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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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この寂寥とした初冬の景色がたまらなくいい

 


 22日、栄小の4年生が野々海池に行くというので、10時40分すぎ着で野々海池に行った。
 昨年は結果としては極端なまでの少雪だったが、野々海の本格的な積雪は早く、たしか11月18日が野々海池まで行けた最後だった。23日未明からはおそらくまた雪で、ひょっとすると今回が今年の野々海池の見納めとなるのかもしれない。
 すべての葉っぱが落ちた景色の寂寥感。これがたまらなく素敵だ。
 22日は気温は高く、風はあったものの、まったく寒さは感じなかった。が、景色はすっかり冬。私の想像を超える小学生たちの元気、行動力を示す写真はまたの機会に紹介するとして、寂寥感あふれる風景写真を存分に紹介してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


薄っすら雪化粧、18日朝の野々海池

 やや遅めの起床だったが、7時ちょっと過ぎにスキー場方向を見ると、一面の霧。そして、その後は真っ青な空。天気予報で「晴れ」マークだったが、まさかこんないい天気になるとは思っていなかった。

 

8時21分撮影

 

 そんなわけで、「今日こそは“初冬、快晴の野々海池”を撮るぞ」と、昨朝につづいて、今朝も野々海へ。
 出発が8時半過ぎと、昨日よりも遅く、配達の仕事もたくさん控えているので、「できるだけ短時間で上って、そしてすぐに下りよう」と思いながら進んだが、標高900mを超えてからだっただろうか、道端の様子が変なことに気づいた。9日の残雪ではなく、草の上に薄っすらとだが新しい雪があるように見えたのだ。
 次第に新雪の姿は明確になり、野々海用水の円筒分水器の地点で車から降りて、しっかりと写真を撮った(9:09)。

 

 

 いよいよ野々海池ゾーン。
 まず、三叉路の湿地の様子から。

 

9:12。

 

 三叉路まではタイヤ痕があったが、三叉路から野々海池入口までの砂利道は車も人も通った形跡なし。

 

 

 入口で降車し、池に下りる時、舗装面は滑るので、舗装面横の草の上を歩いて進んだ。
 体に感じる風はなかったが、湖面はさざ波で、湖面に映る絵はあまりいいものが撮れなかった。

 

9:19。

 

 昨日、月岡英男さんから「余水吐は水が落ちていたか?」と尋ねられた。
 まず、余水吐の様子から。

 

9:27。

 

 22日に野々海池に行く栄小の4年生に、「9日の積雪の時は、まだ余水吐から水は落ちていなかったが、その融雪の後、余水吐から水が落ちるようになった」と説明する比較写真を得たいと思い、いろいろ工夫した。その成果がつぎの写真。これと10日撮影のものとを見比べると、余水吐の位置と、水位の上昇→余水吐からの落水がよくわかると思う(小さな写真に入れた赤マークに注意)。

 

 

 

 

 余水吐から落ちた水の行方を見せたいと思い、堤を下って、余水吐から続く水路の撮影へ。

 

 

 上写真の真ん中下方に白く見えるのが野々海水路の始まりの部分に木の蓋をしたところ。
 その場所まで堤の急坂を下った。

 

堤を下り、下から堤を見上げたもの。

 

 水路の上の木蓋の上を少し歩くと、余水吐から落ちた水の流路に出会う。

 

 

 

 堤の下り・上りでたっぷりと汗をかいた。
 配達の仕事もあるので、「早く下りなければ」と思いつつ、東窓へ。「遠くからの撮影だけでいい」と思いながら向かったが、東窓が視界に入ると、いままでに見たことがない景色。キャンプサイトに車をおいて、東窓へ。

 

9:59。

 

 先日、天気がよくない時、野々海峠までは行ったが、深坂峠には行かなかったので、深坂峠には行くことにした。
 見えた景色は「想定内」のものだと思ったが、ある瞬間、視界左手に見えているものが日本海であることに気づいた。

 

山並みの向こう側に広がるのが日本海(10:12)。

 

 そんな撮影をしている時、空に飛行機雲があることに気づき、カメラを向けていると、カメラを向けた先の左手に旅客機の姿が…。秋山郷で見るのとは進行方向が逆で関西方面に向かう飛行機。

 

 

 

 「さあ、帰ろう」と思い、深坂峠から野々海三叉路方向に向かい始めたが、「そう、そう。ミズバショウ群生地のこの季節の様子を撮っておこう」と思いつき、下の写真のところを湿地に向かった。
 マフラーをしていなかったので、笹をかき分けて進むとき、雪が首筋から背中に入り、冷たかった!

 

 

 この湿地で、見る目を疑うようなものが目に入ってきた。

 

 

 ミズバショウの芽がたくさん出ているのだ!
 帰宅後、ネットでいろいろと調べたが、普通、ミズバショウの芽が出るのは春であり、「積雪前に芽を出して、芽の状態で冬を過ごす」という話は出てこない。ひょっとすると、寒くなった後に暖かい日があったために、「春が来た」と勘違いして芽を出したのだろうか。分かる人がいたら、是非、ご教示いただきたい。
 白く見えるのは、雪が朝の冷え込みで結晶状になったもの。また、よく見ると、水面が薄くだが凍っているのがわかる。

 

 

 

 野々海から下る途中、10:39に撮った1枚。
 正面に見えているのは火打山。
 先日もこの姿を見たが、今日はより大きく、より鮮明に見えた。妙高山につながる尾根もよく見える。
 妙高山の姿が入ったものも示しておく。

 

 

 

 以上で、時系列の沿った写真の提示は終わりだが、印象的なものをさらに2枚、掲載しておきたい。

 

野々海池の堤に進むときに渡る橋の上。
動物の足跡が。影は私のもの。

 

堤に戻るため、堤の真下から撮った1枚。

 


初積雪の野々海池にて

 

 今日11月10日は午前中は130軒余の配達、午後は議会の仕事と忙しかったが、その合間をぬって、昨日かなり積雪したであろう野々海池の様子を見に行った。
 水番小屋の赤い屋根と積もった真っ白な雪が水面に映る姿は、今日、最も感動した場面。
 堤のいちばん奥まで進み、そこから撮ってみた。ちなみに、撮影地点でゴボっと長靴がはまったところはかなりの雪の深さだった。

 

 

 

 

積雪の中で踏ん張る花。
堤の上にて撮影。

 

池に下る道の脇にて。

 

帰路、妙高山と火打山がはっきり見えた。

 

火打山のクローズアップ。

 

帰路、標高600〜700m地点にて。


大島中学校の全校生徒が野々海に遠足

 

 上写真は、旧大島村(現・上越市)の大島中学校の生徒が信越トレイルから深坂峠に姿を現した瞬間を撮影したものです。
 9月30日午前、気持ちいい秋晴れで、私は野々海の様子を見に出かけ、キャンプ場と深坂峠の間で中学生の集団と出会いました。全校生徒25名の遠足だということで、3つくらいのグループに分かれて、順次、姿を見せました。その後、キャンプ場で昼食弁当。先生が車で先に来られ、トン汁を用意して待っておられました。

 


 大島中学校の校歌には「野々海」が出てくるそうです。そういう縁で、3年に1回、全校で野々海に遠足に来られるとのこと。学校は「ほくほく線」大島駅の近くにありますから、かなり長距離の歩きです。往路は野々海峠から深坂峠の間2km、信越トレイルを歩いて来られました。
 大島村には、野々海池の築堤にあたって、栄村(当時は水内村)が大変お世話になりました。野々海で作業に従事する人たちが食べるお米は大島村から運ばれたものが多く、人足の面でも大島村の人たちにずいぶんお世話になりました。そして、大島村の人たちの協力を得るために奔走されたのが殉職された高橋統祥さん(青倉)でした。
 そういうご縁がある大島村の中学生たちと野々海で出会えたことはとても嬉しいことでした。


コウメバチソウ、そしてオニヤンマ

 

 9月1日に野々海池に行ったとき、こんな花に出会いました。
 咲いている場所は限られ、野々海池に下る坂道の水番小屋横の曲がり角から堤手前の橋までの間の土手で見られます。
 じつは、8月に入ってからだったと思いますが、野々海池を訪れるたびに気になる「花」がありました。下の写真のものです。何回か見たものは下写真の左側に見えるように茎の先端に白い球がついているもの。ひょっとすると7月後半から見ていたのかもしれません。8月23日に至って初めて、写真右側のように5枚の萼片が開いている様子を見ました。その時は、「この花は、これで開花状態なのかなあ」と思いました。そう思ってしまうほど、白い球の状態を長期にわたって見ていたのです。

 

 

 さて、9月1日に初めて見た花をクローズアップでご覧ください。

 


 とても気に入り、是非、ブログで紹介したいと思ったのですが、名前がわかりません。図鑑をしらべても、ヒットするものがありません。「困った時は知恵ある人を頼るのが一番」を考え、京都時代の友人お二人にメールで尋ねてみました。1〜2時間でお二人それぞれから回答のメールをいただきました。
 そのご教示をもとにさらにWebでの調べも行い、現時点では「コウメバチソウ」ではないかと考えています。

 「コウメバチソウ」と「ウメバチソウ」の二種があります。一見したところではまったく同じに見えるのですが、Webで拝見したものによると、仮雄しべがどれだけ裂しているかで見分けられるそうです。コウメバチソウは9〜11裂、ウメバチソウは11裂以上〜22裂とのこと。上に示した写真で見ると、9裂のように見えることから「コウメバチソウ」と判断した次第です。
 詳しい方、この判断に間違いがあれば、ご指摘・ご教示ください。

 

 この花、面白いところがあります。
 葉っぱは地面に近いところにあって、その葉の中を貫通するような形で茎が伸びているのです。下の写真をご覧ください。

 

 

 「コウメバチソウ」の学名はParnassia palustris var. tenuisで、Parnassiaはパルナス(聖なる山)、palustrisは沼地に生えると言う意味だそうです。なんか、野々海に咲く花にぴったりの名前だと思います。

 


 さて、野々海池で「コウメバチソウ」を見る前、野々海の三叉路でとても興味深いものを見ました。オニヤンマの交尾です。三叉路の舗装道路上でのものです。

 


 Webで調べると、オニヤンマを追跡し、交尾の様子を動画で記録している人もおられますが、よほど時間をかけないと、そういう撮影はできないと思われます。私は偶々、2匹のオニヤンマが連なっているのを目撃し、連写しながら徐々に近づき、上のような交尾状態がはっきり確認できる写真を撮れたという次第です。
 オニヤンマの雄は、雌を探すいわばパトロールをして、発見次第、雄は尻の先端にある尾部付属器を用いて雌の首を掴み(「連接」と言うそうです)、しかる後に交尾に至るとのこと。
 交尾をひたすら追いかけるという趣味は私にはありませんが、とても珍しい1枚だと思い、ご紹介する次第です。

 


猛暑の日、野々海に秋を見つけた

 

 今日16日は、昨日の雨模様の天候から一転、朝から猛烈に暑い。
 午前11時すぎ、配達を中断し、涼しさを求めて、スキー場から野々海にむかった。
 山に入って、車の窓を全開にすると、暑さは感じず、爽やかになった。

 山を抜けて、野々海の三叉路に着くと、期待通りの景色が目に飛び込んできた。
 三叉路の小さな池の際の湿地の低草はもう色づいている。今年もやはり、ここが真っ先に紅葉にむかう。
 池の手前に見える花期を過ぎたサワヒヨドリも素敵だ。

 

 

 


 続いて、野々海池にむかった。

 


 1週間前に訪れたときよりも、かなり水が減っている。
 そして、対岸の樹々には色づきが感じられる。

 

 

 

 

 東窓。
 むこうに見える林はまだ夏の色合いだが、湿地は秋の色をつけ始めている。

 

 

 

 午後1時すぎ、平滝に下るとき、鳥甲山の上空に秋の雲、うろこ雲が広がった。


ネジバナを見つける

 

 28日午後、野々海池に行った。16日以来、12日ぶりのことだ。
 青倉から山に上がる直前、空模様があやしくなった。野々海もあいにく小雨模様で、「爽やか」という感じではなかったが、後に平滝に下るにつれて、すごい蒸し暑さ。それと較べると、野々海はやはり涼しかった。
 そんな中、野々海池の堤でネジバナに出会った。たしか昨年も2〜3本見た。
 ところが、今日は堤の奥から出口に進むにつれて、何本も目に入る。「いったい、何本くらい咲いているのだろう?」。もう一度、野々海大明神のところまで戻って、1本、1本、確認し、かなりの枚数の写真を撮りながら進んだ。
 驚いたことに、堤の上だけで少なくとも72本を確認できた。水番小屋上の土手も含めると、80本を越えた。
 上の写真には少なくとも9本は写っているのだが、わかるだろうか。

 

 

 

 撮ったなかで花序が最もきれいにねじれているもの。

 

 

 

 こちらは見たなかで最も長かったもの。これはねじれていない。

 

 「ねじれた花序」がネジバナという和名の由来だが、ねじれないものもあり、また、ねじれには右巻きと左巻きの両方があるという。
 私がネジバナを初めてみたのは10年ほど前、青倉・城ヶ館の田んぼの畦道だった。そこでは、最近は見られない。野々海池の堤で増えているのだとしたら、嬉しいことだ。

 

 

 

 野々海池の水はかなり減っていた。でも、田んぼが水を必要とする9月上旬まで充分にもつ水位だ。

 

 

 

 こちらは野々海にむかってスキー場の中を上る途中の1枚。毎年、オミナエシ(女郎花)が見られるところ。2週間ほど前はまだ開花していなかったが、今日はもうしっかり黄色い花を見せている。そして、手前にはもう穂をつけたススキ。

 


野々海高原はまるで初秋のような感じ

 

 野々海池の裏側、野々海峠に通じる林道(下写真)を走ると、随所で山ブドウの蔓の葉が色づいているのが目に入る。
大気はじつに涼しく、爽やか。

 


 野々海高原に上る前、下界は午前8時半頃から空気がムッと暑くなり、9時には27℃に達した。しかし、平滝から野々海にむかい、標高700mを過ぎる頃から空気が変わった。

 

 

 何の木なのだろうか。クローズアップしてみよう。

 


 この木は、目に入るものすべて、このように葉の半分近くが色づいている。昨年までは気づかなかったものだ。

 

 

 ナナカマドの葉は真っ赤に色づいているものがある。

 


 ナナカマドの葉は例年、けっこう早く赤くなるものが見られるが、それにしてもやや早いように感じるが…。

 

 

 

 予報は一日を通して「曇り」だったが、青空も見られた。上写真は午前9時45分、野々海の三叉路での撮影。
 野々海峠、深坂峠に行ったが、新潟県側は霧で真っ白。なにも見えない。

 


 深坂峠では霧の中で中年のご夫婦がお弁当をひろげていた。素敵な雰囲気だった。
約2ヶ月前に可憐な花を咲かせていたイワカガミの葉は赤くなっている。

 

 

 いたるところでアキアカネに出会う。
 飛んでいる姿を撮るのは難しいので、とまっているところを1枚。

 

 

 

 

 野々海池大明神の横で、久々にチョウの群れに出会った。
 チョウがとまる花はネコノメソウ(ユキノシタ科)。
 大明神の左手のエゾアジサイも素敵だった。

 

 

 野々海池は少し水が減ったものの、「満々と水を湛える」と言ってもいいほどに、まだまだ水はたっぷり。

 

 

 

 

 野々海三叉路の小さな池の周りも少し色が変わってきている感じ。

 

 

 帰りはスキー場〜青倉に下る山道を選んだ。

 

 

 山を下るにつれて、気温が少しずつ上がるように感じられたが、ブナ林の中は気持ちがいい。

 そんななかで出会うヒヨドリバナの類。今年見たものの中で淡紅紫色が最も鮮やかだった。

 

 

 

 

 ヤブデマリと思われるが、ガマズミ属の樹の実は、かなり山を下っても、もう赤くなっている。
 この赤い実が高原の景色を7月初めとは異なるものしている。

 

 

 

 スキー場の最頂部近くで津南町の河岸段丘を撮影してみた。いままでになく鮮明。
 写真手前は栄村森集落で、村役場の建物が見える。

 

 さらに望遠を効かせたものの一部を切り取り、拡大すると、中子の池、「農家民宿ひがし」さんが見える。

 

 

 

 今日の最後は、スキー場内の道路脇で今年初見のヤマユリ。

 

 


栄村復興への歩みNo.289

野々海祭り、とても賑やかで最高でした!

 

 

 7月1日、恒例の野々海大明神祭が盛大に催されました。写真は神事の後、キャンプ場でのキノコ汁の振る舞いに集まった人たち。
とてもたくさんの人たちが集まりました。お天気に恵まれたことも一要因ながら(昨年は雨でした)、「懐かしい野々海を訪れたい」と思う村外居住の人たちが多く来られたことも大きな要因のようです。関係者の中からは、「バスをもう2台くらい増やしてほしいな」という村(役場)への声も上がっていました。
 今年は水不足が心配されましたが、野々海池はまだまだたっぷりと水を湛えていて(下写真参照、7月8日撮影)、大丈夫です。人力のみでの築堤工事を完遂し、水内の田んぼに水を送れるようにした先人の業績の大きさを改めて思い知らされます。

 

 

築堤工事の頃の写真をご覧ください

 

 

 非常に貴重な写真です。写真の裏には「29.8 築堤工事」と記されています。
 森集落の隣・羽倉(津南町)にお住まいの久保田晋介さん(白鳥集落出身、旧姓・月岡さん)からお借りした写真からスキャナー(写真をデジタル画像データに変換する装置)でデータをとりました。
 写真は築堤中の堤の上から堤に下りる坂の方を望んだものです。写真中央に牛がローラーを牽いている姿が写っています。人も20人ほどの姿が確認できて、牛の右手では数人の人がいわゆる「たこつき」(蛸胴突き)をしている様子も窺(うかが)えます。『水内開拓史』によれば、築堤工事は昭和24年8月31日に現場で地鎮祭が行われ、4年の歳月を経て、昭和29年9月28日に「野々海築堤完成祝」(於:北信中学校)が行われています。写真は完成を間近に控えた時期の仕上げ作業の様子なのですね。もう一枚ご覧ください。

 


 余水吐から流れ出た水を流す放水路を掘削している様子です。写真の裏には「余水吐 掘さく 昭和二十九年度工事 同三十年度完成予定」とあります。写真に見える橋は、現在も水番小屋の横手から堤に向かう途中にある橋のあたりに架けられた仮橋です。
 こういう築堤工事の様子をかなり鮮明に確認できる写真は『水内開拓史』でも見られません。他にも、水路建設の様子、野々海大明神を祀る巨石の運搬作業の様子など貴重な写真データを22枚確保させていただきました。野々海開拓事業に携わられたと思われる方たちにお見せし、他にも写真がないか、調べてみたいと思っています。
 野々海開拓の記録や記憶をお持ちの方、松尾(080−2029−0236)にご連絡ください。

 

野々海開拓事業を今日に受け継ぎ、水路改良工事に取りくむ平滝と横倉の人たち

 

 

 上の写真は7月8日撮影。
 場所は、『水内開拓史』に「平滝釼ノ木(けんのき)地籍から横倉上とや地籍隧道出口までの間が最も難所であった。山の峯をとおしたため勾配が一定にならず、中間に埋盛土のヵ所があり、火山灰土質であるので崩壊の危険に対して注意を払わなければならなかった」と記されているところだと思います。
 横倉への水路を日々管理されている上倉直人さんのお話では、「狭い峯のところが崩れ、その後、サイフォンにしてつくり直した」そうです。そのため、この箇所は歩いてしか通れません。そこで、今回、サイフォンを撤去し、上の写真に見られる黒パイプを入れ直し、この「谷」を埋めて、車も通れる水路管理道路をつくろうというのです。下写真のように重機で山を切り、その土を「谷」に投入しています。

 


 費用は、いわゆる「農地・水・環境」のお金で約300万円くらいだそうです。この改良工事には野々海開拓の精神が脈々と受け継がれています。栄村の村づくりはこうして一日も休むことなく、日々新たな努力が積み重ねられ、進められているんですね。

 


今日は野々海祭り

 今日7月1日は毎年、野々海大明神祭りの日。
 昨年は雨降りしきる中でのお祭りだったが、今年は好天。野々海池がきれいでした。

 

 

 私は今年は「公務」としての参加でしたので、神事の間の写真は撮っていない。お祭りに参集してくる人びとの様子と大明神の姿を紹介する。

 

 


 この大明神は大きな岩だが、現在の堤の下の川から運び上げられたもの。野々海開拓の事業すべてが完了した1970年頃のことで、人力のみで引き上げられたそうだ。

 

 

 大明神祭の後はタケノコ汁が振る舞われるのが恒例。以前は堤の上で行われていたが、最近はキャンプ場にて。タケノコ汁などを用意する今年の当番地区は森集落。

 

タケノコ汁の大釜と森の人たち

 

伝統食などを販売する平滝のかあちゃんたち

 

野外のテントでタケノコ汁を待つ人たち

 

 

来賓用の屋内会場での乾杯と音頭をとられた東京栄村会長の上辻(かみつじ)旦泰(あきやす)氏。

 

 

水不足の今年、野々海池にはまだまだたくさんの水があるが、「少し減ったな」という感はあった。

 

 

 

 帰路でのことだが、野々海三叉路のモリアオガエルの卵、まだ枝上にもあったが、かなりが池に落下し、バラバラになってきていた。ふと気づくと、先日までは聞こえなかった独特の鳴き声が耳に入ってきた。

 

 

 写真を見ると、水中の草の根がはっきり見える。水の透明度は高いのだ。

 この池の風景は次の写真。

 

 

 

 今日は往復とも、スキー場〜貝立山裏の山道コースを選んだ。
 青倉集落の貝立水路のかけ口入口を越えたあたりから、今日はトンボ・ラッシュ。トンボの群れをかき分けながら走る感じだ。連写でその様子を撮れたものを1枚。

 

 

 これは往路で撮ったもの。こういう写真をもう少し撮りたくて、復路も山道を選択したのだが、トンボの群れの撮影はうまくいかず。その代わりと言ってはなんだが、面白いことに初挑戦した。車を運転しながらの一眼レフでの片手撮影。レンズ窓を覗かずに、ただカメラをかざしてシャッターを切るだけなので、まともな写真が撮れているか、不安だったが、そこそこに面白いものが撮れていた。こんなことができるのは対向車も後続車もないからだが、理想は誰かに運転してもらって、助手席で撮ることだ。

 では、どんな道なのかを知っていただくために、撮影順にかなりの枚数を並べていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山道に入って1枚目の撮影は13:00。上の写真に見える山が貝立山。この撮影が13:11。間もなく、青倉集落の貝立用水かけ口入口を通過。そこからしばらくは車右手にずっとエゾアジサイが続く。まだ満開ではないが。

 

 

 

 

 

 

 


上は貝立山登山口付近。13:15。

 

 

スキー場最頂部に近づき、津南町の河岸段丘が視界に入ってきた。13:17。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後はスキー場内のブナ林。13:37。