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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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ある田んぼの稲刈り

 

 10月1日午後に撮影したものです。どこの田んぼか、わかるでしょうか?
 雲があって、いまひとつの写真になりましたが、写真奥に見える山は毛無山などです。田んぼでの立ち位置を変えると、鳥甲山や津南町の「日本一の河岸段丘」などが見えます。森の開田の田んぼの一枚です。

 


 この春以降、月岡英男さんから、「あそこの田んぼ、最高だろう! あんなに景色がいい田んぼはそうそう無いぞ」としばしば話しかけられ、私も同感だったので、稲刈りの日も電話をもらって撮影に出かけました。
上の写真は1日午後に稲刈りしたもう一枚の田んぼで、快晴の8月31日に撮ったものです。
 この二枚の田んぼ、じつは米つくりが数年間できなくなっていました。しかし、「こんな景色のいい田んぼを放っておくのはもったいない」ということで、森地区農業改善組合の手で共同耕作されるようになったのです。1日はコンバイン担当で月岡英男さんと広瀬幸雄さん、収穫した籾米の作業所(乾燥機)への運搬担当で窪田清一さん、広瀬隆司さんが作業に出られました。
 「あそこにいろんな人が来てくれて、畦でお茶のみでもできれば最高だろう」、英男さんが繰り返し言っておられること。
 稲刈りの数日後、英男さんに問いかけました。「あの田んぼ、田植えや稲刈りにいろんな人が来てくれるようだったら、それらしいイベントにできますか?」。「ああ、いいじゃないか。手植えしたいのなら、オレが線を引いてやる。稲刈りもハゼかけしたいなら、田んぼ全部は無理でも、範囲を決めて、そうやってもいいよ。他にも手をつけたい田んぼがあるし、そういうことができるといいなあ」。
 「高齢化が進む中、村と田んぼを元気にする何かを考えなければならない」――いま、私が英男さんと共有している思いです。栄村のいろいろな地域で同様の思いを抱いておられる人は多いと思います。
 やっぱり、田んぼあってこその栄村です。経済的採算性も含めて村の米作り、農業の将来像を真剣に考え、村の政策にまで高めていかなければいけない。待ったなしの課題です。
 その突破口という意味合いも込めて、来春・来秋の大イベントをいまから準備したいと考えています。


集落農業の維持へ、水路管理道路の改良――泉平集落の事例

 平滝・横倉両集落の野々海水路改良の工事について、本紙289号でお伝えしましたが、今回は泉平集落の取り組みを紹介します。
 泉平集落から山の方に進んだところに、小箕作川(こみつくりかわ)から農業用水を取り入れる取水口があります。道路からは見えない山の中です。
 取水口の管理のため、今までは、徒歩で現場に行っていました。しかし、高齢化が進む中、「せめて軽トラで入れるようにしよう」という話になり、この夏、取水口までの道をきる工事が集落の人たちの手で行われました。
 写真をご覧ください。

 


 真ん中やや右寄りに小箕作川の水の流れが見えます。川は写真手前左に続き、そこに取水口があります。他方、写真左手に見えるのが新たにきられた水路管理道路です。かなり急こう配の道ですが、四駆の軽トラならば上り下りできます。ここを徒歩で取水口管理に向かっていたというのは大変な苦労だったと思います。
 工事は、多目的機能支払交付金(泉平集落では今年度から参加、従来の「農地・水・環境」)と村の「集落農業維持活性化支援事業」補助金(68万1千円、重機リース料と燃料代に充当)を活用して実施されました。村の「集落農業維持活性化支援事業」は今年度に新設されたもので、あまりよく知られていないかもしれませんが、各集落で活用できます。用水管理に困難を抱えている集落では是非、活用法をお考えください。

 

<後記>
9月6日〜13日が9月議会だったため、8月28日以来の発行が9月21日になってしまいました。配達も遅れています。10月は紅葉期、観光シーズンで秋山郷や野々海の取材撮影に多くの時間をかけなければなりません。いろいろご迷惑をおかけしますが、ご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。


菅沢まつり


畑での収穫体験を終え、アストマハウスへ向かう参加者

 

収穫物を手に、まつり会場に到着

 

 8月11〜12日、菅沢農場で「第1回菅沢まつり」が開かれました。
11日は祝日で約80名の来場者があったそうです(翌日は平日のため半分ほど)。「日頃、畑で野菜の収穫をする機会がない人に体験してもらいたい」というのが企画意図だそうです。いろんな人が来場され、企画は成功したようです。
農作業の繁忙な時期で、農家の人は、「『できるかな?』と思ったが、「役場産業建設課の職員の人たちが一生懸命応援してくれたので出来たよ」と言っておられました。是非、来年も実現したいですね。(下写真はとうもろこしを焼く役場職員の久保田成哉さん)

 


 


森むら米の誕生日

 森地区農業改善組合は今秋からお米の産直を始める。
 その産直のお米になる広瀬幸雄(ゆきお)さんの田んぼの稲刈りが今日10月8日。
 昨夜、そして今朝と急な雨が降り、「稲刈りできるかな?」と心配したが、「10時ごろからやる」とのこと。
 午前10時5分、森の開田に行くと、今日の稲刈り共同作業をやる人たちが集まり、女しょがすでにはじ刈りを進めていた。
 
 
 
  
 今日のもう一人のオペレーター、月岡英男さんが颯爽と登場(10:14)。




幸雄さんが刈り取りを開始(10:15)。午前中に刈る田んぼの中でいちばん大きな1反5畝の田。

 
幸雄さんの奥さん・貞子さんははじ刈りした稲を1ヶ所に集めるべく、稲を担いで畦をゆく。
 
 
英男さんがコンバインを田んぼに入れる(10:17)。
 
 
 稲を刈り取り、脱穀したコンバインは藁を細かく刻み、後方の排出口から田んぼに落としていく。
 
 
 
 
隣の田んぼとの段差が大きい。
 
 
 
 
幸雄さん



1反5畝(15董砲療弔鵑椶旅さ。後方は越後の山並み。


 
 
 
 
英男さんが刈る田んぼは1反の広さ。


稲刈り開始後も小雨が落ちてくる不安定な天候だが、陽が差してきた(10:40)

コンバインに内蔵されているタンクが脱穀された籾米で一杯になった(10:41)。
 軽トラに移し入れ、軽トラが乾燥施設(ライスセンター)へ運ぶ。



 
この時、はじ刈りした稲もコンバインで脱穀してしまう。





籾米を積んだ軽トラがライスセンターにむけて出発(10:46)。運搬者は広瀬敏男さん。後方には英男さんが刈る田のそばで、もう一台の運搬車とその運転者・広瀬隆司さんがスタンバイ。


軽トラが山を下る。



箕作集落のはずれにあるライスセンターに到着(10:56)。
森のお米は普通、森の共同作業所で乾燥機にかけるが、「森むら米」は特等米を出荷するので、高度な乾燥調製システムがある、このライスセンターに運ぶ。


 
 
巨大な機械が並ぶ施設だ。
写真の下部の白っぽい感じのところが籾米を受け入れるホッパ荷受口。
 
 
 
 
敏男車がホッパに籾米を入れ終わった頃、隆司車がライスセンターに着いた(11:00)。
 
 
千曲川の百合居橋を渡り、森の開田にむかう敏男車。
 
 
 
敏男車が田んぼに戻ると、幸雄コンバインがタンクを一杯にして待ち受けていた(11:11)。

それでも、1反5畝の田には、まだこれだけの稲が残っている。




英男さんは1反の田を刈り終わり、2枚目の田(6畝)に移動していた。


箕作ではかなり雨が降っていて、路面も濡れていたが、森の田んぼはいい天気になってきた。



敏男車が再び箕作のライスセンターにむけて出発(11:14)。 


隆司車が箕作から戻り、敏男車が出るのを待っている。


11:18。幸雄さんが突然、コンバインを停めて操縦席から降りた。「何事か?!」 貞子さんが駆け寄ると、「ブルーのカエルがいる」とのこと。下写真がそのカエル。



 近くには緑色のカエルも。





英男コンバインが2度目のタンク満杯(11:25)。


1反5畝の田は残りわずかになってきた(11:26)。


英男コンバイン、刈り取り再開(11:27)。


1反5畝の刈り取り完了(11:30)。


残った1株を手刈り。



幸雄コンバインはすぐに隣の3畝の田へ移動(11:32)


6畝の田も刈り取り完了(11:35)。


英男さんがバックでコンバインを田んぼから出す(左)。


3畝の田は早くも刈り取り完了(11:44)。


2台のコンバインの籾米を軽トラへ。
写真右下隅にクーラーボックスが見える。お茶や漬け物が入っている。
時刻は11時45分。ランチタイムだが、天候不安定なため、午後予定分をいっきに刈り取ることに。お茶のみだけで作業続行。

 

最先端技術を駆使した圃場管理システムが栄村に

 自宅から直線距離で約2.5km、しかし実際に行くには山道をくねくねと20分近く軽トラを走らせなければならない田んぼ。
 田植えから9月初めまでは毎日の水見が大変ですね。ましてや耕作主が80歳を超えるとなれば、その労苦には大変なものがあります。
 しかし、田んぼに設置されたカメラを通じて、自宅に居ながらにして田んぼの様子を見ることができる。さらに、田んぼの水が減ってきたら、IT技術を使った装置が自動的に水を入れ、十分な量になれば水を止める。そんなことが可能だったら、農業の様子はガラッと変わりますね。
 私はTV番組でそんな最先端技術を駆使した装置を見たことがありますが、そんなものが栄村にあるとはまったく思っていませんでした。                    
 ところが、それが現に栄村に存在するのです。


暮坪で撮影した1枚の写真。この1枚に色んなものが写っていることを当初知りませんでした

 上の写真をご覧ください。写真右の作業小屋の青い屋根の1つに光る板状のものが2枚見えますね。ソーラー(太陽光)パネルです。その左手の建物がいわば発電所。そして、田んぼの真ん中に立つ電信柱状のものの上の方に丸いものが見えますね。これがカメラで、首を振って360度回転し、田んぼの様子をくまなく写します。そして、その映像がネットを経由して森集落の関口直衛(なおえ)さん宅に届きます。
 私は9月21日に上の写真を撮影し、その夕刻、直衛さんをお訪ねして初めて、この1枚の写真にそんな意味があることを知ったのです。私は暮坪の直衛さんの畑で見た珍しい赤い作物が「赤ソバ」かどうかを尋ねに行っただけで(下写真が「赤ソバ」)、直衛さんの田んぼにこんなシステムが存在するとは夢にも思っていませんでした。



 直衛さんのお話を聞いて、27日、再び暮坪の田んぼを訪ねてみました。
 下の写真に見えるものがどうやら水管理のシステムのようです。



親思いで故郷大好きの息子さんのアイディアと技術
 これらの装置、長野市で電気関係の事業を営んでおられる次男さんが考案され、設置されたものなのです。
 息子さんが田んぼの手伝いに来られ、稲刈り期などに友だちを暮坪に招待して、楽しい会を催されていることは直衛さんからお聞きしていました。しかし、ここまでの装置をお父さんのために作られたとはビックリです。
 
 そもそも、今回、私が暮坪を訪れたきっかけは9月3日に当部の藤木ヤスさんにお聞きしたお話。ヤスさんは直衛さんと中学校の同級生。8月に同級生が直衛さんから暮坪に招待され、暮坪の風景のライトアップを楽しんだと言われるのです。私はこれまでも暮坪を度々訪れていますが、ライトアップの話は初耳。そこで最近の暮坪の様子を見に行ったのです。


庭園が整備された暮坪の中心部。この一帯がライトアップされる

 8月お盆前のことだそうですが、直衛さんに「なぜ、8月にライトアップなのですか?」とお尋ねすると、「1年に1回、お盆の時期にご先祖さまをご供養するお祭りです」とのお答え。なるほどと感心しました。
 1971年に「消滅した」暮坪集落、しかし、ただ1世帯栄村に残られた関口直衛さんご一家の暮坪への思いとご努力にただただ敬服するばかりです。



今年は野々海池の水が早く減っています



 19日に野々海池で撮影したものですが、珍しいアングルです。
 今年は雨が少なく、野々海池から落とす水量が多くなっていて、池の水位がかなり下がっています。そのため、野々海大明神のそばで、このような珍しい1枚が撮れました。
 水番を務める月岡英男さんのお話では、19日朝の段階で斜(しゃ)樋(ひ)の水栓の13番目まで開けているそうです。
 水位の変化の様子をご覧ください。


7月11日


7月31日


8月19日。


8月19日、池の東窓に近い部分。底が出ている部分が広い。

 野々海池の水はそれでもまだまだあるので、田んぼが水を必要とする残り半月ほどの間をまかなうことは充分に可能です。野々海池の有難さ、野々海池と水路の維持管理の重要性を改めて強く感じる次第です。

 

総一郎さんのアスパラ畑の今

 今日19日朝、小雨模様でしたが、滝沢総一郎さんのアスパラ畑を訪ねました。
 いくつかの畑を廻った後だったので、訪れた時刻は6時58分。小雨に煙る中、総一郎さんは畑で立茎(りっけい)に関わる作業をされていました。
   立茎とは:アスパラをどんどん伸ばすこと。茎が伸び、
        葉(正確には擬葉)を広げます。こうして、
        根に養分を蓄えさせるのです。それが来春の
        アスパラの成長をもたらします。



 
 声をおかけすると、現在の作業の内容を丁寧に説明してくださいました。



 アスパラの株をじっと見つめておられます。そして、1本のアスパラに鎌を入れ、切り取られました(下写真)。収穫作業ではありません。茎があまり混み合っていると、根に十分な栄養がまわらないので間引くのです。


 
 また、次の写真に写っているアスパラをめぐって、面白い話を聞かせていただきました。



 アスパラ農家はふつう、立茎を始めると同時に消毒作業を行ないます。茎枯れ病などの病気を防止するためです。
 ですが、総一郎さん、7月12日の最後の収穫を終え、立茎に入ってもう1週間目を迎えましたが、まだ1回も消毒されていません。
 上の写真の中央下に、アスパラの茎を切った後に残った茎が白くなったものが見えます。総一郎さんは「ここに糸状菌が入っているのではないか。その糸状菌の力で病菌を退治できれば消毒が不要、ないし回数を減らせる」と考えておられます。
 「とにかく無農薬」ということで、ただ消毒しないというだけだと、畑のアスパラの3分の2くらいが病気にやられてしまうおそれがあります。収穫量の確保と無農薬栽培に近づくことを両立させる、非常に微妙なところを追求されているわけです。
 
 ここらで、アスパラの花を見てみましょう。
 
 
 
 なかなか可愛い花ですね。
 
 
 私がこの写真を撮っている間に総一郎さんは作業に戻っておられました。その様子を1枚。
 
 
 
 
 立茎に関わる作業は上で紹介した間引きだけではありません。
 立茎したアスパラが倒れないように、すでに無数の支柱がたてられ、テープが張られていますが、このテープを1本、1本の支柱にしっかり結わえ付けることも必要です。その作業はまだ進行中でした。


 アスパラ畑の脇では、ホオズキが実をつけていました。まだ青いですが。



 花も見ることができました。
 
 
 
 最後に総一郎さんのアスパラ畑から見た程久保集落の様子を1枚。
 
 
  
 
 総一郎さんのアスパラ畑の様子は雪が積もるまで、随時、お伝えしていきます。
 

二ホンミツバチを追う





 二ホンミツバチがズッキーニの雄花に入っているところ(1枚目)、背中に花粉をいっぱい付けて飛び立つところ(2枚目)です。7日朝、天地の斉藤克己さんの畑で撮影しました。こうして、雄花の花粉が雌花に運ばれ、受粉が行われます。


「いいズッキーが採れた」と喜びの表情の克己さん
 
 翌8日夕、克己さんが養蜂している巣箱を見せていただきました。震災前から二ホンミツバチを飼っておられることを知っていましたが、今回は7群あるという巣箱のすべてを紹介していただき、うち1群については巣箱の内部を見せていただきました。





 1枚目写真の巣箱内部の様子が2枚目写真。この巣箱だけで1万匹ほどいるそうです。白く見えるのは蜜で作られた巣ですね。この巣箱はもう蜜で一杯になってきていて、間もなく蜜を採取されるそうです。30cm四方の網が何段も入っているのですが、ハチ自身が食べる分を残さなければならないので、1段分だけ人間がいただくとのことです。その量は1升を超えるそうです。

 巣箱は克己さんの作業所の大きな建物の各所に置かれています。


 
 上の写真は作業所2階の窓の近く。窓の外を見ると、大きな栃の木があります。





 もうトチの実が鈴なりです。「ミツバチのおかげで今年は豊作」(克己さん)。そして、二ホンミツバチについて調べると、トチの蜜から出来る蜂蜜は最高だとのこと。

 二ホンミツバチを1つの核とする自然の恵みの循環は凄いですね。西洋ミツバチの多くが謎の病気で消える昨今、二ホンミツバチが飛び交う天地(てっち)の環境は最高です。
(克己さんの奥さん・勝美さんが開設されている「ぶらり農園」で、野菜栽培・収穫の体験や田舎ごっつおを楽しむことができます。)


栄村・天地から銀座4丁目へ〜ズッキーニ便が始まった〜



 今日7月5日の朝採りを宅急便で東京・銀座4丁目に送ったズッキーニ。
 
 5月後半から6月いっぱい続いたアスパラ便に続き、今度はズッキーニ便の開始です。



 今朝5時52分の天地(てっち)のズッキーニ畑。
 明け方まで雨が降り、予報は一日中弱雨。晴れの日ほどの収穫は期待できないが、朝の収穫作業が始まった。収穫は6月29日から始まったが、昨日の夕刻は収穫コンテナ11個分が収穫できたという。

 
台車を押しながら、鋭い眼光で収穫OKのズッキーを見つける。






2つのコンテナが一杯になってきた(6時20分)


「スーパーにずらっと並ぶというんじゃなくて、銀座4丁目に届くのだとわかっているなんて、採っていて楽しいね」と斉藤克己とうちゃん。



 今朝は曇天で飛び回るハチの数は少なかったが、この雌花には2匹がとまって蜜を吸っている。

6時30分、東の空にほんのわずか陽の光が見えた。




 下は受粉ができなかったもの。十分に成長していないのに、花が落ちているので、そのことがわかる。これは「はね出し」にもならず、廃棄される。



 今日は収穫が少ないので、6時40分で収穫作業終了。


 上は6月下旬にズッキーニの苗が植え付けられた隣りの畑。


 天地からの帰りがけ、斉藤幸一さんのキュウリ畑に立ち寄った。
 ちょうど消毒作業を始められるところだったが、撮影を快く承諾していただいた。





 収穫は6月下旬から始まっている。雨模様の天気が続き、栽培管理は大変なようだ。
幸一さんは今年、「ツケモノキュウリ」という新品種の栽培にも取り組んでおられる。下写真がそれ。



 撮影を終え、お礼を言って帰ろうとすると、「軽トラにツケモノキュウリを入れておいたから、塩漬けか糠漬けして食べてみてください」と声をかけられた。下の写真がそれだが、さっそく漬けていただきたいと思っている。






栄村復興への歩みNo.258

ニンニク“雪ん子六片”が収穫されました



 6月29日に畑から収穫されたニンニク「雪ん子六片」(ゆきんこ・ろっぺん)が乾燥のために干されている様子です。7月1日午後に撮影しました。
 このニンニクは地元紙で一度報道されたことがありますのでご存じの方も多いかと思いますが、村の若者グループ「ニンニクマンクラブ」のみなさんが栽培されたものです。
 さらに数枚の写真をご覧ください。

 
 約1ヶ月前の6月2日朝7時すぎに撮影したもので、雪ん子ニンニクが栽培されている野田沢の畑の様子です。
 

29日午後、収穫作業もそろそろ完了
(右から斉藤充紀さん、樋口大樹さん、上倉大輔さん)


雪ん子六片を畑から引き抜いたところ


丸々とした雪ん子六片


干すための準備作業(7月1日)

 
干す前に切り取られた根
 
 このニンニクは青森県産が有名な「ホワイト六片」と同じ品種です。「ニンニクマンクラブ」の若者が栽培に取り組んだのは一昨年から。今年は2回目の収穫です。昨年は「ホワイト六片」として販売されましたが、今年の収穫にあたって、豪雪地栄村にちなんで「雪ん子六片」と命名したそうです。
 中心メンバーの一人・斉藤充紀(みつとし)さん(青倉)は、「やっぱり雪の下で育ったことでより良いものになっていると思うので、このように名付けた」と話しておられます。
 1日の昼、充紀さんと樋口大樹(ひろき)さん(月岡)が津南町の「喰い処味郷(みさと)」さんに見本を届けられたそうですが、私が「味郷」さんに伺うと、「1粒1粒がとても大きくて立派なものでした」と褒めておられました。

農業で生きていこうとする若者を支援したいですね
 充紀さんは脱サラして村に戻り、農業で生きていこうとしている35歳の青年。樋口大樹さんは「みゆき和牛」を育てる20代の若者。「ニンニクマンクラブ」のもう一人の中心メンバーである宮川一哉(野田沢)さんも農業1本で頑張っている若者。かつての4Hクラブのような青年組織の再建もめざしているそうです。
 こういう若者の存在は栄村の将来にとってとても力強いものです。
 しかし、栄村で農業1本でやっていくことが容易なことではないことは村のみなさんであればすぐに理解できることでしょう。
 だからこそ、この若者グループを全力で応援したいと思います。
 「雪ん子六片」は収穫祭など村のイベントの機会に出品されるとのことですので、是非、ご注目、お買い求めをお願いします。また、全国のみなさん、是非、「雪ん子六片」を応援してください。お買い求めをご希望される方はメール等で私にお問い合わせください。よろしくお願いします。