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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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牛が迫ってきて・・・・・・

  • -
  • 2017.07.19 Wednesday

 

 

 

 夕刻5時半近く、五宝木からの帰路、中子に立ち寄るために妙法育成牧場脇の道を進んでいると、放牧されている牛の群れが目に入った。

 車を停めて、牛たちを撮っていると、1頭の牛が私の方をじっと見つめ、近づき始めた。1枚目の写真だ。
 しかし、1頭だけではなかった。周りの牛たちも一緒に私の方に向かい始めた。2枚目の写真。
 有刺鉄線の囲いがあるとはいえ、牛たちがどんどん迫ってきて、焦った。「柵を越えて向かってくるのでは…」と。
 辛うじて踏みとどまって撮ったのが次の1枚。

 


 有刺鉄線ギリギリまで牛たちが来ているのがわかる。もっと迫力がある様子で撮れているかなと思っていたが、当初の立ち位置よりも後ずさりして撮っている。正直なところ、おっかなかった。
 最初に撮った1枚は次のもの。この段階では牛が私を気にしている様子はない。

 

 

 望遠で次のような写真を撮っているうちに、牛たちの視線を集めてしまったようだ。

 

 

 

 牛を「挑発する」ような真似をしてはならないと反省。

 


雪渓に上ってみた

 

 秋山林道のミズノサワ。
 この雪渓の上に、一度、上がってみたいと思っていた。
 5〜6月頃は抜ける心配はないが、積雪が高すぎて、上がるのが大変。7月に入ってからは行く機会がなく、今日の午後行ってみたら、雪がかなり減っている。下手な上り方をすれば抜けて、沢に落ちてしまいかねない。
 コース取りを考え抜いて、無事に上り、下りて来られた。
 周辺に誰もいない状況だと、何かあった時が不安。偶然出会った長野市のライダーの人がずっと見守っていて下さった。感謝!!
 雪渓の上にいる時、志賀高原方面からツーリングの3台がやって来た。さらに、豊橋ナンバーの観光客4〜5名。下りてから、みなさんと話したが、「涼しい!」、「あそこ、芽吹きが始まったばかりですよ。」、「えー、ここは今が春なのね。」といった会話。

 

 

 

ミズノサワ全体像。
上空に雲がかかっているのが惜しいが…。

 

雪渓の上方に見える雪の断面をクローズアップ。

 

雪渓に上る途中に林道を見下ろす1枚を撮影。

 

雪渓の上にて。

 

雪渓の途中の滝。

 

 

林道脇の雪渓下を流れる沢。霞んでいるように見えるのは雪から出る水蒸気のため。この前に立つと、冷蔵庫の中にいるような涼しさ。

 


配達日誌7月1日〜10日

1日(土) 朝から予報通りに強雨。昨日、役場に問い合わせたところ、野々海大明神祭は予定通りに挙行ということなので、8時半頃に出発して野々海へ。私は「10時開始」と思い込んでいたが、実際は11時開始。平滝からの上り道、基本的に1台の車にも出会わず。
 まっすぐ池に向かった。水番小屋では薪ストーブに火が入っていた。しかし、強雨でも気温はそんなに低くなく、寒さは感じず。また、霧も出ていなくて、野々海池の全体像も見えた。
 強雨は続き、神事は簡略化されて、すぐに終わった。その後はキャンプ場管理棟で宴。強雨だったので、一般参加者も管理棟の1階に入っておられた。昨年、来賓だけが管理棟内で、なにか嫌な気持ちがした。来年以降、どうするのか。一度、関係者に尋ねてみようと思う。
 私は飯山市の出川とJR飯山線の出川鉄橋の様子が気になっていたので、宴を早めに退出し、その様子を見に行った。その結果は「復興の歩み」に書いた。

 

県道出川橋下の様子(12時50分撮影)


 その後、人と会ったり、中条川の様子を観察したり、編集作業をしたりで、夕刻に。温泉に出かけようとすると、あんなに強く降っていた雨がいつの間にか止んでいた。

 

2日(日) 森集落の水道工事の現状を見る必要があって、午前10時前に森開田から1号崩壊地へ。
 1号崩壊地で撮影の途中にカメラが曇って撮影不可能に。今回はレンズ表面の曇りだけでなく、レンズ内部が曇っている様子で、「これは修理に出すしかないか」と覚悟を決めて下におりた。昨年も寒い時期に1号崩壊地でレンズが曇って撮影できなくなったことがあったが、その時よりも状況は深刻。しかし、家に戻ると曇りは取れて、撮影可能に。よかった!!
 その後は、編集や印刷・折りなどの作業を夕刻まで。

 

3日(月) 天気予報では一日中雨。たしかに外に停めている軽トラの荷台は夜の雨でしっかり濡れていたが、朝からは降雨なし。部分的には青空さえ見える。
 9時頃に配達に出かける時は、「半袖では車で走ると肌寒いかな」と思って長袖にしたが、間もなく気温がどんどん上昇。30℃近くにまで上がった。午前中は主に東部の雪坪〜切欠で75軒の配達。久しぶりに見た青空にカメラを向けてみた。背丈がだいぶ伸びてきた稲の緑色とのコントラストも鮮やかで素敵な風景だ。

 

柳在家で撮影(11時53分)


 午後、追加の印刷をして白鳥の配達へ。白鳥に入る前に飯山・桑名川の出川下流域へ。昨2日夕の段階で中条川の流れはきれいになっていたが、千曲川は今日も相変わらず茶色。それで、出川の様子を見に行った。
 やはり濁流。井出川に流れ込んだ山腹崩壊の土砂は礫をあまり含まず、ドロドロのヘドロのような土砂。これは安定せず、雨が降れば確実に流れ出し、相当の期間にわたって川の水を濁す。水量は安定してきている。
 近々、羽広大橋や許可を得て桑名川砂防ダムなどの様子も見に行きたいが、時間を確保できるかどうか。

 

県道出川橋の様子(午後4時35分)

 

 白鳥で32軒配達。今日は計121部。
 どうも最近、体が睡眠時間の延長を求めているようだが、あまり早くには就寝できず。夜の段取りを変えなければいけないようだ。

 

4日(火) 村長杯ゲートボール大会に出席の予定だったが、朝早々に順延が決定された。
 小止みに近い状態になることもあったが、ほぼ一日中雨。こういう降雨状況では体は合羽で濡れないようにできても、配達物が濡れる危険が多いので、配達はしない。11時前まではメールの一斉送信やブログの更新などの作業。その後、十日町の接骨院へ。背中の張りというか、だるさというか、先週前半までほどのものではないが、調子がいいわけでもないので。かなり楽になったように感じる。
 帰ってからは、最近頭に浮かんでいることをメモ化してみた。考えていることをなかなかうまく吐き出せなくてもどかしいが、文章にしないよりはいいと思う。何人かの人に読んでもらって、意見を聞けば、また筆が進むかもしれない。
 写真撮影はなし。

 

5日(水) 朝方はまだ小雨が降っていたが、ゲートボール大会はなんとしても開催するとのこと。後から聞いたところでは、「今日開催できないと、しばらく日程がとれないから」とのこと。
 午前8時半集合、9時開会式。8チームが参加して、濃密な試合が展開された。
 私は開会式に参加し、第1試合を見て、その後、横倉で47軒と平滝の国道よりも上のゾーンで18軒の計65軒で配達をして、再び会場へ。試合を見るとともに、お昼休み、みなさんと一緒にお弁当。12時半に午後の試合が始まるのを見て、今度は青倉51軒の配達。それが終わると、すぐさま会場へUターンし、決勝戦を観戦し、その後閉会式。
 閉会式で「万歳三唱」の音頭取りを仰せつかった。その際、「今日は素晴らしいものを見せていただいた。北野チームの強さは圧倒的だった」と発言したが、本当にそうだった。

 

ゲートボール大会場の横倉農村広場グラウンド

大会事務局の若い職員はここの震災後の仮設住宅が建てられたこと

をご存じなかった。この景色を見ていると独特の感慨が湧き上がっ

てきた


 ゲート―ボール大会が終わると、すぐに、飯山市で開催される国道117号線期成同盟会の総会へ。途中、桑名川の県道出川橋の様子を観察・撮影。大雨警報で「全面通行止」となっていたものが解除され、閉鎖ゲートがちょうど開けられるところに遭遇した。
 期成同盟会総会、ある人に言わせると「行政がつくる期成同盟会の典型的なあり方」を示すもので、6月7日に出席した秋山郷405号線の期成同盟会とはまったく様相が異なった。今日の期成同盟会は日本の行政のあり方の縮図のようなものと言えるのではないか。なにかの機会に紹介したいと思う。
 期成同盟会後の懇親会にも出たが、6時半過ぎに村に戻れて、温泉入浴セーフ。夜は水道本管清掃工事が始まり、断水。就寝前の歯磨きもままならず、明日以降の対応措置を考えねば…。

 

6日(木) 雨は降らないが、一日中ほぼ曇天で、窓を開けて車で走ると肌に当たる風が雨を含んだ感じ。湿度が相当に高いのだと思う。
 いろんな人のお話を聴くということで、午前中は若い女性からお話を聴くことからスタート。お昼前に天地と大久保で配達。大久保で今年初めてヤマアジサイの開花している姿を撮影。

 

 

 

 午後、「あそこはヤマアジサイがたくさん咲いているのでは」と思い、極野集落の奥の山道を進んだが、これはハズレ。まだ時期が早いのか、それともだんだん他の草に押されてヤマアジサイが咲く場所が減ったのか?
 午後は小滝、北野、中野、極野で配達。
 夕刻は若い男性とお話。テーマは限られたものだったが、その話の行間から現在の栄村の状況に対する思いが聞きとれた。

 


 

 極野集落の奥の山道でこんな状況に遭遇。
 中部電力の取水ダムまでの間にある4つの橋のうち3つに「橋梁通行注意」の看板。橋そのものがもはや危険になっているのか、それとも欄干がなくなり、通行に注意を要するという意味なのか。明日にでも役場の担当者に尋ねてみようと思うが、こういう橋を改善する予算の確保が極度に難しいのが偽らざる現状だろう。3つの橋の1つには「昭和33年11月竣工」とあった。こういうものこそ〈歴史遺産〉と位置づけるべきものなのではないだろうか。しかも、これらの橋を維持しないと、山を守り、活かすことができなくなる。そうなれば、それが「自然災害」という名の人災を引き起こしかねない。福岡県朝倉市や大分県日田市の災害のニュースを見ながら、そんなことを考えた。

 

7日(金) 朝の起床が遅かった。森集落で何軒か配達して、すぐさま津南へ。午前10時から津南地域衛生施設組合議会。会場は津南町のごみ処理場の建物の2階にある会議室。内容は別の機会に書こうと思うが、生ごみなどを処理する施設の上に「議場」となる部屋があるなどとは想像もつかなかった。
 津南町で昼食と用件1件を済ませた後、村に戻ったが、予報の「曇り」は外れて、久々の快晴の青空(下写真は午前9時26分撮影)。「野々海に行ってみよう」と決め、スキー場〜貝立山のコースを進んだ。狙いは2つ。貝立山登山口から青倉集落の貝立水路かけ口にかけての道路沿いのヤマアジサイの開花状況の確認と、野々海池の裏側=野々海峠に向かう林道沿いのイワカガミの開花状況の確認。

 


 貝立付近のヤマアジサイはまだ未開花。野々海峠への林道のイワカガミも不発。でも、収穫は多かった。1つは貝立〜野々海間でチョウの群れと何度も出会ったこと。今年はチョウの当たり年のような気がする。赤トンボとも今年初めて出会った。野々海池周辺ではそんなに出会わなかったが、貝立〜野々海間の標高850〜900mあたりで多かった。これからさらに上へあがり、間もなく野々海高原で群れ飛ぶのだろう。
 2つはイワカガミを求めて入った林でギンリョウソウをたくさん見たこと。10年ほど前にたしか宮川吉郎さんに教えてもらったことがあるが、それ以来のことではないかと思う。

 


 図鑑には、「薄暗い林中に生える様子からユウレイソウとも呼ばれる」とあるが、まさにそういう感じ。生えていることを予測していたら、べつに怖くもないが、予想外に出くわすと気味が悪い。
 3つは、ミズバショウの群生がいちばんよい場所の現在の様子を見に行ったところで、まったく予想外にイワカガミの花に出会ったこと。
 そして、なによりもの収穫は夏本番の暑さの中、野々海には涼しい風が吹き、最高の避暑となったこと。山はいい!
 平滝に下って、11軒で配達するも頭痛が出て、仕事は終わり。
 夜、水道の配水本管の清掃作業が中条地区で実施された。作業に携わる人たちは午後10時からの作業開始にむけて8時頃からスタンバイ。連日の夜間作業。大変だと思う。

 

8日(土) 今日も遅い起床。森集落で配達しながら、「秋山郷シャトル便」なるものの出発の様子を見たりした。この便は「完全予約制」だそうだが、今日は予約客が1名のみで、バスではなくタクシー。よく意味がわからない企画だ。「2次交通」として予算付けされているが、「二次交通」の意味が正しく理解されていないのではないかと思う。何かの折に「復興への歩み」で議論してみたい。
 昼少し前の出発で秋山の配達へ。コースは日出山線→鳥甲牧場→屋敷→林道で切明→和山→上の原→小赤沢→東秋山林道で下り。
6月後半は超多忙だったので、考えてみれば久しぶりの秋山。いくつかのポイントで「小冒険」をしたり、話し込んだりで時間をくい、結局43軒にとどまった。
 雄川閣で軽井沢から来たという高齢のご夫婦、中信方面からの子ども連れ4人家族と言葉を交わしたが、いずれも「いいところですね」という言葉をいただいた。また、「ここから橋を渡って進む方向で飯山に出られますか?」というお尋ねを別の人からうけた。「出られますが、結構道のりがあって、近道とは言えないと思いますが」とご返事。観光に来られた人は気軽にいろんなことを尋ねられる人を求めているといつも感じる。

 

雄川閣のベランダから河原の湯の方向を眺める家族連れ

 

 雄川閣の様子を見ていて、これまでも感じてきたことだが、都丸俊幸さんのお客さんへの気さくな話しかけが雰囲気を非常によいものにしている。観光業・接客業の手本の一つのような気がするのだが…。

 

9日(日) 朝7時15分、駅伝大会に出場する武蔵村山市の学校の先生たちを横倉までピストンでお送りした。
 その後、森と月岡で59軒の配達。月岡での配達の途中、毎春、ミズバショウを見る山へ。この時期はヤマアジサイが綺麗なところ。期待通りに、綺麗に咲いているのを見られたが、やはり草が増えている。ミズバショウ群生地を保全するために月岡集落の人たちが頑張ってきて下さっているが、こういう活動は持続させるのが大変。一度、地元の人たちの話を聞いてみようと思う。
 また、月岡の配達が終わった後、青倉・西山田の圃場整備工事の進捗状況を見に行った。日曜日なので作業がなく、工事の邪魔にならないと思って行ったのだが、工事が行われていた(下写真)。「4日間ほど、雨で作業できなかったので、今日は作業です」とのこと。たしかに圃場整備の工事は雨で土中の水分率が高い時は出来ない。

 


 その後、駅伝大会の閉会式に行き、朝送った人たちの出迎え。
 青倉を通過した時、〈撮り鉄〉の人たちが栄大橋近くに停めた車にむかって歩く姿を目撃。特別列車「風っこ」が通過したのだ。
「風っこ」が午後1時20分森宮野原駅発で長野に向かうことがわかったので、横倉のある所で待ち受け、写真撮影。素敵な写真が撮れた。
 午後5時頃、5分間ほど、結構激しい降雨。昼間の熱気が冷やされて、夜が過ごしやすくなった感じがした。

 

10日(月) 午前中、豊栄、長瀬、笹原、当部、坪野など121軒を配達。坪野では、久々に野沢温泉村に通じる林道を進んでみた(現在は野沢温泉村手前の橋が落ちていて、実際は野沢まで行けないが)。そこで見たものの一端は「復興への歩み」に掲載するが、今回初めて知った「滝」と坪野上堰の余水が落とされているところと思われるところの写真を最後に掲載する。
 朝から暑い。午後1時すぎ、国道117の役場横気温表示で36℃。猛暑日だ。
 昼前、熱中症気味だったが、天地で少し休ませてもらい、生き返った感じ。
 夜、森集落の水道の洗浄作業の一般公開。相当に疲れていたが、現場に赴いた。行ってよかった。連日の夜間作業をする人たちも大変だが、役場職員も連夜。3人が交替制で現場立会いとのこと。午前5時まで立ち会って、8時30分からは通常勤務。役場職員への感謝も忘れてはなるまい。

 

天代川に落ちる滝

 


坪野上堰の余水が落ちてきていると思われるところ。今年もきちんと管理されている様子だった。

 


上2枚の写真を撮った地点のそばで見た花。初めて見るもの。名前を調べてみたい。

 


栄村復興への歩みNo.311

「風っこ」から見えてきたもの

 

 

 9日(日)に長野駅と森宮野原駅の間を走った特別列車「風っこ」の乗客のみなさんの姿です。復路の上り列車の様子を横倉の線路脇で撮影しました。

 


 この日、私は「駅伝大会」の関係で頼まれた仕事をやっていて、森駅前の様子を撮影する余裕はなかったのですが、列車から降り立った人びとの動きを見る機会はありました。かなり多くの人が「道の駅」に向かって歩き出されました。その後、「道の駅」付近でもその姿を見ています。小さなお子さん連れの人もおられました。
 駅で「道の駅」への行き方を書いたチラシが配られたようです。私自身が旅行した時の経験から言っても、「歩いて15分程度のところに素敵な所がある」と知れば、15分くらいは平気で歩きます。

 

森宮野原駅前を賑やかにする道筋が見えた!
 私はこの日のことから、〈森宮野原駅前に賑わいを取り戻す道筋が見えた!〉と思いました。駅前はやはり駅前。列車から多くの人が降り立てば、当然、駅前は賑わうのです。そのことは昨秋のSL運行でも実証済みです。
 森宮野原駅に多くの人が降り立つように、飯山線への仕掛けを強めることが必要かつ大事なのです。
 今回の「風っこ」は信州デスティネーション・キャンペーン(信州DC)に伴う特別列車で1回きりのものですが、平素の土日には観光列車「おいこっと」がやって来ます。

 

「おいこっと」の活用法を考え、JRに提案・陳情を積極的かつ執拗に行っていく
 「おいこっと」は長野−十日町間の運行で、森宮野原駅での停車は10分間です(十日町行きの場合。長野行きは5分程度)。前村長は議会答弁で「わずか10分では商売もできない」と発言したことを私は覚えていますが、そんなモノの見方ではダメです。

 

「おいこっと」到着時の森宮野原駅ホーム(5月3日撮影)


 長野あるいは飯山から乗車したお客さんの多くに森宮野原駅で下車して栄村で半日あるいは1泊楽しんでいただく。「おいこっと」の到着に合わせて栄村の素晴らしいところを巡ることができるバスを用意する(7月にスタートした「秋山郷シャトル便」は飯山線との接続がなく、その狙いがよくわからないものだ
なあと思います)。そういう構えが必要です。そして、プランを練り上げ、JRに働きかけ、JRによる「おいこっと」企画・宣伝の中に組み込んでもらう。
 そこまでもっていくことが必要です。そして、村(民)が熱意をもって働きかければ、そこまでもっていくことができます。


ヤマアジサイをめぐる異変

 

 日出山線の道路脇にヤマアジサイが咲き乱れる様子です。8日昼に撮影しました。知人もほぼ同じ場所で撮ったと思われる写真をFBに投稿されました。
 やはり綺麗なものは、誰が眺めても「いいなあ!」と感じるのですね。
 ここ1週間ほど、私はヤマアジサイが群生するところを求めて、村内のいろんな所に出かけています。

 

雑木や草に負けて、ヤマアジサイが咲きにくい、育たない
 7月初旬段階、標高が高い所ではまだ開花までにちょっと間があるようですが、もう群れるように開花しているはずの場所で開花を見るのに苦労したところがありました。
 その一例が、下の写真の場所です。スキー場内の村道沿いです。

 


 よく見ると、すでに開花しているのですが、これまではこんな量ではなく、この一帯がすべてヤマアジサイで埋め尽くされているような感じでした。ところが、写真に見えるように、様々な木々の枝が張り出し、ヤマアジサイに十分な光が当たらないようになってしまっているのです。やはり、木々の枝をはらうなどの環境保全の手入れが必要なのですね。もう1枚ご覧ください。

 


 軽トラで進んできた山道なのですが、道の両側から草木が覆い繁り、もうこれ以上進むのは危険という状況になっています。しかし、この場のすぐ近くで撮った写真の1枚が次のもの。

 

 

 場所は坪野集落の奥の橋をこえて、野沢温泉村にむかう林道の途中です。集落の衰退にともない、山に入る人がいなくなり、年々、この林道の状況は悪化の一途をたどっています。でも、豊かな自然の財産、生態系があり、なんとかしたいなあという思いが募ります。

 

「誘客のために国道沿いなどにアジサイを植えよう」という提案――ちょっと違うなあと思います。
 最近、上の中見出しに書いたような提案を耳にしました。
 「飯山には菜の花がある。津南町はヒマワリ。栄村もなにか欲しい」というのが、この提案の出発点にあるそうです。
 でも、私は「ちょっと違うなあ」と思います。栄村の場合、国道からちょっと外れて、集落や里山近くに向かうと、ヤマアジサイをはじめとして多種多様な花が咲き乱れている。その姿をこそ、栄村を通りかかる人たち、栄村にやって来てくれる人びとに紹介できるようにすべきだと思うのです。
 そういう次第で、このヤマアジサイの記事を書いた次第です。ひとまずは、人が近づきやすい場所からでいいですので、道沿いの草刈り、枝はらいを行なって、栄村の至る所でヤマアジサイがたくさん見られるようにしたいものです。

 

一口メモ
 ヤマアジサイとよく似ているものにガクアジサイがあります。花だけを見ていると区別がつきにくいです。見分けるポイントは葉です。ヤマアジサイは葉が細長くて薄く、光沢がありません。それに対して、ガクアジサイの場合は、大きくて厚みがあり、光沢もあります。日出山線で撮影の群生。葉はあきらかに「細長く、光沢がない」ものです。ヤマアジサイですね。


森集落水道の本管洗浄工事

 

 上写真のスポンジ状の丸い球。
 森集落水道の本管の内部を洗浄するために送り込まれ、国道117号沿いの小林静子さん宅そばから森の駅前まで空気圧力で本管の中を通り抜けてきたものです。
 元々はまん丸のものだったそうですが、本管の壁にこびりついたマンガンや砂・小石などをこすり取ってきたので、表面に凸凹ができています。
 10日夜、本管洗浄作業の様子が一般公開され、撮影させていただきました。

 


 上写真に見える3本のビン、その真ん中のビンは真っ黒ですが、これはボールで押し出された汚れによるもの。その後には、左のビンに入っているきれいな水が出てきました。
 本管のみの洗浄ですが、かなりの改善が見られるものと思われます。

 


写真7点

 

 貝立山近くで出会ったチョウの群れ。
 ウラギンヒョウモンというもののようです。7日午後撮影。

 

 

 

 

 タチアオイと飯山線。
 平滝にて7日夕撮影。

 

 

 

 秋山郷・白沢の近くの不動滝。(7月8日撮影)

 

 

 

 五宝木(旧鳥甲牧場)の大根畑
 (7月8日撮影)

 

 

  


 ヨツバヒヨドリ。

 7月11日スキー場頂上にて。


栄村長杯ゲートボール大会から

 

 第1ゲートを通過できるか?!
 7月5日に横倉農村広場で開催された第38回栄村長杯ゲートボール大会の一場面です。
 「『わあー!』というような、大きなリアクションの場面を撮ってね」と言われていましたが、写真データを見ると、この1枚がその注文にいちばん応えるもののようです。
 青倉Bチームと白鳥チームの一戦の一場面です。
 4日に予定されていた大会は雨で順延。5日も朝方は小雨模様でしたが、「今日できないと、当面、日程が入れられない。少々の雨でも決行」ということで開催されました。
 議会産業社会常任委員長の職務で来賓参加。途中、配達にも出かけながらですが、4ゲームほど観戦させていただきました。ルールは難しく、わからない点もありましたが、素晴らしいゲームを見せていただきました。
 北野チームが圧倒的な強さで優勝。青倉Bチームが準優勝、青倉Aチーム3位という戦績でした。
 ゲートボール人口は減っているようですが、なかなか素敵なものだなあと思いました。来年もまた見せていただきたいと思います。選手のみなさん、どうぞ練習にお励みください。
 


配達日誌6月21日〜30日

21日(水) 議会最終日。一般会計補正予算を議員提案で減額修正することになった。詳しいことは「議員活動報告」で書く。内容は密度が濃い審議だったが、午前中で全議案の採決が終了し、閉会。
 昼は、阿部伸治議員提唱の議員の「地産地消の会」で、地元産の牛肉をメインとする焼肉の会。美味しい肉だった。ただし、私は最近、牛肉はあまり食べられない。平素はもっぱらポーク。今日も食べ過ぎないように注意したが、やはり夜まで胃が重かった。
 1時半過ぎに私はこの会を退出し、野々海へ。野々海大明神(大きな石で作られている)が雪の影響で倒れ、今日修復作業をすると聞いていたので、その様子を見るため。到着した時はすでに作業が終了していたが。キャンプ場の建物の屋根も傷み、そちらの修復作業も行われていた。

 

立て直された野々海大明神


 野々海から下った後、焼肉の会の会場を覗くと、まだ残っている人がいて、5時すぎまでいろんな話をして盛り上がった。

22日(木) 昨夜は疲れが溜まっていて、10時より前に寝たように思う。そのせいで、3時半すぎに目覚めてしまい、迷ったが、そのまま4時前に起床。
 5時頃に程久保の滝沢総一郎さんのアスパラ畑の様子を見に行った。総一郎さんが畑に出られる前だった。畑から下りたところで出会い、アスパラの新しい苗を育てているところを見せていただいた。種を蒔き、ようやくチラッと芽が出たばかりという状況。滅多に見られないものだ。
 その後、秋山・切明へ。そこで、「栄村に住みたい」という若い女性に出会い、いろいろと案内。その後、アスパラ3圓糧送を行なったうえで、その女性を今度は野々海へ案内。午後1時すぎに案内は終了。
 昼食後はひと休みし、夕刻からさまざまなデータ整理など。

 

23日(金) 朝方、「お米のふるさと便り」(25日に青倉米の発送時に同封するもの)用に、青倉野昨年度に圃場整備された田んぼの田植え後の様子、今年度圃場整備の西山田の工事状況を撮影に出かけた。私がこの9年間、毎年田植えしてきた西山田田んぼの姿がすっかり変わっているのはいささか衝撃だった。
 その後、26日発送の野菜便に入れる野菜の確保に走り回った。天候不順、遅くまで寒かったことで野菜の確保が大変。早春にいち早く雪消しをして早々にズッキーニを作付けされる泉平の武田光俊さんにズッキーニをお願い。そのため、泉平へ。武田さん宅で奥さんの文子さんが手入れされている花々が今年もきれい。泉平に向かう途中の箕作の20軒に「歩み」を配達。

 

 


 武田さん宅の後、宮川一哉・まゆ夫妻の野菜をお願いに向かうが、途中のコース沿いの箕作、月岡でも「歩み」の配達11軒。一哉・まゆ夫妻とは会えず。野田沢でも配達。
 今日は計55軒どまり。
 午後は洗濯物が溜まっているので、まとめ洗濯をし、その後、ある人にいろんなことについてのご意見をうかがいに訪問。それでもう夕6時半。夜も人と会って、9時を廻った。

 

24日(土) 箕作、月岡の未配達の家々を廻り、32軒。
 今日は妹木の畑で一哉さん・まゆさん、そして育真くんと出会えた。「スナップエンドウ」というものを26日朝に分けていただけることになった。今回の野菜便は〈アスパラ、ズッキーニ、スナップエンドウ〉の三品に決まり。
 直売所に並ぶ野菜の写真を撮っておきたくて、直売所へ。
 直売所の厨房の中に人の姿が見えたので、レジの島田則子さんに「今日は何を出すの?」と尋ねると、「〇〇ちゃんがサンドイッチやおにぎりを出している」とのこと。「〇〇ちゃん」という名前を聞いて、「そうなのか」と思うところがあったので、早速、サンドイッチを買って食べてみた。昼近い時間だったが、食べ始めた当初は「間食」程度に思っていた。しかし、食べてみると、パンが美味しいし、サンドイッチ全体がしっかりしていて、充分に昼食になった。「パンはどこの店のものを使っているのだろう?」とか、いろいろ尋ねてみたくなり、直売所に戻ってインタビュー。
 「〇〇ちゃん」に尋ねてみた。パンは家庭用製パン器で自分で焼かれたそう。エゴマ入り。直売所で販売されているエゴマを使ったそうだ。たしかにエゴマの食感があった。サンドイッチはたまごサンドとローストチキンサンドだったが、たまごには浅葱を刻んだものを入れたという(これについては私は気づいていなかった)。「浅葱はばあちゃんがつくったもの。チキンの方に入っているレタスもばあちゃんの」とのこと。私もよく存じ上げている“ばあちゃん”である。

 

パンに小さな黒い粒が見えるが、それがエゴマ

 

 こういう若い人が村に帰って来てくれて、新しいことにチャレンジしてくれる。なんと素晴らしいことだろう! 有形無形、さまざまな方法で応援したいものだ。
 朝の32軒の配達以外の時間は「お米のふるさと便り」の編集。終えたのは結局夕刻の6時半すぎ。
 夜は夕食を一緒にしながら若い人とお話。9時頃までだったか。後は、「便り」の折り作業などをやって就寝へ。

 

25日(日) 朝から昼すぎまで、夕刻発送の青倉米の箱詰め作業。全部で33箱くらいか。5kg詰めの袋が1つだけのものもあれば、5kg袋5つを入れるものもある。
 この作業の前段として、パソコンでの宅急便配達票の打ち込み・プリントアウトの作業などがある。
 午後1時半頃、もう7〜8年くらいの間、恒例になっている駒沢大学地理学科の栄村調査がやって来たので、1時間半くらい、吉楽旅館でお話。
 その後、「議員活動報告」の執筆を開始。


26日(月) 午前中は東京銀座の料理店に送るアスパラと東大駒場地区保育所の共同購入グループに送る野菜の農家からの受け取り、袋詰め、箱詰めの作業。野菜はお米と違って重量的に軽くて腰に響くことはないが、手間はお米の発送よりもずっとかかる。

 

妹木で出会った育真くんの今日の笑顔


 昼すぎ、「山菜に加え、アスパラ畑にまで泥棒が入っている」とお聞きした東部パイロットの畑を案内してもらった。お話をお聞きした段階では、東部パイロット内を走る道路沿いの畑だと思い込んでいたが、実際に案内されたところは道路から山際に入り込んだところ。こんな奥まったところにまで侵入してきているのかと驚いた。
 午後の後半には、昨日から来ている駒沢大学の先生や学生さんと1時間強、お話。
 夕刻遅くに青倉に用件があって行ったところ、西山田の田んぼに上る農道にトラックが停まっていて、農道脇の山肌も削られた感じ。何だろうと思って西山田へ。結局、棚田ゾーンまで上がったのだが、圃場整備工事が進み、景色がすっかり変わっていることにびっくり。23日午前にも写真を撮りに行っているが、わずか3日間で相当の変わりよう。作業に迷惑がかからないように注意しながら、定期的に撮影して記録にとどめる必要があると思った。

 

27日(火) 午前中はある家への訪問や「議員活動報告」の配達。昼頃に天地で駒沢大学の学生さんを斉藤克己さんと引き合わせ。ネマガリダケを採る現場はどんなところなのかを克己さんに案内してもらうため。私は同行しなかったが、行った学生さんに後で感想を尋ねると、
 「大変なところでした」との返答。栄村に来る人たちの中には栄村の伝統食・郷土食に関心を強く抱く方が多くおられるが、食材がどのようにして確保されるのかまで見てもらうことが大事だと思う。
 午後は、背中の張りがひどいので、十日町へ治療に。かなり楽になった。
 4時頃に村に戻ってからは駒沢大学の学生さんと7時すぎまでお話。

 

28日(水) 朝方、中条と青倉で47軒に「議員活動報告」を配達。そのまま飯山駅に向かい、10時34分発の金沢行き新幹線に乗車。所用で約1年8か月ぶりの京都行き。
 新幹線と金沢からの特急サンダーバードの車内、冷房の効き過ぎで寒かった。金沢駅で昼食用の駅弁を買おうとしたが、在来線特急のホームには駅弁売り場がなくなっていた。在来線での旅は不便になる一方なのか。
 夜10時すぎに地下鉄に乗ったが、満員に近い状態で、中学生や高校生の姿も多い。久々に見る都会の異常な暮らしの現実だ。

 

29日(木) 昨日、今日と京都四条烏丸(からすま)界隈を歩いたが、老舗デパート「大丸」に隣接するゾーンの変わりように驚いた。街というものはクルクルと変わるものだ。また、四条通りは地上と同じくらいに地下道を歩く人が多いが、頭上に空が広がる景色しか見ない田舎暮らしに慣れている私には、空気がこもっていて、低い天井しか見えない地下道は異様に感じられた。
 夕刻5時少し前に京都駅発でサンダーバード、北陸新幹線で飯山へ。9時半すぎに着いたが、雨が降っていてびっくり。京都では雨の予報だったが、雨に遭わず。こちらで雨が降っているとは思っていなかった。

 

30日(金) 2日間留守にするだけで、なんやかんやと用件が溜まる。そうしたものを片づけながら、昼頃、飯山の出川の下流域へ。「復興への歩み」No.310掲載予定の記事のため、出川下流域、JR飯山線の鉄橋などを見て廻った。その後、村に戻り、青倉・西山田の圃場整備工事現場へ。午前中に現場事務所を訪れ、工事中の時間帯の撮影を許可していただいた。
 事務所で設計図をいただいていたので、田んぼの様子がどのように変わるのかの見当がついたが、26日夕に見た様子からもさらに大きく変わっていて、ただただ驚嘆するばかり。

 

青倉・城ヶ館の圃場整備工事現場。ここも様子がすっかり変わっている。


 28日に京都に向かう途中、住民福祉課長から電話があり、7月下旬に福祉審議会があること、議会産業社会常任委員長が委員になることになっていること、さらに、これまで審議会会長を務めてこられたのが鈴木敏彦前村議(産社常任委員長でもあった)で、会長選出が第一議題となることを伝えられた。私は議員が審議会会長を務めることには問題があると考えたので、今日の午後、役場に住民福祉課長を訪ね、その旨をお伝えした。
 福祉審議会というのは村長の諮問機関。村長は自らの施策を決定する前段の手続きとして審議会に諮問を行い、答申を得て、自らの施策の妥当性の裏付けの1つとする。そして、その後に、その施策を条例案や予算案として具体化し、議会に議案として提出する。そこで、議会・議員は村長提出の議案を審議し、可決か否決かを決する。
 しかし、議員が審議会の会長をしていて、村長に諮問した事実が前段にあったら、議会での審議は意味をなさない。行政と議会は、協力すべきところは協力するのでよいが、しかし、「議会は行政のチェック機関」ということが果たせなくなるような関係になってはよろしくない。会長の後任選び、難儀しそうだが、やむをえない。
 産社委員長は津南衛生施設組合議会の議員にもなる。津南衛生施設組合のようなものを地方自治法では「一部事務組合」と呼ぶが、議会の設置が必要。津南衛生施設組合議会の場合、十日町市議3名、津南町町議2名、栄村村議2名で構成される。栄村議会ではその議員2名を5月の初議会で選挙したのだが、「議長と産社委員長の2名をあてる」ことが慣例となっていて、立候補・投票制ではなく、慣例通りにすることに「異議なし」で決まった経緯がある。
 だが、津南衛生施設組合(議会)の内容など、これまで耳にしたことがない。7月7日にその議会があり、今日、議案書を受け取ったが、様子がさっぱりわからないので、これも住民福祉課長の担当分野なので、レクチャーしてもらった。議案内容になにか問題があるようには思わないが、まあ、〈質疑無し→全員賛成で可決〉というだけでは議会を開く意味もなくなるので、なにか1回だけでも質疑したいと思うのだが、さて、どうなることか。
 とにかく、産社委員長というのは色んなスケジュールが入ってきて、かなり忙しい。
 その後は「復興への歩み」No.310の編集作業。


飯山線を走る「風っこ」

 

 9日(日)の栄村はとても暑い。
 そんな中、飯山線に「風っこ」が走った。
 写真は、森宮野原駅で1時間40分の停車の後、長野にむけて横倉駅付近を走る様子。
 撮影時、田んぼの上を少し風が流れていた。窓ガラスのない列車はきっと気持ちよかったことだろう。
 信州DCの特別列車。
 期間中、飯山線の特別列車は残念ながらこれだけ。「おいこっと」は今度の連休15〜17日をはじめ、土日に走る。

 

 

 

 飯山線の写真をもう1枚。
 7日(金)平滝16:43発の下り列車が駅を出てすぐの踏切を通過するところ。
 色鮮やかなタチアオイとのツーショットをご覧ください。