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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村復興への歩みNo.365(8月13日付)

  • -
  • 2019.08.16 Friday

 

敦賀湾に沈む夕陽

 

 8月10日午後6時47分の撮影です。
 北陸道敦賀(つるが)インターの近くにある杉津(すぎつ)PA(パーキングエリア)は「ゆうひのアトリエ」や「恋人の聖地」とも名づけられています。敦賀湾は古代から大陸文化伝来の門口として発展しました。江戸期には俳人・松尾芭蕉がこの絶景の地を訪れ、


    ふるき名の 角賀(つぬが)や恋し 秋の月

 

という一句を詠んだそうです。杉津PAにはその句碑が建てられています。「角賀(つぬが)」は「古事記」に記されている「敦賀」の古代の名です。
 私は7年前まで京都への車通勤でよくこのPAに立ち寄り、景色が素晴らしいことを知っていました。今回、飯山高校応援の甲子園行きと亡母の初盆供養で京都に行った帰路、たまたま夕陽の時刻に杉津を通ることになり、こんな写真が撮れました。
 海がない栄村では見られない景色。偶にはこういう景色を眺めるのもよいものです。


中山間直払制度第4期の最終評価案が国から公表されました

 来年4月から始まる中山間直払制度第5期の前提となる「第4期最終評価」の案が7月25日の同制度第三者委員会で説明され、7月29日には農水省HPで公表されました。本文はA4判で34頁のものです。
 その全内容をこの「復興への歩み」で紹介することは困難ですので、「『中山間直払制度』、第4期最終評価と今後の課題」という別メモ文書を作成し、ご希望の方にお配りするようにします。(ご希望の方は電話でお知らせください。お宅までお届けします)
 ここでは、今年度の今後のスケジュール、来年度からの第5期にむけての準備の要点について記したいと思います。

 

● 第4期最終評価は今月中に確定
 「第4期最終評価案」が示されたのは上記の通り、7月25日の第三者委員会(第9回)の場ですが、今月8月中に第三者委員会の第10回会合で詰めの議論がされ、そこでの議論を反映する形で文案の手直しが行われたうえで「最終評価」が確定することになります。
 第9回会合に出された資料類はすべて公表済ですが、議事録はまだ完成していないようです。議事録を読めるようになれば、最終評価がどのような内容で固まるかが明らかになりますし、さらに8月開催の第10回会合の議事録まで公表されれば、第5期の制度設計の方向性もほぼ全面的に把握できるようになると思います。
 第5期の制度設計作業そのものは9月以降になりますが、国から道府県代表に第5期の内容の説明が行われるのは年度後半の遅い時期になり、県からの市町村への説明会はさらにその後になります。
 「第5期の制度説明会を待って第5期への取り組みを開始する」というのでは遅きに失するというのが、みなさんにお伝えしたい最大のポイントです。

 

● 先進的な県や市町村では、第5期にむけての説明会や懇談会が昨年度から始まっています
 上述の第三者委員会では6月に「本制度に取り組んでいる集落協定及び市町村担当者、県担当者からの意見聴取」が行われました。意見を述べたのは、新潟県上越市、同市清里区櫛池地区農業振興会、新潟県、高知県本山町、同町吉延地区集落協定、高知県です。
 その意見聴取会の議事録を読むことで、それぞれの非常に先進的な取組を知ることができましたが、とくに驚いたことが1つあります。それは、新潟・高知のいずれの県・市町においても、第5期にむけての集落説明会・懇談会がすでに昨年度(H30年度)から行われているということです。
 今年の春の段階で、村民の間では「中山間直払は今年で終わり」という認識のみが広がり、役場担当者までが「来年以降のことはわからない」と言っていた栄村の現実とはまったく異なる状況です。本紙で「中山間直払制度は来年以降も続き、第5期に入る」とお伝えしたことを契機として、一定の村民の方々が正しい状況認識を持ってくださるようになっていますが、栄村の第5期にむけての準備は相当に遅れていると言わざるをえません。

 

● まず、現状把握をしっかり行うことが重要
 今年度の収穫作業の準備を進めるとともに、今夏から早速に進めていかなければならない第5期にむけての準備作業があります。
 現在の第4期集落協定に参加されているお一人、お一人に、引き続き第5期の協定に参加する意思があるかどうかの確認作業を行うことです。また、ご本人の意思確認と同時に、集落協定の代表者・事務担当者レベルで「この田は継続可能、この田は継続困難か、この田は「?」だ」という見当をつけていくことが必要です。
 「継続困難」という田が出てきても慌てないことが肝要です。
 全国的に見ても、期の移行年は協定参加者が一時的に減少する傾向がありますし、とくに今度の第5期への移行にあたっては高齢化の進展がかつてなく深刻で、多くの県で「現状のままでは大幅な減少を避けられない」という認識が出されています。

 

● 第5期の制度設計の最大のポイントは「継続困難」を克服できる制度の創出
 「他の地域も継続困難と言っているから大丈夫なんだな」と考えられては困りますが、国の第5期制度設計の最大のポイントは、高齢化の進展を最大の要因とする「従来通りの継続は困難」という現実を克服していける制度を創出することにあると言ってよいと思います。
 ポイントは少なくとも3つあります。第1は、高齢者にも分かりやすい制度の整備です。第4期で色んな加算措置が追加されましたが、それによって制度が複雑化しています。それを整理して分かりやすくすることです。第2は、交付金遡及返還の怖れを軽減する措置・制度です。第3は、事務作業の簡素化・専門組織への委託等の措置です。

 先に記した「現状把握」を早期にしっかりやっておくと、国の第5期制度設計の工夫を理解しやすくなり、第5期制度への対応をスムーズに進めることが可能になります。

 

● ふるさと納税制度の変更に伴う問題と一体で、村は迅速かつ創造的な対応を早期に示す必要がある
 栄村では、ふるさと納税制度の変更に伴って、従来のような特A米価格への上乗せが困難になったという問題が生じています。私は村議会6月定例会一般質問で政策提言をし、村は「本年度に限り、特別支援を行う」としています。具体的なことは9月議会で提示されると思われます。
 「特別支援は本年度のみ」というのは「特別措置」という意味ではやむをえませんが、従来とは異なる方法で村の米作農業を持続可能にする政策の創出が必要です。そして、それは中山間直払制度の第5期に栄村がどのように取り組むかとワンセットで考えていくことが必要です。
 村民はそうした方向性で村の動向に注目するとともに、第5期等についての勉強会などを自主的に開催し、自らの創意工夫を発揮していくことが求められていると思います。みなさん、力を合わせて頑張りましょう!


甲子園から

1塁側内野スタンドから見た飯山高校応援団が埋め尽くすアルプス席の様子。
1回戦でアルプス席を埋め尽くす大応援団というのは夏の大会でも滅多にないものです。白色で埋め尽くされ、ブラスバンドの演奏も大迫力で、圧巻でした。

 

 

 午前8時すぎ、特別内野席の入場券売り場への長い行列に「選手が通ります。道を開けてください」のアナウンス。
なんと! 飯山高校の選手たちがしっかりした足どりで選手入場口にむけて歩を進めていました。

 

 

 1−20という結果でしたが、選手たちは最後の一球まで精魂を傾けて懸命にプレーしました。
 飯山高校、そして私たち飯水・岳北地域のみんなは何ものにも代えがたい貴重な経験を得たと思います。全国レベルで通用する飯山高校野球部への歩みが始まったのです。
 選手たちと共に、新しい時代へ歩を進めたいと思います。

 

 

 アルプス席近くから見る甲子園球場内野席の様子。デカいです。

 

 

 8日朝7時、飯山高校グラウンドでは2年生以下の野球部員が早朝練習していました。甲子園で投げ切った常田投手と共にこの部員たちが今秋からの新たなチャレンジに臨みます。

 


8月上旬の点描

 

 宮川農園さんのトマトジュース加工用トマトの収穫。6日午前の撮影。
 今夏は8月4日から始まりました。4日はキッコーマンの社員さんが3名、応援に来ておられましたが、この日はご家族のみでの作業。右から2人目は夏休みでやって来た頼之さんのお孫さん。小4とのことですが、立派な戦力です。

 

ヤマユリ2点

 原向にて3日撮影。

 


野田沢。草刈り等が行われ、きれいに整備されていました。
撮影日がちょっと遅くなり、花の盛期を少し過ぎていました。

 

 程久保のヤマユリを楽しみにしていましたが、クマにほとんどやられてしまったとのこと。クマはヤマユリの球根が大好物だそうで、困りましたね。

 


 秋山郷上の原とっちゃです。
 ブログでは既報ですが、国道405号線沿いにベンチが設置されていました。この地の整備を黙々とやっておられる相澤博文さんのアイディアです。
 今秋9月中旬過ぎ、ベンチに腰掛けて「ソバ畑+鳥甲山」を眺めると最高だと思います。
 是非、一度お出かけください。


北陸道の旅雑記

  • -
  • 2019.08.16 Friday

 8日朝6時半に村出発で京都・甲子園に行ってきました。
 高速道路を長距離運転するのは6〜7年ぶりで、「果たして無事完走できるか」と不安でしたが、なんとか往復できました。
 往きは自信がなかったので、頻繁にSA、PAで休憩を取りながら、ゆっくり走行し、京都の兄宅に着いたのは午後4時頃でした。途中、滋賀県彦根市の近くの多賀SAにて応援団バスが休憩・時間調整に使用すると思われる大浴場のあるハイウェイホテル「レストイン多賀」を撮影。

 


 9日は朝5時半発、車で甲子園へ。駐車場は意外と簡単に見つかりましたが、チケット購入に1時間半近く並びました。
 最近は夜間走行が苦手なのですが、この猛暑、昼間の高速走行は暑くて溜まりません。帰りは11日朝出発を10日夕に変更し、北陸道をかなりのスピードで走行。7時間半で帰村できました。体力面等で少し自信を回復できた旅だったかなと思います。お陰で1頁に掲載のような素敵な夕陽も撮影できました。これからは、勉強の意味も込めて、村からはちょっと遠い観光地の見学などにも出かけようかななどと考えています。

 

〈お断り〉
 「復興への歩み」の8月の発行はNo.364(8月1日付)と今号の2号のみとさせていただきます。なお、9月の最初の号No.366を8月末に繰り上げ発行するかもしれません。
 ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄村復興への歩みNo.365
2019年8月13日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


栄村復興への歩みNo.364(8月1日付)

 

関田峠を越えて
 眼前に広い平野部が広がり、建物などはまるでマッチ箱のように見える。そして、その先には日本海。
 栄村で暮らしていると目にすることがまず景色。「ウワー、凄いな!」。ただただその思いにひとときを過ごしました。
 7月27日(土)の午前11時少し前に、上越飯山地方道(県道)の関田峠を越えて上越市に入って間もなくに撮ったものです。
 この日は朝から天気がよく、西北の空を見上げても真っ青な青空だったので、これはシャッターチャンスと思い、配達活動を約60軒で切り上げて、関田峠に向かいました。中山間地域直接支払制度に絡んで7月2日に上越市清里区を訪ねた際は峠は濃い霧に覆われていて、絶景と思われる景色がまったく見られなかったので、好天の日を狙っていました。
 27日は写真撮影が主目的で、中山間直接支払制度に関する取材はしていませんが、27日の関田峠越えで見聞し感じたこと、そして中山間直接支払制度に関する問題の両方について書きたいと思います。


● 上越、妻有、飯水の大きなゾーンの中で栄村を捉え直してみよう
 下写真は関田峠で撮ったもの。写真には2台しか写っていませんが、3台の車が停まっていました。人の姿は見えません。最初は「何で?」と思いましたが、すぐに分かりました。ここに車を停めて、信越トレイルを歩いている人たちの車なのです。

 


 上境(かみさかい)で県道116号線に入り、温井(ぬくい)で県道95線(上越飯山地方道)に合流、関田峠にむかって緩やかな山道ドライブコースを上がって行くにつれて、首都圏ナンバーの車にかなり出会うようになりました。次の写真は関田峠の手前、大神楽展望台から栄村方向を眺めてものです。

 


 写真右手に野沢温泉のスキー場が見え、さらにその向こうに鳥甲山の山頂が見えています。
 展望台周辺の低木などがもう少し刈り込まれていれば、もっと素敵な眺めになるでしょうね。
 関田峠を越えると間もなく、「日本海が見える光が原高原」。広い駐車場、観光施設がありますが、ここでも多くの車、バイクに出会いました。
 上越は栄村からじつは非常に近く、日本海沿い〜頚城平野〜関田峠越え〜千曲川沿いという広大なエリアが1つの観光ゾーンになっているのです。これが中見出しの「上越、妻有、飯水の大きなゾーンの中で栄村を捉え直してみよう」ということの意味です。

 

 昨年、妻有地域では第7回大地の芸術祭(3年に1回の開催)が開催されましたが、その関係でトマトの国や北野天満温泉の宿泊客が増えました。
 栄村は信越自然郷や雪国観光圏という広域観光連携組織に加入していますが、それを本当に活かす実のある活動はあまり見られません。もっともっと研究と工夫が必要です。

 

● 山村間交流も大事

 

 

 上写真は、本紙No.361で紹介した上越市清里区櫛池地区にある坊ヶ池から妙高山と火打山を望んだものです(写真右の雪を残す山が火打山)。
 山がまだ雪に覆われている早春の季節や紅葉の季節の眺めは最高でしょうね。
 栄村の野々海池に大蛇伝説があるように、この坊ヶ池にも龍神が絡む坊太郎伝説というものがあるそうです。
 坊ヶ池と野々海池は国道405号〜旧菖蒲村経由でじつは小1時間くらいの距離にあります。
上越市清里区櫛池(くしいけ)地区(*「くしいけ」の「くし」の字は正しくは木へんに節と書きますがPCの漢字変換システムの関係で「櫛」と表示されています)は山間地農業振興のために「都市との交流」にも積極的に取り組んでいます。また、坊ヶ池などを活かす観光にも積極的に取り組んでいます。
 そんな櫛池地区と栄村の一定の地区が「山村間交流」に取り組むと面白いと思います。同じ関田山脈の麓という共通点を持ちながら、その北と南ということから色んな違いがあり、両者が交流すると、山間地の活性化の面白い知恵・成果が生まれるのではないでしょうか。そして、その副産物として、上越・櫛池を訪れる観光客が栄村も訪れるようになる、その逆も生まれるという構造もできてくる可能性があります。
 視野を広げることで色んな新しい可能性が拓けてきそうです。

 

 


夏本番ですね!

 

宮川農園のトマト
ジュース用トマトが真っ赤になってきました。(8月1日午前)

 


天池から望む鳥甲山。

 

秋山林道沿いのカニモ滝。
7月30日午前11時撮影ですが、夏の雲ですね。 水しぶきが涼し気!

 

 30日の午前9時〜午後2時、日出山線〜秋山郷全域〜奥志賀公園栄線〜カヤの平をグルっと廻ってきました。

 


カヤの平にて。

 

梅雨寒などの天候不順で心配された稲は7月末になって元気に穂を出し始めてくれています。
稲の花も撮影してみました。

 


圧倒的なスピード感で日出山線が復旧

 「通行止めが続いていたら迂回路を行けばいいや」と思いながら、7月30日午前、日出山線を進むと、鳥甲牧場への道と分かれる地点に設置されていた通行止バリケードがなくなっていました。

 


 上写真が復旧した様子ですが、見られるように施工業者の人がちょうどおられました。「29日に資材等を撤去し、通行できるようになりました」とのこと。
 災害後、復旧工事開始後の様子を写真で振り返っておきたいと思います。

 


災害発生が6月初め、写真は復旧工事着手直後の6月21日の様子

 

7月17日の様子。29日の通行再開まで非常にスピーディーでした。


 撮影のたびに現場の人とお話しましたが、「一刻も早く通行再開させたい」という強い気持ちが伝わってきて、印象的でした。
 


中条川の様子が大きく変わります

 中条川の1回目(3・12地震時)の土石流災害から8年半、そして2回目(2015年9月)の土石流災害からほぼ6年の歳月が経ちました。県が進めてきた中条川の対策工事がいよいよ大詰めを迎えていますが、去る7月25日、トマトの国の横につくられる導流堤(どうりゅうてい)の説明会が行われました(3回目の説明会です)。

 


 上は説明会で配られた資料の中の説明入り写真です(写真に写っている景色から昨H30年紅葉期に撮られた写真と思われます)。トマトの国の左手に赤い線で囲まれたゾーンがあり、「H31計画 導流堤」と書かれています。
 この導流堤は、土石流が発生した場合にトマトの国方向に土石流が溢れ出すことを防止することを目的としています。2013年の2回目の土石流後の対策工事計画にはなかったのですが、地元住民の強い要望によって白山神社近くの導流堤とともに追加計画されたものです。
 導流堤は、堤防といえば誰もが思い浮かべるコンクリート製のものではなく、土をつき固めて造られます。景観が考慮されているのです。また、この地点の上流には森集落の水路の頭首工がありますが、その管理道路も導流堤の外側に整備されます。
 下に導流堤の横断図を掲載します。堤の法面にはこの地域にふさわしい広葉樹が植栽され、堤の上は公園になります。

 


 1枚目写真の左側の尾根(地元では「中尾のつんね」と呼ぶ)はじつは紅葉がとても綺麗なところです。堤に植栽される広葉樹とともに、素晴らしい紅葉スポットが生まれると期待されます。
 また、最近では“土木ツーリズム”というものが提唱され、国交省や長野県も推進しています。震災・土石流の爪痕とそこからの復旧を実現した土木工事群を一望することができるのですから、土木ツーリズムにとって最高のポイントといえるでしょう。とくに導流堤よりも少し上流にあるセルダムはそうそうに見られるものではありません。
 なお、導流堤の工事期間、トマトの国の近くを多くのダンプカーが通行しますので、ご注意ください。

 

 


オニユリ
(7月24日撮影)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄村復興への歩みNo.364
2019年8月1日発行 編集・発行人 松尾真
連絡先:電話080−2029−0236、 mail;aokura@sakaemura.net
ゆうちょ銀行 11100−01361481 栄村復興への歩み協賛寄金 ながの農協栄出張所 普通0009390 栄村復興への歩み発行協賛金松尾眞


松尾まことの議員活動報告No.36(7月31日付)

消えた出捐金約6800万円
村はどう説明し、処理するのか?!

 

 7月23日、議会全員協議会(全協)が開かれました。村長提出の全協は午前11時から。
解散した一般財団法人栄村振興公社の清算手続き終了をうけて、公社幹部が参考人として出席しましたが、最大の焦点は
  村の財産である出捐金(しゅつえんきん)8千万円の扱い
です。
 この件に関する何らかの議案を村が9月定例会に提出する用意が示されるものと私は思っていましたが、まったく意外なことに、「8月に区長配布文書で全世帯に配布する村長名の文書案」というものが示されてきました。
 私は、この問題、9月定例会での村の正式対応の提示を待って、村民のみなさんへの報告を書こうと思っていましたが、信毎や妻有新聞に記事が出たこともあり、急遽、本号で報告させていただくことにしました。

 

「6,800万円余は管理運営費に使われた」
  ――これでは村の財産消失の理由にはならない
 振興公社は最後に残ったお金1,190万円余(正確には1,190万5,047円)を村に寄付したとしていますが、これは裏を返せば、村が公社に出した出捐金8千万円のうち6,800万円余(じつに8割5分)は消えてしまったということです。
 村は公社への出捐金について、村の財産として8千万円分の「出捐証書」というものを保管しています。この財産をどう処理するのでしょうか?「なくなってしまった」で済む問題ではありません。
 以下、出捐金とは何か、それはどうして減失(げんしつ)してしまったのか、をみていきます。


1. 村と公社の関係
 村は一般財団法人栄村振興公社に総計8千万円の出捐金を出してきました。
    平成25年4月の一般財団設立時に3千万円
    平成29年2月に2,100万円
    平成29年3月の2,900万円
です。
 一般財団法人というものは、一定の額の財産を保有していることを根拠として法人格を認められるものです。
平成25年4月、栄村振興公社を設立しようとした時、関係者の元には「一定の額の財産」はありませんでした。そこで、村が3千万円を供出することで栄村振興公社を設立し、法人格を取得したのです。
 ただ、村(役場)は自ら経営する立場にはたたず、一般財団法人に事業運営を委ねたのだと解することができます。いわば「公設民営」の組織だと言ってもいいでしょう。しかし、〈まったくの民間任せ〉にしたわけではありません。平成28年春までは公社理事長に副村長が就任し、事務局長に役場職員を派遣しました。また、平成28年以降は、公社の最高意思決定機関である評議員会に村長(後に副村長)が入り、また村議会議長も評議員になってきました。

 

2. 出捐金とは何か?
 ここでどうしても把握しておかなければならない問題があります。
 「出捐金とは何ぞや?」という問題です。
 出捐金というのは一般にはあまり耳にしない用語です。

 

● 村の言う定義(説明)は充分かつ正しいか?
 村は7月23日の全協で示した文案の中で、
   「出捐金とは、例えば財団法人設立のために一定の

    財産を提供すること等を言い、返済の義務はあり

    ません」
と書いています。文の前半(「財団法人設立のために一定の財産を提供」)は正しいでしょうが、後半部の「返済の義務はありません」は正確ではなく、誤った理解や措置を生みかねない表現です。
 出捐金は、受け取った財団法人の財産(資金)的な土台となるもので、「指定正味財産」というものとして取り扱われます。一般の会社でいえば資本金にあたるものです。
 資本金というものは、会社の経営のプロセスである程度運転資金等に利用されてもいいのですが、やはり会社の財産的基礎(土台)になるものですから、年度末には満額を財産として確保できている状態に戻すようにするものです。
 村は、7月23日の全協での質疑の中で出捐金を「寄付金のようなもの」とも言いましたが、これも正確ではありません。
 出捐金は寄付金ではなく、出資金に近いものです。ただ、利益の配当を求めない、出資証券を売るなどして資金を取り戻す(=実質的には「返済」と同じことになる)ことはしないという点で、出資金とは異なるということです。
 「(出捐金の)返済を求めない」のは、出捐金で設立された財団法人が健全な経営・運営の財産的土台を村が提供し続けるという意味に解するのが最も妥当かつ適切な理解です。

 

3. 平成25年設立時の出捐金3千万円は、早くも平成27・28年度で消失している。
 一般財団法人栄村振興公社は毎年4月1日から翌年3月31日までを会計年度とし、会計年度末に決算を行って、貸借対照表(バランスシート)を作成・公表してきました。
 平成25年度の貸借対照表を見ると、
   指定正味財産 30,000,000円 一般正味財産 9,514,609円
   正味財産合計 39,514,609円
    *一般正味財産とは、その年度の純利益を財産として

     積んだものです。
となっています。
 また、平成26年度は
   指定正味財産 30,000,000円 一般正味財産 6,255,820円
   正味財産合計 36,255,820円
です。
 しかし、平成27年度の貸借対照表では、
   指定正味財産 30,000,000円 一般正味財産 225,380円
   正味財産合計 30,225,380円
 さらに、平成28年度貸借対照表では、
   指定正味財産 80,000,000円 一般正味財産 △29,261,601円
   正味財産合計 50,738,399円
となります。

 

 以上から明らかなことは、平成27年度で純利益がほとんど確保できなくなり、ついに平成28年度、当初の指定正味財産3千万円を食い潰すこととなったということです。上記の平成28年度貸借対照表で、指定正味財産は8千万円となっているにもかかわらず、正味財産合計が約5千万円しかないというのは、そのことを明瞭に示しています。

 

4. 平成27〜28年度に何が起きていたのか?
 財団設立時の村の出捐金(⇒公社の指定正味財産)3千万円が消失した。それは何故なのか。これはやはりきちんと解明・説明されなければなりません。
 ここで着目しなければならないのが、平成25年度〜27年度上半期にかけて、いわゆる3億円事業(震災復興緊急雇用創出交付金事業)が村から公社に委託されていたことです。

 

《3億円事業の概要》
  平成24年度 総事業費4千853万6,648円 うち人件費2千145万8,733円
  平成25年度 総事業費9千228万0,090円 うち人件費4千824万5,320円
  平成26年度 総事業費9千290万3,827円 うち人件費5千710万8,322円
  平成27年度 総事業費4千560万0,259円 うち人件費2千854万3,700円
       (平成24年度と平成27年度はそれぞれ半年間)

 

 3億円(事業)は振興公社に対して支払われた補助金ではなく、事業の委託(公社側からいえば受託)です。したがって、3億円事業で村から公社に支払われたお金については、振興公社の一般会計とは区別された受託事業特別会計として独自に会計処理される必要があります。
 ところが、そういう適切な会計処理が行われていませんでした。そのことは平成27年度の監査で指摘されます。
 すなわち、平成25、26年度の決算書では上記の9千228万0,090円、9千290万3,827円を振興公社は「地方公共団体補助金」として扱っていました。平成27年度決算の監査でこの点の誤りを指摘されます。そこで、公社は平成27年度の「3億円事業」の入金の費目名を「地方公共団体受託金」と書き換えます。しかし、書き換えたのは費目名のみで、公社の一般会計と受託事業会計を分けて決算することはしませんでした。
 その結果、恐ろしいことが起こりました。
 平成27年度上半期には「3億円事業」受託金で賃金を支払っていた公社職員(正職・臨職を問わず)の雇用が基本的には平成27年度下半期も継続しているにもかかわらず、それらの職員に支払う賃金の原資が確保できなくなったのです。
 「3億円事業」の本来の趣旨からすれば、「3億円事業」実施期間中に振興公社の営業力を高め、売上・営業利益を大きく増大させて、平成27年度下半期以降の雇用を確保できるようにすることが求められていたのです。しかし、そうはなっていなかった。
 このため、平成27年度下半期から賃金支払のために基本財産を食い潰す過程が始まったと見ることができます。そして、平成28年度もそういう事態が続きます。
 平成28年度決算で一般正味財産の赤字が2千926万1,601円にものぼり、公社設立時の指定正味財産(=村の出捐金)3千万円がほぼ全額消失したことの原因と意味が、以上で基本的に明らかになると思います。

 

5. 平成29年初頭の2,100万円、2,900万円の出捐金(計5千万円)のほとんどは何故、消えたのか?
 平成28年度、5月下旬に振興公社の新理事会が発足します。
 新理事長が就任直後に発出された挨拶状には「振興公社は本当は赤字」という趣旨のことが書かれていました。公社の財政状況についてそれなりの認識をお持ちだったのだと思います。そして、平成28年9月、トマトジュースの仕入れ金が支払えないという形で問題の深刻さが表面化します。それへの村の対処が平成29年2月の2,100万円、3月の2,900万円、計5千万円の出捐金拠出です。
 最初の2,100万円は「2月、3月の給料支払等が出来ない」ということで議会も認めたものですから、ひとまず運転資金として使われたのは出捐金の趣旨に反しないと思われますが、平成29年度以降の営業で利益をあげ、2,100万円の指定正味財産を回復させるのが本来的なあり方です。
 次の2,900万円については、「定期預金とし、それを担保として運転資金を金融機関から借り入れる」とされていました。
 昨年(平成30年)6月に議会に示された平成29年度決算書では、たしかに「資産の部」に2,900万円の定期預金がありました。しかし、同時に「負債の部」に「短期借入金2,500万円」という項目がありました。「定期を担保に運転資金を借入する」という趣旨に合致しているかに見えますが、同時期に示された公社の平成30年度収支計画には短期借入金の返済計画がまったくありませんでした。返済がないと、定期預金のうち少なくとも2,500万円は消えてなくなります。
 私を含む議員が昨年6月の定例議会において、「振興公社は経営破綻している。公社を解散し、村の観光施設を運営する新会社を設立すべきだ」と述べたのは、それゆえです。
 いちばん大事な点は、短期借入金はどういう返済計画の下で借入されたのか、返済の目途もなく「指定正味財産たる定期預金を食い潰す」ものとして行われたのか、ということです。
 村は公社の解散・清算をめぐって、この点をしっかり精査して、そのうえで、平成28年度の出捐金5千万円の最終処理を判断することが求められます。

 

6. 「管理運営費に使われました」という説明は認められません
 7月23日の全協で村が示した文案では、出捐金総額8千万円に対して、公社の村への寄付金は1千905万円余にとどまることから、「差し引いた68,094,926円は、出捐当時から解散までの公社の管理運営費に使われました」と記しています。
これは認められる説明ではありません。
 すでに説明したとおり、出捐金は財団法人のいわば資本金となるものを村が提供するというものです。管理運営費で費消してしまっていいものではありません。
 たしかに振興公社は膨大な赤字の累積で経営を続けることができなくなりました。
 ですから、解散を決めて清算を行えば、累積赤字の処理が課題となります。その累積赤字額が68,094,926円ということになると思いますが、その累積赤字を清算するために指定正味財産を取り潰すことを決定し、利害関係者全員の同意を得る、というのが正しい処理の仕方なのではないでしょうか。

 

 問題が解明されればお金が戻ってくるというわけではありませんが、村の財政の規律、倫理を明確にするために、きちんとした議論が必要です。

 

 

 

私・松尾は全協で議場からの退席を求められました
何が起こっているのでしょうか?

 

 7月23日は全協(村長提出)に先立って午前9時から全協(議長提出)が開催されました。
 ですが、私はこの全協(議長提出)の協議内容の重要部分を知りません。全協開会早々に議長から「松尾議員は退席を求めます」と言われ、議場から退出せざるをえなかったからです。
 退席を求める理由として言われたことは、「松尾議員に関することを議論するので、本人がいると他の議員が発言しづらいから」ということだけです。1時間以上が経ってから、議会事務局で待機する私に事務局長から「お待たせしました。お戻りください」と告げられ、全協の議席に戻りましたが、何が議論されたのか、私に対して何か決められたのか、何も説明はありませんでした。今日に至るも説明はありません。不可解です。

 

■「目安箱」への投書で指摘された事実はなかった
 私は、3月13日の3月定例会が終わった後の議長の私へのお話(これは一般的な話ではなく、「議長から松尾議員への指導」という一種の訓戒的なものです)、さらに4月25日の全協(議長提出)で議長から報告された話から、私をめぐって何が問題にされているのかは理解できます。
 村長が設置する「目安箱」に、「松尾議員が(当時の公社職員の一人に)解雇通告をした。議員としてあるまじき行為である。松尾議員を処分すべきだ」という趣旨の投書があったということです。
 4月25日の全協では私も議席にいる中で議論されたのですが、7月23日は私を退席させて議論が行われたのです。
 私が間接的に聞くかぎりでは、議会等が関係者に対する聞き取り調査を行った結果、上記の公社職員と私・松尾が会った事実は認められるが、「解雇通告をした」というような事実はなかったとのことです。
 私は3月13日の時点で、議長にあるがままの事実をお話し、「解雇通告」云々のような事実がないことは議長も確認されているのですが。

 

■ 私は選挙公約でお約束したとおり、情報公開の活動をしっかりやり続けます
 どうも、私をめぐって2つのことが問題にされているようです。
 1つは、企業組合ぬくもりに関わっていることです。
しかし、「企業組合を設立しよう」というのは昨年の夏、議会全協で議論したことですし、3月13日の議長との話でも「企業組合に関わること自体は問題ない。自分も指定管理者になっている苗場山観光の役員」だと言われています。さらに、企業組合を応援する議員は他にもいます。
 2つは、私の「議員活動報告」や「栄村復興への歩み」の執筆・配達・ネットでの公表です。
 「あまり書くな」とか、「注意したのに、また同じようなことを書く」などと一部の議員から言われます。また、「ネットで世界中に村の恥をさらすな」と言われた記憶もあります。
 でも、多くの村民の方から、「負けちゃいけないよ。あなたが知らせてくれることが、私たちが村の現状を知る唯一の手掛かりなのだから」と言っていただきます。
 私は2017年の村議選に立候補した時、「情報公開をやります」ということを最大公約に掲げました。それへの期待から当選させていただいたと思っています。
 ですから、「松尾まことの議員活動報告」は私の議員としての務めであると確信しています。また、私は選挙立候補の際、「職業 ジャーナリスト」と明記しました。
 新聞社の方々からは、「ジャーナリストというのは字数が多くて困る。文筆業や編集者というのではだめか」と尋ねられました。私はあくまでもジャーナリストと明記することにこだわりました。「文筆業」というのは「書きものをして収入を得る」という職業です。注文に合わせて文を書くこともありえる職業です。それに対して、ジャーナリストとはジャーナリズムの担い手を指しますが、著名なジャーナリスト立花隆さんは「ジャーナリズムの最も本質的な部分というのは、『フリーダム・オブ・スピーチ』と『フリーダム・オブ・プレス』にある」と言っておられます。言論の自由・出版の自由です。その自由というのは、「何を書いてもいいよ」という意味ではなく、「国家権力から国民の基本的人権を守るために書いたり、話したりする自由」ということです。
 私はそういう意味で、ジャーナリストとしての矜持(きょうじ)を守り、いろんな圧力には負けないで頑張っていきたいと思っています。
 今後とも、ご支援、ご協力をよろしくお願い申し上げます。