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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌8月11日〜20日

11日(金) 「山の日」で休日。私はつい数日前まで、11日が休日で、今週末が3連休なんて認識はまったくなかった。お盆とつながって、長いケースでは6日間の休みとか。
 夜の3時すぎ、頭痛で目が覚めた。喉も少し痛い。昨夕、草刈りでびっしょり汗をかいた後、しっかり汗をぬぐったうえでのことだが、しばらく上半身裸でいたのがいけなかったのか。起きて薬をのみ、7時すぎに目覚めて朝食を食べた後も、もう1回薬をのみ、休んで、午前10時前に再起床。
 この後、「今日は自宅作業」と決め、「議員活動報告」第17号と第18号をいっきに仕上げた。途中、ちょっとした発送作業と1時間くらいのおしゃべり。
 夜、かなり強い雨。

 

12日(土) 午前中、小雨がぱらつく中、「議員活動報告」を真っ先に届ける必要がある人たちに配達。
 午後は、配達の続きと草刈りの予定だったが、昼すぎから時折、強い雨。すぐに小止みになるが、また強い雨の繰り返し。配達も草刈りもできず。印刷や折り作業。

 

13日(日) 今日は久々の秋山での配達と決めていた。給油の後、鳥甲牧場の様子を見ておきたかったので、日出山線経由で行ったが、8時20分すぎの鳥甲牧場は半袖で車の窓を開けていると、風が冷たいくらいだった。
 屋敷→小赤沢→上の原→和山→切明の順で配達。当初の予定では、昼頃にすべてを終え、午後2時すぎにはスキー場の草刈りへ、と考えていたが、2つの要因で予定をかなり変更。
 屋敷の配達途中、二人の方から同じ訴えを聞いた。布岩山の近くから下って来る沢なのだが、平素はほとんど水が涸れている状況。ところが、大雨になると、一転、物凄い水量になり、倒木などが流れ込んで堰き止めたりすると、道路に水が溢れるなどの被害になる。10年来、要望を上げているが、無対応だとのこと。気になったので、切明から戻る途中、その沢と思われるところを撮影。さらに不明な点があったので、午前に話を聞いた人のうちの1名を訪ね、結局、現場に案内していただいた。これが午後2時半〜3時頃。今日のスキー場での草刈りは完全に断念したうえでの行動だった。

 

 

1枚目の写真のすぐそば。
道路の下をくぐる土管が土砂で埋まっている。
横に新しい土管が入れられていた。

 

 予定変更のもう1つの要因は、「明日14日、小赤沢で秋山の釣り大会をやるので、取材して」との依頼を受けたこと。スケジュール調整を少し考えたうえで、しばらくして、「明日、朝から小赤沢に来て、写真撮影取材と若干の配達をしよう」と決めた。
 秋山からの帰路には、8月7日の津南町議会との懇談会で視察した小水力発電所の水源となっている黒滝川の様子も撮影(見玉付近で国道405と交差する)。

 

14日(月) 今日も日出山線経由で小赤沢へ。小赤沢で少し配達の後、釣り大会の会場に着いたのが9時45分頃。
ここから正午頃までずっと釣り大会会場で撮影。
 予想通り、“秋山の孫たち”で一杯、賑やかな大会だった。「復興への歩み」No.314で詳細に取り上げたいと思う。
 会場で食べた「焼きそば」と「焼肉」がポークいっぱいで、満腹。改めての昼食は摂らず、405を下って、まっすぐスキー場頂上へ。到着は午後2時すぎ。
 ここから午後5時すぎまで3時間、びっちり草刈り。今日の重点の1つはススキ刈り。昨日、秋山でススキの穂が出ているのを目撃。「穂が出ないうちに切り倒そう」と考えた。もう1つ、今日刈ったあるゾーンは草はほとんどなく、高さ5cm程度の低木の類がびっしり。これを伐るたびに手にかなりの衝撃。
 「休みながら、体力を維持しつつの作業」と思っていたが、一人での休憩というのはあまり面白いものでもない。結局、途中2回の休憩は短く、ガンガン作業して、終了後はグッタリ。かつてない疲労。夜はテレビを見たりしながら、頻繁にストレッチ的なことをした。
 なお、スキー場の頂上では“紅葉”の始まりが見られた。

 

紅葉し始めているナナカマドの木

 

15日(火) 栄村の集落にはそれぞれお宮があるが、森集落の中条地区(現在6世帯)には独自のお宮、白山神社がある。今日は、その“白山さま”の1年に一度の祭礼の日。午前6時集合でお宮の掃除と祭礼の準備をする。そして、午後2時から神主さんが来て、祭礼が執り行われる。
 そんな次第で、今朝は午前5時起床。天候がすっきりしないことも一要因ではあるが、もう秋分まで1ヶ月余、日の出は遅くなってきていて、午前5時、空は明るくなっているものの、まだ夜は明けきっていない感じ。
 午前中は、発送するズッキーニや茶豆の仕入れ、発送事業、急に頼まれた用件など。
 午後2時から祭礼出席。今年の祭礼は例年とまったく違った。中条の木村文二さんの親戚が4名、祭礼に参加され、しかも、その中の1名は米国人。プロのカメラマンだそうで、事前に地区の世話役が神主さんに撮影許可をいただいたが、実際は撮影されず。後から木村さんにお聞きしたところでは、「これは神聖な場。撮影すべきではない」と思い、撮影を遠慮されたとのこと。
 神主さんは先代が一昨年にお亡くなりになり、昨年から先代の息子さんが引き継いで下さっているが、この方がじつに気さくな人。今回の米国人の参加を非常に喜ばれ、地区の関係者以外の人の参加を促進してもらっていいというお話。祭礼が終わった後、お神酒をいただくが、地区の者は神主さんが帰られた後もしばらく、お宮(本殿)でお酒をのみながら、歓談する。そこでも、“白山さま”を積極的に開放していく話が出た。
 私はカメラを持っていっていたが、「プロのカメラマン」が来られるということで、カメラは車の中に置いたままで、写真は撮らず。今後の“白山さま”の積極的開放のことを考えれば、写真を撮っておくべきだった。
 お神酒の後、中条のみなさんと本殿で懇談していたとき、「開田の上はまだ穂が出ない」という話が出たので、夕刻、森の開田へ。なるほど穂がまったく出ていない(下写真)。心配である。

 

 

16日(水) 小雨がぱらつくような天候だったが、森集落で67軒の配達。途中、かなり長い立ち話も。
お盆休みでコピー用紙を発注できないので、津南まで買い物に。その時、温泉に持って行く風呂用品入れのカゴも購入。共通入浴券をめぐって、「シャンプーなどの消耗品の経費がかなりかかる」と言われるので、今後はボディソープやシャンプーを持参することにした。以前から購入したいと思っていたが、どこで買えるものなのか? 先日、風呂仲間に尋ね、「百均で買えばいいよ」と教えてもらったもの。
 午後3時からは“白山さま”の祭礼の片づけ。片づけは30分ほどで終わるが、その後、本殿で飲むのが慣例。今年は午後6時すぎまで。終わるころには薄暮になっていた。
 その場は、途中から、共通入浴券、「トマトの国」が座談のテーマになり、一人ひとりが思いのたけを思いっきりぶつけあった。共通の思いは「トマトの国を守りたい」。「トマトの国」のお客を増やすアイディアもたくさん出た。日頃から、中条の人たちの思いは分かっているつもりだったが、私が受けとめている以上の思いの深さ、大きさを聞き、「トマトの国」を守り、発展させるようにしなければ、という使命感を新たにした。
 今日は写真撮影なし。

 

17日(木) お盆が終わり、世の中全体、再始動。お天気は昨日までのぐづついたものから一転、朝から快晴。その分、気温もぐんぐん上がり、午前中に30℃に達した。
 午前は主に青倉で46軒の配達。集落の中を赤トンボが群れ飛ぶ姿が今期初めて確認された。日中の気温は高いが、季節は秋へ移って来ているということだろう。
 天気がよいので、かあちゃんたちが一斉に畑に出ていた。下写真は青倉公民館裏手のせっつぇもん畑が集まるところ。

 


 午後は、中条川上流1号崩壊地での堆積土の掘削とダンプによる運搬の現場の撮影へ。
 運搬路はダンプ1台で道幅ぎりぎり。4台が1日20往復する。したがって、勝手に1号崩壊地に入ろうとすると、途中の道路でダンプと離合できず、えらいことになる。現場で作業にあたっている知人と連絡をとりあい、堆積土の搬出先である森開田上の旧村営グラウンドで1号崩壊地に向かうダンプと合流。その後ろについて1号崩壊地に向かった。
 現場の様子は「復興への歩み」No.314でレポートするが、真っ先に度肝をぬかれたのが、ダンプが走り出すや否や、もの凄い土埃が舞い上がること。あまりダンプに近づき過ぎると、土埃で道路が見えないほど。(下写真参照。この写真は22日に撮影)
 取材は45分間ほどだったが、かつてなく緊張した取材だった。

 


 夜は7時から、温泉共通入浴券問題で住民懇談会。15名が集まって下さり、いろんな意見をお聴きすることができた。貴重な勉強である。

 

18日(金) 朝9時前からだっただろうか、月岡で36軒の配達。その後、貝廻坂を上がり、野田沢集落の配達。その時、「10時半少し前から暗くなり、雷鳴」とメモしている。そして、宮川頼之さん宅前に着いて、「さあ、車を降りよう」と思った矢先に大粒の雨。一瞬にして車外に出ることができないほどの激しい雨。「これは無理」と判断して引き返し、貝廻坂を下り始めると、道路にはもう水が浮き、川のような状況になった。
 千曲川が見えるあたりまで下ってくると、関田山脈方面の空は明るい。月岡まで下ると、大した雨も降っていない。しかし、いろんな人に話を聞くと、「すごい雨だった」、「家の前の水路が溢れた」という話がどんどん出てくる。
そこで、PCで「気象庁の高解像度降雨ナウキャスト」を見てみた。

 


 これが、その画面。10時30分、栄村の水内地区などが真っ赤、津南町には紫色が見える。赤色が1時間当たり50mm以上80mm未満、紫色は80mm以上。この激しい雨が早いスピードで西から東へと移動したわけである。
 この間の豪雨災害で「1時間100mmの猛烈な雨」というニュースをよく聞くが、雨の激しさは体験しないと想像がつかない面がある。今回の激しい雨は豪雨災害というものの恐ろしさを理解するうえで貴重な経験になったともいえる。

 

19日(土) 午前中、野田沢から東部にかけて61軒で配達。
 その途中、菅沢で頼之さんのトマト畑に立ち寄った。私の姿を認めた頼之さんが駆け寄ってきて下さり、1枚の畑の周りをぐるっと廻りながら、クマ被害の凄まじさを説明して下さった。その1枚とは離れたところにある3枚も凄い被害で、頼之さんが説明して下さった内容を手がかりに、その3枚も見て廻った。

 

クマ被害が最もひどかったトマト畑。畑の向こう側に見える草むら(じつは水路がある)からクマが上がって来る。

 

上掲のトマト畑の左側を撮影。写真奥に見える林と左写真の畑とが草に覆われた水路でつながっている。畑に電気柵をめぐらすだけでなく、菅沢農場全体を守る対策も必要だと思う。


 午後は、14日以来久々にスキー場頂上の草刈り。

 

20日(日) 朝、1号崩壊地へ。17日に堆積土の掘削・運搬の状況を撮影に行ったが、堆積土がどの程度削り取られ、除去されたのかを、雪消え時の4月30日に撮った写真と比較しようとしたら、撮影ポイントがずれていて、うまくいかない。そこで、4月30日撮影写真を手に、同じポイントから写真を撮るために出かけたもの。日曜日で運搬作業が休みなので、ダンプとの離合の心配なく行けるというわけ。
 その後、午前中、箕作、大久保などで65軒を配達。
 午後、友人に頼んで、草刈り機の歯の交換。その後、その友人を誘って、スキー場頂上へ。彼には7月29日に草刈りを手伝ってもらっている。「ずいぶんと様子が変わりましたね」と言っていただいた。草刈りした場所の先にある林の中に案内。イワウチワ、イワカガミの群生地。ボヤが凄まじくて、枝をかき分け、かき分けの前進。この林をどのように手入れすればよいかも話し合った。
この時、カメラをぶら下げていなかったので写真を撮れていないが、常緑葉のイワカガミ、イワウチワの葉の群生状況はすごかった。次の機会に撮影したい。
 その後、スキー場頂上からよく見える青倉の圃場整備箇所、城ヶ館(じょうごだて)へ。この間の雨で工事をできない日があったので、この現場は日曜日の今日も作業中。

 

スキー場頂上から見た圃場整備中の城ヶ館

 

法面の犬走り
 ここは田んぼよりも農道の方が高いところにある。その法面に設けられた犬走り。
 青倉地区と県・村の協議では高い法面への犬走り設置で合意されていたが、いざ工事が始まり、青倉の人が現場を見に行くと、「犬走りなしの高い法面」が目の前にあった。村に指摘し、県が実施設計の段階で入れ忘れたミスを認め、工事をやり直したと聞いている。そのやり直し工事の結果、この犬走りができた。これがないと、50年、100年の単位で命懸けの草刈りを強いられることになる。


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