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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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トマトジュースを美味しくいただきました




 さかえむらトマトジュースです。
 一昨日(2日)、北陸新幹線に乗車する前に、飯山駅のパノラマテラスでいただきました。
 背景は飯山駅展望スペースです。
 こういう形でお見せするだけで、さかえむらトマトジュースの価値がさらにアップするのではないでしょうか。
 ちなみに、トマトジュースは1杯350円。もう少し高くても大丈夫だと思います。
 10月1日から本年度産トマトのジュースが発売になりました。熟成度が高まり、より美味しくなっている昨年度産もまだ手に入るようです。


 

ジュース用完熟トマトの収穫が始まった!



 今日(7日)朝から、宮川頼之さんのトマト畑で「さかえむらトマトジュース」用のトマトの収穫作業が始まりました。
 
 畑で真っ赤に完熟したトマトだけを選んで、もいでいきます。
 
 
 
   「ジュース加工用のトマトって言いますが、生でも食
   べられますか?」
   「まったく大丈夫。1つ、食べてごらんなさい。」

という次第で、1個、もいで、かぶりついた。冷やしたわけでもないのに、冷たくて美味い!

 かぶりついたところで、写真を撮った。中まで真っ赤に熟している。
 
 
 
 
 頼之さんの収穫の手は速い。連続写真で追ってみた。














 今日の収穫作業は総勢5名で。「新人」の人もいるが、見る見るうちに収穫篭が一杯になり、出荷用コンテナへ。





 コンテナ1箱にトマト20kg分。
 収穫が始まって20分ほどでコンテナ3箱。
 
 
 
 それからさらに約20分後。



 トマトがぎっしり詰まったコンテナは10箱に。
 
 今年の頼之家は話題がいっぱい。追々、いろんなレポートを届けたい。


 トマト畑の近くには、直売所での販売で有名になったピーマンのデカチャンプがたわわに実っている。
 
 
 

 隣りの畑では、5月中旬〜6月いっぱい出荷されたアスパラの立茎が進んでいる。来年も美味しいアスパラが食べられますように!



 

ジュース用トマトの収穫が進められています

 宮川頼之さん一家が栽培されているジュース加工用のトマトが真っ赤に完熟し、収穫作業が進められています。
 まず、20日午前の様子をご覧ください。



 妹背木の畑ですが、一面真っ赤です。お盆前は赤く熟したトマトのみを選んでもいでおられましたが、お盆過ぎからは茎を根元で切り落として、その茎をふるって実のすべてを落とし、その中から真っ赤なものを取るという収穫法に変わっています。







 写真上から、茎をふるい、実を落とす頼之さん、真っ赤なトマトで埋まる畝と畝の間、赤く熟したトマトを選び、収穫篭へ

トマト収穫援農隊のみなさん
 収穫作業は8月8日から始まりました。その8日の午後から10日昼まで、援農隊の人たち8名が収穫作業をお手伝いされました。その時の様子が次の写真です。



 この援農隊は、全国農協観光協会が取り組む「快汗! 猫の手援農隊」と北信州みゆき農協が提携して実施されているもので、当初はリンゴ収穫の援農隊から始まりましたが、2009年からトマトの収穫も行われるようになりました。頼之さんが受け入れられるのは今年で5回目くらいのようです。
 援農隊の人たちは交通費や宿泊費(宿泊は戸狩の民宿)は自分たちで負担され、無償で収穫作業を手伝って下さるボランティアです。8〜10日に来られた人は若い女性から年配の方までさまざま。現役の会社員という方もおられました。中には以前にも頼之さんの畑に収穫手伝いに来たことがあるリピーターの人もおられました。また、昼食の際、「リンゴの収穫はいつ行くの?」という会話も聞かれました。
 本当に有難いことです。と同時に、援農隊のみなさんはこれを大いに楽しんでおられて、旅(ツーリズム)の1形態であることにも注目する必要があります。また、受け入れる頼之さん家にとっては、有り難い援軍であると共に、お昼の用意など大変なところもあると私は思いました。栄村の観光の発展をどういう方向に求めるべきか、学ぶべきことが多々あります。こういうことを粘り強く、系統的に行っていくことが大事なのだと思います。


昼食のお世話をされる麻子さん


写真の男性は11日まで残ってお手伝いされました。


追っかけ:頼さんのトマトづくり

収穫が始まりました


 
 上の写真は8月9日午後のもの。収穫作業をしている人の多くはJA北信州みゆきが企画する「ジュース用トマト収穫援農隊」の人たち。東京方面から来られた人たちで8日午後から10日昼までの2泊3日の援農作業。
 
 収穫作業は8日から始まりました。真っ赤な完熟トマトをご覧ください(9日午後)。

 この1ケースに20kgのトマトが入っています。多い日は1日に400ケースも収穫されますが、9日の収穫量は270ケース強だったと聞きました。

 畑の様子をご覧ください。

 畑のトマトすべてが赤く完熟しているわけではありません。収穫作業は9月15日まで続きますが、8月20日過ぎまでは完熟したもののみを選んで、手でもいでいきます。(その後はすべての茎を切り落とし、完熟したもののみを選び出していくという収穫方法に変わるそうです)
 
 ある茎をピックアップしたのが下写真。右端と左端に見える黄色いものはあと1週間ほどで赤く熟するそうです。真ん中の小さな玉も収穫期間中に大きく熟してくれるといいですね。
 
 
1つの芽から、なんと100〜130個のトマトが
 ところで、4月を振り返ると、4月2日に種まきが行われ、7日に発芽しているものを初めて撮影しました。


 この1本の苗が3ヶ月余を経て大きく育ち、次のような大きさになったのです。


 
 いくつもトマトの実が生(な)っていますが、これが1本の茎についているのです。つまりあの小さな芽がここまで育ち、1株で100〜130個のトマトを実らせるのです。


色づき具合をふりかえる
 7月4日、トマトの実が生ってきていましたが、そこから1ヶ月、実が色づき、熟してきたのを振り返ってみます。





 7月17日、畑を見渡すと、トマトの実がたくさん目に入り、株の中を覗きこむと、赤くなりはじめた実が見えます(上2枚の写真)。さらに28日になると、畑のあちこちに赤くなったトマトが目立つようになりました(下2枚)。





  そして8月1日の様子。

 8日に真っ先に収穫が始まった畑です。頼之さんは「もう5日ほど早く収穫を始めたかった」と言っておられました。ズッキーニの収穫作業が続いていて、まだトマトの収穫開始とはいかなかったようです(ズッキーニの収穫は10日で最終的に終えられました)。


トマト畑の周りの様子の変化
 5月中旬〜6月いっぱい収穫が行われていたアスパラ畑では収穫を終え、来年の収穫にむけてアスパラの茎がどんどん伸ばされています。



 

 また、畑の周辺では綺麗な花が咲き乱れます。奥さんの春美さんが育てられているのです。亡くなった「ばっちゃん」(頼之さんのお母さん)がお花が大好きだったそうです。




 場所はハウスのすぐそば。ユリの王者・カサブランカです。
 春美さんのお話では元々は「もっと真っ白だった。自然交配して少し黄色くなってきた」とのこと。カサブランカは日本に自生するヤマユリとカノコユリ等を交配して育種されたもの。トマト畑の周辺にもヤマユリガ多く見られますので、自然交配したのかもしれませんね。
 7月下旬に最盛期を迎えていたヤマユリの姿もご覧ください。



 また、トマト畑の近くには、花びらの様子がちょっと変わっていて、とてもきらびやかな花が咲き乱れています(下写真は7月17日撮影)。

 
 この花、西洋風蝶草(せいようふうちょうそう)といい、花の形が蝶が飛ぶようなところから命名されたと言われます。「クレオーレ」という名でも知られています。花期が長く、トマトの収穫が始まったいまも元気に咲き誇っています。
 
  
 ハウスのそばにはこんな花も。芙蓉(ふよう)という名で、白や赤、ピンクなどいろんな色があります。
 
 

援農隊のみなさん
 今回の援農隊のみなさんは8名。初めての人もおられたようですが、もう何回も通われていて手慣れた様子で作業される人も。最終日の10日昼、頼之さん宅での昼食にご一緒させていただきました。そのときの様子をどうぞ。
  作業を終えマイクロバスへ、頼之さん宅前の水路で泥落とし、そして頼之さん宅へ。

 







作業後の生ビールは格別の味のようです。
    
お帰りにはいろんな野菜をお土産に。



頼之さんの顔にも満面の笑みが。

 頼之さんご一家が丹精込めて育てられたトマトは間もなく「さかえむらトマトジュース」に加工されます。是非、さかえむらトマトジュースをお試しください。
お問い合わせは、aokura@sakaemura.netまでお願いします。

(了)



追っかけ:頼さんのトマトづくり

トマトの実が生る!
 1日午後、妹背(いもと)木(ぎ)のトマト畑に行って、焦ってしまいました。しばらく訪れていないうちにトマトの実が生っているのです。現地調査の受け入れや田んぼ除草の手伝い・撮影などで1週間ほどを過ごしている間に、トマトは実をどんどん成長させていたのですね。
 妹背木の畑のトマトは早生(わせ)。晩生が植えられているところで小さな実が出来てくるところを撮影するチャンスはまだありますが…。
 
 まずは、1日、妹背木で撮影したものをご覧ください。


トマトジュース加工用のトマトはやや縦長。写真の真ん中に見えるものは、大きさが収穫時の大きさにかなり近づいています。

畑全体の様子を見ると、つるがどんどん伸び、畑一面トマトという感じです。


 
 そして感心したのが、6月半ばに行われた「マルチの裾ひろげ」の効果です。


 ツルが伸びて、マルチの裾を広げたところまできています。この一番端にも実が生ってきます。すると、マルチの裾を広げていない場合、実が地面に直接触れて腐りやすくなるんですね。6月15日の畑の様子と比較してみてください。


枝分け作業の様子
 2日、「復興への歩み」の配達で頼之さんのお家を訪れた際、頼之さんとちょこっと会話しました。
   「枝分け作業はもう済まされたのですか?」
   「いや、まだ少しだけ。アスパラが終わったので、その畑の
    片づけがあるし、ズッキーニの出荷も始まったので、まだ
    手がまわらない。やるのは明後日ころかな」
 
 そして4日午前、程久保、野田沢の配達に入る前に妹背木の畑に立ち寄ると、奥さんの春美さんが枝分けをされていました。


 「トンボ」を使っての作業で、木製ですが、自分で作られたとのこと。下の写真をご覧ください。


 枝分けをする前と後の比較をご覧ください。

 写真左の列や、中央の列の奥の方は枝分けが済んでいます。それに対して、真ん中の列の手前側や右側の列は未了。写真では分かりにくいかもしれませんが、枝分けが済んだところは平坦なかんじになっているのに対して、未了のところは枝が株の真ん中で盛り上がっています。
 
 トマトの実の数は1日よりもさらにグッと増えています。


 畑一面にトマトの香りが漂っています。
 
頼之さんは消毒作業
 目を転じると、頼之さんが大きな機械に乗って、消毒作業をされています。


 トラクターの後部から張り出した噴霧器は伸縮可動式。運転台で操作すると、ぐんと伸び、かつ横に倒せます。


 “消毒”というと違和感を覚える人もおられるかもしれませんが、アブラムシ媒介のウィルスにやられると壊滅的な被害を受けます。重要な作業です。
  
超大忙しの頼之さん一家
 春美さんは忙しい中でも、ちょっと手を止めて、いろんな話をしてくださいます。
   「ズッキーニが始まって超忙しいの。収穫は1〜2時間だけ
    ど(注:朝5時頃に始まります)、選別・出荷の荷造りを
    しているとお昼よ。アスパラが終わってよかった(頼之さ
    ん家ではアスパラの収穫は6月30日で終了)。でも、アス
    パラの畑をうなう作業(「うなう」とは耕起のこと)もあ
    るし。もう殺されそう。家に入るのは8時頃かな」

 春美さんと話している間に麻子さんが畑にやって来て、黙々と枝分けをされています。「一哉さんは?」と尋ねると、田んぼの畦刈りとのこと。田んぼはいまちょうど中干しの時期。田んぼに水がないので、法面の草刈りがしやすいのです。一哉さんが草刈りしている場所は妹背木のハウスのすぐ下の田んぼでした。


田んぼの中に一哉さんの姿。田んぼより上段に妹背木の頼之さんのハウスが見える。


 
 高い法面をつぎつぎと草刈りしていきます。相当の重労働です。




アスパラ畑の様子

 アスパラの葉が成長し始めています。この葉が光合成をして養分を根に送り、来年に備えます。
 アスパラの葉が見える列と列の間にいい色の土の部分が見えますが、ここが春美さんがうなわれたところ。
 この後、葉はどんどん伸びていきます。
 
 トマトの実が赤く熟し、収穫が始まるまで後1ヶ月半強になってきました。真っ赤なトマトとの出会いが待ち遠しいですね。


追っかけ:頼さんのトマトづくり


 写真ではうまく写せていないようですが、頼之さんの顔からは玉のような汗。シャツも汗で濡れています。時刻は15日(日曜日)午後5時32分。まだトマト畑での作業の真っ最中。
 ご家族4人総出で、「マルチのすそ広げ」の作業です。奥さんの春美さんは手作業でマルチのすそを広げておられます。娘さんの麻子さんは広げたマルチのすそに土をのせる作業を主にやっておられる様子。一哉さんも同様。
 頼之さんは「日本中で一台しかない」(春美さんの言葉)道具ですそ広げをされます。
 その道具がこれ。


その使い方は…


引っ張っていくのに相当の力がいるようです。





ご家族4人で作業されている様子

 この畑は妹背木(いもとぎ)というところだが、ここには早生(わせ)が植えられている。
 成長が早く、マルチのすそ広げが終わると、すぐにも「枝分け」の作業が必要となる。他の畑のマルチすそ広げもやらなければならないのだから、作業スケジュールがびっしりだ。


マルチのすそ広げが行われた畝


大きく育った早生の苗

さかえむらトマトジュースをご希望の方は、
aokura@sakaemura.net
までご連絡を。




追っかけ:頼さんのトマトづくり・定植

 先にアップした「追っかけ:頼さんのトマトづくり6月10日」に先行する5月の定植作業の様子を紹介します。


植付機を使って苗を畑に植え付けていく。


これが植付機の上部だが、次の写真のように白の丸いポットに苗を入れていく。




すると、下の写真に見えるように、機械下部の円錐状のところに苗が下り、畝に植え込まれていく。


 
 1つの畝を植え終ると、植付機をターンさせながら次の畝へ移動。




 これがなかなか力が要るようで、写真を拡大すると、頼之さんの腕に力こぶが浮き出ている。



 この定植作業が約2.5haの畑で行われるのだ。大変な作業量。私がここまでの写真を撮ったのは5月14日の昼前だが、たしか12日頃に始まり、翌週まで1週間以上続けられたと思う。
 
 畑に定植された直後の苗と、6月2日に撮影したものとを比較してみたい。

5月14日


6月3日
 6月3日には茎がしっかり太くなり、葉もおおきくなって、すでに花をつけ始めているものもあった。また、苗が植わっている土の部分に注目していただきたいが、定植直後には十分な土がかかっていないので、その後、「土づめ」という作業が行なわれ、苗がしっかり植わっている。
 
 また、この半月強の間に、どんなに季節が変化したか、菅沢農地のある畑の様子でご覧いただきたい。
5月18日


6月4日

 定植のとき、遠くの山に見えた残雪ももう姿を消した。思い返せば、定植が始まった頃はまだ「霜注意報」が出るような状況だったのだ。栄村で今年初めて30℃を超える真夏日になったのが5月28日のことだった。
 
 さて、この後の様子は先にアップした6月10日の様子をご覧いただきたい。

(なお、5月14日の定植の様子を撮影するとき、勝手のわかっていない私の不適切な行動で頼之さんらの作業にご迷惑をおかけしてしまいました。心からお詫びをし、今後、そのようなことがないように心がけていきたいと思います。)


追っかけ:頼さんのトマトづくり6月10日

 久しぶりに頼之さんと立ち話。11時20分過ぎから12時半頃まで。
 妹背木のハウスへ頼之さんの軽トラが向かうのを見て、後を追いかけた。ちょうどナシの木やサクランボの木を消毒されているところだった。「トマトの消毒ですか?」と尋ねると、「いや、今日はズッキーニの消毒。アブラムシ対策。液が余ったのでナシとサクランボにも少しかけているところ」との返答。
 
 サクランボは色づき始めているものがある。でも、人が食べるにはまだ早い。ところが鳥はこの段階でついばむ。頼之さんが示してくれて気づいたが、鳥がついばんだ跡がある実がかなりたくさん地面に落ちている。



鳥がサクランボの実をついばんだあと

 鳥はスズメの3〜4倍の大きさのものやカラス。鳥にとられないためにはネットをかけるしかないそうだが、栄村では雪に耐えられるように大きな木に育てているのでネットをはるというわけにもいかない。山形県の産地などでは木の背がもっと低くて、木をすっぽり覆うようにネットをかけているそうだ。
 
 さて、肝心のトマトの話。
 現時点の作業は畝と畝の間の中耕(ちゅうこう)。畝と畝の間を耕すこと。除草のための作業だ。昨9日、ハウスのすぐ近くののところの中耕をされたそうだが、その後、激しい夕立があり、せっかく中耕したところにその雨でまた草が出てきたとのこと。


 中耕の作業は始まったばかりで菅沢の畑などはこれからだそうだが、それ以外にアブラムシ対策の消毒(アブラムシがバイラス=ウィルスを媒介するそうで、それにやられると、実が硬くなってダメになる。現在の農薬は1週間しか効かないそうだ)、マルチのすそ広げ、さらに枝分けの作業などが続くという。
 マルチのすそ広げということは以前にお聞きしたことがあったが、今日は目の前で実演してくださった。

 写真上方のマルチは畝のすぐ下に巻き込まれているが、手前の方で頼之さんがそれを引っ張り出して広げておられる。この作業をすべての畝について手作業でされるのだ。
 この作業を行うと、第1に、畝と畝の間の雑草の生えるところを狭めることができる。第2に、トマトが結実してきたとき、果実が土と直接に触れることがないので傷まないという。
 北信州みゆき農協管内でトマト農家が40数軒あり、しばしば頼之さんの畑に視察に来て、この「マルチのすそ広げ」に感心して帰られるが、自分で実践する人はいないとのこと。やはりその手作業の大変さに尻込みするのだろうとのこと。逆に、頼之さんのトマトづくりの丁寧さ、こだわりがよくわかる話だ。

 枝分けというのは、これからさらに成長してくると、1株1株の中心部で枝が混み合い、うれるので、それを避けるために行う作業だそうだ。これも手作業。
 
 ほとんどの苗に花が咲き、大きく成長して、「枝分け」の必要性が理解できる状況になってきている。
 
 このように加工用トマトづくりにはつぎつぎと大変な作業が必要になるが、6月いっぱいはアスパラの収穫をやりながらのこと。家族4人で収穫そのものに朝夕2回計3時間ほどかかり、さらに選別・荷造りにその倍以上の時間を要するという。1日のほとんどがアスパラに関わる作業に必要なのだが、その間をぬってトマトの作業もこなしていかれる。本当にたいへんな、思いのこもった仕事だと心の底から思うところだ。
 
 さて、「追っかけ:頼さんのトマトづくり」の発行はちょうど1ヶ月ぶり。その間、写真は撮り、ある程度整理もしていたのだが、「栄村復興への歩み」の発行・配達で精一杯で「追っかけ:頼さんのトマトづくり」を発行できずじまいできてしまった。この5月10日と6月10日の間に「苗の畑への定植」という大作業があった。1週間強かかったのではないかと思う。順序が逆になるが、その定植の様子の写真記録をこの後、急いでアップするつもりです。
 


追っかけ:頼さんのトマトづくり

                          2014年5月10日記

 トマトの育ち具合は少なくとも2日に1回は見に行っているのだが、「どこか区切りのいいところで」と思っているうちに、前回の「追っかけ」レポートから2週間以上経ってしまった。
 トマトはじつに順調にグイグイと育っている。
 まず、2日間にわたる仮植ポットへの植え替えが終わった翌日の4月26日の様子と、今日5月10日の様子の対比からご覧ください。
4月26日

5月10日
 
 4月26日は苗と苗の間にずいぶん隙間があったが、その隙間がほとんどないほどに苗が成長している。しかも、この間には5月6日に仮植ポットとポットの間を広げる作業が入っている。上の10日の写真にわずかに隙間があるように見えるのはその作業でできた隙間すら埋める勢いで葉が大きくなっていることを示している。

4月26日

5月10日

 苗をクローズアップしてみても、その成長ぶりはあきらか。なお、苗を撮影する角度が4月26日と5月10日で異なるが、4月26日のように上方から撮影したのでは葉が繁っていて、茎の成長の様子が見えなくなっているためだ。

畑の準備が急ピッチで進められている

 「定植は5月20日頃」と、頼之さんから以前にお聞きした。(「定植」とは苗を畑に植えること)
 8日の朝8時にハウスに行くと、もうハウスのシャッターや窓は開けられていて、頼之さんたちの姿はない。奥さんが「あそこはトマトを植えるところ」と言っておられたハウスのそばの畑にはもうマルチ(被覆材)が張られている。「これはきっと菅沢の畑におられる」と直感し、菅沢にむかった。
 *菅沢農場 ―― 栄村で唯一広大な畑地。頼之さん家の加工用トマト
  の大部分は菅沢で栽培される。
 菅沢は広大なので、ぐるっと廻ると、ある畑に一哉さんの姿が見えた。畑には堆肥が積まれている。その畑だけで堆肥は2tダンプ2台分とのこと。

この畑だけで堆肥4tを入れる

 「親父はいまこちらに向かっているところ」と言われたが、北野・中野・極野の配達があるので、いったん菅沢を離れることにする。畑を離れてすぐに堆肥を撒く車を運転して来る頼之さんと出会った。
 配達を終わって、11時15分頃に菅沢に戻ると、朝の畑とは別の畑で頼之さんと一哉さんが堆肥撒きをしておられた。     
その様子が下の写真。

山と積まれた堆肥をミニバックで堆肥撒き機に入れる作業(ミニバックを一哉さんが操作、頼之さんが堆肥を撒く)


堆肥撒き機の後ろから堆肥が出てくる。いろんな農業用機械があるものだ。今後、定植に際には苗を植える機械も登場する。
 しばらく見ていると、頼之さんが堆肥の補給にミニバックのところに戻るまでわずか4分ほどであった。

 すでに堆肥を撒かれた畑からは堆肥のにおいがほのかにしてくる。「臭い」ということはまったくない。いや、ないかかぐわしい香りですらある。

畑に撒かれた堆肥。きれいな色だ。

 堆肥は菅沢の一角にある堆肥センターで作られたもので、トマト育苗のハウスのすぐそばの樋口和久さんの牛舎から出た牛糞が主原料である。


 つぎは畑の耕起。10日昼すぎ、一哉さんが畑に行くのに同行。8日に堆肥撒きの様子を見た畑の一段下の畑だ。

トラクターに乗り込んだ一哉さん。


すでに一度耕起された畑がきれいに均されていく。


輪紋病やバイラスの予防
 ハウスでは6日、もう1つ大事な作業が行なわれた。トマトの病気を防ぐための消毒・殺菌作業だ。


 頼之さんが作業をしながら教えて下さったのは、「輪紋病」と「アブラムシ媒介のバイラス」の2つ。
 輪紋病は、葉に「暗褐色水浸状の小斑点を生じ、後に拡大して円形ないし楕円形の緑褐色、同心輪紋状で径5〜10mmの大型病斑を形成する」というもの。他方、バイラスとはvirus=ウィルスのことで、トマトには数種類のウィルスがあるそうだ。
 頼之さんの話では、「いまの日本では農薬の使用は厳しく制限されていて、病気が発生してから特効薬を使うということはできない。予防が大事」とのことだ。
 
アスパラが出た!
 10日昼前、ハウスに行ったとき、ハウスの横のアスパラ畑を見てビックリ。アスパラがにょきにょきと顔を出しているのだ。8日には気づかなかった。それとも昨日、今日で出たのだろうか。
 雪の下でじっくり育ったアスパラはとにかくうまい。その採れたてを食べるためだけでも栄村に来る価値がありますよ。
 アスパラと雪山のツーショットと、アスパラのクローズアップをご覧ください。




他の自家用作物など

ニラ。畑に植わっている状態のニラを見たのは初めて。


ピーマンの苗。苗箱から仮植ポットに植え替え作業中。


梨の花(5日)               

花が散り始め、実が姿を現わした(10日)


サクランボの姿を見せ始めた(10日)


 今回はここまで。次回は定植作業の様子を紹介することになるでしょう。                

追っかけ:頼さんのトマトづくり

仮植ポットへの植えかえ(4月24、25日)
 
 仮植ポットへの植え替えが終わり、2つのハウスにズラッと並ぶ苗(26日朝撮影)



日中は仮植ポットにかけられたビニールシートがまくられ、はずされている。
地面に埋められた電熱はもはや使われていない。

 仮植ポットへの植え替えは24、25日の2日間にわたって行われました。頼之さん一家だけでは手が足りず、親戚や野田沢集落の人たちが手伝いに来られた。私は24日に撮影に出向いたが、朝8時に作業が始められ、終えられたのは午後5時半すぎ。凄い作業です。
 
 では、作業の様子・手順などを紹介します。

作業用に地下足袋に履き替える長男の一哉さん。

仮植ポットへの植え替え作業の段取り

長女の麻子さんが仮植用ポットの土に水をやる。かなりたっぷりの量。尋ねると、「これくらい水をやらないと穴あけがうまくできない」とのこと。


仮植用ポット。5×5で25ポットで1つになっている。それぞれの区画に穴が開いているが、その穴を開ける作業が次の写真。


穴あけの道具を見せてもらった。市販ではない。デルモンテの人が作ってくれたそうだ。
 
 


苗箱から仮植用ポットへの植え替え。写真は奥さんの春美さん。

 「苗箱の底をちょっと押して苗を取り出し、仮植用ポットの穴へ」と説明されたが、瞬時の技。私には苗を引っ張り出すようにしか見えなかった。「底をちょっと押して」というところをゆっくり再現してもらいたいとは思ったが、作業を邪魔するわけにはいかないので断念した。


 作業は8時すぎ、家族4人だけで始まった。
  
 
 8時40分すぎ、野沢温泉村の親戚の人などのお手伝いが来られて、賑やかな作業姿に。
 
阿部県知事の来訪

9時36分、阿部守一県知事が視察に訪れた。



 
 頼之さんから説明を受けながら、移植作業やビニールハウスに並ぶ仮植ポットを見学。
 知事はいろんな質問をされていたようだ。漏れ聞こえてきたところでは、「完熟したトマトを1個、1個、丁寧にとっていく」という収穫方法、その大変さを理解し、知事が関心をもつ障害者の雇用問題と結びつけて、「障害者の人たちを採用してはどうでしょうか。彼らの集中力はすごく高いですから、その作業にむいているのではないかと思います」という想像力豊かな提案もされていた。
 そして、頼之さんから差し出されたトマトジュースをグッと一気に飲み干しておられました。


野田沢のかあちゃんたちも応援
 夕刻、再びハウスを訪れると、野田沢集落(頼之さんが暮らす集落)のかあちゃんたちが手伝っておられて、朝訪れた時とはまた違う賑やかさだった。


 すでに夕刻5時半をまわっているが、まだ終わらせようという感じではない。
 この段階で、苗箱のほぼ半分に当る量の仮植ポットへの植え替えが完了していた。次の写真がその様子。

通路に黄色のホースが見えるが、裏手の小川から汲み上げてタンクに溜めた水を仮植ポットに撒くためのもの。

仮植ポットに植わった苗の様子はこんな感じ。

4月18、19日頃と比べて、茎が太くなっている。
24日朝、匂いを嗅いでみたが、たしかにトマトの匂いがする。

定植までの段階
 頼之さんに24日、苗の出来具合を尋ねた。「まあまあですかね。ちょっと伸びすぎかな」。
 これからはどう進むのか?
 苗がさらに大きくなってくるので、連休明けの頃、仮植ポットの間隔を広げる。この段階になると、仮植ポットにかけられているビニールシートは外され、ハウスそれ自体の覆いだけにする。
 栄村、とくに標高が高い野田沢などでは24日朝も霜がおりた。25、26日は朝から気温がかなり高かったが。年によっては、まだ霜がくる場合もある。そのときはハウスに石油ストーブを持ちこむそうだ。
 夏野菜のトマトはとにかく寒さに弱い。一瞬の気も抜けない日々が続く。
 菅沢の畑への定植は5月中旬頃になる。

アスパラの作業も始まる
 トマトのハウスのすぐ横に2反ほどの畑地がある。頼之さんのアスパラ畑の一部。残りは菅沢にある。
 その2反ほどの畑から24日、雪が消えた。
 
 去年の秋に土寄せがされていて、畝のように見えるが、これを厚み7cmほどくずし、肥料を入れる作業を間もなく始めるそうだ。
 菅沢の畑の雪消えはまだ。でも、24〜26日の陽気でだいぶ進んだだろう。
 頼之家の農業はいよいよフル稼働に入っていく。

栄村と頼之さん家のトマト栽培の歴史
 頼之さんのお父さんがトマト栽培を始められたのは50年前。頼之さんの代になったのが27年前。
 以前に「鉄骨だけで700万円」と紹介したハウスが建てられたのは10年前だそうだ。
 栄村で加工用トマト栽培が最盛期だった頃は最大100人が取り組んでいたという。水内と西部はデルモンテの種、東部はカゴメの種でやっていたそうだ。
 大久保の高齢者から聞いたところでは、「春になると、ビニールシートをかぶせて苗を育てたんだが、時に雪が降ると、夜中でも飛び起きてシートの上の雪を落とした」と言う。大変な作業だったのだ。いまの頼之さんのハウスとは様相が異なる。
 それにしても、たった1軒、加工用トマト栽培を守り続け、「さかえむらトマトジュース」を震災復興への象徴の1つにできるほどに成長させている頼之さん一家のトマト栽培はすごい。
 さらに「追っかけ」を続けていく。

阿部知事と話す頼之さん