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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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中条川1号崩壊地、現在の様子

 イベントの楽しい話題から一転して、厳しい現実の直視です。

 


 上写真は、中条川上流1号崩壊地で、崩落し堆積している土砂を掘削し、ダンプで搬出する作業の様子です。8月17日に許可を得て撮影しました。
 7月に始められ、今秋期、降雪前までに完了すべく、この現場と森開田上の旧村営グラウンドの間を1日80往復する猛烈な作業が行われています。
 工事の概要を写真で説明します。

 


 これは今年4月30日、雪消え時に撮影したものですが、赤線で囲った部分、これは6年前の地震・山腹崩壊で崩落した土砂が堆積しているものです(安定性を確保するために整形されていますが)。
 今後、2013年9月の土石流を引き起こしたような大雨などがあれば、この堆積土が崩れ、土石流となって流下する恐れがあります。そこで、これを除去するのが今回の工事作業です。さまざまな悪条件が重なり、当初計画より2年程度遅れています。次の写真は8月20日に上の写真とほぼ同じ地点から現在の状況を撮影したもので、堆積土の右側の部分が一定程度、掘削・除去されたことがわかります。

 

 

 この頁冒頭の写真でお分かりいただけるように、深い(しかも不安定な)谷に面したところでの作業で、非常に危険を伴う厳しいものです。

 それだけではありません。ダンプでの土砂の運搬が容易ではありません。旧村営グラウンドと1号崩壊地の間の道路。元はと言えば、森開田用水の管理のための軽トラ1台だけが走るような道。現在は少し道幅を広げ、軽トラで走るぶんには「広くなったなあ」という感じがしますが、ダンプカーの場合、ダンプカーの幅と道幅はほぼ同じ。しかも、坂道あり、断崖絶壁の真上ありという道で、ものすごく緊張するものです。私も17日、ダンプの真後ろを走らせていただきましたが、1号崩壊地に何回も、何回も通っている私でも《今までに体験したことがない怖さ》を感じました。
 坂道部分には、ただの鉄板では滑りやすいということで、ロードマットというものが敷かれていますが(下写真)、これがまた大変。この上を走ると、ダンプのタイヤも削られるそうですし、軽トラの場合はタイヤが小さいのでとてもおっかないです。

 

 

 1号崩壊地では、この工事作業として並行して、森上水道の水源の工事、開田用水の頭首工工事が行われています(水道関係工事の様子はまた別の機会に紹介します)。
 搬出土砂量の多さを見ると、降雪前に完了させることができるか、「厳しい、大変だ」と思います。そして、その先に、中条川土石流対策の諸工事がまだいくつも待っています。
 工事作業の安全を祈念します。そして、現場をまた訪れ、レポートします。


中条川の土石流対策、そして森集落水道工事の現状をめぐって

 森集落では、7月5日〜7日、10日〜14日の計8日間、夜間断水になります。水道本管のマンガンによる汚染を除去するための洗浄作業が行われるためです。森集落住民のこの間の悲願の実現への大きな一歩となるでしょう。各家庭への引込管の洗浄作業が行われないのは残念ですが、頻繁に茶色の水が出る事態が打開されることを期待します。
 また、森集落水道の取水地を震災前の水源に戻す工事も進んでいます。中条川土石流対策の県林務課所管の工事も実施できるよう、工事用車両が走る道路への配水管埋設工事が優先的に行われ、水源地の工事はこれからのようです。

 

「トマトの国」付近を含め、これからの工事がたくさん残っています
 最近、「トマトの国」である人から「今年は工事の人を見かけないけれど、中条川の工事はもうないの?」と尋ねられました。私は「いえ、終わってないですよ。あと3〜4年はかかると思います」と答えました。土石流が発生しても「トマトの国」を直撃することがないように導流堤を築造することが最終工事となる予定です。
 そんな中、議会6月定例会で森川村長は、「トマトの国」周辺の対策工事は「もうほとんど終わり」という誤った認識を口にしました。「日本一安心できる村」という森川氏のスローガンが泣きます。私は県林務課の資料を基に村長に正しい認識を持ってもらうように説明しました。
 6月29日には今年行われる中条川の工事の地元説明会がありました。私は所用で村外に出ていて出席できませんでしたが、説明資料をいただきました。以前に林務課からいただいた計画に沿った工事の実施ですが、「予算の確保がだんだん厳しくなっているのかなあ」という感もあります。
 今年もまた中条川の土石流対策工事の進捗状況を取材し、みなさんにお伝えしていきます。

 

 上写真は7月1日強雨時の中条川「トマトの国」下の様子。
 この箇所の工事はまだ予算がついておらず、工事実施は平成30年度以降になります。

 


1枚の写真

 

 11月4日午前に中条川上流の地震による山腹崩壊地の最頂部から撮影したものです。ネット上のブログでは直後に公開しましたが、「復興への歩み」での紹介は頁数との関係で今号になってしまいました。「栄村でいちばん綺麗な紅葉」の撮影を目的にモルタル吹付工を施工されていた螢侫ザワコーポレーションさんのご協力を得て、撮影したのですが、2度の土石流を起こし、いまなお危険がある中条川の全体像がよくわかる1枚でもあります。
 

 

 


写真記録:モノレールで山腹崩壊地最頂部へ

9:48、出発直後

 

右手に崩壊斜面

 


9:49

 

9:50

 

9:50 進行方向左手の眺め

 

9:50

 

9:50 右手の眺め。わずかに崩壊斜面が見える。

 

9:51。同じく右手、崩壊斜面が見える。

 

9:51

 


9:51 左手の眺め。

 

カメラを頭上にかざして。

 

9:52

 

9:52。右手。崩壊斜面が見える。

 


9:52。中条川を挟み、山腹崩壊地向かい側の尾根。

 

9:52。遠くに鳥甲山が見えた。

 


9:53

 

9:53。中条地区や栄大橋がかすかに見える。

 

9:53

 

崩壊斜面が広く見えるようになってきた。

 

9:53

 

9:53

 


9:53

 

9:53

 

9:54

 

9:54。レールが少し平坦なところにある。
このあたりで、いったん停車して下さった。

 


9:54。モルタル吹付の最上部の一部が見える。 9:54
作業員の人はここを歩くそうだ。

 


9:55

 

9:55

 

9:55

 

9:55 木にロープが巻き付けられている。 9:46
これがモルタル吹付作業用に斜面に垂らされている
ロープの「根元」。

 

 

9:56

 

9:56

 

9:56 ここも作業員が歩くそうだ。

 

9:56

 

9:56

 

9:57

 

9:57。レールが平たんになる。この先に降り場がある。

 

 

10:15
モノレールには降り場から先がある。前回は行かなかった。「どこまで続いているのですか?」と尋ねると、「じゃあ、行きましょう」ということになった。

 

10:16

 

10:16

 

10:17。先にかなり急な下り坂が見える。

 

10:18。こんな眺めは初めてみた。

 

10:19。到着したのはこんなところ。

 

10:20。高澤さんから「ここまで大丈夫ですよ」と言
われたが、彼が立っているところまで進むこと
はできなかった。

 

10:21。私がぎりぎり進んだ地点の真横の様子。

 

 

 ここからの帰りは、「頂上」の降り場では停まらず、そのまま「地上」へ。乗車する時、来た時と逆の向きに座らず、来た時の同じ向きにすわってしまったので、帰路はずっと「後ろ向き」のまま下ってきた。眺めはよかったが、進む方向が見えないまま、急坂を下るというのはスリリングだった。
 10:35に「地上」に降り立った。

 

 

 

 

 

 


「山腹崩壊地からの絶景」の絵解きと、崩壊斜面工事について

I. 絵解き
 4日に公表した「山腹崩壊地からの絶景」、あまりの絶景なので、格別の説明も要らないと思ったが、1日経つと、いろいろ説明したくなってきた。まずは、「絶景の絵解き」にしばしのお付き合いを。

 

<1枚目の絵解き>
 1枚目(下写真)は、初めて撮影できた構図。

 


 7月27日にモノレールで崩壊斜面の最頂部に行ったときは、まだ“オーバーハング”(積雪で言えば「雪庇」にあたるもの)が除去されていなくて、最頂部に立っていること自体が結構怖くて、1枚目のような絵が撮れる地点を確保することができなかった。
 中条川の水の流れがじつにくっきり写っている。珍しい写真だ。
 ここから少し、「景色を楽しむ」というよりは、災害の厳しい現実をめぐる話。
 写真中央部に、川の中に円筒形の構築物が2つ見えるが、これが減勢工(セルダム)。震災後、いちばん早くつくられたもの。初めて見る人間には違和感を覚えさせるのではないかと思うが、震災後の土石流対策工事で、2013年秋の2回目の土石流の時に実際効果があったのはこれだけだと思う。
 その少し先(下流側)に見えるのは「谷止工」という堰堤。
 その「谷止工」と減勢工の左手に白い線状のものが見える。これは現在使用中の工事用仮設道路で、その道路の先端付近、およびその近くの川原に重機類が見える。やはり「谷止工」をつくっている。
 次に、この1枚目の写真の一部を切り取り、そこにいくつかのマークを入れたものを提示する。

 


 黄色で囲んだ箇所が2つある。より上流の方の黄色マークは「トマトの国」、そして下流側のもう1つの黄色マークは、いま現に私が住んでいるところ。
 青色のマークは国道117号線の栄大橋。
 赤線は、土石流は、地形との関係で、このように流れるということを示すもの。2つに枝分かれした右側(青倉集落に流れていく枝流)はちょっと中条川右岸の山にかかってしまっているが、おおよその見当をつけてもらえればよい。2つに枝分かれするのは、土石流が「トマトの国」のやや右寄り前方にある小高い丘にぶつかるため。江戸時代後期の善光寺地震の際の土石流はこの赤線のとおりに流れた。今回の2011年の土石流もやはりこの丘にぶつかり、やや威力を減衰させて枝分かれの右方向にのみ流れた。左方向に流れなかったのは、「トマトの国」の手前(上流側)に存在する杉林が土石流が真っすぐに進むのは妨げたためと考えられている。なお、この杉林は震災後の土石流対策工事で一定部分が伐採されたので、一連の土石流対策の最後に、この部分に導流堤が建設される予定である。
 なお、1枚目の写真、中条川左岸の崖面上、写真左手に2ヶ所、道状のものが見えるが、これが山腹崩壊地で工事する作業者が通行する道であり、もともとは森開田用水路および森上水道の水源管理のための道である。

 

 物騒な話はここまで。
 景色に戻る。
 写真の上方部分は、写真家が言うところの「とんでいる」状態、すなわち、雲で白くなったような感じだが、そこをトリミングで削ることはしないで、わざと原図のままにした。雲もあるが、いちばんの要因は朝陽が反射していること。肉眼では鳥甲山などが見えている。崩壊斜面最頂部に上がる前に「地上」で撮った1枚を下に掲載しておく。
 写真には千曲川も見える。四ツ廻りをまわって、北上してくる部分。千曲川より上に見える山々はもともとは千曲川の河岸段丘としてできたところ。村道滝見線と菅沢農場との間になる。

 


<2枚目の絵解き>
 さて、「絵解き」を2枚目の写真に進める。

 


 フクザワさんに「紅葉の季節にもう一度乗せてください」とお願いしていた最大の理由は、この2枚目の風景を撮りたかったことにある。
 本当のところを言うと、「今年はさほどいい紅葉ではない」と思う。多くの人がそのように言うのに対して、私は「みんな、毎年、そう言うのさ」と対応しているが、この箇所はたしかに今年はあまり良くない。
 昨年、紅葉が目的ではなく、崩壊地の状況撮影に行って撮った写真を後から見て、「ここがいちばん綺麗なんじゃないか」と思った。森集落に住まい、この尾根との縁も深い人にそのように言うと、「そうだ。栄村で紅葉がいちばん綺麗なところだ」という言葉が返ってきた。
 この尾根、地元では「中尾のつんね」と呼ばれている。中条川の上流である東入沢川(1枚目の写真に見えるもの)と西入沢川の間である。「つんね」とは「尾根」のことを言う地元の言葉。
 今では、この尾根に入る人はほとんどいないが、昔は青倉集落の人がこの尾根の中で畑をやっていたそうだ。

 

<3枚目の絵解き>
 位置関係でいうと、2枚目の「中尾のつんね」のつけ根にあたる部分。この尾根は三方(さんぽう)岳(だけ)から出てきているものと思われる。

 


 真ん中やや左から右下へ岩肌が剥き出しになっている部分があるが、この直下あたりが森開田水路のかけ口になっている。そして、この岩肌が剥き出しになっている部分のいちばん下の右側に白いものが見えるが、これが不動滝。そして、不動滝を落ちた水を森開田用水路に入るのである。
 6月に撮影した滝の様子を示しておく。

 

 

 この3枚目に見える斜面の下部は、私などには「近寄りがたい」と思われるところだが、山菜採り名人はこういうところに挑み、最高のゼンマイなどを採るのだと聞いている。

 

<4枚目の絵解き>
 最後に4枚目。

 


 3枚目で見た「中尾のつんね」のつけ根の部分−三方岳と天水山の間になる。
 7月27日の経験では、この方角の写真が撮れるとは思っていなかった。今回は足場が安定していたことと、落葉が進み、木の葉が妨げにならなかったので撮れたのだと思う。
 ここに写っているブナ林(画像では陽があたっていない部分)は、私が今年ずっと行きたいと思いながら行けていないところ。
このブナ林には、不動滝の横手の崖を上って行くそうだ。以前は、ここで地元の人たちがウドを採るなどしていたらしい。
私がこのブナ林に関心をもった最大の理由は、このブナ林が膨大な水を蓄えており、森開田の大きな水源になっていること。たしかに、森開田(水路)も基本は野々海池の水に頼っているのだが、他の集落が6月期から野々海の水で田植え等を行うのに対して、森は7月初旬あたりまでのほぼ1か月間、森水路(野々海池の近くにある円筒分水器から2kmほどの人工水路)には野々海の水を入れていない。4枚目の写真に見られるブナ林が涵養する水が不動滝から落ち、森開田用水路に入るので十分に間に合うのである。
 その他、この広大なゾーンには、善光寺地震後にできた平坦な地で森集落の人などが交錯した畑地の跡などが見られるはずである。
 2011年の山腹崩壊−土石流の後、専門家調査チームが一度入ったようであり、地盤の変化を計測するチームは滝の上に観測点を設けているようだが、昔のように山菜採りの人などが入らないので、草が茫々と覆い繁る場所になっているらしい。私が「行きたい」と思った今夏はまさに草が繁茂している時期であり、「来春の雪が消える頃に行くのがいい」と言われて、来春を楽しみにしていた。この日、この景色が見られたことは望外の喜びであった。
 なお、4枚目の写真の右手から左手にむけてのびる稜線は天水山のもの。信越トレイルはそこを歩く。ブナ林を取り巻く草原が刈り払われたら、天水山のトレッキングコースからの眺めは最高のものになるだろうし、天水山からこの「平地」に下るコースを設定することも可能なのではないかと思う。

 

 

II. 崩壊斜面工事などについて
 現在、1号崩壊地及びその周辺で行われている工事は主に3つ。
 第1が、崩壊斜面の法面モルタル吹付工事。第2は、1号崩壊地と2号崩壊地に間で建設中のN0.6谷止工。この2つはいずれもフクザワコーポレーションが担当。谷止工のさらに上流で、森開田用水路の頭首工(かけ口)の復旧工事(震災から6年目にしてようやく着手できた)が始められており、地元の廣瀬建設が担当している。さらに、来年は森簡易水道の水源とそこからの導水管の設置(埋め込み)工事が予定されている。


<法面モルタル吹付工事について>
 まず、工事の現状を写真で示す。

 


 1号崩壊地の斜面は」、上の写真に見られるように「流れ盤」という構造になっている。簡単にいえば、地層が水屁にはなっていなくて、東南方向に傾いている。
 今回の法面工事は、写真で赤線で示したところから上をすべてモルタル吹付する計画だったが、現段階で予算をほぼ使い尽くしたようで、赤線の少し上の部分が吹付に至らないようだ(来年度に追加予算がつくのか、この段階で工事完了となるのかは不明)。工事はもう最終盤を迎えているが、「水が流れるところは一番下まで吹き付けて、それで終わりです」というのがフクザワの責任者の話だった。水色の線を入れたところが「水の流れる箇所」のうちの1つである。

 

<貴重な自然遺産というべき崩壊斜面>
 6月頃だったか、この1号崩壊斜面の大半にモルタル吹付を行うという話を初めて聞いた時、私はかなりのショックを受けた。
 大量の土石流の源となり、多くの被害を生み出した根源であるし、今もかなりの石が落下してくる危険な箇所である。また、また、今後、三たび、大きな地震が発生すれば、この山自体がさらに大きく崩壊する危険も潜んでいる。
 だが、しかし、1号崩壊地斜面の地層が剥き出しになっている状況は、地質学や地震学にとっての格好の観察・研究の対象となるであろうし、自然と災害の観察学習会(ツアー)の格好のスポットになるであろう。
 モルタル吹付が行われると、それが見えなくなる。

 


 まさに「地層の標本」のような崩壊斜面である。

 ただ、私が6月に訪れた時も落石はかなり多く、この崩壊面直下を工事用に車両・人が通行するには危険な状態であり、「落石を防ぐため」というモルタル吹付工の必要性が理解できないわけではない。
 もっとも、私はこのモルタル吹付(かなり強力なものと説明されている)も、3〜5年を経ればかなり傷みが進行し、再び元の地層が(完全なすがたではないにせよ)見えるようになるのではないかと思っている。震災後にこの崩壊斜面の一角で行われたモルタル吹付工はそういう運命を辿っていることを見てきているからである。ひとまずは、まだ続く工事、とくに地元森住民にとって最重要の簡易水道導水管の埋設工事の安全の確保が最優先である。

 

<No.6谷止工>
 1号崩壊地からさらに奥の2号崩壊地に向かう途中の中条川に設置されつつあるもの。本堤の工事は終わり、いまは副堤の工事が進められているようである。

 


 この谷止工も降雪・積雪期を目前にして、間もなく完工すると思われる。
 この「谷止工」はそれより上流から下る土砂が下流に流れるのを防ぐことを目的としているようだ。
 大雨時に土石流が発生した場合、1号崩壊地から流れ出る土石流に含まれる土砂や岩石の容量を少なくするという意味では、意味があるものなのかもしれない。
 ただし、1号崩壊地よりも下流側でさらに複数の谷止工が予定されていることには賛成しがたい。谷止工で土砂の流れを止め、その結果として河床がさらに上昇することよりも、逆に土石流で溜まった土砂・岩等を除去し、河床を下げることこそが地元住民の願いだからである。

 

 最後に、これだけ大規模な災害発生地はそれ自体として歴史遺産としての価値があるし、広大に存在するブナ林の存在と地元の人びとの暮らしのつながりの歴史(現在の開田用水との関係を含む)、野々海池や天水山・三方岳の信越トレイルとの関係などを総合的にとらえ、この地を有意義に活用していくことが必要だと考える次第である。

 


山腹崩壊地からの絶景

 

 

 

 

 

 4日朝、螢侫ザワコーポレーションの篁(たかむら)宏冶(こうじ)さんにお願いして、中条川上流の山腹崩壊地(1号崩壊地)のモルタル吹付工現場のモノレールに乗せていただき、紅葉の絶景を撮影させていただいた。
 ここまでの4枚の撮影時刻は午前10時前後。朝陽が強く、鳥甲山などの姿がうまく写っていないのは残念だが、綺麗であるとともに、自然環境の凄さをかんじさせてくれるものだと思う。
 7月27日の工事現場見学会の時に一度乗せていただき、「紅葉の季節にもう一度乗せていただけませんでしょうか」とお願いしていた。
 今朝、山の方向を見ると、天気予報ははずれて青空。午前8時すぎに篁さんに電話して、急なお願いにもかかわらず、快諾していただいた。案内役は篁さんと、現場代理人の高澤脩利(しゅうと)さん。

 

 

撮影地点は上写真の崩壊斜面の最も高いところ。

モノレールで上っていく時の様子を2枚。

 

 

 

 

 崩壊斜面の上にはきれいなブナ林が広がる。これは信越トレイルの天水山の尾根につながっているものである。

 

 

 

 私は単なる趣味や「物好き」でこういう撮影をしているわけではない。未曾有の災害現場の自然遺産化、それと観光の結びつけ、信越トレイルや野々海池、さらに森の開田と結びつけたトレッキングコースの開発を構想している。
 モノレールの設置はそんなに高額の経費を要するわけではないようだし、モノレールは観光用には使えないという場合は、この地点まで徒歩で上るコースの開発も可能だと思われる。

 最後に、森開田水路につながる不動滝を写したものと、私の足がすくんだ地点での1枚を紹介する。

 

 

 

 


中条川の現在の状況とこれから

 

 

 村の人ならば、この2枚の写真をパッと見ただけで、どこを撮影したものか、すぐにお分かりいただけるでしょうか。
 1枚目の写真は、「トマトの国」から中条川に下りて、上流方向を撮影したものです(7月31日撮影)。2枚目は、その地点から中条川を遡り、1号崩壊地の手前まで進んだ地点で撮影しました(7月18日撮影)。
 1号崩壊地手前には、ご覧いただけるように、大きな岩がドーンと居座っています。5年前の地震の時、あるいは3年前の土石流の時に1号崩壊地の方から流れてきたものが今もそのままなのです。また、1枚目写真には、壊れて錆ついた構造物がたくさん見えます。震災の翌年から設置工事が進められていた床固工(とこがためこう)というものが2013年9月の土石流で壊れた残骸です。
 以上のことから、まず確認していただきたいことは、地震から5年半が過ぎた今も、中条川上流の山腹崩壊と土石流の災害はまだ全く終わっていない、ということです。


 久しぶりに中条川の問題を取り上げます。
 じつは7月27日、中条川の見学会がありました。主催者は、中条川上流の1号崩壊地でいま、2つの工事を行なっているフクザワコーポレーション。


現在行われている工事

 

 

 1号崩壊地の崩壊斜面です。手前の看板は見学会用に27日だけ立てられたもの。
写真の左上に注目してください。小さく写っている黄色のものがあります。そこを望遠で撮ったものが下の写真です。
 崩壊斜面の縁(へり)で重機が作業しています。

 


 「落ちないのか?」 心配しますが、じつはワイヤーで吊られていて、しかも無線で操縦されている無人の機械なのです。
この日の見学会でフクザワコーポレーションさんが一番見せたかったものはこれのようです。
 「セーフティークライマー工法」というそうです。深沢工務所という会社が担当しています。「この工法でなければ手が出せない」ということで、深沢工務所さんは熊本地震で阿蘇大橋が落ちた現場近くにも間もなく行かれるそうです。
 中条川1号崩壊地での写真に見える作業は、崩壊斜面の大半にモルタル吹付工を行なう前段作業として、斜面上のオーバーハング(積雪屋根で言えば雪庇(せっぴ)のようなもの)を除去するものです。
 1号崩壊地では、この他、2号崩壊地との間で6号谷止工の建設工事が行われています(本紙No.288、6月30日付で紹介)。また、前頁の上右写真で示した中条川が1号崩壊地から下った直後のところに、作業道をつくり、川に面した法面の保護をする工事が間もなく始まるようです。この工事で写真に見られた大きな岩は姿を消すことになるだろうと思います。

 

工事はさらに数年続くようですが…
 2011年の地震の後に立てられた中条川の土砂災害の対策工事計画があります。2013年9月の土石流をうけて、工事計画は追加され、現時点では工事の実施はまだその計画の半分にも達していないといえます。
 もう1枚写真をご覧ください。

 


 「トマトの国」の裏手から中条川に入ったところで撮ったものです。
 大型土嚢から草がたくさん出ています。この大型土嚢が積まれてからの歳月の長さがわかります。
 土石流が発生した場合に「トマトの国」方向に流れるのを防ぐためのものです。しかし、土嚢は仮のもの。最終的には恒久的な導流堤をつくる計画です。しかし、それまでに写真に見える減勢工(鉄製の円筒形のもの)と1号崩壊地の間に3つの谷止工をつくり、 さらに、先の写真に見られる、壊れた床固工に替わる新たな床固工を行なう計画になっています。それらが完了するのに何年を要するでしょうか?

 

 私は、ここ半年ほどの間に、中条川問題について、考えが大きく変わってきました。その1つは、「1号崩壊地の崩壊斜面が新たに大きく崩れることは、大きな地震でもないかぎり、ないのではないか」ということです。現に、継続されている1号崩壊地斜面の動きを観察する高度な方法を用いた専門調査では「地盤は安定している」という結果が出ている、と県林務課は話しています。
 もう1つの変化は、「中条川と崩壊地は“自然の治癒力”に委ねたほうがいいのではないか」というものです。もともと、私はいわゆる「砂防ダム」的なものをいくつも、いくつも造ることには違和感がありました。そして、「トマトの国」よりも下流にある「砂防ダム」は2013年9月の土石流の際には「災害を防ぐどころか、むしろ災害をひどいものしたのではないか」というのが地元民の多くが共有する思いです。
 「一度決めた工事計画は変更しない」というのではなく、ここらあたりで一度、中条川について全面的な見直し作業をする必要があることを、私は提起したいと思います。


中条川上流崩壊地工事現場見学会

 

 背景に雲海がたなびいていますね。
 27日(水)午前10時から、中条川上流1号崩壊地で森区民を対象とする「中条川合同見学会」というものが開催されました。上写真は参加者が勢揃いし、崩壊斜面を見上げている場面。
 1号崩壊地の崩壊斜面にモルタル吹付をする工事と、1号崩壊地と2号崩壊地で建設が進む6号谷止工、この2つの現場を見学するものです。
 見学会の始まりの頃はまだ時折、小雨が降る空模様で、6号谷止工の現場に向かう道は下の写真のように雲の中にあるような状況でした。

 

 

 

 

 説明会の場所から崩壊斜面を見上げる。写真左上に注目。断崖の上に重機が見えます。

 

 

 重機は無線操縦。人は乗っていません。モルタル吹付の準備作業として、崩壊斜面上部のオーバーハング部分を落としています。 写真には大きな石が猛スピードで斜面を転がり落ちてくる様子が捉えられています。


 今日の説明会では、モルタル吹付工の工事概要の説明、6号谷止工の現場案内の後、希望者のみ、工事用のモノレールで崩壊斜面の上まで案内して下さるとのこと。“モノレール”とは言っても、凄い急坂を上っていく工事用のもの。下写真がそれです。崩壊斜面のいちばん上まで上がるのに約10分かかります。実際にモノレールで崩壊斜面の上まで上がったのは、村役場建設係長の藤木利章さんと私、北信地方事務所林務課の人たち。

 

 

 

 

 モノレールで上がる途中、座席から撮影したもの。先頭に施工者・フクザワコーポレーションの篁(たかむら)さんが座り、モノレールを操作されています。
 運転者以外の定員は2名。座席には横への転落を防止するロープがあるのみ。手すりを掴み、体を支えます。なんとか手を放して、カメラを構え、撮りました。

 


 途中、進行方向右手に突然、人の姿が! 重機の操作に関わる人たちです。私たちがモノレールで上り下りする間、作業が中断され、待機しておられたのです。

 このモノレールで上がる間に木の切れ間から絶景が…。
 

 

 すごい急坂を上がっていたときなので、カメラを水平に構える余裕もなし。
 正面が三ツ山、その左、雲に覆われているのが鳥甲山でしょう。
 写真下部には中条川の流れが見え、栄大橋も写っています。

 


 これもモノレール上から撮ったもの。
 手前に見える茶色の地面は崩壊斜面頂部のオーバーハングがすでに削り取られた箇所。

 

 

 

 モノレールから降り、最頂部(下写真の赤丸地点)に立って眺めた景色。

 

 

 崖っぷちに寄って、真下を見ると…

 

 

 

 最頂部で目を野々海方向に転じると、なんと不動滝が眼下に見えました。

 

 

 


 最頂部でおっかなびっくり、カメラを構える藤木利章さん。

 

 最頂部は素晴らしいブナ林がひろがっています。

 

 

 

 後続の林務課の人たちがモノレールで上がってくるところ。

 

 

 モノレールは下りのほうがおっかなかったですね。
 下りは、運転席が後ろ。私が先頭座席になるところに乗りましたが、必死で手すりに?まっていないと前へ落ちそう。
 その中でなんとか片手で撮った1枚。

 

 

 

 今日のところは、崩壊斜面最頂部の体験報告。
 最先端の工法が採られている工事の内容は、もう少しよく勉強したうえで、改めてレポートしたいと思います。


中条川上流の大崩壊は「大したことじゃない」のか?――島田茂樹村長の議会答弁での発言を問う

 12月7日、久しぶりに村議会の傍聴に行ってきました。
 一般質問が行われた日で、最初に質問に立った相沢博文氏は「震災復興について」をテーマとし、その中で中条川の問題にも言及されました。
 相沢氏は中条川上流1号崩壊地の斜面に「拡大崩壊」の危険があるという専門家の見解を紹介し、それへの対処方針について問うとともに、「中条川の対策事業はなぜ、国の直轄にならないのか?」と問いました。


拡大崩壊の危険が指摘される中条川上流1号崩壊地斜面の現在の様子

 これに対して、島田茂樹村長は、「拡大崩壊」の危険性をめぐることについては直接の答弁はなし。富山県立山の江戸時代安政年間に発生した山体崩壊地の対策事業(大崩壊発生から150年以上を経た現在も砂防事業が続いている)を視察に行った話をし、そのうえで、中条川の対策事業が国の直轄になっていないことについて、
   「大したことではないので国は出て来ないで、県がやっているの
    だと思う」

という発言をされました。
 傍聴人は録音を禁止されていますので、発言を一言一句正確に記録することはできていませんが、発言内容は上記で間違いありません。
 この文言は、中条川上流の大崩壊について、「国が『大したことではない』と考えている」というだけでなく、島田茂樹村長自身がそういう認識に対して疑問すら抱いていないことを言い表していると思います。
 私は人の言葉尻を捉えるような真似はしたくありませんが、これは「言葉尻」という次元の話ではありません。非常に大事な話です。

 ところで、島田茂樹氏は栄村長として「中条川上流災害対策検討委員会」(平成23年3月〜平成24年3月)の委員を務められました。県はその検討委員会での検討成果を中心にして平成25年3月に報告書を制作し(本紙前号で紹介)、その中で中条川上流の大規模崩壊について「未曾有の規模の山地災害」、「稀有な災害」と位置づけています。けっして「大したことではない」のではありません。
 国の直轄事業となっていないのは災害規模・質の問題ではありません。現に中条川よりも流出土砂量がはるかに少なかった南木曽の土石流対策は災害発生直後から国土交通省の多治見砂防国道事務所の直轄になっています。行政システム上の問題なのです。
 島田茂樹村長には、中条川上流の崩壊地・崩壊斜面の現状と見通しについて首長として責任ある見解を示していただきたいと思います。

 

中条川土石流対策で村道を付け替え




 上の写真は「トマトの国」に向かう村道が白山神社の手前で大きくカーブする地点です(12月2日撮影)。
 道路の右側に新しくアスファルト舗装された部分が見え、道路幅が拡がっています。
 道路の拡幅ではありません。中条川の土石流対策で、この写真の道路左沿いに導流堤(側堤(そくてい))を建設するために村道を写真右手の方に付け替えるための工事です。道路の付け替えは完了し、現在は写真に見えるコーンは置かれていません。導流堤の建設は来年度の事業になると思われます。なお、この導流堤建設の予算は国交省所管の「防災・安全交付金」で、県北信建設事務所が事業主体になっています。
 導流堤はもう1ヶ所、旧森林組合事務所(一昨年の土石流で損壊)があった地点の近くで進められていますが、これについてはまた別の機会にレポートします。

<年末年始の発行・配達予定について>
 早いもので今年も残すところわずかになりました。
 年末年始、昨年は通常通り、12月21日号、1月10日号をそれぞれ発行し、元旦から配達をしましたが、今度の年末年始はそれだけの体力がありません。
 12月21日を目途に年末年始特別号を発行し、できるだけ年内に配達を終えられるように頑張るつもりです。
 よろしくお願いします。