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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌9月1日〜10日

1日(金) 今日は「復興への歩み」No.315を予定通りに発行したかった。どんな内容にするか、昨日あたりから迷いがあったが、少し風景写真の多い号にしたかった。しかし、天候が悪い日が多かったこともあってか、8月は撮った写真が少ない。
 他方、この1週間ほどですっかり秋めいてきて、スキー場からの眺望がよくなっているだろうという思いがあり、この間の草刈りとの関係でも、いい絵を撮って掲載したいという思いが沸き上がってきた。
 その結果、8時20分頃に家を出て、スキー場に上った。栄村を知った初期に「ここから栄村を眺望することができる」と知人から教えられて以来、何度となく写真を撮ってきた「眺望点」を仮に名づける地点、苗場山麓ジオで「展望台」と称しているらしい地点(「展望台」と名づける)、そしてスキー場の頂上(「頂上」)、この3地点でパノラマ写真にできるよう、180度の方位を撮影した。これらを撮り終わったのが写真データによれば8時53分。その後、頂上の林の中へ。

 

ゲレンデのススキが綺麗だ!

この地点は5月12日、残雪のため車では頂上まで行けない中、カタクリ

の開花を見るためにゲレンデを登ったところだ


 スキー場から下りると、森の開田へ。主たる狙いは、ソバの花が咲いている様子を快晴の空の下で撮ること。
 10時頃に家に戻り、写真データをPCに取り込み、パノラマ写真作成に取り組んだ。自分の手作業で写真を繋ぎ合わせる作業、PCからパノラマ作成用ソフトをダウンロードして、そのソフトを使ってパノラマ写真をつくる作業の両方に挑戦。手作業の方はひとまず出来たが、ソフト使用の方は無料ソフトのせいか、「双方の写真に40%以上の重なりがないと接合できない」ということで不成功。この作業がひと通り終わったのが正午過ぎ。
 昼食を樓蘭で摂り、友人に手製のパノラマ写真を見せて、感想を聞いた。
 昼食後、ソフトを使用できるよう、40%重なる写真を撮りに再びスキー場へ。出発したのが午後1時半頃。頂上での撮影終了が2時すぎ。
 家に戻り、写真データをPCに取り込み、ソフトを使ってパノラマ写真を作成。ソフトをデータを処理するのにかなりの時間がかかる。「眺望点」、「展望台」、「頂上」3つのパノラマが出来上がったのは午後5時すぎ。プリントアウトしてみたが、どうも気に入らない。たしかに接合はうまく出来ているのだが、かなり広い横幅に対して、縦幅があまりに狭い。
 この後、支払いに出かけ、さらに午後7時からは勉強会。帰宅は午後10時頃で、それから夕食。TVでニュースなどを選択していたが、きちんと見ていたわけではない。かなり遅くに就寝。

 

2日(土) 起床は7時台だったか。夏布団+毛布で寝ていたが、明け方、寒かった。
 スキー場頂上からのパノラマ写真を、昨日の作業をふまえて、結局、手作業での接合で作ることにした。午前中はほとんど、その作業にかかりっきりだった。
 その後、「復興への歩み」No.315の記事の1つに箕作平滝大橋の開通式の日程決定を入れるのに、最新の写真を使った方がよいと考え、小箕作川近くの現場と、明石大橋の橋脚建設予定地を撮影に出かけた。
 パノラマ写真を取り込んで、「復興への歩み」No.315をいっきに編集。印刷も終えて、夕刻4時すぎから32軒に配達。午後6時近く、天地〜大久保間を通過した時、夕陽がまだわずかに見えた(下写真)。もう少し早い時間であれば、もっと綺麗だっただろうと思う。

 

 

3日(日) やはり明け方が寒い。起床時は風邪気味の感じ。念のため、葛根湯をのんだ。その後、気になることはなかった。
 午前中、森集落全戸の配達。午後も配達を続けたかったが、依頼されている事務仕事を早く片付けなければならないので、その打ち合わせに出かけたりで、あっという間に時間が過ぎた。夕刻は秋用の衣服が用意できていないので、衣裳ケースから取り出したものを再洗濯にかけるなど。
 夜は室内で5日からの議会の準備など。29日に議案を受け取って以来、ほぼ連日議案に目を通しているが、いろいろ問題点がある。9月は決算議会だが、「そもそも決算とは何ぞや」と思い、『議員必携』を紐解くと、色々新たに学ぶところが多々あった。その成果は11日、12日の決算審議で活かしたい。
 そんな次第だが、配達に廻っていた午前中も写真を撮っていなくて、今日は撮影なし。

 

4日(月) 午前中、主に泉平、平滝、白鳥を廻り、83軒の配達。
 泉平でコスモスの花に出会った。コスモスは7月頃からしばしば見る機会があったが、やはり秋の景色の中のコスモスが一番いい。また、泉平での配達を終えて、スーパー林道から下る時、粟の畑が目に入り、車を停めて撮影。さらに、ミョウガの畑で作業する箕作の人と立ち話。高齢化が進む中で水田だけでなく、畑の維持にもさまざまな問題があるようだ。やはりいろんな人たちの声に耳を傾けることがなによりも勉強になる。

 


 昼食後は事務関係や懇談などであっという間に時間が過ぎた。
 数日前から夜、空を見上げるたびに「お月さまが満月に近づいているな」と思っていたが、ネットで「月齢カレンダー」というものを見ると、6日が満月とのこと。しかし、天気予報では6〜7日は雨模様。また、5日からは議会が始まる。それで、「今夜しかない」と思い、友人を誘って午後7時すぎにスキー場の頂上へ。やはり「下」で見るお月さまとは違う。上がって正解だったと思うが、往き帰りの山道は暗くて、運転が怖かった。とくにヘアピンカーブが怖い。昼間に走るのとはまったく別の道という感じ。
 このお月さまの写真はブログにアップしたが、「復興への歩み」No.316でも紹介したいと思う。

 

5日(火) 今日も明け方は寒かった。しかし、昼間はどんどん気温が上がり、夏の気温。朝7時頃に野々海に上がった時は長袖、薄手のセーターに加え、ウインドブレーカー的なものを着ていてちょうどよかったが、昼間は半袖。午後8時頃でも20℃の気温があり、夜まで半袖。しかし、明日は気温が下がりそう。
 今日は午前10時から9月議会初日だったが、朝方に野々海に上がったのは、大家さんから「野々海がきれいだったよ。色づき始めている」と昨夕聞いたから。たしかにうっすらと色づき始めていた。

 

「紅葉が始まった」とまでは言えないが、確かに色づきが始まっている

 

 今日の議会は行政側の都合で午前中だけだったので、午後は平滝、白鳥の未配達の家54軒の配達。ミスで配達漏れが起こっていたので、可能なかぎり声かけしてお詫びをした。
 その中で、「先日、中里(十日町市)の温泉に行ってきた。栄村に温泉がありながら、午後2時からしか入れないから」と言われたのは切なかった。また、「松尾さんは森(集落)に住んでいるのは分かっているけれど、森だけの議員さんじゃない。うちの集落のことにもきちんと目を向けてね」と言われたのも強く印象に残った。議員の責任は重大。

 

6日(水) 昨夜から雨。明け方はそんなに気温が下がらなかったが、昼間もあまり気温上がらず。
 午前中は議会。議会が始まる前に、昨日の配達で部数不足になった白鳥の5軒に配達。
 議会は、ほぼ丸一日と予想していたが、午前中で議案審議と議員のみの全協が終了。午後が空いてしまった。少し休息し、最近では珍しい読書などもして、ひさしぶりにゆっくりできた。
 昼食で行った樓蘭の横手の不耕作の田んぼで撮った1枚がきれいだった。5日まで続いた好天で、かなりの田んぼで稲の色づきがかなり進んだように思う。

 

 

7日(木) 今日は議会3日目だが、久しぶりに6時前に起床し、早々に青倉集落を配達廻り。

 

朝7時、青倉からの眺め
奥に見える山々は野沢温泉村の毛無山に連なるもの。手前の橋は国道117・北沢橋

 

 議会は午前10時からで、今日と明日は一般質問。私は4番目だったが、なんと午前中のうちに順番がまわってきた。午前11時40分ころだったと思う。正午を過ぎれば、質問途中でも昼休憩になるので、質疑時間は短いものを予定していた2番目の質問事項(大雨警報への対応)を先に質問。観光政策に関する1番目の質問事項は午後1時半から。同僚議員から、「松尾さん、たしか6月も昼休みを挟んでだったよね」と言われたが、その通り。昨春に議員になって以来、3回目のことだと思う。
 常任委員会も終えて、2時半頃には今日の議会を終了。
 午後4時にプリンターの保守作業に来られるので、自宅待機。昼すぎに止んでいた雨が午後5時前から再び降り始めた。降雨ナウキャストを見ると、これから激しい雨が降る時間帯もある様子。

 

8日(金) 朝5時すぎに起床。2日連続で朝が早い。午後11時台には就寝するようにしたのが大きいか。ただし、雨で配達というわけにもいかず、山のような積みあがった書類・資料の分類・整理。
 議会は一般質問2件のみで、昼前に散会。
 天気は昼頃に雨も止み、青空が見えるようになった。スキー場〜貝立山のルートで野々海に行こうかと思い、動き始めたが、その前にちょこっと立ち寄った先でほぼ1年ぶりに会った人がいて、話が弾み、4時すぎに。それから平滝ルートで野々海へ。予想通り寒かったが、色づきの早さに驚いた。もう薄暮が近づき、寒かったので、あまり深入りしなかったが。夜、ブログをアップ。ブログには掲載しなかった1枚だが、余水吐の下の「草紅葉」も綺麗だった。

 

 

9日(土) 今朝も5時起床。6時前から横倉、月岡の81軒を配達。月岡での配達が完了したのが午前7時51分。
 「東部パイロットのソバの花を撮ろう」と思い、長瀬から原向への道を進んだ。いわゆる切欠原で写真を撮っている最中に電話が入り、自宅へ。windows10の強制的な更新でスキャンを行うデバイスとパソコンの接続がうまくいかなくなっているのを知り合いが調整に来てくれたため。その後、9時20分に頼まれた用件で出かけ、それが終わった10時頃、秋山に向かった。
 今日の秋山行きは配達ではなく、紅葉予想をするため、奥志賀まで様子を見ること。途中、鳥甲連峰のパノラマ写真を撮るために天池に立ち寄ろうという思いがあったが、鳥甲山の上に雲がかかっていたので、それは中止。軽トラに草刈り機を積んでいき、鳥甲牧場〜五宝木周辺の2ヶ所で草刈り。景観の確保等のため。1ヶ所はあまりの急崖で目的を達成できず。
 秋山林道をひたすら奥志賀へ。秋山林道と奥志賀公園栄線の交差点から先は色づき開始の兆候が見られた。

 

奥志賀公園栄線の奥志賀出発地点近くの様子


 途中で観光に来ておられる人たちと立ち話。みなさん、「いい所ですね」という反応。
 また、苗場山麓ジオパークで「栄村ビューポイント」づくりが構想されている(予算付け済)地点を観察。 さらに、秋山林道で地すべり対策の補正予算が付けられた地点の様子も撮影。
 急いで切明・雄川閣の昼食営業時間に滑り込み、ひと息つき、そこで、高原シャトル便で来られた人とお話。
 切明出発が3時少し前で、4時すぎの「急行野沢」の森宮野原駅着に間に合うように、秋山林道〜日出山線を全力で駆け下りた。途中、窓から入る風が冷たく、「上を羽織らないと風邪をひくな」と危機感をもったが、下におりてくると、暑い! 「急行野沢」の実物を見るのは初めてだったが、いかにもディーゼル列車という感じ。けっして美しい車体とは言えないが、ひと昔前、ふた昔前を思い出した。

 

10日(日) 昨日は夕刻から猛烈な睡魔が襲ってきたが、人と話していたりして、12時頃の就寝。そのため、今朝の起床は遅くなった。
 津南の「ママのおやつ」の息子さんと出会い、野々海でドローンを飛ばしてもらうことになり、野々海へ。彼は野々海は初めてだったが、ドローンの操縦技術は確かで、野々海池を空からしっかり見ることができた。やはり広いし、周りの森の鬱蒼とした様子がまたいい。その後、貝立山〜スキー場の道を下り、スキー場頂上でも試験飛行。ドローンで撮ると、スキー場もまた違った姿が見える。

 

野々海池の上空を飛ぶドローン


 興奮の半日だった。栄村でもドローンに興味を抱く人は多いので、ドローン講習会を開催できるといいなあと思う。「ママのおやつ」に戻り、改めて映像を見たりしながら、昨日からお店に出るようになった「モンブラン」を食した(下写真)。近くでモンブランが食べられるというのはいい。

 

 

 明日から議会の決算審議なので、早めに就寝し、明日に備えた。

 

 

苗場山麓ジオで「栄村ビューポイント」とされる地点
写真右手に見える小さな山が月夜立岩。左は苗場山。ビューポイントとするには手前の木の処理が必要ですね。


配達日誌8月21日〜31日

21日(月) 午前中は9時から議会全協。10時からの村長提出の全協での共通入浴券問題は平行線のまま。
 昼食後、とても暑かったが、1時半頃にスキー場に上り、草刈り。歯を新しいものに替えて切れ味が飛躍的によくなったこと、そして途中から頼もしい援軍が来てくれたことで、いっきに進んだ。あと1〜2回でカタクリが咲くゾーンを刈り終えられるだろう。
終了は4時半過ぎ。飛んでいるヤンマ類のトンボを撮影するのは難しいが、景色を連写で撮る中で写ってくれているといいなあと思って撮影したら、撮れた! こんな一枚。

 


22日(火) 今月はお米の発送の一部を23日にしなければならないので、それに間に合うように「お米のふるさと便り」を今日編集。その関係で、午前8時〜9時台、青倉の居平(いでら)の田んぼや森の開田などを撮影して廻った(下写真は青倉・居平)。穂がなかなか出なくて心配された森の開田の標高の高い部分もほぼ穂が出揃ったが、日照が少なく、登熟が心配。

 


 午後も編集を続け、4時すぎに出来上がって、引き続き、「復興への歩み」No.314の編集。これは途中まで。
 午後2時40分頃、大粒の雨。とにかく降雨が多い。

 

23日(水) 午前中はNo.314の編集続行。昼前に終えた。
 午後はお米の今日発送分の発送関係の作業。

 

24日(木) お米の25日発送分の発送伝票作り、袋詰めしたものの箱詰め、その前提としての箱の確保等々の作業でほぼ一日を終えた。腰に負担がかかる作業などを手伝ってもらっているが、23日に発送した分も含めて35人ほどの人たちに送るとなると、やはり3日間くらいは米発送中心の過ごし方になる。一度、きっちりと最新のコスト計算をしようと思うが、「ビジネス」にすることは不可能ではないと思う。現在、栄村のコメ生産は「ふるさと納税」によって支えられているところが大だと思うが、「ふるさと納税」制度がいつまでも安泰とは行かないだろう。栄村のお米は本当に美味しい。産直の大規模化を真剣に追求すべきだと思う。
 午後はほぼずっと青倉トンネル手前の車庫で作業していたが、空模様が面白かった。栄村の上空は真っ青に晴れているが、関田山脈の向こう側の上空には黒い雨雲。新潟県は予報通り、雨なのだろう。栄村は西日が強烈(下写真)。暑かった。

 


 夜は、「いつ以来だろう?」と思うほど久しぶりにファミレスへ。思いっきりファミレスらしいメニューを頼んでみた。以前ほど苦にはならなかった。「偶にはいい」ということか。

 

25日(金) 朝方、雨。当初は配達には厳しい降り具合だったのと、体がかなりだるかったので、配達には出ず、援軍を頼んで懸案の部屋の片づけに着手。今日は大量の廃棄すべき紙類の種別分けと搬出。2回に分けて津南の処理場へ。2回目の時、到着が午後0時20分頃だったが、「正午〜午後1時の間は昼休み」とのことで、昼食を食べながら待機。「昼休みで受付ストップ」には参った。
 体がけだるくて少し寝ることで解消するか、それとも草刈りをして体のキレを回復するか、少し迷ったが、後者を選択。この選択はどうやら正解だったよう。体のけだるさの原因は、昨夜、かなり冷房の効いた場所に2時間強いたことにあったようだ。
 草刈りは予想以上に進み、カタクリが咲くゾーンはひと通り刈れた。その先ももう少し刈るつもりだが、目途がたったのは嬉しい。
 午後3時頃にスキー場頂上に着いた時、さほど天気はよくないのに、鳥甲山の頂上がくっきり見えた。夏特有の入道雲のような雲が山にかかっていないからだろう。どうも秋の訪れのようだ。明日、配達で秋山に行こうと思う。

 

写真中央に見える緑色の部分が今日刈ったところ
この写真よりも左に最初に刈ったゾーンがある。

 

写真を撮るタイミングが一瞬遅く、あまり鮮明に見えないが、よく見る

と、鳥甲山の頂上が見えている。


26日(土) 昨夜は就寝が遅くなり、起床も遅くなった。まだ眠っていた7時前に電話が一本。8時前にももう一本。それで、午前中の用件が2つ誕生。
 配達が超遅れていた平滝の11軒の配達を9時前後にして、その後、用件2件。うち1件は人を訪ねて、いろんなご意見をお聴きした。非常に勉強になった。書物よりもなによりも、村の人たちのご意見を聴くのがいちばんの勉強になる。
 その後、日出山線経由で秋山郷の配達へ。
 秋山は完全に秋。空の雲の模様も秋だし、4時を過ぎると、半袖・窓全開で走ると相当に肌寒かった。5時過ぎに津南町に下りたが、今度は6時半頃、めったにないような素晴らしい夕焼け。これはすぐにブログにした。今日の写真は「復興への歩み」No.315でも扱いたい。
 夜は森集落のお宮の祭り。9時45分から獅子舞奉納なので、8時半すぎに出かけた。半袖では寒かった。午後10時頃、宮野原橋の温度表示は18℃。

 

介助を受けながらお宮に参拝するお年寄り

 

27日(日) 昨夜はお祭りで遅かったうえに、TVで「今夜もなまでさだまさし」があって、就寝は午前1時半すぎ。窓を閉めても、夏布団だけでは寒く、毛布を出した。お盆をすぎれば、夜は半袖では寒いのが栄村だが、今年の夏は天候不順だったので、こういう秋の始まりがごく自然に訪れたというよりも、なにか唐突な感じ。
 明日発送の東京の保育所に送る野菜の手配でいろいろ走り回った。その途上で、菅沢でトマト収穫作業中の宮川頼之さんを訪ねた。天候不順で、実のなり方が少なく、また病気にかかるものも少なからずあって、収穫量は平年よりも少ないようだ。
 午前中はかなり暑かったが、午後2時頃からは薄雲がかかったのか、暑さを感じなかった。夜はやはりかなり気温が下がる。

 

28日(月) 朝から野菜発送関係の作業。結局、なんだかんだで午後4時頃までかかった。
 ここ2〜3ヶ月、月のうち22日〜25日のあたりはお米、野菜の発送関係に多くの時間を割くことになり、「復興への歩み」の配達などにあまり時間がとれない。もう一方で議会関係の仕事もあり、「復興への歩み」のみにほぼ没頭できていた昨年4月までとはまったく状況が変わってきた。
 なにかの仕事を減らすという選択は少なくともありえない。打開策としては、それぞれの仕事をよく見直し、計画的に事を進めることで、合理化・効率化を図るということではないかと思う。
 夕刻は部屋にいて、ここ2日間よりも暑さを感じた。夜は寒くはなく、涼しくて過ごしやすいという感じ。

 

29日(火) Jアラートの大音声で目を覚まされた。そのまま起床し、今日は早い時間から主に東部地区で配達。
 ただし、午前中に議会運営委員会が入っていたので、9時すぎにいったん家に戻り、着替えをして役場へ。議運はいつもよりも時間がかかり、11時半頃まで。
 昼食後、再び東部地区へ。志久見、柳在家、切欠と廻ったが、切欠に入って間もなく、複数ある配達物のうちの一部が部数不足となり、印刷に戻った。印刷後、再び切欠へ。今日は東部に3回足を運んだことになる。計85部。
 朝8時前に中条で撮った下の写真は秋を感じさせる景色だったが、その後、とても蒸し暑くなり、少し歩くだけで、肌着がべったりと体にくっつく感じになった。朝9時の段階で肌着を一度着替えるほど。天気図を見ると、栄村が停滞戦線(秋雨前線)の南側になっている。このため、南からの湿った暖かい空気が大量に入り込んだわけだ。26日に秋山で感じた秋の到来から逆戻りした。

 

 

30日(水) 午前中は所用があって、北信地域振興局へ。地方事務所から地域振興局に変わってから初めての訪問。看板は変わっているが、それ以外は目立った変化はない。ただ、訪れた用件での説明を聞くと、ある種の権限が県庁から地域振興局に移譲されたようではある。
 午後は当初、配達を進めるつもりだったが、9月議会を前に色んな人たちの意見を聴いておきたいと考え、さまざまな人たちを訪ねて廻った。夜も人を訪ねたり、電話をしたりを続け、いつの間にか夜遅くになった。
 途中、森の開田の出穂の状況を確認しておきたくて開田に上ったところ、8月6日に種が蒔かれたソバがすでに花を咲かせていて驚いた。

 

 

31日(木) 宮川頼之さんのトマト畑に用事があったので、9時前に菅沢を訪れた。到着して間もなく、まゆさんが育真くんをおんぶして来られた(下写真)。先日、トマトの収穫作業に携わっている方が「育真も手伝っています」と投稿されていたので、その様子を撮りたいなあと思っていた。育真くんの収穫作業お手伝いの様子は「復興への歩み」で紹介したい。

 

 

 配達は横倉で45軒。引き続き、平滝・白鳥を廻りたかったが、ズッキーニなどの発送があり、その関係の諸作業をしているうちに午後4時に。
 「県道箕作飯山線改修期成同盟会」というものの総会がトマトの国であり、慌ててトマトの国へ。総会が終わり、懇親会に移る際、トマトの国からの景色が素晴らしく、1枚パチリ。懇親会会場の宴会場の窓からも刻々と変化する素敵な景色が楽しかった。トマトの国からの景色の素晴らしさをもっともっとアピールする必要がある。指定された席が素晴らしい景色を背にする位置になっていた同僚議員に振り向いてもらい、その素晴らしさを確認してもらった。それで、スキー場からの景色がジオパーク関係者から絶賛されていたという話をその同僚議員から聞いたのだが、その絶賛された景色というのはスキー場中腹からのものらしい。頂上からの景色はもっと凄くて、まさに絶景。栄村の有する財産は本当に凄いのだということをもっと発信せねばと改めて思った次第。

 


配達日誌8月11日〜20日

11日(金) 「山の日」で休日。私はつい数日前まで、11日が休日で、今週末が3連休なんて認識はまったくなかった。お盆とつながって、長いケースでは6日間の休みとか。
 夜の3時すぎ、頭痛で目が覚めた。喉も少し痛い。昨夕、草刈りでびっしょり汗をかいた後、しっかり汗をぬぐったうえでのことだが、しばらく上半身裸でいたのがいけなかったのか。起きて薬をのみ、7時すぎに目覚めて朝食を食べた後も、もう1回薬をのみ、休んで、午前10時前に再起床。
 この後、「今日は自宅作業」と決め、「議員活動報告」第17号と第18号をいっきに仕上げた。途中、ちょっとした発送作業と1時間くらいのおしゃべり。
 夜、かなり強い雨。

 

12日(土) 午前中、小雨がぱらつく中、「議員活動報告」を真っ先に届ける必要がある人たちに配達。
 午後は、配達の続きと草刈りの予定だったが、昼すぎから時折、強い雨。すぐに小止みになるが、また強い雨の繰り返し。配達も草刈りもできず。印刷や折り作業。

 

13日(日) 今日は久々の秋山での配達と決めていた。給油の後、鳥甲牧場の様子を見ておきたかったので、日出山線経由で行ったが、8時20分すぎの鳥甲牧場は半袖で車の窓を開けていると、風が冷たいくらいだった。
 屋敷→小赤沢→上の原→和山→切明の順で配達。当初の予定では、昼頃にすべてを終え、午後2時すぎにはスキー場の草刈りへ、と考えていたが、2つの要因で予定をかなり変更。
 屋敷の配達途中、二人の方から同じ訴えを聞いた。布岩山の近くから下って来る沢なのだが、平素はほとんど水が涸れている状況。ところが、大雨になると、一転、物凄い水量になり、倒木などが流れ込んで堰き止めたりすると、道路に水が溢れるなどの被害になる。10年来、要望を上げているが、無対応だとのこと。気になったので、切明から戻る途中、その沢と思われるところを撮影。さらに不明な点があったので、午前に話を聞いた人のうちの1名を訪ね、結局、現場に案内していただいた。これが午後2時半〜3時頃。今日のスキー場での草刈りは完全に断念したうえでの行動だった。

 

 

1枚目の写真のすぐそば。
道路の下をくぐる土管が土砂で埋まっている。
横に新しい土管が入れられていた。

 

 予定変更のもう1つの要因は、「明日14日、小赤沢で秋山の釣り大会をやるので、取材して」との依頼を受けたこと。スケジュール調整を少し考えたうえで、しばらくして、「明日、朝から小赤沢に来て、写真撮影取材と若干の配達をしよう」と決めた。
 秋山からの帰路には、8月7日の津南町議会との懇談会で視察した小水力発電所の水源となっている黒滝川の様子も撮影(見玉付近で国道405と交差する)。

 

14日(月) 今日も日出山線経由で小赤沢へ。小赤沢で少し配達の後、釣り大会の会場に着いたのが9時45分頃。
ここから正午頃までずっと釣り大会会場で撮影。
 予想通り、“秋山の孫たち”で一杯、賑やかな大会だった。「復興への歩み」No.314で詳細に取り上げたいと思う。
 会場で食べた「焼きそば」と「焼肉」がポークいっぱいで、満腹。改めての昼食は摂らず、405を下って、まっすぐスキー場頂上へ。到着は午後2時すぎ。
 ここから午後5時すぎまで3時間、びっちり草刈り。今日の重点の1つはススキ刈り。昨日、秋山でススキの穂が出ているのを目撃。「穂が出ないうちに切り倒そう」と考えた。もう1つ、今日刈ったあるゾーンは草はほとんどなく、高さ5cm程度の低木の類がびっしり。これを伐るたびに手にかなりの衝撃。
 「休みながら、体力を維持しつつの作業」と思っていたが、一人での休憩というのはあまり面白いものでもない。結局、途中2回の休憩は短く、ガンガン作業して、終了後はグッタリ。かつてない疲労。夜はテレビを見たりしながら、頻繁にストレッチ的なことをした。
 なお、スキー場の頂上では“紅葉”の始まりが見られた。

 

紅葉し始めているナナカマドの木

 

15日(火) 栄村の集落にはそれぞれお宮があるが、森集落の中条地区(現在6世帯)には独自のお宮、白山神社がある。今日は、その“白山さま”の1年に一度の祭礼の日。午前6時集合でお宮の掃除と祭礼の準備をする。そして、午後2時から神主さんが来て、祭礼が執り行われる。
 そんな次第で、今朝は午前5時起床。天候がすっきりしないことも一要因ではあるが、もう秋分まで1ヶ月余、日の出は遅くなってきていて、午前5時、空は明るくなっているものの、まだ夜は明けきっていない感じ。
 午前中は、発送するズッキーニや茶豆の仕入れ、発送事業、急に頼まれた用件など。
 午後2時から祭礼出席。今年の祭礼は例年とまったく違った。中条の木村文二さんの親戚が4名、祭礼に参加され、しかも、その中の1名は米国人。プロのカメラマンだそうで、事前に地区の世話役が神主さんに撮影許可をいただいたが、実際は撮影されず。後から木村さんにお聞きしたところでは、「これは神聖な場。撮影すべきではない」と思い、撮影を遠慮されたとのこと。
 神主さんは先代が一昨年にお亡くなりになり、昨年から先代の息子さんが引き継いで下さっているが、この方がじつに気さくな人。今回の米国人の参加を非常に喜ばれ、地区の関係者以外の人の参加を促進してもらっていいというお話。祭礼が終わった後、お神酒をいただくが、地区の者は神主さんが帰られた後もしばらく、お宮(本殿)でお酒をのみながら、歓談する。そこでも、“白山さま”を積極的に開放していく話が出た。
 私はカメラを持っていっていたが、「プロのカメラマン」が来られるということで、カメラは車の中に置いたままで、写真は撮らず。今後の“白山さま”の積極的開放のことを考えれば、写真を撮っておくべきだった。
 お神酒の後、中条のみなさんと本殿で懇談していたとき、「開田の上はまだ穂が出ない」という話が出たので、夕刻、森の開田へ。なるほど穂がまったく出ていない(下写真)。心配である。

 

 

16日(水) 小雨がぱらつくような天候だったが、森集落で67軒の配達。途中、かなり長い立ち話も。
お盆休みでコピー用紙を発注できないので、津南まで買い物に。その時、温泉に持って行く風呂用品入れのカゴも購入。共通入浴券をめぐって、「シャンプーなどの消耗品の経費がかなりかかる」と言われるので、今後はボディソープやシャンプーを持参することにした。以前から購入したいと思っていたが、どこで買えるものなのか? 先日、風呂仲間に尋ね、「百均で買えばいいよ」と教えてもらったもの。
 午後3時からは“白山さま”の祭礼の片づけ。片づけは30分ほどで終わるが、その後、本殿で飲むのが慣例。今年は午後6時すぎまで。終わるころには薄暮になっていた。
 その場は、途中から、共通入浴券、「トマトの国」が座談のテーマになり、一人ひとりが思いのたけを思いっきりぶつけあった。共通の思いは「トマトの国を守りたい」。「トマトの国」のお客を増やすアイディアもたくさん出た。日頃から、中条の人たちの思いは分かっているつもりだったが、私が受けとめている以上の思いの深さ、大きさを聞き、「トマトの国」を守り、発展させるようにしなければ、という使命感を新たにした。
 今日は写真撮影なし。

 

17日(木) お盆が終わり、世の中全体、再始動。お天気は昨日までのぐづついたものから一転、朝から快晴。その分、気温もぐんぐん上がり、午前中に30℃に達した。
 午前は主に青倉で46軒の配達。集落の中を赤トンボが群れ飛ぶ姿が今期初めて確認された。日中の気温は高いが、季節は秋へ移って来ているということだろう。
 天気がよいので、かあちゃんたちが一斉に畑に出ていた。下写真は青倉公民館裏手のせっつぇもん畑が集まるところ。

 


 午後は、中条川上流1号崩壊地での堆積土の掘削とダンプによる運搬の現場の撮影へ。
 運搬路はダンプ1台で道幅ぎりぎり。4台が1日20往復する。したがって、勝手に1号崩壊地に入ろうとすると、途中の道路でダンプと離合できず、えらいことになる。現場で作業にあたっている知人と連絡をとりあい、堆積土の搬出先である森開田上の旧村営グラウンドで1号崩壊地に向かうダンプと合流。その後ろについて1号崩壊地に向かった。
 現場の様子は「復興への歩み」No.314でレポートするが、真っ先に度肝をぬかれたのが、ダンプが走り出すや否や、もの凄い土埃が舞い上がること。あまりダンプに近づき過ぎると、土埃で道路が見えないほど。(下写真参照。この写真は22日に撮影)
 取材は45分間ほどだったが、かつてなく緊張した取材だった。

 


 夜は7時から、温泉共通入浴券問題で住民懇談会。15名が集まって下さり、いろんな意見をお聴きすることができた。貴重な勉強である。

 

18日(金) 朝9時前からだっただろうか、月岡で36軒の配達。その後、貝廻坂を上がり、野田沢集落の配達。その時、「10時半少し前から暗くなり、雷鳴」とメモしている。そして、宮川頼之さん宅前に着いて、「さあ、車を降りよう」と思った矢先に大粒の雨。一瞬にして車外に出ることができないほどの激しい雨。「これは無理」と判断して引き返し、貝廻坂を下り始めると、道路にはもう水が浮き、川のような状況になった。
 千曲川が見えるあたりまで下ってくると、関田山脈方面の空は明るい。月岡まで下ると、大した雨も降っていない。しかし、いろんな人に話を聞くと、「すごい雨だった」、「家の前の水路が溢れた」という話がどんどん出てくる。
そこで、PCで「気象庁の高解像度降雨ナウキャスト」を見てみた。

 


 これが、その画面。10時30分、栄村の水内地区などが真っ赤、津南町には紫色が見える。赤色が1時間当たり50mm以上80mm未満、紫色は80mm以上。この激しい雨が早いスピードで西から東へと移動したわけである。
 この間の豪雨災害で「1時間100mmの猛烈な雨」というニュースをよく聞くが、雨の激しさは体験しないと想像がつかない面がある。今回の激しい雨は豪雨災害というものの恐ろしさを理解するうえで貴重な経験になったともいえる。

 

19日(土) 午前中、野田沢から東部にかけて61軒で配達。
 その途中、菅沢で頼之さんのトマト畑に立ち寄った。私の姿を認めた頼之さんが駆け寄ってきて下さり、1枚の畑の周りをぐるっと廻りながら、クマ被害の凄まじさを説明して下さった。その1枚とは離れたところにある3枚も凄い被害で、頼之さんが説明して下さった内容を手がかりに、その3枚も見て廻った。

 

クマ被害が最もひどかったトマト畑。畑の向こう側に見える草むら(じつは水路がある)からクマが上がって来る。

 

上掲のトマト畑の左側を撮影。写真奥に見える林と左写真の畑とが草に覆われた水路でつながっている。畑に電気柵をめぐらすだけでなく、菅沢農場全体を守る対策も必要だと思う。


 午後は、14日以来久々にスキー場頂上の草刈り。

 

20日(日) 朝、1号崩壊地へ。17日に堆積土の掘削・運搬の状況を撮影に行ったが、堆積土がどの程度削り取られ、除去されたのかを、雪消え時の4月30日に撮った写真と比較しようとしたら、撮影ポイントがずれていて、うまくいかない。そこで、4月30日撮影写真を手に、同じポイントから写真を撮るために出かけたもの。日曜日で運搬作業が休みなので、ダンプとの離合の心配なく行けるというわけ。
 その後、午前中、箕作、大久保などで65軒を配達。
 午後、友人に頼んで、草刈り機の歯の交換。その後、その友人を誘って、スキー場頂上へ。彼には7月29日に草刈りを手伝ってもらっている。「ずいぶんと様子が変わりましたね」と言っていただいた。草刈りした場所の先にある林の中に案内。イワウチワ、イワカガミの群生地。ボヤが凄まじくて、枝をかき分け、かき分けの前進。この林をどのように手入れすればよいかも話し合った。
この時、カメラをぶら下げていなかったので写真を撮れていないが、常緑葉のイワカガミ、イワウチワの葉の群生状況はすごかった。次の機会に撮影したい。
 その後、スキー場頂上からよく見える青倉の圃場整備箇所、城ヶ館(じょうごだて)へ。この間の雨で工事をできない日があったので、この現場は日曜日の今日も作業中。

 

スキー場頂上から見た圃場整備中の城ヶ館

 

法面の犬走り
 ここは田んぼよりも農道の方が高いところにある。その法面に設けられた犬走り。
 青倉地区と県・村の協議では高い法面への犬走り設置で合意されていたが、いざ工事が始まり、青倉の人が現場を見に行くと、「犬走りなしの高い法面」が目の前にあった。村に指摘し、県が実施設計の段階で入れ忘れたミスを認め、工事をやり直したと聞いている。そのやり直し工事の結果、この犬走りができた。これがないと、50年、100年の単位で命懸けの草刈りを強いられることになる。


配達日誌8月1日〜10日

1日(火) 午前中、村道鳥甲線の法面工事の様子を見に行き、さらに東部で1軒訪ねてお話。
 その後、昼を食べながら知人と話をしたが、その頃から後頭部から肩にかけてつまり、しんどい。
 2〜3時間休憩すると、少し楽になり、夜にかけて「復興への歩み」No.313の編集。最後の1頁を残して、体力がもたず、今日の編集は終了。

 

2日(水) No.313の編集は、最後の頁に写真を2枚貼り付ける作業が残っていただけなので、朝一番で完成。午前中、出来上がりを森集落で17軒配達。
 午後2時半頃に草刈りのためにスキー場に上ったが、途中、衝撃的な出来事が…。

 


 先日見つけたクルマユリのうちの1本が見当たらない。車から降りて、「この辺りに1本あった」という所を見て廻ると、上写真のような穴が…。“盗掘”だ! 村外の人がやったとは限らない。ヤマユリやササユリ、クルマユリを山で採って、家に持ち帰り、庭で育てることはよく行われてきたことだから。しかし、こういうものは自生していてこそ美しいと思う。ササユリなどは自生ものが絶滅寸前になっている。これからは採取をしないようにしたいものだ。
 スキー場頂上での草刈りは午後4時40分頃まで。

 

3日(木) 朝方、東部地区51軒に配達。その後、9時半〜10時半は頼まれた仕事。
 その後、スキー場に上り、正午前から午後2時すぎまで草刈り。草刈りを終える頃、複数個所のヨツバヒヨドリにアサギマダラが群れているのを発見。10匹以上。こんなにたくさんを見るのは初めて。アサギマダラがよく吸蜜すると言われるヨツバヒヨドリを刈らずに残しておいてよかった! と思う。写真はブログに掲載したうえで、「復興への歩み」次号でも紹介しようと思う。
 スキー場から下りた後、再び、頼まれた用件をこなし、さらに月岡、小滝などで48軒の配達。


4日(金) 午後2時半役場前集合で、津南町議会と栄村議会の懇談会へ。会場は津南町役場。小水力発電の話を聴いた後、発電所の現場へ。その後、グリーンピア津南で懇親会。
 午前中は、まず7月臨時議会の議事録の署名に議会事務局へ。全文を読み、脱字・誤字の訂正を行ったうえで署名した。昼前後は打ち合わせ会合。
 そんな次第で、今日は配達も写真撮影もなし。

 

5日(土) 7時すぎの出発で、まず玄米1袋(30kg)分の精米と発送の準備。その後、平滝地区31軒40部の配達。途中、かなり高齢のおかあさんが草刈り機で畝刈りをされているのをパチリ。今日はこういう姿を何回か見た。ただただ感心する。頭が下がる。

 


 その後9時半から1時間弱、頼まれた用件をこなした後、スキー場頂上へ。11時頃から草刈り開始。暑い! 見上げると、ちょうど真上にギラギラ照りつける太陽。でも、時折、涼しい風が吹く。
 2時間弱の草刈りの後、貝立山裏から野々海へ。水番小屋の大規模改修を行っているというので行ったのだが、どうやら土曜日ということで作業の様子は見られず。
 野々海線の道路脇の草が刈られていた。役場の直営班がやってくれた仕事のようだ。
 2時から昼寝と印刷・折りの作業を経て、5時前に再び出かけ、白鳥集落で44軒の配達。途中、昨年完成した砂防ダムの関連工事の様子を見に上ったが、その規模の大きさに驚いた。災害の防止は必要だが、あまりに大規模な工事(したがって予算も膨大)。そもそもどういう調査と計画、審議を経て実施に移されたものなのか。一度、県建設事務所に問い合わせてみる必要を感じた。

 

6日(日) 森農業改善組合が開田の不耕作地でソバを栽培するということで、今日はその種まき。

 午前8時に現場へ。その現場を撮影する途中、1号崩壊地に久しぶりに行き、現在の様子を撮影。1号崩壊地下の堆積土砂をダンプで運び出す作業が7月から行われていて、ダンプの重量で道路下の地中に埋められている用水管が破損しないように道路に特殊な鉄板が敷かれている。タイヤの小さい軽トラではとても走りにくい。
 ソバの種蒔きの撮影を終えた後、青倉・西山田の圃場整備の進行状況を撮影記録に。図面で見た新圃場の姿がかなり明確に見えるところも出てきていた。一度、「復興への歩み」で途中報告をすべき段階になってきたように思う。
 今日は「ぐるっと栄村100kmサイクリング」の開催日。ここまでに書いたようなスケジュールのため、選手が秋山を走る姿は撮れないので、菅沢農場での姿を撮ることにした。選手の様子を間近で連写で撮ることができ、さらにその後、ゴールのスキー場に行って、菅沢で撮った選手と出会うことができた。次の1枚は、選手がカメラの間近にぐっと迫ってきて、ピントが合っていないが、迫力あると思う。

 

 

 午後3時からは森農家組合主催の「八幡さまの祭」での一杯飲みの会へ。森公民館で午後6時すぎまで。

 

7日(月) 議員の仕事で「森林・林業・林産業活性化促進議員連盟長野県連絡会議」の総会・研修会というものに9時45分発で出かけることになっていたので、7時50分発で北野、中野、極野の38軒の配達。
 「研修会」の方ではいくつか得る点があったが、「〇〇議員連盟」や「〇〇期成同盟会」という類のものとは何なのか、それらについてどう思うかについては、機会を改めて「議員活動報告」に書きたいと思う。
 台風5号が迫って来ていたので、予定されていた安曇野市の木造新庁舎の見学は中止して帰村を急ぎ、5時半すぎに戻った。

 

8日(火) 台風5号が長野県に最接近。午前9時からは強雨という予報だったが、外出してピンチになるというほどの雨ではなかったので、午前中は十日町へ治療に走った。
 昼すぎに村に戻り、午後2時頃には雨は止んで、国道の路面は乾いているような状態だったので、6日、7日と2日間連続でできていない草刈りにスキー場頂上へ。
 スキー場頂上に着いた時は霧雨、さらに草刈り開始後に少し本格的な雨になる時もあったが、せっかく上ったので、1時間ほど続けた。雨模様のせいか、ススキなどを刈り倒すたびに虫がわっと湧き出て、かなり刺された。

 


 午後4時半すぎ、スキー場から下りてきた時の青倉集落の様子


9日(水) 午前中は印刷や整理作業にあて、午後は議会全員協議会。全協については「議員活動報告」で書くが、森川村長は「公社施設の温泉は共通入浴券の対処から外す」ということに固執していて、議論は平行線。「このままでは9月議会を迎えられないので、全協をもう一回開いてほしい」と。
 「協議」をしても、自らの方針は変えないというのであれば、「協議」を繰り返しても何も変わらないと考えるのが普通だと思うが、議員側が根負けすることでも願っているのだろうか。だとすれば、“協議”というもののイロハについて分かっていないと言わざるをえないが。

 

10日(木) 朝、ある用件があって野々海へ。台風5号による8日の雨で水位が回復していた。
その後、午前中は泉平、箕作などで28軒の配達。泉平で畑からもぎたてのトマトをいただく。やはりもぎたては美味しい。配達の流れで昼食は樓蘭。
 午後2時半頃にスキー場頂上着で2時間強、草刈り。「かなり進んだなあ」という感じだが、今日は低木類の“かぶつ”伐りが多く、かなり腕に負担がかかった。草刈りの往き・帰りの道を見ると、ヤマユリの季節は峠を越したかなという感じ。代わりに、オミナエシが黄色い花をつけ始めた。異常気象・天候不順で気温などから季節の変化を読み取ることが難しいが、花々はいまのところ季節の移り変わりをまだまだ正確に教えてくれるようだ。

 


配達日誌7月21日〜31日

21日(金) 今日は配達なしで、基本的にNo.312の原稿書き。夕刻に原稿をめぐって、ある人に意見を聴きに行った。
 原稿書きの途中、午後、7月1日の「大雨災害箇所」2ヶ所の撮影に行った。いずれの場所も予想以上の被害だった(記事・写真はNo.312には書けなかったので、No.313で報告する)。

 

22日(土) No.312配達開始。朝から頼まれた用件や、野菜の発注があったりで忙しく走り回った。
滝沢総一郎さん宅で、今年6月に種が蒔かれたアスパラの成長の様子を見た。

 

6月22日。種を蒔いて1週間目頃。きちんとアスパラの形をしている!

 

7月22日。まだまだ伸びる。立茎を終えた後、秋に根が畑に定植される。

 

 午後、いろいろと動き回る中で、駅前での夏祭りを2回、撮影。駅ホームにちょうど「おいこっと」が入って来るところをたまたま撮影。祭りの中に「おいこっと」の到着がうまく位置づけられていたら、よかったのになあと思った。

 

23日(日) 午前8時から公民館掃除。意外と早く済み、もう一つ頼まれた用件へ。10時半頃終わり。
 その後、ズッキーニの発送のために動いたが、大久保〜天地間で今年初の自生ヤマユリ開花確認(13:23)。

 


 夕刻、スキー場、貝立へ。貝立山麓のヤマアジサイの開花状況の確認が主たる目的。その帰路に、西山田・城ヶ館に下ったが、日曜日の今日も作業が行われていた。

 

24日(月) 今日は東京・駒場保育所の野菜共同購入の発送日。朝から野菜の仕入れ、一人分ずつの袋入れ、そして発送先毎の箱詰め、宅急便の発送伝票づくり、野菜の説明書きの作成と、午後1時すぎまで大忙し。
 今回は、キュウリ、ナス、ピーマン、インゲン、キャベツ、トウモロコシと盛りだくさん。
 今月は野菜発送の翌日がお米発送というスケジュールなので、その後は「お米のふるさと便り」を編集。夕刻に依頼した精米作業に一緒に行った。
 今日は写真撮影はなし

 

25日(火) 朝から米発送作業。午後2時すぎまで超忙し。夕刻、治療で十日町へ。今日も写真なし。

 

26日(水) 午前は津南町のコインランドリーでまとめ洗濯。洗濯や乾燥の出来上がりを待つ間、国道117から眺めて、いつも「きれいだなあ」と思う信濃川の流れ沿いの圃場地帯を探索して廻った。下のような景色が見えるところ。写真左手に見えているのは外丸(とまる)地区。

 


 初めて走る道を進む“冒険”をしながら、外丸地区にも入ってみた。外丸では残念ながら信濃川縁には行けなかったが、割野地区で前頁写真に見えるところよりも上流の右岸の田んぼゾーンに入ることができて、面白いものを見た。信濃川沿いに石積みの堤があって(下写真)、田んぼが守られているのだ。津南町の歴史に触れた感じがした。

 


 午後は、スキー場頂上で草刈りするつもりで上がったが、草刈り機の調子が悪く、下山。友人に機械を見てもらい、その流れで、東部パイロットで草刈りの手伝いを3時間弱。ツルが凄くて、大変な草刈りだった。

 

27日(木) 起床は遅かったが、快適に目覚められた。起床時は雨が降っていたが、間もなく上がり、まず給油と買い物(津南町)。
 午前中は森で47軒の配達。配達の遅れを取り戻さなければならないが、ただ淡々と配達するのみ。農作業する人は山などに行っておられるのだろう。あまり人と出会うことはない。午後は青倉と月岡で52軒など廻り、総計107軒に達したところで今日の配達は終了。
 その後、スキー場の頂上に向かい、カタクリ群生地の草刈り作業。3時半すぎから5時すぎまでの約1時間半。刈らなければならない場所は広大で、今日の成果など、ほんのわずか。でも、春にはイワウチワやイワカガミが群生する林への道が開けたことは嬉しかった。

 

 

 

28日(金) 朝から天気はよくなかったが、午後2時半近くに強雨。午後3時に森開田で自動給水システムの実験的配備が行われることになっていて、撮影に来るように言われていた。強雨の中、開田に上ると、小止みになり、作業は順調に進んだ。いずれ、詳しい報告をしたいが、とりあえず写真を2枚。

 

 

 

 1枚根の写真に見える丸い玉が水量で浮き沈みする。その状況がケーブルで2枚目写真の装置に信号送信され、かけ口の板が上下して開閉する。

 この撮影の後、スキー場頂上の草刈り2日目。午後5時頃開始だったため、虫に刺され放題。

 

29日(土) 昨日、クマに荒らされたという志久見の畑の調査・撮影。集落の内部といってもいいゾーンにクマの通り道になりうる荒れ地がたくさんあることに驚いた。引き続き、関係者と1時間ほど話。昨日はクマの姿が目撃されたわけではなかったが、今朝の調査でクマの糞が確認され(下写真)、クマによる被害と確定された。

 


 午後は、2時出発でスキー場頂上の草刈りへ。今日は友人が手伝ってくれたので、いっきに進んだ。今年の実験的取り組みで来春のカタクリ開花時に成果を示せることができたら、こういう取り組みへの有志参加を募るようにしたいなあと思う。

 

30日(日) 午前中は森の集落普請。いつも通り、「横渡」(桑原千恵さん宅)裏から「トマトの国」方向へ水路本線沿いの担当だったが、国道117沿いの箇所でツルを切り、片づける作業がかなり厄介だった。国道117を走っている時にはまったく気にかけない場所だが。
 天候が心配されたが、日中、天気はもった。
 私は普請の後、青倉の人を訪ねたり、頼まれた夕顔3本の発送など。発送で青倉の駐車場に行った時、周辺の草がひどいので衝動的に草刈りを開始。かなりすっきりした。そのついでに、飯山線の線路に下る通路も開けた。午後4時すぎ、その場で「おいこっと」の上り列車を撮影。

 

 


 夜8時20分頃から雨。かなり強い降り。10分ほどで収まったが、10時半頃に再び強い雨。

 

31日(月) 7月最後の一日、天気が予報とは異なり、かなり青空が広がったこともあり、朝から激しく動き回る一日となった。
 まず、平滝の国道117よりも上の11軒を配達して、そのまま野々海へ。「日誌」で振り返ると、7月20日を最後に10日も行っていないので、「行っておかなければ」と思った次第。
 下ではすでに青空が見える天気だったが、野々海は別世界。ガスが発生し、見通しがあまり効かない。深坂峠などは真っ白で何も見えなかった。

 

ガスがかかる野々海池。こういう姿も素敵だ。

 

 水番小屋で月岡英男さんとお会いしたが、今日は6段目の栓を開けているとのことだった。たしかに水は減ってきているが、対岸の土はほんのわずかが見えるだけ。田んぼに水を送るのはあと1ヶ月ちょっと。今年は余裕ある水量だ。英男
さんといろいろ話す中で、「水番小屋宿泊体験」というものをやってみたいなと思い立った。何人かを誘って、是非、実現してみたい。
 その野々海では滅多に撮れないようなトンボが群れている様子を撮影できた。
 往きは平滝からだったが、帰路は貝立〜スキー場のコース。ガタガタの悪路であることは承知の上だが、平素は上りに使っているコース。下りは上りにも増して走りづらかった。スキー場頂上に立ち寄った後、ヤマユリの所在地点、開花状況を写真記録しながら下った。途中、リフト乗り換え地点横に今春、ジオパーク関係で大案内看板が設置された箇所がきれいに草刈りされているのに気づいた。作業の主は秋山の地域おこし協力隊の坪内さんであることが、夜にFBを見て判明した。
 下ってからは、途中に昼食をはさみながら、青倉、横倉、大久保で計78軒の配達。スキー場のヤマユリの数も多いが、大久保集落及びその周辺のそれもすごい。今年のヤマユリはあまり芳香が強くないように思っていたが、今日はかなり香りが強くなっていた。

 

ヤマユリが多く自生する大久保集落

 

 3時半頃に準備を整え、スキー場頂上の草刈りへ。5時を過ぎると虫がいっきに増えて、刺されまくるので、5時ちょっと過ぎまでの1時間強。ヨツバヒヨドリを残すように刈ったが、草刈りを終えた後、期待通り、ヨツバヒヨドリにチョウがとまっていた。
作業の後の温泉は本当に気持ちいい。温泉なしに連日の草刈りは考えられない。

 


配達日誌7月11日〜20日

11日(火) 午前9時45分頃まで「復興への歩み」No.311の編集。10時から議会運営委員会。1時間弱。
 18日の臨時議会の日程を協議。臨時議会には大きな問題点はないが、その後に「議会全員協議会(村長提出)」を開催してほしいという村長からの申し出があったという。協議事項は「共通入浴券の廃止について」。協議事項に関する資料では、振興公社管理の温泉については振興公社が対応するというのみで、具体策には言及なし。これでは困る。村民の声をどう受け止めているのか? 18日午後は相当の議論になりそうだ。
 議運の後は、昼食を共にしながらの懇談会と、来村の知人とのお茶のみ。
 その後、下写真に見られる雲に誘われるように、スキー場から貝立山方面へ。4時前から5時半頃まで。今日も暑かったが、山は涼しい。しかし、下界に下りてくると、蒸し暑い。

 

午後3時45分頃、スキー場方向の空に見えた雲


 夕刻はまとめ洗濯。コインランドリーに洗濯物を放り込んで夕食を
食べにいつもの店へ。食事を終えて外に出ると、激しい雨。

 

12日(水) 午前8時半から、愛湯会による「トマトの国」周辺の草刈りボランティア。ボランティアは私を含めて9名。それに被雇用者の1名を加えて10名で作業。
 11時頃までの作業で「トマトの国」周辺がスッキリした。やはり10名で一斉にやると草刈りも大いに進む。作業の後は特別に温泉で汗を流させてもらい、すっきり気分。愛湯会メンバーは夕刻5時に「トマトの国」再集結で一杯飲み。多くの人から「秋にもう一回草刈りしよう」という声が上がった。
 2時間を超えたあたりで、かなりきつくなったが、〈長時間やってもあまり疲れず、しかも草刈り自体は、焦ってやる場合よりも効率的に進むコツ〉というのが少しわかったような気がする。

 

13日(木) No.311の配達開始。No.310未配達の野田沢、原向をまず廻り、午後は泉平、箕作、横倉などを廻って、計136部。
朝方は雨が降りそうな雲行きだったが、午前10時前に原向にむかう途中から蒸し暑くなった。10時半頃には青空が結構広がった。
原向に行った際、シナイモツゴが生息する切欠堤に立ち寄ったら、水鳥が見えた。遠くてはっきり判断できる写真は撮れなかったが、カルガモのようだ。

 


 泉平に向かう奥志賀公園栄線の道路脇、オカトラノオの群生がかなりすごい。また、そこにチョウが群がっている。往きにはウラギンヒョウモンが群がっていたが、帰路にその場所を撮影しようとすると、飛んでいたのはカラスアゲハ。泉平集落の中でも見た。泉平はチョウが多い。そして、7日や11日の貝立山裏での経験とあわせ、今年はやはりチョウが多いと確信した。(下写真は泉平集落の中で撮影したもの)

 


 横倉で大量のタケノコの皮を剥く人に出会った。「苗場山ですか? 何合目あたりまで登ったんですか?」と尋ねると、「6合目あたり」との返事。ズクがあるなと感心。

 

14日(金) 前夜がうまく眠れず、きちんと眠ったのは午前2時すぎ。その結果、朝は目覚めたら9時近く。こんなことは近年にないこと。まあ、「ぐっすり眠った」という感があってよかったが。
 10時半近くの出発でスキー場〜貝立山〜野々海のコースへ。最大の関心は貝立山付近のヤマアジサイの開花状況。もう1つは某所の自生のササユリの開花状況。
 ヤマアジサイはやはり95%まで未開花。他方、ササユリは開花寸前になってきていて、ピンクの色が出始めていた。
 ヤマアジサイが開花し始めているところで、初めて花の裏側を見ることで、「花」と「装飾花」(本来のガク)との関係を理解することができた。下の写真だが、装飾花が「ガク」だということがよく理解できる。

 


 さらに野々海三叉路の湿地で、カルガモの子と思われるものが水面を移動するのが見られた。昨日の切欠堤に続く連日の目撃。6月17日にこの場で飛翔を見たのは「マガモ」ではなく、カルガモだった可能性が大に。
 午後は東部の笹原より奥で配達。途中、村道鳥甲線(極野〜五宝木間)法面工事の様子を見に行った。法面工を施す箇所にロープを設置する段階で、まだ工事の初期段階。作業にあたっている人たちは中野市方面から来られているそうだ。帰宅後、写真データを見ていて、工事の事業名が「奥地保安林保全緊急対策工事(ゼロ国債)」という聞いたことがないものになっていることに気づいた。2014年度の1年目の工事はどうだったか。ちょっと調べてみたい。

 

 


 戻る途中で、電話があり、林業専門技術員の人に会うため、志久見の「こらっせ」へ。尋ねたかったのはミズバショウ群生地の保全方法。かなり参考になるお話を聞けた。ただ、お話を聞いているぶんには理解できても、そこで得た知識を基に自分で群生地の実相を把握できるかは、また別問題。相当勉強しなければならないだろう。
 午後3時半過ぎに極野から志久見に向かう時、極野〜長瀬あたりで降雨があったが、午後5時台だったか、森で配達していた時に激しい降雨。やむなく家に戻ってPC作業をしていると、窓の向こうで凄まじい落雷。近かったと思う。お陰で夜は涼しくなった。
 夕食時、村の知り合い大勢と出会い、しばし楽しい会話。

 

15日(土) 森の15軒を廻った後、頼まれた用件で平滝へ。その後再び森、青倉で40軒。途中、森宮野原駅で「おいこっと」のお出迎えも。今日は乗客少なし。
 運転しながらおにぎりを頬張って昼食代わりにして、平滝から野々海へ。昨日、林業専門技術員の人からお聞きした話が頭の中に印象づけられているうちに、ミズバショウ群生地の様子を撮影するため。
 野々海でミズバショウの群生が近年では最も美しい場所。7日にも様子を見ているが、今日は観察に入った位置がよく、現在の様子がよくわかった。周囲の木が繁り、ミズバショウの開花期には綺麗な水があった場所に水の動きがほとんど見られず、大量の草が繁茂(下写真)。少なからず驚いた。写真で調査レポートを作成し、専門の人の意見をお聞きしたいと思う。

 


 この場所を含めて3ヶ所で、藪の中を木の枝につかまりながら動き回った。かなり疲れた。腰がだるい。やはり平素とは違う動き、緊張感が影響したのだろう。
 戻ってから横倉、箕作などで38軒。途中で、稲の幼穂の状況を診断されている場面に出会った。田植えはつい昨日のことだったような感覚だったが、もうそんな時期になったのだ!

 

16日(日) 午前9時台と午後3時台に頼まれた用件。それ以外は、野々海のミズバショウに関する写真データの整理が主。これがなかなか厄介。「配達日誌」を見直して、野々海に行った日を整理し、その日の写真データを見て、ミズバショウに関する画像をコピー。ただし、今日はとりあえず深坂峠手前左の群生地に関するもののみ。
 今年の分の整理はほんの一部のみ。今年分の整理の前に、昨年秋のデータを探すのに一苦労。なぜ、昨秋分を探したかといえば、昨15日に群生地に行った時、大量の草が繁茂していたが、「こんなに草が繁茂していて、来年のミズバショウは大丈夫なのか?」と不安になった。それで思い出したのが、昨年秋にあそこに行っているということ。「秋の様子はどうだったかな?」ということで探し始めた。
 昨秋に行ったことを覚えていたのは、すでに一度か二度、雪が降った後に、ミズバショウの新芽が出ているのを見て、不思議に思ったことを記憶していたため。ただし、当然のことながら、それが何日なのか、覚えていない。そこで「配達日誌」を見返したが、昨年11月は多忙でダウン気味の日もあり、日誌を書いていないことが判明。しかたなく、昨年11月の写真データをいろいろと調べて、やっと11月22日だったことが判明。その時、下のような写真も撮っていた。

 


 新芽がちぎられている。撮影した時は知らなかったが、後に調べると「ミズバショウ(の葉)はクマの好物」とのこと。これはクマが食いちぎった痕なのかもしれない。
 配達は午後に平滝などで33軒を廻ったのみ。
 夕刻からは写真整理の作業もやめ、TVで面白そうなドラマなどを見て、のんびり。配達に出ずに、家にいれば休まるというものではない。PC作業がいちばん疲れる。こんなにのんびりしたのは珍しい。

 

17日(月) 「17日は秋山配達」と決めていたので、8時すぎに出て、燃料補給の後、日出山線に入った。旧鳥甲牧場の畑の様子をみておきたかったので、鳥甲牧場〜五宝木トンネル〜林道で屋敷へ、というコースを進んだが、鳥甲牧場〜屋敷間は半袖で窓を開けて走っていると、涼しいというよりも、やや空気の冷たさを感じた。
 屋敷と小赤沢の集落内で配達している時は少し蒸す感じもあったが、基本的に汗はかかなかった。
 小赤沢での配達を終えた後、苗場山3合目に向かう道を進み、途中から上の原に下りるコースをとった。鳥甲山には雲がかかっていて、いい写真が撮れる状態ではなかったが、天池(本来の天池)に蓮の花が咲いていて、綺麗だった。近くまで下りて撮れば、なおよかったのだが、先を急いでいたので、遠くからの写真のみ。

 

 


 上の原で集落の上(かみ)から下(しも)に下る形で配達していったが、最後の1〜2軒での配達時、旅の人らしい女性が複数、下ってくるのを見た。バス停で声をかけてお話を聞くと、お一人は「京都から」とのこと。「京都のどこですか?」、「宇治です」、「私は山科(やましな)です」、「へえー、そうやったら、(軽トラを指さしながら)なんでこんなんに乗ってはるの?」というやりとり。私が京都出身とわかった瞬間から、相手さんの会話が京都弁に変わった! そういうものである。私については、「話し言葉からは京都(関西)出身ということはわからない」と言われるが、京都人と出会った瞬間、私自身、京都弁に切り替わる。
 その後、切明を経て、秋山林道のコミズ、ミズノサワへ。コミズの雪は想像していた以上に減っていた。ミズノサワはまだまだたっぷり。念願の雪渓上りをやってみた。危険を伴うことを十分に自覚してはいる。たまたまずっと見守ってくれる人がいて、助かった。帰宅後、早速、「雪渓に上った」をブログにアップ。

 

18日(火) 午前10時からは臨時議会。臨時議会→議会全員協議会(議長提出:つまり議員のみの全協)と進み、午前は11時半すぎに終了。午後に議会全員協議会(村長提出)が入っていて、慣例通り1時半からと思っていたら2時開会とのこと。「1時半に村長に来客があるので2時です」とのことだったが、自分で全協の開催を要請しておいて、開会時間に別件を入れるとは随分と失礼な話である。
 全協(村長提出)のテーマは「共通入浴券の廃止」。その内容はここでは書かないが、村民のいちばんの関心事項である公社管理施設の温泉の料金改定の内容についての説明なし。これでは、議論のやりようもないし、村民への説明もできない。
 3時半頃には終わり、その後しばらくしてから、スキー場の上・貝立山のヤマアジサイの様子を見に行ったが、まだ開花はごく一部のみ。
 今日は写真撮影なし。

 

19日(水) 午前7時台から動き出し、まず白鳥で66軒。秋山で用談したい人が2〜3名いるのと、天気がよくて、17日の天池の写真の撮り直しができるかと思って、ガソリン補給後、秋山へ。
 途中、「前倉のトド」からの景色のチェック。「前倉のトド展望台」として設けられたものは、10年ほど前に教えてもらった眺望ポイントとは異なる。そのポイントは近年、草や低木が伸び放題で展望がわるくなっているが、今日は軽トラ運転台の屋根に上って撮影してみた。結果を見ると、意外といいものが撮れていた。「展望台」との違いは前倉集落が視界に入るかどうか。前倉集落が視界に入る方がはるかにいい景色になる。草や低木を処理して眺望ポイントを活かせるようにしたい。

 

眺望ポイントから。
手前下に前倉集落が見える。

 


「前倉のトド展望台」から。
大赤沢集落は見えるが、前倉集落が見えない。

 

 天池は今日も鳥甲山に雲がかかり、狙い通りにはいかず。ただし、草刈りをして下さった人がおられて、池への接近が容易になり、蓮の花はいいものが撮れた。
 あるお家で、「岩魚(いわな)の酢締め」というものをご馳走になった。酢締めというのは初体験。骨や頭もほぼすべて食べられる。珍しいものをご馳走になれて、感謝!
 配達は五宝木のみだが、法面工事で五宝木から極野に抜けられないので、鳥甲牧場経由の道に戻らねばならない。日出山線を森宮野原方向に下るのではなく、津南町の中子の方に進んだ(配達が2軒あるため)。妙法育成牧場で放牧の牛たちと対面。迫って来られて、かなりおっかなかった。
 久しぶりに陽射しの強い一日。それでも秋山で走っている分には涼しかったが、午後3時半頃から20分間ほど、天池で強い陽射しのもと、ずっと写真を撮り続けたのが響いて、夕刻は少し首から後頭部にかけて少し頭痛。軽い「熱中症」的症状。夜は作業せず、冷やしたりして、楽になったが。

 

20日(木) 5時頃に目覚めたが、なにかスッキリせず、二度寝、さらに三度寝をして7時台に起床。しかし、スッキリしない。今日はかなりの軒数の配達をするつもりだったが、見合わせることにした。
 午前10時すぎに知人を訪ね、12時半頃まで、いろいろと話。人と話することが非常に重要なのだが、10日間で約700軒に配達することとは矛盾する。とても難しいところ。
 昼すぎから原稿を書こうと机に向かったが、撮っておかなければならないと思うものが多々あって、スキー場から野々海へ。期待したほどの収穫はなかったが…。スキー場からの山道はガタガタし、かなり体力がいるが、取材(撮影)の対象物の1つはこの道沿いにあるので、頑張るしかない。
 野々海の一角であるものを観察している時、低木林の中でかなり大きなガサガサという音。「すわっ、クマか」と身構えたら、かなり大きなトビが出てきて飛び立った。
 野々海から下りた後、久しぶりに飯山市照岡の土石流災害の現場へ。今日の午前中、ふと目に入った千曲川の流れが濁っていなかったので、「井出川、出川がかなり落ち着いたのかなあ。一度、様子をみなければ」と思ったため。今日は羽広大橋にも行った。現在も2名の監視員がいるが、12時間交代制だとのこと。この炎天下で大変なことだ(下写真)。

 


 今日はあまり仕事がはかどらなかったが、「まずは体」なのでやむをえないか。
 


配達日誌7月1日〜10日

1日(土) 朝から予報通りに強雨。昨日、役場に問い合わせたところ、野々海大明神祭は予定通りに挙行ということなので、8時半頃に出発して野々海へ。私は「10時開始」と思い込んでいたが、実際は11時開始。平滝からの上り道、基本的に1台の車にも出会わず。
 まっすぐ池に向かった。水番小屋では薪ストーブに火が入っていた。しかし、強雨でも気温はそんなに低くなく、寒さは感じず。また、霧も出ていなくて、野々海池の全体像も見えた。
 強雨は続き、神事は簡略化されて、すぐに終わった。その後はキャンプ場管理棟で宴。強雨だったので、一般参加者も管理棟の1階に入っておられた。昨年、来賓だけが管理棟内で、なにか嫌な気持ちがした。来年以降、どうするのか。一度、関係者に尋ねてみようと思う。
 私は飯山市の出川とJR飯山線の出川鉄橋の様子が気になっていたので、宴を早めに退出し、その様子を見に行った。その結果は「復興の歩み」に書いた。

 

県道出川橋下の様子(12時50分撮影)


 その後、人と会ったり、中条川の様子を観察したり、編集作業をしたりで、夕刻に。温泉に出かけようとすると、あんなに強く降っていた雨がいつの間にか止んでいた。

 

2日(日) 森集落の水道工事の現状を見る必要があって、午前10時前に森開田から1号崩壊地へ。
 1号崩壊地で撮影の途中にカメラが曇って撮影不可能に。今回はレンズ表面の曇りだけでなく、レンズ内部が曇っている様子で、「これは修理に出すしかないか」と覚悟を決めて下におりた。昨年も寒い時期に1号崩壊地でレンズが曇って撮影できなくなったことがあったが、その時よりも状況は深刻。しかし、家に戻ると曇りは取れて、撮影可能に。よかった!!
 その後は、編集や印刷・折りなどの作業を夕刻まで。

 

3日(月) 天気予報では一日中雨。たしかに外に停めている軽トラの荷台は夜の雨でしっかり濡れていたが、朝からは降雨なし。部分的には青空さえ見える。
 9時頃に配達に出かける時は、「半袖では車で走ると肌寒いかな」と思って長袖にしたが、間もなく気温がどんどん上昇。30℃近くにまで上がった。午前中は主に東部の雪坪〜切欠で75軒の配達。久しぶりに見た青空にカメラを向けてみた。背丈がだいぶ伸びてきた稲の緑色とのコントラストも鮮やかで素敵な風景だ。

 

柳在家で撮影(11時53分)


 午後、追加の印刷をして白鳥の配達へ。白鳥に入る前に飯山・桑名川の出川下流域へ。昨2日夕の段階で中条川の流れはきれいになっていたが、千曲川は今日も相変わらず茶色。それで、出川の様子を見に行った。
 やはり濁流。井出川に流れ込んだ山腹崩壊の土砂は礫をあまり含まず、ドロドロのヘドロのような土砂。これは安定せず、雨が降れば確実に流れ出し、相当の期間にわたって川の水を濁す。水量は安定してきている。
 近々、羽広大橋や許可を得て桑名川砂防ダムなどの様子も見に行きたいが、時間を確保できるかどうか。

 

県道出川橋の様子(午後4時35分)

 

 白鳥で32軒配達。今日は計121部。
 どうも最近、体が睡眠時間の延長を求めているようだが、あまり早くには就寝できず。夜の段取りを変えなければいけないようだ。

 

4日(火) 村長杯ゲートボール大会に出席の予定だったが、朝早々に順延が決定された。
 小止みに近い状態になることもあったが、ほぼ一日中雨。こういう降雨状況では体は合羽で濡れないようにできても、配達物が濡れる危険が多いので、配達はしない。11時前まではメールの一斉送信やブログの更新などの作業。その後、十日町の接骨院へ。背中の張りというか、だるさというか、先週前半までほどのものではないが、調子がいいわけでもないので。かなり楽になったように感じる。
 帰ってからは、最近頭に浮かんでいることをメモ化してみた。考えていることをなかなかうまく吐き出せなくてもどかしいが、文章にしないよりはいいと思う。何人かの人に読んでもらって、意見を聞けば、また筆が進むかもしれない。
 写真撮影はなし。

 

5日(水) 朝方はまだ小雨が降っていたが、ゲートボール大会はなんとしても開催するとのこと。後から聞いたところでは、「今日開催できないと、しばらく日程がとれないから」とのこと。
 午前8時半集合、9時開会式。8チームが参加して、濃密な試合が展開された。
 私は開会式に参加し、第1試合を見て、その後、横倉で47軒と平滝の国道よりも上のゾーンで18軒の計65軒で配達をして、再び会場へ。試合を見るとともに、お昼休み、みなさんと一緒にお弁当。12時半に午後の試合が始まるのを見て、今度は青倉51軒の配達。それが終わると、すぐさま会場へUターンし、決勝戦を観戦し、その後閉会式。
 閉会式で「万歳三唱」の音頭取りを仰せつかった。その際、「今日は素晴らしいものを見せていただいた。北野チームの強さは圧倒的だった」と発言したが、本当にそうだった。

 

ゲートボール大会場の横倉農村広場グラウンド

大会事務局の若い職員はここの震災後の仮設住宅が建てられたこと

をご存じなかった。この景色を見ていると独特の感慨が湧き上がっ

てきた


 ゲート―ボール大会が終わると、すぐに、飯山市で開催される国道117号線期成同盟会の総会へ。途中、桑名川の県道出川橋の様子を観察・撮影。大雨警報で「全面通行止」となっていたものが解除され、閉鎖ゲートがちょうど開けられるところに遭遇した。
 期成同盟会総会、ある人に言わせると「行政がつくる期成同盟会の典型的なあり方」を示すもので、6月7日に出席した秋山郷405号線の期成同盟会とはまったく様相が異なった。今日の期成同盟会は日本の行政のあり方の縮図のようなものと言えるのではないか。なにかの機会に紹介したいと思う。
 期成同盟会後の懇親会にも出たが、6時半過ぎに村に戻れて、温泉入浴セーフ。夜は水道本管清掃工事が始まり、断水。就寝前の歯磨きもままならず、明日以降の対応措置を考えねば…。

 

6日(木) 雨は降らないが、一日中ほぼ曇天で、窓を開けて車で走ると肌に当たる風が雨を含んだ感じ。湿度が相当に高いのだと思う。
 いろんな人のお話を聴くということで、午前中は若い女性からお話を聴くことからスタート。お昼前に天地と大久保で配達。大久保で今年初めてヤマアジサイの開花している姿を撮影。

 

 

 

 午後、「あそこはヤマアジサイがたくさん咲いているのでは」と思い、極野集落の奥の山道を進んだが、これはハズレ。まだ時期が早いのか、それともだんだん他の草に押されてヤマアジサイが咲く場所が減ったのか?
 午後は小滝、北野、中野、極野で配達。
 夕刻は若い男性とお話。テーマは限られたものだったが、その話の行間から現在の栄村の状況に対する思いが聞きとれた。

 


 

 極野集落の奥の山道でこんな状況に遭遇。
 中部電力の取水ダムまでの間にある4つの橋のうち3つに「橋梁通行注意」の看板。橋そのものがもはや危険になっているのか、それとも欄干がなくなり、通行に注意を要するという意味なのか。明日にでも役場の担当者に尋ねてみようと思うが、こういう橋を改善する予算の確保が極度に難しいのが偽らざる現状だろう。3つの橋の1つには「昭和33年11月竣工」とあった。こういうものこそ〈歴史遺産〉と位置づけるべきものなのではないだろうか。しかも、これらの橋を維持しないと、山を守り、活かすことができなくなる。そうなれば、それが「自然災害」という名の人災を引き起こしかねない。福岡県朝倉市や大分県日田市の災害のニュースを見ながら、そんなことを考えた。

 

7日(金) 朝の起床が遅かった。森集落で何軒か配達して、すぐさま津南へ。午前10時から津南地域衛生施設組合議会。会場は津南町のごみ処理場の建物の2階にある会議室。内容は別の機会に書こうと思うが、生ごみなどを処理する施設の上に「議場」となる部屋があるなどとは想像もつかなかった。
 津南町で昼食と用件1件を済ませた後、村に戻ったが、予報の「曇り」は外れて、久々の快晴の青空(下写真は午前9時26分撮影)。「野々海に行ってみよう」と決め、スキー場〜貝立山のコースを進んだ。狙いは2つ。貝立山登山口から青倉集落の貝立水路かけ口にかけての道路沿いのヤマアジサイの開花状況の確認と、野々海池の裏側=野々海峠に向かう林道沿いのイワカガミの開花状況の確認。

 


 貝立付近のヤマアジサイはまだ未開花。野々海峠への林道のイワカガミも不発。でも、収穫は多かった。1つは貝立〜野々海間でチョウの群れと何度も出会ったこと。今年はチョウの当たり年のような気がする。赤トンボとも今年初めて出会った。野々海池周辺ではそんなに出会わなかったが、貝立〜野々海間の標高850〜900mあたりで多かった。これからさらに上へあがり、間もなく野々海高原で群れ飛ぶのだろう。
 2つはイワカガミを求めて入った林でギンリョウソウをたくさん見たこと。10年ほど前にたしか宮川吉郎さんに教えてもらったことがあるが、それ以来のことではないかと思う。

 


 図鑑には、「薄暗い林中に生える様子からユウレイソウとも呼ばれる」とあるが、まさにそういう感じ。生えていることを予測していたら、べつに怖くもないが、予想外に出くわすと気味が悪い。
 3つは、ミズバショウの群生がいちばんよい場所の現在の様子を見に行ったところで、まったく予想外にイワカガミの花に出会ったこと。
 そして、なによりもの収穫は夏本番の暑さの中、野々海には涼しい風が吹き、最高の避暑となったこと。山はいい!
 平滝に下って、11軒で配達するも頭痛が出て、仕事は終わり。
 夜、水道の配水本管の清掃作業が中条地区で実施された。作業に携わる人たちは午後10時からの作業開始にむけて8時頃からスタンバイ。連日の夜間作業。大変だと思う。

 

8日(土) 今日も遅い起床。森集落で配達しながら、「秋山郷シャトル便」なるものの出発の様子を見たりした。この便は「完全予約制」だそうだが、今日は予約客が1名のみで、バスではなくタクシー。よく意味がわからない企画だ。「2次交通」として予算付けされているが、「二次交通」の意味が正しく理解されていないのではないかと思う。何かの折に「復興への歩み」で議論してみたい。
 昼少し前の出発で秋山の配達へ。コースは日出山線→鳥甲牧場→屋敷→林道で切明→和山→上の原→小赤沢→東秋山林道で下り。
6月後半は超多忙だったので、考えてみれば久しぶりの秋山。いくつかのポイントで「小冒険」をしたり、話し込んだりで時間をくい、結局43軒にとどまった。
 雄川閣で軽井沢から来たという高齢のご夫婦、中信方面からの子ども連れ4人家族と言葉を交わしたが、いずれも「いいところですね」という言葉をいただいた。また、「ここから橋を渡って進む方向で飯山に出られますか?」というお尋ねを別の人からうけた。「出られますが、結構道のりがあって、近道とは言えないと思いますが」とご返事。観光に来られた人は気軽にいろんなことを尋ねられる人を求めているといつも感じる。

 

雄川閣のベランダから河原の湯の方向を眺める家族連れ

 

 雄川閣の様子を見ていて、これまでも感じてきたことだが、都丸俊幸さんのお客さんへの気さくな話しかけが雰囲気を非常によいものにしている。観光業・接客業の手本の一つのような気がするのだが…。

 

9日(日) 朝7時15分、駅伝大会に出場する武蔵村山市の学校の先生たちを横倉までピストンでお送りした。
 その後、森と月岡で59軒の配達。月岡での配達の途中、毎春、ミズバショウを見る山へ。この時期はヤマアジサイが綺麗なところ。期待通りに、綺麗に咲いているのを見られたが、やはり草が増えている。ミズバショウ群生地を保全するために月岡集落の人たちが頑張ってきて下さっているが、こういう活動は持続させるのが大変。一度、地元の人たちの話を聞いてみようと思う。
 また、月岡の配達が終わった後、青倉・西山田の圃場整備工事の進捗状況を見に行った。日曜日なので作業がなく、工事の邪魔にならないと思って行ったのだが、工事が行われていた(下写真)。「4日間ほど、雨で作業できなかったので、今日は作業です」とのこと。たしかに圃場整備の工事は雨で土中の水分率が高い時は出来ない。

 


 その後、駅伝大会の閉会式に行き、朝送った人たちの出迎え。
 青倉を通過した時、〈撮り鉄〉の人たちが栄大橋近くに停めた車にむかって歩く姿を目撃。特別列車「風っこ」が通過したのだ。
「風っこ」が午後1時20分森宮野原駅発で長野に向かうことがわかったので、横倉のある所で待ち受け、写真撮影。素敵な写真が撮れた。
 午後5時頃、5分間ほど、結構激しい降雨。昼間の熱気が冷やされて、夜が過ごしやすくなった感じがした。

 

10日(月) 午前中、豊栄、長瀬、笹原、当部、坪野など121軒を配達。坪野では、久々に野沢温泉村に通じる林道を進んでみた(現在は野沢温泉村手前の橋が落ちていて、実際は野沢まで行けないが)。そこで見たものの一端は「復興への歩み」に掲載するが、今回初めて知った「滝」と坪野上堰の余水が落とされているところと思われるところの写真を最後に掲載する。
 朝から暑い。午後1時すぎ、国道117の役場横気温表示で36℃。猛暑日だ。
 昼前、熱中症気味だったが、天地で少し休ませてもらい、生き返った感じ。
 夜、森集落の水道の洗浄作業の一般公開。相当に疲れていたが、現場に赴いた。行ってよかった。連日の夜間作業をする人たちも大変だが、役場職員も連夜。3人が交替制で現場立会いとのこと。午前5時まで立ち会って、8時30分からは通常勤務。役場職員への感謝も忘れてはなるまい。

 

天代川に落ちる滝

 


坪野上堰の余水が落ちてきていると思われるところ。今年もきちんと管理されている様子だった。

 


上2枚の写真を撮った地点のそばで見た花。初めて見るもの。名前を調べてみたい。

 


配達日誌6月21日〜30日

21日(水) 議会最終日。一般会計補正予算を議員提案で減額修正することになった。詳しいことは「議員活動報告」で書く。内容は密度が濃い審議だったが、午前中で全議案の採決が終了し、閉会。
 昼は、阿部伸治議員提唱の議員の「地産地消の会」で、地元産の牛肉をメインとする焼肉の会。美味しい肉だった。ただし、私は最近、牛肉はあまり食べられない。平素はもっぱらポーク。今日も食べ過ぎないように注意したが、やはり夜まで胃が重かった。
 1時半過ぎに私はこの会を退出し、野々海へ。野々海大明神(大きな石で作られている)が雪の影響で倒れ、今日修復作業をすると聞いていたので、その様子を見るため。到着した時はすでに作業が終了していたが。キャンプ場の建物の屋根も傷み、そちらの修復作業も行われていた。

 

立て直された野々海大明神


 野々海から下った後、焼肉の会の会場を覗くと、まだ残っている人がいて、5時すぎまでいろんな話をして盛り上がった。

22日(木) 昨夜は疲れが溜まっていて、10時より前に寝たように思う。そのせいで、3時半すぎに目覚めてしまい、迷ったが、そのまま4時前に起床。
 5時頃に程久保の滝沢総一郎さんのアスパラ畑の様子を見に行った。総一郎さんが畑に出られる前だった。畑から下りたところで出会い、アスパラの新しい苗を育てているところを見せていただいた。種を蒔き、ようやくチラッと芽が出たばかりという状況。滅多に見られないものだ。
 その後、秋山・切明へ。そこで、「栄村に住みたい」という若い女性に出会い、いろいろと案内。その後、アスパラ3圓糧送を行なったうえで、その女性を今度は野々海へ案内。午後1時すぎに案内は終了。
 昼食後はひと休みし、夕刻からさまざまなデータ整理など。

 

23日(金) 朝方、「お米のふるさと便り」(25日に青倉米の発送時に同封するもの)用に、青倉野昨年度に圃場整備された田んぼの田植え後の様子、今年度圃場整備の西山田の工事状況を撮影に出かけた。私がこの9年間、毎年田植えしてきた西山田田んぼの姿がすっかり変わっているのはいささか衝撃だった。
 その後、26日発送の野菜便に入れる野菜の確保に走り回った。天候不順、遅くまで寒かったことで野菜の確保が大変。早春にいち早く雪消しをして早々にズッキーニを作付けされる泉平の武田光俊さんにズッキーニをお願い。そのため、泉平へ。武田さん宅で奥さんの文子さんが手入れされている花々が今年もきれい。泉平に向かう途中の箕作の20軒に「歩み」を配達。

 

 


 武田さん宅の後、宮川一哉・まゆ夫妻の野菜をお願いに向かうが、途中のコース沿いの箕作、月岡でも「歩み」の配達11軒。一哉・まゆ夫妻とは会えず。野田沢でも配達。
 今日は計55軒どまり。
 午後は洗濯物が溜まっているので、まとめ洗濯をし、その後、ある人にいろんなことについてのご意見をうかがいに訪問。それでもう夕6時半。夜も人と会って、9時を廻った。

 

24日(土) 箕作、月岡の未配達の家々を廻り、32軒。
 今日は妹木の畑で一哉さん・まゆさん、そして育真くんと出会えた。「スナップエンドウ」というものを26日朝に分けていただけることになった。今回の野菜便は〈アスパラ、ズッキーニ、スナップエンドウ〉の三品に決まり。
 直売所に並ぶ野菜の写真を撮っておきたくて、直売所へ。
 直売所の厨房の中に人の姿が見えたので、レジの島田則子さんに「今日は何を出すの?」と尋ねると、「〇〇ちゃんがサンドイッチやおにぎりを出している」とのこと。「〇〇ちゃん」という名前を聞いて、「そうなのか」と思うところがあったので、早速、サンドイッチを買って食べてみた。昼近い時間だったが、食べ始めた当初は「間食」程度に思っていた。しかし、食べてみると、パンが美味しいし、サンドイッチ全体がしっかりしていて、充分に昼食になった。「パンはどこの店のものを使っているのだろう?」とか、いろいろ尋ねてみたくなり、直売所に戻ってインタビュー。
 「〇〇ちゃん」に尋ねてみた。パンは家庭用製パン器で自分で焼かれたそう。エゴマ入り。直売所で販売されているエゴマを使ったそうだ。たしかにエゴマの食感があった。サンドイッチはたまごサンドとローストチキンサンドだったが、たまごには浅葱を刻んだものを入れたという(これについては私は気づいていなかった)。「浅葱はばあちゃんがつくったもの。チキンの方に入っているレタスもばあちゃんの」とのこと。私もよく存じ上げている“ばあちゃん”である。

 

パンに小さな黒い粒が見えるが、それがエゴマ

 

 こういう若い人が村に帰って来てくれて、新しいことにチャレンジしてくれる。なんと素晴らしいことだろう! 有形無形、さまざまな方法で応援したいものだ。
 朝の32軒の配達以外の時間は「お米のふるさと便り」の編集。終えたのは結局夕刻の6時半すぎ。
 夜は夕食を一緒にしながら若い人とお話。9時頃までだったか。後は、「便り」の折り作業などをやって就寝へ。

 

25日(日) 朝から昼すぎまで、夕刻発送の青倉米の箱詰め作業。全部で33箱くらいか。5kg詰めの袋が1つだけのものもあれば、5kg袋5つを入れるものもある。
 この作業の前段として、パソコンでの宅急便配達票の打ち込み・プリントアウトの作業などがある。
 午後1時半頃、もう7〜8年くらいの間、恒例になっている駒沢大学地理学科の栄村調査がやって来たので、1時間半くらい、吉楽旅館でお話。
 その後、「議員活動報告」の執筆を開始。


26日(月) 午前中は東京銀座の料理店に送るアスパラと東大駒場地区保育所の共同購入グループに送る野菜の農家からの受け取り、袋詰め、箱詰めの作業。野菜はお米と違って重量的に軽くて腰に響くことはないが、手間はお米の発送よりもずっとかかる。

 

妹木で出会った育真くんの今日の笑顔


 昼すぎ、「山菜に加え、アスパラ畑にまで泥棒が入っている」とお聞きした東部パイロットの畑を案内してもらった。お話をお聞きした段階では、東部パイロット内を走る道路沿いの畑だと思い込んでいたが、実際に案内されたところは道路から山際に入り込んだところ。こんな奥まったところにまで侵入してきているのかと驚いた。
 午後の後半には、昨日から来ている駒沢大学の先生や学生さんと1時間強、お話。
 夕刻遅くに青倉に用件があって行ったところ、西山田の田んぼに上る農道にトラックが停まっていて、農道脇の山肌も削られた感じ。何だろうと思って西山田へ。結局、棚田ゾーンまで上がったのだが、圃場整備工事が進み、景色がすっかり変わっていることにびっくり。23日午前にも写真を撮りに行っているが、わずか3日間で相当の変わりよう。作業に迷惑がかからないように注意しながら、定期的に撮影して記録にとどめる必要があると思った。

 

27日(火) 午前中はある家への訪問や「議員活動報告」の配達。昼頃に天地で駒沢大学の学生さんを斉藤克己さんと引き合わせ。ネマガリダケを採る現場はどんなところなのかを克己さんに案内してもらうため。私は同行しなかったが、行った学生さんに後で感想を尋ねると、
 「大変なところでした」との返答。栄村に来る人たちの中には栄村の伝統食・郷土食に関心を強く抱く方が多くおられるが、食材がどのようにして確保されるのかまで見てもらうことが大事だと思う。
 午後は、背中の張りがひどいので、十日町へ治療に。かなり楽になった。
 4時頃に村に戻ってからは駒沢大学の学生さんと7時すぎまでお話。

 

28日(水) 朝方、中条と青倉で47軒に「議員活動報告」を配達。そのまま飯山駅に向かい、10時34分発の金沢行き新幹線に乗車。所用で約1年8か月ぶりの京都行き。
 新幹線と金沢からの特急サンダーバードの車内、冷房の効き過ぎで寒かった。金沢駅で昼食用の駅弁を買おうとしたが、在来線特急のホームには駅弁売り場がなくなっていた。在来線での旅は不便になる一方なのか。
 夜10時すぎに地下鉄に乗ったが、満員に近い状態で、中学生や高校生の姿も多い。久々に見る都会の異常な暮らしの現実だ。

 

29日(木) 昨日、今日と京都四条烏丸(からすま)界隈を歩いたが、老舗デパート「大丸」に隣接するゾーンの変わりように驚いた。街というものはクルクルと変わるものだ。また、四条通りは地上と同じくらいに地下道を歩く人が多いが、頭上に空が広がる景色しか見ない田舎暮らしに慣れている私には、空気がこもっていて、低い天井しか見えない地下道は異様に感じられた。
 夕刻5時少し前に京都駅発でサンダーバード、北陸新幹線で飯山へ。9時半すぎに着いたが、雨が降っていてびっくり。京都では雨の予報だったが、雨に遭わず。こちらで雨が降っているとは思っていなかった。

 

30日(金) 2日間留守にするだけで、なんやかんやと用件が溜まる。そうしたものを片づけながら、昼頃、飯山の出川の下流域へ。「復興への歩み」No.310掲載予定の記事のため、出川下流域、JR飯山線の鉄橋などを見て廻った。その後、村に戻り、青倉・西山田の圃場整備工事現場へ。午前中に現場事務所を訪れ、工事中の時間帯の撮影を許可していただいた。
 事務所で設計図をいただいていたので、田んぼの様子がどのように変わるのかの見当がついたが、26日夕に見た様子からもさらに大きく変わっていて、ただただ驚嘆するばかり。

 

青倉・城ヶ館の圃場整備工事現場。ここも様子がすっかり変わっている。


 28日に京都に向かう途中、住民福祉課長から電話があり、7月下旬に福祉審議会があること、議会産業社会常任委員長が委員になることになっていること、さらに、これまで審議会会長を務めてこられたのが鈴木敏彦前村議(産社常任委員長でもあった)で、会長選出が第一議題となることを伝えられた。私は議員が審議会会長を務めることには問題があると考えたので、今日の午後、役場に住民福祉課長を訪ね、その旨をお伝えした。
 福祉審議会というのは村長の諮問機関。村長は自らの施策を決定する前段の手続きとして審議会に諮問を行い、答申を得て、自らの施策の妥当性の裏付けの1つとする。そして、その後に、その施策を条例案や予算案として具体化し、議会に議案として提出する。そこで、議会・議員は村長提出の議案を審議し、可決か否決かを決する。
 しかし、議員が審議会の会長をしていて、村長に諮問した事実が前段にあったら、議会での審議は意味をなさない。行政と議会は、協力すべきところは協力するのでよいが、しかし、「議会は行政のチェック機関」ということが果たせなくなるような関係になってはよろしくない。会長の後任選び、難儀しそうだが、やむをえない。
 産社委員長は津南衛生施設組合議会の議員にもなる。津南衛生施設組合のようなものを地方自治法では「一部事務組合」と呼ぶが、議会の設置が必要。津南衛生施設組合議会の場合、十日町市議3名、津南町町議2名、栄村村議2名で構成される。栄村議会ではその議員2名を5月の初議会で選挙したのだが、「議長と産社委員長の2名をあてる」ことが慣例となっていて、立候補・投票制ではなく、慣例通りにすることに「異議なし」で決まった経緯がある。
 だが、津南衛生施設組合(議会)の内容など、これまで耳にしたことがない。7月7日にその議会があり、今日、議案書を受け取ったが、様子がさっぱりわからないので、これも住民福祉課長の担当分野なので、レクチャーしてもらった。議案内容になにか問題があるようには思わないが、まあ、〈質疑無し→全員賛成で可決〉というだけでは議会を開く意味もなくなるので、なにか1回だけでも質疑したいと思うのだが、さて、どうなることか。
 とにかく、産社委員長というのは色んなスケジュールが入ってきて、かなり忙しい。
 その後は「復興への歩み」No.310の編集作業。


配達日誌6月11日〜20日

11日(日) 午前8時半すぎに家を出て、スキー場〜貝立山裏経由で野々海へ。帰りは平滝に下ったが、11時半頃。野々海の様子は「復興への歩み」No.309に書くが、スキー場の頂上、野々海までの途中コース、平滝への下り、それぞれにいろいろ素晴らしいものを見ることができた。いい写真もたくさんあるので、時間のある時に整理してみたい。
 下ってすぐに横倉でNo.308等が未配達の家12軒を廻った。横倉集落は4日の野々海普請をうけて、開田での田植えの真っ最中だが、飯山線の脇にある共同の作業所で上倉学さんご夫婦がお子さんと一緒に苗箱洗いをされていた(下写真)。なかなかいい光景。写真の左に写っているお子さんは末っ子で小6。震災直後に上倉さん一家が飯山の雇用促進住宅に避難されていた時、保育園児だったお子さんだ。歳月の速い流れに今さらながら驚く。

 


 午後、雪坪集落でも配達に廻ったが、森川价政さん宅の玄関にあったツツジの盆栽が立派。昨日、今日と直売所前で盆栽祭りが開催されている。

 


 夕刻4時すぎ、知人から「城ヶ館(じょうごだて)で土器がたくさん出ている」という電話をもらい、城ヶ館(青倉集落の山の田んぼがあるところ)へ。圃場整備が始まっているが、なるほど土器の破片が多数見られる。
 その場で話し込んで、気づくと6時半近く。山の上は急速に気温が下がり、最後はブルブル震えた。

 

12日(月) 栄村にとって空き家対策はきわめて重要かつ喫緊の課題。しかし、2月臨時議会での大久保空き家改修経費増額のための補正予算否決に見られるように、行政の補助金に依存して対応しようとすると、高額の経費がかかる。震災の折りにたいへんお世話になった中越の阿部巧さんにお聞きすると、「100万円程度で改修して活用している事例がたくさんある」とのことだったので、今日は阿部さんに案内をお願いして、川口(現在は長岡市の一部)の木沢地区の事例と、小千谷市岩沢地区の事例を知人二人と共に見学に行った。
 非常に勉強になった。「復興への歩み」でも一度きちんと議論したいが、今日の見学でいちばん強い印象をうけたことは、交流活動等で宿泊やミーティングのための施設を求める実際のニーズがあるところで空き家の改修が行われているということ。「空き家を壊したくない。なんとか保全・改修・活用したい」ということが先行し、その後でニーズを開拓するというのではうまくいかない。難しい問題だが、栄村での課題をなんとか打開していきたい。
 村に帰った後、知人に同行を願って、都丸幸郎さんが亡くなった場所の貝立山裏に行った。都丸さんが亡くなった場所では合掌し、さらに奥のブナ林に向かった。都丸さんが行きたかった場所だ。ブナ林に着くと、まだまだ雪がたくさんあり、コシアブラがたくさん採れた。山から下りた後、霊前にお供えいただくよう、息子さんにコシアブラをお届けした。

 

 


 この場所については、5月半ばすぎに都会から来た人たちを案内したところ、たいへん喜ばれたという話をお聞きしていたが、さもありなんと思う。来年は積極活用ができるようにプランニングしたい。

 

13日(火) 「復興への歩み」No.309の印刷、「配達日誌」の編集など、室内作業が主。途中、法面などの草刈りの新兵器の試用の様子を見に行き、写真も撮ったが、「まだ公開しない」とのことなので、今日は写真なし。

 

14日(水) 森と青倉でただひたすら配達。計127軒。
 その間に、5月24日に手植えされた広瀬敏男さんの田んぼの様子を撮影(下写真)。気温が低い日が多く、生育は遅れ気味だが、しっかり育っている。「そういう気で見るから」という面もあるかもしれないが、手植えでしっかり植わっている感じがする。

 


 アスパラを東京に発送。その関係で程久保に行き、その際に程久保7軒の配達も。

 

15日(木) 朝8時前に出発して、日出山線経由で秋山の全戸配達へ。
 朝の鳥甲牧場の様子を撮影してから屋敷へ進んで、屋敷→小赤沢→上の原→和山→切明の順で廻った。全部で92軒。正午過ぎに切明・雄川閣に着いているので、きわめて順調な配達だったといえる。鳥甲牧場と天池で撮影した以外はひたすら配達という感じ。
 上の原で空き家の解体作業が行われていた。震災直後には被災家屋の解体で見慣れた作業であったが、最近は滅多に見ない光景。どこか懐かしい光景だった。

 


 昼食の後、役場の現場作業の人たちが秋山林道の除草作業(といって、主には道路に突き出ている枝を払う作業)をしていると聞いていたので、その様子を写真に撮りたいと思った。切明から林道に進んで、奥志賀高原方向と屋敷方向に分かれる三叉路で屋敷方向に「除草作業中」の看板が出ていたので、「もう奥志賀高原方向は終わって、屋敷方向に向かっているのかな」とも思ったが、他にも見たいことがいくつかあったので、奥志賀方向へ。
 コミズの雪渓はきれいだったが、ミズノサワは雪渓の上に大量の土や木枝が載っていて見た目がまったくよくない。自然の現象とはいいながらも残念。昨夏、土砂崩れがあった奥志賀から5km手前の地点の様子も見てきた。大きな変化はなかったが、この箇所、県は今後、どのように対策するつもりなのか。一度、確認しなければならない。
 除草作業の人たちとは結局、切明〜屋敷間で出会った。私はその後、五宝木の5軒の配達へ。五宝木〜極野間は法面工事が始まって通行止め。結局、鳥甲牧場経由へと戻った。鳥甲牧場では畑の耕耘作業が行われていて、これはなかなか絵になる光景だった。その後、津南町の中子にも2軒、立ち寄る必要があり、すべてが終わったのはもう夕食タイムに近かった。
朝、出発時に満タンにしたガソリンが夕刻にはほぼ半分に。運転にかなり疲れた。

 

大鎌での作業。

除草作業の基本は草刈り機で行われるが、大鎌で作業する人の姿も見られた。いまや大鎌を使える人は少ないと思う。

 

16日(金) 議会6月定例会の初日。議会の内容については「議員活動報告」に書くので、ここでは触れないが、本会議の他に全員協議会、常任委員会もあり、夕刻4時頃まで。
 夜は「クマ対策勉強会」というものに参加。講師は松本市から来て下さったそうだが、とても勉強になる内容だった。村外からも多くの参加があった。役場の担当課長・職員が自主的に参加していたことはよかったが、村民の参加をもう少し多ければ、もっとよかったなと思った。
 

17日(土) 午前中、8時前から豊栄、西部地区で91軒の配達。
 途中、白鳥集落で、毎年秋に柿の木にクマがやって来る場所について、クマが千曲川を渡って、その柿の木までやって来るコースを写真撮影しながら、調べてみた。すでに草は伸びつつあるが、まだコースはよく分かる状況。このゾーンを刈り払い、電気柵を張ったら、クマを防除できるか。そういう実験を今年やれるといいなと考えている。

 

クマだな(棚)がはっきり残っている

毎年のようにクマが現れる柿の木。新しい葉が出ているが、昨秋にクマが作った「たな」がはっきり残っている

 

 昼は天地でお世話になったが、新聞で天気予報を見ると、好天は今日までで、明日は曇り。野々海観察は今日しかないと考え、平滝午後1時半頃スタートで野々海へ。再び平滝を下ったのは4時半すぎ。往復には4〜50分を要するので、野々海で2時間強、いろんなところを歩き廻ったことになる。とくに野々海峠はまだ車では行けないので、信越トレイル野々海峠口と野々海峠の石像がある地点の間、かなりの急坂だが、徒歩で往復した。里はかなりの高温だが、野々海は過ごしやすい気温。ただ、この峠の上り下りは少々汗をかいた。
 野々海キャンプ場横の東窓湿地、今年は昨年よりもミズバショウの出がいいように思うが、残念ながら地面を這うように生える雑木が多くあり、ミズバショウの多くはその陰に隠れる形になる。こういう雑木をある程度伐採する方がよいのか。専門家の知見を尋ねてみたいと思う。

 

18日(日) 明日の議会一般質問の内容を推敲する一方で、今日もひたすら配達。泉平と東部を中心に108軒。
 極野に配達に行った際、村道鳥甲線(極野〜五宝木)の法面工事の様子を見に行った。13日から日曜日を除いて全面通行止めにされているが、今日行ってみたところでは、まだ工事の準備作業段階のようで、法面での工事は始まっていなかった。
 配達先の何ヶ所かで「花とモンシロチョウ」を見た。花も特別のものではないが、この組み合わせ、とても素敵だ。

 

 

19日(月) 午前10時からの本会議に先立って9時から議会運営委員会が開かれることになった。そのために9時に予定していたアスパラの発送の時間を繰り上げ、東部地区での25軒の「歩み」配達とアスパラ受け取り・発送を8時半すぐまでに終わらせた。
 議会は一般質問の日だが、午後3時半すぎまで。帰宅後は議会関係資料の整理などもあり、配達や撮影はなし。

 

20日(火) 議会の日程変更で、今日の議会は午後1時半開始。
 午前中は、議会関係文書類の整理・検討や、この間の写真データの整理など。
 議会は4時すぎ終了だったが、いろいろ考えるべきことが多く、就寝までとくに何かの作業をやるというのでもなく、思案をめぐらせる時間が多かった。


配達日誌6月1日〜10日

1日(木) 昨夜が早かったので4時頃に起床。原稿書きや配達物の折り作業などをやった後、秋山に向かったのは7時前だったと思う。雨模様で、日出山線などは靄(もや)がきつかった。
 10時半から苗場・鳥甲・佐武流三山の山開きで議員として参加なので、その前にできるだけの配達をと思って、上の原、和山へ。小赤沢での配達の途中で山開きへ。山開きの前に雨は止んだ。
 山開き神事とその後の祝宴が正午過ぎまで。

 

秋山の保存民家。「大棟」の改修が完成していた。


 その後、小赤沢の残りと屋敷での配達。当初計画では配達の後にミズノサワの様子を見に行くつもりだったが、雲が厚くて、あまりいい写真が撮れそうにもないこと、朝早くからの行動で少々疲れたことなどから、帰路につくことにした。鳥甲牧場の様子を見に 遠回りをして日出山線、そして中子での2軒配達の後に帰宅。
 夕刻に少し眠って、一昨日からの頭の重さがやっとぬけた。

 

2日(金) 今日も早めの起床で、No.308の仕上げ。さらに、飯山の土石流現場をちょっと見に行った。午前10時から取材受け。
 午後、都丸さんの出棺のお見送り。
 No.308も配達日誌も印刷できたが、今日は早めに仕事は終わり。写真撮影もなし。
 夕刻近くから気温が低下。この時期にこの寒さは困る。

 

3日(土) 久々にとことん配達に廻った。朝方に箕作、泉平、月岡で114軒。10時から森の開田で子どもたちの田植えがあるので、いったんそちらへ。田植え後のバーベキューも含めて、午後1時頃まで。
 その後、平滝、白鳥などで50軒。計164軒。
 「もっと廻れるか」と思い、昼間にNo.307、308、「議員活動報告」をそれぞれ印刷にかけておいた。結局、大半は夜に折り作業をやることになったが、朝の起き抜けの時も含めて、600部くらいの折り作業をやったことになる。(この作業が4日以降の苦しみを生むことになった。)
 白鳥を廻っていた時、新しい工事の看板が立っていたので、一昨年、昨年と白鳥川及び東川の砂防ダムが建設された現場へ。「砂防堰堤下流の渓流保全工事」というもの。これについては改めて記したいが、昨年までに完成した砂防ダムについて一言書いておきたい。
 砂防ダムというのは巨大なものである。この白鳥川の場合、川の規模と砂防ダムの巨大さが常識的な感覚では信じられないほどにアンバランスなのだ。

 

 

 上の写真は「渓流保全工事」の対象になっているまさに「渓流」と呼ぶべき小さな流れ。砂防ダムのすぐ下である。それに対して、下写真は砂防ダムの全景。スリット式なので水はそのまま流れている。白鳥川の水量は左写真の程度だということ。そこにこれだけの巨大なダム。

 


 これには「?」と思う方がまともな感覚だと思う。砂防ダムというものについて改めて考えてみたいと思う。

 

4日(日) 起床すると、雨で気温も低い。今日は野々海普請。「8時半にそれぞれの持ち場に現地集合」ということで、私は水番小屋・堤の現場を撮影することにしていた。
 燃料補給もして出かける直前に家に戻り、ズボン下を着用し、靴下も冬物を履き足した。上半身は薄手のセーターと早春期に着るジャンパーの上に雨合羽。
 野々海の現場はまるで冬。上記の装備でちょうどよかった。
 2号分水〜1号分水間の普請を終えて水番小屋にやって来た人たちも含めて一休みした際に、横倉の上倉誠一さんから昨秋のクマに襲われた事故の生々しい証言をお聞きした。ここには書き記せないほどのリアルな話。事故現場に居合わせた人たちの中でじつは、襲われ重傷を負った誠一さんがいちばん冷静だったように思われた。
 私はみなさんよりも早くに山を下りたが、3時頃、月岡英男さんから「手違いで横倉の開田にまだ水が届いていない」と聞き、横倉の開田へ。私が到着した時、ちょうど水が到達した。横倉の開田は野々海の水がやって来次第、代掻きができるように、すべてきれいに田起こしされていた。里の午後はきれいに晴れ渡り、開田からの眺めも素晴らしい(「復興への歩み」No.309の9頁に写真掲載)。
 そんなこんなで、今日は配達なし。

 

5日(月) 朝、まず、昨日の野々海普請で水が届くようになった横倉の開田の田んぼの様子を見に行った。

 

田んぼに水が入った横倉の開田


 その後、白鳥と平滝で計63部の配達。その途中で桑名川まで足を延ばし、出川橋付近の土石流対策の進展状況を見てきた。その結果は夜レポート化。
 午後も引き続き配達の予定だったが、昼前から右腕がだるくてたまらず、接骨院へ。持病の血行障害の症状。40歳代に随分と苦しんだが、最近は滅多に症状が出なかった。右腕で単純動作を長時間繰り返すと症状が出る。昨日の大量の折り作業が影響したようだ。

 

6日(火) 午前は野々海へ。昨日、今日と天気がよく、スキー場の上の山を見ても空が真っ青なので、「4日とはかなり様子が違うかな。ミズバショウの様子も見ておきたい」ということで、10時少し前に平滝から上がった。
 野々海の三叉路から野々海池の様子が少し見えるが、もうこの段階で「池の雪がかなり消え、4日とは別世界」ということがわかった。野々海池(水番小屋、堤)、深坂峠、深坂峠手前のミズバショウ群生地、キャンプ場・東窓湿地、野々海峠に向かう林道脇のミズバショウ群生地の順で廻った。

 

6日午前の野々海池の様子(「復興への歩み」No.309の1頁の写真との対比を)


 平滝〜野々海間の道路脇には山菜採りに入っていると思われる村外車が相変わらず多数。
 野々海とスキー場を結ぶ道は開いたようだったが、軽トラが修理中で代車の軽乗用車だったので、無理をせず、平滝に下りた。
帰宅後、とりあえず写真データをパソコンへ。
 午後は2時45分に貝立橋で待ち合わせで、知人と共に、スキー場Dコース近くの、どうもクマの穴があるらしいという地点の調査へ。十分な警戒心をもって臨んだが、そろそろ調査を切り上げようという頃にクマの唸り声を聞き、撤収。
 帰宅後、このクマの件のレポートを作成し、山菜採りに来る人への警告看板設置の要請に行った。(役場は7日、看板設置を行なった。)
 夜は、野々海の様子のブログ記事を作成。
 そんな次第で、今日は配達はなし。

 

7日(水) 午前中は志久見、柳在家、切欠、小滝で計68軒。修理に出していた軽トラを引き取りに白鳥へ。
 昼食後、若干の配達の後、
 津南町結東の「萌木の里」で開催される秋山郷国道整備促進期成同盟会の総会出席のため、秋山へ。この期成同盟会総会については「復興への歩み」に記したいと思う。総会の後には懇親会もあって、温泉にぎりぎり間に合うような時間に帰宅。
 疲れがあり、早めに寝るつもりだったが、折り作業や電話対応などで就寝は遅くなった。

 

8日(木) やや疲れ気味で遅い起床。10時からの用件の前に配達する計画だったが中止し、スキー場内のクマ警戒の緊急警告立て看板の設置状況の撮影、さらに室内での書類整理作業など。
 午前10時から、栄村金婚式並びに栄村老人クラブ連合定期総会に来賓として出席(議会産業社会常任委員会委員長としての職務)。毎年この時期に開催されている金婚式だが、参加は初めて。なかなかいいものだなあと思った。
 老人クラブ連合の総会も初めて。この1年間で3つの地区での単位老人クラブの休止ないし解散が生じたとの報告。県全体の傾向でもあるそうだ。老人クラブというものの存在意義、これからのあり方について、一度、じっくり考えてみたいと思う。
 終了が0時半頃だったので、午後の配達は2時半頃からだっただろうか。原向を廻っていた2時50分頃に大粒の雨が落ちてきて、その後、激しい降りになった。かなり濡れながらの配達。久々のこと。原向、野口、天地、大久保で41軒。途中お茶のみしたこともあって、配達はこれだけで夕刻に。

 

9日(金) 朝方、長瀬、坪野の41軒で配達。坪野を廻っている時、横倉の上倉直人さんから「ササユリが開花していますよ」という電話をいただき、横倉に向かった。途中、天代坂で空(雲)があまりにきれいだったので、何ヶ所かで写真を撮りながら、9時半頃に横倉に着いて撮影(下写真)。

 


 10時からは議会の議会運営委員会。1時間強だっただろうか。
 人と会いながら軽い昼食を食べた後、国道405の改良整備の最新の写真を確保するために秋山へ。併せて、ミズノサワなどの最新の様子も撮影。
 「下(しも)」におりてから、北野、中野、極野で47軒の配達。
 夜は今日撮影の写真データの整理に結構の時間を要した。

 

10日(土) 朝、平滝で22軒配達の後、桑名川へ。避難指示が出ている4世帯の近くの土嚢設置状況や飯山線橋梁の様子を撮影。
その現場に向かう時、桑名川の人たちが県道沿いに花植え作業をされているのが目に入っていたので、帰路、その様子を撮影し、区長の鷲尾さんとお話もした。

 

くわながわフラワーロードの会のみなさんの植栽作業

奥に見える赤い橋は市川橋。重機が見えるが、千曲川の護岸工事を実施中。


 花植えは「くわながわフラワーロードの会」のみなさんによる作業。有志参加で50名くらいの人たちが参加されているそうだ。長野県アダプトシステム(「信州ふるさとの道ふれあい事業」)というものと協定を結んでいるもの。「アダプト」とは「養子縁組する」という意味の英語で、住民が道路などの公共スペースを養子のように愛情をもって面倒をみることに対してアメリカで命名されたもの。長野県では「信州ふるさとの道ふれあい事業」という名称で2003年から実施、桑名川地区は2010年秋から取り組みを始められたそうだ。すでに7年間に及ぶ長期の取り組みと、土石流災害による避難指示という事態の中でもこういう作業に楽し気に取り組まれている姿に感銘を受けた。
 野田沢、雪坪での配達の後、昼前からは森集落の「タケノコ汁の会」。
 午後は「復興への歩み」No.309の編集作業。
 

 

東部水路の堤(原向)。6月9日午前撮影。

 

 

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