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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村復興への歩みNo.372

 

(1枚目を左、2枚目を右として、つなげてご覧ください)

 

台風19号災害を改めて考える

 

 今年の最大の出来事はやはり10月の台風19号災害だと思います。
 とりわけ千曲川の堤防決壊を含む氾濫はとてつもない被害を引き起こし、いま現在も多くの人びとが復旧・復興にむけて苦闘されています。
 この千曲川の災害、それぞれの地域で災害の原因や対策を検討することが必要ですが、そのためにも千曲川全体(下流の新潟県域を含めて信濃川水系全体)について考察することが不可欠だと思います。
 上の写真は、栄村から遠く離れた佐久市の千曲川から東南方向を撮影したものです。
 千曲川とはどんな川なのか、千曲川を取り巻く環境はどのようなものなのか。12月10日に上流域の川上村・北相木村・佐久穂町を廻り、さらに12月22日は中野市、小布施町、須坂市、長野市、千曲市、坂城町、上田市、小諸市、佐久市の千曲川の様子を見てきました。上の写真を撮影した地点は国道141号線に架かる浅蓼大橋の下の河川敷近くの農道ですが、水に浸かって稲刈り出来ないままの田んぼがありました(下写真)。

 


◇ 「100年に1回」の大雨
 台風19号災害をめぐる報道で「100年に1回の大雨が降った」と繰り返し言われてきましたので、このようなタイトルを掲げることに、「何をいまさら」と思われるかもしれません。
 でも、10月12〜13日、千曲川の増水水位については「これまでにない水位上昇だ」と思った人でも、雨そのものについて「これまでに経験したことがない大雨だ。なるほど『100年に1回』クラスだ」と感じたという人は意外と少ないのではないでしょうか。私自身は正直なところ、「特別警報が発令されたけれど、そんなに凄い雨が降ったようには思えない」と感じていました。というのも、昨年の西日本豪雨など大雨特別警報が発令されたケースのニュース映像を見た経験からは「総雨量1,000弌廚覆匹寮┐す覬のイメージがあるからです。
 しかし、「100年に1回」の大雨の降雨量というのは地域、地域によって異なります。今回はそのことを深く考えたいと思います。
 その前に、台風19号から約1か月半を経た11月27日に信濃毎日新聞で報じられた記事を確認しておきます。下写真の記事です。2面に掲載された地味な記事でしたので、見逃された方もおられるかと思います。

 


 記事では「立ヶ花上流域」と表現されていますが、「立ヶ花近辺」という意味ではなく、千曲川源流域から佐久市、上田市、千曲市、長野市など千曲川上流57ヵ所の観測地点の2日間平均雨量です。
 国土交通省は千曲川の整備基本計画(2008年作成)の前提として「100年に1度の大雨」を想定し、その雨量は186世箸靴討い燭里任垢、今回の台風19号ではそれを10整幣緜兇┐196.8世世辰燭海箸分かったというのです。

 

◇ 長野県の地形と気象の特殊性を理解することが重要
● 長野県は雨が少ない地域
 長野県の気候は「内陸性気候」と呼ばれます。長野地方気象台はHPの「長野県の気候」と題する記事で、降水量について、
    「日本は世界でも有数な雨の多い国ですが、長野県の北部や中部

     の盆地では東日本の太平洋側、北海道および瀬戸内海と並ぶ年

     間1、500mm以下の雨の少ない地域となっています。
      これは、海から遠く離れており周囲を山脈に囲まれているた

     め、台風、低気圧、前線などの影響を比較的受けにくいという

     内陸気候の特徴のためです。」
と記しています。それでもアメダス設置地点である野沢温泉村は1881.3澄飯山市は1446.4世△蠅泙垢、千曲川上流部の佐久は960.9澄⊂綸弔890.8澄△気蕕膨耕郢圓932.7世1,000整焚爾任后(野沢温泉、飯山が佐久・上田・長野と較べて多いのは冬の降雪が原因です。)
 上の引用にあるように、山に囲まれていることが大きな要因です。
 私たちは平素の暮らしで、すぐ近くに山が見えることに慣れていますが、360度グルっと見回してすべて山が見えるという環境は山岳県・長野県の特殊性であることを改めて認識することが必要です。

 

● 川のあり様は気象条件に大きく規定される
 川のあり様、すなわち川幅や深さ等は平素、その川にどの程度の量の雨水が流れるかによって決まってきます。降水量が多く、また勾配がきつい急流であれば、水が激しく大地を削り、深くて幅も広い川が形成されます。他方、降水量が少なければ、川は小さな川になります。
 そして、堤防の高さ・強度等を決める河川の整備計画も、その川に流れ込む最大降水量を基にして決められます。
 千曲川は長野・山梨・埼玉の3県が接する甲武信岳を源流部とし、長野・新潟県境を越えて新潟平野を経て日本海に流れ込む長大な川ですので「大河」と呼ばれますが、じつは降水量が少ない地域に発して、さらに降水量が少ない盆地地域を流れる川であることを忘れてはならないのです。

 

◇ 千曲川上流部で過去の極値を超える大雨という異常事態

 2頁で「『100年に1度』10青蕎絏鵑襦廚箸いΩ出し記事を紹介しましたが、もう少し詳しく見てみましょう。
 長野地方気象台は、「北部と中部を中心に大雨となった。県内14の観測地点で、日降水量の統計開始以来の極値を更新した」と発表しています。北相木村では10月12日一日で395.5澄13日は停電で欠測)、佐久は48時間で303.5世任后佐久は年間平均降水量が960.9世任垢ら、年間の3分の1近くの雨が2日間で降ったことになります。
 では、なぜ、このような前例のない大雨が降ったのでしょうか。
台風19号は大型の台風で、伊豆半島付近から上陸し、関東・東北を北東に横切るように遅い速度で進みました。このため、内陸の山間部にむけて湿った風が強烈に、しかも長い時間にわたって吹きつけました。その風が長野県、群馬県、埼玉県の県境周辺の山にぶつかり上昇気流となって雨雲を形成し、大量の雨を降らせたのです(1頁の写真はその山々を撮影したわけです。山は低く見えますが、撮影地点の標高自体がかなり高いためです)。長野県の「内陸気候の特徴」(p2参照)とは真逆の気象状況が生まれたのです。
 これが、まさに千曲川の上流部で台風19号時に起こったことなのです。

 

● 雨が少ない地域に前例なき大雨が降ると、川はどうなるか
 北相木村を流れる相木川(佐久穂町で千曲川に流れ込みます)の様子をご覧ください。

 


 上写真は12月10日に相木川のかなり上流部で撮影したものです。台風19号で山側が削られた跡などが見られますが、相木川の平素の流量はこの写真に見られる程度だと思われます。ずいぶん小さな川だと言ってよいでしょう。
 ところが、この地点より数十m上流の地点を見ると、台風19号時にこの小さな川がどんな状況になったかを知ることができます。次頁の写真イですが、本来の相木川は青色の矢印で示した方向に流れています。ところが、写真右下へ流れる川であるかのように見えます。台風19号の大雨が本来の流れを大きく外れて写真イ右下方向に大水を流したのです。この写真の下流方向を見ると、次頁写真ロのように民家の近くまで大量の土砂が流れ出しています。
 大きな被害が出た佐久穂町大日向地区でも本来は小さな川(抜井川)が大氾濫した様子が確認できました。

 


写真イ

 

写真ロ

 

 もう1つ、22日に小諸市を流れる千曲川の様子を見て驚きました。

 下写真ですが、小諸市の布引観音近くの千曲川です。千曲川は写真手前から奥に向けて流れています。パッと見た感じでは90度近くの急角度で川が曲がっています。ちょっと考えられないような急角度です。

 


 この地点に行ったのは、国道18号線を上田市・東御市から小諸市に向かっていて、小諸市の手前で千曲川を挟む左右の山が接近し、峡谷になっているように感じたので、川の様子を見ようと思って、国道を外れ、千曲川まで急坂でカーブが続く道を下り、この地点に到達したという次第です。
 「100年に1度」を超える大雨が降った台風19号時、大量の水がこの急角度の地点をきれいに流下することができなかったことは言うまでもなく、この辺り一帯は氾濫の跡がまだ生々しい状態で確認できました。


◇ 千曲川はどんなふうに上流から下流に下ってくるのか
 2頁で「長野県の地形と気象の特殊性を理解することが重要」という見出しを掲げました。「地形」については、3頁では「山に囲まれている」ことのみに言及しましたが、千曲川を理解するためには、さらに千曲川が流れている地域の標高を見ることが大事です。

 

 これは国交省北陸地方整備局千曲川河川事務所が公表している千曲川の河床縦断図というものです。
 千曲川の上流は標高900m(以上)で、佐久盆地が約600m、上田盆地が約450mです。勾配度1/50という急勾配です。ところが、上田盆地〜長野盆地間では勾配率が1/200となり、さらに長野盆地、飯山盆地では1/1,000ないし1/1,500になります。川の勾配が小さくなるため、川の流れが緩やかになります。そうすると、川の水位は上がります。このことが台風19号時の長野盆地での千曲川大氾濫の決定的要因となったのです。
 私はこの「河床縦断図」に示されている勾配率の変化を体感的に確認したくて、12月22日、高速道路ではなく、基本的に千曲川の近くを通っている国道18号線を千曲市〜坂城町〜上田市〜東御市〜小諸市〜佐久市と走ってきました。12月10日に高速道路で佐久方面に行った時とは違い、標高がどんどん上がっていくことを実感することができました。
 千曲川の今後の洪水対策を考える場合、千曲川を上流から長野盆地・飯山盆地(〜栄村)の間を実際に辿ってみて、千曲川というものを体感してみることが不可欠だと思います。

 

◇ 千曲川の歴史を学ぶことも必要

 

 

 これは小布施橋の上から下流方向を撮影したものです(22日午前10時前)。
 小布施橋は随分と長い橋ですが、小布施町側(右岸)で車を停めて、橋の歩道を歩き、中央地点を超えてから、この一枚を撮りました。
 写真奥で千曲川は左の方向に曲がっています。その先が立ヶ花狭窄(きょうさく)部です。穂保での氾濫・堤防決壊を引き起こした要因の一つとして挙げられることは周知のとおりです。この千曲川が立ヶ花狭窄部にむかって左に曲がる地点の先には中野市の江部〜延徳の一帯が広がっています。
 今回、千曲川の台風19号災害についての専門家のレポートを読んでいる中で、立ヶ花狭窄部ができた原因への言及を見つけました。名古屋の大同大学の鷲見哲也さんのレポートです。現地調査をした鷲見さんは立ヶ花狭窄部手前の右岸側に広い低平地部があることが地形的に不自然に思えると感じたため、色々と調べられたようです。彼は、千曲川は昔、立ヶ花狭窄部ではなく、夜間瀬川に向かって流れ、飯山盆地に通り抜けていたようだと書いています。ところが、夜間瀬川が運ぶ志賀高原付近の厖大な土砂が次第に旧千曲川の河道と低平地を埋め尽くし、この辺りに広大な湖(遠洞湖)を形成して水位が高くなったため、千曲川は西側に残っていた台地を削って現在の狭窄部を流れるようになったというのです。
 そういう湖がかつてあったという話は中野市の人から聞いたことがありますし、信州の地形・地層に関する本でも関連データを読んだことがあります。
 こういうことを知ったからといって、すぐに何か千曲川の洪水対策の妙案が浮かんでくるというものではありません。

 

 12月22日の千曲川上流行の後、長野県立歴史館編の『新たな時代にはばたく信州』という本をたまたま手にしたのですが、その中に「近くて遠い水」という1節があり、人と水の関係をみる4つの視点が紹介されています。
      距離を置く(水域は危険と背中合わせなので、必要な時

            以外は近づかないなど)
      技術を使う(井戸や堤防など、技術で水を制すること)
      交渉する(お供えをしてお願いする代わりに、水のカミ

           に助けてもらう。交渉不成立の場合は、聖物

           を壊すことも)
      我慢する(うまくいくとは限らないので、人びとの助け

           合いなどでしのぐ)
 いま、私たちはこの4つの視点のうち◆糞蚕僂砲茲訖紊寮圧)のみに偏った川との付き合い方を主としているのではないでしょうか。の視点はなにも土着信仰にまつわることだけを言っているのではないと思います。まず川そのものをよく知り、理解することが必要であり、大切なのだと思います。

 

 2011年の大震災から間もなく9周年となります。栄村はその大震災をくぐりぬけてきた村として本来、もっともっと防災について深い知見を村民全体が共有し、外にむけての発信もやっていかなければならないと思うのですが、この9年間、そういうことはあまり出来ていないように感じます。そんな思いを抱きながら、台風19号災害について考えてみました。より深い議論のきっかけになれば幸いです。

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栄村復興への歩みNo.372
2019年12月23日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
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