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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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仮設住宅の解体工事始まる

  11月26日の復興村営住宅入居開始で多くの人が引っ越ししていった横倉の仮設住宅で28日から早くも解体撤去工事が始まりました。まずはA棟、D棟、G棟の3棟です。
 私自身を含めてこの冬も残る4世帯にとっては寂しい思いがしますが、冬の除雪作業のこと等を考えると、やむをえないですね。
 残っている世帯では一昨日午後、H棟の雪囲いをしました。


 写真左側フェンスに囲まれている部分が解体中。すでにD棟が完全に姿を消しています(7日朝撮影)。


解体中の部屋内部


居住者がいるH棟の雪囲い

栄村復興への歩みNo.180 (通算第214号) 11月30日

* 復興村営住宅を訪ねてみました

 待望の復興村営住宅への入居が26日から始まりました。
 28日午後、「お茶飲んでいきな」と声をかけて下さった知り合いのかあちゃんの住宅にお邪魔させていただき、写真撮影もさせていただきました。
 「仮設と違って、やっぱりいいよ。とくに外の景色が見えるのがいいな」。
 私も仮設住宅で暮らしていますから、わかりますが、仮設はたしかに雨露はしのげるものの、「わが家でゆったりする」という感覚はもてません。村営住宅はやっぱり「お家(うち)」という感じがします。
 私が訪ねていったらすぐに、かあちゃんが電話をかけて、近所の知り合いを呼び、3人でお茶のみ。「集落だなあ」という実感が湧き出てきます。                 


居間から外の景色がしっかり見えます

 お訪ねしたのは青倉集落ですが、個人再建の家も次々と完成してきて、ほぼ集落の人たちが青倉に戻ってきました。「夜、あちこちに電灯が点いて、集落のにぎわいが戻ってきた」という話も出ました。
 また、「“せぎ”(屋号)の肇さんが子供を4人も連れて集落に戻ってきてくれたから、子どもが増えたなあ」という嬉しい話も出てきました。
 確実に集落復興への第一歩が踏み出されたといえます。

* 復興をめぐる話題も話になりました
 「たしかに復旧は終わって、これからは復興だね。」
 「でも、私ら、復興といっても、何をしていいんだか、よくわからない。」
 「たとえば、おんなしょが集って、おけやどん(屋号)のかあちゃんに豆腐づくりを教えてもらう。そんな集まりをやっていけばいいんじゃないかな。」
 「それはいいね。このあいだは“あんぼ”をつくったようだし、…」
 復興村営住宅での、集落でのお茶のみから、復興への動きが始まっていくのではないかな、と強く感じました。
 
* 復興村営住宅の中の様子
 写真を撮らせていただきましたので、住宅の様子を紹介します。

 
(左)建物中央の通路、両側にそれぞれの世帯の玄関がある
(右)玄関から12畳のキッチン・リビングへ


 
(左)12畳のリビングはフローリングで、また広すぎて寒いので、カーテンで仕切りをつけ、畳状の上敷きをしいている
(右)洗面所と風呂場、お風呂は仮設と違い、広々としています


 
1階6畳和室からの眺め         2階には6畳の洋間が2つ

 一人暮らしや高齢者夫婦2人であれば、1階だけで十分ですが、2階に2部屋あるので、お子さんやお孫さんが里帰りしやすいですね。

* 注文点も
 以上のような様子ですが、入居者が不安に感じておられることもあります。
 1階のリビングと和室の掃出し窓に雪囲いがないことです。住人の訴えに対して、役場では「しばらく様子をみて」という対応だそうですが、雪囲いが必要なのは誰の目にもあきらか。囲い板は仮設住宅のものを活用できるようですから、早急な対応が望まれます。
 もう1つは、2階の「開かずの間」の存在。建設予算の上限との関係で、2階は床面積18畳分のうち6畳2間のみが造作されています。それはいいのですが、残りの6畳分について壁板で囲われ、入れないようになっています。それで、住人の人は「開かずの間」と呼んでおられるのですが、造作なしでいいので、有効活用できるスペースとして開放してほしいという要望が出ています。もっともな要望だと思います。
 
 以上、復興村営住宅についてのレポートでした。

「柱千本の家」って、ご存知ですか

 いま、青倉集落に、これまで見たことがないつくりの家が建てられつつあります。
 下の写真の家です。


 基礎の部分には一見したところ変わったところはありません。しかし、基礎の周りに足場が組まれ、大柱や屋根がないのに壁が作られつつあります。普通は大柱など家の骨格となる柱がたてられ、その上に屋根がつくられたうえで、壁がつくられますが、そういう普通の手順とは違うのです。もう1枚、写真をご覧ください。


 これは勝手口にあたる部分だそうです。
 この家、じつは柱をどんどんたてていき、それによって家をつくるという工法なのです。
 現場におられた請け負い会社(岐阜県恵那市)の社長(棟梁)に、「何という工法なのですか」とお尋ねしたところ、「とくに名称はないが、『柱千本の家』とでも言えばよいのでは」との返答で、「家は命の入れ物 柱千本の家」と書かれた名刺を下さいました。
 柱として使われている材は下の写真のとおり、厚く太いものです。


 この工法による建物は強度が非常に高いそうです。社長曰(いわ)く、「どんな地震にもびくともしません」。
 さらに、この「柱千本の家」の特徴として、「柱の木が室内の温度を適度に保つ機能をもっている。外の冷気が室内に入るのを食い止め、室内の暖かい気温を逃さない。逆に、外気が暑いときは、熱が室内に浸透するのを防ぎ、室内を適温に保つ。夏、室内が最高気温になるのは夕方の6時頃で、午後2時頃に外気が最高気温になる頃に室内も暑くなることはない」と話されていました。
 にわかには信じがたい話ですが、すでに実証実験のデータも十分にあり、研究者が調査結果を分析した論文もあるそうです。
 どんな家ができあがるのか、そして住み心地はどうなのか、非常に興味・関心があるところです。

復興村営住宅の姿が見えました

 青倉で国道117号線沿いに建てられている復興村営住宅1棟で、建物を覆っていたシートが外され、その姿が見えるようになりました。


なかなか感じのいい建物ですね。

 復興村営住宅の間取りは基本的にすべて共通だと聞いていますが、屋根の形は複数タイプがあるようです。写真のものの場合、建物の左右両側に雪が落ちるタイプですが、この住宅の少し後ろに建てられている2棟は建物裏側に落雪する形になっています。


 復興村営住宅はすべての建設箇所で同じテンポで進んでいるわけではなく、今回紹介したものは建設作業が最も進んでいるもの。まだようやく柱が立った段階というものもありますが、冬までに入居可能になることは間違いないようです。

復興村営住宅と教員住宅の建設

 村内道路から見える建設中の建物の写真を示し、それが何かを紹介していきます。
 
 
栄小の向かい側。教員住宅の建設です  横倉踏切手前、復興村営住宅の建設

 
(左)国道117から横倉に向かう左手   
   左に見える建設中の家と手前の基礎工事中の2ヶ所が復興村営住宅
(右)青倉トンネルを出てすぐ左に見える青倉の復興村営住宅(2棟)

 
(左)ブルーシートがかかっているのも青倉の復興村営住宅
(右)森の復興村営住宅(緑のシート)


 白鳥のアクアクララの工場のすぐ脇で建設中のものがあります。看板を見て確かめたところ、これも教員住宅でした。

震災復興住宅整備見学会開催(25日)

 25日午前、復興村営住宅で使われる栄村産木材の製造過程、現在、建築中の現場を見てもらうことで、今後の県産材の利用促進を図るという趣旨で開催されました。
 以下、見学会に参加した山内拓也さんの報告を紹介します。
 ………………………………………………………………………………………………………

 白鳥の製材工場では、鉋を機械でかける作業の実演を見学しました。今まで栄村の製材所になかった鉋をかける機械を導入した施設が7月末に完成し、2人の雇用を増やすことで、村で一貫して製材することができるようになりました。山から切り出してきた木を加工して乾燥機で乾燥させ、木材を鉋をかける機械に2回通して完成します。その鉋をかける1回目の作業の実演を見学しました。鉋をかけている杉材は柱に使われる材木で雪国にも対応した12寸角の認証材だそうです。
 1日に300本くらい生産できると説明されていました(森林組合の説明)。床や壁など使われる合板は、長野県に工場が無いため、栄村の杉と唐松を石川県の合板工場で加工してもらうそうです。


鉋をかける機械に木材を入れるところ

 森林組合の久保田道一さんは「取り寄せようと思えば南信だったり、外国さんの木材がの方が安かったりするけれど、地域で育った木を切り出して地元で使うことが大切だと思う」と話しておられました。
 続いて、建築中の現場では実際にどのように木が使われているのか、柱、梁、床などの構造躯体ごとの木の説明などを聞きながら住宅内の1階から見学しました。ほとんどが栄村産の木で、市場では売りにくいけれど、栄村の木らしい節が大きい木も使われているという説明もありました。


機械で鉋がかけられて出てくるところ

 今回、製材所と建築現場を見学し、木の切り出しから製材され住宅に使われるまでの過程を一通り知ることで、より栄村の木、復興村営住宅に愛着が持てるようになったと感じます。
 参加者の中からは、「県産材が広がれば、木の伐り出し、製材などで雇用が生まれる可能性があるけれど、冬は雪で作業が出来ないし、今回の復興村営住宅のための製材だけではなく、長続きするような経営が必要だ」という意見も聞かれました。


建設中の復興村営住宅(横倉駅近く)

……………………………………………………
 山内さんのレポートは以上ですが、復興村営住宅の建設が、このように栄村森林組合の新しい取り組みと結びつき、村の森林資源の活用と結びついていることは非常に大事なことだと思います。


たくさんの村内産のスギ材を使用

 山内さんのレポートの最後に紹介されていた村民のご意見をめぐっては、伐採、製材と同時に、森林資源のエネルギー源としての活用等の取り組みが重要だと思います。いわば現業部門担当の森林組合と連携しつつ、そして農地整備の問題とも結びつけつつ、栄村の森林整備計画を復興事業の一環として村が責任をもって形成していくことが求められていると思います。そして、そこでは、森林県としての長野県との緊密な連携が重要だと考えます。

上棟式の様子

 村内各所で住宅の再建(新築)工事が進んでいます。とくに被害が最も激しかった青倉集落では、個人による再建が6軒、現在、同時に進んでいます。また、青倉では復興村営住宅の工事が4ヶ所で始まっています。
 新築される家ではだいたいにおいて「上棟式」が行われます。棟上げまで工事が進んだ段階で、「建物の守護神と匠(たくみ)の神を祀(まつ)って、棟上げまで終了したことに感謝し、無事、建物が完成することを祈願する儀式」のことです。
 施主さんらが棟の上から餅などを撒く姿がよく見られますが、8日夕、知人の広瀬明彦さん宅の上棟式を下から見るのではなく、棟の上に上がって撮影させていただくことができましたので、「上棟式」とはどういうことかを知るべく、写真で紹介したいと思います。

 上の写真は建物2階で撮影したもの。写真正面に見えるものが「幣束」(へいそく)と呼ばれるもので、魔よけのために鬼門に向けて立てるそうです。また、HPなどを見ると、「建物の四隅に酒や塩、米などをまき、天地四方の神を拝む」とありますが、広瀬さん宅の場合、四隅にお餅が備えられていました。

 私は儀式が始まった直後に2階に上がらせていただきましたが、ちょうど、棟梁(とうりょう)が金槌で柱をでしょうか、数度にわたって叩いておられるところでした。これはどうやら「槌打(つちうち)の儀」と呼ばれるもののようです。その後、棟梁が祝詞を唱えられ、施主さん一家などが共に二礼二拍二礼をされます。そして、お神酒をいただき、その後、集まった近所の方々にむかって「餅まき」が行わます。この日は、お菓子などがまかれました。 

地盤が弱い青倉での家の再建

 3・12地震で最も被害が激しかった青倉集落。いま、集落内の各所で家の再建が進んでいます。
 青倉で家を再建するうえで最も重大な問題は地盤が弱いこと、これへの対策が最重要課題となります。


* 青倉の地盤が弱いゾーンの地層はどうなっているのか
 先日8日に行われた信大山岳科学総合研究所の報告会で配布された「報告書」には、「地中レーダーを用いた調査」の「まとめ」として、つぎのような記述があります。
「青倉地区では、旧国道を含む、北東−南西方向の領域に軟弱層の存在が予想される。この軟弱層の成因は明らかでない。(中略)青倉地区における家屋の被害は、軟弱層の分布予想域に集中している。」「今後ボーリングなどによる確認作業を行うことが望ましい。」
 「軟弱層」の存在は住民が震災後数か月目から経験的に認識してきたことであり、いま頃になって「ボーリングによる確認作業を」などと言っているのは、なんとものんびりした話です。
 地元の被災者はすでに1年前の昨年7月頃の段階で自宅再建候補地について民間業者にボーリングを依頼し、調査結果の報告を受けています。そこには、つぎのように書かれています。
「崩土(ほうど)によって形成された地形と思われ、崩土厚は不明であるが石及び固結土(こけつど)を多く含み、各測点においてバラツキが見られる。」
 つまり、ボーリングすると、1mくらいの深さで石などにぶつかる地点と、5mほどの深さになっても固い石や岩盤には突き当らない地点とが、1つの敷地内に混在しているわけです。そして、報告は、「何らかの補強対策が必要であるが、石及び固結土が障害となり杭状地盤補強は困難であると思われる」としています。
 

* 杭を74本打ち込んで地盤補強
 私の知人が、地震前の自宅のそばの田んぼを宅地に転換して、新築による自宅再建を始めています。上記のようなボーリング調査結果が出た土地です。
 知人は耐雪型住宅で自宅再建に取り組んでいますが、その地盤補強工事、基礎工事の様子を撮影させてもらっていますので、それを紹介します。

 
杭を打ち込むための作業       丸く白く見える部分が杭が打ち込まれた箇所

 業者さんの話では、上に紹介した報告書にあったとおり、杭が大きな固い石とぶつかるケースがあり、杭打ち作業が困難をきわめたそうです。
 

 上写真の中央に見える大きな石はその過程で掘り出されたものです。
 ここまでの写真は6月29日撮影です。


* 基礎工事(1)
 この杭打ち作業の後、杭が打たれた箇所の上部にコンクリがはられ、さらにそれが乾くと、その上に「墨付け」するという作業が行われました。
 
 
杭の周りの土を除去(1日)     新しい砂利土を入れる(2日)
 
 
杭が打ち込まれた部分にコンクリがはられ、そこに「墨付け」が行われた(3日)


* 基礎工事(2)
 この杭上にはられたコンクリ部分に、「墨付け」にしたがって建物の基礎がつくられていきます。

 
「墨付け」にしたがって鉄筋が組まれた(7日)
 
 
型枠が入れられ、鉄筋のいちばん下の部分に生コンが入れられ、きれいにならされた(左11日、右13日)


さらに鉄筋の高さまで型枠がはめこまれていく(16日)
 
 以上の工程をご覧いただいて、地盤補強−基礎工事がいかに大変なものか、実感していただけたのではないかと思います。
 この種のレベルの地盤補強−基礎工事は、軟弱な地層の場所では、阪神大震災以降、標準化しつつあるそうです。人は「住みたいところに住める」ようでいて、しかし、自然の地盤については自分で選択する自由はありません。青倉−栄村のような山間地ではとくにそうです。
 こうした膨大な経費を要する地盤補強(改良)を個々人の負担に委ねていていいものか、今後の震災対策では国や県のレベルでも真剣に検討する必要があると思います。
 
 次号は20日(金)発行とします。
 (了)

「あんぼの家」修復ワークショップ

 今年になって初めてのワークショップが7日に開催され、土壁塗りなどが行われ、随分と家らしい雰囲気が出てきました。

 
土壁上塗り(写真提供:岡田将彦さん)       


玄関脇の倉庫部分の壁塗り

 これは都会の人たちが気軽にやって来られる施設となり、上記の加工所づくりと併せて、地域資源の活用と交流を中心とする拠点をなっていくでしょう。
 8日夜8時過ぎ、「あんぼの家」周辺のホタルを見に行きました。とてもきれいでした。「あんぼの家」が一定時間、電気を消せば、部屋の中にもホタルが舞う「ホタルの家」にもなりそうです。              



復興村営住宅着工へ安全祈願祭・起工式

 今日2日、森、青倉、横倉等で順次、復興村営住宅の安全祈願祭・起工式がおこなわれました。
 建設されるのは計18棟・31世帯分で、基本的にすべての住宅に車庫も設けられることになりました。建設場所や車庫問題など、4月4日の復興計画策定委員会での議論や、その後の集落と村の再協議などを通じて、復興住宅の問題点は相当に改善されたといえます。


祈願祭に出席された青倉の入居予定者のみなさん 

 ただ、当初の34戸が31戸に減らされたことには疑問を感じます。たしかに、当初の入居希望者の中から辞退者は出たことは事実ですが、私が聞く限り、村営住宅への入居を求めている人・必要な人は31世帯の他にもおられます。5年先、10年先の村を見通した積極的な復興策を考えるならば、当初計画通り34世帯分を建設するのが適切なのではないかと私は考えます。

●日々、見守っていきましょう
 復興住宅は県住宅供給公社が建設主体となっていますが、実際の建設工事業者は集落毎に入札で決められたとのことです。
 どんなふうに建設が進むのか。地元の住民、とくに入居希望者が現場に足を運んで、見守っていくことが大事だと思います。田んぼの復旧工事を教訓にすることが必要です。住宅の建設は、田んぼのようには工事後の手直しがききませんので、疑問とすることは率直に言い、よりよい住宅ができるように努めることが必要です。入居希望者以外の方も区長さんらを軸に、工事の様子に注目し、自らの集落の復興の柱の1つとして、復興村営住宅建設に取り組んでいくようにしたいものです。