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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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東北行きの報告

 豪雪災害の最中、あまり「のんびりした話」をするような状況ではないですが、26〜28日の3日間、東北に行ってきた報告のレポート第1弾をお届けします。
 今回は、過去2回(7月、11月)のように東北の被災地各地を巡るのではなく、大船渡市三陸町越喜来字崎浜というところだけを訪れました。復興への地区独自の取り組みがされているからです。写真が多く、ページ数が多くなりますが、ご覧ください。


崎 浜 報 告

 1月26、27、28日の3日間、岩手県の崎浜に行ってきました。26日と28日は移動時間が大半でしたので、実質的な崎浜滞在は1日強にすぎませんが、多くの収穫が得られた旅でした。

岩手県地図

 崎浜を訪れたのは3回目ですが、過去の2回は東北巡りの中で、ほんの短時間、立ち寄っただけ。それに対して、今回は訪ねる先を崎浜だけに絞っての訪問でした。崎浜を訪ねたのは、この地区が、大船渡市三陸町越喜来(おきらい)字(あざ)崎浜という1地区単独で「崎浜地区復興会議」という組織を立ち上げて、住民自ら復興計画づくりを進めているからです。このような地区単独の復興会議というものは他にはあまり聞きません。
 その復興計画づくりの内容そのものについては別稿で改めて詳しく報  告したいと思いますが、今回は崎浜の人たちからお聞きしたことで印象的な話と、崎浜の素晴らしい景色をお伝えします。

※崎浜の地図 以下の地図は、昭文社発行『東日本大震災復興支援地図』から 

大船渡市全体図 
 

越喜来地区、崎浜の地図



● 「長い揺れの地震は必ず津波がくる。地震があったら必ず高台に避難することを当然のこととしてきた」
 崎浜は約220世帯、うち津波で被災したのは46世帯ですが、犠牲者は10名でした。他の地域と比べると、犠牲者は少ないといえます。10人のうち2人は高齢で避難できなかった人。残り8人は、一度は助かったにもかかわらず、一度目の津波の後、様子を見に戻って二度目の津波に巻き込まれた人たちです。
 崎浜地区復興会議の代表・掛川秀邦さんは、つぎのように話しておられます。
「昔から、長い揺れの地震の後には必ず津波が来ると言われ、地震があると必ず高台に避難することを繰り返してきた。だから、今回もすぐに避難したので、犠牲者が少なかった。」

 そして、犠牲者が大量に出た地域について、「海を知らない人が大勢住むようになったからだ」と指摘されています。
 
 掛川さんは、この話と同時に、「漁港のすぐ近くに、海を眺めながら漁師が集まれる施設を建てたい。資金集めに知恵を貸してほしい」とも話されていました。崎浜でも、津波で流された住宅の再建は基本的に高台で行われますが、漁師・漁業の地域として「海を眺めながら」の暮らしをあくまでも続けたいという気持ちなのです。たしかに、漁師という仕事は海を眺めてこそ成り立つものです。高台から車で通勤してきて、さっと舟にのるというわけにはいかないでしょう。
 
 東日本大震災から約4ヶ月後の昨年6月25日、国の復興構想会議から「復興への提言」で「減災」という考え方が提起されましたが、その後の国や関係県の実際の動きを見ると、「防潮堤と高台移転」の「2点セット」の話のみが先行していて、「減災」という考え方の具体化がほとんど見られません。せいぜい、学校教育等への避難に関する指導の導入くらいではないでしょうか。
 ところが、崎浜の漁師さんたちは、「減災」にとどまらず、津波災害をのりこえて、豊富な恵みをもたらしてくれる海との共生、そして、いわば自然災害とうまく付き合っていく暮らし方を実現していこうとされているのです。東日本大震災被災地、とくに三陸沿岸地域の復興の追求すべき方向性がここに提起されていると、私は思います。


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