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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌6月1日〜10日

1日(木) 昨夜が早かったので4時頃に起床。原稿書きや配達物の折り作業などをやった後、秋山に向かったのは7時前だったと思う。雨模様で、日出山線などは靄(もや)がきつかった。
 10時半から苗場・鳥甲・佐武流三山の山開きで議員として参加なので、その前にできるだけの配達をと思って、上の原、和山へ。小赤沢での配達の途中で山開きへ。山開きの前に雨は止んだ。
 山開き神事とその後の祝宴が正午過ぎまで。

 

秋山の保存民家。「大棟」の改修が完成していた。


 その後、小赤沢の残りと屋敷での配達。当初計画では配達の後にミズノサワの様子を見に行くつもりだったが、雲が厚くて、あまりいい写真が撮れそうにもないこと、朝早くからの行動で少々疲れたことなどから、帰路につくことにした。鳥甲牧場の様子を見に 遠回りをして日出山線、そして中子での2軒配達の後に帰宅。
 夕刻に少し眠って、一昨日からの頭の重さがやっとぬけた。

 

2日(金) 今日も早めの起床で、No.308の仕上げ。さらに、飯山の土石流現場をちょっと見に行った。午前10時から取材受け。
 午後、都丸さんの出棺のお見送り。
 No.308も配達日誌も印刷できたが、今日は早めに仕事は終わり。写真撮影もなし。
 夕刻近くから気温が低下。この時期にこの寒さは困る。

 

3日(土) 久々にとことん配達に廻った。朝方に箕作、泉平、月岡で114軒。10時から森の開田で子どもたちの田植えがあるので、いったんそちらへ。田植え後のバーベキューも含めて、午後1時頃まで。
 その後、平滝、白鳥などで50軒。計164軒。
 「もっと廻れるか」と思い、昼間にNo.307、308、「議員活動報告」をそれぞれ印刷にかけておいた。結局、大半は夜に折り作業をやることになったが、朝の起き抜けの時も含めて、600部くらいの折り作業をやったことになる。(この作業が4日以降の苦しみを生むことになった。)
 白鳥を廻っていた時、新しい工事の看板が立っていたので、一昨年、昨年と白鳥川及び東川の砂防ダムが建設された現場へ。「砂防堰堤下流の渓流保全工事」というもの。これについては改めて記したいが、昨年までに完成した砂防ダムについて一言書いておきたい。
 砂防ダムというのは巨大なものである。この白鳥川の場合、川の規模と砂防ダムの巨大さが常識的な感覚では信じられないほどにアンバランスなのだ。

 

 

 上の写真は「渓流保全工事」の対象になっているまさに「渓流」と呼ぶべき小さな流れ。砂防ダムのすぐ下である。それに対して、下写真は砂防ダムの全景。スリット式なので水はそのまま流れている。白鳥川の水量は左写真の程度だということ。そこにこれだけの巨大なダム。

 


 これには「?」と思う方がまともな感覚だと思う。砂防ダムというものについて改めて考えてみたいと思う。

 

4日(日) 起床すると、雨で気温も低い。今日は野々海普請。「8時半にそれぞれの持ち場に現地集合」ということで、私は水番小屋・堤の現場を撮影することにしていた。
 燃料補給もして出かける直前に家に戻り、ズボン下を着用し、靴下も冬物を履き足した。上半身は薄手のセーターと早春期に着るジャンパーの上に雨合羽。
 野々海の現場はまるで冬。上記の装備でちょうどよかった。
 2号分水〜1号分水間の普請を終えて水番小屋にやって来た人たちも含めて一休みした際に、横倉の上倉誠一さんから昨秋のクマに襲われた事故の生々しい証言をお聞きした。ここには書き記せないほどのリアルな話。事故現場に居合わせた人たちの中でじつは、襲われ重傷を負った誠一さんがいちばん冷静だったように思われた。
 私はみなさんよりも早くに山を下りたが、3時頃、月岡英男さんから「手違いで横倉の開田にまだ水が届いていない」と聞き、横倉の開田へ。私が到着した時、ちょうど水が到達した。横倉の開田は野々海の水がやって来次第、代掻きができるように、すべてきれいに田起こしされていた。里の午後はきれいに晴れ渡り、開田からの眺めも素晴らしい(「復興への歩み」No.309の9頁に写真掲載)。
 そんなこんなで、今日は配達なし。

 

5日(月) 朝、まず、昨日の野々海普請で水が届くようになった横倉の開田の田んぼの様子を見に行った。

 

田んぼに水が入った横倉の開田


 その後、白鳥と平滝で計63部の配達。その途中で桑名川まで足を延ばし、出川橋付近の土石流対策の進展状況を見てきた。その結果は夜レポート化。
 午後も引き続き配達の予定だったが、昼前から右腕がだるくてたまらず、接骨院へ。持病の血行障害の症状。40歳代に随分と苦しんだが、最近は滅多に症状が出なかった。右腕で単純動作を長時間繰り返すと症状が出る。昨日の大量の折り作業が影響したようだ。

 

6日(火) 午前は野々海へ。昨日、今日と天気がよく、スキー場の上の山を見ても空が真っ青なので、「4日とはかなり様子が違うかな。ミズバショウの様子も見ておきたい」ということで、10時少し前に平滝から上がった。
 野々海の三叉路から野々海池の様子が少し見えるが、もうこの段階で「池の雪がかなり消え、4日とは別世界」ということがわかった。野々海池(水番小屋、堤)、深坂峠、深坂峠手前のミズバショウ群生地、キャンプ場・東窓湿地、野々海峠に向かう林道脇のミズバショウ群生地の順で廻った。

 

6日午前の野々海池の様子(「復興への歩み」No.309の1頁の写真との対比を)


 平滝〜野々海間の道路脇には山菜採りに入っていると思われる村外車が相変わらず多数。
 野々海とスキー場を結ぶ道は開いたようだったが、軽トラが修理中で代車の軽乗用車だったので、無理をせず、平滝に下りた。
帰宅後、とりあえず写真データをパソコンへ。
 午後は2時45分に貝立橋で待ち合わせで、知人と共に、スキー場Dコース近くの、どうもクマの穴があるらしいという地点の調査へ。十分な警戒心をもって臨んだが、そろそろ調査を切り上げようという頃にクマの唸り声を聞き、撤収。
 帰宅後、このクマの件のレポートを作成し、山菜採りに来る人への警告看板設置の要請に行った。(役場は7日、看板設置を行なった。)
 夜は、野々海の様子のブログ記事を作成。
 そんな次第で、今日は配達はなし。

 

7日(水) 午前中は志久見、柳在家、切欠、小滝で計68軒。修理に出していた軽トラを引き取りに白鳥へ。
 昼食後、若干の配達の後、
 津南町結東の「萌木の里」で開催される秋山郷国道整備促進期成同盟会の総会出席のため、秋山へ。この期成同盟会総会については「復興への歩み」に記したいと思う。総会の後には懇親会もあって、温泉にぎりぎり間に合うような時間に帰宅。
 疲れがあり、早めに寝るつもりだったが、折り作業や電話対応などで就寝は遅くなった。

 

8日(木) やや疲れ気味で遅い起床。10時からの用件の前に配達する計画だったが中止し、スキー場内のクマ警戒の緊急警告立て看板の設置状況の撮影、さらに室内での書類整理作業など。
 午前10時から、栄村金婚式並びに栄村老人クラブ連合定期総会に来賓として出席(議会産業社会常任委員会委員長としての職務)。毎年この時期に開催されている金婚式だが、参加は初めて。なかなかいいものだなあと思った。
 老人クラブ連合の総会も初めて。この1年間で3つの地区での単位老人クラブの休止ないし解散が生じたとの報告。県全体の傾向でもあるそうだ。老人クラブというものの存在意義、これからのあり方について、一度、じっくり考えてみたいと思う。
 終了が0時半頃だったので、午後の配達は2時半頃からだっただろうか。原向を廻っていた2時50分頃に大粒の雨が落ちてきて、その後、激しい降りになった。かなり濡れながらの配達。久々のこと。原向、野口、天地、大久保で41軒。途中お茶のみしたこともあって、配達はこれだけで夕刻に。

 

9日(金) 朝方、長瀬、坪野の41軒で配達。坪野を廻っている時、横倉の上倉直人さんから「ササユリが開花していますよ」という電話をいただき、横倉に向かった。途中、天代坂で空(雲)があまりにきれいだったので、何ヶ所かで写真を撮りながら、9時半頃に横倉に着いて撮影(下写真)。

 


 10時からは議会の議会運営委員会。1時間強だっただろうか。
 人と会いながら軽い昼食を食べた後、国道405の改良整備の最新の写真を確保するために秋山へ。併せて、ミズノサワなどの最新の様子も撮影。
 「下(しも)」におりてから、北野、中野、極野で47軒の配達。
 夜は今日撮影の写真データの整理に結構の時間を要した。

 

10日(土) 朝、平滝で22軒配達の後、桑名川へ。避難指示が出ている4世帯の近くの土嚢設置状況や飯山線橋梁の様子を撮影。
その現場に向かう時、桑名川の人たちが県道沿いに花植え作業をされているのが目に入っていたので、帰路、その様子を撮影し、区長の鷲尾さんとお話もした。

 

くわながわフラワーロードの会のみなさんの植栽作業

奥に見える赤い橋は市川橋。重機が見えるが、千曲川の護岸工事を実施中。


 花植えは「くわながわフラワーロードの会」のみなさんによる作業。有志参加で50名くらいの人たちが参加されているそうだ。長野県アダプトシステム(「信州ふるさとの道ふれあい事業」)というものと協定を結んでいるもの。「アダプト」とは「養子縁組する」という意味の英語で、住民が道路などの公共スペースを養子のように愛情をもって面倒をみることに対してアメリカで命名されたもの。長野県では「信州ふるさとの道ふれあい事業」という名称で2003年から実施、桑名川地区は2010年秋から取り組みを始められたそうだ。すでに7年間に及ぶ長期の取り組みと、土石流災害による避難指示という事態の中でもこういう作業に楽し気に取り組まれている姿に感銘を受けた。
 野田沢、雪坪での配達の後、昼前からは森集落の「タケノコ汁の会」。
 午後は「復興への歩み」No.309の編集作業。
 

 

東部水路の堤(原向)。6月9日午前撮影。

 

 

<お断り>
「配達日誌」は次回からメール配信とブログ掲載のみとし、配達はなしとさせていただきます。
印刷したものをご希望の方は松尾までご連絡ください。


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