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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村復興への歩みNo.267




 冒頭の写真は、雑魚川の三段の滝です。多くの人から「素敵!」という言葉をいただいています。
 10月6日に撮影しました。上・中・下の三段の全体像を撮影できたのは初めて。いつもとは異なり、清水小屋入口から大滝口の方に向かって歩いたので、今まで気づかなかった撮影ポイントを発見できたのです。ただし、超危険なところです。「もう一回撮れ」と言われても無理かもしれません。
 
 さて、今号は「情報発信」についての特集にさせていただきます。

「『栄村って、情報発信が下手だよね』という話が出たんですよ…」

 最近、村の観光業関係者とお話していて、先方から出た言葉です。確かに、そのとおりだと私も思います。
 でも、「下手だ」と言ったからといって、現実が変わるわけではありません。「下手」なのは何故なのか、いや、そもそも情報発信とは何なのか、を考える必要があると思います。

情報発信のために、どんな作業をするか
 「プロに頼めば、いい情報発信ができる」と思っている人がおられるようです。そうでなかったら、コンサル的な会社に年間数千万円ものおカネを3年間にわたって支払うという馬鹿げたことをやるはずがありません。9月30日で終わった3億円事業のことです。
 そこで、まず、情報発信にはどんな作業が必要なのかを考えてみたいと思います。



 上の写真、私のパソコンのデスクトップ(パソコンの画面)を写したものです。
 2つのフォルダ(情報データの保存袋のようなもの)が開いています。左は「2015_10_06」というタイトルで、10月6日に撮影した写真のデータがすべて入っています。写真は全部で1,444枚。
 右のフォルダは「151006選抜」というタイトル。1,444枚を漠然と見つめていても、秋山の紅葉に関する情報発信はできないので、その1枚、1枚を見ながら、「これは使いたいな、使えるな」と思う写真をピックアップして、そのコピーをこの「選抜フォルダ」に収める作業をしているのです。
 結局、153枚をピックアップしました。ただし、「一気にすべての作業を一晩でやるのは無理」と考え、雑魚川沿いの遊歩道(奥志賀渓谷コース)を歩いた時の写真に限定した選抜作業にしました。1頁の「三段の滝」の写真もこの作業で選び出したものです。
 この日、秋山へ出かけたのは午前9時頃。帰ったのは午後5時すぎで、選抜作業は夕食を挟んで、午後8時すぎに終わらせました。


「吊り橋」から撮った1枚

写真アルバムの原稿作り
 「6日の夜のうちに、雑魚川沿いの遊歩道を歩いた記録を情報発信しよう」。これが、私がとりあえず設定した目標・課題。こういう情報はやはり鮮度が一番ですから。
 雑魚川沿いを自分で歩いたのですから、どんな場面がいいか、自分の頭の中にイメージがあります。
 まず、2つのことを決めました。
 1つはタイトル。「紅葉の中での最高のトレッキング」です。
 2つは、「歩いたコースの順にしたがってアルバムを編集する」こと。
 文書を作成するソフト、WORD(ワード)を開いて、「紹介しいたな」と思う写真を順に取り出して、文書に貼り付けていきます。ちょこちょこと最小限の説明の言葉も入れます。
 原稿作りの途中で工夫したことが1つ、ありました。「ただ、時間の順序で紹介するだけではインパクトがないな。1頁目に最もいい写真をおこう」。これです。本号の1頁の写真をアルバムの先頭におきました。これはよかったですね。
 地図も入れました。これで、「廻り逢いの滝」とか、「吊り橋」というような名前が出てきても位置がわかります。



 最後にやったことは、ひとまず出来上がった段階で試し刷りをして、1枚、1枚の写真の大きさ、配置をチェックし、修正すること。
 ここまでを午後10時頃までに終わらせました。
 あとは、ブログ、facebook、twitterへのアップ(掲載)。夜10時からは、見たいTVドラマがあったので、見逃さないように9時から小さな音でTVをつけていました。たしかに10時になったら音を大きくして、ストーリーは聞こえていましたが、映像を見ることはほとんどありませんでした。まあ、仕方ないです。仕事優先です。

翌朝、起きてすぐに写真の微調整
 翌朝、印刷したものを見直しました。「なんとなく全体が沈んだ感じがするな」。


調整前の写真


調整後の写真

 写真は、パソコンの画面で見るのと、印刷したものでは色具合や明るさが異なります。パソコンとプリンターで色の構成要素が異なるためです。
 それで採用した写真のデータすべてに調整をかけ、WORDに調整済の写真を張り付け直す作業をしました。作業自体は難しいものではありませんが、手間がかかり、面倒です。   情報発信は「内容がよければ、それでよし」ではありません。見る人がパッと見た時に、「いいな」と印象づけられるものでなければなりません。

1枚の写真を得るために、1日8時間〜4時間、現場へ出かける
 6日は、秋山に行くのに、国道405や日出山線、あるいは村道鳥甲線ではなく、箕作・泉平からスーパー林道を進み、カヤノ平を経て秋山林道に入るコースを選びました。
 後者は前者よりも距離が長く、時間は1時間以上長くかかります。「復興への歩み」の配達の仕事などがありますから、短時間コースを採用すればよさそうなものですが、あえて時間がかかるほうを選びました。「秋山の紅葉は、志賀高原(カヤノ平)方面から切明に向かうコースの方がより綺麗に、ダイナミックに見える」というのが定説です。私が8年前に秋山の紅葉を初めて見た時も、そのコースでした。6日は結局、8時間を要しました。
 
 私はその前日の5日には野々海に出かけています。これは8時半から12時半の4時間を
要しました。出かける前は「2時間程度」と思ったのですが、野々海で出会った紅葉見物の人たちと20分ほど、立ち話をしたり、野々海のポイントというポイントをすべて廻ったからです。
 1つのポイントは、野々海池の裏手、旧大島村への林道を走り、野々海峠まで行くことです。ここも廻るとなると、時間を喰います。時には略します。
 でも、5日の日、ここに廻ることでとても大きな収穫を得ました。次の写真です。



 野々海峠から撮影したものですが、日本海がはっきりと見えています。写真左側の中ほど、白い建物が見えますが、上越の火力発電所です。そこから先の青いところが一面、日本海です。先日、北陸新幹線の車中から見た日本海も綺麗だったですね。春や夏よりも秋の方がいいようです。
 山村の栄村を訪れ、紅葉を見て廻っていたら、日本海に出会えた。こんな驚きと喜びは類例がないものでしょう。
 ともかく、栄村の中を時間をかけて歩き廻る。これが情報発信のために欠かすことのできない要件なのですね。
 
「そもそも、何を情報発信するのか?」という問題意識
 9月17日に開催された3億円事業の報告会で、事業委託先のJTBの人が「Webページの充実」を事業の最大成果の1つとして強調されました。
 たしかにおカネがかけられました。観光協会のHP(ホームページ)のリニューアルに150万円ほど。振興公社の「笑顔プロジェクト」はそれとは別予算。JTBに年間1千万円(3年間で計3千万円)からの委託費が支払われました。
 「笑顔プロジェクト」とは、村民の笑顔の写真を1日1枚撮影し、ネットに掲載するものです。「他に類例がないプロジェクト。村の人の笑顔を見た人は感激する」。
 たしかに、笑顔、いいですね。
 でも、「笑顔」を見た人が、「いいなあ。この人に会ってみたい」と言って来られたら、どうするのでしょうか?
 それはともかく、ホームページで「見る」という欄を開いてみても、あまり魅力ある情報が出てきません。いつ開いても同じもので、たとえば、いまの時期、紅葉についての最新情報がほとんど見られません。ホームページとリンクしたfacebookで少し出ていますが、情報発信のために時間をかけて取材したという感じはしません。これはfacebookの記事を書いた人の問題というよりも、情報を集める=村内のいろんな所を時間をかけて廻り、色んな景色を撮影し、ホームページを開く人びとが欲しいと思っている情報を発信することに十分な人と時間を投入することが観光協会や振興公社では行われていないからでしょう。
 
人はどんな情報を求めているのか
 栄村を訪れる人、訪れようとしている人はどんな情報を求めているのでしょうか。
 連休などに人で溢れる「道の駅」の様子を観察すると、観光地図とにらっめっこしている人が多く見られます。栄村を含む信越境一帯でよさそうなところを探しておられるのですね。


これはいい地図だが、設置場所が目立たない所

 いまの紅葉の時期であれば、「素敵な紅葉が見られるところはどこかな?」と思っておられる人が多いことでしょう。
 しかし、たとえば「紅葉の野々海」、栄村関係の観光パンフレットにはほとんど何も出ていません。情報さえあれば、もっと多くの人が訪れてくれます。
 また、「秋山郷」は有名ですが、「いま、秋山のどこに行けば見頃なの?」、「どういうコースで行けばいいの?」と思っている人がたくさんおられます。その証拠に直売所や物産館の店員さんがよく尋ねられています。しかし、「道の駅」にははっきりわかる形で秋山郷へのコース地図を掲示していないのですね。下の地図は秋山郷の道などがよくわかりますが、この地図板が設置されているのは切明・雄川閣のそば。117号線沿いにこそ、こういう地図が欲しいものです。



 これらのことが示しているのは、「人びとはどんな情報を求めているのか?」ということを頭に思い浮かべながら、情報を作り、発信するという姿勢の欠如ないし希薄さということだと思います。

何が“栄村の売り”なのかを考え抜く



 上の写真は、10月6日撮影で紅葉がまだ十分進んでいませんが、秋山林道沿いのミズノサワです。志賀高原方面から秋山郷に向かうコースで最大の見せ場です。下はその場所で7月30日に撮影したもの。この残雪は衝撃的で、発信したところ、全国のみなさんから多くの反響が返ってきました。



 こういうものこそ“栄村の売り”だと私は思います。しかし、栄村ではまったくと言っていいほど発信していません。他方、志賀高原のホテルはちゃっかりお客さんをここに案内しています。
 今回の話はここまでにしますが、“情報発信”について真剣に考えなければならないと思う次第です。

<お詫び>
紅葉撮影に時間が取られ、配達が遅れています。ご容赦、お願いします。
 

‟情報”をどう扱うか。それによって地域の値打ちが大きく変わる

1つのエピソード
 1週間ほど前のことですが、「ある農産物を産直販売したい。ついては、それに関連する写真を提供していただけないか」という問い合わせのお電話をいただきました。
 もちろん、私の回答は「OK」です。
 数日後、お会いして色々とお話しましたが、私が驚き、かつ感激したのは、お相手の方から「有償でお貸しいただきたい」とのお申し出があったことです。感激したのは、「有償」のお申し出を受けるのは初めてだったからです。


提供する写真の1枚。6月7日撮影の野々海池

 私は震災以降、さまざまな方面から写真の提供をはじめ、さまざまな情報提供を頼まれます。TV番組で私が撮影した写真が使われることもよくあります。基本的に無償です。先方に公共性がありますので、「無償は当然」と考えてきました。

 でも、スマホでいい写真が撮れるようになった昨今、写真って簡単に撮れるようにも思われていますが、じつはそうではないんですよね。
 私は「青倉米」の直売事業に関わっていますが、お米の魅力を高め、一度つかんだお客さまをぎゅっと掴み続けるには、お米と産地についての素敵な情報をお届けし続けることが大事です。そのためには、何時間もかけて田んぼや山を歩き回り、数百枚、いや1千枚近い写真を撮り、その中から求められている情報にピッタリの写真を数枚選び出すという作業が必要になります。



 上の写真は青倉米の関係者から好評を得たもので、昨年9月7日の昼前に西山田の田んぼで撮影したものです。朝8時すぎから正午過ぎまで約4時間、いろんなところを歩き回り、473枚の写真を撮ることで得られた1枚です。

「どんな情報が求められているか」を考えることが必要
 7月10日にオープンした「直売所かたくり」で真っ先に人気を呼んだのはアスパラでした。
 滝沢総一郎さんのアスパラのそばには朝採りの様子を写した写真のパネルが掲げられました。下に掲載のものです。



 総一郎さんとのお付き合いをふりかえると、どうも総一郎さんは写真を撮られることがあまりお好きではないようです。何度も通い、いろんなお話をする中で、写真=情報の必要性についてご理解をいただき、各種写真の撮影をお許しいただきました。
 アスパラをお買い求め下さったお客さんの中に、「へぇー、アスパラって、こんなふうに生えているんだ」と、とても感動された人が数多くおられます。
 農産物、加工品、そして観光。栄村のものの売上げをどしどし上げていくには、《お客さまにアピールできる情報はどんなものなのか》をよく考え、それに合った情報を形あるものにする必要があるのですね。
 
栄村に情報産業を創り出す
 いま、日本と世界で最も成長を遂げている産業の1つは情報産業と呼ばれるものです。
 しかし、栄村にはそれが存在しません。そのため、東京などの大手企業に委託をして、巨額のおカネを支払うということが頻発しています。そのために、村のおカネがどんどん大都会へ流出していきます。もったいない話です。
 「村民のみなさんと力を合せて、栄村に情報産業を創り出し、栄村の情報発信力を高め、栄村と栄村産品の値打ちを高めていく」。私がいま最も強く願っていることです。

 

栄村復興への歩みNo.243

発刊から間もなく満4年になります
 「栄村復興への歩み」は発刊から間もなく満4年を迎えようとしています。
 第1号を出したのは地震当日2011年3月12日の夜でした。本号のタイトルで「通算第277号」と表示しているのは、この2011年3月12日夜のレポートから数えて277号目になるということです。
 当初は、「知り合いの人たちに栄村の震災の状況をお伝えしたい」という気持ちでとりあえず発信しました。まさか4年間も続けることになるなどとはまったく想像していませんでした。



 昨年秋、2011年8月後半から昨年9月末までに発行したものを合本にしました。三井物産環境基金という民間基金のご助成をいただいて制作したものです。2011年3月〜8月中旬の分は2011〜12年に県の「元気づくり支援金」で合本化していました。それも合わせると全部でなんと11冊になりました(上写真参照)。日々の積み重ねというのは凄いものだと改めて感じました。

目標は10年間です
 さて、間もなく5度目の「3月12日」がやって来ますが、「栄村復興への歩み」は震災から満10年の2021年3月12日まで発行し続けたいと考えています。昨秋、「中越大震災10周年」でいろんなニュースが流れましたが、大きな地震からの復興は“10年”が1つの区切りとなるだろうと思われるからです。
 ただ、私(松尾)も年々、歳を重ねていきます。本当に10年間続けられるだろうかという不安はあります。実際、今冬は厳しく、昼間配達に廻った後、夕食後に編集等の作業を行うことがきつくなっています。「体あってのことだから、マイペースでやることが大事よ」と優しいお声をかけて下さる方がたくさんおられます。「10日に1回」の発行を基本に、「継続を第一に」を心掛けて踏ん張っていきたいと思います。春を迎えれば、また楽になる面もあるでしょうし…。


雪囲いの中のポストに「歩み」を入れてきました(1月3日、切欠にて)

“むらの暮らし”の中に復興、そして村存続・活性化の鍵があると思います
 「合本」で振り返ってみると、「復興への歩み」の内容には時間と共に変化があると自分でも思います。地震の被害状況の写真、復旧工事の様子などが主だった時期がかなりに期間ありました。
 いまでは、むらの日常の暮らしの様子や風景が話題の中心になっています。
 前号ではTOPに中条地区の道祖神祭りの記念写真を掲載しましたが、じつは中条のみなさんには「アルバム:中条の道祖神」や「白山さまの雪掘り」というものをお配りさせていただきました。昨年はたとえば「楽しかったですね、雪上運動会」というタイトルの平滝集落だけに配布の号外を作成したこともあります。


白山さまの雪掘り(1月18日)

 中条の道祖神にしても平滝の雪上運動会にしても、参加者は高齢者が圧倒的に多く、「あと何年続けられるか」という不安を口にされる方も多くおられます。もっともな心配だと思います。25日午後、SBCテレビで旧大岡村の芦ノ尻(あしのしり)という地区の道祖神祭りを紹介する1時間番組がありました。お正月の注連飾りを持ち寄って道祖神の顔を作るという行事なのですが、地区の居住者は高齢者ばかり。若い人は中学生が一人いるきりです。地区の高齢の方は「明治の初めから続けてきたが、人がいなくなれば終わりじゃ」と言っておられました。
 でも、こういう祭りにスポットライトが当てられたこと自体、日本の社会のものの考え方が少しずつ変わり始めていることを表しています。「田舎」、「山村」の暮らしや伝統・文化の値打ちが見直されつつあるのですね。

 そこで大事なってくるのが、むらの暮らしの様子などを写真に撮ったりして、「私たちはこんなふうに暮らしているんだ」と意識し、そして日本中(いや、世界中に)発信していくことだと思うのです。そこにきっと変化、しかも大きな変化が時間をかけて生まれてくると思います。


雪を流水溝に入れて片付ける。志久見の小山恒夫さん(今年80歳、お顔は下写真)


 私は幸か不幸か「外者(そともの)」です。栄村で暮らし始めて9年目、ものの見方、感じ方がだいぶ“村(むら)色(いろ)”に変わってきている面があるように思いますが、やはりむらの人にとってはあまりにも当たり前のことなので、「値打ちがある」とは思われないことに大きな値打ちを見つけることができるという面があります。むらのみなさんのお力をお借りして(たとえば、写真を1枚撮らせていただくことなど)、そういうものを発信していきたいと思っています。
 随分と気長な話になりますが、日々、そういうことを積み重ね、村の存続・活性化に少しでもお役に立てればと思っています。

「発行の資金はどうしているの?」というご質問
 配達でみなさんにお会いすると、「ご苦労さま」と声をかけて下さいます。なによりも励ましです。それとともに、最近よく尋ねられることがあります。「印刷の紙代・インク代、それにガソリン代など、ずいぶんとお金がかかるでしょう。資金はどうしているの?」ということです。

 不思議に思われて当然ですね。私にはお金があるわけではありません。震災当初は全国の方々から頂いた義援金や県の「元気づくり支援金」で経費を賄うことができました。また、昨年9月一杯は先に言及した三井物産環境基金の助成金のご支援をいただきました。
 しかし、現在はそういう助成金の類はありません。そうなるのを見越して、昨年初めに「栄村復興への歩み発行協賛金」というものを村内外のみなさんにお願いしました。一口500円の寄付金です。貴重な年金から一口をご寄附下さる高齢者、4口2千円あるいは10口5千円や多い方は20口1万円をご寄附くださった方もおられます。お陰さまで三井物産環境基金助成金では賄えなかったガソリン代、昨年10〜12月の印刷経費等を賄えました。


この車で配達に廻っています(小滝にお住まいだった加藤さんからの贈り物です)

 2015年を迎えるにあたり、昨年末に「2015年発行協賛金」のお願いを発出するつもりでしたが、私も参加した「小谷村・白馬村支援基金」を訴えていた最中でしたので、お願い発出を遠慮しました。しかし、今年のこれからの発行・配達のためには協賛金をお願いすることが必要になってきています。

 私の「栄村復興への歩み」の発行に関するポリシーは「むらの人全員に無料で読んでい ただく」ことです。そういう“誰でも読める新聞”が必要だと考えるのです。ですから、「購読料」というものを設定するつもりはありません。あくまでも、「歩み」の発行趣旨にご賛同下さる方々からのご寄附で成り立たせていきたいと思っています。

 いま、約700軒を廻っています。そのすべての方から4口ずつ(2千円)ご寄附いただければ計140万円になります。印刷機の維持費用等を含めると年間約180万円が必要という試算結果が出ていて、少し足りませんが、一つの目安にはなります。しかし、先にも書きましたとおり「購読料」ではありませんので、全員にお願いすることはできません。ご共感と一定の額のお金の余裕のあるお方に発行協賛金へのご協力をお願いする次第です。
 昨年は10月末までに117名の方々から計91万3,616円のご寄附をいただきました。2015年はその約2倍を目標とするわけですが、最近も口座に振り込んで下さる方、直接手渡しして下さる方が続いています。
 協賛金の趣旨をご理解いただき、ご協力を得られればと願っております。ご質問等がございます場合は、携帯電話で申し訳ありませんが、080−2029−0236までご連絡いただければ幸いです。

集落の共同作業等の記念写真を撮らせていただきます
 先ほど、「アルバム:中条の道祖神」のことを書きましたが、集落のお祭りや共同作業の様子の写真を撮影するサービスを無料でさせていただきます。是非、お申しつけください。それがむらの暮らしの発信につながり、「栄村復興への歩み」の充実にもつながります。是非、お声かけください。
 
 
白鳥集落の収穫祭の様子(昨秋11月3日)


* 小滝の祭り当日の「若者・帰省者等ワークショップ」から



 16日昼前、夜のちょうちん行列などの準備に公民館に集まった小滝の若者、帰省者などが集まり、小滝の将来を考えるワークショップが1時間半ほど開かれました。
 20歳代の若者・帰省者だけでなく、小学生の子ども(帰省中の子どもを含む)、赤ちゃんを抱える若い夫婦の帰省者なども参加する集まりです。
 ワークショップの前半は「小滝のいいところ、好きなこと」というテーマ、そして後半は「小滝の好きなとこをこれからも続けていくために」と題して、参加者それぞれが「自分は○○します」と宣言するという試みです。
 その中で、東京や長野などで働く小滝出身の若者から、つぎのような「宣言」がつぎつぎと出てきました。

 
  


 村のことを、都市部の職場の同僚や友人にどんどん伝えたいという気持ちを強く持っているのですね。上の写真に「小滝新聞をもっと」とあるのは、復興プロジェクトチームで発行している「小滝通信」をもっと頻繁にたくさん出してほしいという要望です。
 村外にいる若者が栄村をアピールするにも、村からの情報発信が必要だということですね。
 でも、「小滝通信」にしても、発行する側からすれば、かなりの労力、ズクが必要です。また、集落によっては、「小滝通信」のようなものを作成できる人材がさしあたり簡単には見つからないという場合もあるでしょう。
 そこで提案です。

 1つは、情報発信手段の多様化で、いま流行りのface bookなどを活用することです。参加者を集落出身者に限定するなどしたら、かなり気楽に情報発信をできるのではないでしょうか。最近は村内の人もスマホを所持しているケースが目立ちますので、ちょっとした工夫、努力で可能になるのではないでしょうか。

 2つは、村情報発信センターのようなものをつくり、そこに直接電話で、あるいはメールで、伝えたい村情報を知らせれば、センターでそれらの情報を整理して、ブログやface book、twitterなどを使って、かなり広範囲な人(村出身者)に伝えるというシステムを構築することです。世話役をやろうという人が少なくとも一人いれば、可能になることです。
 いかがでしょうか。とくに若者にこういう取り組みをしてほしいなと思います。

* 『震災と過疎を越えて』が発刊されました


 8月2日、私のこれまでのレポートを整理・編集した本、『震災と過疎を越えて』が川辺書林から発刊されました。
 川辺書林の久保田社長さんからお声をかけていただき、出版に至ったものです。出版事情が厳しい中での出版で、久保田社長さんの栄村復興支援の強いお気持ちが本当に有難いです。
 県内の出版社ですので、県内の書店のほとんどで販売されています。村内でも森宮野原交流館や道の駅、トマトの国などで委託販売されています。
 復興が本番を迎える中、栄村への理解と支援を広げるのに役立つものになれば、と願っています。

amazonの通販でも取り扱っています。
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=2&ved=0CFgQFjAB&url=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E9%259C%2587%25E7%2581%25BD%25E3%2581%25A8%25E9%2581%258E%25E7%2596%258E%25E3%2582%2592%25E8%25B6%258A%25E3%2581%2588%25E3%2581%25A6%25E2%2594%2580%25E2%2594%2580%25E4%25BF%25A1%25E5%25B7%259E%25E6%25A0%2584%25E6%259D%2591-%25E5%25BE%25A9%25E8%2588%2588%25E3%2581%25B8%25E3%2581%25AE%25E6%25AD%25A9%25E3%2581%25BF-%25E6%259D%25BE%25E5%25B0%25BE-%25E7%259C%259E%2Fdp%2Ftoc%2F4906529739&ei=ouAfUJ2zIIbbmAXdyoDAAg&usg=AFQjCNEWFRKQU5cO87c-L3I4f-9M5wxj7A

『新・秋山記行』の村内での入手可能場所

 前号で白水智さんらの本、『新・秋山記行』を紹介しましたが、その後、白水さんからご連絡があり、村内2ヶ所で購入が可能であることがわかりました。
 秋山では『とねんぼ』で、また、秋山以外では森の旅館『吉楽』さんで取り扱っていただけるとのことです。是非、お買い求めいただけますよう、ご案内申し上げます。
 

白水智さんらの本が出版されました

 2日夜、旅館「吉楽」で歴史研究者の白水智さんとそのお仲間にお会いしました。
 みなさんご存じのように、昨春以来、壊れた土蔵などから貴重な民具や文書などを救出し、保全する活動をなさっています。
 その白水さんから1冊の本を頂戴しました。『新・秋山記行』という本で、2006年度から5年間にわたって主に秋山郷を舞台に行われた共同研究の成果がまとめられたものです。
 調査活動の一日を終えて夕食をとる白水さんたち

 『秋山記行』はいうまでもなく、江戸時代に鈴木牧之(ぼくし)が著(あらわ)したものですが、それに因(ちな)んで付けられたタイトルなのですね。

 この共同研究では、毎年3月に小赤沢(こあかさわ)の「とねんぼ」や役場ホールで報告会が開催されましたので、研究成果を直接にお聞きになった村民も多いと思いますが、研究成果が1冊の本に凝縮された今回の本は村民のみなさん、そして栄村に関心を寄せられるみなさんにとって必読の書だと思います。
 最近は出版事情が非常に悪く、出版にこぎつけるまで、白水さんはたいへんご苦労なさったようです。出版元は高志書院という小さな出版社で、多くの書店に並ぶというわけにはいかないとのことです。長野県内では長野市の平安堂と松本市のジュンク堂書店の2店のみ。
 是非、お読みいただきたいのですが、入手が困難という方は本レポートの最終頁に記載の電話またはメールにご連絡下されば、手配をさせていただきます。価格は「2500円+税」です。


<後記>


 3月9日の信濃毎日新聞1めんの「斜面」欄で、『震災日記』をご紹介いただきました。ご執筆くださった論説委員の方からのお手紙で知り、早速読ませていただきました。感激しています。
 『震災日記』の出版元によりますと、各地の図書館や大学から毎日、数冊ずつ、注文が入るそうです。有難いことです。
 いま、読み返してみると、変な話ですが、私自身、いろいろと学ぶところがあります。おそらく、私の文章という形をとりながら、村の現実、むらの人たちの思いなどが書き留められているからでしょう。じわじわと日本各地に浸透していくことを願っています。


<後記>

 11日、FM長野のパーソナリティ、田中利彦さんと“オトメ☆コーポレーション”のなるみさんが村に来られました。3月12日に栄村から中継放送をされるとのことで、その下見を兼ねての来村です。
 田中さんは諏訪、なるみさんは伊那のご出身ですが、栄村の雪の凄さに驚いておられました。村を案内して廻りましたが、そのレポートは14日(火)午後4時からの放送でされるそうです。
 3月12日の生中継で「私の生の声を届けたい」という方は是非、名乗りをあげてください。



『震災日記』を是非、お薦めください


 私自身に関わることですので、お願いしにくいことなのですが、私の3月12日〜4月12日のレポートをまとめた本『震災日記』を多くの人にお薦めいただけますよう、お願いします。
 お薦めいただきたいとお願いする理由は2つあります。

 第1は、栄村の被災状況をより多くの人びとに知っていただくのに役立つということです。実際、読まれた方々から、そのような趣旨でご推薦いただいています。
 第2は、この本の販売部数が伸びると、今後、もっと色んな栄村関係の本を出版できる可能性が出てくるからです。

 当たり前といえば当たり前のことですが、出版社は「売れるもの」でないと出版しません。いま、さまざまな出版社が「“栄村震災本”は売れるかどうか」、『震災日記』の売れ行き状況を見守っています。
 栄村の復興のためにも、今後、いろんな栄村本が世の中に出るようにしたいと思っています。
 本書は一般書店でお求めになれます(県内は平安堂書店にあります)。amazonでネット購入もできます。また、栄村ネットワークでも扱っていますので、村内の方はネットワークのスタッフに声をおかけください。
 12月15日の毎日新聞全国版の読書欄に掲載された本書の紹介を以下に転載しておきます。
 
東日本大震災発生の翌日、長野県北部の栄村も震度6強の地震に見舞われた。同村の村おこしNPOの理事は、地震当日から日々の事態をネットで発信し続けている。本書は、その地震後1ヶ月分をまとめた。被害と復旧具合、行政の動き、復興の方向性まで、よくここまで取材、分析できたと感動する詳細さ。元々村外向け通信だが、内容の確かさ故、今は村内向けにも機能しているとか。
 明治期以前から続く集落を単位とした復興の大切さと、村の戦後民主化の象徴である公民館再建の意義を強調するくだりなど、震災を転機に新たな共同性を模索する姿勢をも感じる。その際に肝心の、村民の主体性のあり方まで思考している。広く、地域づくりに興味を持つ人が参考に出来る本だろう。