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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌6月21日〜30日

21日(水) 議会最終日。一般会計補正予算を議員提案で減額修正することになった。詳しいことは「議員活動報告」で書く。内容は密度が濃い審議だったが、午前中で全議案の採決が終了し、閉会。
 昼は、阿部伸治議員提唱の議員の「地産地消の会」で、地元産の牛肉をメインとする焼肉の会。美味しい肉だった。ただし、私は最近、牛肉はあまり食べられない。平素はもっぱらポーク。今日も食べ過ぎないように注意したが、やはり夜まで胃が重かった。
 1時半過ぎに私はこの会を退出し、野々海へ。野々海大明神(大きな石で作られている)が雪の影響で倒れ、今日修復作業をすると聞いていたので、その様子を見るため。到着した時はすでに作業が終了していたが。キャンプ場の建物の屋根も傷み、そちらの修復作業も行われていた。

 

立て直された野々海大明神


 野々海から下った後、焼肉の会の会場を覗くと、まだ残っている人がいて、5時すぎまでいろんな話をして盛り上がった。

22日(木) 昨夜は疲れが溜まっていて、10時より前に寝たように思う。そのせいで、3時半すぎに目覚めてしまい、迷ったが、そのまま4時前に起床。
 5時頃に程久保の滝沢総一郎さんのアスパラ畑の様子を見に行った。総一郎さんが畑に出られる前だった。畑から下りたところで出会い、アスパラの新しい苗を育てているところを見せていただいた。種を蒔き、ようやくチラッと芽が出たばかりという状況。滅多に見られないものだ。
 その後、秋山・切明へ。そこで、「栄村に住みたい」という若い女性に出会い、いろいろと案内。その後、アスパラ3圓糧送を行なったうえで、その女性を今度は野々海へ案内。午後1時すぎに案内は終了。
 昼食後はひと休みし、夕刻からさまざまなデータ整理など。

 

23日(金) 朝方、「お米のふるさと便り」(25日に青倉米の発送時に同封するもの)用に、青倉野昨年度に圃場整備された田んぼの田植え後の様子、今年度圃場整備の西山田の工事状況を撮影に出かけた。私がこの9年間、毎年田植えしてきた西山田田んぼの姿がすっかり変わっているのはいささか衝撃だった。
 その後、26日発送の野菜便に入れる野菜の確保に走り回った。天候不順、遅くまで寒かったことで野菜の確保が大変。早春にいち早く雪消しをして早々にズッキーニを作付けされる泉平の武田光俊さんにズッキーニをお願い。そのため、泉平へ。武田さん宅で奥さんの文子さんが手入れされている花々が今年もきれい。泉平に向かう途中の箕作の20軒に「歩み」を配達。

 

 


 武田さん宅の後、宮川一哉・まゆ夫妻の野菜をお願いに向かうが、途中のコース沿いの箕作、月岡でも「歩み」の配達11軒。一哉・まゆ夫妻とは会えず。野田沢でも配達。
 今日は計55軒どまり。
 午後は洗濯物が溜まっているので、まとめ洗濯をし、その後、ある人にいろんなことについてのご意見をうかがいに訪問。それでもう夕6時半。夜も人と会って、9時を廻った。

 

24日(土) 箕作、月岡の未配達の家々を廻り、32軒。
 今日は妹木の畑で一哉さん・まゆさん、そして育真くんと出会えた。「スナップエンドウ」というものを26日朝に分けていただけることになった。今回の野菜便は〈アスパラ、ズッキーニ、スナップエンドウ〉の三品に決まり。
 直売所に並ぶ野菜の写真を撮っておきたくて、直売所へ。
 直売所の厨房の中に人の姿が見えたので、レジの島田則子さんに「今日は何を出すの?」と尋ねると、「〇〇ちゃんがサンドイッチやおにぎりを出している」とのこと。「〇〇ちゃん」という名前を聞いて、「そうなのか」と思うところがあったので、早速、サンドイッチを買って食べてみた。昼近い時間だったが、食べ始めた当初は「間食」程度に思っていた。しかし、食べてみると、パンが美味しいし、サンドイッチ全体がしっかりしていて、充分に昼食になった。「パンはどこの店のものを使っているのだろう?」とか、いろいろ尋ねてみたくなり、直売所に戻ってインタビュー。
 「〇〇ちゃん」に尋ねてみた。パンは家庭用製パン器で自分で焼かれたそう。エゴマ入り。直売所で販売されているエゴマを使ったそうだ。たしかにエゴマの食感があった。サンドイッチはたまごサンドとローストチキンサンドだったが、たまごには浅葱を刻んだものを入れたという(これについては私は気づいていなかった)。「浅葱はばあちゃんがつくったもの。チキンの方に入っているレタスもばあちゃんの」とのこと。私もよく存じ上げている“ばあちゃん”である。

 

パンに小さな黒い粒が見えるが、それがエゴマ

 

 こういう若い人が村に帰って来てくれて、新しいことにチャレンジしてくれる。なんと素晴らしいことだろう! 有形無形、さまざまな方法で応援したいものだ。
 朝の32軒の配達以外の時間は「お米のふるさと便り」の編集。終えたのは結局夕刻の6時半すぎ。
 夜は夕食を一緒にしながら若い人とお話。9時頃までだったか。後は、「便り」の折り作業などをやって就寝へ。

 

25日(日) 朝から昼すぎまで、夕刻発送の青倉米の箱詰め作業。全部で33箱くらいか。5kg詰めの袋が1つだけのものもあれば、5kg袋5つを入れるものもある。
 この作業の前段として、パソコンでの宅急便配達票の打ち込み・プリントアウトの作業などがある。
 午後1時半頃、もう7〜8年くらいの間、恒例になっている駒沢大学地理学科の栄村調査がやって来たので、1時間半くらい、吉楽旅館でお話。
 その後、「議員活動報告」の執筆を開始。


26日(月) 午前中は東京銀座の料理店に送るアスパラと東大駒場地区保育所の共同購入グループに送る野菜の農家からの受け取り、袋詰め、箱詰めの作業。野菜はお米と違って重量的に軽くて腰に響くことはないが、手間はお米の発送よりもずっとかかる。

 

妹木で出会った育真くんの今日の笑顔


 昼すぎ、「山菜に加え、アスパラ畑にまで泥棒が入っている」とお聞きした東部パイロットの畑を案内してもらった。お話をお聞きした段階では、東部パイロット内を走る道路沿いの畑だと思い込んでいたが、実際に案内されたところは道路から山際に入り込んだところ。こんな奥まったところにまで侵入してきているのかと驚いた。
 午後の後半には、昨日から来ている駒沢大学の先生や学生さんと1時間強、お話。
 夕刻遅くに青倉に用件があって行ったところ、西山田の田んぼに上る農道にトラックが停まっていて、農道脇の山肌も削られた感じ。何だろうと思って西山田へ。結局、棚田ゾーンまで上がったのだが、圃場整備工事が進み、景色がすっかり変わっていることにびっくり。23日午前にも写真を撮りに行っているが、わずか3日間で相当の変わりよう。作業に迷惑がかからないように注意しながら、定期的に撮影して記録にとどめる必要があると思った。

 

27日(火) 午前中はある家への訪問や「議員活動報告」の配達。昼頃に天地で駒沢大学の学生さんを斉藤克己さんと引き合わせ。ネマガリダケを採る現場はどんなところなのかを克己さんに案内してもらうため。私は同行しなかったが、行った学生さんに後で感想を尋ねると、
 「大変なところでした」との返答。栄村に来る人たちの中には栄村の伝統食・郷土食に関心を強く抱く方が多くおられるが、食材がどのようにして確保されるのかまで見てもらうことが大事だと思う。
 午後は、背中の張りがひどいので、十日町へ治療に。かなり楽になった。
 4時頃に村に戻ってからは駒沢大学の学生さんと7時すぎまでお話。

 

28日(水) 朝方、中条と青倉で47軒に「議員活動報告」を配達。そのまま飯山駅に向かい、10時34分発の金沢行き新幹線に乗車。所用で約1年8か月ぶりの京都行き。
 新幹線と金沢からの特急サンダーバードの車内、冷房の効き過ぎで寒かった。金沢駅で昼食用の駅弁を買おうとしたが、在来線特急のホームには駅弁売り場がなくなっていた。在来線での旅は不便になる一方なのか。
 夜10時すぎに地下鉄に乗ったが、満員に近い状態で、中学生や高校生の姿も多い。久々に見る都会の異常な暮らしの現実だ。

 

29日(木) 昨日、今日と京都四条烏丸(からすま)界隈を歩いたが、老舗デパート「大丸」に隣接するゾーンの変わりように驚いた。街というものはクルクルと変わるものだ。また、四条通りは地上と同じくらいに地下道を歩く人が多いが、頭上に空が広がる景色しか見ない田舎暮らしに慣れている私には、空気がこもっていて、低い天井しか見えない地下道は異様に感じられた。
 夕刻5時少し前に京都駅発でサンダーバード、北陸新幹線で飯山へ。9時半すぎに着いたが、雨が降っていてびっくり。京都では雨の予報だったが、雨に遭わず。こちらで雨が降っているとは思っていなかった。

 

30日(金) 2日間留守にするだけで、なんやかんやと用件が溜まる。そうしたものを片づけながら、昼頃、飯山の出川の下流域へ。「復興への歩み」No.310掲載予定の記事のため、出川下流域、JR飯山線の鉄橋などを見て廻った。その後、村に戻り、青倉・西山田の圃場整備工事現場へ。午前中に現場事務所を訪れ、工事中の時間帯の撮影を許可していただいた。
 事務所で設計図をいただいていたので、田んぼの様子がどのように変わるのかの見当がついたが、26日夕に見た様子からもさらに大きく変わっていて、ただただ驚嘆するばかり。

 

青倉・城ヶ館の圃場整備工事現場。ここも様子がすっかり変わっている。


 28日に京都に向かう途中、住民福祉課長から電話があり、7月下旬に福祉審議会があること、議会産業社会常任委員長が委員になることになっていること、さらに、これまで審議会会長を務めてこられたのが鈴木敏彦前村議(産社常任委員長でもあった)で、会長選出が第一議題となることを伝えられた。私は議員が審議会会長を務めることには問題があると考えたので、今日の午後、役場に住民福祉課長を訪ね、その旨をお伝えした。
 福祉審議会というのは村長の諮問機関。村長は自らの施策を決定する前段の手続きとして審議会に諮問を行い、答申を得て、自らの施策の妥当性の裏付けの1つとする。そして、その後に、その施策を条例案や予算案として具体化し、議会に議案として提出する。そこで、議会・議員は村長提出の議案を審議し、可決か否決かを決する。
 しかし、議員が審議会の会長をしていて、村長に諮問した事実が前段にあったら、議会での審議は意味をなさない。行政と議会は、協力すべきところは協力するのでよいが、しかし、「議会は行政のチェック機関」ということが果たせなくなるような関係になってはよろしくない。会長の後任選び、難儀しそうだが、やむをえない。
 産社委員長は津南衛生施設組合議会の議員にもなる。津南衛生施設組合のようなものを地方自治法では「一部事務組合」と呼ぶが、議会の設置が必要。津南衛生施設組合議会の場合、十日町市議3名、津南町町議2名、栄村村議2名で構成される。栄村議会ではその議員2名を5月の初議会で選挙したのだが、「議長と産社委員長の2名をあてる」ことが慣例となっていて、立候補・投票制ではなく、慣例通りにすることに「異議なし」で決まった経緯がある。
 だが、津南衛生施設組合(議会)の内容など、これまで耳にしたことがない。7月7日にその議会があり、今日、議案書を受け取ったが、様子がさっぱりわからないので、これも住民福祉課長の担当分野なので、レクチャーしてもらった。議案内容になにか問題があるようには思わないが、まあ、〈質疑無し→全員賛成で可決〉というだけでは議会を開く意味もなくなるので、なにか1回だけでも質疑したいと思うのだが、さて、どうなることか。
 とにかく、産社委員長というのは色んなスケジュールが入ってきて、かなり忙しい。
 その後は「復興への歩み」No.310の編集作業。


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