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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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雪の上に腰を下ろし、鳥甲山をじっと眺め続けるイギリス人男性


 一人の外国人男性が「のよさの里」(秋山郷・上の原)の前で雪の上に腰を下ろし、鳥甲山をじっと眺め続けています。1月18日昼すぎに撮影したものです。
 Japan Walkというツアー会社(所在地は大分県国東(くにさき)半島の杵築市(きつきし))が主催する「日本を歩いて旅する」企画で来られたイギリス人です。今回の旅は“Snow Country Trek”というツアー。
  1日目:東京→長野→戸隠、2日目:戸隠、3日目:戸隠→鍋倉、

  4日目鍋倉→野沢温泉、5日目:野沢温泉→秋山郷、6日目:秋山

  郷→長野、7日目:長野(善光寺)
 私が「のよさの里」で出会ったのは6日目。「のよさの里」の前夜泊まった6人のツアーグループは、朝からスノーシューを履いて、天池、さらにその奥をトレッキングされました。昼食のために「のよさの里」に戻って来られたところに出会いました。
 彼が鳥甲山を眺めていたのは5分以上にわたるでしょう。ただひたすらじっと見続けていました。これほどの絶景はそうそうに見られるものではないのです。
 Japan Walkのツアーは2月上旬、3月初めのあと2回、やって来る予定です。

 

日本・川越でのホームステイの感動が出発点
 Japan Walkは、1987年に日本留学したポール・クリスティさんというイギリス人が埼玉県川越市の日本人家庭にホームステイした時の感動が出発点にあるそうです。その後、ポール氏は2002年、大分県国東半島に住むようになり、古民家再生などに取り組みながら、Walk Japanの礎(いしずえ)を築いて来られました。
 このJapan Walkには現在、25人の社員がいて、日本全国で24種類のツアープログラムを案内しているそうです。今回私が出会ったツアーのガイドはやはり外国人でしたが、長野市在住で日本語はペラペラ。

 

秋山郷ツアーはすでに4年目。ガイドさんと「のよさの里」支配人の出会いがきっかけ
 このツアー、今年が初めてではなく、もう4年目。
 ガイドさんが冬の秋山郷を訪れ、「のよさの里」支配人・阿部高広さんと出会ったことが始まりだそうです。ガイドさんのお仕事内容を知った阿部さんが懸命に働きかけ、秋山郷へのツアー企画が実現。「ガイドは自分がしっかりやるから、あなたは宿泊の受入れをしっかりやってくれればいい」といのがガイドさんからのお話。ガイドさんが通訳もやってくれるのですから、インバウンド客の受入れにもまったく心配がなかったわけですね。

 

振興公社、そして栄村にはこういう“お宝の種”がいっぱいある!
 平成25年度、26年度の栄村振興公社事業報告書を見ると、「のよさの里」の「施設運営総括」の中に、「冬季シーズンは毎年厳しい状況下の中で、外国人客を中心とするツアー会社との企画で(スノーシュー体験ツアー)が入り、今後の冬期誘客としても繋がることができている」(H25年度)、「1〜3月(3回)行われた外国人客のスノーシュー体験ツアー企画では天候にも恵まれ……人数が年々増えつつあり、すでに来年度の予約も頂いております」(H26年度)と書かれています。
 でも、振興公社の話題としてあまり取り上げられたことはないですよね。
 先に紹介した毎週末さかえ倶楽部スキー場に来られる神奈川の人の話もそうですが、栄村の観光をめぐっては、「入込客数の減少」を嘆くどころではなく、いわば“お宝の種”とでも言うべきものがゴロゴロしていながら、私たちがそれに充分に気づかず、磨き上げることを怠っているのです。
 私は「議員活動報告」で振興公社への村資金投入問題をめぐる議会審議の模様を報告する一方、「再建策は『復興への歩み』で書く」としました。今回は再建策そのものを書くスペースがありませんが、何に気づくべきかはかなり明確になったことと思います。

 

 

1枚の写真

 

 秋山郷「とねんぼ」の大屋根からの落雪の瞬間(1月18日)。
 偶然の撮影、安全を心がけての撮影ですが、こういうものも誘客につながる資源です。


スキー場、オープン

 

 今日17日、さかえ倶楽部スキー場のオープンセレモニーが開催され、来年3月31日までのスキーシーズンが開幕しました。
 写真はセレモニーをグッと盛り上げるデモンストレーションの滑降。スキースクールのみなさんです。

 

 今日は朝から雪。スキーシーズンの開幕にふさわしい天候でした。
 昼頃にいったん止みましたが、午後にまた降り始め、里ではやや気温が上がったためみぞれに。
 明日以降、数日間、少し気温が上がるようですが、スキー場は大丈夫でしょう。

 

 オープンセレモニーの様子を何枚か、紹介します。

 

オープンセレモニーに集まったみなさん。
写真の真ん中には、この季節になぜかスイカのマスクを被ったレスラーが…。

 

激しい降雪の模様がいちばんよく見える1枚。鏡開きの直前で信州プロレスのグレート無茶さんが木槌を握りしめています。

 

 

時代が変わりましたね。鏡開きはやっても、乾杯は甘酒で。「飲酒運転絶対禁止」です。


栄村復興への歩みNo.295

切明で木島平村の村長さんらに出会い、感激しました
 5日、台風18号の接近が心配されましたが、朝はまだ薄曇り。秋山での配達に出向きました。11時すぎだったと思いますが、雄川閣に立ち寄ると、たくさんの料理を準備しているところでした。スタッフに尋ねると、「昨日、今日、明日、木島平村の人たちが約20名ずつ来られるので、その昼食の準備です。昨日はその中に観光課の人が数名おられた」とのこと。12時半頃に到着予定だというので、私は和山集落などの配達に出て、12時半頃にもう一度、雄川閣に戻ることにしました。
 私は12時半ぎりぎりに雄川閣に戻ったのですが、木島平村の人たちはすでにご到着。スタッフの許可をえて、大広間に向かい、「栄村の者です。お写真を撮らせてください」とお断りして撮らせていただきました。それが本頁の写真です。

 


 挨拶、そして乾杯が終わった後、写真右列中央の挨拶されていた方にお話をうかがいました。この方、じつは木島平村の村長の日䑓(ひだい)正博さんなのです。
  「栄村さんはジオパークということで津南町との連携を熱心にや

  っておられますね。それも結構なことですが、カヤの平、秋山郷、

  志賀高原を結ぶ連携にも力を入れていただきたい。ジオパークと

  一体であるのもいいと思います。」
  「まず道路が大事ですね。県道もそうですが、林道ですね。拡幅

  は難しいでしょうが、道路の安全を確保することが大事です。」
 私もまったく同感です。

 

高原シャトル便の試みをどう活かすか
 本ブログで紹介したたことがありますが、今年6月25日、木島平村観光センターからカヤの平を経て切明温泉までを結ぶ「高原シャトル便」というバスの運行が始まりました。土日・祝日の1日往復1便ですが、画期的な取り組みです。利用客が少ない日もありますが、多い日は20名前後が乗車されます。

 

高原シャトル便初運行日に雄川閣に到着されたお客さま(6月25日)


 この「高原シャトル便」、地方創生加速化交付金(平成27年度2次補正予算)で資金を得たもので、お客さんは無料で乗車できますが、残念ながら今年度限りの事業です。ただし、木島平村では来年度も継続 することを検討されているようです。
 「高原シャトル便」について森川村長と話したことがありますが、「栄村もお金を出している」と強調していました。たしかに上記の地方創生加速化交付金は広域連携での申請で、栄村も国から交付されたお金を拠出しています。しかし、6月25日の運行開始日、村商工観光課の対応はまったくありませんでした。この点については森川氏も批判していました。
 「高原シャトル便」が走れば、それで自動的に観光客が増えるというものではありません。いろんな工夫が必要です。いちばん重要なのは、乗られたお客さまから「あれはとても良かった。あなたも一度乗ってみるといいよ」と口コミで広がることです。そのためにも、路線で見られる素晴らしい景色のポイントなど紹介できるといいのですが、現在は格別のガイドさんは配置されていません。(下写真は「高原シャトル便」のコースに入るミズノサワの紅葉。昨年10月14日撮影)

 


 木島平村はそういう思いもあって、10月4〜6日の切明温泉までのツアーを実施されたのだと思います。栄村も商工観光課の職員を先頭に、このコースのツアーをやってみる必要があると思います(「俺はそのコース、走ったことあるよ」という人も多いかもしれませんが、やはり観光ルート開発という問題意識をもちながら走るのと、個人的な用件で走るのとは違います)。
 そして、森川氏も熱望している奥志賀公園栄線の春の早期開通、秋の閉鎖時期の繰り下げも、栄村と木島平村、さらに山ノ内町の連携の強化によってこそ実現への機運が高まるのではないでしょうか。
 最後に、木島平村のみなさんをおもてなしするために雄川閣のスタッフが用意した5日の昼食を紹介しておきます。栄村の素材にこだわった、なかなかのお料理でした。

 


宿泊の生徒たちから「トマトの国」へ感謝の寄せ書き――カギは村の新鮮な夏野菜!

 

 これは、8月26日から28日にかけて「トマトの国」に宿泊した東京の渋谷教育学園中学高等学校の生徒たちの感謝の寄せ書きです。
 いろんなお客さまが宿泊されますが、こういう寄せ書きは珍しいと思います。
 何をそんなに喜んでくれたのでしょうか?
 読んでみると、「ごはんがおいしかった!」という声がほとんどです。とくにカレーが大好評だったようです(下写真参照)。

なぜ、こんなに喜ばれたのか?

 


 支配人の広瀬春美さんにお尋ねすると、「野菜がいっぱいだったから」だそうです。
 ズッキーニやトマトなどを焼いたものを入れたそうです。カレー以外のメニューもとにかく野菜が大好評。生徒たちがボランティアなどに出かけた先でいただいて持ち帰った野菜もすべて食事に出し、みなさん、モリモリ食べたそうです。
 東京で平素食べる野菜は市場を経由し、畑で採られてから何日も経ったもの。栄村の新鮮な夏野菜が最高のごちそうだったのです。
 この話の中に、栄村の観光への大きなヒントがあります。〈夏は村の野菜で勝負!〉なのです。来夏は道の駅で昼食時に「栄村の夏野菜がいっぱい!カレー」を売り出せば、間違いなく人気商品になるでしょう。
 栄村を訪れた人たちの感想から学ぶことが栄村観光発展のカギだと思います。


栄村復興への歩みNo.292

こういうトピックスをどう扱っていくか
  ――村の将来はそこにかかっている

 

水番小屋の横手から余水吐に下って行く

 

斜樋の水栓での水量調整作業の様子を見学

 

水番小屋での英男さんへのインタビューの様子

 

 欲張って3枚もの写真を1頁に入れてみました。
 8月17日午前9時すぎから11時頃にかけての野々海池での撮影です。
 写真に見える4名のお嬢さんは武蔵野大学の学生さんです。森区長を務められる月岡英男さんが、「区長の仕事などについてお話を聞きたい」と依頼され、水番に行く野々海池に案内しながら、水番小屋で学生さんたちの質問に答えられました。
 「明日は若い女の子を野々海に案内することになっている。若い娘(こ)が野々海を歩く姿の写真があれば、野々海の観光人気も上がるぞ」。英男さんのそんな一言で、私が同行し、写真撮影をしました。

 

いろんなグループが訪れた夏の栄村
 武蔵野大学の学生グループは全部で20数名。やはり大学生のグループとしては、8月3〜5日に日本大学生物資源科学部がゼミ単位で栄村を訪れています。6月には駒澤大学文学部地理学科の学生さんたちが来ています。いずれも今年が初めてではなく、少なくとも数年から6〜7年、先輩から後輩へと引き継がれて、毎年来てくれています。
 子どもたちのキャンプでは、7月に横浜市栄区の子ども会、福島県の子どもたち、さらに8月中旬にはスキー場中腹にキャンプを張って、野々海などに出かけるかなりチャレンジングな「やんどもキャンプ」というものが開催されました。
これらは、私がちょっとだけでも情報を知り得たものをピックアップしたにすぎず、この他にもいろんな人たち・グループが今夏の栄村を訪れています。

 

「村をよく知っている人に案内してほしい」
 8月9〜10日には、東京の男女6名のグループ(ほぼ全員が60歳代の方々)から、「いわゆる観光タクシーではなく、村をよく知っている人にお薦めポイントを案内してほしい」という依頼をうけ、9日は秋山郷と津南の河岸段丘、10日は野々海と斑尾高原を案内しました。
 9日は朝から大雨警報が出る生憎(あいにく)の天候でしたが、気象レーダー図で雨雲の動きを確認しながら、曇天ないし小雨でも楽しめるポイントを選定して、朝8時半から夕刻5時半頃までご案内し、(自画自賛的になって書きづらいのですが)たいへん大きな満足をいただいたようです。1つのポイントは、
 真っ先にむかう地点を五宝木高原(旧鳥甲牧場)とし、さらに山田政治さん・せきさんご夫妻のお宅に上げていただいて、キャラブキやマタタビの塩漬けなどをいただきながら、お茶のみを出来たことでした。畑に花豆がきれいな花を咲かせるとともに、すでに大きな実が成っている様子を見られたことにも感動されていました。

 

山田政治・せきさん宅前。犂儻名所”ではないが、花豆が美しく、

ここで素敵な村人との出会いが生まれる

 

栄村への人の訪れを情報化し、その情報がさらに人を呼び込む好循環を生み出す
 観光にしろ、いわゆる「グルメ」にしろ、(さらには移住にしても)、ありきたりの観光パンフレットや「定型」的なHP情報などだけで人が関心を持つ時代はとっくに過ぎています。人が実際に訪れ、見聞したこと、体験したことを率直に語り、紹介してくれるのがベストです。
 しかし、栄村では、宿泊施設やお店の人は精一杯のサービスを心がけておられると思いますが、そのお客さまの体験を聞き出して、栄村のどんなところに魅力を感じられたのかを聞き出す努力はほとんどと言っていいほど、行われていません。したがって、栄村からの情報発信に、村を訪れたお客さまの感動を伝える内容は皆無に近い状態です。理想をいえば、村の情報発信サイトに栄村を訪れた人からどんどん投稿してもらうことができればよいと思います。そこにお客がお客を生み出す好循環が生まれてきます。
 これは狭い意味での「観光」に限られることではありません。栄村の農と食、伝統的な技などをめぐっても同様のことが言えます。

 

切明温泉の川原に湧く温泉のあたり。山奥での水遊びを楽しむ人びと。

切明のもう一つの顔が見えた!という感じです。


 私は鍵となるものは“文化”だと思います。美しい自然の風景ひとつをとってみても、それは村人の暮らしと密接に結びついていて、栄村の文化的財産としてあります。私たち栄村人がそれをどれだけ自覚し、言葉にして、外の世界にアピールしていけるか。ここに栄村の将来が大きくかかっていると思います。


奥志賀公園栄線の災害復旧の完了と今後の課題

  本紙前号でお伝えした奥志賀公園栄線の落石・土砂崩落による全面通行止めは、応急復旧工事の完了により、8月10日午後4時をもって解除されました。村民の方は村内告知放送ですでにご存じのことだと思いますが、11日に現場の様子を撮影してきましたので、お伝えします。

 


 落下する危険がある石(岩)が撤去され、斜面には2ヶ所、落石防止ネットが張られ(上の方のネットは写真では見えづらいかと思います)、道路脇には大型土嚢が積まれています。
 災害直後の建設事務所の対応から考えると、結果は予想外に早いスピードでの応急復旧の完了でした。お盆の観光通行にも間に合い、ほっと一安心です。
 しかし、同時に、恒久対策工事の早期実現のために県(建設事務所)への強力な働きかけが必要です。
 今回設置された落石防止ネットは今夏・秋シーズンへの対応としては充分でしょうが、しかし、本当に応急的なもので、冬の雪の圧力に耐えられるとは思えません。
 奥志賀公園栄線の春の早期開通は栄村・秋山郷観光にとって悲願です。例年、早くても5月下旬の開通で、同じ北信建設事務所が管理する渋峠の道割り・春の開通よりも1ヶ月ほど遅くなっています。しかし、奥志賀〜切明間は5月のGWなど、残雪と芽吹きのコントラストが素晴らしく、信州山岳高原観光の絶好のスポットです。
 来春の早期開通を実現する鍵は、この、災害箇所の恒久対策工事を一刻も早く進めてもらい、来春、除雪と同時に通行可能になるようにすることです。工事が来春待ちになると、また5月下旬以降の開通になってしまいます。
 


奥志賀公園栄線の応急復旧の様子

 7月28日の落石・土砂崩れ災害で通行止めになっていた奥志賀公園栄線の奥志賀〜秋山林道交差点間は、応急復旧工事が完了し、8月10日午後4時に通行止めが解除されました。
 翌12日、現場を見に行ってきました。

 


 上写真が落石・土砂崩れがあった箇所が応急復旧された様子。下写真は災害箇所の道路の様子(秋山郷から奥志賀に向かう方向で撮影)。

 

 

 1枚目の写真でも薄っすらと見えますが、崩れた斜面には2ヶ所、落石防止ネットが設置されました。その2つの落石防止ネットのクローズアップを掲載します。

 

道路に近い位置の落石防止ネット

 

崩壊面の中断やや上の落石防止ネット

 

 応急復旧は短時間で見事に行なわれました。
 しかし、あくまでも“応急”です。
 設置された落石防止ネットの強度は、推察するに、今冬、雪の量が多い場合にはこの斜面で生じ得る雪崩に耐えうるものではないのではないかと思われます。来春、鳥甲山などの残雪が美しいGW期間などに志賀高原方面からの観光客を秋山郷に招じ入れるには、奥志賀公園栄線の冬期間閉鎖の早期解除が必要であり、そのためには、この災害箇所の恒久的措置(雪崩防止・落石防止兼用の強度の高い柵の設置)を急いでもらうことが必要です。11月初旬には冬期閉鎖される奥志賀公園栄線、工事ができる期間はもう2ヶ月半余しか残されていません。現場の道路幅を考慮に入れると、一般車両の通行を可能な状態に保ちながらの工事が可能かどうかも、かなり難しい検討が必要なのではないかと思われます。
 栄村が県北信建設事務所、県北信地方事務所(観光部局)等に早急に働きかけることが必要だと思います。

 


上写真は崩壊斜面のいちばん上。
 4日撮影の下写真に見られた落石危険石は撤去されていました。しかし、上の写真を見ると、崩壊面よりも奥にまだ大きな石があるように見えます。崩壊斜面より上の部分の工事も必要かと思われます。

 


 応急復旧でホッとせず、早急な本格対策へ、村として全力をあげる必要があります。

 


奥志賀公園栄線での大雨による落石災害について

 7月末から8月頭にかけて連日のように大雨警報が出され、日によっては土砂災害警戒情報も出されました。「たしかに1時間ほどの激しい雷雨はあったが、土砂災害というほどのことはなかった」と思っておられる人も多いだろうと思われます。
 しかし、連日の大雨警報の初(しょ)っ端(ぱな)、7月28日に、奥志賀公園栄線で大きな落石災害が発生し、通行止めになりました。5日現在も全面通行止めで、応急復旧は11日の見通しです。

 


 災害発生地点は、上地図の赤丸のすぐそば。奥志賀のゲートから約5kmの地点です。現場写真をご覧ください。

 

 

 写真の崩落斜面のいちばん上から大きな石(というよりも岩か)が1つ落ち、直下の奥志賀公園栄線のアスファルト舗装にのめり込んだそうです。そして、斜面を右写真のように削り落としたのです。
 翌29日、落下した石が機械で砕かれ、撤去されましたが、斜面上に落下の危険がある大きな石が3つあり、4日まで、その撤去作業が行われました。いま、現場に応急の落成防止ネットを設置する作業が行われています。
 多くの観光客が志賀高原から秋山郷に入る重要道路。お盆休み前の全面復旧が待ち望まれます。


奥志賀公園栄線 盆休み前に応急復旧の見通し

 7月28日に奥志賀公園栄線で落石斜面崩落災害が発生し、通行止めになっていますが、今日8月4日午後、現場を見てきました。
応急復旧工事が実施されていて、施工関係者の話では「お盆前までに終わらせたい」とのこと。その後、村役場に問い合わせたところ、「北信建設事務所からは、通行止めは11日までという連絡」とのことです。
 今年の盆休みは、山の日の11日スタートですので、そこまでに応急復旧を完了させるということのようです。

 

 

 上写真は巨大な石(岩と言うべきか)が落下し、それによって斜面が崩落した箇所です。手前の土嚢は災害後に設置されたものです。

 以下、災害と応急復旧工事の概容を写真をまじえて報告します。


 現場は奥志賀公園栄線の奥志賀ゲートから5km地点の少し奥志賀よりのところです。
 災害発生時、現場近くでは落石防止ネットの修理工事が行われていました。災害の第一発見者はその工事の施工を担当していた湯本建設の人たち。
 上の写真を見ると、いわゆる土砂崩れに見えますが、湯本建設の人の話によれば、この崩落斜面は土がほとんどなく、岩盤だとのこと。大きな石(岩)が落下し、その石(岩)が斜面を削り落として、写真のような状況になったそうです。
 

 28日に落下した石(岩)と土砂(斜面が削られて落ちたもの)は29日中に撤去されましたが、その撤去作業は機械で石(岩)を割り、砕くことから始まったようです。下写真は、石(岩)が機械で砕かれ、道路脇によせられたものです。

 


 石(岩)は巨大なものであったため、道路のアスファルト舗装にめりこむ形になったそうです。実際の現場の路面は、4日に私が訪れた時、砕けた状態になっていました。


 さて、応急復旧は路面の石(岩)等の撤去だけでは済まず、この崩壊面の上方にある大きな石(岩)がさらに落下する危険があるため、その石(岩)を撤去することも必要となりました。冒頭の写真は撤去が必要な石(岩)のうち2つがすでに人工的に砕いて落とした後の様子。私が現場を訪れた時は最後の1つを砕き、落とす作業が進められているところでした。崩落斜面のいちばん上を望遠で撮影したものをご覧ください。

 


 作業員の人の姿が見えますが、石(岩)に特殊な薬剤を注入し、その薬剤の作用で石(岩)を割るそうです。(この写真は撮影の許しを得て撮っています。作業員は安全帯を着装し、充分な安全確認をしながら作業されています。)
 そのようにして石(岩)を割って落下させ、撤去します。
 その後、この斜面に落石防止ネットを設置し、応急復旧工事が完了します。(先に書いたとおり、この現場のすぐ横手には元々落石防止ネットが設置されていましたが、この崩落箇所には落石防止ネットは設置されていなかったとのことです。)

 

 さて、地図を示します。この現場から数百メートル秋山方向に進んだところで奥志賀公園栄線と雑魚川が交差し、雑魚川橋があります。そこに設置されている看板の地図です。

 


 地図中の赤丸が看板の場所ですので、災害現場はそのすぐ近くだとご理解ください。

 

 

 災害の報道には似つかわしくないかもしれませんが、花の写真と川の写真をご覧ください。

 

 

 現場付近にたくさん咲いている花です。とても綺麗です。

 さらに、雑魚川橋から見た雑魚川です。

 

 

 これも素敵です。
 このあたりは岩魚釣りの人の姿をよく見かけるところですが、ドライブコースとしても最高です。

 

 

 今回、私があえて現場を訪ねたのは、奥志賀公園栄線が栄村・秋山郷の観光にとって生命線的な位置づけをもつものであるにもかかわらず、災害発生から1週間経っても、道路を管理する県北信建設事務所からは「通行止め、当分の間」としか発表されていないからです。
 秋山郷の観光関係者の話では、「30、31日の土日はお客がほとんど入らなかった」とのこと。私も秋山郷を観察していて分かりますが、この時期の秋山郷訪問観光客は志賀高原方面から入るケースが圧倒的に多いのです。
 私は1日に森川村長に面会し、県建設事務所のトップと村のトップの間で連絡を取り合い、早急な打開を図るように申し入れました。森川村長は早急な対応をする旨、確約しました。
 こういう災害の発生、そして復旧のメドについては、これが「主要道」をめぐるものであれば、TVでニュース速報が流れたりするものですが、マスコミは奥志賀公園栄線をそのような対象としては扱っていません。
 ならば、自身で取材し、ネットで発信し、多くの人に知らしめることによって、奥志賀公園栄線を有名路線、重要路線に引き上げていくことが、秋山郷観光と栄村の発展にとって必要不可欠だと考えた次第です。

 


栄村復興への歩みNo.290

 今号は、いつもの号とはまったく異なる編集です。

 秋の紅葉観光をみすえ、「野々海池ガイドマップ」というものを制作し、それを「栄村復興への歩み」No.290としたのです。

 内容は、実際に野々海を訪れた方々から、「こういう情報が欲しい」と言われたことにお答えすることを心がけて構成しました。

 

 そこで、今号は、実際にお配りするパンフレットの現象形態を写真で見ていただき、その後に、本文内容や写真を掲載するようにします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野々海池ガイドマップ

A:三叉路、B:野々海池入口、C:キャンプ場、D:東窓湿地
E:県境、信越トレイル、F:野々海峠、G:ブナ林散策路

 

 

 

紅葉の野々海池

 

 野々海池の紅葉の最盛期は、平年、10月23日頃。ただし、ここ2年は1週間ほど早まっています。9月下旬〜10月初頭に最盛期の時期が予測可能になりますので、ネット情報にご注目ください(情報アクセス案内は8頁をご覧ください)。
 野々海池は、1頁地図のA地点からB地点に進み、そこで車を降りて、坂を下ります。赤い屋根の水番小屋の上のあたり、さらに坂を下って堤まで下りた地点などがビューポイントです。水辺ぎりぎりまで接近するのは危険ですからご注意ください。
(B地点への道は砂利道。狭い道なので離合にご注意ください。B地点で車をターンできます。)

 


B地点

 

池へ向かう坂道 (この頁の写真はいずれも2014年10月12日撮影)

 

 野々海に向かうコースは、国道117号線沿いの平滝集落から上がるコース(舗装路、野々海まで車で約20分)と、青倉集落・さかえ倶楽部スキー場から山道を上がるコースの2つがあります。
 スキー場からのコースは作業用道路で普通車での走行はかなり困難です。観光の
お客さまは平滝コースをお進みください。

 

三叉路(地図A地点)の紅葉風景

 

 

 野々海にはいろんな見どころがあります。

 下写真は東窓(ひがしまど)という湿地。1頁地図のD地点です。C地点のキャンプ場から入れます。

 

東窓


 湿地帯の中に木道が敷かれています。湿地を保護するため、木道以外のところには入らないでください。
 木道を進むと、小川があり、そこから先はブナ林。小径(こみち)をさらに進むと深坂(みさか)峠の手前に出ます。
 東窓の上のような紅葉風景は、野々海池の紅葉よりも1〜2週間早く見られます。

 

野々海高原内のドライブコース

 野々海池や東窓を散策するともに高原内をドライブするのも最高です。

 

 


野々海峠から見える日本海と棚田


 標高1000mの野々海高原に行って日本海を眺めるというのは想像外のことかもしれませんね。地図C点で左折し、野々海温井林道をF地点まで進みます。F地点の目印は大きなブナの木とその根元の石塚。
 野々海池の裏側のブナ林の中を進むドライブコースです。途中、E点が信越トレイルの出入り口で、このあたりは長野県最北端。

 

霧の中を進む
 日本海が望めるのは晴れて大気が澄んでいる日。でも、雨模様の日も捨てたものではありません。
 雨に濡れた落ち葉を踏みながら、霧にかすむ紅葉のブナ林はとても幻想的です。

 

 

(野々海峠から先に進むと上越市旧菖蒲村地区に出ます)

 


深坂峠
 C地点を直進すると、深坂峠(みさかとうげ)に出ます。
 とても展望がよく、晴れた日には弥彦山や八海山を望むことができます。

 


 深坂峠には眺望のいい小高い丘があり、お弁当をひろげるカップルやグループをよく見かけます。

(深坂峠から大巌寺高原〜松之山にぬける道は残念ながら落石復旧工事のため閉鎖中です)

 

平滝〜野々海間も最高のドライブコース
 ドライブコースとして楽しめるのは、野々海高原に着いてからだけではありません。
 平滝集落で国道117号線から野々海への道に入り、10分も進むと、紅葉の真ん中を進むことになります。平滝〜野々海間は「野々海池の紅葉はもう終わり」という時期に紅葉本番を迎えます。
 そして、往きと帰りで景色の印象が大きく異なるのも、このコースの特徴のひとつ。とくに日暮れが迫る時刻に野々海から下るとき、真正面に北アルプス方向の夕焼けを望めます。

 

 

 

ちょっと難度の高い散策コース

 ガイドさんを確保できたら(8頁参照)、あまり人が近づかないブナ林の散策を楽しむのが最高。

 


 上写真は、野々海では晩秋の10月23日に撮影したもの。落葉が進んでいますが、ブナの落ち葉をカサカサ言わせながら歩むのもまた楽しいものです。地図のGのコースです。往復小1時間程度。ガイドさんにお願いすれば、往路と復路に異なる道を辿ることも可能です。
 また、このGコースの先をさらに進むと、白鳥集落にむかう野々海水路の脇を下って、素晴らしいブナ林に出会えます。ただし、往き30分、帰路はずっとかなり急な上り坂で40分。チャレンジの価値は大いにあります。

 

 

落葉しきった野々海池にはまた別の楽しみ
 10月末〜11月初旬、すっかり紅葉が終わった野々海池を訪れる人の姿が見られます。手にはカメラと三脚。初雪までのほんのわずかな期間だけ見られる風景です。

 

 

野々海池の歴史

 北信州の山々の多くは元を辿れば海の中の火山。それが隆起して現在の関田山脈になっています。
 野々海池の起源は火口湖です。しかし、池の西側が浸食されて水が流れ出し、湿地に変わりました。
 現在の栄村の千曲川の左岸(北側)の人びとは水が無く、田んぼを作れずに困っていました。そこで江
戸時代後半から悲願となってきたのが、野々海湿地の西側に堤を築いて、毎冬7〜10mに達するといわれる雪の雪融け水を溜め、麓への水路を引くこと。
昭和24〜29年の足かけ6年をかけて築堤に成功。さらに隧道を掘り、麓まで水路を通しました。水路の完成は昭和34年のことです。

 

人力だけで堤を築いた難工事。昭和29年撮影の写真

 

 

春から初夏の野々海
 野々海はミズバショウ、さらにイワカガミの群落地です。
 ミズバショウなどの開花は5月初めから6月中旬までの間で、その年の積雪量、雪融け時期によって時期が異なります。今年は雪融けが早く、左の写真は5月4日撮影です。

 


 場所は深坂峠の少し手前の左手。道路からはほんのわずかしか見えません。道路脇に駐車スペースがあるところから雪の上を歩いて湿地に下ります。
 湿地の周りの雪の上を歩き、湿地そのものには立ち入らないように注意してください。長靴の用意が欲しいですね。

 その5月4日の野々海池はまだ雪で真っ白でした。

 

 

イワカガミの花

 野々海でイワカガミを見られるのはミズバショウの後。雪消えが早かった今年の場合で5月下旬〜6月初頭でした。
 見られるのは深坂峠のそば、野々海峠にむかう道の脇など。栄村で最高の群生地はスキー場の最頂部の奥の林の中です。

 

お泊り先で地元の人とお友だちになるのが野々海を楽しむコツ
 野々海を十二分に楽しむには栄村で一泊していただくのが望ましいですね。一泊すれば、野々海と同時に秋山郷を楽しむ時間も確保できます。
 お泊りは中条温泉「トマトの国」(0269−87−3030)や森宮野原駅前「吉楽旅館」(0269−87−2705)がお薦め。
 その宿泊先で地元の人と友だちになれば、ガイドを頼むこともできます。「トマトの国」の温泉に浸かりながら、毎夕お湯にやって来る地元の人に話しかけてみる。ちょっとシャイな方は、「トマトの国」の支配人・広瀬春美さんや、「吉楽旅館」の女将・吉楽里美さんに紹介を頼むのもいいと思います。