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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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三陸鉄道南リアス線に注目

 27日夜、岩手県宮古市にいる知人と電話で話しました。その時に話題になったことの1つが三陸鉄道のことでした。

赤:北リアス線青:南リアス線

 三陸鉄道とは、三陸海岸沿いに走る第3セクターの鉄道で、1984年、旧国鉄による赤字路線の廃止をうけてスタートしたものです。北リアス線(久慈〜宮古)と南リアス線(盛岡〜盛(さかり))の2線で、北リアス線と南リアス線の間にはJR山田線があります。三陸鉄道、JR山田線のいずれも東日本大震災で大被害をうけ、現在は北リアス線の久慈〜陸中野田間、宮古〜小本間のみが運行しています。28日に見た地元紙の報道によれば、4月に陸中
野田〜田野畑間が運行再開するようです。南リアス線はまだ全線不通で、三陸鉄道株式会社では来年春にも全線での運行再開をめざしています。
 知人と話になったのは、もともと赤字に苦しんできた三陸鉄道を今後、どのようにして維持することができるのかということです。

 私は7月にはJR気仙沼線の陸前高田駅や大船渡駅が完全に消えてなくなっている様子を、また11月にはJR気仙沼線が各所で跡形もないような状態になっているのを見、さらに新聞報道でJRが南三陸町、陸前高田のあたりでは鉄道の再建ではなく、バス路線への転換を構想していると読んでいましたので、JRよりも資本力がはるかに小さくて弱い三陸鉄道の再建は絶望的かを思っていました。
 しかし、今回、崎浜を訪れた際に、南リアス線の三陸駅や甫嶺駅などを見て廻り、駅は健在で、かなりの部分に線路も残っていることを見て、三陸鉄道の再建が膨大な費用を要するにもかかわらず、三陸沿岸地域の復興と再生にとって1つの戦略的なカギになるのではないかと思うに至りました。

 まず、三陸駅、甫嶺駅などの写真をご覧ください。
 
三陸駅(三陸町越喜来)


三陸駅のホームと線路


甫嶺駅から南方向を見る


三陸駅と甫嶺駅の中間の泊地区で(三陸駅方向)


三陸駅と甫嶺駅の中間の泊地区で(甫嶺駅方向)

 崎浜−三陸沿岸地域の復興−再生は、今後、崎浜地区の復興計画づくりの紹介とあわせて詳論していきたいと考えており、その中心には小規模漁業、養殖、水産加工の6次産業的発展が据えられると思いますが、いちばん大事なことは“漁村らしい暮らし”の価値の再評価にあります。栄村の復興あるいは村づくりについて、“むららしい暮らし”の価値をくりかえし強調してきたことと軌を一にする認識・議論です。
 なによりも地元の人たちが“漁村らしい暮らし”を大事にし、その再興に全力を挙げていくとともに、日本全国の人たち、さらには海外の人たちが崎浜−三陸を訪れて、その“漁村らしい暮らし”とそれが育てる素晴らしい景観を心ゆくまで堪能する機会をたくさん創り出すことが求められます。
 崎浜でこんな話を聞きました。天然アワビのことです。
 11〜12月が漁期だとのことですが、崎浜の磯で天然アワビがたくさん採れるそうです。いいものは1kg1万円の値がつくそうで、腕のいい人は3時間ほどの漁で4〜50万円を稼ぐどうです。平素は会社勤めの人も、解禁の時は会社を休んでアワビ採りに精を出します。
 アワビ採りは漁業権なしでは密漁となり、処罰の対象ですが、漁業権を持つ地元の人たちが「体験」の機会を都会の人たちに提供するのには問題はないでしょう。
 崎浜は古来、非常にいい漁場で、かつては日本の3大漁場の一つに数えられたほどだと言います。そのため、古代から人が住み着いたようで、至るところに遺跡があり、お話を聞いた人などは子どもの頃、鏃(やじり)などを掘り出して遊んだといいます。アワビ漁などの漁業体験、古代以来の歴史、このレポートで紹介した素晴らしい景観、首崎灯台などへのトレッキング、そしてとても美味しい地元で獲れた魚料理いっぱいの食事。これだけ揃えば、海版の“むらたび”ができます。
 
 そこで提案です。
 三陸鉄道を早期に全線再建し、三陸鉄道を基軸にすえて、三陸の漁村を訪ねる〈三陸むらたび〉を戦略的に展開します。
 私も三度、この地域を訪れましたので、東北新幹線などが通る岩手県の内陸部から三陸沿岸までは交通が不便で車で1時間〜1時間半ほどかかります。仙台から沿岸沿いで来るにはJR線が再開しても、大船渡あたりまでは少なくとも2〜3時間はかかるでしょう。しかし、岩手内陸部からはシャトルバスなどを運行すれば、旅人一人一人の負担はあまり大きくならないでしょう。
 いちばんの問題は、全国各地から三陸近辺までやって来るのに要する経費が膨大になることです。とにかく日本の公共交通機関の運賃は高い。そこで、JRには東日本大震災復興支援として、三陸の旅にやって来る人は「日本全国どこからでも、三陸最寄りの新幹線駅まで往復1万円(あるいは2万円)」という特割切符を発売することを求めたいと思います。
 「被災者の住宅再建もままならない状況で、観光どころではない」という意見もあるだろうと思いますが、ここは発想法を逆転して、観光の条件を整えることから復興の途を拓いていくことを提案したいと思うのです。
 私が27日、28日の宿泊でお世話になった民宿は、泊という地区の少し高いところにありますが、それでも津波がお家の2階の天井まで入ったそうです。しかし、2千万円以上をかけて2ヶ月で復旧・営業再開されたとのこと。崎浜には被災しなかった民宿もあります。現在は復旧作業員の人たちがたくさん泊まっておられます。
 
 私は浮ついた考えで、この提案をしているのではありません。
 文明の大転換、そのための学びの旅という戦略的思想をもっての提案です。
 かつての私もそうでしたが、三陸の漁村や栄村のような山村を都会の人間が見ると、「何でこんな不便なところに住んでいるの?」と思ってしまいます。そこに戦後高度成長以降の日本社会がはまりこんだ陥穽(かんせい)(おとしあな)があります。自然と共生し、自然と向き合う暮らし。それが人間の暮らしの原点であり、土台です。これをいまの日本社会は失ってしまっている。これでは、どんなに科学技術を駆使しても巨大災害に対応できないし、エネルギー危機や、グローバル経済の波浪にも対応できません。
 いま、都会人は“むら”を訪れ、人間の暮らしの営みが何たるかを学び直すべきときなのです。それと震災復興支援を一体のものとして展開していくのが〈三陸鉄道の旅〉なのです。
 
 今回の報告は以上です。


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