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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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お米のふるさと便り

 6月25日発行の「お米のふるさと便り」を紹介します。

 

 

 いまでも田植え祭りの伝統が残されている地域では、男衆ではなく、早乙女の手で田植えが始められます。私は栄村に移って10年になりますが、残念がら栄村ではそういう伝統行事を目にする機会がありませんでした。
 しかし、5年前の震災を機に、白鳥集落出身の民謡音楽家の月岡翁笙(おうしょう)さんが栄村復興への励ましの唄として「さかえ田植唄」をプレゼント下さり、「さかえ田植唄おどり愛好会」のみなさんがその唄に振付をして踊りをご披露下さるようになりました。
 来年の圃場整備を前に、この景色での田植えが最後になる6月5日、「愛好会」のみなさんが棚田で踊りをご披露下さり、さらに早乙女姿の衣装そのままで田植えをして下さいました。(真ん中の男性はミュージシャンの山内薫さん)

 続けて、「さかえ田植唄おどり」の様子を2枚、紹介します。

 

青倉の棚田を背景に踊りが始まる。
雲がかかるが、背景には苗場山から鳥甲山の連なりが見える。

 

踊りをご披露くださったのは、左から斉藤充子さん(栄小教頭)、吉田恵美子さん、徳武清花さん(栄小教諭)、山田ミツイさん、鈴木英子さん、有田よし江さん。

 

 踊りや田植えが行われた小さな棚田の周りには、青倉集落の人たちがたくさん集まり、拍手喝采でした。この田んぼ、来年はお休みになりますが、圃場整備後の再来年、こういう楽しい集まりをより大きく実現できればなあ、と思っています。

 

 

野々海池の様子
 6月下旬に入って、熊本地震の被災地に追いうちをかけるような豪雨災害がおきていますが、当地は、6月22〜23日にやや本降りの雨が降ったものの、以前として水不足が続いています。でも、青倉が属する水内(みのち)地区は野々海池のおかげで田んぼの水を確保することができています。野々海池の様子を少しご紹介しましょう。

 

 

 6月22日朝の様子です。まだたくさんの水がありますね。でも、写真奥に見える池の対岸に注目ください。池の際に土が見えています。満水の時には見えないものです。
 比較対照として、5月15日の写真を示します。

 


 池の水と対岸の樹々が触れ合うような感じ。樹々の緑の色も芽吹き直後の浅い色で、今とはずいぶんと違います。
水量・水位の違いを、野々海池から各集落の田んぼへの水路に水を送り出す斜樋の様子でもご覧ください。

 

 

 写真下から順に2段目の水栓、3段目の水栓…と続きますが、6月22日時点で、6段目までもう水がありません。後ろ姿は水番の月岡英男さん。英男さんのお話では「今日は8段目と9段目を開けている。(少し水をかぶっている)7段目はもう水圧がなくて水が落ちない」とのこと。
 この斜樋も5月15日の様子も、ちょっと見づらい写真ですが、示しておきましょう。

 

 

 水番の英男さんは、「野々海の水は8月いっぱいもたせる」と言っておられます。
 先人たちがたいへんな苦労をされて築かれた野々海池。その偉大さと有難さが身に沁みる昨今です。

 


 上写真は英男さんの水見番手帳。過去何年分もの野々海池の水量、斜樋の管理状況が記録されています。英男さんの節くれだった手も見事です!

 


野々海への道の豊かな自然
 私はできるだけ頻繁に野々海池の様子を見に行くようにしています。そんな中の一日、6月18日の午前、青倉からスキー場〜貝立山裏を経由して往復したときの写真をご覧ください。

 

 

 木の枝にぶら下がるモリアオガエルの卵。
 色が少し黄色っぽくなってきていますが、当初はほぼ真っ白です。下の写真のように野々海三叉路の小さな池の際の樹々にたくさんぶら下がっています。

 


 その三叉路の小さな池の美しい景色もどうぞ。

 

 

 

 「今年は蝶が多いぞ」と5月頃から思っていましたが、6月中旬をすぎて予想通りになっています。

 

 

 とっても綺麗でしょう。山道を軽トラで疾駆すると、目の前をこういう蝶が乱舞しています。
 ちょっと遊びっぽいですが、蝶が翅を閉じた状態から、それを開き、再び閉じるまでを連写で追いかけてみました。わずか数十秒の世界です。

 

 

 

 

 なんということもない風景ですが、道際に黄色の草花がぎっしりと咲いているのがとてもいい。花だけをクローズアップすると、

 


 畦などでは草刈りで刈られてしまうものですが、私は大好き。花の下の細い茎を折ると、乳白色の液が出てきます。そのことから「チチグサ」と呼ばれています。

 

 

 

 シモツケソウ(下野草)の中でも「本州の日本海側(富山県、長野県北部、新潟県、福島県西部、山形県)に分布し、山地から深山の沢沿いや、やや湿った場所、林縁に自生する」とされるコシジ(越路)シモツケソウだと思われます。青倉から野々海に向かうスキー場内の道の脇など、ごく限られた場所だけに見られます。

 

 

 エゾアジサイです。
 栄村では各所で見られます。今年は平年よりも早く開花し、間もなく満開になりそう。周りの青いものを花びらと思いがちですが、真ん中の小さな粒の集まりのようなものが花びらです。

 


 最後に、ズッキーニの収穫・出荷が始まりました。24日朝からです。アスパラはそろそろ終わりですが、今度はズッキーニ。斉藤克己さんのズッキーニをご希望の方はご連絡ください。

 

 

青倉米やズッキーニ等のご注文は
 携帯:080-2029-0236
 mail:aokura@sakaemura.net

へ。
振込口座は、ゆうちょ銀行 普通口座 11120−12957551
口座名義 特定非営利活動法人栄村ネットワーク
電子振込の場合は、トクヒ)サカエムラネットワーク と書き込んでください。


青倉・西山田の棚田の小さな旅

 青倉米産直の購入者への月刊のお便り、「お米のふるさと便り」3月25日号(第8巻第6号)からの紹介です。




 青倉・西山田の棚田での1枚。22日午後の撮影です。田んぼにはまだ雪が少し残っていますが、もうすっかり春です。
 前方に見えるのは秋山郷の鳥甲連峰。まだ雪山ですが、秋山ももう雪はわずかで、里は春を迎えています。
 寒の戻りもありますが、何もかもが半月から1ヶ月早く進んでいるようです。

西山田の棚田の小さな旅

 22日午後3時すぎ、青倉集落の西の端、西山田の棚田への山道の登り口に立った。
 道は先週すでに割られていたが、入り口に大きなブルドーザーが置かれていて、車は入れない。雪長靴に履き替え、歩いて登ることにした。次の写真のいちばん上まで、くねくねと曲がる道を進むのだ。30分ほどかかる。



 当初は「ブルが置かれてなければ…」と思ったが、歩いて登って正解だった。登り始めて間もなく、車では越えられない雪が残っていたのだ。それだけではない。歩いて登ったからこその発見、喜びが随所にあった。
 歩き始めて間もなく、ジャンパーを脱ぎ、腰に巻きつけた。



 右写真の道の左手、越後の真っ白な山を遠望できる。



 青倉の集落の全体を眺めわたすこともできる。



 写真左端に赤い屋根が見える。青倉のお宮だ。
 その先には、すっかり雪が姿を消した中条川上流の山腹崩壊地も見える。

 道脇の大きな雪の塊(上)、雪の上に落ちているブナの実(下)





 
歩き始めて約15分、突然、パーッと明るくなり、視界が広がった。



 西山田の棚田のいちばん下の田んぼが広がる一帯だ。西陽が眩しい。
 ここまでは山かげを歩いてきたのだ。

 最初の田んぼゾーンの中を歩く途中、道の脇にはこんな面白い雪の芸術作品も。造ろうとして造れる形ではない。



最初の田んぼゾーンを通り過ぎて振り返ってみた。



 青倉集落を撮影した先の写真と較べて、青倉の集落がかなり下に見えるようになった。





 標高にして100mほど登ったか、山の上は陽当たりがよく、道にはもう雪がまったくない。

 ゆっくり歩いていると、「こっち、こっち」と樹と花が声をかけてくるのか、なにかの気配を感じて目をやると、春一番の花・マンサクである。小さな花だが、冬のモノクロの世界からの別れを告げる。





 なにか無粋に見える鉄板だが、これには重要な歴史的意味がある。1961年、青倉集落を襲い、死者11名を出した大雪崩の後、雪崩を起こす西風をとめるために設置されたものなのだ。


 道なりに進めば遠回りになるので急な畦道を登ることにした。徒歩だからこそ出来ること。



 空だけを見ながら登ると、突然、目の前に貝立山と西山田の棚田の中心ゾーンが広がった。



 平素は軽トラで上るので、こういう急激な景色の変化はむら暮らし10年目にして初めての体験だ。

 私が2007年からおつき合いさせてもらっている、わずか1畝の田んぼと3ケ月ぶりの再会。




とても大きなフキノトウ。

 ヤマツツジも芽を出している。



 ユキツバキの蕾を見て廻り、1つだけ、赤く色づいたものを見つけた。




 残雪の上で、こんな木の実を見つけた。「何の実だろう?」と思って、周りの木々を見ると、桐の木から落ちたものだった。

 この後、残雪があるところのそばで、出たばかりのフキノトウを7〜8個摘み取り、夜はその天ぷら。


フキノトウの天ぷら。
手前の緑色が濃いものは“もぐさ”。

 最後に戯れの写真を1枚。
 西陽を背にして山を下る時、自身のシルエットを撮ってみた。




 今年は田植えの時期も少し早まるかもしれません。
 

お米のふるさと便り

 青倉米の産直で発行している「お米のふるさと便り」の1月25日発行号が今冬の栄村の様子を紹介する写真を多数掲載していますので、このブログにもアップします。





雪害救助員が今季初出動

 「雪が無い」が問題になり続けている今冬の栄村。21日未明〜朝に少しまとまった雪が降り、高齢者世帯などの除雪(屋根の雪下ろし、家の周りの除雪等)を行なう雪害救助員が22日、ついに今季初出動となりました。
 上の写真は、青倉の復興村営住宅で、落下式の屋根から落ちた雪をロータリーで田んぼの方へ飛ばす作業をしている広瀬明彦さんの姿です。 
 雪は昨冬のようにあまり降りすぎると災害ですが、あまりに降らないのも一種の災害。春の代掻き、田植えの水が足りるのか。いまから心配です。

除雪作業の様子
 1頁の続きで、除雪作業の様子を少し紹介したいと思います。



 広瀬明彦さんの作業の表情をクローズアップしました。顔の表情から緊張感がひしひしと伝わってきます。
 ハンドロータリーという除雪機械ですが、これの登場によって除雪作業がずいぶんと楽になりました。しかし、操作は慎重のうえにも慎重を期さねばなりません。ロータリー操作時の事故は非常に多いのです。ロータリーは前進と後退を繰り返して除雪していくのですが、とくに後退時が危険といわれています。
 また、排雪筒にご注目ください。入っている雪がかなり水分を含んだものであることがわかります。こういう雪は詰まりやすく、作業が非常に厄介。詰まった時にはエンジンを止めて排雪するようにしないと、大きな事故につながります。



 上は21日に撮影した極(にての)野集落でのもの。ずいぶんと狭い道を大きな除雪車(タイヤドーザー)が下って行くところです。
 じつは「栄村復興への歩み」を配達していた私はこの坂道を軽トラで上がってきて、このタイヤドーザーと「お見合い」になってしまいました。写真右手前に見える雪の低くなっているところに私が軽トラを入れ、タイヤドーザーに通ってもらいました。その直後の撮影です。下はタイヤドーザーがどれほどの量の雪を押し出していくかを示すものです。前面の大量の雪の後ろに排雪板が隠れています。



グレーダーという除雪車



 写真はグレーダー(前方)とタイヤドーザー(後方)がワンショットに収まった珍しいもの。20日午後、国道117号線白鳥大橋から下る坂道です。
 除雪車にはこの他に雪を飛ばすロータリーがありますが、グレーダーは写真に見えるように重機の真下に排雪板があります。このため、重機の重さが加わり、路面に固くへばりついた雪をきれいに取り除いていってくれます。新潟県ではかなり前から導入されていましたが、長野県はこの10年ほどのことだそうです。これがないと、除雪した後の道路は非常にスリップしやすい状態になります。



 青倉集落の島田輝二さん宅での一コマ。
 写真正面が輝二さんですが、他の3名は雪害救助員。22日午前、今季初めて輝二さん宅の屋根の雪下ろしをしましたが、その後のお茶のみの様子です。
 輝二さんは奥さまと二人暮らしですが、雪害救助員の支援を受ける高齢者の多くは一人暮らし。みなさん、除雪支援とともに、救助員とのお茶のみをたいへん楽しみにされています。


さまざまな冬景色、その2
 前号で「さまざまな冬景色」をお伝えしましたが、今月も引き続き、冬景色をお伝えします。



 まだ雪が少ない12月26日午前の青倉・西山田の棚田(上)と、ツララ&雪の華(下、12月28日、坪野集落)








 中津川渓谷(1月13日)と鳥甲山連峰(1月2日)





 ソリ遊びする帰省中の親子(3日、青倉)と東部パイロットでの一枚(1月5日)。後者は平年並みの積雪であれば近づけないところ。






 道祖神祭。木に刺した団子を残り火にかざして焼き、食べる(左)。また、お餅やアルミ箔でくるんだサツマイモも焼く(下)。いずれも10日、森集落中条地区にて。左写真には私・松尾も写っています。
 団子を刺した木ですが、この団子は繭玉を模したもので、養蚕が盛んな頃はその年のお蚕さんがうまくいくように祈る大事な行事でした。





ホクホクのサツマイモと、雪をのせるナナカマドの赤い実(12日、
         泉平集落にて)



 中津川にかかる猿飛橋。江戸時代、秋山郷を訪れた文人・鈴木牧之が腹這いになり、冷や汗を流しながら、やっとの思いで渡ったと『秋山記行』に記しています。下は同書に挿入されている猿飛橋を渡る姿を描いた絵。






 崖面のツララ。
 猿飛橋を渡った先にある逆巻温泉旅館「川津屋」さんの近くにて。



 白樺林を飛ぶ野鳥カケス。13日午後、秋山郷・上の原集落にて。




 北野天満宮の手水舎とその前を進む除雪車。21日撮影。
 これは栄村以外の北野天満宮では見られない光景でしょうね。

 冬景色、いろいろと撮影していますが、膨大な量になり、なかなか整理できません。「お米のふるさと便り」の編集作業は、撮った写真をふりかえるいい機会です。


おひさまナポリタン


 前号でご紹介した「おひさまケチャップ」をたっぷりと使ったナポリタンです。
 食後感ですが、「これはもうナポリタンを超えた、ケチャップそのものを楽しむ一品だなあ」というものです。是非、お試しください。

                         

「お米のふるさと便り」10月25日号から




新米の季節、村はもう晩秋です
 今年の新米をお届けします。
 この秋は天候不順で、村内では、稲刈りがかなり遅れたところも多くありました。
 やはり新米は美味しいです。
 新米を食べる頃、村はもう晩秋です。ここ1週間ほどは、日中、ポカポカ陽気でしたが、山の紅葉はもう終わりを告げ、里と里山が紅葉の絶頂を迎えつつあります。これが終わると、長い雪の季節の到来です。
 上の写真は23日のさかえ倶楽部スキー場(青倉の裏山)の様子です。


野々海へ上って、下って、また上って…


 今号では、青倉米の美味しさの源泉・豊かな雪融け水を田んぼに送り出す野々海池を23日午前に訪れた模様を写真アルバムでお届けします。




23日午前11時すぎの野々海池の様子です。
 もうすっかり落葉しています。あとは初雪を待つばかりとも言えます。
 
 23日は、朝8時半頃、青倉集落の裏手のさかえ倶楽部スキー場内を走る道から野々海に向かいました。
 
 
 
 
 
 
 スキー場ではもうリフト設備が整えられ、いつでも運転できるようになっています。下の写真は面白いアングル。初心者コースのリフト下り場の横手から青倉・西山田の田んぼのある山、集落から上がる道が見えています。


 
 上写真のような道を軽トラで上がって行きます。天気もよく気分は最高です。

災害の現実を正視する
 でも、いいこと尽くめではありません。
 この道を進み、ご覧の滝(下写真の右隅)に出会って、少し西山田の棚田の方へ歩いて下りました。
 
 
 
 
 今年の春、雪消えとともに明らかになった農道の崩落箇所。
 結局、今年は復旧工事がなされないまま冬を迎えることになってしまいました。

 
 その災害現場にも紅葉が見られます。


 人が通らない農道はどこか寂しげです。

 この地点、じつは絶景ポイントなのですが…。



 左手奥に見えるのが貝立山。頂上はもう落葉期になっています。
 
昔の田んぼ
 ここを離れて、スキー場内をさらに上り、入り口にロープが張られているところに徒歩でちょっとお邪魔しました(下写真の道を進みます)。


 
 雪消えの季節に水路普請の関係で一度入ったことがありますが、雪のない季節はロープが張ってあることもあって、入ったことがありませんでした。青倉の島田与八さんご夫婦が軽トラでここから出て来られるのを一度見たことがあります。
 ありました! 畑が。



 「山菜を育てておられるのかな」と思われます。スキー場のゲレンデが背景に見え、いいロケーションですね。
 ここは、その昔、田んぼだったと思われます。
 野々海の水路が出来る前、青倉の人たちは、いまはスキー場になっている山腹で、少しでも沢の水を引くことができるところはことごとく田んぼにされていました。山道を歩いて上り、小屋をかけて、必要とあらば泊まり込みで農作業をされたそうです。
 実際、この畑に来る道をさらに奥に進むと、かなり激しい水音が耳に入ってきました。


沢の水が下ってきています。

スキー場最頂部の山の中で道に迷う
 さて、この畑を離れ、スキー場内の道をてっぺんまで上りきりました。
 

 
 ずいぶん高いところまで上がったものです。西山田の棚田のある山が写真左下に見えます。
 このスキー場最頂部でとんでもない失敗をやってしまいました。
 雪消えの季節にイワウチワの花がきれいに咲く小高い山の中に入ったのですが、下りる時、道がわからなくなってしまったのです。雪がある季節は見通しがよく、迷うことはありません。下のような写真を撮っていた時は最高の気分だったのですが…。



 写真データで見られる時間で確認すると、結局、15分間、さ迷っていたようです。
 「とにかく下るしかない」と思い、山から脱け出したところは入山地点よりも随分と下。軽トラを停めてある所までゲレンデをはいずり上がる羽目となりました。


野々海池へ


 西山田に下る貝立水路のかけ口があるブナ林。
もうほとんど落葉しています。
 ここの芽吹きを見たのは5月のこと。時の流れは早いものですね。
 ここから野々海池へは、こんなブナ林の中のガタガタ道を上がります。



 野々海の三叉路の沼地。右下のほぼ1ヶ月前の様子と比べてみてください。





 下は9月28日撮影。
 もうすっかり晩秋の趣きです。
 
 そして、野々海池に辿り着きました。里を出てから、もう2時間半を経過しています。
 当初の腹積もりでは、これで里に下るはずでした。
 ところが、今年の夏に村の人から教えていただいた野々海水路の第1隧道の出口に行く道があります。そして、その先には白鳥集落に下る水路沿いの道が…。「やっぱり見ておきたいな」。行ってしまいました。
 紙幅も少なくなってきていますので、少しだけ紹介させていただきます。

白鳥水路の上り・下り
 
 白鳥集落から軽トラで水路管理道路を上がれば、その終点の所で、こんな素敵なブナ林に出会えます。



 これを見たかったのです。
 1号隧道の出口から人ひとりがやっと通れる水路沿いの道を30分下りました。
 「来てよかった」と思いましたね。
 でも、それからが“地獄”。前日に丸一日の肉体労働でかなり足腰にきていたのですが、…


 
 待ち受けていたのは上写真の上り道。延々とかなり急な坂が続きます。
 下りてきたのですから、これが待ち受けていることはわかっていましたが、やはりきつい。上りきった時はシャツ1枚でも汗びっしょりでした。
 
 里に下りたのはもう午後2時近くになっていました。
 
 さあ、そろそろ冬支度です。


*「青倉米」はaokura@sakaemura.netからお申込みいただけます。









 

お米のふるさと便り 5-6号

「お米のふるさと便り」は、栄村ネットワークが以前から取り組んでいる青倉米の直売運動の月刊ニュースですが、復興にむかう栄村の様子を知る手がかりとなるとおもいますので、本ブログに掲載することにしました。
 
いまの青倉


上の写真は23日午前に撮影した青倉集落の様子です。手前の方ではすでに雪が消えて田んぼが全面的に姿を現わしています。写真奥手の方でまだ田んぼに雪が残るところも、もうそんなに多くの雪が残っているわけではないことが感じとっていただけるのではないでしょうか。

 村内の随所で苗代づくりが始まっています。そして、間もなく“すじ播き”(=種まき)です。青倉受託作業班は5月3日の予定です。すじ播きから田植えまで約1ヶ月。その間に、道路・水路普請の共同作業を行い、田起こし、代掻き、そして田植えへと進みます。

 青倉米購入者の方々に田植えを体験していただく日程は、参加申込があった人たちとの調整の結果、6月1日(土)の午後と8日(土)となりました。まだお申込みでない方も、是非、ご参加ください。

味噌づくり体験ワークショップ

 4月22日、「あんぼの家」で昔ながらの味噌づくりを体験するワークショップが開催され、村で働く若者などが参加しました。指導して下さったのは集落の斉藤勝美さん。その様子を写真でご紹介します。


 あんぼの家の前に、昔から使われてきた大豆を煮るドラム缶を置き、薪の火で煮ました。このようにして大豆を煮るのは、栄村でも、いまでは珍しい光景です。道具は笹原集落の関沢儀平さんからお借りしました。
 

煮上がった大豆(全体のほんの一部です)


煮上がった大豆をミンチ機に入れ、写真に見られるような状態にします。そして、これと、あらかじめ用意してあった米麹と混ぜ合わせます。なお、その際、あら塩を加え、よく混ぜ合わせます(下の写真)。
 
 
 よく混ぜ合わせたうえで、上右の写真のように「味噌玉」をつくり、これを味噌桶に強く叩きつけるようにして入れていきます。強く叩きつけるのは空気を抜くためです。

 
 上右は、味噌桶にすべて入れ終わった後、さらに上から強く押し、かつ、表面を平らにしているところです。この後、重石をのせ、密閉蓋をして、「あんぼの家」の「みそ蔵」室に収めました。

 
                         WS参加者のみなさん
 これから暖かくなる中でじっくりと熟成され、秋には美味しい味噌が出来上がります。


青倉米購入者拡大の嬉しいお便り

 2月末、青倉米購入者で神奈川県厚木市のFさんから、1通のメールをいただきました。
今日はうれしいお願いがあってメールしました。息子の学校のお友達のお母さんから、栄村のお米を申し込みたいのだが、どうしたらいいのだろうか?と聞かれました。
今から申し込むと、すぐいただけるのでしょうか?それとも、今年の秋からでしょうか?どのように案内したらいいでしょうか?
というものです。
 このご紹介をいただき、早速、3月からおとどけさせていただいています。

 栄村は地震被災からの復旧工事をほぼ終え、いよいよ復興の段階に入っていますが、復興の柱は、集落の復興と農業を中心とする産業づくりです。

 農業では、中山間地域であり、かつ豪雪の地である栄村はやはり稲作が軸です。その丹精込めてつくったお米を幾重もの流通市場を介して販売するのでは農家の手取りは大きく減少し、持続可能な米づくりとはなりません。

 作る人と食べる人が直接に結びつくことこそが、栄村の米作りの持続的な発展=栄村復興を実現し、ひいては日本の農業を守り、育てていきます。
 それには、みなさまの口コミが大きな力となります。

 日常の会話の中で、「お宅はどんなお米を食べておられるの? わが家はとても美味しいお米を食べているわよ」といったご紹介をしていただけすと、大きな力となります。是非、よろしくお願いします。
              
お米のふるさと便り5巻6号(通巻54号)
発行:NPO法人栄村ネットワーク
    〒389−2702 長野県下水内郡栄村大字北信3950-5
    ☎080-2029-0236 FAX0269-87-2131
    HP:http://www.sakaeura.net/   mail:メールフォーム
振込口座 ゆうちょ銀行 普通口座 11120−12957551
     口座名義 特定非営利活動法人栄村ネットワーク
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