化粧の野々海池

 

 13日午前10時14分、野々海池の堤の上からの撮影。
 昨日の午前、秋山でかなりの積雪があったと聞いていたので、「野々海も積雪したのではないか」と思い、平滝から上ってみました。ケンノキ(標高850mくらい)で道の脇にわずかに雪があるのを現認。間もなく、道路脇にはずっと雪がある状態に変わりました。
 昨年、一昨年は初積雪の後に野々海池まで行くのに随分と苦労しましたが、今年はほんのわずかな積雪だったので、スムーズに野々海池まで行けました。三叉路から池入り口まではすっかり雪道でしたが、すでにタイヤ交換は終えていたので、不安なく進めました。
 野々海池を中心に、何枚かを紹介します。

 

 

野々海池入り口

 

池入り口付近の道路の様子

 

余水吐。
かなりの水量です。

 

水番小屋では、屋根から雪が落ちたことがはっきり確認できました。

 

 

深坂峠。写真真ん中に見える道は信越トレイルのコース。

 

深坂峠からの眺めです。
右側手前は天水山。遠くに冠雪している越後の山並みが見えます。

 

 

野々海水路の第3分水点。森へ向かう水と青倉に向かう水を分ける円筒分水器です。真っ白な地面と真っ青な空のコントラストがとてもきれいです。

 

 

今日、最初に撮った写真です。鳥甲山や苗場山が見えています。その手前に浮かぶ薄い雲(朝霧)がとても印象的でした。9時43分撮影。

 

前の写真を撮った地点での別アングルの風景。
紅葉の名残りがきれいです。紅葉ピークとはまた違う独特の良さがありますね。こういう様子が見られるのは標高500〜600mくらいまでかなと思います。

 

 

この季節、私が楽しみにしている眺め。正面に妙高山と火打山が見えています。今日が快晴で最高です。
山のクローズアップは次頁。

 

火打山(写真右手)はもう真っ白ですね。

 

 


 最後に、野々海から下った後に平滝集落で撮った1枚。

 


 久しぶりの好天に、保存用の野菜を天日で干す様子が随所で見られました。

 

 

 今日、野々海で出会った車は2台。野々海池入り口の1台は無人。キノコ採りにどこか山の中に入っているのでしょうか。タイヤがノーマルなのが気になりました。
 もう1台は深坂峠にて。長野市から来られたそうです。きっちり冬タイヤ装備。写真撮影が狙いのようで、三脚を担いで車は通行止めの峠道を下っていかれました。この季節、野々海は写真撮影に絶好のスポットです。


栄村復興への歩みNo.319

長瀬〜笹原間の土砂崩れ災害は深刻な状況
 栄村村内でも、直接に影響を受けている地区以外ではあまり詳しく知られていませんが、10月23日の台風21号による土砂崩れの災害が村民等の暮らしに大きな困難をもたらしています。とりわけ長瀬〜笹原間の土砂崩れ−通行止めは11月3日現在ですでに12日間にわたっており、さらに長期化する見通しです。本号では、この長瀬〜笹原間の土砂崩れを中心に台風21号による土砂災害の全貌をレポートします。

 

● 長瀬〜笹原間の災害の状況
 県道秋山郷森宮野原(停)線(507号線)の長瀬〜笹原間で土砂崩れが発生し、県道は倒木と土砂で完全に埋まっています。

 

写真1

 

 写真1は10月25日撮影で、長瀬側からの様子です。

 

写真2

 

 写真2は、道路上に堆積している土砂の上に立って、土砂が流れ出した斜面の全体像を撮影したものです(11月2日撮影)。さらに2頁に土砂崩れが発生した箇所をクローズアップした写真を掲載します(写真3、11月2日撮影)。

 

写真3

 

 写真3を見ると、広葉樹が生えているところと杉林の境界に沿って崩壊が発生しています。また、この地点には雪崩防止柵が2段、設置されていますが、上段の1基がコンクリート製のコンクリート土台もろともえぐり取られ、落ちています。

 


写真4

 

 写真4は道路下を撮ったもので、写真奥に北野川の水の流れが見えます。また、写真真ん中にガードレールのワイヤーが見えます。道路そのものはそんなに傷んでいないように思われますが、路肩は少し損傷している可能性があります。

 

● 北信建設事務所の当面の対処方針
 ここは県道ですので、土砂崩れへの対応措置は村ではなく、北信建設事務所が行っています。
 2日までに県建設事務所があきらかにしている対応措置は、以下のように整理できます。
    イ) 道路上の倒木や土砂の撤去を進める。
    ロ) 土砂崩れ発生箇所及びその周辺において

     ボーリング調査を実施する。
     主な調査内容:岩盤はどれくらいの深さにあるか、

     崩土が堆積しているか(→あれば、次の雨などで流

     れ出す)、崩壊地点よりも上の箇所の地盤状況
    ハ) 道路上の土砂等の撤去が終わっても、ロ)の調査

     が進み、安全性の確認ができるまでは通行止めを続

     ける。
    ニ) 長瀬〜原向を結ぶ県道を迂回路とする。
 写真から明らかなように、かなり大きな土砂崩れですので、「安全性の確認」となれば、以上の措置はやむをえないと思います。したがって、通行止め期間は不定で、しばらくの間続くと受けとめざるをえません。

 

● より深刻なのは積雪期間の問題
 秋山郷では10月30日に里地でも初雪が降りました。本格的な降雪・積雪まで1ヶ月半ほどしかありません。
 安全性確認ができて、応急復旧措置が実施されたとしても、写真に見られるように、積雪が滑り落ちるのを食い止めるものが何も無くなった斜面の対策をどうするかが大きな課題として残ります。わずか1ヶ月半の期間では雪崩防止柵の本格的な設置は困難と思われます。

 

● 迂回路が抱える困難・危険
 現在、旧北野校区の人たちは、長瀬から原向に上り、天代に下るコースを迂回路として指定され、利用しています。
 しかし、この迂回路、冬期間は原向から長瀬に下る坂・カーブ区間が凍結しやすく、車が滑る危険度が非常に高いところです。今冬の全期間、このコースを迂回路とすることは望ましくありません。
 たとえば、スクールバスに使用されている南越後交通の大型バスが冬期間、このコースを下ることは回避すべきだと考えられます。

 

● 地元住民の声を建設事務所に届けることが重要
 なんとか、長瀬〜笹原間の通行を可能にできないか。現時点では誰も確たることは言えない状況だといえますが、県建設事務所、村、そして地元住民が話し合い、地元住民の声がしっかり届く状況の中で対策が検討され、進められることが重要です。
 1つの事例を紹介しておきます。
 震災で中条川上流の山腹が大きく崩壊し、土石流が発生した森集落・中条地区。2013年9月の台風による大雨で再び土石流が発生した直後、北信建設事務所と県林務課が合同で現地住民への説明会を開催しました。そして、その場で住民が率直な疑問や対策措置についての要望をどしどし出しました。住民は、「川の中に砂防ダムを造るのではなく、道路・田畑に土砂が流れ出さないように側堤を造ってほしい」と要望しました。しかし、土石流対策として側堤を造るという事例はあまりなく、説明会に参加し要望した住民は、「建設事務所の人たちは『何を言っているの?』という感じだった」と振り返っています。簡単に言えば、「無視された」という感じを受けたのでした。
 しかし、それからおよそ1年後ですが、ある日、北信建設事務所から「地元説明会をしたい」という話がきて、参加してみると、「みなさんから要望があった側堤(導流堤)を造りたい。基本構想を示すので、みなさんの意見を聞かせてほしい。建設事務所だけで設計を決めることはしない」という話でした。結局、3回にわたる説明会があり、住民の意見も反映された工事計画が決められ、旧森林組合事務所跡付近、白山神社付近の2ヶ所に導流堤が2016年に建設され、地元住民が安心して暮らせる大きな支えになっています。
 話を長瀬〜笹原間に戻しますが、冬の豪雪期の道路通行の大変さ、どういう危険があるかについてよく分かっているのは地元住民です。建設事務所の人たちは道路建設等の専門家ではありますが、雪の中の暮らしの専門家ではありません。
 あえて言えば〈地元住民の責任〉として、想定される危険や、それを回避するための知恵などをどんどん出して、この冬をのりきれる対策措置がとられるように、全力でがんばっていかなければならないということです。
 対策の第一義的な責任は行政にありますが、とにかく地元が声を出して、なんとかこの困難を打開していきたいものです。

 

● 坪野〜野口間の村道

写真5

 

写真6

 

 写真5、6は坪野と野口を結ぶ山の上の村道です。写真5が10月25日撮影で、写真右側の法面がごそっと丸ごと抜けて、道路を完全に塞いでいます。地震の時にも被害があった箇所です。写真6は11月2日撮影で、この日から土砂の撤去が始まっていました。
 この箇所は村道ですので、役場産業建設課建設係の所管。ひとまず土砂を撤去し、本格復旧工事は来春になると思われます。

 

● 野々海水路管理関係の道路3ヶ所
 野々海水路が平滝・横倉に下る区間で、水路管理に関わる道路が3ヶ所で崩落しました。
 第1は、平滝ケンノキから横倉上とやを結ぶ道路。2015〜16年に地元が管理道路を自ら整備したところです。

 


写真7

 

写真8

 

 写真7は、村道野々海線からこの管理道路に入り、車で3〜4分進んだ地点で、写真真ん中に道路が崩落で切れているのが見えます。写真8は崩落地点から横倉沢川方向を望んだもの。写真には見えませんが、この土砂が流れて行っている先に横倉沢川があります。
 この地点は、『水内開拓史』に「火山灰土質であるので崩壊の危険に対して注意を払わなければならなかった」と記されています。
 今回は、県が「緊急県単農地防災事業」を施工中のため、県の責任で復旧対策が行われるようです。(写真7、8は10月28日撮影)

 

 第2は写真9で、平滝の堤のすぐそばの地点です。第3は横倉の山の上のサテライト(テレビ中継所)の下近くで、写真10です。写真9、10いずれの地点も村道で、平滝の人たちが水路の管理のために使用しています。

 


写真9

 

写真10

 

 写真9の地点は10月28日朝、すでに土砂撤去の作業が始められていました。写真10の地点は、私が写真9の地点に横倉側から接近しようとしてサテライト下から道を歩いて進む中で偶然に発見しました。30日に役場が現場状況を調査しました。

 

 この他、10月23日当日は月岡での浸水防止のためのポンプによる排水も行われました。
 このように、台風21号は栄村にも大きな爪痕を残しました。
 ここまででかなりのページ数を費やしましたので、今回は一言で済ませますが、これだけの被害があるにもかかわらず、村からの災害に関する情報の発信は少なすぎると思います。なんとしても打開しなければならない問題です。
 当面の最大の課題としては、長瀬〜笹原間の通行止め(不能)の問題の打開のために地元住民とともに全力で対応したいと考えています。


森集落水道の水源転換工事が完成、通水式・祝賀会を挙行(10月28日)

 震災から6年半余、森集落のみなさんが願い続けてきた水道水源の震災前水源への転換工事がようやく完成し、10月28日、通水式と祝賀会が盛大に催されました。
 通水式は午後4時から、白山神社近くの配水池で催され、地元住民が見守る中、森川村長と広瀬隆司森区長がバルブを廻して通水しました。その後、午後5時から森公民館で祝賀会。多くの森区民が参加しました。

 


通水式

 

祝賀会

 

 祝賀会での挨拶等で森の人たちから異口同音に語られたのは、「地震で山があんなに大きく崩れたのを見た時、『ああ、あの美味しいい水がもう飲めないのか』と思った。あれから6年半、再び、あの水を飲めるようになったのは何よりの喜びだ」ということでした。

 

 

 上写真が新たに造られた取水堰と取水井です(10月26日撮影)。
 写真左側に斜面になっているコンクリート壁がありますが、ここが岩盤から水が湧き出てくるところ。写真右下に見えるのが取水井です。

 

 震災から6年半。本当に長かったですね。「水道が復旧したと思ったら、マンガンが入っていて、真っ茶色の水が出てくる。水源の転換を」と森住民が求め始めてからも長い年月がかかりました。大きな転換点は昨年2月21日に開催された森区民を対象とする役場の説明会。当時の島田村長が出席しましたが、村が明確な対策を示さない中で、森の長老たちの怒りが爆発しました。「地震から満5年が経ったというのに、何をしているんだ!」。こんなに強い怒りの発言を耳にしたのは、私が村で暮らすようになって以降、初めてのこと。私自身、この怒りの声を真剣に受けとめ、事態の根本的打開のために微力ながら努力させていただいて参りました。
 森水道問題は、これからの栄村の村づくり、住民自治にとって大事な教訓をもたらしていると思います。


紅葉風景一点

 

 森水道の新しい取水堰・井の地点からさらに奥に入り、第2崩壊地点の先に、左写真の不動滝が見えます。
 野々海池の水、またこの滝の上に広がるブナ林が蓄える水が落ちてきて、森開田の用水となります。
 10月26日撮影ですが、台風21号の大雨による増水の影響がまだ残り、豊かな水量です。
 この滝のすぐ下で、開田用水の頭首工工事が現在進められています。震災から6年半ですが、この頭首工工事も震災復旧工事です。

 

 

<後記>
腰を痛めたりして、発行・配達が遅れています。体と相談しつつ、頑張っていきます。


台風21号による栄村の被害状況について:第2報

 県道507号線(秋山郷森宮野原(停)線)長瀬・笹原間、坪野・野口間村道の土砂崩れについては既に報告したが、詳細がわからなかった野々海水路関係の被害の状況を28日朝、撮影してきたので、それを報告する。
 なお、野々海水路関係のうち、横倉のサテライト近くの農道の崩落については、先に緊急レポートを書いたので、ここでは下の地図のA地点とB地点についてレポートする。

 

 

 

A地点
 ここは、2015〜16年、地元地区(横倉、平滝)が水路管理道路を整備したところ。

 

写真a-1  村道野々海線(ケンノキ)から水路管理道路を進んだ先の崩落発生地点

 

写真a-2 横倉沢川側が抜けている

 

写真a-3 この下に横倉沢川が流れている

 

写真a-4 崩落発生箇所の手前(村道野々海線に通じる側)。写真右手に水路が下っているのが見える。

 

 

B地点
 B地点は平滝の堤のすぐそば。

 

写真b-1

 

写真b-2

 

 上の写真b-1とb-2は28日午前8時40分頃の撮影。この時は、元の農道がどこを通っていたのか、よくわからなかった、その後、横倉側から接近して撮影し、元の姿がある程度、見当がついた。横倉側から撮ったものを示す。

 

写真b-3

 

写真b-4

 

 写真b-3とb-4は午前10時50分頃の撮影。土砂撤去の重機が見えるが、これは午前8時40分頃にB地点に行った際にすでに作業を始めていた。
 

 A地点〜C地点、いずれも被害の凄まじさに率直に言って茫然とする。
 C地点の被害の発生は偶然によるもの。横倉の開田の稲刈りがまだ終わっていなくて、知人が今日稲刈りをすると聞いていたので、A、B両地点の撮影を行った後、横倉開田に上がり、そのついでにB地点を横倉側から見てみようと思って、相当に厳しい山道の農道を進み、チェーンが張られていて軽トラでは進めなくなった先を歩き始めて間もなくにC地点の災害現場に遭遇した。
 11月5日に野々海水路の秋終(あきしま)いの普請が予定されているので、その時には発見されたであろうが、それに先立って、今日見つけられてよかった。
 A〜C、いずれの地点も本格復旧には相当の時間と費用のかかる工事が必要だろう。もう間もなく雪が来るので、本格復旧は来春以降となる。

 C地点からB地点に向かう途中、あまりいい写真は撮れていないが、こんな写真を撮った。

 

 

 台風21号の大雨でバラスが写真右上から左下方向にむかって流れた痕跡がはっきり見える。水が農道を下ったのではなく、本来の地形に沿って、山の上から下にむかって流れ、大地を押していったことがわかると思う。
 大雨災害の恐ろしさを垣間見た気がする。


(了)


台風21号による野々海水路関係の災害箇所

 台風21号による野々海水路関係の災害については、27日現在、2ヶ所が確認されていた。下の地図のA点とB点である。
 この2ヶ所について、28日朝、平滝〜野々海の道路から入り、災害の状況を撮影してきた。その後、横倉の開田に上がり、B点に横倉側から接近しようと、農道を進んだところ、地図のC点において農道が完全に崩落している箇所があることが判明した。また、このC点から平滝方向に少し進んで地点では農道はまだ崩落していないものの、農道と法面の間に大きな亀裂が入っている箇所を見つけた。
 ここでは、C点について撮影した写真で災害状況を報告する。

 

 

 

 

写真c-1 

 

 写真c-2

 

 C点は、テレビ中継所(サテライト)の下の農道にチェーンが張られている場所(次の写真c-3参照)から私の足で220歩ほどの距離のところ。
 写真c-1は、横倉側からの撮影。写真c-2は、崩落個所の手前で農道に亀裂が入っているのを撮影したもの。

 

写真c-3

 

写真c-4

 

 写真c-4は、C点を平滝側から撮影したもの。

 

写真c-5

 

写真c-6

 

写真c-7

 

 写真c-5〜7はいずれも平滝側からの撮影。

 

写真c-8

 

 写真c-8は、サテライトがある山とC点の位置関係を示すもの。

 

 

崩落一歩手前の箇所

 


写真d-1

 

写真d-2

 

 C点を越えて、横倉側から平滝側にむかって進んだところ、写真d-1、d-2に見られる状況があった。
 農道の左側端に亀裂が入り、亀裂の左側が下がっている。次の大雨があれば、崩落が必至と思われる。


 A点、 B点に関しては、別途、写真レポートを作成する予定。

 

以上


今秋の紅葉

 

 「そろそろ色づいてきた」、こんなせりふがSNS上などで散見されますが、「もう見ごろを過ぎたなあ」と思うところもあるし、「今年はあまり綺麗にならないんじゃないか」と思うところもあります。
 9月から紅葉の進み具合を追いかけてきた者として、「よかったな!」と思った紅葉の姿、「どうなるのかな」と心配なところの様子などを、ここらで少しまとめておきたいと思います。

 

 上の1枚は、奥志賀公園栄線から10月17日午後2時45分に撮ったものです。
 この日は、朝から「栄村復興への歩み」の配達で出かけ、秋山郷の紅葉の様子をひと通り見たうえで、秋山林道沿いのミズノサワなどに向かい、「ここまで来たならば、野沢温泉に下りるコースで帰り、10月1日、5日に『いいな!』と思った毛無山などから栄村にむかって下る尾根の紅葉の全開の様子を撮ろう」と考えました。
 秋山林道と奥志賀公園栄線の交点の手前あたりから、「もう紅葉は終わり、落葉が進んでいる」と分かったが、それはそれで一度見ておく価値があると考え、そのまま進んで撮ったのが、この1枚です。たしかに紅葉のピークは過ぎていますが、まだまだ紅黄葉がかなり残り、これはなかなかの紅葉風景の記録だと思います。

 

 

「今秋の紅葉」と言うにふさわしいと思う写真を3枚、まず、紹介します。

 

野々海池、17日午後4時18分。堤の上から。紅葉が夕陽に映えています。

 

同じく野々海池。対岸の樹々をクローズアップ。

 

野々海の三叉路。午後4時8分。低木はすでに落葉していますが、背景の林がいい感じで、やはり夕陽に映えています。

 

 ここで、10月11日撮影のものを1枚、入れておきます。17日夕に撮ったものとできるだけ同じところのものを探しました。ピッタリというものはありませんでしたが。

 

 

 11日は、「野々海が見ごろを迎えました」と紹介した日。たしかにまだ紅黄葉していないものもありますが。おそらくこの数日後に“ピーク“を迎えたのでしょうが、天候が悪い日が続き、それを目にすることは叶いませんでした。17日もじつは朝7時すぎに行きましたが、曇天でいいものは撮れませんでした。

 

 

 ここからは、「ザ紅葉」と言えるほどではないけれども、今秋の記録として残しておきたいものなどを17日撮影のものの中から紹介していきます。

 

鳥甲山。17日午前11時33分。曇り空。上の原〜和山間の国道405上から。白瑤瞭とそれに連なる峰。

 

鳥甲山頂上にむかってせりあがる黒木尾根と赤瑤瞭との間の沢のみに陽光がさしていた。残雪も見るような気がするが。11時27分。上の原集落の高台の民家の庭先から。

 

布岩の定番的なアングルのものを1枚。午前9時56分。
「見ごろまでまだ相当の日数を要する」というところですが、布岩の上の方の紅葉が続いているうちに、下が紅葉してくれるかどうか、かなり心配な状況。

 

布岩山の東側。「滝」のあたりで紅葉がとまっているのが心配。9時50分。

 

ミズノサワの上部。下の写真は頂上部に近いところのクローズアップ。やはり上と下の紅葉の進行具合のあまりの乖離が心配。午後1時13分。

 

 

大滝の入口付近にて。午後1時54分。
この1枚はかなり綺麗ですが、「すべての樹で紅葉が進んでいるわけではない。でも、落葉が盛ん」という状況。

 

奥志賀公園栄線が木島平村域をぬけて栄村域に入ったあたり。「落葉さかん」になってきています。午後2時24分。

 

これは「紅葉」の記録というよりも、奥志賀公園栄線から見える景色の不思議という感じで記録。写真中央に見える広大な平原。「何だろう?」と思ってズームアップすると、2本のサイロが見えました。鳥甲牧場です。

 

奥志賀公園栄線から太次郎山の頂上方向を見上げてみました。「もうすぐそこに冬が来ているよ」という景色ですね。

 

(了)

 


台風21号による栄村の被害状況について

県道507号線(秋山郷森宮野原(停)線)の長瀬〜笹原間の土砂崩落・倒木による通行不能区間。

 

写真1-a

 

写真1-b

 

 写真1-aは長瀬側から見た状況。写真1-bは笹原側から見た状況。

 

写真1-c 笹原側から通行不能区間の全体像を撮影。

 

 通行不能区間の距離はさほど長くない。倒木を処理し、土砂を撤去(し、さらに山側の側壁沿いに土嚢を積む)すれば、ひとまず通行の再開は可能だろう。
 ただ、問題は土砂崩れを起こした山の斜面には雪崩防止柵が設置されていたが、それが完全に破壊され、落ちていること(写真1-e、1-f参照)。本格的積雪期を約1ヶ月半後に控え、その対策をどうするかが課題だと思われる。

 

写真1-d。赤丸で囲んだところが土砂崩れの大元・崩落が発生して箇所。

 

写真1-e

 


写真1-f

 

 写真1-eの中央に見える緑色のものが雪崩防止柵。写真1-fに見えるコンクリートの塊り(長瀬側から接近すると、すぐに目に入る)は雪崩防止柵の土台ではないかと思われる。

 


坪野〜野口間の村道での土砂崩れ
 坪野集落の山の上の田んぼに向かう道路があります。野口(原向集落)に通じる村道です。
 山の上の田んぼに向かう農道と、野口に向かう村道の分岐点を過ぎて野口方向に向かったすぐの所で、土砂崩れが起こり、村道を完全に塞いでいます。

 

写真1-a  坪野側から見た様子。

 

写真2-b  野口側から見た様子。

 

写真2-c

 

写真2-d

 

 道路上の田んぼの縁から下が崩落している。2-cは野口側から、2-dは坪野側から撮影。

 

写真2-e  崩落個所の道路の下方の様子。

 

 道路そのものは崩壊していない。写真左側に見える「ふとん篭」は、崩落した斜
面の下部に設置されていたもの。

 この箇所は震災の折にやはり斜面が傷み、復旧工事が行われた。「ふとん篭」はその際に設置されたものと記憶している。また、写真2-eに見える道路の沢側の擁壁は震災の復旧工事でつくられたもの。

 ここから野口方面に進んだ先にある田んぼでは稲刈りがまだ終わっていない田んぼが7〜8枚あるが、早急な復旧は難しく、稲刈り作業は野口廻りでやっていただく以外ないと思われる。
 応急的な措置をしたうえで、村道としての本格的な復旧工事は来春の雪消えを待ってのことになると思われる。

 

 

その他の被害
 この他、中条川上流で、セルダム下の谷止工から森の用水を取水する箇所が土砂で完全に埋まり、取水が不可能になっている。かなり大量の土砂の撤去が必要。
 また、日出山線から秋山林道にぬける村道と、平滝から野々海に向かう村道で、小規模の土砂流出があったが、すでに土砂は撤去されている。これは本格的な復旧工事を要するレベルのものではない。
 さらに、中条川上流関連だが、1号崩壊地〜2号崩壊地間で、土石流対策工事の実施現場において、工事用仮設道路が流される事態が発生した。施工業者の手で復旧が行われている。26日昼段階では、復旧途上であった。

 

 

村(役場)情報発信不足は相変わらず
 私が台風21号による村内の被害状況を具体的に知ったのは24日の朝だった。
 24日は林活議連の研修というものが予定されていて、午前8時すぎに集合地点の役場前に行ったところ、議会事務局長から1枚のペーパーを手渡された時だ。「台風21号情報経過報告」と題されたもので、23日午後5時現在の情報が記されていた。裏面には産建課長名の「台風21号による道水路状況」と題するペーパーで23日午後4時40分現在の状況が記されていた。

 村民のみなさんに尋ねてみると、「『月岡でポンプでの排水のために通行止め』というのが告知放送で一度流れたな」、「『笹原〜長瀬間通行止め』というのが告知放送で一度流れたように思うが」という話があったが、これは朝6時半と夜9時半の定時放送ではないもの。村民の多くが、私が上に記した被害状況をほとんど知らない。
 役場のHPでは「被害状況」として、県道秋山郷森宮野原(停)線の通行止めと奥志賀公園栄線の通行止めが出ているが、ただ「通行止め」というのみで詳しいことは書かれていない。
 震災以来、くりかえし指摘してきた村の情報発信の不足はなにも改善されていない。

 

 私は今回、23日の台風接近時は基本的に室内でも事務作業に追われていたのと、災害が起こりうる危険な状況の中で一人で動くべきではないという判断で、村内を廻ることはしなかった。また、24日は上述したとおり、議員としての研修日程が入っていて、村を離れざるをえなかった。
 25日になってようやく村内を廻った次第である。午前中に県道秋山郷宮野原(停)線の災害現場にむかったがカメラのソフトの不具合が発生し、いったん現場から離れ、不具合問題の解決後、本レポートの2ヶ所の他、日出山線から秋山郷に向かい、秋山林道の屋敷〜切明間、そして国道405号線の状況を見て廻り、暗くなってから帰宅した。
 そういう次第で報告が遅くなったが、村民のみなさんに詳しい状況を知らせること、また、今後の災害対策に活かすために、以上の報告をまとめた。

 

(了)


栄村復興への歩みNo.318(10月16日付)

 「栄村復興への歩み」では、前々号でJR東の「四季の美 五つ星」にまつわる話題を取り上げ、また前号では「栄村は何を打ち出すか」について少し提案をしました。
 今号では、いま紅葉が真っ盛りの野々海池を事例として取り上げ、栄村の観光を盛んにするための具体的な方策について考えてみたいと思います。

 

野々海池の紅葉を撮影した写真を見ながら、観光に活かす策を考えました

 

 

 この写真(10月12日撮影)をご覧になって、どこから、どこを撮影したものか、お分かりの方、おられるでしょうか。次の地図をご覧ください。

 


 野々海池周辺の地図です。Aと記したところが1頁掲載写真の撮影地点、Bと記したところは写真の正面に見えている野々海池の堤です。
 地図に描いた青色の太い線は信越トレイルです。関田山脈の尾根を歩くコースですね。深坂峠や野々海峠で信越トレイルを歩く人たちとよく出会います。非常に人気があります。D点は信越トレイルの野々海峠出入口です。
 また、地図に茶色で描いた線(C)は野々海池と白鳥への水路の開渠部分を結ぶ道です。
 さて、次の写真をご覧ください。

 

 

 1頁掲載写真の撮影地点を水番小屋横から撮影しました。下の小さな写真に白色のマークを入れているところが撮影地点です。

 

 

 つぎの写真は堤の上から撮影したもの。1頁掲載写真の撮影地点は下の小さな写真に白色マークを入れたところです。

 

 


 地図のA地点には、じつは道がありません。近くを通る林道(野々海峠に通じるもの)から斜面になっている林の中を歩いて、池の直前まで下りました。
 このA地点のあたりを気軽に歩ける道をつくれたら、とても素晴らしい紅葉の散策路になると思いませんか。

 

● 野々海池の周りに散策路を
 じつは、信越トレイルクラブの方で野々海池の周りをグルっと歩ける遊歩道(昔はそういう道があったそうですが)を整備しようという話があると、数年前に聞いたことがあります。なかなか現実化していないようですが、せめて今回取り上げたA地点の周辺だけでも少し歩けるようにできれば、いいなあと思います。

 

 また、野々海池だけが紅葉の綺麗なところだというわけではありません。つぎの写真をご覧ください。

 


 これは地図にCと記した道です。ブナ林の中を通り抜けるコースで、とても気持ちがよいです。
 この道、初めての人はちょっと入り方が分かりにくいかもしれません。案内人がいる方が安心でしょう。でも、歩く時に案内人が直接につかなくても、野々海池に案内所があって、そこで説明を受けることができれば、行けると思います(ただし、一人ではなく、複数人で歩くのが望ましいですが)。

 

● 戸隠を超える人気スポットにだって出来る!
 春から秋までの全シーズンとまではいかないかもしれませんが、雪消え頃の芽吹きとミズバショウの開花の季節、そして紅葉シーズン、野々海池に案内所があり、さらに案内人もいたら、野々海は素晴らしい観光スポットになります。
 案内所も案内人もない現在でも、村のみなさんが驚くほどの数の人たちが野々海を訪れています。一度、データをとってみれば、面白い結果が出るでしょう。散策路の整備や案内所の設置ができれば、本当にすごい人気スポットになります。
 今年、吉永小百合さんが戸隠を訪れる映像がJR東のコマーシャルで流れ、戸隠は入場制限が行われるほどの訪問者で溢れかえりました。それを羨んでいるだけではダメです。野々海に案内所を設けるなどのことをすれば、JR東を動かして、吉永さんを野々海に連れてくることだって夢ではありません。
 JR東の「四季の美 五つ星」に秋山郷・布岩が選ばれたということをただ喜んでいるのではなく、私たちの努力で人気の観光スポット・観光商品を生み出していくこと、もっともっとJR東を動かすことが出来るし、そうすべきなのです。

 

● 村におカネが落ちる仕掛けづくり
 野々海をめぐって、役場の観光部署で「写真を撮りに来る人はカネを落とさない」と言っていると聞いたことがありますが、そんな根性では観光は盛んになりません。そもそも、野々海に写真を撮りに来た人たちが、どれくらいおカネを村に落としたか、落としていないのか、きちんと調査し、データを集めたことがあるのでしょうか。そういう調査結果を耳にしたことはありません。
 村におカネが落ちる場・機会には、どんなものがあるでしょうか。
まず、コンビニ(村で言えば、朝日屋さんのYショップ)での買い物、道の駅−直売所、それから食べ処ですね。箕作の樓蘭さんでは野々海のことを尋ねるお客さんが結構おられるようです。
 つぎに、宿泊です。
 野々海を訪れる人には写真を撮る人が多いように思われます。写真はいつ何時でも撮れるというものではありません。たとえば、真っ青な青空とのコントラストで紅葉を撮りたいという場合、やはり朝の早い時間帯がいい。しかも、お天気との関係で少なくとも2〜3日は通い続けないと、気に入ったものは撮れない。
 すると、「湯治客」のような感じで、安い価格で素泊まりができれば、2〜3日から長ければ1週間近くの連泊という可能性も出てきます。宿泊施設がそういう宿泊プランを練り、宣伝することが大事になってきます。

 

● 案内所、案内人をどうやって実現するか
 案内所は、なにか大袈裟に新たなハコモノを建てる必要などありません。テントでスタートするので充分だと思います。ただし、設置場所が重要です。平滝から上がって行って、野々海に着き、最初に出会う三叉路の湿地(いちばん早く紅葉するところでもある)、ここに案内所があることが大切です。私が野々海に行くと、この場所で、「池はどこから入れるのですか?」とか、「キャンプ場はどちらですか?」と尋ねられることがしばしばあります。
 有志で始めるのでもいいと思いますが、テント設備の貸し出しくらいは役場にお願いしたいものです。
 案内人は交替要員も含めて3〜4人確保できれば、スタートできます。1時間、2時間単位の案内(ガイド)を依頼される場合は有料でやります(1時間千円くらい)。
 でも、案内人を担う人たちがこれだけでは暮らしていけません。案内人個々人は、季節毎の様々な仕事を段取りし、月給制の給料を保障する会社に属します。そのために、有志でそういう会社を設立します。そして、たとえば、村が冬のスキー場の仕事をこの会社に少しまわしてくれると、こういう会社はうまくまわしていけます。また、野々海の観光シーズンには村か観光協会が人件費補助を出すことも望まれます(年間60万円程度で済みます)。
 案内人の育成は、「野々海を愛する会」(仮称)のような任意団体で、野々海のさまざまなことに詳しい人を講師にして学習会(座学と現地研修)をやれば、可能になるでしょう。

 以上のような話を単なる「夢物語」と馬鹿にしないことが大事です。まずは、有志で簡便な野々海の道標を作り、設置することから、こういう話を現実に移していきたいなあと思います。