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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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強雨の中、野々海大明神祭が行われました

 7月1日は毎年、野々海大明神祭(野々海開き)の日です。しかし、今年の7月1日は朝から梅雨前線の活発化による強雨。夕刻に温泉で出会った村の人は、「えっ! 野々海、やったの?!」と驚いておられましたが、予定通り開催されました。
 私は午前9時20分頃に野々海池に着きましたが、野々海水利組合や役場の人たちが降りしきる雨の中、大明神祭の準備を進めておられました。午前11時からの「神事」には議員職務で参加していましたので、写真は撮っていません。写真は当日の野々海の様子をお伝えするもの3枚を掲載します。

 

大明神前での準備作業(9時29分撮影)


 神事の後はキャンプ場管理棟でタケノコ汁を振舞う宴が催されました。今年は白鳥集落が当番で、白鳥集落のみなさんのお世話になりました。とても美味しいタケノコ汁でした。
 まだ残雪がある野々海。水内地区は今年、水の心配はないでしょう。

 


9時29分の余水吐

 

10時37分の余水吐

 ほとんど水が落ちていなかった余水吐から1時間後にはもの凄い勢いで水が落ちていました。この日の強雨の凄さがわかる比較写真です。


栄村復興への歩みNo.309(6月11日付)

 

 

野々海池の1ヶ月の間の変化を見る
 今号は少し変わった企画で、野々海池のこの1ヶ月間の変化の様子を写真で紹介することから始めます。
 1枚目の写真は5月9日に撮影したもの。野々海池への道はまだ開いていず、歩いて行って撮影したものです。他方、2枚目は6月11日午前の撮影。池にはもうほんの一握りのものを除いて雪はありません。
 

 野々海池を撮影しているアングルは様々ですが、変化の様子をご理解いただくことは可能だと思います。

 


 5月9日には芽吹きがまったく見られなかった野々海池ですが、5月17日午後に訪れると(この日はもう道が開いていました)、池はまだ雪で覆われているものの池を取り巻くブナの樹々はかなり芽吹いていて(上の写真)、さらに20日朝には青空が広がる中、とてもきれいな一斉芽吹きを見ることができました。

 

 

 そして、この5月20日、私はこの春初めて、野々海のミズバショウ群生地を訪れました。

 

 

 この場所はもうかなり多くの人がご存じなので位置を書きますが、深坂峠の少し手前(深坂峠に向かう場合の左側)です。
 5月20日、野々海キャンプ場〜深坂峠間の道路はまだ開いていなかったので、キャンプ場横の大きな湿地(=東窓)の雪原を突っ切り、沢を上ってこの場所に向かいました。
 かなり広大な群生地なのですが、この時点ではまだほんの一部しか雪は消えていません。それから約3週間後、6月21日には下のような様子に変わっています。

 


 まだまだ雪は残っていて、ミズバショウの群生はさらに拡がります。
 ミズバショウのクローズアップを1枚ご紹介しましょう。

 

 

●6月4日の野々海普請はまるで真冬の中の作業
 私は5月9日以降、17日、20日、26日、31日と何回も野々海池を訪れました。それは、ミズバショウの開花情報の提供という意味もありますが、なによりも6月初めに予定されている野々海普請にむけて野々海の状況を把握することにありました。道は開いたものの、今年は融雪がなかなか進まず、「この様子では普請は大変だなあ」と思っていたところ、普請当日の6月4日は雨が降る悪天候。気温は2℃か3℃くらいで、指先が痛くなるほど。まるで真冬のようでした。

 

水番小屋の扉を開ける


 野々海池の雪に大きな変化が生じたのは、その「まるで冬」のような6月4日の翌日〜翌々日。どんどん融け出したのです。

 

●6月11日の野々海はすごい人出
 6月11日は前日の強風・雨から一転、朝から快晴。スキー場を上がり、貝立山の裏を通って野々海に向かいました。1ケ所だけ道に雪がありましたが、強引に突破。9時半すぎに着きました。
 10時すぎくらいからでしょうか、次々と車が上がってきます。タイプは2種類。1つは山菜採りです。雪消えがかなり進んだので、野々海池近くにまで山菜採りが来始めています。群馬ナンバーで軽トラというのも見ました。もう1つはミズバショウを見る、雪のある景色を見るというドライブ。こちらも首都圏ナンバーがかなりありました。
 前号で「山・自然資源の管理・保護・活用」という問題を提起しましたが、平滝からの道の途中にゲートを設けることも検討するべきです。エリアへの入場を有料化しようということでは必ずしもありませんが、ひとまず野々海への人びとのアクセス状況を把握することが必要だと思うのです。カメラを設置してエリア入場状況を確実に把握するというのでもよいかもしれません。また、野々海のミズバショウをはじめとする自然資源の把握と保護への取り組みを強化することも求められています。信越トレイルの取り組みとの連携の強化も含めて検討するとよいのではないかと思います。


6月4日、野々海の普請

 

 

 上の写真は、午前10時32分、野々海池の斜樋の第1段の弁が開けられた瞬間。
 今日6月4日は野々海普請の日。午前8時半にそれぞれが持ち場に現地集合で、普請を開始。


 天気は最悪で雨。
 野々海池そのものは水利組合長の月岡英男さんをはじめ5名。
 手がかじかむほどの寒さ。おそらく2〜3℃くらいだったのだろう。

 

 

 軽トラを降り、装備を整えて、水番小屋へ。8時32分。

 

 

 

 入口を雪から守った扉を上げた。

 

 

 

 

 小屋に入って真っ先の作業は薪ストーブの煙突の設置、そして点火。
 8時43分には着火し、小屋の中が徐々に暖まり始めた。

 

 

 水番小屋の中から外を見た景色

 

 

 

 

 9時10分すぎ、月岡英男さんが斜樋を囲むフェンスの鍵を開けて、中の様子を確認

 

 

 自然の神への礼拝を忘れない。

 

 

 

 斜樋を囲むフェンスの全体像。

 

 

 余水吐の様子。

 

 

 

 

 堤に通じる橋の両脇の柵の設置作業が始められた。9時23分。
 霧が濃い。

 

 

 2分後、ほんの束の間だけ、霧が晴れた。

 

 

 9時28分の野々海池。対岸がまったく見えない。

 

 

 私はこの後、深坂峠方面、野々海峠方面の様子を見に出かけた。
 深坂峠までは道が開いたが、野々海峠方面は栄村と上越市の境界にあたる信越トレイルの野々海峠口のところまで。
 野々海峠口付近の雪はまだ多い。

 

 

 野々海峠口の深坂峠方向の様子。10時2分撮影。

 

 

 10時半近くに水番小屋に戻ると、2号分水点〜1号分水点の普請を終えた青倉、横倉、平滝の人たちが到着していた。
 その後、冒頭の写真で紹介した斜樋の弁が開けられる様子を撮影。

 

 

 しばらく、水番小屋でのみなさんの談論を聞かせていただいていたが、11時半すぎ、私はひと足先に里に下りた。
 その頃、霧が晴れて、対岸も芽吹きがくっきりと見えた。

 

 

 

 

 帰路、2号分水点に立ち寄り、道に戻る時、青空が見えた。

 

 

 

 里に下りると、12時半頃、役場横の気温表示は19℃。まるで別世界だ。
 今日も、野々海および野々海への道で多くの車に出会った。村外からの車。雪がなくなっているあたりは山菜採り。野々海池周辺は景色やミズバショウを見に来た人か。
 私も今日、ミズバショウの写真なども撮っているが、その紹介は別の機会に。

 

 今日、最後に強調しておきたいことは、天気が悪いときは、この時期の野々海はまだ冬だということ。下で天気が良くても、野々海方向の空を見て、曇っているようだったら、安易に野々海へ上らないようにしてもらいたい。霧に巻き込まれて遭難する危険があります。

 

(了)


道は開けられた。が、残雪はまだまだ多い

野々海池の水番小屋

 

野々海池堤の様子

 

 

 17日(水)午後、平滝に配達に行った折りに、少し様子を見ておこうと思い、野々海への道を上がったところ、道が開けられていました。
 野々海池の堤入口まで開けられており、また、キャンプ場のところまで開いています。
 私が行った際には除雪担当者の姿は見えませんでしたが、帰路、第2分水点の様子を見ている時に軽トラが1台上がり、その後、タンクローリーと出会いましたので、キャンプ場〜深坂峠の間の道割りが行われていると思います。
 道が開けられていたこと、野々海池周辺も一斉に芽吹いていることが9日との大きな違いですが、残雪はまだまだ多いです。普請まであと半月ありますので、普請までにはほとんど消えると思いますが。

 


 普請関係者が気になる地点の様子を紹介します。

 まず、森・青倉への水路と横倉・平滝への水路が分かれる第2分水点です。

 

道路脇の雪の壁の上から撮影。

 

雪の壁から斜面を下り、分水点付近を撮影したもの。

 

付近のブナの木の根元の様子

 

 

円筒分水器の上の道路の様子

 

円筒分水器付近の様子

 

写真中央やや下あたりが円筒分水器のあるところでしょう。

 

 

青倉からの道と交わる三叉路の様子。
青倉からの道はブルが入った形跡がありました。

 

堤入り口の様子

 

上の写真の地点から歩いて少し進んだところで視界に入った景色。

 

 

 ひとまず、以上です。

 

 

 

 


今日は野々海の雪山道トレッキング

 

 昨日、スキー場の残雪のゲレンデを登ってカタクリを見た後、「次は野々海に行こう!」と思った。
 スキー場頂上のカタクリのレポートを制作した後、天気予報を見ると、9日の午前中は晴れ。ということで、今日行くことにし、泉平などでの配達の後、道がまだ割られていない地点を午前10時54分にスタート。雪道をひたすらに歩き、11時52分に上の写真を撮影。野々海池の堤が見えた瞬間の画像。
 ここまでほとんど休憩なしで一気に来た。
 震災前に一度、雪の中を歩いて野々海池まで来たことがあったが、その時は4〜5人連れ。今日はまったくの単独行。
 地上の積雪は予想していたよりも多かった。2m超の地点もかなりあるように思う。
 野々海池の池の上の雪はそんなに多くない。やはり水の上にある分、融けるのがはやいのだろう。
 余水吐周辺の様子は次頁で。

 

 

 

 

 余水吐から落ちる水の勢いはまだそれほど激しくない。

 

 余水吐の様子はもっと全面的に撮りたかったが、これ以上、雪の斜面を下ることは危険。一歩誤ると、余水吐下に落ちる。すると、いっきに急坂になっている流れにのみこまれ、まず助からない。余水吐の撮影には、下の写真の斜面を下った。

 

 

 

 

 11:59。池を見下ろす地点に腰を下ろして休憩。リュックからバナナを取り出して食べる。
 このあたりでは、まだ鳥のさえずり声も聞こえない。まったくの静寂。
 その中で、なにか拡声器から流れるような音がかすかに聞こえてきた。耳を澄ますと、白鳥集落
の正午を知らせるメロディー。
 木の葉も繁っていず、遮るものがないので、ここまで聞こえるのだ。

 

 


野々海池の幅が狭まる東窓方向の様子。帰路に撮影。
これまでの経験から知るところによれば、池の雪はこちらが先に消える。

 

野々海三叉路の湿地の様子。

 

 

 ここからは往路の様子を少し紹介。

 

出発点

 

10:55

 

10:58

 

11:03

 

11:13

 

見覚えのある景色・地形。円筒分水器のある地点だ。11:23。

 

どれくらいの雪があるかがよくわかる1枚。11:28。

 

11:32。

 

これも見覚えのある景色・道の流れ。
このカーブを曲がると三叉路だ!
11:36。

 

三叉路到着!11:40。
いつもとはなにか違う感じがする。低木が見えないからだ。

 

三叉路から野々海池堤への道。
池の近くを通るのが近道とは思ったが、池に転落する危険があるので、通常の道があるあたりを進んだ。11:45。

 

通常の道はここから左へカーブして廻り込んで前方に見える「尾根」に出て、堤に向かうが、ここだけショートカットでまっすぐに進んだ。11:48。

 

ブナの木の根開き。11:49。

 

水番小屋の赤い屋根が見えた!
11:50

 

 

 帰路は下りが基本なので速かった。

 

軽トラを停めた地点に帰着。12:43。

 

 

 「道に迷わないか」が唯一の気がかりだったが、電柱が目印になった。来年はGWに〈野々海池雪山トレッキング〉を企画すると面白いかなと思う。

 


この寂寥とした初冬の景色がたまらなくいい

 


 22日、栄小の4年生が野々海池に行くというので、10時40分すぎ着で野々海池に行った。
 昨年は結果としては極端なまでの少雪だったが、野々海の本格的な積雪は早く、たしか11月18日が野々海池まで行けた最後だった。23日未明からはおそらくまた雪で、ひょっとすると今回が今年の野々海池の見納めとなるのかもしれない。
 すべての葉っぱが落ちた景色の寂寥感。これがたまらなく素敵だ。
 22日は気温は高く、風はあったものの、まったく寒さは感じなかった。が、景色はすっかり冬。私の想像を超える小学生たちの元気、行動力を示す写真はまたの機会に紹介するとして、寂寥感あふれる風景写真を存分に紹介してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


薄っすら雪化粧、18日朝の野々海池

 やや遅めの起床だったが、7時ちょっと過ぎにスキー場方向を見ると、一面の霧。そして、その後は真っ青な空。天気予報で「晴れ」マークだったが、まさかこんないい天気になるとは思っていなかった。

 

8時21分撮影

 

 そんなわけで、「今日こそは“初冬、快晴の野々海池”を撮るぞ」と、昨朝につづいて、今朝も野々海へ。
 出発が8時半過ぎと、昨日よりも遅く、配達の仕事もたくさん控えているので、「できるだけ短時間で上って、そしてすぐに下りよう」と思いながら進んだが、標高900mを超えてからだっただろうか、道端の様子が変なことに気づいた。9日の残雪ではなく、草の上に薄っすらとだが新しい雪があるように見えたのだ。
 次第に新雪の姿は明確になり、野々海用水の円筒分水器の地点で車から降りて、しっかりと写真を撮った(9:09)。

 

 

 いよいよ野々海池ゾーン。
 まず、三叉路の湿地の様子から。

 

9:12。

 

 三叉路まではタイヤ痕があったが、三叉路から野々海池入口までの砂利道は車も人も通った形跡なし。

 

 

 入口で降車し、池に下りる時、舗装面は滑るので、舗装面横の草の上を歩いて進んだ。
 体に感じる風はなかったが、湖面はさざ波で、湖面に映る絵はあまりいいものが撮れなかった。

 

9:19。

 

 昨日、月岡英男さんから「余水吐は水が落ちていたか?」と尋ねられた。
 まず、余水吐の様子から。

 

9:27。

 

 22日に野々海池に行く栄小の4年生に、「9日の積雪の時は、まだ余水吐から水は落ちていなかったが、その融雪の後、余水吐から水が落ちるようになった」と説明する比較写真を得たいと思い、いろいろ工夫した。その成果がつぎの写真。これと10日撮影のものとを見比べると、余水吐の位置と、水位の上昇→余水吐からの落水がよくわかると思う(小さな写真に入れた赤マークに注意)。

 

 

 

 

 余水吐から落ちた水の行方を見せたいと思い、堤を下って、余水吐から続く水路の撮影へ。

 

 

 上写真の真ん中下方に白く見えるのが野々海水路の始まりの部分に木の蓋をしたところ。
 その場所まで堤の急坂を下った。

 

堤を下り、下から堤を見上げたもの。

 

 水路の上の木蓋の上を少し歩くと、余水吐から落ちた水の流路に出会う。

 

 

 

 堤の下り・上りでたっぷりと汗をかいた。
 配達の仕事もあるので、「早く下りなければ」と思いつつ、東窓へ。「遠くからの撮影だけでいい」と思いながら向かったが、東窓が視界に入ると、いままでに見たことがない景色。キャンプサイトに車をおいて、東窓へ。

 

9:59。

 

 先日、天気がよくない時、野々海峠までは行ったが、深坂峠には行かなかったので、深坂峠には行くことにした。
 見えた景色は「想定内」のものだと思ったが、ある瞬間、視界左手に見えているものが日本海であることに気づいた。

 

山並みの向こう側に広がるのが日本海(10:12)。

 

 そんな撮影をしている時、空に飛行機雲があることに気づき、カメラを向けていると、カメラを向けた先の左手に旅客機の姿が…。秋山郷で見るのとは進行方向が逆で関西方面に向かう飛行機。

 

 

 

 「さあ、帰ろう」と思い、深坂峠から野々海三叉路方向に向かい始めたが、「そう、そう。ミズバショウ群生地のこの季節の様子を撮っておこう」と思いつき、下の写真のところを湿地に向かった。
 マフラーをしていなかったので、笹をかき分けて進むとき、雪が首筋から背中に入り、冷たかった!

 

 

 この湿地で、見る目を疑うようなものが目に入ってきた。

 

 

 ミズバショウの芽がたくさん出ているのだ!
 帰宅後、ネットでいろいろと調べたが、普通、ミズバショウの芽が出るのは春であり、「積雪前に芽を出して、芽の状態で冬を過ごす」という話は出てこない。ひょっとすると、寒くなった後に暖かい日があったために、「春が来た」と勘違いして芽を出したのだろうか。分かる人がいたら、是非、ご教示いただきたい。
 白く見えるのは、雪が朝の冷え込みで結晶状になったもの。また、よく見ると、水面が薄くだが凍っているのがわかる。

 

 

 

 野々海から下る途中、10:39に撮った1枚。
 正面に見えているのは火打山。
 先日もこの姿を見たが、今日はより大きく、より鮮明に見えた。妙高山につながる尾根もよく見える。
 妙高山の姿が入ったものも示しておく。

 

 

 

 以上で、時系列の沿った写真の提示は終わりだが、印象的なものをさらに2枚、掲載しておきたい。

 

野々海池の堤に進むときに渡る橋の上。
動物の足跡が。影は私のもの。

 

堤に戻るため、堤の真下から撮った1枚。

 


初積雪の野々海池にて

 

 今日11月10日は午前中は130軒余の配達、午後は議会の仕事と忙しかったが、その合間をぬって、昨日かなり積雪したであろう野々海池の様子を見に行った。
 水番小屋の赤い屋根と積もった真っ白な雪が水面に映る姿は、今日、最も感動した場面。
 堤のいちばん奥まで進み、そこから撮ってみた。ちなみに、撮影地点でゴボっと長靴がはまったところはかなりの雪の深さだった。

 

 

 

 

積雪の中で踏ん張る花。
堤の上にて撮影。

 

池に下る道の脇にて。

 

帰路、妙高山と火打山がはっきり見えた。

 

火打山のクローズアップ。

 

帰路、標高600〜700m地点にて。


大島中学校の全校生徒が野々海に遠足

 

 上写真は、旧大島村(現・上越市)の大島中学校の生徒が信越トレイルから深坂峠に姿を現した瞬間を撮影したものです。
 9月30日午前、気持ちいい秋晴れで、私は野々海の様子を見に出かけ、キャンプ場と深坂峠の間で中学生の集団と出会いました。全校生徒25名の遠足だということで、3つくらいのグループに分かれて、順次、姿を見せました。その後、キャンプ場で昼食弁当。先生が車で先に来られ、トン汁を用意して待っておられました。

 


 大島中学校の校歌には「野々海」が出てくるそうです。そういう縁で、3年に1回、全校で野々海に遠足に来られるとのこと。学校は「ほくほく線」大島駅の近くにありますから、かなり長距離の歩きです。往路は野々海峠から深坂峠の間2km、信越トレイルを歩いて来られました。
 大島村には、野々海池の築堤にあたって、栄村(当時は水内村)が大変お世話になりました。野々海で作業に従事する人たちが食べるお米は大島村から運ばれたものが多く、人足の面でも大島村の人たちにずいぶんお世話になりました。そして、大島村の人たちの協力を得るために奔走されたのが殉職された高橋統祥さん(青倉)でした。
 そういうご縁がある大島村の中学生たちと野々海で出会えたことはとても嬉しいことでした。


コウメバチソウ、そしてオニヤンマ

 

 9月1日に野々海池に行ったとき、こんな花に出会いました。
 咲いている場所は限られ、野々海池に下る坂道の水番小屋横の曲がり角から堤手前の橋までの間の土手で見られます。
 じつは、8月に入ってからだったと思いますが、野々海池を訪れるたびに気になる「花」がありました。下の写真のものです。何回か見たものは下写真の左側に見えるように茎の先端に白い球がついているもの。ひょっとすると7月後半から見ていたのかもしれません。8月23日に至って初めて、写真右側のように5枚の萼片が開いている様子を見ました。その時は、「この花は、これで開花状態なのかなあ」と思いました。そう思ってしまうほど、白い球の状態を長期にわたって見ていたのです。

 

 

 さて、9月1日に初めて見た花をクローズアップでご覧ください。

 


 とても気に入り、是非、ブログで紹介したいと思ったのですが、名前がわかりません。図鑑をしらべても、ヒットするものがありません。「困った時は知恵ある人を頼るのが一番」を考え、京都時代の友人お二人にメールで尋ねてみました。1〜2時間でお二人それぞれから回答のメールをいただきました。
 そのご教示をもとにさらにWebでの調べも行い、現時点では「コウメバチソウ」ではないかと考えています。

 「コウメバチソウ」と「ウメバチソウ」の二種があります。一見したところではまったく同じに見えるのですが、Webで拝見したものによると、仮雄しべがどれだけ裂しているかで見分けられるそうです。コウメバチソウは9〜11裂、ウメバチソウは11裂以上〜22裂とのこと。上に示した写真で見ると、9裂のように見えることから「コウメバチソウ」と判断した次第です。
 詳しい方、この判断に間違いがあれば、ご指摘・ご教示ください。

 

 この花、面白いところがあります。
 葉っぱは地面に近いところにあって、その葉の中を貫通するような形で茎が伸びているのです。下の写真をご覧ください。

 

 

 「コウメバチソウ」の学名はParnassia palustris var. tenuisで、Parnassiaはパルナス(聖なる山)、palustrisは沼地に生えると言う意味だそうです。なんか、野々海に咲く花にぴったりの名前だと思います。

 


 さて、野々海池で「コウメバチソウ」を見る前、野々海の三叉路でとても興味深いものを見ました。オニヤンマの交尾です。三叉路の舗装道路上でのものです。

 


 Webで調べると、オニヤンマを追跡し、交尾の様子を動画で記録している人もおられますが、よほど時間をかけないと、そういう撮影はできないと思われます。私は偶々、2匹のオニヤンマが連なっているのを目撃し、連写しながら徐々に近づき、上のような交尾状態がはっきり確認できる写真を撮れたという次第です。
 オニヤンマの雄は、雌を探すいわばパトロールをして、発見次第、雄は尻の先端にある尾部付属器を用いて雌の首を掴み(「連接」と言うそうです)、しかる後に交尾に至るとのこと。
 交尾をひたすら追いかけるという趣味は私にはありませんが、とても珍しい1枚だと思い、ご紹介する次第です。