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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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飯山線SL運行の無事を祈る

力強いSLの動輪

 

 今日27日、4回目の試運転。今日は上り列車。
 いわゆる「撮り鉄」の人たちの様子を初めて観察した。
 まず第1に、危ない。カーブになっている国道117の森跨線橋部分の路側に大量の駐停車。
 第2に、私有地をまるで無料開放駐車場のごとく、勝手に駐車。しかも、国道の通行を妨げながら反対車線から強引に入って来る。
 このままでは事故が起きないか、心配である。村の取り組みが弱すぎる。先日、駐在と話したが、飯山警察署ものんびりし過ぎ。
 JRは今冬、雪見列車を飯山線に走らせることを発表した。冬は戸狩野沢温泉駅止まりの『おいこっと』を1回だけだが、1月に十日町まで走らせる
 JRも飯山線の価値にようやく気づいてくれたようだ。
 だからこそ、地元・村がしっかりしなければならない。

 

 

やや上り坂。新たな煙を吐く。

 

撮影場所をあきらかにしないため、SLだけを切りとって掲載しています。

 

 

 


思い出:飯山線を走るSL



 1971年に撮影された飯山線を走るSLです。
 撮影者は大山隆之さん。山口県のご出身で、現在は東京在住の方。奥さまの大山悦子さんが最近も栄村をお訪ね下さっているご縁から、「何か、お役に立てたら」と送ってきて下さいました。
 19日朝、雪の中を歩いて同じ地点に行き、森宮野原9時6分発上り列車が走る姿を撮影してきました。



 青倉〜横倉間のトンネルを横倉側へ出たところです。1971年の写真では千曲川が見えていますが、現在は線路脇に木が生え、千曲川が見えづらくなっています。
 客車を牽(ひ)くSLは1967(昭和42)年が最後ですが、貨物列車は1971年当時もかなり走っていたのですね。

渡辺うめ子さんの思い出

 写真を撮った後、横倉集落の渡辺利正さん宅を訪ね、奥さまのうめ子さんから思い出話をお聞きすることができました。
 
   「私は昭和23年生まれだけど、高校に通っていた頃、まだSL
    が走っていましたね。ディーゼルも走っていましたが、朝夕
    は乗客が多くて、3両くらいを牽くのでSLだった。当時は北
    信中学校の同級生だけで120人もいたから、たくさん乗った
    のですよ。」
   「高校の先生のご主人がSLの機関士さんだった。」
   「母の兄弟が飯山鉄道で働きたかったのだけど、実現しなかった
    んですよ。」
   「冬は学校の帰り、白鳥駅の手前(西大滝側)で雪が線路に溜ま
    って汽車が進めず、列車の中で夜明かしするなんてこともあり
    ました。」


飯山線のすぐそばの畑(線路の敷石が見えています)
渡辺さんご夫婦はいろんな作物をつくり、直売所に出される
 
 話は弾(はず)み、SL以外のお話も聞けました。渡辺さんご夫妻が若かったころ、冬は野沢温泉のスキー場に稼ぎに出られたそうです。栄村から一緒に働きに行った仲間の一人に大久保集落の人がおられたそうですが、その大久保の人はかんじきを履いて、毛無山から下って歩いて大久保に帰られたとのこと。野沢温泉からバスで飯山線の駅まで行き、飯山線を横倉で降りて、横倉から大久保まで歩くよりも、毛無山を下る方が早く大久保に帰ることができたというのです。
 私は最近、栄村の地形・大地への関心を深めていますが、たしかに毛無山から大久保集落へなだらかな山の斜面が続いています。

 次号もまた、この企画を続けます。みなさんの「飯山線SLの思い出」を是非、お寄せください。          
 

飯山線のSL復活、村民一人ひとりの力を合わせて大成功させたいですね

本年もよろしくお願い申し上げます

 新年最初の号をお届けします。
 みなさまにはお元気に新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 「栄村復興への歩み」も6年目を迎えました。微力ではございますが、本年も懸命に頑張っていきたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。



 信毎(信濃毎日新聞)や妻有新聞ですでに報道されているように、今年の秋(11月)に飯山線でSL(蒸気機関車)が運行されることがほぼ確実となりました。
 これは栄村にとって超ビッグなお年玉です。
 上写真は、このニュースをうけて、「飯山線SL運行を応援する市民の会飯山支部」が急遽制作し、掲げられているSL復活を祝うノボリです(8日、飯山市の明石仏壇店の店前で撮影)。
 下写真は昭和32(1957)年1月の大雪の時に森宮野原駅で除雪する蒸気機関車のロータリー車の姿です。森宮野原駅前の「かねく商店」の福島博さんが所蔵されている写真をお借りしました。



満員運行は間違いなし。問題は地元の歓迎(おもてなし)態勢と安全運行確保への協力体制
 SL運行は11月に飯山〜長岡間で2日間、各日1本ずつ実施されるようですが、予定されている客車3両を満席にするお客さまが全国からお出でになることは間違いありません。4年前の十日町〜長岡間でのSL運行でそのことは実証されています。
 いちばん大事なことは、私たち栄村がSL運行で大いに盛り上がり、村民総出でお客さまを出迎えることです。
 運行当日は水の補給のために森宮野原駅に停車するようですが(蒸気機関車は運転のために大量の水が必要です)、その森宮野原駅はいうまでもなく、通過する白鳥、平滝、横倉の3つの駅もホームや駅周辺がSL歓迎の村民で埋め尽くされる、そんなことが絶対に必要です。
 SL乗車のお客さまが、「わあ、栄村って、車窓の景色も素晴らしいが、それだけでなく、村の人たちが温かくて素晴らしい!」という感想を抱いてくださる。そしてJR東日本が「この栄村の歓迎態勢ならば、SLを飯山線で定期運行させる値打ちがある」と思ってくださる。
 それが、私たちがいま目指さなければならないことだと思います。


森宮野原駅で小休止するC56型のSL(昭和46年8月)
東京の庄田さんという方が撮影されたもの。駅からお借りしました。

 もちろん、それ以外にも課題はたくさんあります。たとえば、SL運行当日は、いわゆる「撮(と)り鉄(てつ)」と呼ばれる鉄道写真ファンの人たちが山ほど押しかけて来られるでしょう。絶好撮影ポイントである国道117号線栄大橋上など、想像を絶する大混乱となる可能性大です。それでも、事故一つ起こらない安全運行を確保するには、行政や警察の力を総動員するだけでは足りません。村民みんなが協力する態勢が必要です。
 SL運行を求めてきた沿線協議会、自治体等から今後、さまざまな協力の呼びかけが行われると思いますが、村民自ら積極的にSL歓迎へ取り組んでいくことが必要です。

SLの写真や思い出話をどんどんお寄せください

 本紙「栄村復興への歩み」では、SL運行歓迎への取り組みとして、村民のみなさんが秘蔵されているSL関連の写真、飯山線にSLが走っていた時代の思い出話などをお寄せいただき、それを本紙面で紹介していくようにしたいと考えています。
 写真をお持ちの方は是非、お写真をお貸しください。スキャナーという機械で画像を読み取り、本号1頁や2頁の写真のように、みなさんに公開していきます。
 また、私はいろんな方に声かけして、思い出話を聞き取っていきますが、「おらの話を聞いてくれ」という方は是非、お電話をください。お話を聞きに駆けつけます。
 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

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