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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村復興への歩みNo.257

「地震から4年間ずっと通行止め、どういうことですか」
――五宝木住民の怒りの声


 6月11日朝、新しく出来上がった「復興への歩み」No.256を持って、まず五宝木集落を訪れました。
 以前からお知り合いの山田政治(まさじ)さん・セキさんご夫婦にお会いし、お茶のみをしながら、暮らしの様子など、さまざまな話を楽しくさせていただきました。



 小1時間ほどのお茶のみでしたが、話の後半で政治さんが怒りの表情を込めて話し出されました。
 
   「ここの道路は地震から4年間ずっと通行止めなんですよ。
    1年や2年ならわかります。でも、4年も経っているんで
    すよ」
 
 私はハッとしました。私も、「今年こそは極野から五宝木へぬけることができる」と思って春を迎えたのに、今春になっても通行止め。でも、その原因を深く追求することなく、この日も日出山線を走り、旧鳥甲牧場を通り抜けて五宝木に向かっていました。
 政治さんは、「私らがここで暮らしていることを忘れているんじゃないの」という趣旨のことも言われたと記憶しています。
 私は決断しました。
 「政治さん、わかりました。いまから道路の状況を見に行ってきます。かなり危険なところがあるかもしれないけれど、とにかく行ってみます」
 そこで見てきたものを写真入りで報告します。

今冬の雪崩で道路が塞(ふさ)がれ、電柱も倒壊
 五宝木から極野方向に道路を進み、山間(やまあい)の地帯に入っていくと間もなく、道路にそんなに大きくない落石が散在する箇所があります。そして、今冬期間中に雪崩等で土砂が道路へ流出したと思われる場所に遭遇しました。


写真1


写真2

 後に取材してわかりましたが、この地点の雪崩で電柱が倒壊したそうです。
 そして、その電柱が撤去されたのが、私が現場に行った日の前日、6月10日(水)のことだったそうです。雪が消えてからずいぶんと日数が経(た)っています。五宝木の人たちが森集落にある冬期間用の住宅を出て、五宝木に戻られたのは5月の連休の頃。それから1ヶ月強の日が経過しています。

 13日に2度目の現地調査に行った時に注意してみると、電柱が1本なくなった分、電線が低くなっていて、隣接する電柱とワイヤで結んで引っ張ってあるのが見えました(下写真。左手の黄色の線が電線。写真中央上から真ん中やや右へワイヤが貼られているのが見える)。


写真3

 この雪崩箇所は、電柱を含む倒壊物や流出物が撤去されたことで通行の障害はなく、また、よほどの大雨等がなければ、雪崩が発生した沢で土石流等がすぐさま発生する危険があるようには思えませんでした(もちろん、詳しい専門的調査は不可欠です)。
 
地震災害復旧の法面大規模工事が予算カットのため中断

 写真1の地点の後、2ヶ所ほど、道路面に雪の力で土砂や倒木が道路に流出したと思われる箇所が2ヶ所ほどありましたが、私が息をのんだのは次の写真4の場面に遭遇した時でした。


写真4

 見た当初に思ったことは、「1つの山が完全にぬけている。これじゃ、いつ大災害になるか、わからない。とても通行止めは解除できないな」というものです。誰が見ても、そう思うのではないでしょうか。
 この付近でかなりの枚数の写真を撮ったりして、極野方面にさらに進んだところで、周囲の状況等から、写真4の地点が昨年、法面工事が行われていた場所であることに気づきました。

 そこで、12日朝、県北信地方事務所の林務課に電話し、栄村の震災復旧工事等でよく存じ上げている職員の方からお話を聞きました。
 そこで、以下のことが判明しました。
   1. 法面工事は昨年度、今年度の2年にわたる計画
   2. 今年度、県が国に申請した予算が7割しか認められず、
    南木曽、御嶽山関連、昨年11月の神城断層地震関係の対
    策を優先させた結果、この箇所の今年度工事費用が確保で
    きなくなった。
   3. 今後の補正予算等での復活をめざしているが、現在のとこ
    ろ、予算確保の見通しはたっていない。

 工事が途中で止まってしまったのです。
 しかし、2年連続の工事を前提として、斜面はすでに木がなどは伐採され、地肌はむき出しになっています。
 私は、県林務課と電話で話した後、村役場の人とも話しましたが、この箇所について村役場が打つ手はありません。

 私はさらに、2つのことをしました。
 1つには、13日に再び写真4の現場に行きました。昨年6月30日に法面工事現場の山の上へ行った経験をふまえて、写真4の地点の山の上に行ってみました。


写真5


写真6

 写真4のいちばん上の方に芝を貼ったような緑の部分が見えますが、それよりも上の部分(写真4では見えないところ)では上の写真5のような工事が完成していました。これは今冬の大雪でも損傷を受けた様子はありません。この箇所を下り、写真4の急斜面の間際まで進んで撮ったのが写真6です。怖くて、これ以上は覗き込めませんでしたが、この下が写真4の地肌?き出しの急斜面です。
 また、極野〜五宝木間の道路に戻ってから、ある地点から見ると、写真6の右にあたる地点の山の上にブルーシートが張られているのが見えました。


写真7

 もう1つは、この法面工事に携わった方の意見を聴くことです。
 その方は、「もちろん危険です。大きな石が落ちる危険がある」と言われました。

さて、どうすべきか
 14日段階で私が確認したところによれば、村役場は、12日に道路に残る土砂等をきれいに片づける作業を行うとともに、担当者が五宝木地区を訪ね、「五宝木の人は通行してもらって結構です」と伝えてこられたとのことです。
 私も、晴天状況が続いているならば、落下している石に注意するなどすれば、通行はできると思います。また、13日に極野から五宝木にむかって車を走らせてみて、日出山−鳥甲牧場経由のコースよりも短い距離、短い時間で五宝木に行けることを改めて確認しましたので、なんとか「通行可」としたいと思います。
 しかし、法面工事が中断し、地肌が?き出しになっている写真1の地点に大いなる危険があることは否定できません。少なくとも、一定の雨量を超える時は通行止めにしないと安全は確保できないと思います。
 いちばんよいのは、なんとかして予算を確保し、工事を完成させることです。
 しかし、すぐにそうはならない現状では、県林務課、村役場、工事関係者、専門家等で充分に調査・協議してもらい、当面の安全確保策(降雨時の通行止めにする基準等を定める等)を決めてもらうことが最低限必要だと思います。

居住者少数の周縁集落を大事にする――村政の急務
 ひとまずの対策は上に書いたとおりですが、今回の五宝木の道路問題はそうした当面の対策を超えて重要な問題を突き出していると思います。
   居住者が少数で、しかも高齢化が進んでいる。そういう村の
   周縁に所在する小規模集落を村はどのように守っていくのか
という問題です。
 五宝木だけではありません。山田政治さんの口からは「坪野」の名前が何度となく出ました。「復興への歩み」では坪野集落の問題を何度となく取り上げてきました。役場にはそういうつもりはないかもしれませんが、震災後の対応では坪野は「忘れられた被災地」として扱われてきたことが事実の問題として否定できません。上水道の復旧工事が1年以上遅れた事実だけをとっても、そのことは明白です。
 そして、今回の五宝木、役場が五宝木を直接に訪れたのは政治さんらの声が役場に届けられてからです。
 これは個々の担当者の問題ではないと私は思います。
 村政、行政において、五宝木や坪野のような周縁・高齢化・少数世帯の集落に目が向けられていない(あるいは、目の向け方が非常に弱い)という問題だと思うのです。

 村民のみなさんも真剣に考えていただきたいと思います。
    「栄村は将来どうなるんだ? 人が減り、村はいずれなくな
     るんじゃないか」
 最近、村の人が集まる場でよく聞く会話です。
 事態は周縁地区から始まります。
 行政が行政としてなすべきことを充分にせず、さまざまな問題が個々人に委ねられてしまうとき、個々の人はあまりに大きな問題に対応しきれなくなり、個々が村を離れるという形でしか対応できなくなります。人数はまだ少ないですが、そういう事例を私は見ています。
 いまが、こうした問題に対処できるギリギリのタイムリミットなのではないでしょうか。


五宝木にたつ開拓記念碑(昭和21年4月入植とある)
 
築かれてきた暮らしの知恵・技に学ぶ、本当に創造的な村づくりを

 6月7日のことだと思いますが、冬の間、森集落の五宝木住宅で暮らす政治さんらとお付き合いがある森の人たちが五宝木を訪れ、政治さんの案内で山菜採りをされたそうです。
 五宝木の山菜の豊かさは栄村の中でも屈指のものでしょう。政治さんは90歳を超えられ、もう深い山に入ることはしないようにされていますが、最近まで山菜採りで随分と稼いでこられました。私が聞くところでは、とても良い山菜を採る知恵と技をお持ちだったことに加え、販売先として「いいものを、きちんとした値で買う」という販路の問題も自ら解決されていたようです。
 五宝木は冬は栄村の中でもいちばん厳しいものの、その名に「宝」という漢字が入っているように、恵み豊かな土地です。私はこの宝を現代にも活かせると思うのです。
 要は、村の中での位置づけ、施策のあり方です。たとえば、「復興支援員」や「地域おこし協力隊」の制度を村が使うのならば、少なくとも1人(1家族が望ましいが)、「五宝木の宝を活かすことに挑戦する」という募集をするというような発想法があって然(しか)るべきだと思います。


キャラブキ(セキさん手作り)


タケノコ、手作りコンニャク、揚げの煮物(セキさんの手作り料理)

被災地の5年後、10年後を総合的に見守るシステムが必要             
 もう1つ、提起しておきたいことがあります。 
 五宝木への道路の法面工事が予算カットで中断に追い込まれたのは、震災から5年目を迎え、少なくとも国にはもはや栄村を被災地として見る眼がなくなっていることの現れだと言わねばなりません。

 話が飛ぶようですが、中条川で現在行われている災害復旧工事の多くは、「平成25年度台風災害の復旧工事」であって、4年前の地震による山の崩壊・土石流の発生に対する復旧工事ではありません。地元ではそういう区別なく、災害復旧工事として受け止めていますし、県の担当者も予算の確保方法としてそのように命名しているだけという面もあるかもしれませんが、震災からの復旧(復興)を5年、10年の単位で見るという考え方が国にはないことは明瞭です。県もまた、「栄村の震災復旧は基本的に済んだ」という見方であり、いま、県に栄村の震災復旧(復興)問題を総合的に検討する場はないといってよいのではないでしょうか。村では、「震災復興計画」でそういう総合的な検討をする場として「復興推進員会」(仮称)の設置を求め、そういう名称の委員会はたしかに設置されましたが、「復興計画」が求めた機能を果たしているとは言い難い現状です。
 震災のもたらしたダメージは4年、5年を経る中でじわーっときいてくるもののようです(ボクシングのボディーブローのような感じ)。五宝木の道路問題はそういうことも突き出していると思います。


 今号は五宝木の道路問題を知って、「1日、11日、21日の定期発行」のスタイルを崩して16日付で発行しました。内容は五宝木の道路問題だけで、字数も多く、ちょっと読みづらいという方もおられるかもしれません。時にはこういう号もあるものとご了解ください。
 最後に、15日に野々海で撮影した写真をご紹介します。


池面の雪は消えました。


ミズバショウの開花が進んでいる東窓の湿地です。


イワナシの花です。その左下に「小さなナシ」のような実も見えます。
(前号で「イワナシ」として紹介したものは正しくは「アカモノ」(別名イワハゼ)でした。お詫びし、訂正します)


<次号の発行予定について>
 16日付号を発行しましたので、21日の発行はありません。次号を7月1日とするか、それよりも早めるかは未定です。

27日夜〜28日朝、横倉踏切が通行止め

 何ヶ所かに看板が立っていますが、27日夜9時から28日朝6時まで鉄道関係工事のために通行止めになるそうです。ご注意ください。


青倉トンネル〜横倉トンネルの約2km、片側交互通行に(24日から)


 国道117号線の森〜平滝間の随所に看板が立てられていますが、青倉トンネル〜横倉トンネル間の約2kmが24日から約3ヶ月弱(12月10日まで)、片側通行規制になります。北信建設事務所によると、トンネル内の内壁の震災によるズレ等を修復するそうです。
 国道117号線は現在も平滝地区、青倉地区などで片側交互通行規制になっていて、信号待ち(最大約2分45秒ほど)の車の長い列ができていますが、青倉トンネル〜横倉トンネル間の約2kmということになると、信号待ちに相当の時間がかかるものと思われます。
 お出かけの際は、かなりの時間的余裕をもって出かけることが必要になります。


 上は青倉トンネルを森方向にぬけたところでの片側交互通行による停止場からの撮影。長野方面に向かう先頭車が来たところですが、写真右奥に栄大橋を渡り始めている車が見えます。相当に長い車の列です。

国道117号線の現在の状況

 国道117号線では栄大橋の復旧工事の他、この間ずっと、舗装工事が行われています。
 西の方から始まり、白鳥地区はもう完了し、現在は平滝地区、青倉地区の北沢橋〜青倉橋区間などで片側通行規制で舗装工事が進められています。(写真はいずれも20日撮影)

* 平滝地区
 現在の平滝地区の国道117号線の様子です。


 平滝地区ではこの他の区間もまだ下地の舗装は終わったものの、仕上げは済んでいないところが大半と思われ、いましばらく片側通行規制が続くと思われます。


上写真は白鳥大橋を渡って平滝地区に入ったあたり。舗装面がまだ低く、これから仕上げ舗装が行われるように思われます。


 平滝郵便局前を過ぎ、白鳥大橋に向かうカーブのところでは道路脇の擁壁工事が行われていて、短い片側通行区間があります。
 
 
* 白鳥地区

 白鳥地区の国道117号線はすべて工事が完了し、非常に走りやすい道路状態になっています(上写真)。

奥志賀公園栄線の復旧工事状況

 先日、泉平地区で配布された「こうじだより」を拝見しました。箕作から奥志賀へぬけられる奥志賀公園栄線の復旧工事のお知らせです。
 「泉平(4)工区」、「大沢(1)工区」、「大沢(2)工区」の施工延長計971mなのですが、施工期間が「平成24年9月6日〜平成25年8月21日」となっていて、とても長期間の工事であることに関心をもち、19日、工事業者さんの許可をいただいて現場を見てきました。




 泉平の集落内の道を抜けて奥志賀公園栄線に合流した先の地点で通行止めになっています。


 上は道路の路肩が崩れている箇所の1つ。「泉平(4)工区」の一部と思われます。道路下の大沢を見た様子が次頁左上の写真です。

 
 右の写真には、栄村から野沢温泉村に入ることを示す標識が見えます。この手前が「大沢(2)工区」にあたると思われます。道路にかなり亀裂が入り、傾きも見られます。


 この先、上ノ平にぬける所までひたすら走り続けました。すると、路肩の工事が完了している箇所が随分と多く見られました(上写真)。上ノ平近くの工事事務所前でこのあたりの施工を担当されている本木建設の方にお尋ねしたところ、「冬が来る前に工事は終わらせる見通し」とのことでした。
 先の泉平〜大沢間とは工期がずいぶんと異なるので疑問に思い、北信建設事務所に尋ねてみました。すると、「1本道で1箇所で工事を始めると、他の工事箇所に工事車両が入れなくなるので、いくつかの工区に分け、工事発注時期をずらしている」とのことでした。
 なお、この道路は11月初旬から冬期閉鎖される路線ですので、「平成25年8月21日まで」とはいっても実際の施工期間はかなり短いようです。
 

 なお、この奥志賀公園栄線、ひたすら山の中を走りますが、時折ひらける景色(眺望)に素晴らしいものがあります。上の写真はその一例です。見えているのは千曲川対岸、上桑名川あたりの棚田です。実際に見える眺望はもっとワイドで素晴らしいのですが…。〈観光〉の視点から改めて取り上げたいと思っています。

中条橋の工事は新段階に

 20日午前、中条橋の復旧工事現場を訪れたところ、現場のよく見える箇所から撮影することを許可していただけました。
 旧橋の撤去作業が完了間近となり、河床部分では新しい橋をつくるための基礎作業が行われていました。中条川の水の流れは、コルゲート管というものを埋め込んで、その中を通すそうです。
 

 落下した旧橋はもうほとんど残っていません。写真右下に人が二人、小さく写っていますが、その部分をクローズアップして撮ったものを次にご覧ください。

 
 詳しいことはわかりませんが、新しい橋のための基礎工事が始まっているようです。
  
 中条橋の国道側手前には、切断されて引き上げられた旧橋の残骸がいくつも見られました。

 


 こういう写真はあまり見たくないという方もおられるかと思いますが、1つの記録としてとどめるために紹介・掲載しました。

千曲川の堰堤工事(平滝)

 平滝集落の千曲川左岸では震災で地滑りが発生し、住宅にも大きな被害を及ぼしたと聞いています。その箇所での堰堤工事が進められています。その様子を対岸から撮影しました。


 写真右上方に平滝のガソリンスタンドが見えます。
 千曲川の流れの中に岩・石ではなく、コンクリート構築物が破損した残骸と思われるものが見えました。

栄村復興への歩みNo.173 (通算第207号) 9月18日

よかったですね、泉平への道路舗装が完了


 16日午後、久しぶりに村内のいろんなところを廻ってみようと思い立ち、泉平への道を進みました。「今日は日曜日だから通行止めはないはずだけど、まだ舗装工事が終わっていない箇所はどのあたりかな?」と思いながら山道を上っていくと、とうとう泉平に入る道とカヤノ平に通じる林道との分岐点まで着いてしまいました。
 舗装工事はすべて完了していたのです。
 そして、道路脇に1枚の看板を見つけました。「9月7日より常慶院様から泉平区の間が通行できます」と書かれています。
 7月に舗装工事が始まったとき、工期は「7月2日〜10月10日」とされていました。1ヶ月以上も早い工事完了です。工事関係者がとても頑張ってくださったのですね。感謝! です。
 泉平の人たちの苦労が軽減されて、本当によかったです。箕作に近い地点2ヶ所で路肩を修復する工事が残っていて、平日は片側交互通行規制がありますが、「全面通行止め」とは大変な違いです。
 泉平で出会った85歳のおばあちゃんが話しておられました。
 「農協の納涼祭があったとき、迎えに来てもらって行ったんだけど、箕作への道が通行止めで月岡の方に出て、大変だったんだよ。納涼祭は楽しかったけど。泉平に来て60年以上経(た)つけれど、あんな道は初めて通ったね」
 このおばあさん、私が車を停めて田んぼの写真を撮っていると家から出て来られて、いろいろとお話くださいました。アスパラ畑を5反ほどお一人で今もやっておられるそうです。田んぼは人に頼んでいるとのことでしたが、その田んぼのあたりから撮影した写真は次頁をご覧ください。この広い田んぼ、私が大好きなポイントの1つです。




田んぼ側から集落を眺める


田んぼの上を飛ぶアキアカネをカメラで追いかけました
 

東大滝橋横の復旧工事現場


 東大滝橋の横の崖が地震で大きく崩れた被災箇所についてはこれまで何度かレポートしてきましたが、28日の栄小親子ラフティングの取材の際、工事現場を河原から見ることができました。
 ちょっと気になったのですが、復旧工事は上の部分だけで終わってしまうのでしょうか? 下の崖が大きくえぐられている部分もなんとかしてほしいと思うのですが…。


栄村復興への歩みNo.158 (通算第192号) 7月16日


泉平の通行規制をめぐって

 前号のレポートを泉平に配りに行ったスタッフの山内拓也さんから、「泉平が道路の舗装工事に伴う通行規制で困っている」との報告を聞きました。


 施工業者から配布されたチラシを見ると、7月2日から10月10日の間、
午前8時〜10時、午前10時15分〜正午、午後1時〜3時、3時15分〜午後6時
の時間帯は、箕作〜泉平間で全面通行止め箇所が発生するというのです。
 泉平集落には業者からのお知らせと役場からの説明があったそうですが、箕作集落には当初は説明がなく、箕作〜泉平間の田んぼで耕作をされている人たちが困られたようです。


● 月岡を経る迂回路について

 先週までは、舗装工事の区間が箕作から上がって最初のカーブのあたりまでだった(下の写真が舗装工事完了箇所)ので、常慶院の横をぬける道が迂回路として使えたようです。

 しかし、今週(7月17日〜)以降は、常慶院横の道から箕作〜泉平間道路に出た地点よりも上が工事区間になるため、箕作〜泉平間の昼間の通行可能時間は、午前10時〜10時15分、正午〜午後1時、午後3時〜3時15分の3回計1時間半だけに限られます。
 この事態に直面して、泉平の人たちの中から上がったのが「月岡に出る迂回路は使えないか」という声です。ただ、「月岡側で工事をやっていて、通れないのでは?」という不安があるといいます。
 そこで、14日、その迂回路を軽トラで実際に走ってみて、迂回できるかどうかを確認してきました。

 上の写真は、箕作から上がってきて、まっすぐ行けば奥志賀に通じるスーパー林道、右に曲がると泉平方向という分岐点ですが、ここに左折する道があります。それが月岡に通じる道なのですね。つまり、三叉路になっています。

 軽トラで走った際の写真を3枚、紹介します。
 
三叉路の近くにて       

     
まだ周辺に畑もあり、簡易舗装も残っている



鬱蒼たる森の中               


月岡の道路に出るところ

 月岡の道路に出たところには、「工事中」の看板が立っていますが、実際に工事が行われているのは、この地点よりも山の上の方で、月岡集落に下りていくには支障ありません。
 つまり、泉平から月岡に出る迂回路は使えるということです。
 ただし、平素はほとんど使われていないようで、ワダチがかなり深く掘れていて、道路真ん中には草が丈高く生えている、道路脇の草木も伸びていて、車体に触れる箇所もあるという状況で、軽トラなら大丈夫ですが、普通車は利用を控えた方がいいし、軽自動車でも車高があまり高くないものは傷がつく恐れがあると思われます。
 月岡の道路に出る地点は、いま、草木が繁っていて川は見えませんが、かなり大きな川の流れの音がします。
 なお、月岡の道路工事箇所は、この出口よりももう少し上で、下の写真のような様子です。






●非常時の迂回路としても重要。この際、一定の整備を
 この泉平から月岡に出る道路、地図を見ると、「幅員3.0〜5.5mの道路」として表示されています。箕作〜泉平間の道路と同じクラスの道路と同じ表示なのです。
 使用頻度が低く、舗装はなく、周辺の草刈り等の手入れも行われていないので、実際の感覚としてはとても「幅員3.0〜5.5mの道路」とは感じられないのですが、立派に道路として通用する基礎的条件を備えているのです。
 今回の箕作〜泉平間の通行規制に先だって、この道路を代替道路として使えるように、役場で1〜2日でできる程度の整備作業をやってくれるとよかったと思います。
 さらに、地震等の非常時に備えて、この泉平〜月岡間道路を、現在は迂回路がない泉平集落の安全を確保する道路ネットワークとして常時、整備しておくのが望ましいのではないかと思います。