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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村復興への歩みNo.369(11月7日付)

今秋、最も綺麗だと感じた紅葉

 

 11月5日午前の撮影です。
 この秋は、9月の高温などの影響で、なかなか綺麗な紅葉を見る機会に恵まれませんでした。ところが、5日午前、ここに示した紅葉風景に出会うことができました。葉が焼けることなく、赤色の紅葉がかなり鮮やかです。
 さて、この紅葉の撮影場所がどこか? です。
 この撮影ポイントに辿り着くまで約2時間、山道を歩いて上りました。紅葉の撮影目的で行ったのではありません。台風19号で多大な被害が発生した天代川の上流の様子を観察してみようと思い、坪野集落に車を停めて、上流へ、上流へと山道を上ったのです。午前8時57分に車を離れ、この写真を撮ったのが午前11時10分です。
 「上流部の観察」という目的からすると、さらに上流部に進みたかったのですが、出発前に「昼までに戻ったという連絡がなければ遭難したと思ってくれ」と知人に言って出発していたので、「もうそろそろ戻らなければ」と判断し、この地点で折り返しました。距離的には坪野集落の奥の橋から2劼らいの地点と思われます。

 

天代川を視(み)る

 

 ここからは本号のメインテーマに入ります。「天代川を視る」です。
 「見る」ではなく「視る」という表記にしたのは風景を見るのが目的ではなく、災害との関係で天代川の状況を視察することが目的だからです。
 まず、地図を示します。

 


 天代集落から源流部までを示した地図です。地図右上に「天代」と集落の所在が記されています。そこから川を遡ると、「坪野」集落があります。A地点には砂防ダムがあります。仮にこれを第1ダムと呼びます。続いてB地点に第2砂防ダムがあります。C地点は第3砂防ダムです。このC地点の少し下流に坪野堰の取水口に行くための仮橋が架けられていたはずですが、台風19号の大水で流されまたと思われます。私が5日に上って行った最終地点はD地点あたりだと思われます。
 下流側から順に紹介するのがいいのかもしれませんが、撮影写真は500枚近くにのぼり、自分でもまだ十分に消化しきれていないため、印象的なものをピックアップします。

 


 紅葉も綺麗ですが、それを見せるのが目的ではありません。綺麗な紅葉からすれば無粋になりますが、写真に赤色のラインを入れました。台風19号でどこまで水位が上がったかを示すラインです。川岸が抉(えぐ)り取られていることがはっきり分かります。その上の木の葉の色が変色しているところまで水が上がったと思われます。
 これは2頁の地図で「C」と記した第3砂防ダムの堰堤上から上流方向を撮影したものです。写真右下隅に堰堤のコンクリが見えます。撮影当日(5日)は前日に少し雨が降っていますが、写真に見える水量が通常時の水量だと考えてよいと思います。台風19号当日の大水の量の凄さがわかります。
 第3砂防ダムは、平成21年度(2009年度)に既存の砂防ダムを改修し、スリット型に改良されました。
    *スリット=切れ目、隙間

 


 上写真は施工者のフクザワコーポレーションのHPからの引用。現在は施工から10年が経過し、スリット部の下方は土砂で閉塞していましたが、それでも一定程度スリットは生きていて、台風19号時の大水は堰堤の上を越えていくのではなく、この第3砂防ダムである程度抑えられたと思います。その点、堰堤の上部が完全に土砂で埋め尽くされている第1、第2堰堤とは状況があきらかに異なります。第1と第2の様子を写真で示します。

 

第1砂防ダム

 

第2砂防ダム

 

 第1砂防ダムは堰堤に近づけず、林道脇からの撮影。第2の方は堰堤まで入れました。

 

● 砂防ダムの功罪
 第2砂防ダムで注目すべきは、堰堤のポケット部分が土砂で完全に埋まっているだけでなく、そこに大木が生えていること。さらに写真を紹介するスペースがありませんが、堰堤上の水流がある部分の水底を見ると、石が茶色になっていて、かなり以前からこの場所にあるとみられることです。砂防ダムとしてはまったく機能せず、上流から来た大水を堰堤の上からドーンと下流部に一気に落とし流すことになったと思われます。
 私が観察したところでは、第1〜第2の間、さらに第1よりも下流(集落より)に大きな流木や巨石がごろごろしていました。砂防ダムのポケット部を掘削して土砂を搬出する作業がされずに長年にわたって放置された場合、災害を防止するどころか、逆に災害を大きくしてしまうのではないでしょうか。

 

● 林道の現況
 前号の3頁で坪野集落の奥から天代川上流にむかう林道のことを書きました。今回の調査行の1つの主要目的は林道の状況を確認することでした。
 案の定と言うべきか、凄まじい状況でした。何枚か、写真を示します。

 

写真イ

 


写真ロ

 


写真ハ

 

写真ニ

 


写真ホ

 

 写真イは2頁の地図のBとCの間で、Cにかなり近い地点です。写真左手の杉林(写真ロ参照)から土砂(砂状のものが多い)が流れ出してきています。
 写真ハはイの地点から徒歩で12分ほど進んだ地点。道の半分が水の流路になっています。
 写真ニはC地点の少し手前。林道左手の崖面が立木もろとも落ちてきて道を塞いでいます。
 写真ホは、C地点を越えて、D地点にむかうところ。突然、道が無くなってしまっています。状況から見て、今回の台風19号で塞がってのではなく、少なくとも1〜2年前からこういう状況になっていると思われます。よーく観察すると、ススキなどをかき分けた「獣道」のようなものがあり、その中を進んで1頁冒頭の紅葉写真を撮った地点に出ることができました。
 もう1枚、紹介します。

 


 “きれいな滝”だと思います。しかし、この水は滝壺に落ちるのではありません。林道にそのまま流れ込むのです。林道が使用されていた時代には、この水を天代川の方に流す仕組み(山に入る人による手作りのものだと思われますが)があったのだと思います。そういう手入れがなくなり、林道は水の流路になり、道としては機能しなくなってしまったのでしょう。

 

● 天代川そのものの状況
 ここまで肝心の天代川そのものの状況は3頁の写真を除いて紹介していないとも言えます。本号のスペースとの関係で1枚しか紹介できないのですが、私が見た範囲では川幅は頻繁に変わります。広いところもあれば狭いところもある。自然というのはそういうものなのだろうと私自身はひとまず納得しているのですが…。
 いろいろ衝撃を受けた箇所がありますが、ある意味で最も衝撃を受けたのは、号外で「東部水路取水口の被災」として紹介した箇所で、今回の天代川行の帰路に号外用取材時よりもやや上流側から撮影した姿です。

 


 写真の手前に見える根が付いたままの流木の姿、号外取材時にも下流側から見ましたが、上流から流れてきたと思われる茶色の大きな石、取水口から隧道入口にかけての護岸の崩壊などが同時に目に入ったためか、号外取材時とは異なる衝撃を受けました。

 

● 山が迫ってくる
 「治山・治水」という用語があります。
 必ずしも明治の近代以降に始まったものではなく、たとえば戦国大名である武田信玄による釜無川での信玄堤(つつみ)の築堤は有名です。とはいえ、戦国時代に重機などは存在しません。信玄堤は信玄が自然の力・あり様をじっくり観察し、自然の力をいかす形で構想したものです。
 おそらく川の源流部や上流部というのは基本的に自然のままであることが多いのではないでしょうか。しかし、近現代においては、下流部に暮らす人間の必要に応じて、あるいは発電のための取水のためのダムの必要性などから、巨大重機などを使用しての近代的治山・治水が進んできました。ところが、人間の必要に応じての治山・治水ですから、人間の必要がなくなると、いったん手を入れた山・川が放置されます。そうすると、一時は人間が制御した(できた)ところが「自然」に戻り、人間にとっての脅威になります。
 その脅威は、今回の台風19号が坪野・天代集落にもたらした水害だけに限られるものではありません。村のあらゆるところで問題になっている獣害もその脅威の一つです。
 イノシシやクマが里に下りてきて暴れる。これこそまさに「山が迫ってきている」ことを意味します。「奥山・里山・里」の区別がなくなってきて、奥山の生きものが里に迫ってきているのですね。
 今回の災害は山が坪野集落、天代集落まで迫ってきたと言っていいのではないでしょうか。ここで私たちが踏ん張らないと、山は県道秋山郷宮之原線(長瀬と北野を結ぶ)のラインまで迫ってくることになると思います。
 人が長年にわたって暮らしてきた坪野集落を人の領域として守るべく、天代川の状況をよくよく観察し、人と山の関係の再構築を図ることが必要なのではないでしょうか。抽象的なものの言い方で伝わりにくいかと思いますが、現時点ではこういう問題提起に留まらざるをえません。ただし、「天代川(流域)は宝の山だ」ということは言っておきたいと思います(詳しくは別の機会に書きます)。

 

 

 写真は、春から秋の時期は村(坪野)に戻って暮らす方のお宅での1枚。他に花豆、サツマイモが干されていました。素敵な光景です。


 今号は天代川の話だけになりました。他にもお伝えしたいことが多々あります。千曲川については別途、ブログ記事を書いています。ネットで「栄村復興への歩み」を検索していただくと、ご覧いただけます。
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栄村復興への歩みNo.369
2019年11月7日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


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