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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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台風19号被害からの復旧状況

 本紙No.385(6月1日付)でも台風19号被害からの復旧の状況をお伝えしましたが、その続報です。


● 越水箇所に大型土嚢
 

 

 月岡・箕作地区の台風19号時の越水箇所に大型土嚢が積まれました。下写真が越水時の様子です。

 


 これは2月13日に箕作公民館で開催された地元住民と県北信建設事務所の懇談会で地元から要望された今年の出水期に備える緊急対策措置の1つとして6月上旬に施工されました。「これで対策は万全」ということではありません。千曲川に面していて浸水直前の危険に晒された民家2戸の対策など、喫緊の課題がまだまだあります。
 「住民が声をあげれば、県は対応してくれる」ことをしっかり教訓化し、さらに持続的に千曲川治水対策に取り組んでいくことが必要です。
 千曲川治水対策の全貌については機会を改めてお知らせします。

 

● 野々海峠から菖蒲高原に下る林道が復旧

 

 

 野々海峠から菖蒲高原(上越市大島区)に下る林道(西菖蒲線)の途中で台風19号による土砂崩れがあった現場です。6月上旬に応急復旧工事が行われ、通行が可能になりました。
 野々海池から野々海峠までは林道野々海温井(ぬくい)線、信越トレイル野々海峠口から先は林道西菖蒲線となり、上越市の管理下にあります。
 このコース、野々海の自然を活かす観光をより豊かな内容にしていく1つの鍵、上越との周遊を実現するうえで非常に重要なものです。
 なお、深坂峠から松之山に通じる林道も重要ですが、こちらは従来から予定されていた落石防止のための工事(予算は昨年度、つきました)に加え、台風19号で道路が崩落した箇所があることが判明(下写真)。観光ルートとしての年内の復旧は困難と思われます。

 

 

● 鳥甲線で復旧工事が進む
 極野(にての)集落から五宝木に通じる鳥甲線は台風19号以降、通行止めになっています。
 被害箇所は中部電力の発電用調整池があるところの近く。道路の片側が崩落したようですが、復旧工事が進んでいます。予定工期は7月いっぱい。

 


 ヒメボタル鑑賞は日出山線経由になりますが、紅葉期のドライブには間に合うようです。

 

● 北野川の道路消失現場
 本紙前号で報じた北野川上流の道路消失箇所の様子を撮影しました。下の写真です。

 

 


栄村復興への歩みNo.385(6月1日付)

 

台風19号被害から復旧し、田植えを終える
 千曲川沿いに田植えを終えた田んぼがきれいに並んでいます。
 月岡の後川原(うしろがわら)の田んぼです。台風19号では増水した千曲川の濁流が流れ込み、田んぼは完全に水没しました(下写真)。水がひいた後は大量の川砂、ごみが残され(下写真)、畔や水路も壊れました。

 

 


 今春の雪消え後、県費での災害復旧工事が行われ、なんとか田植えに間に合いました。よかったです。ただ、今年ももう間もなく梅雨期に入り、出水期を迎えます。根本的な治水対策は未だなされていません。箕作・月岡の堤防嵩上げをはじめとする千曲川の治水工事の抜本的強化にさらに関心を注ぐことが必要です。
 


北野川と天代川の台風19号災害復旧の状況

 春になって、台風19号災害からの道路や河川の復旧工事が本格化しています。今回は北野川と天代川関係の様子を紹介します。

 

● 道路が突然なくなっている!
 北野川の台風被害の多くは極野集落の奥の山の中。昨秋の災害直後は通行止めで被害の様子を見に行くことができませんでした。

 

 

 上写真は、極野の水路の頭首工がある地点から車でさらに5分くらい奥に進んだ地点。突然、道路がなくなっています。元の地形が思い出せない程に様子がすっかり変わっています。
 台風19号の大雨での増水がどんなに凄まじかったかがわかります。県建設事務所による「河川の修繕を行います」という看板が立ち、施工業者がすでに入っているようですが、まだ工事は始まっていないようです。
 これより手前(集落寄り)の地点では、壊れた頭首工を直す工事が進んでいます(下写真)。

 

 

● 道路と川の同時復旧工事(天代川)
 天代川沿いの天代〜坪野間の村道の路肩が崩落した2ヶ所(冬前に応急復旧)では、本復旧の工事が始まっています。
 天代集落の現場に立つ看板を見ると、村発注の道路災害復旧工事と書かれていますが、川の護岸を直さないと道路も直せません。ですから、天代川沿いの災害復旧工事は川の災害復旧(県発注)と道路の災害復旧(村発注)がワンセットで進められています。下写真は天代集落を坪野方向へ通り過ぎる地点の路肩崩落の現場。

 


 これより先、坪野集落の手前の現場では、工事用仮設道路が造られて、川の中で道路下の法面を直す工事が始まっています。下写真ですが、川から見ると、村道は随分高いところに見えます(写真中央上にガードレールが写っています)。

 


 天代川沿いでは、この他に、坪野集落よりもさらに奥で、東部水路の頭首工を直す工事が始まっています。

 

● 新たな災害に対する備えを
 5月26日午後、長野県北部に警戒レベル3の大雨情報が出され、須坂市では高校の正面玄関近くの大きな杉が落雷で裂かれ、倒れる被害がありました。「ようやく本当に春になったなあ」と思ったら、早くも大雨災害を心配しなければならないようになってきました。
 昨年の台風19号災害を教訓として、越水防止策を講じる、早めの避難を心がける等々の対策を進めていかなければなりませんが、今年はそこにもう1つ、別の要素が加わります。新型コロナウイルス感染症の問題です。すなわち、これまでのような「密になる」避難所は使えません。役場と連携しながら、各集落の避難場所の確認を進めましょう。


栄村復興への歩みNo.372

 

(1枚目を左、2枚目を右として、つなげてご覧ください)

 

台風19号災害を改めて考える

 

 今年の最大の出来事はやはり10月の台風19号災害だと思います。
 とりわけ千曲川の堤防決壊を含む氾濫はとてつもない被害を引き起こし、いま現在も多くの人びとが復旧・復興にむけて苦闘されています。
 この千曲川の災害、それぞれの地域で災害の原因や対策を検討することが必要ですが、そのためにも千曲川全体(下流の新潟県域を含めて信濃川水系全体)について考察することが不可欠だと思います。
 上の写真は、栄村から遠く離れた佐久市の千曲川から東南方向を撮影したものです。
 千曲川とはどんな川なのか、千曲川を取り巻く環境はどのようなものなのか。12月10日に上流域の川上村・北相木村・佐久穂町を廻り、さらに12月22日は中野市、小布施町、須坂市、長野市、千曲市、坂城町、上田市、小諸市、佐久市の千曲川の様子を見てきました。上の写真を撮影した地点は国道141号線に架かる浅蓼大橋の下の河川敷近くの農道ですが、水に浸かって稲刈り出来ないままの田んぼがありました(下写真)。

 


◇ 「100年に1回」の大雨
 台風19号災害をめぐる報道で「100年に1回の大雨が降った」と繰り返し言われてきましたので、このようなタイトルを掲げることに、「何をいまさら」と思われるかもしれません。
 でも、10月12〜13日、千曲川の増水水位については「これまでにない水位上昇だ」と思った人でも、雨そのものについて「これまでに経験したことがない大雨だ。なるほど『100年に1回』クラスだ」と感じたという人は意外と少ないのではないでしょうか。私自身は正直なところ、「特別警報が発令されたけれど、そんなに凄い雨が降ったようには思えない」と感じていました。というのも、昨年の西日本豪雨など大雨特別警報が発令されたケースのニュース映像を見た経験からは「総雨量1,000弌廚覆匹寮┐す覬のイメージがあるからです。
 しかし、「100年に1回」の大雨の降雨量というのは地域、地域によって異なります。今回はそのことを深く考えたいと思います。
 その前に、台風19号から約1か月半を経た11月27日に信濃毎日新聞で報じられた記事を確認しておきます。下写真の記事です。2面に掲載された地味な記事でしたので、見逃された方もおられるかと思います。

 


 記事では「立ヶ花上流域」と表現されていますが、「立ヶ花近辺」という意味ではなく、千曲川源流域から佐久市、上田市、千曲市、長野市など千曲川上流57ヵ所の観測地点の2日間平均雨量です。
 国土交通省は千曲川の整備基本計画(2008年作成)の前提として「100年に1度の大雨」を想定し、その雨量は186世箸靴討い燭里任垢、今回の台風19号ではそれを10整幣緜兇┐196.8世世辰燭海箸分かったというのです。

 

◇ 長野県の地形と気象の特殊性を理解することが重要
● 長野県は雨が少ない地域
 長野県の気候は「内陸性気候」と呼ばれます。長野地方気象台はHPの「長野県の気候」と題する記事で、降水量について、
    「日本は世界でも有数な雨の多い国ですが、長野県の北部や中部

     の盆地では東日本の太平洋側、北海道および瀬戸内海と並ぶ年

     間1、500mm以下の雨の少ない地域となっています。
      これは、海から遠く離れており周囲を山脈に囲まれているた

     め、台風、低気圧、前線などの影響を比較的受けにくいという

     内陸気候の特徴のためです。」
と記しています。それでもアメダス設置地点である野沢温泉村は1881.3澄飯山市は1446.4世△蠅泙垢、千曲川上流部の佐久は960.9澄⊂綸弔890.8澄△気蕕膨耕郢圓932.7世1,000整焚爾任后(野沢温泉、飯山が佐久・上田・長野と較べて多いのは冬の降雪が原因です。)
 上の引用にあるように、山に囲まれていることが大きな要因です。
 私たちは平素の暮らしで、すぐ近くに山が見えることに慣れていますが、360度グルっと見回してすべて山が見えるという環境は山岳県・長野県の特殊性であることを改めて認識することが必要です。

 

● 川のあり様は気象条件に大きく規定される
 川のあり様、すなわち川幅や深さ等は平素、その川にどの程度の量の雨水が流れるかによって決まってきます。降水量が多く、また勾配がきつい急流であれば、水が激しく大地を削り、深くて幅も広い川が形成されます。他方、降水量が少なければ、川は小さな川になります。
 そして、堤防の高さ・強度等を決める河川の整備計画も、その川に流れ込む最大降水量を基にして決められます。
 千曲川は長野・山梨・埼玉の3県が接する甲武信岳を源流部とし、長野・新潟県境を越えて新潟平野を経て日本海に流れ込む長大な川ですので「大河」と呼ばれますが、じつは降水量が少ない地域に発して、さらに降水量が少ない盆地地域を流れる川であることを忘れてはならないのです。

 

◇ 千曲川上流部で過去の極値を超える大雨という異常事態

 2頁で「『100年に1度』10青蕎絏鵑襦廚箸いΩ出し記事を紹介しましたが、もう少し詳しく見てみましょう。
 長野地方気象台は、「北部と中部を中心に大雨となった。県内14の観測地点で、日降水量の統計開始以来の極値を更新した」と発表しています。北相木村では10月12日一日で395.5澄13日は停電で欠測)、佐久は48時間で303.5世任后佐久は年間平均降水量が960.9世任垢ら、年間の3分の1近くの雨が2日間で降ったことになります。
 では、なぜ、このような前例のない大雨が降ったのでしょうか。
台風19号は大型の台風で、伊豆半島付近から上陸し、関東・東北を北東に横切るように遅い速度で進みました。このため、内陸の山間部にむけて湿った風が強烈に、しかも長い時間にわたって吹きつけました。その風が長野県、群馬県、埼玉県の県境周辺の山にぶつかり上昇気流となって雨雲を形成し、大量の雨を降らせたのです(1頁の写真はその山々を撮影したわけです。山は低く見えますが、撮影地点の標高自体がかなり高いためです)。長野県の「内陸気候の特徴」(p2参照)とは真逆の気象状況が生まれたのです。
 これが、まさに千曲川の上流部で台風19号時に起こったことなのです。

 

● 雨が少ない地域に前例なき大雨が降ると、川はどうなるか
 北相木村を流れる相木川(佐久穂町で千曲川に流れ込みます)の様子をご覧ください。

 


 上写真は12月10日に相木川のかなり上流部で撮影したものです。台風19号で山側が削られた跡などが見られますが、相木川の平素の流量はこの写真に見られる程度だと思われます。ずいぶん小さな川だと言ってよいでしょう。
 ところが、この地点より数十m上流の地点を見ると、台風19号時にこの小さな川がどんな状況になったかを知ることができます。次頁の写真イですが、本来の相木川は青色の矢印で示した方向に流れています。ところが、写真右下へ流れる川であるかのように見えます。台風19号の大雨が本来の流れを大きく外れて写真イ右下方向に大水を流したのです。この写真の下流方向を見ると、次頁写真ロのように民家の近くまで大量の土砂が流れ出しています。
 大きな被害が出た佐久穂町大日向地区でも本来は小さな川(抜井川)が大氾濫した様子が確認できました。

 


写真イ

 

写真ロ

 

 もう1つ、22日に小諸市を流れる千曲川の様子を見て驚きました。

 下写真ですが、小諸市の布引観音近くの千曲川です。千曲川は写真手前から奥に向けて流れています。パッと見た感じでは90度近くの急角度で川が曲がっています。ちょっと考えられないような急角度です。

 


 この地点に行ったのは、国道18号線を上田市・東御市から小諸市に向かっていて、小諸市の手前で千曲川を挟む左右の山が接近し、峡谷になっているように感じたので、川の様子を見ようと思って、国道を外れ、千曲川まで急坂でカーブが続く道を下り、この地点に到達したという次第です。
 「100年に1度」を超える大雨が降った台風19号時、大量の水がこの急角度の地点をきれいに流下することができなかったことは言うまでもなく、この辺り一帯は氾濫の跡がまだ生々しい状態で確認できました。


◇ 千曲川はどんなふうに上流から下流に下ってくるのか
 2頁で「長野県の地形と気象の特殊性を理解することが重要」という見出しを掲げました。「地形」については、3頁では「山に囲まれている」ことのみに言及しましたが、千曲川を理解するためには、さらに千曲川が流れている地域の標高を見ることが大事です。

 

 これは国交省北陸地方整備局千曲川河川事務所が公表している千曲川の河床縦断図というものです。
 千曲川の上流は標高900m(以上)で、佐久盆地が約600m、上田盆地が約450mです。勾配度1/50という急勾配です。ところが、上田盆地〜長野盆地間では勾配率が1/200となり、さらに長野盆地、飯山盆地では1/1,000ないし1/1,500になります。川の勾配が小さくなるため、川の流れが緩やかになります。そうすると、川の水位は上がります。このことが台風19号時の長野盆地での千曲川大氾濫の決定的要因となったのです。
 私はこの「河床縦断図」に示されている勾配率の変化を体感的に確認したくて、12月22日、高速道路ではなく、基本的に千曲川の近くを通っている国道18号線を千曲市〜坂城町〜上田市〜東御市〜小諸市〜佐久市と走ってきました。12月10日に高速道路で佐久方面に行った時とは違い、標高がどんどん上がっていくことを実感することができました。
 千曲川の今後の洪水対策を考える場合、千曲川を上流から長野盆地・飯山盆地(〜栄村)の間を実際に辿ってみて、千曲川というものを体感してみることが不可欠だと思います。

 

◇ 千曲川の歴史を学ぶことも必要

 

 

 これは小布施橋の上から下流方向を撮影したものです(22日午前10時前)。
 小布施橋は随分と長い橋ですが、小布施町側(右岸)で車を停めて、橋の歩道を歩き、中央地点を超えてから、この一枚を撮りました。
 写真奥で千曲川は左の方向に曲がっています。その先が立ヶ花狭窄(きょうさく)部です。穂保での氾濫・堤防決壊を引き起こした要因の一つとして挙げられることは周知のとおりです。この千曲川が立ヶ花狭窄部にむかって左に曲がる地点の先には中野市の江部〜延徳の一帯が広がっています。
 今回、千曲川の台風19号災害についての専門家のレポートを読んでいる中で、立ヶ花狭窄部ができた原因への言及を見つけました。名古屋の大同大学の鷲見哲也さんのレポートです。現地調査をした鷲見さんは立ヶ花狭窄部手前の右岸側に広い低平地部があることが地形的に不自然に思えると感じたため、色々と調べられたようです。彼は、千曲川は昔、立ヶ花狭窄部ではなく、夜間瀬川に向かって流れ、飯山盆地に通り抜けていたようだと書いています。ところが、夜間瀬川が運ぶ志賀高原付近の厖大な土砂が次第に旧千曲川の河道と低平地を埋め尽くし、この辺りに広大な湖(遠洞湖)を形成して水位が高くなったため、千曲川は西側に残っていた台地を削って現在の狭窄部を流れるようになったというのです。
 そういう湖がかつてあったという話は中野市の人から聞いたことがありますし、信州の地形・地層に関する本でも関連データを読んだことがあります。
 こういうことを知ったからといって、すぐに何か千曲川の洪水対策の妙案が浮かんでくるというものではありません。

 

 12月22日の千曲川上流行の後、長野県立歴史館編の『新たな時代にはばたく信州』という本をたまたま手にしたのですが、その中に「近くて遠い水」という1節があり、人と水の関係をみる4つの視点が紹介されています。
      距離を置く(水域は危険と背中合わせなので、必要な時

            以外は近づかないなど)
      技術を使う(井戸や堤防など、技術で水を制すること)
      交渉する(お供えをしてお願いする代わりに、水のカミ

           に助けてもらう。交渉不成立の場合は、聖物

           を壊すことも)
      我慢する(うまくいくとは限らないので、人びとの助け

           合いなどでしのぐ)
 いま、私たちはこの4つの視点のうち◆糞蚕僂砲茲訖紊寮圧)のみに偏った川との付き合い方を主としているのではないでしょうか。の視点はなにも土着信仰にまつわることだけを言っているのではないと思います。まず川そのものをよく知り、理解することが必要であり、大切なのだと思います。

 

 2011年の大震災から間もなく9周年となります。栄村はその大震災をくぐりぬけてきた村として本来、もっともっと防災について深い知見を村民全体が共有し、外にむけての発信もやっていかなければならないと思うのですが、この9年間、そういうことはあまり出来ていないように感じます。そんな思いを抱きながら、台風19号災害について考えてみました。より深い議論のきっかけになれば幸いです。

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栄村復興への歩みNo.372
2019年12月23日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


栄村復興への歩みNo.368

 

 10月23日正午頃、野々海池での撮影です。
 天候不順で紅葉がなかなか例年通りには進まないうえに、今年の10月は台風19号をはじめとして雨の日が多く、紅葉がピークを迎えても“青空の下で輝く紅葉”を撮影できるチャンスがほとんどありません。「午前9時から晴れ」の予報が出ていた23日も午前10時頃に野々海に上がると、小雨がぱらつき、池は霧にすっぽり包まれ、何も見えない状況でした。しかし、執念をもって2時間強頑張ったところ、ようやく青空が出始め、上のような写真を撮ることができました。
 栄村の観光を盛んにするには、今秋のことを考えているだけではダメで、1年先の紅葉シーズンのことを考え、広報用に「いい紅葉の姿」の写真を確保しておくことが必要です。この日、撮影できたもので私自身が気に入っている2枚はすでにトマトの国に提供しました。もちろん、「村全体で活用していただければ」と思っています。
 秋山郷も10月20日からいっきに紅葉が進みました。だが、残念なことにすっきり晴れた時に撮影する機会に私は恵まれませんでした。シーズン中、ギリギリまでシャッターチャンスを狙いたいと思っていますが。

 


写真イ

 

台風19号被害を考える
 台風19号大規模災害に続き、25、26日には千葉、茨城、福島、宮城等で大規模な水害、土砂災害が起こっています。暗澹たる気持ちになってしまう災害の連続です。気候変動(地球温暖化)問題があり、今後(来年以降)も台風19号クラスの台風等が頻発しかねないと言われている中で、私たちは災害にどう備えていくのか、災害に強い地域づくりをどう進めていくのか、真剣に考えなければなりません。
 今回の台風19号災害で私が千曲川の問題とともに注目しているのは天代川、北野川での被害の凄まじさです。
 天代川の大増水による被害の状況は2回の号外で報告しましたが、北野川の被害状況は北野天満のつり橋(4頁写真ニ参照)以外は自分の目では見ていません。しかし、役場の調査結果を聞くと、極野集落の奥に広がる北野川の流域で橋の流出など多大な被害が発生しているようです。
 なぜ、天代川、北野川で多大な被害が発生しているのか。そこで注目しなければならないと思うのが山(森林)と川の環境をめぐる問題です。

 

写真ロ

 

● 天代川、北野川はどこから流れてくるのか
 2頁に2枚の写真を掲載しました。写真イは三ツ山〜太次郎山〜毛無山(左から順に)を撮影したものです。また、写真ロは、野口〜天代線を天代方向に下る時に坪野集落方向を撮影したものです。
 写真ロで奥に見える山は太次郎山と毛無山で、写真イで赤色のマークを入れた辺りです。この赤色マークの辺りが天代川が始まるところです。他方、写真イで黄色のマークを入れたところは北野川の源流域及び北野川に流れ込む支流・沢があるゾーンです。
 私たちが日常に目にする天代川や北野川は、坪野・天代集落や極野・北野集落などで見る下流部分です。下流だけを見ていると、大雨が降った場合に、どれくらい広範囲の雨水が天代川、北野川に流れ込んでくるのか、想像できません。
 台風19号では、この天代川・北野川の源流域及び支流・沢域で、里とは異なる大量の雨が降ったのではないかと思われます。

 

● 山が荒れると川が暴れる
 私は一昨年まで毎年数回、坪野集落の奥の林道を軽トラで上がって、震災以前は橋があった地点の近くまで行っていました。しかし、昨年以降は行っていません。一昨年、かなり怖い思いをしたためです。
 というのは、雨が降っていない日であったにもかかわらず、天代川に設置された2つの砂防ダムをこえた地点あたりから、林道に山からの水が流れ込み、「道」とは言えないような状況になっていたからです。なんとか軽トラを切り返して戻って来ましたが、「車で行くことはもうできないなあ」と思いました。
 今回、10月15日、坪野集落に配達に行った際、車の切り返しに入る場所が台風19号の被害で入れなくなっているので橋を渡り、4頁掲載の写真ハの地点まで入りましたが、道にかなりの土砂が流れ下ってきていて、四駆でも切り返しが厄介な状況でした。一昨年にもっと上流で経験したことのミニ版のような感じです。

 

写真ハ


 山は人が入らなくなると荒れます。そして山の保水能力が落ちます。保水能力が落ちると、山に降った雨が森林に溜め込まれることなく、いっきに山下(やましも)の里に下ってきます。
 今回の台風19号災害をめぐって、「自分が暮らしている地域で雨が止んだからといって安心してはいけない。上流で降った水が時間差で下流域の水位を上げ、洪水氾濫を引き起こす危険に備えることが必要」ということがメディア等で繰り返し叫ばれています。それはその通りです。
 しかし、議論はもう一歩深められる必要があると思います。上流域で降った雨がいっきに下流に押し寄せてくるという事態の背景には山の荒廃という問題があるのではないかということです。
 台風19号災害関連で関田山脈関係の土砂崩落の撤去作業に携わった人から、「崩落は見られないところで山の表面を水がザーッと流れ降りてくる光景を目撃して驚いた」という話を聞きました。これは山の保水力の低下を示しているのではないでしょうか。

 

写真ニ


● 「坪野集落は村の稼ぎ頭だった」という話
 私は13年前、栄村で暮らすようになって間もない頃、「昔は、坪野と暮坪が村の稼ぎ頭の集落だった。坪野は林業で、暮坪は農業だった」という話を村の人から聞かせてもらったことがあります。坪野集落の人からは、「戦時中から戦後にかけて坪野は林業が盛んだった。東北地方から何百人という人が出稼ぎで来ていた」とも聞きました。3頁で言及した林道には戦時中、伐り出した材を運搬する馬トロッコが走っていたそうです。
 その林業はその後衰退し、坪野集落は現在、現住世帯は2世帯で存亡の危機にたたされています。戦時中・戦後の林業はけっして持続可能型のものではなかったので、それをただ懐かしむだけでは意味がないとは思いますが、だからといって、坪野集落の奥、天代川流域の山が放置されても仕方がないとはけっして言えません。

 

● 山と森林の保全管理に資金と人を入れることが根源的な災害対策の一つ
 国レベルでは、営林署の廃止(後継は森林管理署)に代表されるように、山の保全・管理に投じられる人や資金が大幅に削減されています。現在の森林危機の直接の原因だと思います。
 台風のスーパー台風化の要因として地球温暖化が指摘されていますが、そのことを含めて、経済成長を追求し続ける中で、人間が地球上で暮らすことを可能にしている自然的環境を破壊してしまい、人類は自縄自縛の状態になっているのではないでしょうか。
 東日本大震災、福島第一原発事故をうけて、「文明の見直し」という議論が一時、メディアでも盛り上がるという時期がありましたが、間もなく、そういう議論が忘れ去られる中で、ここ数年の大規模災害が相次いでいます。
 強力な堤防の築堤等にも資金を投じなければなりませんが、同時に、山・森林の保全管理に資金と人を投じなければならないと思います。それは容易には経済的利益にはつながらないでしょうが、それでも資金と人の投入が必要だと思います。
 別の視点からいえば、坪野集落の存続問題はじつは非常に重大な根源的な問題(課題)だということです。昨今、国の政策として、コンパクトシティー化、街の機能の効率的集約化が追求されていて、「住人の少ない地域のインフラにはカネをもはや投じない」という議論が平然とまかり通っています。過疎地域の切り捨てです。しかし、その過疎地域の切り捨てこそが日本列島の災害激甚化を促進しているのだと思います。メディアではほとんど報道されていませんが、千曲川上流域の北相木村、南相木村でも天代川・北野川と同様の大きな被害が出ています。
 私たちは、過疎の山村に暮らす者として、都市の暮らしからは気づきにくい問題を全国にむかって提起していく責任があるのだと思います。

 

 以上で提起した議論は、じつは、間もなく(1年半弱後)迎える震災10周年に際して、私たち栄村が全国から寄せられたご支援に感謝して、どういうメッセージを発するのかという問題につながっていると思います。みなさんのご検討とご意見をお願いします。


栄村復興への歩みNo.369(11月7日付)

今秋、最も綺麗だと感じた紅葉

 

 11月5日午前の撮影です。
 この秋は、9月の高温などの影響で、なかなか綺麗な紅葉を見る機会に恵まれませんでした。ところが、5日午前、ここに示した紅葉風景に出会うことができました。葉が焼けることなく、赤色の紅葉がかなり鮮やかです。
 さて、この紅葉の撮影場所がどこか? です。
 この撮影ポイントに辿り着くまで約2時間、山道を歩いて上りました。紅葉の撮影目的で行ったのではありません。台風19号で多大な被害が発生した天代川の上流の様子を観察してみようと思い、坪野集落に車を停めて、上流へ、上流へと山道を上ったのです。午前8時57分に車を離れ、この写真を撮ったのが午前11時10分です。
 「上流部の観察」という目的からすると、さらに上流部に進みたかったのですが、出発前に「昼までに戻ったという連絡がなければ遭難したと思ってくれ」と知人に言って出発していたので、「もうそろそろ戻らなければ」と判断し、この地点で折り返しました。距離的には坪野集落の奥の橋から2劼らいの地点と思われます。

 

天代川を視(み)る

 

 ここからは本号のメインテーマに入ります。「天代川を視る」です。
 「見る」ではなく「視る」という表記にしたのは風景を見るのが目的ではなく、災害との関係で天代川の状況を視察することが目的だからです。
 まず、地図を示します。

 


 天代集落から源流部までを示した地図です。地図右上に「天代」と集落の所在が記されています。そこから川を遡ると、「坪野」集落があります。A地点には砂防ダムがあります。仮にこれを第1ダムと呼びます。続いてB地点に第2砂防ダムがあります。C地点は第3砂防ダムです。このC地点の少し下流に坪野堰の取水口に行くための仮橋が架けられていたはずですが、台風19号の大水で流されまたと思われます。私が5日に上って行った最終地点はD地点あたりだと思われます。
 下流側から順に紹介するのがいいのかもしれませんが、撮影写真は500枚近くにのぼり、自分でもまだ十分に消化しきれていないため、印象的なものをピックアップします。

 


 紅葉も綺麗ですが、それを見せるのが目的ではありません。綺麗な紅葉からすれば無粋になりますが、写真に赤色のラインを入れました。台風19号でどこまで水位が上がったかを示すラインです。川岸が抉(えぐ)り取られていることがはっきり分かります。その上の木の葉の色が変色しているところまで水が上がったと思われます。
 これは2頁の地図で「C」と記した第3砂防ダムの堰堤上から上流方向を撮影したものです。写真右下隅に堰堤のコンクリが見えます。撮影当日(5日)は前日に少し雨が降っていますが、写真に見える水量が通常時の水量だと考えてよいと思います。台風19号当日の大水の量の凄さがわかります。
 第3砂防ダムは、平成21年度(2009年度)に既存の砂防ダムを改修し、スリット型に改良されました。
    *スリット=切れ目、隙間

 


 上写真は施工者のフクザワコーポレーションのHPからの引用。現在は施工から10年が経過し、スリット部の下方は土砂で閉塞していましたが、それでも一定程度スリットは生きていて、台風19号時の大水は堰堤の上を越えていくのではなく、この第3砂防ダムである程度抑えられたと思います。その点、堰堤の上部が完全に土砂で埋め尽くされている第1、第2堰堤とは状況があきらかに異なります。第1と第2の様子を写真で示します。

 

第1砂防ダム

 

第2砂防ダム

 

 第1砂防ダムは堰堤に近づけず、林道脇からの撮影。第2の方は堰堤まで入れました。

 

● 砂防ダムの功罪
 第2砂防ダムで注目すべきは、堰堤のポケット部分が土砂で完全に埋まっているだけでなく、そこに大木が生えていること。さらに写真を紹介するスペースがありませんが、堰堤上の水流がある部分の水底を見ると、石が茶色になっていて、かなり以前からこの場所にあるとみられることです。砂防ダムとしてはまったく機能せず、上流から来た大水を堰堤の上からドーンと下流部に一気に落とし流すことになったと思われます。
 私が観察したところでは、第1〜第2の間、さらに第1よりも下流(集落より)に大きな流木や巨石がごろごろしていました。砂防ダムのポケット部を掘削して土砂を搬出する作業がされずに長年にわたって放置された場合、災害を防止するどころか、逆に災害を大きくしてしまうのではないでしょうか。

 

● 林道の現況
 前号の3頁で坪野集落の奥から天代川上流にむかう林道のことを書きました。今回の調査行の1つの主要目的は林道の状況を確認することでした。
 案の定と言うべきか、凄まじい状況でした。何枚か、写真を示します。

 

写真イ

 


写真ロ

 


写真ハ

 

写真ニ

 


写真ホ

 

 写真イは2頁の地図のBとCの間で、Cにかなり近い地点です。写真左手の杉林(写真ロ参照)から土砂(砂状のものが多い)が流れ出してきています。
 写真ハはイの地点から徒歩で12分ほど進んだ地点。道の半分が水の流路になっています。
 写真ニはC地点の少し手前。林道左手の崖面が立木もろとも落ちてきて道を塞いでいます。
 写真ホは、C地点を越えて、D地点にむかうところ。突然、道が無くなってしまっています。状況から見て、今回の台風19号で塞がってのではなく、少なくとも1〜2年前からこういう状況になっていると思われます。よーく観察すると、ススキなどをかき分けた「獣道」のようなものがあり、その中を進んで1頁冒頭の紅葉写真を撮った地点に出ることができました。
 もう1枚、紹介します。

 


 “きれいな滝”だと思います。しかし、この水は滝壺に落ちるのではありません。林道にそのまま流れ込むのです。林道が使用されていた時代には、この水を天代川の方に流す仕組み(山に入る人による手作りのものだと思われますが)があったのだと思います。そういう手入れがなくなり、林道は水の流路になり、道としては機能しなくなってしまったのでしょう。

 

● 天代川そのものの状況
 ここまで肝心の天代川そのものの状況は3頁の写真を除いて紹介していないとも言えます。本号のスペースとの関係で1枚しか紹介できないのですが、私が見た範囲では川幅は頻繁に変わります。広いところもあれば狭いところもある。自然というのはそういうものなのだろうと私自身はひとまず納得しているのですが…。
 いろいろ衝撃を受けた箇所がありますが、ある意味で最も衝撃を受けたのは、号外で「東部水路取水口の被災」として紹介した箇所で、今回の天代川行の帰路に号外用取材時よりもやや上流側から撮影した姿です。

 


 写真の手前に見える根が付いたままの流木の姿、号外取材時にも下流側から見ましたが、上流から流れてきたと思われる茶色の大きな石、取水口から隧道入口にかけての護岸の崩壊などが同時に目に入ったためか、号外取材時とは異なる衝撃を受けました。

 

● 山が迫ってくる
 「治山・治水」という用語があります。
 必ずしも明治の近代以降に始まったものではなく、たとえば戦国大名である武田信玄による釜無川での信玄堤(つつみ)の築堤は有名です。とはいえ、戦国時代に重機などは存在しません。信玄堤は信玄が自然の力・あり様をじっくり観察し、自然の力をいかす形で構想したものです。
 おそらく川の源流部や上流部というのは基本的に自然のままであることが多いのではないでしょうか。しかし、近現代においては、下流部に暮らす人間の必要に応じて、あるいは発電のための取水のためのダムの必要性などから、巨大重機などを使用しての近代的治山・治水が進んできました。ところが、人間の必要に応じての治山・治水ですから、人間の必要がなくなると、いったん手を入れた山・川が放置されます。そうすると、一時は人間が制御した(できた)ところが「自然」に戻り、人間にとっての脅威になります。
 その脅威は、今回の台風19号が坪野・天代集落にもたらした水害だけに限られるものではありません。村のあらゆるところで問題になっている獣害もその脅威の一つです。
 イノシシやクマが里に下りてきて暴れる。これこそまさに「山が迫ってきている」ことを意味します。「奥山・里山・里」の区別がなくなってきて、奥山の生きものが里に迫ってきているのですね。
 今回の災害は山が坪野集落、天代集落まで迫ってきたと言っていいのではないでしょうか。ここで私たちが踏ん張らないと、山は県道秋山郷宮之原線(長瀬と北野を結ぶ)のラインまで迫ってくることになると思います。
 人が長年にわたって暮らしてきた坪野集落を人の領域として守るべく、天代川の状況をよくよく観察し、人と山の関係の再構築を図ることが必要なのではないでしょうか。抽象的なものの言い方で伝わりにくいかと思いますが、現時点ではこういう問題提起に留まらざるをえません。ただし、「天代川(流域)は宝の山だ」ということは言っておきたいと思います(詳しくは別の機会に書きます)。

 

 

 写真は、春から秋の時期は村(坪野)に戻って暮らす方のお宅での1枚。他に花豆、サツマイモが干されていました。素敵な光景です。


 今号は天代川の話だけになりました。他にもお伝えしたいことが多々あります。千曲川については別途、ブログ記事を書いています。ネットで「栄村復興への歩み」を検索していただくと、ご覧いただけます。
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栄村復興への歩みNo.369
2019年11月7日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


栄村復興への歩み号外第2報(10月19日付)

 台風19号は長野県内をはじめとして東日本各地に甚大なる被害をもたらしました。栄村でも被害は相当に大きなものとなっています。10月14日付の号外でお伝えしたものを前提として、その後、被害現場を取材したものなどを第2報としてレポートします。

 

東部水路の取水口

 

 

 坪野集落の居住ゾーンの先の天代川に東部地区の田んぼの大半に農業用水を供給する東部水路の取水口がありますが、その付近で大きな被害が発生しています。上の写真の地点ですが、天代川の左岸(川の岸の左岸・右岸という表現は上流から下流を見た時の左右を指します)が激しくえぐられています。
 取水口と東部水路の隧道の関係を写真で示します。

 

写真イ

 


写真ロ

 

写真ハ


 写真ロが天代川から水を取り込む装置です。写真ハは東部水路坪野隧道の入口。取り込み口と隧道入口の間を導水管で結んでいたのですが、写真イに見られるように、その管が流出しています。
 この箇所を復旧しなければ東部地区の田んぼの多くで来春の作付けができません。
 村は来春の作付けに間に合うように仮設で復旧することを表明しています。
 その仮設復旧工事の上で、この一帯の天代川の治水工事が必要になります。
 後で報告する村道坪野線での路肩崩落等とあわせ、台風19号での天代川の増水は凄まじいものでした。この取水口より上流でも対策が必要な箇所が多数あるのではないかと思われますが、現時点では役場もまだ現場に入れていないようです(18日時点)。


森集落水道及び開田水路導水管埋設道路直下の沢の崩落(中条川1号崩壊地手前)

 

写真ニ

 

 森集落の水道と開田水路は取水口が中条川1号崩壊地の奥にあり、1号崩壊地に通じる村道の下に導水管が埋設されていますが、その村道の直下の沢が大きく崩落しました。辛うじて道路が残っている状況です(写真ホ)。

 

写真ホ

 

 冬が来れば、雪の重みで道路そのものが崩落しかねません。至急の復旧が必要です。村では県の林務課と復旧方法等について相談しているとのことです。
 なお、1号崩壊地では法面強化の新たな工事が予定されており、その施工業者が重機を搬入するために、この場所でとりあえず山側をきって、進入路を確保する作業を始めていますが、森の水道と用水を守るためには村道そのものを守る必要があります。

秋山林道
 秋山林道の紅葉絶景スポット・ミズノサワの先でかなり大きな規模の土砂崩れが発生し、通行不能になっています。また、奥志賀公園栄線でも複数箇所で土砂崩れ、路肩崩落が発生していると聞いています。
 これらの復旧を冬が来る前に終えることは難しく、相当の時間がかかるものと思われます。
 村は、この事態に対応して、10月21日(月)から切明雄川閣前からミズノサワまでのシャトルバスを1日4便走らせることを決めました。(一般車両はムジノ平から先へは入れません)

 

大巻の田んぼ被害は甚大

 千曲川の大増水で月岡集落・大巻の田んぼに濁流が大量に入った様子は14日付号外でレポートしましたが、この第2報では水がひいた後の状況を報告します。

 

写真へ

 

 上の写真に見られるように、大量のごみが残されました。また、大量の砂が田んぼを覆っています。

 


写真ト

 

 村はこの状況を災害として認定し、これらごみや砂の撤去を復旧工事の対象とする方針を明らかにしています。
 ただ、問題なのはその復旧工事の時期です。地元の人たちの話では、雪が来る前に砂を撤去しないと、来年の作付作業が非常に難しいものになるといいます。村は「国の査定が済まないと手をつけられない」という見解のようですが、それでは間に合いません。震災の時に同様の問題が生起しましたが、きっちりと記録を残せば、応急復旧作業は可能なはずです。早急な対応を求めたいと思います。
 なお、この場所ではこんなものが見られました(写真チ)。佐久漁協の看板です。今回の千曲川の増水・氾濫の規模の大きさを物語るものだと思います。

 

写真チ
 

村道坪野線路肩崩落、もう1箇所

 村道坪野線で天代川の水にえぐられて路肩が崩落している箇所を14日付の号外でレポートしましたが、さらにもう1箇所、路肩が崩落しているところがあります。

 

写真リ


 坪野線と野口・原向にむかう道路の交差点と坪野集落入口の中間点あたりです。
 15日に坪野集落に配達に行く際に撮影しましたが、その時点での天代川の流れはまだかなり激しいものでした。
 天代川関係では、この他、天代橋の護岸の一部が崩れるなどの被害が発生しています(写真ヌ、ル)。

 


写真ヌ

 

写真ル

 

 写真ルの地点は天代橋のすぐ上流右岸。下方の白色のものは水路。写真左端のところで一部が損壊し、流されています。

 

秋山屋敷集落、中津川護岸の損壊
 秋山・屋敷集落の中津川近くの地区には12日当日、避難勧告が出されました。浸水被害は幸いなことに発生しませんでしたが、中津川の護岸が大きく壊れています。左右両岸共にです。また、もう少し下流、秋山小の対岸でも護岸が壊れています。

 

写真ヲ


 また、切明地区では次頁写真ワの水位目盛りの上の赤線ギリギリまで増水したそうです。リバーサイドさんは自主避難されたと聞きました。リバーサイドさん横手の中津川氾濫危険箇所について嵩上げの対策が必要だと思います。

 

写真ワ

 

青倉集落の上、村道青倉野々海線の法面崩落

 

写真カ

 

 青倉集落の山の上の田んぼ・西山田の農道とスキー場の中を走る村道青倉野々海線が交わる地点のすぐ上で法面崩落が発生しました。
 写真カに見られるように大きな岩が落ちてきています。
 

坪野集落の上の道路での法面崩落、道路損壊
 

写真ヨ

 

 坪野集落の上、田原の田んぼに向かう道路の法面が大きく崩れました。写真ヨの左上に崩落した法面が見えます。写真右に見える工事車両は元々予定されていた坪野下堰に蓋をかける工事を担当する施工業者のものです。写真タは崩落した法面を正面から見たもの。この写真タの左手も崩れています。

 

写真タ


 また、写真ヨの右上をさらに進むと、道路(村道野口坪野線)が壊れています。写真レです。19日午前に徒歩で現場に行ったところ、復旧設計を請け負った業者さんが現場調査をされていました。

 


写真レ
 

 被害の実相は本当に凄まじいです。
 私の情報発信を抑えようという動きがあるようですが、みんなが被害の実相を共に認識することが復旧・復興への第一歩だと私は確信しています。今後とも全力で情報発信をやっていきますので、よろしくお願いします。

 


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